802 どいつもこいつも
「え~っと、じゃあこのマップの中のどこかに『水の衣装』的な何かがあるってことだよな?」
「でも勇者様、この中のどこなんですか? 凄く広いですし」
「そこはアレだろ、ほら、精霊様、水に関しては全知全能だろう?」
「いえ、そんなこと言われてもどうしようもないわよ、絶対蒸発しないとかそれもう普通の水じゃないわけだし……」
「確かにそうだな、じゃあ『水っぽい感じの衣装』ということか」
「何だかイヤな雰囲気のアイテムですね、濡れ衣とか着せられそうです」
急遽暑さおよび熱さ対策のアイテムを探しに行くことと決まった俺達突入部隊、最奥までの時間がどうとかについては、次に来たときに考えればそれで良いであろう。
で、休憩スペースも兼ねた中ボス部屋にてマップを広げ、どこにそのアイテムが封入された宝箱があるのかについて検討を始める。
間違いなく『何か』が起こった後に、イベントをクリアした後にそれを入手することが出来る仕組みだ。
敵を倒すのか、それとも謎を解くのか、まぁ、少なくともこの中ボスの溶岩野郎をどうこうではないはず。
ここは火の魔族の里地下空間の中でも比較的裏ルートということだし、こういうものはもっと正規のルートを辿った場合に通過すべき場所、またはそこから少し脇道へ入ったわかりにくい場所にあるのが基本だ。
それを踏まえて考えていくのだが……これは意外と難しそうだ、手掛かりも何もない状態で、この一度迷えば死ぬまで、いや死んでも出ることが叶わないのではないかとも思える空間の中から、小さな宝箱を探すのだから……
と、そういえば思い出した、宝箱はともかく、この地下空間を彷徨っているはずの副魔王の奴はどこへ行ったのだ?
おそらく正規のルートを辿るつもりで、その付近に居いるのだとしたら、今度こそ鉢合わせの可能性が高いのではなかろうか……
「ちょっと副魔王のこと思い出した、奴に先に見つかったらきっとヤバいぞ、破壊する……とまではいかないにしても、俺達がそれをゲット出来ないようにするのは明らかだ、先を越さないと」
「あ、そうでしたね、あの方が先にここへ来ているんでした、迷ってはいそうでも、偶然か何かで宝箱を発見されてしまったら困りますね、急ぎましょう」
「とはいえだな……まぁ、この所々にある広くなったような場所を重点的に探そうか、そんなに狭いばしょでイベント的なのが発生するとは思えないし、きっとこういう所にあるんだろうよ」
「……我もそう思うね、ただあの魔王軍の女性はかなり狡猾だし、また何か邪魔だてしてくる、またはその仕掛けを残しているかも知れないがね」
「そうっすよね……まぁこんな所でグダグダ言っていてもしょうがないっすから、とりあえず行きますか」
ということで元来た道を、中ボス部屋の入口側から出て戻って行く、ちなみに入ったときにバタンッと閉められてしまった扉は、もちろんまだ生存している中ボス溶岩野郎を脅迫して開けさせた。
さて、来た道を戻れば地下空間自体のの入口である井戸なのだが、一旦そこへ戻るべきか、それとも途中から正規ルートに復帰すべきなのか、悩みどころである。
まぁ、敵もそんなに強くはないわけだし、効率重視でリリィを一番前に立たせそういう『面倒なモノ』を発見し次第排除させる方針でいけば、入口まで戻ったとしてもそこまで時間を要することはないであろう。
となれば早速……いや、何か聞こえたような気がするな……リリィが喋ったのかと思ったが声が違う、それでもその声なのか音なのか、明らかにリリィの所から発せられているような……
『……あのっ……すみませんけどっ、弱き者共の皆さんっ? もしもーっし!』
「……勇者君、どう考えてもあの溶岩の者の気配がするのだが」
「俺もそんな気がするんすよね、リリィ、もしかしてあの中ボス、持って来たのか?」
「もちろんです、一番小さいのを握り締めて……ほらっ」
「げぇっ、潰れちまってんじゃねぇかっ」
リリィが握り締めていた中ボス溶岩野郎、もちろん掌サイズなのだが、今はそのサイズのまま、最初にリリィが作り出した歪な形の人形の姿となっている。
いやなっていたと言った方が正確か、あまりにも強く握られていたため、完全に潰れて大変なことになっている溶岩野朗、まるで数十回車に轢かれたカエルのご遺体の如くであった。
まぁ、喋ることが出来るのであればそれでも問題はないであろう、しかし持って来てしまって良かったのか? あの部屋の、自身の他の部分と引き剥がしても大丈夫なのか? 大元の『中ボス発生装置』が壊れてしまったり、次回以降に出現する際に何か問題が生じたりしないのか?
