801 何かがあるはず
「……ふむ、これはもう話し掛けても良いのかね?」
「わかんないっすね、そもそも顔とか向こう向いちゃってるんで」
「まぁ、こちらを見ていたとしてもあの『作品』では表情を窺うことが出来ないかと」
「途中までは上手くいったんだけどな~」
「嘘付け、最初からかなりヤバかったぞ、というかどうしようマジでコレ……」
ひとまず立ち上がることには成功した中ボス的な溶岩の人型、だがこの次の行動に移ることが出来ないようだ。
喋るのか、喋ったりなどせずに動き出し、戦闘に突入するのか、はやく行動を決めて欲しいものだ。
で、仕方ないのでしばらく待っていると、中ボスの頭付近に新たな動きが……喋るのか? 喋るようだな、こちらを向いたりはしないようだが、そのままの状態でこちらに何か語りかけてくるつもりらしい。
『よくぞここまで辿り着いた、弱き者共よ、我は強き者、弱き者を屠り、そしてこの先へは行かせぬ、それが我が使命であるのだ』
「何言ってんだコイツ?」
「さぁ? あの、そのビジュアルで強キャラ宣言されても反応に困るんですが……」
『どういうことだ弱き者よ、というかどうして後ろに居るのだ? 我が目覚める前に、奇襲して倒してしまおうとでも思ったのか?』
「いや、そうじゃなくてだな、お前の顔、普通に向きが反対だから、あとその他のパーツも確認した方が良いぞ」
『はっ? えっ? うわホントだ何だよこの状況!? ちょっと待って、ほら、ちょっと一度溶けて良い? コレはダメだわ、普通に失敗だわ』
「それは承諾しかねるわ、普通に時間ないんで、お前に構ってやる暇もほんのちょっとしかないんで、どうする? そのまま戦って無様に敗北するか、それとも何もせず俺達を見送るか、ふたつにひとつだぞ」
『……マジで言ってんのそれ?』
「大マジだ、早く決めろ、3……2……」
慌てふためく中ボス溶岩、まぁ、目覚めていきなりこの状況では無理がないのだが、焦って動くとそこら中が崩れ、リリィが仕込んだ小石がボロボロと落ちているのがまた哀愁を誘う。
で、結局ファイティングポーズのような格好をキメた中ボス溶岩であるが、この時点でもうかなり傾いているうえ、首も180度は回らないらしく、かなり無茶な耐性になっているではないか。
『さぁ、掛かってくるのだ弱き者共よ、ただし1人だぞ、弱き者である貴様等の中から、最弱の者を選抜して我が前に出せ』
「めっちゃ日和ってんじゃねぇかっ! だがまぁ良い、マリエル、出番が来たぞ」
「あの~、最弱だと私達3人のうち誰かじゃ……」
「何言ってんだカポネは? 最弱といっても戦闘力の話じゃないだろうに、頭が『弱き者』であるマリエルが適任なんだよこの場は」
「聞き捨てなりませんよ勇者様、私と勇者様、さほど変わらない知能のはずです」
「そんなはずは……ないよな精霊様?」
「むしろあんたの方がよっぽど馬鹿説まで浮上しているのが私の今の脳内よ」
「左様ですか……」
冗談はさておき、この場で、このかわいそうな中ボスとの戦いにおいて選出された1人がマリエルなのは事実。
もちろん今の話で事情を知った溶岩野郎は、何だかもう逃げ出しそうな感じの及び腰である。
イマイチ顔が見えないのだが、きっとかなり焦った表情をしているのであろうな。
もちろんリリィのせいで読み取れない、まともに感情を表現することが可能な顔面ではないのだが。
そして前へ出るマリエル、『弱き者』の代表として、更に弱き者を叩き潰すために突き出した槍の切っ先には、まだアッツアツであろう溶岩の肌が映り込む。
一撃、いや槍が触れる前の衝撃波で崩れ去ってしまいそうだな、というか既に細い方の脚が限界を迎えたのか、所々にヒビが入っているではないか……
「それではいきますっ、覚悟して下さいっ!」
『ちょっ、ちょまっ! そうだっ、勝手に溶けさせて貰うぞっ! サラバだっ!』
「逃がしません、それっ!」
『ギャァァァッ! 何か貫かれたぁぁぁ……あっ? あびょぽげっ!』
「汚ったねぇな、溶岩が飛び散りやがったぞ……あ、今回は汚くないのか……」
「……熱で消毒……されているはずだからね」
マリエルの攻撃を受け、直後に飛び散った溶岩中ボス、その飛び散る際の赤さはまるで肉片のようだが、実は赤熱状態なだけで不潔ではない。
そしてその破片を全て、飛沫のひとつも掛かることを許さずに回避し尽くしたマリエルは、クルクルッと回した槍の柄をガンッと地面に突き、勝利を主張するポーズを取ったのであった。
楽勝、どころではなくもはや何もしていないのではないかという次元の圧倒的な勝利。
戦力さて気にそれは当然のことなのだが、勝利は勝利なので早く宝箱を出して欲しいところである。
しかし待てど暮らせどそのようなことは起らない、というか飛び散った溶岩が消滅したりとか、そういった『倒した系のモーション』も起こさないのはどういうことだ?
