790 秘密があるのか
「よっしゃ、開けて中へ入るから、一気に雪崩れ込むことが出来るように並ぶんだ」
「でもご主人様、こっちが誰で、何人いるのかとか、もう音でわかっちゃってると思うんですけど……」
「確かにそうよね、だって私の耳だと2人、中に居て……1人は座っていて、1人は扉の近くに立っている……てな感じにわかっちゃうんだもの、相手もわかっていそうだわ」
「そうなのか……いや、部屋の中からは完全防音効果で外の音が聞こえない……それもおかしいな、普通は逆だ、まぁ耳クソでも詰まっているんだろうよ2人共、『姫』の方が可愛かったら俺が押さえ付けて耳掃除してやる、犬っころみたいにな」
「本当にそうなのかしら……まぁ良いわ、どうせ戦えば簡単に勝てる相手なんだし、じゃあ開けちゃってよ勇者様」
「おうよっ、それじゃっ、失礼しまーっす! 侵入者でーっす!」
「……えっ?」
バンッと扉を開けて雪崩れ込む、中はかなり広い部屋であり、中央には巨大な玉座、そして俺達の目の前に立っているのは、耳が垂れたタイプの犬獣人の女性。
年齢は20かそのぐらいか、あの中ボス犬畜生が惚れ込むのも無理はないと思わせる見た目であり、このまま捕まえて連れて帰ってやりたい、などとも思わせる見た目である。
そして本命、紋々太郎が部下に、英雄パーティーのメンバーに加えようと躍起になっていた、この城の主であるキング犬畜生。
そいつは玉座に着き、凛々しい顔に不敵な笑みを浮かべて……何だかおかしい、『王』らしいマントを羽織っているし、顔はいかにもといった感じの奴なのだが……マントの下に違和感があるではないか。
こういうのは俺も、というかこの場に居る紋々太郎以外の全員が良く知っている、『王』らしい髭を蓄え、高級なマントを羽織り、そしてそのマントの下はパンツ一丁というリアルほぼ全裸の王様。
駄王だ、駄王に感じるのと同じ違和感が、このキング犬畜生のビジュアルから醸し出されているのだが……幸いにも服は着ているようだ、犬畜生の分際で全裸ではない。
では何がおかしいのか、それはこのキングの、顔を除く部分のサイズである。
いや、身長が低いわけではないようだ、だが細い、ボディーがあまりにも細く、顔と比較するとかなり違和感を感じるものなのだ。
「おまっ……ガリガリじゃねぇかっ! おいどうした? 病気か? もうすぐ死ぬのか? ちゃんと食事取ってんのか?」
「何なのだ急に貴様等は……あ、もしかして侵入者では」
「そ、そのようです……」
「どうして中へ入れたのだ?」
「えっと、その……中ボス的な大き目の方だと思って……」
「ふざけんじゃねぇよこの馬鹿妹がぁぁぁっ! 何? 侵入者招き入れたのお前? 馬鹿なの? 本当にクズなの? このクソがぁぁぁっ!」
「きゃいんっ、ごめんなさいっ!」
俺達のことを放置し、そのマッチ棒のような足で立ち上がり、妹である可愛らしい犬獣人の『姫』に対して暴行を加える『キング犬畜生らしきもの』。
本当に『キング』なのは顔だけだ、ボディー部分の細さは異常であり、もし強風にでも吹かれれば、すぐにポキッと折れてダメになってしまうことであろう。
もちろん戦闘力の方も皆無に等しい、『目力』とかそういった能力に関してはかなり高く、性格も傲慢で暴力的であり、本当にクズ王様といった感じなのだが、肉体的には弱すぎて心配になるレベル。
というか、蹴飛ばされ、殴られて悲鳴を上げている『姫』が、痛がっているのは声だけで、その実まるでダメージを受けていないのはどういうことだ。
きっとかねてよりこのキング犬畜生たる自らの兄から暴行され、それにつき全く効果がないということがバレると非常に面倒なので、痛がる振り、ダメージを受けている振りが上手くなったのであろう……
「ちょっとあなたっ! 妹を殴るのはやめなさいっ! 妹というのはは世界で一番大切で、身分が高い存在なんですよっ!」
「それは初耳なんだが……きっとミラの中にある特殊な世界の常識なんだな」
「許してあげて勇者様、私達が甘やかしてばかりいたからこんな風に育って……」
「うむ、セラもたいがいだと思うけどな、いや嘘です、ちょっとした冗談だから、圧縮した空気を俺の鼻から流し込むのはやめろぼっ!」
ミラに対して苦言を呈するつもりが、どういうわけかセラに攻撃され、圧縮空気で肺やその他の臓器を損傷させられてしまった俺が居た。
