786 初めての根城内
「近付くぞ、全員警戒するんだっ」
「思ったより大きいわね、海も近いし、変な排水とかで海岸付近を汚していそうだわ」
「あぁ、変な存在感で近く見えたが、実際にはあれから数時間だもんな」
出航してしばらくで見え始めた候補者の根城であったが、そこからの道程がそこそこ長かった。
すぐに到着すると思っていたため、それ以降の目的についての話は出来なかったのだが、とにかく『必要的寄り道』の目的地には到着だ。
さすがにこれは副魔王の仕込みなどではなかろう、完全にこちら側で計画し、少し寄り道をしてでもそこへ向かうのだから。
これまでのようにまっすぐ向かっても立寄るであろう場所に仕掛けをしてあったり、わざわざあり得ない次元のお得イベントを打ってまで、あえて俺達を誘うような感じのものではない。
で、接近して初めてわかったその巨大な城は、黒い雲というか霧というか、とにかくそういった類の邪悪な何かによって覆われ、凄まじい禍々しさを演出している。
通常であれば近寄り難いと思うような悪の居城だな、だが目的の犬野郎がそこに居るということは、少し無理をしてでも近付かなくてはならないということだ……
「う~ん、ご主人様、早速弓を構えている人が居ますよ……撃ったっ……全然届かないですね、あ、次も用意しています、矢の無駄なんじゃないですか?」
「いや、その前にどうして見えるんだよこんな遠くから……」
目の良いリリィには、既に地上からこちらへ向かう攻撃が、どこでどのような奴がその攻撃を発しているのかということと共に認識出来ているらしい。
その後も逐一地上の様子を教えてくれるリリィだが、まるでラジオの野球中継を聞いているような感覚である。
まぁ、敵が一方的に攻撃を仕掛け、しかもハズレばかりという、至ってつまらないゲームなのだが……
とはいえ攻撃をしてきているのは事実、相手は決してこちらに友好的でなく、むしろ敵意を抱いているというのが現状である。
このまま接近した場合、いつかは相手の矢がこちらへ届く範囲内へと入り込むこととなるのだが、その際に反撃でもすればもう、交渉決裂は免れ得ない。
慎重に近付き、こちらに一切の敵対心がないことをアピールしつつ着陸の許可を要請するか、それとも圧倒的な力を見せびらかし、相手の戦意を削いで安全性を確保するか、悩みどころだ。
「紋々太郎さん、どうするっすかこの状況? てかいつもこんな感じなんすか?」
「そうだね、近付くと基本的に攻撃してくる、矢はヘタクソだし飛距離もないが、先端に猛毒が塗ってあるためそこそこ厄介だ、通常の人間であれば触れただけで死亡する」
「そりゃ拙いな、いえ、リリィを上空で旋回させようと思ったんすけど……やだよな?」
「ブゥーッ、絶対ダメです、毒なんて貰ったらまた落とされますから」
腕で大きく×を作り、毒矢の飛び交う場所へは行きたくないと宣言するリリィ。
相変わらずスルメを齧っているのだが、食べた分は働くという基本的な意思が欠如しているようだ。
とはいえ無理矢理出撃させ、本当に毒を貰って墜落するのはかわいそうだし、ここは勘弁してやろう。
あと他に力を見せ付けることが出来るのは……ダメだ、誰がやったとしても相手側に犠牲者が出てしまうに違いない。
むしろ全滅、もちろん『新イヌマー候補』も、その居城も含めて跡形もなく消滅させてしまう方が簡単だな。
それが出来ないのがもどかしいのだが、はてさてどうしたものか、それは紋々太郎も頭を悩ませるポイントらしい。
「……うむ、少し修理が大変になってしまうと思うのだが、このまま突っ込むこととしないかね?」
「そうっすね、この船の修理は全部遠征スタッフらがやってくれるわけだし、火さえ掛けられなかったら……いや、めっちゃ油壷用意してるみたいなんすけど……」
「……困ったな、いつもは徒歩で来ているからね、そうか、空駆ける船だと燃やそうとするのか、参考になったよ」
「参考にしている場合ではありませんわよ、矢が届く距離になる前に地上に降りますの」
「だな、ここで降りて、いや降りるのは俺達だけで良いか、一応の見張りは……まぁ上空大気ならそれもスタッフだけで良いか、あと一応エリナも残れ、アイリスが目をギラつかせた犬畜生共に攫われそうで心配だからな」
「わかりました、じゃあいってらっしゃい」
「いってらっしゃ~い」