まぁ、後で火の魔族の里の連中に怒られたら適当に誤魔化しておこう、そもそも世界を救うためにやっていることなのだから、多少の不都合には目を瞑って欲しいものだが。
「で、お前は何を主張したいんだ? 帰らせて欲しいならリリィに許可を取れよ」
「イヤですよっ! ドラゴンは一度ゲットしたモノは手放しません、石ころみたいに投げるとかなら別ですけど」
『えっ? そうなのですか、あの、それでも出来れば最後はリリースしてくれると……』
「え~っ、ダメ」
『・・・・・・・・・・』
「だってよ、せっかくだからお前も手伝え、リリィの興味を他のものに移すことが出来れば助かるかも知れないぞ、宝箱は目的のアイテムが入ったものだけじゃないんだし、お前の有するこの地下空間に関する知識をフル活用して、見事俺達に例のブツをゲットさせるのだ、さぁっ!」
『何だか乗せようとしているようですが……あまり乗り気にはなれませんな、弱き者共の手伝いなど』
「リリィ、もうちょっとブチュッとしてやれ」
「はーい、ブチュッ!」
『ギョェェェッ!』
このような雑魚が、しかもその一部しかない状態で俺達に勝てる、或いは逃げ出すことが出来るはずもなく、もはやリリィの手の中で練られるオモチャにすぎない状態。
まるで子どもが粘度でも、いや小学生ぐらいの年齢だと練り消しとかそういう類か、とにかく形態が自在に変化する何かで遊んでいるような光景。
だがその犠牲となっているのはこの地下空間指定の中ボスであり、少なくとも俺達よりはここについて知っている存在でもある。
ならば案内させない手はない、コイツの知りうる限りの全てを吐き出させ、一瞬でも早く目的のアイテムを入手するのだ。
「まぁ、そういうことだから、お前はここから頑張って俺達をナビしろ、痛め付けられたくなかったらな」
『ナビって、そんな、アイテムじゃないんですから』
「じゃあ皆に行き渡るように『私の』溶岩野朗を千切って貸してあげますね、こうブチブチッと8個に分けて……」
『ギョェェェッ!』
「はいっ、ちゃんと上手に分けられました、1人1個です」
「あの……私はキモいんで遠慮しておきますね」
「私も要らないですね」
「必要ないっしょそんなキモいの」
「ごめんねリリィちゃん、キモいから不要なの」
「あ、じゃあ4人は要らないから回収して、捏ねて捏ねて元に……」
『ぎゃぁぁぁっ!』
「ギャハハハッ! おい溶岩野朗、女子にキモいって言われてんぞ、だがそれどころじゃないようだな、せいぜい苦しんで自分の役立に立たなさを反省しろこのゴミ野朗が」
『ギョェェェェッ!』
馬鹿で雑魚な中ボスを痛め付けるのは本当に面白い、しかも何の悪意も有していないリリィにやられているというのがまた笑えるポイントだ。
で、そんな酷い目に遭わされている中ボス溶岩野朗による、これ以上痛い目に遭わないための必死の案内により、俺達は比較的イージーに宝箱を見つけていくことが出来た。
十字路になっている場所の『ハズレルート』の行き止まり、無駄に壁が窪んでいる場所、何らかの仕掛けを作動させると宝箱が出現するギミック、多種多様な仕掛けによって何かをゲットすることが出来る仕組みである。
だが行けども行けども、目的である重要アイテム、水っぽい何とやらが出てくることはない。
変な魔法薬やスカ箱、モンスターなど、ちなみにかつての念願であったワイルドレシートもひとつ出たことを付け加えておこう。
というか明らかに『一般』の宝箱ばかりだな、俺達が取ったとしても、しばらくすれば同じ場所で、似たような中身で復活するタイプのものであろう。
そんなものばかり獲得させられても、別にストーリーが先へ進むわけではないのだが……と、ここで比較的複雑な仕掛けが登場したようだ。
ここで何かあるのは確実なのだが、その仕掛けの解除……なのか作動なのかはわからないが、とにかくこの先どうするべきなのかがパッと見でわからない。
とにかく壁にぶら下がった何本か……5本あるんだな、とにかくロープだ、それはもう、『このうちのどれかを引け』と言っているかのようなものなのだが、迂闊に手を出すわけにはいかないな……ちなみにリリィは精霊様が押さえ込んでいるので安心だ。
「さてと……今度はどうやらこのロープだな、どうするべきだと思う?」
「それは引っ張るのよ、というか今私が手を離したら、このウズウズしているドラゴンが左から片っ端に引っ張るわよ」
