789 親玉はどんな
「よし、じゃあ入るぞ」
『ようこそ侵入し……』
「やっぱや~めたっ」
『・・・・・・・・・・』
「でも先へ進まないとだな、ということで入室!」
『ようこそ侵入者共、我は……』
「と、やっぱ今度にするわ」
『・・・・・・・・・・』
「勇者様、相手をいじめてはいけませんよ、ほら、何か凄く困った表情をしているじゃありませんか」
開いた扉の向こうで待機している『ちょっと毛深い系巨大犬獣人』、誰かが通路とホールの境を跨いだところで、予め用意されていた台詞を発するつもりらしいが、そう簡単にはやらせないのが俺様の良いところだ。
入ったり出たり、出たり入ったりを繰り返していくうちに、だんだんと涙目になってくるその中ボス的な犬畜生、なんとかわいそうな奴なのであろうか。
このまま小馬鹿にし続けて、ムカついて我を忘れるのを待とうか、いや、それよりも普通に話をした方がマシかもしれない感じだな、他の連中と違って少し知性的な感じがする。
もちろん先程までの行動、仲間だというのに扉に手を掛けただけで引き千切られ、喰い殺されたほかのノーマル犬畜生共からすればとんでもないバケモノなのであるが、俺達に対してはそういう態度では臨まない雰囲気でもあるのだ……
「はい、じゃあいよいよ入室します、準備はよろしいですか? では……入りました」
『……ようこそ侵入者共、我はこのフロアを守る者なり、ここを通りたくば、そしてト=サイヌ様に謁見したくば、我を倒してこの先の……扉を奪って……扉じゃない鍵だ、鍵を……手に入れるのだっ!』
「満を持して台詞グダグダじゃねぇかっ! ちゃんと覚えておけよこの毛深野郎がっ!」
『そう言われてもな、ト=サイヌ様の用意した命令とやらは長いし、我は頭が悪いのでそんなにしっかりは覚えられないのだ、愛くるしい姫にお願いされたから頑張ったのだが、これが限界であった、無念』
「無念、じゃねぇよ、中ボスならもっとシャキッとしやがれってんだ、仲間まで喰らう凶悪ムーブを見せておいて、これじゃ締まらなすぎるからなっ」
『す……すまぬ……』
「じゃ、俺達は上へ行くから、この先の鍵を早く寄越せ」
『えっと、えっと……それは拙いのではないか? 何となくだが、拙いような気がしてならないのだ、何か重大な問題が生じているような気がしてならない』
「気が付きやがったか、馬鹿の癖に……」
上手くすればこのまま、特に戦うことなどせずにここを通過することが出来る、そう考えた俺は本の少しだけ甘かったのかも知れない。
さすがにそれではいけないことに気が付いた様子の中ボス犬畜生、これがもしカレンであれば、イヌではなくオオカミなのだが、おそらく何の疑いもなく通してくれたはずなのに。
と、そんなカレンと中ボス犬畜生を比べてみるが、サイズは犬畜生が4倍程度、そして可愛らしさはその中ボスがマイナス5万ポイントであるのに対し、カレンは1億万ポイント、1㎥当たりの可愛らしさではもはや圧勝である。
そして実力の方も、凄まじい戦闘力を誇る最強の狼獣人であるカレンと、そこそこの強さしか持ち合わせていない中ボスでは、比べるまでもない圧倒的な乖離。
つまりもう俺達が勝っているのだ、戦う前から、特に何もせずとも、それをこの馬鹿そうな馬鹿犬にわからせてやる必要があるのだが……かなり骨が折れそうな作業だな……
「おいこの馬鹿、良く聞けよ? お前は馬鹿だ」
『……たぶんだけどお前も馬鹿だ、違うか?』
「うるせぇっ! ブチ殺すぞこの犬畜生がっ!」
「勇者様、あからさまに負けているわよ、もう少し賢さを上げて挑んでちょうだい」
「はいご主人様、さっき宝箱から出てきた『賢さを上げるやべぇクスリ』です、グイッとどうぞ」
「え? マジで何なのお前等? たかルビア、宝箱なんてどこにあったんだ?」
「いえ、さっき階段の裏側を見ていたらそこに……ほらご主人様、そっちにもありますよ」
「おっ、こいつはラッキーだぜ、お宝ゲット……ギャァァァッ!」
「あら、ミミックでしたね、ご愁傷様です」
「良いから早く助けてくれ……」
『馬鹿だっ、やっぱりお前は馬鹿だっ! 我の方が賢いぞっ、お前は馬鹿だっ!』
なんと、偶然が重なったとはいえこんな馬鹿そうな犬畜生に敗北してしまったではないか。
本当は天才であるこの異世界勇者様が、知能の低さを自ら理解し、そうであると主張している次元の馬鹿に敗北してしまうとは。