「あ、勇者殿、すまないが俺も残るよ、まだ殺されかけてから日が経っていないからな、ちょっと本調子ではないからきっと足手纏いだ」
「わかった、だがもしこの船に、というかアイリスに危険が及ぶようなら、命を100個投げ打ってでも守ってくれよ、その際には後で供養してやるから」
「了解したっ」
その場で手を振って見送るエリナとフォン警部補、確実に安全な船室から身を乗り出し、同じく手を振るアイリス。
まぁ大丈夫であろう、とにかくあの居城に鎮座する『キング犬畜生』を調教して、紋々太郎の配下に加えるのだ。
ということで船べりからジャンプした俺達……高すぎる、高度およそ500m前後からのフリーダイブである。
もちろんバンジー用のロープもないし、パラシュートもその他飛行補助器具もない、完全な素の状態で飛び降りてしまったではないか。
これは確実に痛い目に遭うな、そう考えてたところですぐに着地……足の裏がジーンッときた、この高さからジャンプするのは当分やめておこう、おれは他の仲間と違ってデリケートなのだ……
「あっ、向こう側の人達も走り始めました、剣出してますよ剣!」
「そりゃあそうだよな、わけのわからない連中が接近して、しかもその一部があり得ない高さから飛び降りて来たんだから、俺がモブ兵士だったらとっくに逃げ出しているね」
「情けないモブ兵士ね、ほらサッサと行くわよモブ兵士様!」
「いや俺はモブ兵士様じゃねぇからなっ!」
既に走り出していた仲間達、調子に乗ったセラを追跡するかたちで、未だにジンジンとしている足を引き摺って俺も走り出す。
一方、相手方である候補者の居城から出て来た迎撃部隊は、全員がその武器を弓から剣に持ち替えた様子。
ちなみに全部犬獣人であろうことはここからも容易に把握出来る、鬨の声が明らかに犬の遠吠えそのものだ。
なお、カレンがその声に反応してしまっているのだが、後ろからミラとジェシカが2人掛かりで押さえているため、余計なことをして死人を出してしまう恐れはない、ないはずだ。
で、このような状況につき、もちろん向こうは攻撃してくる、そしてこちらは防御一辺倒ということになるわけなのだが、果たして突破することが可能なのであろうか?
そして突破したところで、今度は居城の中に入ることが出来るのか、そして入ることに成功したとして、その先の妨害は? 候補者が実際に居る位置までどう行ったら良いのか? などなど問題は山積みである。
「もしかしてこれさ、いやこの状況で言うのもアレだけど、先走りすぎたか?」
「それは言わないルールだと思いますのよ、とにかく前に進むんですの、サリナ、大丈夫?」
「ご主人様におんぶして貰うので大丈夫です、とうっ!」
「グェェェッ!」
サリナに飛び付かれ、首が絞まって倒れ掛かった俺、その後ろを走っていたルビアが、ニヤニヤしながら同じ動きをしようと企んでいたが……これは華麗に回避、ルビアはコケて地面に転がった、ざまぁ。
で、そんなことをしている間に敵と接触してしまうようだ、まず鳴り響いたのは紋々太郎のハジキによる威嚇射撃。
その筋のもんであるにも拘らず、最初は水平射撃しないというのはなかなかな心意気だ、まぁどうでも良いが。
そしてその大きな音に足を止める敵、というか相手方の先頭集団、てつはうだ、てつはうと同じような効果で、特に耳の良い犬獣人には効果テキメンで……カレンとマーサがビックリしているではないか、この2人にも効果テキメンであったようだ。
「……オラァァァッ! ドタマブチ抜かれたくなかったら黙っとりゃぁぁぁっ!」
『ウゥゥゥッ! 何だ今のはっ!?』
『怯むなっ! いつもの音が凄い筒だっ!』
『何だっけそれ?』
『食えないものはすぐに忘れるんだよな……』
『てか腹減ったし面倒臭せぇ~っ』
「おっ、意外に士気が低いじゃねぇかこいつら、ミラ、ちょっとダッシュで間をすり抜けてみてくれっ」
「無理ですっ、確実に無理ですっ!」
「どうしてだ、何かあるのかっ?」
「だってアレ、私の進行方向でアレなんですよっ」
「アレ……おいっ! その辺でウ○コしてんじゃねぇぇぇっ!」
なんと、戦闘中にも拘らず、そして剣を抜いて突撃しているタイミングであるにも拘らず、相手方の1匹が適当な場所で立ち止まり、そしてしゃがみ込んでいるではないか。
もちろんそのしゃがんだ下に落ちているのはホッカホカのウ○コ、コイツはどこが便所なのかということさえ弁えていない、犬畜生以下の……いや、旧イヌマーと同程度の犬畜生なのか……
