784 屠畜の如く
『おっ、お前等ぁぁぁっ! おいっ、アタイがこんな状態なのにどこへ行くんだよっ! 戻れよっ! 戻って謝罪して土下座して、賠償金も払えよっ!』
「まだ何か言ってるじゃないの、凄い声ね」
「あぁ、だがそろそろ破裂しそうな……すっげぇ、風船みたいに膨らんでんぞ」
「勇者様、あまり見ない方が良いですよ、目が合っただけで何か変な気持ち悪い菌を移されたり、呪われたりしそうですから」
「それもそうだな……だが気になる、っと、もうやべぇわアレ、目が合うどころかどこが顔だかわからんぞ」
『ギョォォォッ! ムカつくぅぅぅっ!』
振り返るたびに膨張している様子の勘違いブス、元々肥満気味で、全身がパンッパンであったのは確かだが、焼け焦げたうえで風船のように膨らみ、現状『これは人間です』と言って信じる者はまず居ないような状態だ。
そしてその勘違いブスの自爆による影響を受ける範囲から逃れるため、俺達は一応のガン無視を続けながら坂を下る。
元はスタッフ候補の選別のつもりで丘を登ったのだが、帰りはそのスタッフ候補はおろか、仲間2人まで失っているという大損害。
まぁ、殺られたのが紋々太郎本人や、必要的固有キャラであるフォン警部補ではなく、『取替え』の効く『半モブキャラ』で良かったのではあるが、戦力を失ってしまったことに変わりはない。
次は、次こそはその仲間を、取り替えなくて良い強力な者に、今は紋々太郎の手許にある英雄武器のうち『ドス』、『パイナップル』、『ポン刀』の3つを、それぞれ託すことが出来るだけの強者に出会いたいところだ。
そう思いつつもう一度振り返ろうとしたところ、視界の端にカッと、白く強い閃光が入り込む。
ブスから放たれていることが確実なその閃光は輝きを増し、かなり離れた場所を走る俺達の背中に突き刺さる。
熱い、凄まじい熱を感じた、その直後、今まで居た丘が崩壊したのではないかという衝撃と共に、俺達全員の耳はドーンッという轟音に支配された。
魔力の暴走による大爆発、かなり強力であった勘違いブスの体内に残されていた魔力が、全て放出されるかたちで爆発を起こしたのだ。
大炎上で少し、その後跳ね返された自らの強攻撃によってかなりの力を削られていて、それでいてこの爆発力である。
もし先程までのガン無視作戦の開始が早く、それを続けたことで特にダメージを負っていない状態での自爆、そういうことであったらどうなっていたであろうか?
おそらく今まで居た丘を含む比較的大きな山の崩壊は免れ得ない、さらに輻射熱と爆風が下の居住地を襲い、少なくない数の犠牲者が出ていたに違いない。
本当に危険な奴であった、だが爆発してしまった以上、これでもうあの強力な技も、高い防御力も失われ、場合によってはもう命を手放しているかも知れないのだ……
「……どうやら爆発したようだね、勇者君、少し戻って様子を見るべきではないかね」
「そうっすね、あのぐらいの爆発力だと、奴が生きている可能性はかなり高いし……精霊様、毒とかやべぇ菌とかが撒き散らされている感じはあるか?」
「大丈夫だと思うわ、今の爆発によって生じた熱で滅菌されたっぽい、でもあのブスの破片とかが不潔であることには変わりないから、見つけても触れないようにね」
「わかった、それじゃあ戻ろう、リリィ、何か見つけてもマジで触るなよ、何か変なモノを拾うなよ、良いな?」
「はーい……眠いのでたぶん大丈夫でーす」
「いや、マジで今回は頼むぞ……」
おそらく燃え尽きずに落ちているのであろう勘違いブスの破片、それを手にすることは即ち、通常の人間であればあっという間に侵食され、腐り果てて死に至る次元の汚物に触れるようなもの。
本来であれば防護服のようなものを装備し、徹底的に注意を払って先へ進まなくてはならないのだが……まぁ、俺達であれば大丈夫であろう、最強だし。
ということで普通に元来た道を戻る、接近するごとに、何やらウニョウニョと動き続ける肉片のようなものが……勘違いブスの破片のようだ、それぞれが意思を持って、元あったボディーの方へと集まっているのだ。
「何だよコレ、もう人間じゃねぇだろアイツ……」
「人間じゃなくて、人間だった何かですわね、正確には」
「それはアレかユリナ、何者かの力によってとかそっち系の話か?」
「まぁ、そういうことになりますのよ」
