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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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799 初勝利

「お~いっ、誰か来ているか~っ? あれ、聞こえないのかな? おいハピエーヌ、ホントにちゃんと人を呼んで来たんだろうな?」


「うぃっす、何か~、その辺に居たババァみたいな? ちょっと持って来てそこ置いたんで~」


「なるほど耳が遠いのか、てかさ、アスタを呼び戻して待たせておいた方が良かったんじゃねぇか? まぁ、でも人が居れば良いなら大丈夫だろう、先へ進もうぜ」


「おーっ! あれ?」


「リリィ、今回に関して言うとやる気満々な奴は非常に少ない、残念だったな」


「ショックです……」



 1人だけやる気満々のリリィはともかく、ひとまず事前に作成したマップに従って地下道の最奥を目指すことに決めた俺達。


 最初に説明を受けたものよりも、距離的には短くなるルートをセラが割り出してあるため、今回はそちらの方を使用することもまた決定している事項だ。


 まぁ、結局セラはこの場に来ていない、じゃんけんに敗北したマリエルが渋々同行しているため、どんな危険があろうと本人は知ったことではなかろう。


 というか、元々マグマだの何だのと言っている時点で危険極まりなく、余程の理由がなければだれも突入しようとは思わないであろう場所なのだが……



「ふぅっ、何だかもう暑いんですが、帰ってもよろしいですか?」


「……新イヌマ―よ、少しは我慢することを覚えるのだよ」


「その呼び方止めて欲しいです、あとお金が欲しいです」


「何だかミラみたいな奴だな、きっと仲良くなれるぞお前等は」


「でもご主人様、犬獣人の人にはこの暑さ、ちょっとキツいかもですよ、何とかしないと」


「確かにそうだな……精霊様、ミスとか何か出してくれ、出来るだろうそのぐらい?」


「大精霊様をそういう装置扱いするとは困った異世界人ね、罰としてあんただけ効力範囲外にするわよ」


「へへーっ! すみませんでした……ってかここから地面アツッ!」


「凄い熱ですよ本当に、ここからさらに下へ行く思うと……」



 絶対に考えない方が良いことを口に出してしまったのはマリエル、本人もハッと気付いて口を噤んだのだが、それでも皆その台詞を耳にしてしまった後だ。


 どう考えてもタダでは済まされない、かつて空気の読めない熱血馬鹿大魔将のせいで、世界中が凄まじい熱気に包まれてしまったことがあるのだが……これはそれ以上だと言っても過言ではない暑さだな。


 カレンやマーサを連れて来なくて本当に良かったのだが、そう言われてみればわんころもちにとっては既に、かなり危険な暑さであることもまたあの2人と同じ。


 早速お荷物が増えてしまったではないか、まぁそれでも初陣というのは非常に大事なのだ、ここは我慢して貰い、こちらも徹底的なサポートを……なんと、カポネもダメなようだ、上級魔族の癖に情けない奴め。



「……どうするかね勇者君、この状態ではいつまで経っても進むことが出来ないぞ」


「そうっすね、精霊様、ミストシャワーは中止、これからは水の壁の時代だよ」


「精霊使いが荒いわね、わかったわ、でも湿度は物凄いことになるわよそのうち」



 ということで作戦変更、涼を取るというよりも、もうガチガチの『防御』という感じで周囲を固め、先へ進むこととした。


 踏み出してすぐにある小さな扉、周囲に張られたドーム状の水壁を破りつつ、その取っ手を掴んで……激アツであった、焼けるように、いやむしろ焼けているではないか。


 おそらく通常の人間の防御力であれば火傷などしていたかも知れないほどの激アツの扉。

 うむ、この暑さで、さらにはその扉の奥側から熱が来ているのだ、金属製のものについては全てそのような感じなのであろう。


 もちろん俺も防御力が高く、その程度のことではダメージを受けたりしないのだが……この地下通路は本当に『客』、つまり火の魔族ではない者をクリアさせるつもりがあるのか、そこが疑問だ。