しかしその犬畜生の奇行のせいで、ミラがその先へ抜けていくべきルートは完全に封鎖されてしまった。
別に飛び越えれば大丈夫なのだが、相手は湯気の立つホッカホカのウ○コ、出来たてホヤホヤなのである。
たとえその姿が見えることのない上空においても、その真上を通過するということは避けたいモノだ。
というかこの世には存在してはならない、出現したとしても直ちに流す必要がある、不用かつ禍々しい存在である。
そんな出来たてウ○コにルートを塞がれ、結局剣を持った犬畜生の集団と接触することとなってしまった俺達。
両者が一度向かい合うようにして止まると、相手方は皆ヒャッハー顔で、舌なめずりをしながらこちらを見ている。
完全に『俺達が獲物』である状態の野犬の集団だ、きっと見た目だけでなく、中身もガラが悪いに違いない。
もちろんどいつも決して強くはないのだが、その辺の一般人、いやこの地域だと一般的なゾンビ等か、それを襲って金銭を奪うには十分な実力を持っている感じだな。
おそらくはこの近辺の住民ら、生きている人間か否かを問わずだが、それらに迷惑を掛けながらここで暮らしてきたのであろう。
で、その結果がこの巨大な城だ、真っ当に働いてこの城を建築しようと考えたら、まず間違いなくこの馬鹿そうな犬畜生共には不可能、たとえ、こいつらが得た所得を全て没収して注ぎ込んだとしてもだ。
そして馬鹿そうな犬畜生共は、『今度は女が居るぜっ!』などとモブキャラ然とした台詞を排出しつつ、先程の奴以外にも当たり前のようにその辺でウ〇コを排出しつつ笑っている、気持ちの悪い連中め……
「ヒャッハーッ! あのやべぇ船で攻めて来たときにはどうなることかと思ったがよ、中身はこんな普通の連中じゃねぇかっ!」
「あぁっ、あんなサイズの船だしよ、めっちゃデカい人間が乗っているんじゃねぇかと思ったんだが、どうやら勘違いだったみてぇだ」
「あのなお前等、もし、もしもだぞ? あのでっかい船に乗っているのがでっかい人間だとしたら、あのでっかい城に蔓延っているお前等もでっかくないとおかしいんだ、そうだろう? それを考えれば俺達がでっかいかどうかはわからない、そうならないのか?」
「コイツッ! 何をわけのわからんことを言っているんだっ?」
「やめておけ、きっと頭が凄く悪い、かわいそうな人なんだ、ここで殺して成仏させてやろうぜっ」
「間違いねぇや、おいそこのアホッ、来世は毛虫ぐらいのアタマに生まれると良いなぁ、期待しながら死ねやぁぁぁっ!」
「毛虫以下なのはお前の脳みそだ、ほれこっちだぞ」
「きっ……消えただとっ? クソッ、シャブのキメすぎで幻覚でも見たってのか」
「お前等もシャブやってんのかよ……」
「……旧イヌマ―もここのモブキャラ出身だからね、こいつら、というか城に入れてさえ貰えずに、こんな所を見張っているのは全部シャブ中になって棄てられた者だと思った方が良い、ベースの戦闘力が高いかどうかは問わずね」
「なるほどそういうことだったんすか……」
当然であるが、旧イヌマ―もゴミ野郎とはいえここの連中よりは遥かに強かった、だが強くとも、シャブ中であったがゆえ、その危険性を認識した『候補者』であり、この巨大城の親玉によって外へ追いやられていたのだ。
当然そうなれば給料も安いはずだし、扱いも他の、自分よりも遥かに弱い雑魚と同程度のものとなってしまう。
それに不満を抱えていたあの馬鹿な奴を、ここの『候補者』を靡かせることが出来なかった紋々太郎がスカウトしてみたことが、あの鬱陶しい犬畜生の始まりであったのだな。
と、こんな所で英雄パーティーの歴史を感じている暇ではない、ここでの話は必要最小限に留め、どうにか穏便にここを通して貰えるよう交渉する必要があるのだが……思ったよりチョロいかも知れない……
「おいミラ、バッグの中に『贈賄用品』が入っているか? 犬用だぞ」
「もちろん、今回は犬獣人の方々が相手であることぐらい想定出来ていましたので、ほら、合法でないクスリがたっぷりと染み込んだ犬用の玩具がこんなにっ」
「よし、適当にくれてやれ、争奪戦になるだろうからその隙にここを通過する、もちろんウ〇コを踏まないようにな、紋々太郎さん、そんな感じでどうっすか?」
「……良い考えだね、あえて少なく、争奪戦を巻き起こすとは、では早速やってくれたまえ」