「やっぱりか……」
通常では考えられない強い力、それをあの明らかなモブキャラ共が有していたという疑問点。
それはやはり何者か、おそらく俺達と敵対する組織や個人によって成されたもの、与えらえた力であったのだ。
そしてそういうことをやりそうな組織としてはまずふたつ、この島国をダンゴ生産拠点化しようと考えている西方新大陸の犯罪組織、もうひとつは魔王軍である。
だが、西方新大陸の犯罪組織にとって、ここまで強力な『生物兵器』を得たにも拘らず、それをこんなに気軽な感じで、ひょっこり現れた野盗のようなノリで用いることは考え難い。
となると残るのは魔王軍、そして俺達のスーパーパワーによって壊滅寸前のその魔王軍において、現状付近で実働しているのは……副魔王の奴以外に考えられないな……
「やべぇな、コレ、やっぱ副魔王の仕込みのひとつな気がするぞ」
「私もそう思います、勇者様、毎回のように私達の移動を停止させるのは、明らかに『赤ひげの玉』の開放阻止を狙ってのことですよ、もうこうなればフル無視という策もあるかと思われます」
「だよな、マリエルの言う通りだ、おそらくこの後もどこかで何かがあると思うが、それ自体が副魔王の罠だと思って動いた方が良い……と、そろそろ『爆心地』が見えてくるぞ……」
もう少し深く考えてみればすぐにわかったことなのかも知れない、こんな奴等の相手をして、様々なものを失うことなどなかったかも知れない。
今更そう考えてもどうしようもないのだが、それでも考えてしまうのは人間であり、むしろこの失敗と犠牲を無駄にしないためにも、この後はこういうことにならないよう注意しつつ進軍すべきなのだ。
で、見えてきた勘違いブスの自爆現場、さぞ粉々になって……と思ったのだが、案外上半身と脚の一部が残っているではないか。
もちろんバッチリ生きている勘違いブス、本当にタフな奴だが、その誇っていた防御力は既に、内部から破裂したことによって失われている。
魔力ももはスッカラカン、こうなってしまえばもう、単にボディーの一部を失って転がるだけの単なるブスだ。
おそらく鬱陶しい勘違い言動をする余裕もない……ないことを祈ろう、ムカついて話を聞く前に消滅させてしまいそうである。
『……グギギギッ……許さないっしょ、マジでこんなに……臓物がはみ出して……あいつらのせいでっ!』
「もしもし、あいつらとはどいつらのことでしょうか? え、我々ですか? それはそれは」
『ブボファッ……何しに戻ったってんだよっ! もう良いよ帰れよっ、お前とかマジで全然用ないし、きめぇんだよっ!』
「きめぇのはお前だこの勘違いブスがっ! 何で千切れてなお喋れるんだよ? てかあれだけの大爆発なんだから粉々になれよなっ、あと肉片がこっち向かってんぞっ、おかしいだろうお前!」
『ハンッ、おかしいのは知ってるし、この力を得たのは最近だかんね』
「誰に貰った力だ?」
『知らんしっ、普通にアパート追い出されて普通に外で寝てたら、変な女? とにかくアレだって、何か良くわかんないのにさ、力が欲しいか? みたいなこと聞かれてさ、当たり前っしょそんなんっ、ついでに金も寄越せって言ってやったわマジで』
「どんだけ図々しいんだよその状況で……」
で、勘違いブスのその発言に対し、謎の女性は困り果て、『今は手持ちがありませんので、あなたには力と、それからそこそこの力も持ち合わせた金づるを与えましょう』と述べてどこかへ消え去ったとのこと。
それが副魔王なのか否かについては言及がなかったのだが、つい最近にここの近くに出現するそういう感じの女性で、軽いノリで凄まじいものを誰かに与えている、もちろん悪い奴に……まぁ、副魔王で確定であろう。
俺達はまたしてもろくでもない足止めを喰らってしまったかたちだ、いや、今回はここに立ち寄ることを悟り、策を講じておいた敵が一枚上手であったという感じか。
とにかく敵からすれば順調に、低コストでのちょっとした足止めによるこちらの進軍阻止を成功している、そして俺達にとっては、全く思うようにいっていない状態である。
これは完全に副魔王のせいなのだが……現状その鬱憤を晴らすべき対象は目の前のコイツ、引き千切れた状態で意識があり、生存している勘違いブスだ。