 そしてその激アツ扉を開けた俺の腕、その水壁から露出し、外の空気に暴露している部分には、今まで居た場所の比ではない、非常に熱い空気が触れる。



「……おう、すげぇぞこれは、サウナどころの騒ぎじゃないな」


「地獄へ繋がっていそうですね、勇者様が死後に行く場所です」


「なんで俺が地獄行きなんだよっ、このマリエルめっ、外に出してやるっ」


「ちょっとっ、ちょっ、冗談じゃないですからっ、水壁に触れると服が濡れてしまって」


「ジャージ着込んで何言ってんだ、ビッタビタになってしまえいっ」


「ひぃぃぃっ! あっ、ごめんなさいリリィちゃん」


「ビショビショ~、あ、でももう乾いた、外に居ればすぐに乾きますよ、マリエルちゃんもさぁっ」


「ムリィィィッ!」



 マリエルのドンケツで、うっかり水の壁に突き刺さってしまったリリィ、そのまま防御の外に放り出されたのだが、ドラゴンだけあって何ともないらしい。


 どういうわけか服の繊維にもダメージはない、というかその持ち前の力で余計な熱を撥ね退けているようだが、これであればリリィは外でも大丈夫であろう。


 まぁ、良く考えれば術者である精霊様も先程から俺達の上、つまり水壁の外を飛んでいる。

 余りにも暑いと溶けてしまうのが精霊様だが、これが防御内へ戻るまでは、比較的安全性の高い気温であると考えて良さそうだ。


 さて、リリィが抜けて広くなった分のスペースをふんだんに使い、さらに先を目指すこととしよう……



「うぃ~っ、ダイジョブっすか2人共? いや3人か」


「あ……暑い、地面が熱くて暑い……」

「もう汗で前も見えません」


「あ~う~っ、勇者様、お水を」


「ワンボトル金貨3枚だ、買うか?」


「買います、買いますから勇者様の分のお水も……ガクッ」


「ガクッとか自分で言ってんな、てかちゃんと歩かないとリリィが……リリィが走って行ってしまったぞ……」


「どうなってっすかあの子?」


「ドラゴンなんてそんなもんだ、お~い、リリィ! 何かあったのか~っ?」


『宝箱ですーっ! こっちこっち、早くーっ!』


「おい宝箱だってよ、とりあえず行こうぜ」



 リリィが走って行った先に、ノロノロと歩いて到着した俺達が見たのは、言われていた通りの宝箱がひとつ。

 少し奥まった、わかりにくい場所に設置されたその宝箱は……かなりデカいな、リリィの身長ぐらいあるではないか。


 で、その宝箱に飛び付こうとしたアホのハピエーヌ、その尾羽をガシッと掴んで止めたのはカポネ。

 同じ魔族同士だが、カポネの方が賢さは高いようだ、まぁハピエーヌが低すぎるだけのような気もするが。


 とにかくそんな怪しい場所に、わざとらしく設置してある宝箱が安全であるとは限らないのだ。

 迂闊に手を出して、実はモンスターで、当たり前のように喰われた、などということになると面倒なのである。


 まずは紋々太郎がハジキで……という仕草を見せたが、ヒットすれば確実に跳弾が生じるため、それはナシということに決まった。


 そうなれば次は、比較的リーチの長い俺の聖棒かマリエルの槍なのだが……生物に対して『破裂させる』という強力な効果を発揮するマリエルの槍が適任のようだな……



「それじゃ、突きますからね……それっ!」


「……攻撃してこないようだね、何も起こらないということは、この宝箱は安全ということか」


「みたいっすね、リリィ、開けて良いぞ」


「はいっ! パカッ! うわぁぁぁっ……真っ暗になりました」


「……なんと、開けるまで正体を現さないタイプのモンスターであったようだね」


「なるほど、外側はホンモノの宝箱で、その中に入り込んでいたというやつか」


「あの……感心してないでお仲間を助けた方が……」


「ん? あぁ、わんころもちは知らないんだよな、リリィなら別に大丈夫だから、ほら、もう出て来ると思うぞ」


「ふぬぬぬっ、捕まえたっ! とうっ!」


「……って、そんなもんこっちに投げるんじゃねぇぇぇっ!」


「大丈夫ですよ勇者様、ほら、救いようのない雑魚ですから」


「とはいえな、気持ち悪いんだよコレ……」



 リリィが宝箱から取り出し、こちらへ投げて寄越したのは、何だか真っ黒の球体に人間と同じような感じの手足が生え、ついでに巨大な口が付いたイノシシ大のバケモノであった。


 俺の前、というか水壁を挟んだ向こう側に落ち、ひっくり返ってシャカシャカしているのだが……うむ、確かに雑魚である、弱いなどという次元のものではない。


 しかし良く考えよう、俺にとってもマリエルにとっても、そして再び宝箱の中に頭を突っ込んで何かをしているリリィにとってもコイツは雑魚。


 だがその雑魚の戦闘力を、俺達勇者パーティー以外の世間一般、モブキャラと比較して考えた場合どうであろうか。

 おそらくこの雑魚の方が遥かに強い、それは間違いなきことであり、誰も反論することの出来ない真実だ。


 そしてそのモブキャラよりはかなりマシだが、紋々太郎を除く英雄パーティー、つまり新規加入メンバーにとっても、その比較が当て嵌まる感じの状況。


 3人で一斉に掛かれば討伐することが可能か? いや、暑さでわんころもちとカポネがバテている状態だ、おそらくだがこのバケモノ1匹対この3人であったとしても、バケモノに軍配が上がることであろう。


