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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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792 ゲット

「……いや~、やっぱり人生はお金ですよね、イキッた兄が両親を毒殺してくれたので、私はちょっと大人しい、従順な振りをして、内面は『唯一の相続人』として付き従うだけで良かったんですから」


「お前、なかなかやべぇ奴だったんだな、ていうかかなりのものだぞ」


「へ? どこがですか、人生設計をシッカリしておくのは大切なことでしょう、5年後まで兄に稼がせて、最後は栄養のない食事を与えて衰弱させて、財産だけゲットしたらこのお城の術式も解除、本当に言うことを聞いてくれる使用人の方を数十人だけ残して、あとはそのお金とかを取り崩しながら豪華ニート生活を……ふふっ、ふふふふっ」


「ご主人様、この人恐いです……」



 これからの人生を妄想し、ニヤニヤしているわんころもち、ちなみに保険金殺人で両親をアレしてしまったのは、やはりト=サイヌ、つまり兄の方であるようだ。


 つまりわんころもちに関しては、今のところ誰かを殺ったりなど、重大すぎて目も当てられないような犯罪に手を染めているわけでは……いや、この城に術式を掛け、兄はおろか他の犬獣人共をおかしな風に洗脳していたのはそこそこ重大な犯罪か。


 しかし本人がそれを悪いことだと認識していないのも事実であり、この結果、わんころもちは『優しい心を持ったサイコ犯罪者』であるということが判明した。


 通常の、悪意モリモリの犯罪者との比較においても、これほどヤバい奴は居ないであろうと思えるタイプの犯罪者だ。


 これを矯正することが出来るのか否かについてだが、あの四天王の1人であったどこぞのヴァンパイアの例を見る限り、かなり難しいことであるのは確定であろう……



「それで、兄をこのような状態にした侵入者の皆様、えっと……本当に今回はどういうご用件で? 『コレ』をスカウトするという、いつもいらしている理由はもうアレなことがわかったと思いますが……」


「……うむ、このガリガリの弱者をスカウトしようなどとはもう思わないよ、むしろそうしていたこと自体を消し去りたいと思うぐらいだ」


「あ、いつかそういうときがくると思いまして、なんとここに、これまで兄が受け取っていた『英雄パーティー招集状』は全て保管してあります、えっと……ここだ、はいどうぞ、処分して頂いて構いませんよ」


「……恐ろしく気が利く子だね、実に優秀だと思うよ」



 普通にしていれば、先程のような黒い表情さえ見せなかったら、わんころもちは普通に使える、有能な犬耳美少女である。


 しかしこれが逆に恐怖を、この子は恐ろしいと思う心を増幅させることもまたそうだと言えること。

 悪い感じの犯罪者であれば普通に犯罪者だなと思うが、この感じで凶悪というのはなかなかにヤバい。


 とりあえずこのまま話を続け、どうにかして『以降はこういうことをしない』と約束させたいのだが……下手に刺激すると世界が消滅してしまうということを忘れてはならないのであった……



「えっとだな、わんころもち、えっと、その……とりあえずさ、もうこの遊びはやめにしないか? コイツ、ト=サイヌだっけ、それも、あとは外で暴れている連中も馬鹿とはいえ気の毒だぞ」


「どうしてですか? 現状ではまだお金が足りません、兄にはもっと稼いでもらわないとだし、その死後に余計な何かが少しでも残らないよう、外の方々はもっとシャブ中になって、ドシドシ死んでいって頂かないと」


「……それってさ、もし全ての事柄が終わって、ト=サイヌも外の連中も、皆死んでしまったり、ここと関与しなくなったらどうするんだ? お前はひとりぼっちなんだぞ」


「大丈夫ですよ、先程も言いましたが何人、いや何十人かはここに残しますから、私専用の召使いとして、無償労働で頑張って貰いますし、それでも不平不満を言わない方をお呼びしたいと思っていますから」


「そんな奴居ると思ってんのか……まぁもし居たとしてもだな、そいつはお前の仲間じゃないし友達でもない、単にお前が可愛いから取り入ろうと……いや、もしかしてそいつらにも別途変な術を掛けて操るつもりなのか?」