とりあえずルビアの回復魔法によってギリギリで一命を取り留め、その死にかけた姿を見てニヤニヤとしていたセラのこめかみをグリグリしてお仕置きを……と、キング犬畜生は俺達のことをガン無視だ。
相変わらず殴る蹴るの暴行(微弱)を加えるキング犬畜生と、なかなかの演技で『痛い振り』をしている姫、ちなみに未だほぼノーダメージ。
キングはかなり熱くなっているらしく、侵入者である俺達に対して一切の注意を払わず、というか茶も出さず、こちらに掛けて下さいなどと告げることもなく、ひたすらに姫の方しか見ていない様子。
この行動だけでもわかる、コイツは身勝手で鬱陶しくて、この世のものとは思えないほどに性格が悪い犬畜生だ、信じがたいクズである。
で、全く効果のない暴行を受け続ける姫、妹の方もそろそろ限界のようだ、呆れ果てて演技を続ける気力がなくなっているようで、どうにかしてその状況から脱しようとタイミングを計っている様子。
と、ここはこちら側が手助けをしてやるべきだな、しかしキング犬畜生はもはや触っただけでも粉々に砕けそうな程度の弱さ、おそらく大声を上げただけでもショックで死んでしまうに違いない。
そうなると、一応はコイツをターゲットに選定し、これまで何度も仲間に加わるよう要請してきた紋々太郎の立場が余計にアレになってしまう。
ここはひとまず安全にキングを引き離し、それなりの手続きを踏んだうえで、紋々太郎の再三にわたる招聘を無効に、最初からコイツを仲間に加え、新イヌマ―にしようなどとは考えていなかったことにしなくてはならないのだ。
ということで……どうしようか、キング犬畜生に触れることはさすがに出来ないし……ここは妹、姫の方を上手く救助するのが得策であろうな……
「カレン、今からシュッと出て、その蹴られている犬獣人の子を掻っ攫うことが出来るか?」
「わうっ、そのぐらいなら簡単ですっ!」
「じゃあ頼んだ、すぐに実行してくれ」
「わかりましたっ、シュシュッ!」
シュシュッという効果音は口で言ったようにしか思えなかったのだが、とにかくカレンは一瞬でその場から姿を消し、直後には『姫』を抱えた状態で同じ場所に出現したのであった。
そして可愛らしいドや顔、抱えられた姫はあっけにとられた表情で、未だ自分が救い出されたことを認識していない様子。
もちろん暴行を加えていた側、キング犬畜生についてもそれは同じであり、渾身の蹴りがスカッと空振りし、そのままひっくり返った後、何が起ったのかという表情でキョロキョロしている。
これで救出の方は成功だ、この可愛らしい垂れ耳犬獣人の娘さん、即ち姫は、これ以降『痛い振り』などせず、普通の態度で会話し、俺達に情報を提供することが出来るのだ……
「大丈夫ですか? 私が助けました、カレンです」
「は、はぁ……どうもありがとうございます……」
「凄いスピードでしょう? 私はカレンです」
「う、うん、凄いスピードだと思う……」
「えっへんっ!」
「おいカレン、迷惑だからそのぐらいにしておいてやれ、で、お前がこの城の『姫』であって、そこに居る『ト=サイヌ様』の妹なんだな?」
「はい、仰る通り、私がト=サイヌの妹のわんころもちです」
「わんころもち……本名?」
「物心付いたときにはですね、兄からこの名前で呼ばれていた気がしますので……たぶん本名です」
「両親は?」
「私が物心付く前に物心付いた兄が毒殺してしまったそうです、保険金目当てで」
「最低だなト=サイヌ……」
物心付いた段階で保険金殺人を計画、実行に移すキング犬畜生は本当に畜生である。
しかもターゲットが両親、尊属殺人の極みであり、バレれば保険金の受け取りはおろか、相続人として欠格になる次元の大罪。
それを当たり前のようにやってのけ、今は妹であるわんころもちの金を浪費して建造した巨大な城の主として、偉そうに生活しているのだ。
コイツはクズの中のクズだ、生きている価値もない、紋々太郎による英雄パーティー招聘の件さえなければ、今この場でブチッと殺害してやっているところだな……
だがそういうわけにもいかないのが現状であり、とにかくこのガリガリキング犬畜生とも話をしなくてはならないのが現在の状況。
もちろん『後でぜってぇ殺す』というのはもう曲げようがない方針であるが、今は、今この瞬間だけは穏便にいかなくてはならない。
もっとも、それは相手もそのようにしてくればの話ではあるのだが……そうはいかないのがこの世界である……
「オラァァァッ! 何だよこの侵入者共! 最強無比のこの俺様が、せっかく妹に『指導』してやっていたというのによぉっ!」