もちろん情報を得ることを、ついでに極限まで苦しめることを忘れずに、ブタの丸焼きを半分に千切ったような状態のこの馬鹿の処分に着手しよう……
「おいお前、これからお前をブチ殺すんだが、どうして欲しい?」
『はぁっ? 何でアンタみたいなのにブチ殺されなきゃなんねぇんだよっ! てかさっきの無視のせいでこうなったんだし、サッサと賠償金払って土下座して、それから元に戻せっつってんだろっ!』
「いや、お前放っておいても元に戻るだろうよ、まぁそうはさせないがな、ユリナ、そっちの肉片を焼け、本体に戻ろうとしているからな」
「はいですの、それジュッと……本体に戻るのならまだ良いですが、小さいコレが無数に、ということになったら手が付けられませんわね……」
「恐ろしいことを考えるんじゃないよ……」
『おいっ! アンタ何また焼いてんだよ人の肉をっ! ぜってぇ許せねぇしこの悪魔!』
「悪魔ですの、あとお前は人ではなくブタのような何かですわ、ブタらしくオシャレに焦げて羨ましいですのよ」
『テメェェェッ! マジブッ殺すっ! ブッ殺してやるからなっ! おい聞いてんのかこの悪魔!』
「何かキレましたの、キモいですわねホント」
気持ち悪い豚面の黒焦げ千切り勘違いブスを、激カワ悪魔様のユリナが小馬鹿にしている光景。
非常に正しく、世の中はこうあるべきだと言っても良い状況だが、ブスはキレるのみであり、何か重要な情報を吐くには至らない。
やはり肉体的なダメージを与えつつ、精神的にも追い詰める感じでいかなくてはならない、そうでないと拷問は成功しないのだ。
ということでまずは、仲間を奪われた怒りに震える紋々太郎先生から、とびっきりの拷問攻撃を提供して頂くこととしよう……
「……貴様、覚悟は出来ているのか?」
『はぁっ? 何だよ覚悟って、おいっ、アンタその筋のもんなら何もすんなよっ、カタギに手出すんじゃないよっ!』
「……貴様のようなカタギが居るかっ、パイナップルを喰らえっ」
『ちょっ、これ爆発す……むごっ……ギョベェェェェッ!』
勘違いブスの口に詰め込まれたパイナップル、昨日新サルヤマーが必死になって練習した末、どうにか紋々太郎から『合格』を頂いたものだ。
そしてその投げ手である新サルヤマーはもう居ない、昨日あのエッチそうなマッチョ共が融合したことによって誕生したゴリラ、そこで仲間になり、本日の初陣で、何の成果も出すことなく戦死してしまった。
さぞかし無念であったろう新サルヤマーだが、正直なところもうどういう顔をしていたのかも覚えていない。
そもそも人間が10体融合すると、1体の通常ゴリラに変化するというのが大きな間違いではなかろうか……
と、そんな新サルヤマーの発生についての疑義はどうでも良いとして、次に紋々太郎が取り出したのは英雄武器のひとつ、『ポン刀』である。
俺達がこの地へやって来るキッカケとなった、西方新大陸でのキジマ―との出会い。
そして到着して早々、その明らかに強かったキジマ―が既に戦いの中で散っていたことを聞かされたときの衝撃。
さらにオーディションを開催し、そこで新たに選ばれた、参加者の中で最も優秀であることをその腕で証明した新キジマ―。
彼は最初こそ目立ったものの(飛べるし)、徐々に影が薄くなり、このまま居ても居なくても同じもの、『同行モブ』としてフェードアウトしていくかに見えた。
だがこんな所でいきなりの戦死、さぞ悔しかったであろう、まだまだ俺達に付いて来て、全てが終わった後にはそのことを、エッチな店のお姉ちゃんに自慢げに話したかったことであろうに……
「……貴様の子分に殺された新キジマ―、あの男の口惜しさ、その身をもって体感するが良いっ!」
『ブチュゥゥゥッ! ブボボボボッ……』
「……非常に汚らしい奴だな、どうしてこの半分に千切れた状態でウ〇コを精製出来るのだ?」
『あ……アタイは子どもの頃神童とも、そしてウ〇コ製造機とも言われていたし……』
「どうして『神童』と『ウ〇コ製造機』の称号が重複するんだろう……」
ポン刀で喉元を突かれ、千切れた部分からウ〇コをモリモリと排出しながらわけのわからないことを供述するウ〇コ製造機……ではなく勘違いブス。
この英雄武器による2連撃でかなりのダメージを負ったようだな、喉を切り裂かれてなお喋ることが出来るというのはなかなか凄いが、まだ聞きたいことがあるのであればそろそろ聞かないと拙そうだ。