まさかまだ続きがあるのか? 討伐完了、と思いきや形態変化して再戦、既に力を出し切っていた仲間達は満足に攻撃や回復が出来ず、まさかの敗北を喫してしまうというような……
「マリエル、本当に倒したのか? 良く確認してみた方が良いぞ」
「そうですね、じゃあ……この破片を槍でツンッと……」
『ギョベェェェッ!』
「……生きていたようです……こっちもツンッ」
『ギャァァァッ!』
「じゃあ今ので飛び散ったこっちの破片を連続でツンツンッと」
『フギョォォォッ!』
『アァァァッ!』
「どうなっても生きているようですね、これでは討伐のしようがありません」
「参ったな、ある意味強き者じゃねぇか、それこそ生命力だけだがな」
粉々の状態でもそれぞれが生きている溶岩の破片、もはやお決まりのパターンだ。
ちなみに再生出来るはずが、あえてしていない感じだな、物の癖に死んだ振りをしていたということか。
しかしその死んだ振り作戦も、古今東西一律に、何かを討伐したら絶対に出現するはずのドロップアイテムが出て来ないという不審な現象によって見破られてしまったのである。
今は散り散りになった溶岩が、その微妙な流動性を活かし、マリエルの元から徐々に離れて行こうとしている感じ、本当に情けない『強き者』だな。
いや、感心している場合ではないな、サッサと討伐を完了、つまりこの馬鹿の息の根を止めてやらないと先へ進めないのだ。
だが一体どのようにすればその結果に辿り着くのか……うむ、誰もわからない様子、まぁそれは当たり前か、こんな未知の生物、というか物に関しての知識など、精霊様でさえ有していないのである。
つまりはこれから考えるしかないのだが、ひとまずこの散った分をどうにか掻き集めることとしよう。
さもなくば破片をいくつか逃がしてしまい、討伐完了に支障を来すような状況になりかねない。
「ちょっと精霊様、箒か何か貸してくれ」
「はい、誰かを修行させるように用意しておいた鋼鉄の箒よ、それなら溶けたり燃えたりするまでにそこそこ使えるでしょう」
「おう、助かるよ」
「予備も沢山あるから壊れたら言ってね、1本銀貨1枚だから」
「ぜったぇ踏み倒してやる」
いちいち金をせびろうとする精霊様を牽制しつつ、ひとまず水壁の外へ出て作業を進める。
掻き集めたドロドロの溶岩は……固まったり、そこからまた人の形に再生したりはしないようだ。
というかそもそもこれは本当に溶岩なのか? いくら暑いとはいえ溶岩の温度よりは相当に低いはずのこの部屋の室温、それで溶けたまま、固まって固体にならないというのはどうもおかしい。
だとするとやはりこのドロドロは『肉』なのであろう、もし本当に溶岩ではないとしたらだが。
で、その場合にはまた討伐方法が変わってきそうだ、本当に厄介で面倒な奴だな……
『あの……すみません弱き者の方々……ちょっとよろしいでしょうか?』
「何コイツ、何か喋ってんだけど、今のはどのドロドロだ? てかまだ弱き者とか言ってんのかよ、ブチ殺すぞボケ」
『す、すみません、そういう仕様なんで……あ、ちなみに私、この溶岩全部の代表です』
「ん? あ、本当だ、良く見たらあの酷い経常の人形のミニチュア版じゃねぇかお前、で、どうした? お前を殺せば解決するというのであれば何度でも攻撃してやるぞこのボケ」
『ちっ、違うんですよっ、あの、この場所に迷い込んだ敵はもう基本的にお終いで、その……ここで弱き者に敗北した場合のイベントとかそういうのがですね……』
「準備していなかったのか? どれだけ杜撰なんだ、殺すぞこのボケ」
『も、申し訳ありません、でももう通って良いんで、その辺りは勘弁して頂けると幸いでして』
「宝箱は? 俺様が最も期待していた宝箱は?」
『……戻ってから火の魔族の里の役場に請求して下さい、たぶんお土産とか貰えるんで』
「チッ、鬱陶しいなこのボケ、時間使わせやがってっ!」
『ギョェェェッ!』
わけのわからないことを言い出した中ボス溶岩ミニマムを蹴飛ばし、踏み潰し、さらにバラバラの小さな破片にしてくれる。
こういう内容について言い出し辛いのはわからなくもないが、せめてもう少し早く敗北の宣言を、ここを通過して良いという認証を出しても良かったのではなかろうか。