「場合によってはそうしようかなと、大丈夫だとは思いますが、さてと……どなたか回復魔法が使えないでしょうか? 兄を治療して玉座に戻しておかないとです」


「お、おう……ルビア、ちょっとあの犬畜生を治療してやれ」


「あ……は~い、すぐにやりますね」



 扉を押さえ、外で暴れる犬畜生共の侵入を防ぐ役割を果たしていたルビアを一旦戻し、瀕死の状態で気絶しているキング犬畜生の治療をさせる。


 ここまでは完全にわんころもちのペースだ、というかこのままだとこれからもずっとそれが変わらない。

 そして打開策もなく、侵入者である俺達と、この城の実質的支配者であるわんころもちとの交渉は、彼女の方にイニシアチブがあると言って良い状況。


 普段であればとっくの昔に『討伐』を終え、可愛い系の女の子である以上は殺さずに反省させ、軽くお仕置きして勘弁してやる、その流れになっている頃合だ。


 だが今回はどうも上手くいかない、本人がかなりの危険人物であること、そしてその危険さが、内面だけでなく外面においても相当なものであることが起因してである。


 あまりショックを与えない方が良い、先程気絶させたときは突然であったため、何かおかしなことをしでかす前に意識を奪うことが出来たに過ぎない。


 今回はこの場での、悪い、というか自己中心的で酷いことをやめさせようという俺達との交渉というかたちとなっている以上、わんころもちもそこそこに警戒しているはず。


 こちらが何かをしでかそうとした途端、対抗策として内に秘めた魔力を開放、とんでもない力でこの世界を消滅……とまではいかないにせよ、普通に大惨事が巻き起こりそうではある。



「はい、とりあえず体の方は元に戻りました、あとは……当分目覚めそうにはありませんね……」


「いえ、ありがとうございます、兄の命が繋がったことで、これから先も今まで通りの計画を進めていくことが出来ますから、あ、その玉座の所に置いておいて下さい、目覚めたら勝手に姿勢を正すんじゃないかと思いますから……興味はありませんが」


「でもさ、わんころもちはその、何と言うか、さっきみたいな状態で良いのか? かなり罵倒されていたみたいだし、こんな奴に……とか思ったりしないのか?」


「ぜんっぜんしませんね、後々多額の遺産が手に入るのであれば、それぐらいのことは用意に我慢出来ますよ、やられている、弱い妹キャラ風の演技も上達してきましたし」


「すっげぇ執念だな、これをやめさせるのは骨が折れそうだ……」



 固い決意のわんころもち、今すぐにこんな悪いことはやめるのだと言ったところで、おそらく計画が成功した際に得られる分と同じ金銭を、現在価値に割り引くことさえ許さずに請求してくることであろう。


 だからといって放っておけばどうなるか、きっとこのエリアはそのうちに、ゾンビだのスケルトンだのが目立つ地域ではなく、『大わんこ帝国』に変貌してしまうに違いない。


 そしてそこのキング(仮)であるト=サイヌが死亡した瞬間、目的を達したわんころもちによって『全てが終了』させられるのだ。


 つまり『大わんこ帝国』は一夜のうちに崩壊、この城の周辺でシャブに塗れていたチンピラ犬畜生共が、行き場を失ってそこら中へと、最悪の場合島国の外にまで溢れ出すことは容易に想像が付く。


 これはヤバいとか危険とか、そういう次元の事柄ではない、現状、わんころもちの怒りを買えばこの世界が消滅、かといってへこへこしていれば、このままの流れで数年後には島国が、チンピラわんこ集団によって崩壊してしまうのである。


 これがどのぐらい危機的な状況であるか、比較してみれば、この島国に渡った原因となったダンゴ、その不正利用による世界征服を企んでいた犯罪組織軍団、それはもう幼稚園児のおやつとお遊戯、その程度の存在だ。


 可愛らしいわんころもち1人の方が、あの凶悪な面構えの犯罪者共数万匹よりも遥かに凶悪である。

 これはどうするべきか、この子の力が精霊様の言う通りであれば、俺達ではもう対処することができない域に達している可能性があるな……



「あ、そうでした、術式を再展開しなくては、それっ!」


「うわっ眩しい……ん? 俺様は何を悩んでいたんだ、オラァァァッ! おいコラわんころもちっ! おすわりしやがれぇぇぇっ!」


「ひゃっ、ちょっ、この異世界勇者の人……もしかして術式の対象に含まれて……つまり『馬鹿でアホで粗暴で、救いようのないダメ人間』なんですかっ?」


「ええ、概ねその通りよ、水の大精霊様たるこの私が保証するわ」


「何だとコラッ! 精霊様オラッ!」


「フンッ、所詮は異世界人よね、本当に知能が低いんだから」


「……さっきから思っていたんですけど、精霊様もちょっと術式の影響を受けていませんの?」


「えっ、私もっ?」


「ブハハハハッ! 哀れクソザコ精霊、既に術中であるっ! ギャハハハ……はげろぽっ!」


「ごめんなさい、ちょっと強めに掛けすぎたようです、外の名無しモブの方々を静かにさせようと思ったんですが、どうやらそちらの精霊の方にも強い影響が出てしまったようで……」