「黙れこの犬畜生、てめぇこの場で瞬殺されたくなかったら『おすわり』しやがれこのクソがっ!」
「はぁ? 上等だよオラッ! 馬鹿そうな面しやがって、何だよお前、チンパンジーの亜種か?」
「んだとゴラァァァッ! コンクリ詰めにして沈めんぞボケェェェッ!」
「ちょっと勇者様、そっちの犬畜生の人も、そういう感じの争いは同じレベルの者同士でしか発生しないのよ」
『誰がコイツと同じレベルじゃぁぁぁっ!』
さすがに頭にくるセラの発言、誰がコイツと、こんなどうしようもない野郎と同じレベルにあるというのだ。
そんな戯言はともかく、おれはまず、このムカつく野朗に対して『立場』というものを知らしめてやらなくてはならない。
ということでまずやるべきは……パンチか、いや、それだとこんなガリガリやろうが生命を繋ぎ止める可能性はまずないではないか。
ではキックを……余計に悪いな、おそらくこの凛々しい顔面だけがこの世に残り、爪楊枝とマッチ棒のハーフとしてこの世に生を受けたのではないかと思えるほどに細いボディーは消滅してしまう。
仕方ない、ことは優しい言葉を掛けることにより、少しずつこの馬鹿野郎を説得、こちらの方が強く、立場が上であることを理解させていくこととしようか……
「おいドグソ犬畜生、お前にはちょっと話しがある、とりあえず『おすわり』しろやボケ、あ、『伏せ』でも良いぞ、その場合はチ○チ○もして貰うがな」
「はぁ? 何じゃワレボケェッ! そういうのはてめぇがやるんじゃねぇのかボケェッ! オラッ、そこに跪いて許しを請えやこの底辺&低能ボケがっ!」
「言ってくれるじゃねぇか、もうムカついた、お前殺すから、喰らえっ! 優者パァ……ンチ? どうしたんだ精霊様、人を殺すのを止めるなんてらしくないじゃないか」
「本当は私も殺してやりたいところだけど、今回はストップよ、ほら、皆呆れ果てているじゃないの」
「……本当だ、だがどうしてだ?」
「レベルが低すぎるのよ、あんたと、それからそっちの犬畜生の争いがね、全く意味を成していない威嚇だけの会話、低い知能、どれを取ってもこの世に必要ない、底辺のやり取りだわ」
「そうなのか? おいルビア、それは違うよな?」
「……残念なことに精霊様の言う通りです、後で私を使って腹いせをするのは大歓迎ですけど……」
「・・・・・・・・・・」
なんと、お馬鹿でドMのルビアにまで全否定されてしまったではないか、だがこれはたまたま偶然、これをもって俺様の能力がこのしょうもない犬畜生と同等などということにはならない。
俺様は本当の天才であり、その行動は凡人の極みである俺の仲間達……いや、可愛い俺の仲間は漏れなく天才だ、お馬鹿のカレンやルビア、マーサにマリエルも天才だ……では俺は何なのか? どこから来てどこへ行くのか、そんな哲学的なことを考えてしまう始末である……
いや、ここはそんなどうしようもないことを考えている暇ではない、本来は頭の上がらない存在である? はずのこの俺様に、異を決して苦言を呈してくれた仲間達の意向に沿うべく、俺は穏便な言動を心掛けなくてはならないのだ。
ということでこの犬畜生、どうしようもなくムカつくゴミ野朗に対して、可能な限り丁寧な言葉遣いで、敵意を察知されないような態度で臨むこととしよう……
「おいコラこのゴミ、ちょっと休戦しようぜ」
「うっせぇわボケ、てめぇ、俺様を怒らせておいて、生きてこの城を出られるとでも思ってんのか?」
「思っているさ、逆にどうして生きて出られないと思うんだ? 言っておくが俺にとっては脱出など楽勝だぞ、ほれっ!」
「ほれっって……ギョェェェッ! し、城の壁に大穴がっ……」
「どうだ、涼しいだろう? オラ参ったかっ!」
「ま……参らないっ! この城の主は俺様だっ、絶対に、このようなことでは絶対に参らないぞっ!」
「あっそ、じゃあもうアレだわ、お前の大事な城ボッコボコだかんな、あとお前もブチ殺すからな、次はお前がこうなる番だ、覚悟して見ておけよオラァァァッ!」
「やめろやオラァァァッ! てめぇ、マジで○○○(お伝え出来ません、R18)だぞオラァァァッ!」
「上等じゃボケェェェッ! てめぇ如きは○○○(お伝え出来ませんR18)じゃおらぁぁぁっ!」
「……全く、どうしようもない2人ね、チンパンジーでももうちょっと紳士的に戦うと思うわよ」
『んだとオラァァァッ!』