しかも後ろではミミックに喰われた俺を見て笑う仲間達……クソッ、普段はクールな紋々太郎まで笑いを堪え切れていないではないか、ここは挽回の必要が、汚名を雪ぐべく優秀感たっぷりの行動を取る必要がありそうだな。
で、そのためには具体的に何をすべきかというと、まずはこの馬鹿犬を論破し、俺様の方が知的であるということをわからせる、それが今現在必要とされる全ての事柄の入口となりそうだ。
ここで俺様の伝説的な賢さを皆に再認識させ、これから先、二度とディスられうようなことがないような空気を……と、笑い転げているリリィが気に食わないので折檻しておこう……
「あはははっ、ひぃっ、ひぃっ、ご主人様、今のもう一度やって下さい、バクッて、超弱いミミックにバクッて、面白いですっ!」
「おいリリィ、笑いすぎる子にはこういう罰が下るんだぞ、コチョコチョコチョコチョッ」
「ひぃぃぃっ! やめっ、ちょっ、ひゃぁぁぁっ!」
「どうだっ、参ったかこの悪戯ドラゴンめっ!」
「はひぃっ、参りましたっ、参りましたからやめて下さいっ、ひぃぃぃっ!」
「よろしい、二度とこのようなマネはしないことだな」
「へへーっ! わっかりましたーっ!」
リリィを成敗し、これにて俺様の威厳を保つことが出来たであろうと満足しておく。
くすぐりの刑に処されたリリィはそのまま倒れ、今は精霊様に抱えられている、ざまぁ見やがれ。
で、そんなことをしている暇ではなく、とりあえずこの目の前に居る、俺達の行く手を阻む中ボス犬畜生にも俺の力を……
見せ付ける必要がなくなってしまったようだ、どういうわけか土下座しているではないか。
この間に一体何があったのか、それはこの本畜生、いやこんなビジュアルでも一応人族なのか、とにかく本人に聞いてみないとわからない……
「おいお前、これからブチ殺してやろうと思っていたところだが……なんだその態度は? どうしていきなり降参した感じになっているのだ?」
『はい、我はト=サイヌ様を尊敬しているんですけど、ドラゴンをそのような感じで扱っているのを見て、ゆう……え~っと、何でしたっけ? 異世界何とか様もすげぇなって思って』
「異世界勇者様だ、覚えておくが良い、このドラゴンのリリィは俺様のペットだ、何の見返りもなしに俺様の言うことを聞く、とても従順な配下なのだ」
「ご主人様、スルメがなくなったので新しいのを下さい」
「ん? あぁ、ミラから貰うんだ、あまり食べ過ぎるなよ、デブのギガントドラゴンにクラスチェンジしても知らないぞ」
「はーいっ」
「……ということだ、多少はこう……何だ、食べ物とか要求してくるのだが、ちゃんと言うことは聞いているからな、俺様の方がこのドラゴンよりも立場が上だからな、わかるか?」
『さすがは異世界……何とか様、すげぇパワーをお持ちで、ほら、これが後ろに見える扉の鍵です、どうぞお納め下さい』
「うむ、では頂いておこう、以降、ここのキング犬畜生如きではなく、俺様のことを神であるかのように崇めること、良いな?」
『へへーっ! 承知致しましたっ!』
勝った、何だか知らないが大勝利である、俺様の賢さが、ドラゴンすら支配してしまうそのカリスマ性が、この犬畜生の強い者に従順な正確に突き刺さったのだ。
そしてこれは単なる勝利ではない、俺様は異世界勇者様として、初めて一途に自分を信奉してくれる、全く疑いを持たずに従ってくれる配下をゲットしたのである。
思えばここまで、配下といえばまず思い付くのが奴隷キャラであるカレンとルビア……非常に生意気だ、カレンは馬鹿なりに比較的言うことを聞いてくれるが、ルビアはお仕置き目当てで逆に調子に乗ってくるという状態。
ついでに先程のリリィと、それからアホのウサギであるマーサ、悪魔共に、賢さのステータスが俺の5倍以上もある才女のジェシカ……俺は支配下にある者に恵まれなかった。
当然その全員が可愛く、そして配下ではない仲間も凄まじく可愛いのだが、当初この世界に送られて来たときに想定していた『勇者様』とは全く異なる立ち位置、低すぎるポジション。
それを解消していく第一歩として、この良くわからない巨大犬畜生人間が最初の『絶対的被支配者』となったのである。
まずはこの場で、簡単に超強を済ませておくこととしよう、野郎であるのが非常に残念なのだが、もしかしたらこの繋がりで従順な女の子とも出会えるかも知れないしな……