まぁ良い、この中ボスは帰りにもここを通った際に痛め付けるとして、今はとにかくロスした時間を取り戻すべく先へ進むこととしよう。
気が付くと部屋の入口の反対側に出現していた扉、ここで中ボスが敗北するのは想定していなかったということは、おそらくここを通るのは俺達が初めてなのであろう。
半ば溶けたような状態になった鋼鉄の箒をその辺に捨て、ゾロゾロとその出口へと向かう。
ここがおおよそ中間地点だと考えると、残り半分でこの地下空間の最奥へと到着するのか。
思ったよりも楽勝だな、そう考えて扉を開けた俺の顔は、いきなり噴出した凄まじい熱気に触れた……
※※※
「あっつっ! いや熱っついわこれっ!」
「凄いっ、見て下さいご主人様、さっきのよりもサラサラの溶岩がこんなにっ」
「熱くて目が開けられないんだが……」
中ボス部屋の出口となる扉の向こう側、その場所の空気はこれまでと一変、ホンモノの地獄がそこにあったのである。
しばらくして熱さに慣れ、というか耐性でも作動したのかも知れないが、とにかく目を開けることが出来るようになった俺が見た光景は、まるで火山の河口付近にでも来てしまったのではないかという次元のもの。
地面や壁や、それに天井からも溢れ出すマグマ、とても普通の人間が進んで行けるような状態にはなく、通常であれば扉を開けた瞬間にパーティー全員が丸焦げ、全滅していたことであろう。
しかし困ったな、『内部の暑さというか熱さ』が想定以上であり、このままでは英雄パーティーの連中をつれて行くことが出来ないかも知れない。
この場所でも既にわんころもちやカポネは限界、これ以上下へ行けばハピエーヌも、そしていつの間にか褌一丁になっている紋々太郎も耐えることが出来ない温度となるはず。
この4人はここに残していくべきか? いや、そうなると暑さ対策のために精霊様も残していかなくてはならなくなる。
いくら精霊様でも分裂してそれぞれがどうのこうのという具合にはいかないであろうし、仕方ない、どうにかしてこの先も安全に進むことが出来るような方法を取るしかないな……
「まぁ、ご覧の通りこういうことだ、この先ちょっと暑いのが無理な2人は気を付けてくれ」
「あの、少し無理があるんじゃ……」
「うっかり水壁の外に出たらジュッて、熱そう……」
「ちなみ勇者様、私には何もなしなんですか? 一声とか」
「大丈夫だ、どうにかなると思うぞ、これまでもどうにかなってきたんだからな、あとマリエル、お前は大丈夫だから頑張れ、以上!」
『えぇ~っ!』
露骨に嫌がっているのは3人だが、実は後ろで紋々太郎も渋い顔をしていることは、おそらく俺だけが知っている事実だ。
かなり苛酷な環境へと足を踏み入れるのだから当然だが、俺達には精霊様の加護があるわけで、気を付けていれば溶岩のブッカケなど喰らう余地はないのである。
ということで扉から先へ一歩……と、地面にも何かしないとダメだなこれは、靴から熱が伝わって、というかそもそも地面が赤熱状態なのだから。
「精霊様、ちょっと下に打ち水してくれ、熱くて敵わないぞ」
「良いわよ、それっ!」
『なぁぁぁっ!』
「凄い湯気ね、皆ちゃんと生きているかしら?」
「これはやべぇっ! ガチもんのサウナじゃねぇかっ!」
「暑くて……前も見えません……」
こんな所でうっかり『焼け石に水』をしてしまった、精霊様がブッカケした水はあっという間に蒸発し、湯気となって水壁の中に充満してしまったのである。
もちろん凄まじい熱を伴ってだ、俺達は今、一般家庭で使うものよりも、さらには業務用のものよりも遥かに強力な蒸し器の中に居る状態。
早速だがこれはアウトだ、一旦中ボス部屋へと戻り、対策を立て直さなくてはならない……
※※※
「で、どうするよこの状況?」
「えっと、本来ならここをこう行って、ここを通って……凄い、全部赤くなっているエリアです」
「てことはここから先全部があの状態ってことなんだな、厄介な限りだぜ、もう我慢して先へ進むか?」
「それはちょっと……多数決を取るのはどうでしょう?」
で、その提案に対しては、まさかの英雄パーティー全員が反対、ついでにマリエルが反対、つまり3対5でこのまま我慢して進むべきではないという結論に至った。
ちなみに賛成、つまり我慢して進むべきだと主張したのは俺と精霊様のみであり、リリィは別にどうでも良い感じで適当に、俺が手を挙げた方に賛同したという感じ。