「そうか、じゃあ精霊様は頑張って抑えていてくれ、危険すぎるぞその凶悪なドラゴンは」
「うぅーっ! もう引っ張らないとやっていけないですよーっ!」
「黙れリリィ、酔っ払いのおっさんみたいなことを言っているんじゃない、これはちょっと考えなくちゃならないフェーズなんだ」
「……これは……勇者君、どこかにヒントがあるはずだよ、付近を捜索しようではないか、徹底的にね」
「そうっすね、まずは精霊様、上の方から見ていってくれないか」
「わかったわ、じゃあ行って来る」
「なぁ、ところでリリィはどこへ……」
「あっ、うっかり離してしまったじゃないの……」
「こっこでっすよ~っ! ということで全部一気にそれっ!」
『なぁぁぁっ⁉』
ぶら下がっている5本のロープを一気に引っ張ってしまうという、もはや取り返しの付かない悪戯を仕掛けてくるリリィ。
もし1本が『アタリ』だとして、残りの4本についてはもちろん『ハズレ』、確実に危険な何かだ。
しかも勢い良く引っ張りすぎたせいで1本千切れてしまっているではないか、その1本はどうやら『モンスター出現』の罠であったらしく、上の方でゾンビのようなバケモノがひょっこり顔を出し、微妙な表情をしている。
それ以外、まずは宝箱が……なんと2つ、このうちどちらかが『アタリ』ということか。
あとの2つは降り注ぐ槍の罠と謎の魔法陣がそれぞれ、魔法陣の方は『大ハズレ』、かなり強めの敵が出現する感じだな。
全く余計なことをしてくれたリリィには後でお仕置きするとして、ついでにロープが切れてしまい、出現していいのか悪いのか微妙な感じになってしまったノーマルの敵も保留。
まずはこの魔法陣、そしてそこから出て来るのであろう強雑魚についてどうにかしていくこととしよう。
、まぁ、『強雑魚』といっても俺達にとっては単なる雑魚であり、それほど警戒するものではない。
場合によってはまた英雄パーティーに、今度は完全に配下の3人だけが活躍する感じで討伐させるというのも良いかも知れないな。
などと考えていると、地面に出現していた魔法陣がその輝きを増し、白から青へ、次いで黄色へ……これはありがちなステップアップ演出か、最後までいくにはかなり時間が掛かりそうだな……
「赤~、銀色~、金色~、おっ、何かめっちゃ光り出しましたっ!」
「……ふむ、遂にレインボーまで変化したようだ、激アツ、いや鉄板だね」
「ご主人様、どうしてレインボーになると鉄板なんですか?」
「子どもは知らなくて良いんだ、で、敵の方は……敵じゃないのか?」
「……どうやらこちらも宝箱のようだね、全部で3つになってしまったではないか」
「う~む、雰囲気的にはコレが正解で、この中に目的の品が入っている可能性は極めて高いように思えるんだが……どう?」
「逆に怪しいわよね、他にも宝箱があるのに、ひとつだけこんな仰々しい確定演出まで出して」
てっきり中ボス2号的な何かが出現すると思っていたし、魔法陣から感じ取った魔力もそういう感じのもの、というか今でもかなりの力を放っているのだが、実際の見た目は宝箱である。
しかも高級感溢れるデザインの、他の2つと比べてかなり大きいもの、外側に施された装飾の金はホンモノの金なのではないかというぐらいに主張しているものだ。
もうこれの、この状況の怪しさときたらない、もし今すぐにこの高級宝箱に飛び付けば、またろくでもないことになるのではなかろうかと、それはリリィにも理解出来ているようだな、これはひとまず安心だ。
「で、これからどうするよ? 上のゾンビみたいな奴等は……」
「……我が殺戮しておこう、ここからでも狙うことが可能だからね、ふんっ!」
『ギョェェェェッ!』
『ヤラレタァァァッ!』
『ソノタモロモロォォォッ!』
「うむ、最後の奴は残りの雑魚の代弁までしていたようだが、とにかく全部死んだっすね、じゃああとは宝箱の方で……ん? 何か同じ場所に固まったような……」
「ちっこいのに足が生えて移動していましたよ、大きいのはずっとここにあります」
「あら、てことはアレね、この大きいのが罠なんじゃないかと思わせておいて、実はこっちの小さいふたつが罠で、慎重になってこっちから開けると逆に食べられる、みたいな感じかしら」
「だろうな、まんまと騙されるところだったぜ、まぁ、どうせ雑魚だが……紋々太郎さん、これはどうします? 殺ります?」