「よしこの犬野郎、本日よりお前は『配下犬1号』だ、これから俺様、異世界勇者様の下に付くこととなる、まずは『異世界勇者様万歳! 異世界勇者様最強! 異世界勇者様こそ全て!』という今後世に広めるべきスローガンを三唱せよ」
『へへーっ、異世界勇者様万歳! 異世界勇者様最強! 異世界勇者様こそ全て! 異世界勇者様……何でしたっけ?』
「万歳と最強だ、その程度のことも忘れてしまうのかこの馬鹿が、俺様の配下として恥ずかしくないのか?」
『申し訳ございませんっ! ではもう一度チャレンジしてもよろしいですかっ?』
「やってみるが良い、俺様は信じられないぐらい寛大だからな、一度やらかしただけでは5分の1の確率で処刑しないことと決めている、お前はラッキーだったな、感謝してもう一度『スローガン』を唱えよ」
『ハッ! 異世界勇者様ば……え? はぎゃげろぱっ!』
「……!?おいっ、どうした……配下犬1号……水の弾丸で……ブッチュブチュに潰されて……配下犬1号ぉぉぉっ! おい精霊様っ! どうしてこんなことをっ!?」
「……ごめん、何だか超ムカついたから殺しちゃった、悪気はないのよ、ホントにね」
「そんな、せっかくゲットした何でも言うことを聞く優秀な……でもないな、とにかく従順な配下だったのに……配下犬1号、惜しい奴を……惜しくもないか、どうしてこのようなことに……」
配下犬1号、俺様の下に付き、これからの活躍が期待された矢先に、『何だかムカついた』という悪辣な水の精霊様によって『処分』されてしまった、今はもうブチュブチュの肉片と化している。
精霊様め、俺だけがこんなに良い配下をゲットしたことに嫉妬したのだな、きっとそうに違いない。
そして俺の権力が今後劇的に増大していくことを恐れて……いや、良く考えよう、こんな奴を1匹従えたところでそれはないのだ。
どうも今の俺は何かを錯覚していたらしい、現在起っている事象によって、これから先に、それに関連して凄く良いことが起こるのではないか、そんな気がしてしまっていたのだ。
しかし実際のところはどうか、そんなことは起りえない、まやかしに近いものによって妄想させられていただけなのである。
そしてきっと、それは何かの術式によって、この場では俺のみが感じ取っていた、感じ取らされていた正体不明の干渉によってなされていたに違いない……
「う~ん、ご主人様、正気に戻りましたか?」
「おうっ、ブリブリだぜっ!」
「……この頭が悪そうな感じ、いつものご主人様で間違いないようですね」
「おいサリナ、言ってくれるじゃねぇか、お仕置きしてやるから尻尾を貸せっ!」
「ひゃぁっ……あいてっ、いてててっ、引っ張らないで下さい、あうっ、いつものご主人様です……」
「それで、何なんだこれは? どういう状況に置かれているんだ俺達は?」
「ちょっとまだ良くわかりませんが、このお城自体に掛けられた術式のようです、範囲が広い分濃度がアレなんですけど、どうも『権力欲』に反応してそれを増幅させる謎の術式が張ってあるようで」
「権力欲? 俺にはそんなもの一切ないぞ、元々最大最強の権力者だからな」
「ご主人様が何を言っているのかはわかりませんが、とにかく他の人にはわからない、もちろん私が注意を払っても感知出来ないような微弱なものです」
「そうなのか……そりゃ大変だな、きっとそこそこの術者がやったに違いない」
いや、俺達からすると『そこそこ』であり、その道の極地にあるサリナからすれば子ども騙し程度ではあるのだが、正直この城全てを覆うようにしてその術式を展開する力は凄い。
おそらくこの島国ではトップクラス、英雄である紋々太郎もビックリ仰天、かなりの力の持ち主であると言って良い存在なのだ。
それがこのキング犬畜生の、クズ野郎の下に入って活動している? 何か別の目的があってそうしているだけなのかも知れないが、それにしても異常であるのは間違いないな。
ちなみに、もしかするとこの城に蔓延る犬畜生共、それも元々はその術式、人の中に潜む権力欲、野望などを増幅させる何かによって野心をくすぐられて集まったものであるのかも知れない。
もしそうだとするとキング犬畜生はとんだペテン野朗だな、本来はこんなに人を集めるような器でないにも拘らず、味方している何者かの強い術式によって、権力者としてここまでの成長を遂げたのだ。