 とはいえ3人に活躍の場を用意してやりたいのも事実、この場合紋々太郎はどうするのか……と、既に『ハジキ』を構えて殺る気満々ではないか、4人でまとめて戦闘し、紋々太郎はサポートに徹するというのだな……



「……3人共、よく聞くが良い、これよりそこの強敵を討伐する」


「これをですかっ? ちょっと触るのはさすがに……」


「……いや新イヌマーよ、君は魔力が大きいからね、その『ドス』にその力を込めて、誘導可能な『投げドス』として用いるのはどうかね? そうすれば後ろから攻撃が出来るし、君の固有魔法を付与すれば物理以外のダメージも与えられるよ」


「は、はぁ……え、でも……えっと……はい、やります……」



 もう逃れられないと悟ったのであろう新イヌマーことわんころもち、3人の中で唯一、直接的な戦闘を経験したことのないこの垂れ耳犬獣人美少女は、今回が初めての実戦であり、『殺し』であるのだ。


 まぁ、それに関してはとんでもない性格を有するわんころもちのことだ、きっと大丈夫で……でもないようだ、『ドス』の柄を握り締めてガタガタと震えているではないか。


 というか、この子は『自分が相手を殺害すること』が恐いのではなく、『恨みを買って反撃されること』が恐くて恐くて仕方ないのである。


 これまでの『兄』、つまり俺達が珍しく、これ以上ないほどの温情措置によって、縛り首という極めて軽い方法で処刑してやった故キング犬畜生、奴を使っていた際のわんころもちの作戦とは異なるのだ。


 あの場合、何かあったとしても、そしてわんころもちがその膨大な魔力を用いて城全体に掛けていた人心を惑わす系統の術式が破綻したとしても、恨みを買う、そして○田商事のアレかの如く殺害されるのは、表に出ていたキング犬畜生の奴。


 わんころもちは安全な場所から、一見してその操られた兄のものとしか思えない莫大な富を、横から、ほぼノーリスクで掠め取るだけの簡単なお仕事に従事していたのである。


 それが現在ではどうか、自ら凶器を握り締め、それを離れているとはいえ、直接敵キャラに突き刺す必要がある、もちろんその敵キャラから見えている、姿を見られている状態でだ。



「……どうした新イヌマーよ、恐ろしいのか? だが今回は最初の一撃を加えるポジションである、覚悟を決めて動くのだ」


「ちょ……えっと、えいやっ!」


「ひょぉぉぉっ!? あっ、危ねぇ、俺に当てるつもりかよ……」


「ご、ごめんなさい、居るとは思わなくて」


「ちゃんと見てから攻撃して欲しいものだな」



 わんころもちの第一撃、目を瞑った状態で、意を決して『ドス』を投擲したのだが、その飛んだ方角はまるで見当違いのもの、というか俺を狙ったのではないかと思える起動であった。


 で、もちろん言われていた通りに魔力を通し、その『投げドス』にコントロール性を……持たせるのは忘れたようだな。


 わんころもちの放った『ドス』は、その飛行するためのエネルギーを使い果たし、今まさに起き上がらんとしている敵の化け物、その真横にカランと音を立てて落下したのであった。


 それを見てどうしようどうしようと慌てふためくわんころもち、実質的な師匠である精霊様はそれを見て溜め息をつき、呆れ返った表情を見せる。


 同時に水壁の中へ入り込むと、わんころもちの襟首をひょいっと掴み、灼熱の外側、しかも敵のすぐ傍へと放り投げてしまう。


 ドサッと落下したわんころもち、自分がそこに居て、隣に添い寝するかのように敵、その反対側に『ドス』が落ちているという構図。


 そして当然、今まさに投げ込まれ、状況を把握していないわんころもちよりも、既に起き上がるモーションの途上であった敵の方が起き上がるのが早い。


 このままではかなり危険だ、いくら魔力が高いとはいえ、わんころもちの格闘能力ではあのバケモノには敵わないのだ……



「はいはい2人共、早く助けに行かないと拙いわよ、大丈夫、後ろであんた達のリーダーが援護してくれるから、ほらっ!」


「や……やべっす、サッサと行くっしょ」

「そ、そうですね……私はこれで……最後の一撃なのかな?」



 多少は混乱しているようすのカポネとハピエーヌだが、どうやら戦う意思の方は辛うじて持ち合わせているらしい。


 すぐに水壁の中から飛び出すと、まずはハピエーヌの攻撃、起き上がろうとしている敵のバケモノにザックリと割れるような傷を与える。


 だが威力が足りず、傷は負ったもののそのまま立ち上がる勢いのバケモノ、そこへ紋々太郎の『ハジキ』から発射された漢の鉛玉が、良い具合にヒット、再びひっくり返らせることに成功した。