「た……タスケテ……」



 精霊様を小馬鹿にしたことにより、処断されてしまった俺はもはやミンチなのだが、とりあえず生存はしている。


 しかしわんころもち、少しだけ強度を上げれば俺だけでなく、傲慢ではあるがそういう系の術式を容易にレジストするだけの力を持つ精霊様にさえ、あのように影響を与えることが出来るとはな。


 本当に恐ろしい限りなのだが、先ほどまでの術式が展開したことによって、その影響で少し強気になった俺は、ルビアの回復魔法を受け、再びわんころもちと対峙する……



「おいっ、もう一度言っておくがな、お前こういうのは良くないぞっ、稼ぎたいなら自分の名前で、自分の責任で合法的に稼ぐんだ、それなら誰も文句は言わないし、そのト=サイヌだって早めに死なせてやることが出来るんだぞ」


「う~ん、確かに兄は一般的に見て生きている価値が乏しいですが……やはりお金に換わる可能性がある以上は元気で居て貰わないと、それとも、今後はあなたがこのポジションをやってくれますか?」


「イヤにきまってんだろそんなもん、とにかくダメだ、ト=サイヌはもう没収だ、こっちで処分しておくからな」


「あっ、ちょっと待って下さい、兄を殺しちゃダメで、ふぬぬぬっ……」



 キング犬畜生を滅しようと玉座へ向かおうとする俺を、必死で止めている様子のわんころもち。

 服の裾を掴み、目一杯引っ張っているような感じなのだが……こんなに力が弱いものなのか?


 精霊様が言うには絶大な魔力を持つ、本当に強大な存在である、そのはずなのにだ。

 もしその力の本の一部でも発揮すれば、今すぐに俺の服は破け、素っ裸となって『俺の大勇者様』があらわになってしまうはず。


 それが起らない、今現在全力を出しているとしか思えないわんころもちに対して、俺の力どころか、安物の服の繊維の力の方が圧倒的に上回っているような状態。


 これはまた何かがおかしいな、強い魔力を持つことが判明したときには逆向きにおかしかったのだが、今度はそんな魔力があるとは思えない、つまり元に戻る、当初感じていた子の能力がそれそれのものであったのではなかろうかというおかしさだ。



「ぎゅぅぅぅっ……くーん、ちょっと勝てません……」


「……とのことだ、おい精霊様、なんか変じゃないか? 確かにこの城を覆い尽くすだけの力はあったようだが、それでも言っていたほどの秘めたる魔力ってのはどうも……」


「そんなはずはないわよ……いえ、もしかしたらこの子、自分で自分の本来の力に気付いていないんじゃないかしら……」


「え? 私の力、魔力ですか? あの、術式を展開して人をイケイケにしたり、変なモノを凄いモノだと思い込ませたりということぐらいしか出来なくて……これってたいしたことないんじゃ」


「ちなみに、そういうことが出来る範囲はどの程度なのかしら?」


「それもちょっとだけです、島国全体は無理で、せいぜいこの離れた死国エリア、もちろんゾンビとかスケルトンもどうにか対象には出来るんですが、たいしたことありませんよね?」


