793 撤収
「よし、それじゃあここを出ようか、おいわんころもち、荷物なんか後で取りに来れば良いだろうよ」
「ダメですよ、私が居なくなったらこのお城は終わりですから、あっという間に、たぶんそこで伸びている兄も持って行った方が良いですよ」
「そうなのか、じゃあちょっと待ってやるから、必要なものだけ、本当にないと困るものだけ用意するんだ」
「それと、お金に換わりそうなものもお願いします」
「わかりました、じゃあ兄の預金通帳と、兄の手許現金(金貨5万枚)と、兄所有の高級馬車の鍵と、それから兄の金塊、兄の株券に兄の……」
「おいちょっと待て、全部キング犬畜生の所有じゃないか、自分のものはどうなんだよ?」
「私の所有物は今着ている服と僅かな着替え、それに身に着けている装飾……といっても全てガラス玉ですが、総額で金貨1枚にも届きませんよ、金銭は悉く兄に使い込まれましたから」
「そうなのか……それって悲しくね?」
「大丈夫です、兄が死ねば全てまた私のものですし、特に問題はありません」
「お、おう……」
余裕の表情で『兄の資産』を袋に詰め続けるわんころもち、どの財がどこにしまってあるのか、それを完璧に把握している時点で、もう実質自分のものだと思っている可能性が高いな。
しかしこれだけの資産、相続税はどうするつもりなのだ……と、ここは4人の何とやらが支配し、死者が蔓延る『死国』であったのだ。
基本的に死んでも動き続ける以上、『相続』などという言葉はどこからも生じることがないのである。
それによって、きっとこの地域を所轄する税務署の類の、資産課税部門は滅亡に追い込まれたに違いない。
もっとも、それは他でやっているように、死者をゾンビやスケルトンとしてこの世に呼び戻した場合だ。
わんころもちはこのキング犬畜生、ト=サイヌが死んでもそのようなことは絶対にしないであろう。
普通に焼き払い、灰にしてその辺に撒き散らすことによって、二度と復活することのない完全な死を与えるつもりでいるのは、これまでの言動からももう明らかなことなのだ……
で、そのわんころもちはテキパキと準備を終え、広い室内に保管されていた『価値のあるもの』を全て、精霊様所蔵の巨大風呂敷の上に集積する。
しかしこれらは本当に凄い価値だ、重量も凄そうだが、全て金銭にすれば金貨にしておよそ20万枚、いやそれ以上になるかも知れない。
それに加えてこの広大な土地、海の見える一等地に、巨大な城まで建てているということは、こちらの方もまた凄まじい価値を有する不動産であると考えるのが妥当だ。
そしてその不動産の権利に関しては……わんころもちが今その証書を取り出すようだ、今まで開けていなかった扉に手を掛け、ガラッと開ける……
「んしょっ、うんしょっ……ふぅっ、動きもしません、誰か手伝って下さい」
「何が動かないんだ? それは……墓石か何かか?」
「いえ、この土地と建物の登記識別情報です、絶対に盗まれないようにと思ってですね、『石板発行』して貰えるように頼んだんですよ、兄が」
「意味がわかんねぇよ、てかそんなデカいの2枚も持って帰れないぞ」
「大丈夫です、建物の方は私が居なくなればもう『お終い』だと思うので、こっちの、よいしょっ……やっぱり動きません、土地の方だけどうにか」
「1枚は持って帰るつもりなんだな……そしてルビア、どうして俺に背負い紐を装備させようとしているんだ?」
「こういうのを運搬するのはご主人様の仕事だと思うからです」
「嘘だろう……」
誰か古の偉い方の墓石かと見紛うような巨大石板、この城を擁する広大な土地の登記識別情報らしい。
というか、ト=サイヌが死んで権利をゲットするのであれば、こんなものは不要なのでは?