まぁ、実質5対2ということか、これでは反対を押し切ることなど出来はしないな、というか紋々太郎が反対なのであればそれはもうそちらに決まりであろう。
で、我慢して進むことをせず、具体的にどういう方法を取るのか、その代替案についてだが……そうだ、この部屋にはせっかく見逃してやった馬鹿が居るではないか。
自称強き者であるこの馬鹿をもう少し痛め付けて、より有益な情報を獲得することとしよう……
「おいハゲ、溶けてねぇでちょっと話を聞け」
『なっ、何なんですか一体、弱き者共はここから立ち去って下さい、ほら、扉を開けたでしょう?』
「うっせぇわこのボケッ!」
『ぶちゅぅぅぅっ! ちょ、ちょっと、これ以上破壊するのは……』
「ってんじゃねぇオラァァァッ!」
『ギャァァァッ! な、何がお望みなのでしょうか……』
「裏ルートを教えろ、この地下の一番奥まで行ける、暑くないかつ熱くない道程だ」
『そんなこと言われましても……』
「あるだろう管理者用通路とか、バックヤードとかっ、この吐きやがれゴミ野郎!」
『ギィェェェッ! しっ、知らないっ、そんなの知らないっ!』
その後も中ボス溶岩野郎をガンガン痛め付けるも、どうやら本当に『裏ルート』について知らない様子。
いや、良く考えたらそれもそうだ、ここは火の魔族の里の観光施設、熱さに強い彼等にとって、ここの管理など涼しいものなのだ。
それはつまり本当に裏ルートなどは存在せず、ドロドロの、灼熱のマグマ地帯を普通に、地道に踏破していくしかないということなのである。
しかしそれでは英雄パーティーが、場合によっては紋々太郎だけでもと思うが、それも先へは進めない。
もしかして詰んだのか? こんな所で? いや、英雄不参加の開放作戦もあるが、それだと後世に残る伝説がアレだ。
どうにかして俺と紋々太郎だけでも、この先のマグマ地帯を抜けて……というか今思った、このような『やべぇ場所』、一体誰が踏破することを想定して作ったのであろうか?
どのルートで進んだにしても、もちろん里の方で推奨している比較的大回りなルートを用いてもだが、最後は必ず灼熱地帯へブチ当たるのだ。
であれば、訪れている冒険者や探索者の方にはその先も楽しく、仲間が死んだり死ななかったりしつつ、楽しい宝探しを続けて欲しいと考えるのが妥当。
こんな所で、しかも良い感じに頑張り抜いた後の中間地点で詰んで、その先を諦めて凄く不快な気分で来た道を戻らなくてはならない。
そんなことをさせるようであれば、火の魔族の里はこういうものの経営センスがほぼゼロ、いやマイナスでしかないのは確実である。
だがセーブポイントに外部から呼んだ、何度ブチ殺されても蘇る『担当者』を設置するほどの力とコストの入れようだ、そんなに儲かっていないような負の遺産のゴミ施設ではないのもまた確実。
つまり何かヒントがあるはずだ、安全に、溶岩をブッカケされたぐらいで死んでしまうような、極めて軟弱な雑魚キャラでもこの先へ進めるような仕掛けが……
「ふむ……おい溶岩野郎! 何か秘密の凄いアイテム出せやオラァァァッ!」
『ギョェェェェッ! あ、アイテムならそっちのやくざモンのポケットからでも……』
「……黙れ、アイテムはないが鉛玉ならいくらでもくれてやる」
『ズギョォォォッ! うっ、撃たないで下さいっ、ちょっと火魔法が弱点でして、いやホントに』
「溶岩の癖に何言ってんだこの大ボラ吹きがっ!」
『ハゲギョッ! いたたたっ、またこんなに細分化してしまった……それで、アイテムでしたっけか? 確かあったと思いますよ、何か絶対に蒸発しない水の衣装が、数量限定だったと思いますけどね』
「数量限定? どこに、いくつあるんだ?」
『確かどっかの宝箱にあるとかないとか、数は馬車の中のパーティーメンバーも含めて4+4で8着だったはずです、装備しないと意味がないぜ』
「最後だけ何だその物言いはっ!」
『いでぇぇぇっ!』
なるほど、やはり熱さを避けるための専用アイテムが存在していたか、そしてそれはおそらく今居る場所よりも上、入り口に近い場所に存在している。
かなり遠回りになってしまうが、それがない以上はどうしようもないため、ひとまず探しに行くこととしよう……