そしてこれは、この状況はつまり『キング犬畜生』とは別に、それなりの力を有し、その隣に存在しているのであろう『術者』をどうにかしないとならないということ。
万が一にもその術者の方を放置すればどうなるか、キング犬畜生は新イヌマ―としての使用に耐えない雑魚であることを大々的に露見させることとなってしまう、つまり、またしても使えないクズが採用されてしまうということだ。
そしてさらに、この城に残った犬畜生共は、同じく残された術者の力によってキングが連れ去られた後もそれを信奉。
信ずる対象を攫って行った俺達に対して憎悪の念を抱き、場合によっては悪い事件を起こしまくる最凶集団となりかねない……
「……急いだ方が良さそうだね、我の目論見とは大幅に乖離しているのが現実なのかも知れない」
「その可能性も否めない……とかそういう感じっすね、いや、とにかくこの鍵を、ほんの僅かだけ俺の従順な配下になった犬畜生から託された鍵を使いましょう、本当に悲しい奴だったと思うぜお前は……」
ブチュブチュの肉片となり果て、そこらに散らばる俺の配下としての犬畜生、哀れな雑魚キャラだ。
あの採用したばかりの新サルヤマーを失った紋々太郎は、きっとこういう気持であったに違いないな。
で、そんな薄汚い死体はもうどうでも良いとして、この先、おそらく部屋の奥の鍵を開けて扉を潜り、階段を上った先に居るはずのキング犬畜生、そいつとの面会を果たし、詳細を聞き出さなくてはならない。
まずはその通りに進み、部屋の奥から通路に出ると、しばらくまっすぐな道を歩いた後に階段が。
ここまでトラップの類はなし……というわけではなかった、一応存在はしていたのだが、全てに『踏むな危険』という張り紙が付されていた。
「ご主人様、そっちにもトラバサミトラップが……でも全部端っこだし、誰が引っ掛かるんですかこんなの?」
「さぁな、少なくとも通路のど真ん中を、肩で風を切って歩くような自信満々の奴ではないだろうよ」
「というか主殿、むしろこの通路はそういうキャラ以外が使うことのないものではないか? こんなに奥だし、きっとここのキングと『姫』ぐらいしか通ることがないと思うぞ」
「なるほどな、それで当初はキッチリ設置していて、やっぱり不要だと気付いたトラップの類を横に避けたと」
「そういうことだろうな、最初、この城を建てたばかりの頃は何らかの理由で敵襲に警戒していたのだが、だんだんとそれがいい加減になってきたということだ」
「うむ、だがそのお陰で俺達がこんなに楽に進めるんだ、敵の怠慢に感謝しなくてはならないぞ」
間違いなくそう言う理由で、発動装置の類が全て壁際、通常は歩かないし、もしそこを歩くような陰気な野郎であっても、そういう奴は下ばかり見ているから気が付くであろうという場所に避けられている。
つまり、キング犬畜生はここを敵が通るとは、俺達のような侵入者がここまで到達するとは思っていないのだ。
入り口付近での放送の後は、声だけの出演すらしてこないキング、きっと自室で優雅に、茶でも飲みながら『侵入者撃滅成功』の報を待っていることであろう。
だがその報告をするべき存在、中ボス犬畜生については、先程俺の配下となることを約して鍵を差し出し、その直後に精霊様が一撃で肉片の入った血液のスープに変えてしまったのだ。
キング犬畜生はそれを聞いたら降参するか、それとも嘘だ嘘だと騒ぎ立て、結局戦闘になってしまうのか、微妙ではあるが、前者であることに期待したい。
と、そう考えているうちに城の最上階へ、ここまで長かったが、ようやく『あからさまなボスの部屋』に到着した感じである……
「よし、到着したぞ、まずは……どうします?」
「……ノックしてみよう、もしかしたら普通に応対してくれるかも知れないからね、我々がここへ来ているとは思っていないようだし」
「そうっすね、じゃあ早速コンコンッと……失礼しまーすっ」
『……は~いっ、何でございましょうか~っ? あ、あの中ボス風の大き目な方ですか? 毛深い……失礼ですが顔とお名前が思い出せません、報告でしたら中へどうぞ』
扉に付いた金属のリングを用いてノックした後、すぐに返事をくれたのは女性であった。
この声は間違いなく『姫』だな、兄であるキング犬畜生と同じ部屋に居たということか。
まぁ、とりあえずは入ってみよう、俺達のことを完全に中ボス犬畜生だと思い込んでいるようだし、これは相手を驚かし、戦意を挫くチャンスである……