などと疑念を抱きつつ、その重量にして700から800㎏程度はありそうな石板を、わけのわからない背負い紐に括り付けて……重い、もしこのままフルマラソンをすれば、明日確実に筋肉痛になりそうな重さだ……
そしてその重さに耐える俺を横目に、本当に有価値なものを全て包んだ精霊様はフワフワと、そこまで重いといった雰囲気を出さずに飛び、建物の窓から脱出しようとしている。
他の仲間達もショートカット、窓から飛び降り、あっという間に城の玄関前に降り立っているのだが……俺は階段だ、このまま飛び降りたらさすがに色々とヤバすぎるからな……
『勇者様~っ! 早く~っ!』
「ちょっと待っとけっ! 今行くからなっ! てかアレだ、また『犬畜生の橋』を用意させておくんだ、『ウ〇コ地雷原』を通過しないとだからな」
『わかったわ~っ!』
ということで階段を使い、かなり時間を掛けて城の正面玄関まで進む俺、途中で通過した『中ボス部屋』では、先程精霊様が殺してしまった俺の配下となり得た存在が……
コイツが生きていればどれだけ良かったことか、このクソのように重たい石板も、きっと俺の代わりに抱えてくれたことであろう。
いや、この気持ちはまやかしだ、わんころもちがこの城全体に掛けた術式が、どういうわけか犬畜生共だけでなく、俺にも効果を及ぼしているためだ、もちろんそれは何かの不具合なのであろうが……
そう自分に言い聞かせつつその場を通り過ぎ、ついでに術の影響下に戻った犬畜生共を掻き分けて玄関へ。
ようやく仲間と合流したところで、それを確認したその仲間達は、どんどん『犬畜生の橋』を進み始めてしまった。
俺も後を追わなくては、とにかくこの重たい石板を早く降ろしたいのだから……と、その一心で第一歩を、舗装されていない地雷原へ、そしてそこに掛かったうつ伏せの犬畜生共の背中に足を付くと、ここで予想外のことが起こったのである……
『ギョェェェェッ! ずぶぶぶっ……』
「やっべぇっ! おい沈んでんじゃねぇよこのクソ野郎! おいっ……チッ、もう死んでいやがる」
「ご主人様~っ、もっと素早くっ、シュシュッと移動しないと、ここの地面の固さじゃ沈んじゃいますよ~っ」
「おうっ、確かにそうだな、てか石板が重すぎるんだ、このままじゃ俺はこの犬畜生と、そしてアホの識別情報と一緒にウ〇コ地雷原に還ってしまう、急がねばっ、とうっ!」
『フンギョォォォッ!』
「はっ!」
『イギャァァァッ!』
「よいしょっ!」
『ブチュゥゥゥッ!』
「せいっ……と、さっきからうるさい連中だな、死ぬ時ぐらい静かにしろこのゴミ共」
『す、すびばせむでし……ギャァァァッ!』
橋となった犬畜生共を、ウ〇コの地雷原にズブズブと沈めて殺害しつつ、俺は仲間の後を追う。
ようやくそこを抜け、そして最初の巨大な正門を潜ると、どうにか一息つくことが出来た。
かつて、紋々太郎はこの場所で何度も足止めを喰らい、上から粋がるキング犬畜生ことト=サイヌが強者だと思い込み、何度も無駄に足を運んでいたのだ。
そして今、その紋々太郎が抱えているかつての目的は、顔以外ガリガリの、最弱の犬畜生であることをその見た目から醸し出している状態。
わんころもちが気を利かせ、かつてのパーティー参加依頼に際して発行した文書等は破棄されたものの、紋々太郎にとっての屈辱的な過去は、このまま消え去ることがないのだ。
まぁ、それでも『代わり』として、当初は予定さえしていなかったわんころもちを、半ば強制的に『新イヌマ―』とすることに成功したのである。
これは及第点として、いや、そもそも大金星として記録されるべきであろう事柄だ。
精霊様が主張するわんころもちのとんでもない力を十分に発揮することが出来れば、それこそ英雄パーティーの総合力はかなり上がるはず……
「……さて、船に戻るとしようか、全員特に忘れたもの、ここでやっておきたいことはないね?」
「ええ、早くしないと俺の肩と腰が砕けて……てかまた歩きなのかよ……」
「ごめんなさいね重たくて、で、お城を離れるなら急がないとです、もう私の術式も効果を消しますから」
「……そうか、では全員ダッシュせよっ!」
『うぇ~いっ!』
「ちょっとまっ……へっ?」
重荷を背負った俺を放置して走り出す仲間達、とうぜんわんころもちもその中に含まれている状態だ。
初速がかなりアレで、突然には走り出すことが出来ない俺は、どうにか勢いを付けてそのばからダッシュを始めようとする。
その刹那、明らかな『やべぇ音』が、先程まで俺達が居た巨大な城の方から響いてくるではないか。
凄まじい怒声と、それから軋むような音、そして地震のような振動であり、そこそこ大きなものだ。