「……いえ、すっごく天才だと思うわよ」



 おそらくだが、精霊様が言うわんころもち本来の魔力とやらを100分の1も使えば、この島国どころか世界全体をこの術式で覆い尽くし、混沌を招くことが可能であろう。


 ではなぜそれをしないのか、それはあえてしてないのではなく、わんころもちがそれを『出来ないと思い込んでいる』ということなのだ。


 もちろんわかってしまえば、本人がそのことに気付いてしまえば可能なのだが、現状はそうではない。

 思い込みというのは厄介なもので、今のところ、この子がそれを出来るか出来ないかと言えば、出来ないと答えるのが正解なのである。


 これはチャンスだ、今この場でわんころもちを取り押さえ、こちらの方が強く、そして勝てはしないという意識を植え付けるのだ。


 そして俺がそう思った瞬間には、もうワンテンポ早くそのことに気付き、行動に移した精霊様が横を通過していたのであった……



「それっ! 捕まえたわよこのモフモフわんこっ!」


「きゃうんっ! なっ、何をするんですかっ? ちょっと、くすぐったいので……ひぃぃぃっ!」


「大人しくしなさいっ! あんた、悪い子みたいだからお仕置きよっ!」


「お仕置きって、そんなに悪いことなんてっ、ちょっとっ、首輪とか付けないで、イヤァァァッ!」



 取り押さえて耳と尻尾をモフモフしつつ、そのままどこからともなく取り出したピンクの首輪(完全なる犬用)を、わんころもちの首に嵌めてしまう精霊様。


 もちろんリード付であり、その強度も魔犬の類を容易に御すことが可能なほどに抜群のもの。

 これに囚われたわんころもちはたまらない、魔力はあれども、パワータイプではないのだから当然ではあるが。


 で、その強靭な首輪を嵌められ、もちろん自力では、特に魔法の類を用いない物理の力では取り外すことも出来ず、また精霊様にパワーで敵うはずもないと悟ったわんころもち。


 突然大人しくなり、その場におすわり……ではなく普通に椅子を用意して腰掛けたではないか、一体何のつもりなのであろうか? 反省が足りない駄犬なのか?



「ふぅっ、もう完全に諦めました、降参します」


「ちょっとあんた、降参するなら椅子じゃなくて、地べたに正座なさいっ!」


「それは困ります、私にもプライドというものがありますから、幼少期より『長いものには巻かれろ、強いものにはモフられろ』という教えの下に育ってきましたが、地べたに正座するなどという真似は出来かねます」


「生意気ねぇ、まぁ、ちょっとキツめに調教するしかないわね」


「全く偉そうな奴だな、カレンはイヌじゃなくてオオカミなのにちゃんと言うこと聞くのに、こいつときたら」


「わうっ、私は良い子なので、ご主人様が強くなくてもモフモフさせてあげていますっ」


「・・・・・・・・・・」



 何となくカレンにディスられているような気がしなくもないのだが、特に悪気はないようなので、尻尾をガシッと掴んでモフモフするだけに留めてやった。


 で、相変わらず椅子に座ってすまし顔のわんころもちだが、これから自分がどうなるのかについては一応不安に思っているであろう。


 魔力の開放というジョーカーを使う術を知らない以上、現時点でのわんころもちはそこまで脅威とはならない存在。


 もっとも、今現在術式のために放出している分の魔力を、全て魔法攻撃に転換させるようなことがあればそこそこヤバく、紋々太郎辺りは殺られてしまいそうだ。


 とはいえわんころもちは幻術系、人を惑わすタイプの魔法しか使うことが出来ない、犬獣人とはいえ人族である以上、ルビアなどの特殊な例を除いてスキルは原則1人ひとつ。


 つまり隠し玉として攻撃魔法を有している可能性は元々低いし、もしあったとしても俺にわからない、看破出来ないということはまずない。


 わんころもちについては安心して良いであろう、本当に今のところであり、この状態のうちに調教して従順な犬っころに『改変』してやる必要があるのだが……



「それで、私はこの後どうすれば良いんですか? 何だか連れて帰る気満々のようですが……その場合このお城はどうなるんでしょうか?」


「うむ、紋々太郎さん、どうします? この子、新イヌマーとしてみては?」


「……そうだね、この城も『死国地方』の拠点となり得る良い立地だし、この者も新イヌマーとして申し分ない能力を持っていると思う」


「ちょっと待って下さい、私、もしかしてその……」


「その通りだ、お前はこれからこの紋々太郎さんの下で、英雄パーティーのメンバーとして労働する、そして真人間に生まれ変わることと決まったのだ」


「いやいやいやいやっ、その人どう考えても『これもん』じゃないですかっ? 確かこの島国の英雄? なんですよね? 今まで何人コンクリに詰めて沈めましたか?」


「……500はくだらないね、そして次はそこの『元新イヌマー候補』がそうなる番だと思っている、君の矯正にも邪魔になるからね」


「やっぱ『これもん』じゃないですかぁぁぁっ!」



 自らの頬を指でなぞり、全身刺青だらけの紋々太郎が『これもん』であることをアピールするわんころもち。

 正解だが間違いでもある、というか実際のところ俺にもどうなのかがわからないのだ。


 とにかくこれで『新イヌマー』については確保することが出来た……と考えて良いのであろうか?

 まぁ、一旦船に帰って考えることとしよう、わんころもちの今後と、どう矯正していくのかについてもだ。


 それに、もう少ししたら召還中の2人のうちどちらか、いずれか早い方が到着するであろうし……そこそこ忙しくなりそうだな……

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