 直後、カポネがわんころもちを引き起こし、ハピエーヌは落ちていた『ドス』を拾い上げ、それを渡してやる。

 再び自らの得物を手にしたわんころもちは、半泣きになりつつも、今度は魔力を込めてそれを投擲。


 もちろんど真ん中とはいかない、かなり外れた位置を通過し、コントロールによって舞い戻った『投げドス』ではあるが、幸いにもバケモノの右足、人間でいう踝の辺りに深い傷を負わせることに成功した。


 三度立ち上がろうとするバケモノ、だがハピエーヌから受けた傷で右回りには返れず、今のわんころもちの攻撃で受けた傷によって左回りにも返れず、全体的な力は残っていても、戦闘態勢に移行することが出来ない状況に陥ったようだ。


 まぁ、これは間違いなく時間経過と共に回復していってしまう受傷だが、実際に戦ったことがある、そもそも魔王軍の一員であったカポネはこの隙を見逃さない。


 手にした『パイナップル』のピンを抜き去り、バケモノの元に駆け寄って……口の中に入れやがったではないか、いきなりエグい攻撃方法を見せてくれる……



「2人共、伏せてっ!」


「えっ? あっ、えっと」

「こっちっす! 身を低くしてあじゃじゃーみたいな感じでっ!」



 ハピエーヌが何を言っているのかはイマイチわからないが、とにかく反応が遅れた、というよりもどうしたら良いのかわかっていないわんころもちを退避させることに成功した。


 その直後に『パイナップル』が炸裂、中に込められた火魔法と鉄の破片、それに破断した外殻が飛び散り、周囲に破壊をもたらす。


 そして今回の爆発において周囲にあったのは、宝箱より出でしバケモノの口の中、その生体組織である。

 比較的防御力が高い様子のバケモノだが、口の中まで防御することは出来ない、つまりズタズタだ。


 首は半ば外れ、ヨレヨレの状態になったそのバケモノは、こんなはずではなかったのに、とでも言いたげな動きをしつつ、ズシッとその場に崩れ落ちた。


 これで討伐完了だ、紋々太郎がサポートしているとはいえ、今回は実質3人の手柄である。

 そして元々パーティーメンバーであり、3人のボスである紋々太郎の手助けは別に問題がないはずだ……



「……良くやった3人共、新イヌマーに関しては未だ戦闘には慣れない様子だが、それはこの先どうとでもなるからね」


「は、はぁ……出来れば後方勤務でお願いしたいんですが……」


「まぁ、とにかく良かったじゃないか、誰も怪我とかなくて……で、リリィはどこへ行ったんだ?」


「さっき宝箱の中へ入って行きましたよ……ほら、そぉ~っと蓋を開けてこちらの様子を窺っています」


「遊んでんじゃねぇよコラッ」


「ヤバッ、バレてたっ、でもご主人様、こんなの見つけましたよ、何だかわかりませんけど」


「何だよこれ……って『魔導ハンディ扇風機』じゃねぇかっ!」


「まだ同じのが入っています、色違いだけど形は一緒ですね」


「しかも5人前かよっ! 何のつもりだよマジで、コレで涼でも取れってか? 無理に決まってんだろ」


「いえ、意外と涼しいですよ、私はゲットしておきます」


「そうなのか……まぁ良いや、じゃあ俺も……やっぱ要らねぇやこんなの……」



 宝箱の中から発見された魔導ハンディ扇風機、風魔法が込められ、本当に微妙だが涼しい風を感じることが出来るアイテムだ。


 それが5つであったため、暑い暑いと言っていたマリエルにひとつ、それから緒戦を勝利で飾ることに成功した3人にご褒美としてひとつづつ、最後のひとつは俺が不要としたため、発見者であるリリィに贈呈された。


 というか、あれだけのバケモノが入っていた宝箱で、討伐後にゲットすることが出来るのはこんなものか。

 おそらくはハズレなのであろうが、次以降はもう少し良いモノを獲得させて欲しいところ。


 中身が良ければその分敵も強くなるのではあろうが、どうせ俺達にとっては雑魚同然、先へ進むために有用なアイテムが手に入るのであればそれに越したことはない。


 と、まぁアレだな、宝箱を開けて一喜一憂するのも良いが、本来の目的である最奥への到達、その時間を計るということを忘れてはならないな……

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