これは一体どういうことだ? 『凄まじい怒声』についてはわからないこともない、術の解けた犬畜生共の起こした暴動による声であろう。
しかし他のものがどうもおかしい、あの程度の連中が暴れたからといって、さすがにこのような振動は起こるはずもなく……絶対におかしい。
「おいわんころもちっ! ちょっと待てコラッ、お前何だよこれっ?」
「はぁっ、はぁっ、だから言ったじゃないですか、私が離れると、このお城はもう『お終い』だって」
「……いや、それはどういうことで?」
「私の術式、中に居たモブキャラの皆さんの抑圧だけじゃなくて、何かその……お城自体の自壊防止にも効果があったようで、もしそれがない状態で中の人が暴れると」
「暴れると?」
「爆発します」
「ほう……やべぇじゃん……って、ぬわぁぁぁっ!」
爆発しますと言われ、それはヤバいと考える、そして身構えようとしたのだが、その瞬間にはもう、後ろで爆発していた城の、そこから発せられた強烈な爆風が俺を襲っていた。
逃げ遅れたのは無駄話をしていたおれとわんころもち、これは拙い、いくら凄まじい魔力を秘めていそうだとはいえ、物理耐性に関してはそこまで高くないわんころもちを守らねば……
「キャウゥゥゥッ!」
「おい大丈夫か? 飛ばされるなよっ、ほら、俺の影に隠れるんだ」
「そ、そんなことをしたら石板が、石板が割れてしまいます」
「もう諦めろよなそんなの……」
ちょうど良いところに背負っていた石板があるため、それを防御壁の代わりとして自分とわんころもちの身を守る。
なお、逃げ遅れていないメンバーに関しては、セラが普通に防御を展開しているため安心だ。
で、バキバキと背中に走る衝撃は、明らかにそこにある石板に何かが、もちろん普通の人間が喰らえば即死であり、俺であっても多少は痛いと感じるようなサイズの飛来物がヒットしている音であろう。
そして無限に続くのではないかと思える爆風が止みかけた頃、遂に背中の石板が、ボロッといくつかの破片に分断され、背負い紐から崩れ落ちる。
ここまで相当に重く、苦しい道程を歩ませやがったこのわけのわからない石板であるが、最後はキチンと役割を果たしてくれたということか。
おそらくこれが、この石板がなかったとしたら、わんころもちを庇った俺は僅かではあるがダメージを負っていたことであろう。
それは石板の破片の隣に落ちた、直径にして1m程度はあろうかという丸い岩の塊、それからこちらに刃を向けてまっすぐ飛んで来たと思しき剣など、多彩な危険物が物語っている。
「うぅっ、土地の登記識別情報が……」
「いやだから要らねぇだろこんなもん、重たいだけだぞ普通に」
「だって、せっかく発行して貰って……と、中に何か入っていますね、これは……何かの魔石ですね」
「アレだろう、番号とか書いてなかったし、何かの魔導機械でピッてやって読み取るためのものだろうよ」
「そうなんでしょうか? とにかく持って帰りましょう、これだけでもまだ何かに使えるかも知れませんし」
「……ちなみに結構デカいんだが? 100㎏ぐらいはありそうなんだが?」
人の顔よりもふた周りほど大きい謎の魔石、仕方ないここからはこの魔石を抱えて行くこととしよう。
そうしてやらないとわんころもちが動きそうにないし、逃げ遅れなかった仲間達が早く来いと手を振っているし……
そういえば城の犬畜生共はどうなってしまったのだ? やはり全部死亡したか? いや、そうでなくては困るな。
あんなバグッたような連中が、少しでも生きてのに解き放たれれば大事だ、いくらこの地域に住んでいる者の多くがゾンビやスケルトンの類であるとはいえ、殺されはせずとも迷惑を被ることとなるのは変わりないのだから……
「お~いっ! 勇者様~っ! 早くしないと置いて行っちゃうわよ~っ!」
「すまんすまんっ、すぐに追い付くから待ってくれっ!」
こうしてキング犬畜生の城は崩壊、中に居たチンピラ犬畜生やシャブ中犬畜生共もついでに消滅。
俺達は素晴らしい才能を持ったわんころもちと、多額の財産(犬畜生付き)を持って自分達の船へと戻った……
※※※
「うぃっ、フォン警部補、俺達の留守中は大丈夫だったか?」
「あぁ、時折『生前野盗の類であったであろうゾンビ』がヒャッハーしてきたがな、蘇っても基本的に雑魚は雑魚であったようだ、秒殺してやったぞ、まだ下でピクピク動いているけどな」
「……本当だっ! バラバラになって、頭が完全に潰れても生きているのかここのゾンビは……術者はかなりの使い手ってことだな」
「あぁ、普通に喋っていたしな、チンピラ風すぎて何を言っているのかわからないことが大半だったが、腐っている以外は通常のチンピラとさほど変わらなかったぞ」