「……うむ、ではひとつずつ……いや、ふたつ同時に開けてこの3人に戦わせよう、出来るね3人共?」
『は、はぁ……』
やる気があるのかないのか、勝てるつもりなのかそうではないのか、とにかく今度はわんころもち、カポネ、ハピエーヌの3人だけで、この良くわからない宝箱型のモンスターらしきものと戦うことに。
一応は隊列取りにするようだな、『ドス』を持ったわんころもちが、前列となるため、おっかなびっくり出前に出て、そして片方の宝箱に手を掛ける。
だがバンッと開いたのは2つ同時……ではない、なんと真ん中の高級宝箱も勝手に開いてしまったではないか。
しかもそのどれもに『人間のような脚と腕』が生え、中はほぼ真っ黒で巨大な目玉がひとつ、こちらを見ている状態。
まさかの全部トラップ宝箱であったか、となると本命の、目的としていたアイテムが……場合によってはこの場所自体がハズレの可能性もあるな。
だがまぁ戦って討伐すれば何かが出るし、その何かが『水っぽい衣装』であるという可能性もないとは言えない、ここは3人に頑張って貰わねば……
「ひぃぃぃっ! な、何か宝箱の縁に歯みたいなのが……人間の歯ですよこれっ、気持ち悪い~っ」
「下がってオーラァァイッ、うぃ~っ」
「わかった下がるっ! てか後ろに隠れるっ!」
「オーラァァァッイッ、うぃ~っ」
「何を言っているのか何となく理解出来るようになってしまったのが恐ろしいんですが……」
この3人で戦う場合、どうやら指揮を執るのはハピエーヌになるようだ、もちろん何を言いたいのか、俺達にはまるで見当が付かない次元の語り口なのだが。
まぁ、とにかく連携が取れているのは良いことだ、膨大な魔力を有しつつビビりでヘタレ、そしてポジション的に最もリーチの短い武器を渡されてしまっている新イヌマ―ことわんころもちさえどうにかなれば、あとは紋々太郎が鼻を穿っている間に話が進みそうなパーティーである。
というか、そういえばほぼ純粋な魔法使いであるセラも、懐には短剣を忍ばせているのであったな。
わんころもちもそういう風な『ドス』の使い方をすれば良いのに、別に英雄武器を前面に押し出す必要はないのだから。
うむ、それついては後で教えてやることとしよう、今は少し時間を要しそうだが、3人だけで、全くのサポートなしに戦う姿を眺める時間だ……
「こっちのチビ、ヒーラーっしょ?」
「ヒーラー……先に攻撃するべき敵ですね、でももう片方の小さいのがしゃしゃり出て来て邪魔です」
「あ、えっと、待って下さい、そういう性格の方には……うん、操ることが出来そう……」
「何だろう? 回復役が前に出やがったぞ、わんころもちは何をしたんだ?」
「……これは……直接戦闘タイプの方を上位者、回復役をその付き人、というか絶対的な被支配者としたようだね、もちろん術式で」
「なるほど、あのキング犬畜生とその他一般の犬畜生みたいな関係にしたのか、それで配下が親分を守ろうとして前に出たと、ついでに守られている側もそれが当然だと思い込んでいると、そんな感じっすね」
わんころもちによる間接的な攻撃が功を奏し、本来は後ろで回復しているだけがタスクであるはずの『雑魚宝箱B』が前に出て、壁役を始めてしまった。
もちろん『雑魚宝箱A』もその術中、困惑しているのは後ろに控えた、子分であるはずの2体にガン無視されているメインの『豪華宝箱』のみである。
そして単に困惑するのみでなく、飛び回って牽制するハピエーヌの、そのカラフルな残像に目を奪われてキョロキョロと……首とかそういう器官がないゆえ、別の方を向くときには体ごといかなくてはならないのか……何とも不便な奴だ。
「えいやっ……サササッ……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、結構ダメージが入っているみたい、回復される前にパイナップルを……食べちゃった」
『ブビィィィッ!』
「破裂しましたね、後ろのにもひとつ入れたら……」
「うん、それっ……こっちも食べたわね」
『ブギャァァァッ!』
何でも喰らう感じの宝箱のバケモノ、なるほど、ミミックに近い感じのモンスターなのだな。
しかしそういう類の敵に関しては、カポネが英雄武器である『パイナップル』を投げてやれば、内部から破壊することが出来て非常に有利なのだ。
さて、残ったのは3体のうちの親玉、本命かと思われた宝箱のバケモノ化したもののみである……