「……ご主人様、ちょっとうるさいので静かにして下さい、耳がキーンッてしちゃいます」
「あ、うん、ごめんよカレン……」
なんと、カレンに怒られてしまったではないか、セラにも怒られている? それはいつものことだ。
問題は俺がこのような状態に追い込まれ、カレンにさえ呆れられるような残念な人物へと成り下がってしまったことである。
何かがおかしい、本来の俺は虫も殺せない(人は殺します)聖人君子のような人間であって、このように醜態を晒すようなダメ人間ではないのだから。
いや、きっとこれは幻術的な何かの力だ、俺のような『良い意味での』野心家にしか効果を発揮しない、その野心をくすぐるというこの城全体に掛けられた術式によってこうなっているのであろう。
などと考えてみるものの、これは俺による都合の良い解釈でしかないのも事実。
もしかしたら俺は凄くイヤな奴なのか、ゴミのような、この目の前で牙を剥いている犬畜生のような存在なのか……
と、今度はなぜかネガティブ思考に陥ってしまったではないか、この世界にやって来て、このような思考をするようなことなど一切なかったのに……やはりこの城には秘密が、何か俺のようなタイプの奴だけが反応する術式が展開されているようだな。
だがその術者は一体どこに居るのだ? というか、このキング犬畜生もそれに従っていた雑魚キャラ共も、その術式の類である何かによっておかしな思考に陥っているはずなのに、肝心の術者が見当たらないとはどういうことだ。
どこかに隠れているのであろうか、それとも術だけ使って立ち去り、もうこの城には居ないのであろうか、全くの謎である。
これは探さねばなるまい、会話を試みても喧嘩にしかならない、本当にクズで雑魚のキング犬畜生などより、その術者の存在を確認し、場合によっては排除するのがまずやるべきことだ……
「なぁ皆、ちょっと良いか?」
「あら勇者様、正常に戻ったんですか?」
「マリエル、俺はいつでも正常だぞ、疑う奴にはカンチョーだっ!」
「はうっ……いつもの勇者様ですね、何か考え込みながらイキリ顔になったりネガティブ顔になったりしていたので、遂に壊れてしまったかと心配していたんですよ」
「壊れたって、人をモノみたいに言う奴は……と、そうじゃない、今はそれじゃないんだ、術者を探すんだよ、あのガリガリキングを調子付かせたり、それから外の犬畜生共をその信者にしている術者をな」
「う~ん、術者ねぇ……サリナちゃん、どう?」
「何かが居る感じはしませんが、というか私達の中でその術に反応しているのはご主人様だけですので、影響を受けていない以上は私には何とも……」
「そうよね、術式が展開されていることはわかたっとしても、全く影響を受けていないのなら術者を特定するのは困難よね、だって勇者様、どうする?」
「どうしようかな……待てよ、喰らっているのが俺だけってことは、俺が頑張ればどうにかなるってことか?」
「ご主人様には無理だと思いますけど……でもそれ以外に方法がないのも事実ですね」
幻術初心者の俺には術者の特定作業が難しい、それは幻術ガチ勢であるサリナが言うのだから間違いない。
だがこの場で、味方側で術式の影響下にあるのは俺だけ、つまり頑張ってどうにかなる可能性を秘めているのも俺だけということ。
ここはもうやるしか、やってみるしかなさそうだ、かなりの無理難題ではあろうが、俺なりのやり方でどうにかしていくしかないのである……
「よしっ、やってやるぜ、というか殺ってしまうかも知れないがな」
「勇者様、何をするつもりなのかしら? 一応教えてちょうだい」
「ん? 目に付いた奴を適当にぶん殴るんだよ、可能な限り死なない程度にな、それでその殴られた奴が気絶したときに、ちょうど術式の効果が切れたりしたらそいつが犯人だ」
「……もし全員殴ってもどうにもならなかったら?」
「その場合は術者が居ない、この城にだけその術式が掛けられている感じだ、だから城を取り壊せば解決だな」
「なるほど、ムチャクチャするわね……」
いつものパターンなのだが、この世界では幻術の類で人心を惑わせようとする輩が多い、多すぎるのも事実。
しかし今回はその幻術対策の筆頭であるサリナが使えない、よって俺の出番がきたわけだ。
とりあえず誰を殴ろうか……キング犬畜生は殴ったら軽くでも死んでしまいそうなのであったな、これは誰か上手い奴に代行させよう。
となるとこの場で最初にブン殴るべき対象は……コイツしか居ないのか……