「わかりましたっ、イヌの皆さ~んっ、それっ! すっげぇハイになるアレがじんわりと染み込んだホネホネですよ~っ!」
『なっ、何だってぇぇぇっ⁉』
『おい寄越せっ、それは俺が目を着けたんだっ!』
『うるせぇ死ねっ!』
『お前が死ねやボケェェェッ!』
『ギョェェェェッ!』
ミラが投げたのは決して少なくない数の、それでもこの場に集っている犬畜生共の半分にも行き渡らない程度の骨の玩具、イヌが好んで齧る、比較的ハードなタイプだ。
で、その投入を受けて始まったのが読み通りの争奪戦、というよりむしろこれは殺し合いに近いな。
噛み付き、引っ掻き、その他当たり前のように剣で仲間を攻撃し、そこら中で血が迸っている。
そんな犬畜生共、暴れ狂い、時折誰のものかもわからなくなったホッカホカのウ〇コを踏み付け、最悪そこに顔面から突っ込んでいる馬鹿な連中の横を、俺達は何事もなかったかのように通過したのであった……
「さてと、このまま進めば城の入り口に到着するな、あっ、おいセラ、そこにウ〇コが落ちているから気を付けろよ」
「それと、勇者様の次の一歩の想定着地エリアにもね」
「っと、危ない危ない、殺されるところだったぜ」
相当に汚らしい地面、掃除が行き届いておらず、犬獣人であるとはいえ人間が生活しているエリアとは思えない状況である、きっと地獄とはこういう場所なのであろうな。
ゴミだけでなくウ〇コが所々に落ちているのが非常に厄介であるその道を、巨大な城に向かって慎重に、ついでに相手方の奇襲にも注意しつつ先へ進む。
かなりの時間を要し、ようやく到着した候補者の居城の正門は……あり得ないほどに巨大であった……
「何この扉? 超デカいじゃん、まともに開くのかこれで?」
「結構な人数で押さないと無理よね、まぁ、私なら指先だけで吹き飛ばせるけどっ」
「さすがはマーサちゃんね、偉いわっ」
「えへんっ!」
マリエルに褒められて偉そうにするマーサ、これはいつものパターンである、特に偉くはない。
しかしそのマーサの力が必要なのも確かであり、おそらく施錠してあるはずのこの扉は、他のメンバーにとってはそこそこの難敵だ。
で、その偉い偉いウサギさんが、片手の小指1本だけを見せびらかし、扉に手を掛ける……ガゴーンッという、解錠の際にはそうはならないであろうという音を伴いつつ、本来は『引く』はずの扉が押し開けられる……
「なぁ~んだ、あまり強力な感じじゃなかったわ、たぶん誰でも開いたと思う」
「私には無理ですね……」
「まぁサリナはそういうタイプじゃねぇからな、ところでせっかく開けたんだ、鍵を壊したことについて咎められる前に早く入ろうぜ、紋々太郎さん、この中は……」
「……わからないね、とにかくここをこじ開けることに成功したのは今回が初めてだ、奴とは我や旧キジマ―がここで、奴がこの城門の上から偉そうに語り掛けるという構図でしか話をしたことがないからね、残念なことに」
「それめっちゃ悲しくないすか? 英雄なのに、しかもそういう系のビジュアルにして三顧の礼みたいなことして……」
「……うむ、それに関してはもう忘れ去りたいと思っているよ、ついでに妥協してその辺で一番強かった犬獣人を誘って、それがあのクズの旧イヌマーとなったこともね」
「ですよね~っ」
紋々太郎の恥ずかしい一面を覗いてしまったのだが、この件については忘れてやるべきであろう。
島国で最も威張ることが可能な立場に居るヤクザもんが、こんな趣味の悪い城に住まうチンピラの王から見下されていたのだから。
で、そのゴミのようなチンピラ犬畜生キングの居城の分厚い正門、それはマーサの圧倒的な力によって、小指1本だけでアッサリと開扉されてしまった。
中ではさぞかし驚愕しているであろう、外に居たシャブ中犬畜生共の如く、いや奴等のように意図したわけではなく、普通にビビッてウ○コをもらしているに違いない。
そんな犬畜生のゴミ野朗に対し、紋々太郎への従属を誓った後に全財産を俺達に委譲するか、或いはその全財産を『委譲』ではなく『遺贈』するのかを選ばせてやろう。
などとここから先が簡単に済む体の妄想を捗らせていたのだが、どうやらそうでもないらしい、扉が開いた向こうに聳え立つ居城、いや巨城。
その奥深くには間違いなくターゲットが鎮座しているのだが、その前にもうひと悶着、いやふた悶着ぐらいはありそうな雰囲気であった……敵の数が多すぎる……