「ふ~ん、で、こっちの収穫はコイツだ、来たれ新イヌマ―!」
「ちょっとっ、もしかして私、これからその名前でいかないとダメなんですか?」
「……規則だからね、勘弁してくれたまえ」
「・・・・・・・・・・」
わんころもち、という名前は適当でありつつも、その見た目の雰囲気によって付けられた名前であるため、この子にそこそこマッチしていたのだが……
これからはなんと『新イヌマ―』である、可愛げもクソもないのだが、英雄パティ―への加入を希望(強制的自主参加)するのであれば致し方ない。
そんな『新イヌマ―』を新たに仲間に加え、この後到着する予定の2人を待つのだが、その前にやっておくべきことがある。
わんころもちこと新イヌマ―の、精霊様が言うような凄まじい力を引き出すための訓練だ。
それをしない限り、この新イヌマ―は単なる犬獣人の、そこそこ魔力が強いだけの女の子ということになってしまうのだから……
「え~っと、まずはどうしようか?」
「……どうすべきか、それは我にはわからないのだが」
「そうっすよね、で、どうすんだよ精霊様?」
「私に任せなさいっ!」
「おう……本当に大丈夫かな……」
何だかムチャクチャをしそうな精霊様だが、一応1日に数回は確認することによってわんこ……ではなく新イヌマ―の安全を確保していくこととしよう。
で、早速だが修業は今日からだと本人に告げ、襟首を掴んで甲板に引き出す精霊様。
何をするのかと思えば、普通に座禅を組ませて瞑想を始めさせたではないか……
「良いかしら? あなたの魔力はまだまだそんなもんじゃないわよ、あの城を全部包み込む術式、それよりも少し大きい力を出してみなさい」
「は、はぁ……こうでしょうか……」
「……⁉ ちょっ、ストップよっ! それだとこの船が……浮いてっ」
「すげぇ、動力の代わりになりそうな魔力だぞ、これが全力なのかな?」
「いえ、まだまだこの子の力には遠く及ばないわ、1億分の1ぐらいじゃないかしら」
「ガチで世界を消滅させることが出来そうな感じだな……」
目を瞑ったまま瞑想を続ける新イヌマ―、そこから放たれた、というよりも溢れ出した魔力は、まるで冷蔵庫から出た冷気のように目に見える、濃度が高すぎて具現化してしまったのだ。
で、その凄まじい魔力によって空駆ける船が、女神の力によって生み出された魔力の玉を、不当に用いてようやく飛ばしている状態の巨大空駆ける船が、アルミボートでも持ち上げるかの如くふわりと浮いたのである。
これで1億分の1、全力を出せばこの世界を消滅させることなど容易であることは、魔法をほとんど使うことが出来ない俺にもわかった。
というか、これに関しては俺が、それに精霊様以外のメンバーも触れない方が良さそうだな。
万が一余計なことをして暴走、などということになったら目も当てられないではないか。
ここはもう、いつ炸裂するのかさえわからない、超巨大な爆弾を取り扱っているのかというぐらいに慎重で、プロフェッショナルな取り扱いを要求されているのが明らかなのだから……
「じゃあ精霊様、こっちは任せておくが、あまり甲板を破壊したり、船を崩壊させたりするなよ、スタッフの死者も5人程度に留めてくれ」
「勇者様、スタッフにこれ以上の犠牲が出るのは良くないと思いますが……」
「って、マリエルが言っているからとりあえず気を付けてくれ、わんころ……じゃなかった新イヌマ―の方も3日に1分か2分程度は休ませてやれよ」
「わかったわ、とにかく任せておきなさいってば」
繰り返し『自分に任せろ』と主張する精霊様、これは大惨事の予感ではあるが、まぁここでとやかく言っても絶対に折れはしないので諦めることとしよう。
で、そんな精霊様と、それから新イヌマ―となったわんころもちについてはそこまで、次は2人の到着を待つことに……と、リリィが何かを発見したようだ、西の遠くの空を指差してワーワーと騒いでいるではないか……
「ご主人様見て下さいっ! ほらアレ!」
「アレッて、何も見えやしないぞ、ちょっと何があるのか説明してくれ」
「えっと、まだ遠くて私にも見えないんですけど、とにかくカラフルです」
「カラフルな物体がこちらに向かって飛んでいるのか?」
「はい、結構速いです」
「たぶんハピエーヌの奴だなそりゃ……」
バラバラにこちらへ向かっているはずの2人、早かった、というかどれだけ急いで出て来たのだと思うぐらいに早かったのはハピエーヌの方。
やはりこの対決、自分で飛ぶことが出来るハーピーの方が有利であったようだ、ということでまずはハピエーヌを迎え、ここで初めて事情を説明しよう……