コイツの力が副魔王から与えられたものだということはおおよそ判明したのだが……他に何か問題となる点、おかしい点などがあるか……
「う~ん、何だろう、紋々太郎さん、他に何かあるっすか?」
「……我は特に何もないな、強いて言うのであれば、早くこのブスを処断したいということぐらいかな」
『ヒョォォォッ! 助けてっ! 殺さないでって、マジで、マジでやべぇからっ!』
「自爆しといて何言ってんだこのブスッ! お前のような奴が存在していると非常に迷惑なんだよっ! そのぐらいわかってんだろう? あんっ?」
『だから、だからってっ! 殺すことないだろうよぉぉぉっ!』
それはお前が、さらにはお前の部下が殺してしまった者が言うべき台詞である、そう教えてやりたいのだが、このブタ以下の脳みそしか有していない勘違いブスにそれを理解させるのは困難なことであろう。
紋々太郎も、そしてフォン警部補も特にコイツに関しては聞きたいこともない、まぁフォン警部補は魔王軍関連のことはあまり関わる必要がないからな、それも当然か。
で、最後は俺だが、考えても考えても特にこれといった質問が浮かばない、『お前はどうしてそんなにブスなのだ?』とか、『生きていて恥ずかしいと思ったことはないのか?』など、誰もが聞くようなありふれた質問については、現状必要ではないのだから。
うむ、ここは他のパーティーメンバー、もちろん気絶しているカレンやマーサ、ショックから立ち直れないミラ、あといつの間にか再び眠りこけているリリィは除いて、何かないか確認しておくこととしよう……
「え~っと、まずは……精霊様とかユリナ、サリナ、ジェシカ辺りか、何か最後に聞いておくべきだとか、聞いておきたいことはないか?」
「そうだな、主殿、そういえばどうしてこのブスがここへ来たのかがわかっていないぞ、副魔王から力を授けられたのは良いが、あのエッチな本の断片を拾って、しかも他の拾得者を殺害しながらここを目指した理由が見当たらない」
「確かにそうだな……おいそこのきめぇブス、これは一体どういうことだ? 正確にかつ完結に答えないとひでぇ方法でブチ殺すぞ、普通に締めて欲しかったらちゃんと答えるんだな」
『ひぃぃぃっ! 死にたくねぇって、なぁマジだよ、本気マジ殺されたくねぇしっ……へべぽっ』
「質問に答えやがれこのブスッ!」
『へいっ……え~っと、ここへ来た理由は、あの何か一緒に居たゲスとカス、まぁ最近結成された最強の犯罪トリオで通ってたんだけどさ、てかマジでやばくね? ブスゲスカス3人衆って結構有名でさ、まぁ結成して1週間ぐらいしか立ってなげぽっ!』
「うっせえんだよ、お前のヤンチャ自慢なんぞ聞きたくねぇんだよ、質問に答えやがれ」
『へいっ……で、ゲスとカスが言ったんよ、マジでこの先金の匂いプンプン、ビラ持った奴とか普通にブチ殺しながらこっち目指そうって、それで来たんよ』
意味がわからないのはさておき、この勘違いブスがリーダーであったブスゲスカス3人衆のうち、ここへ来ることを提案したのは残りの2匹であったということか。
そういえばあの2匹、このブスが力を与えようとした副魔王に対し、図々しい要求をしてゲットした『そこそこ強い子分』とかそういう感じのモノだと言っていたな。
つまりあの2匹は元々副魔王による仕込みであって、それがハリガネムシのようにこのブスを操り、わざわざ死地へ飛び込むようなマネをさせたと、そういうことか?
だとするとやはり、あの2匹の方がこんな汚らしいブスよりも情報を持っていたということか……しまったな、2匹とも死んでいくのをそのまま見送ってしまったではないか。
こんな役立たずの勘違いブスよりも重要であったのに、その重要であることを一切口にせず、当たり前のように死んでいった2匹のゴミ。
きっと副魔王の忠実な部下であったに違いない、今頃は地獄の業火に焼かれながら、俺達がまんまとこのブスを残し、ここで無駄な時間を過ごしていることを笑っている……いや、悶え苦しみながら微妙に喜んでいることであろうな。
「さてと、もうこんなブタには用がないんだ、サッサと殺してしまおうぜ、おらっ」
『ギョェェェェッ! やめてよっ、そんな非人道的なっ!』
「何が非人道的だっ、お前なんかヒトじゃねぇんだよこの薄汚れた家畜めがっ! 屠畜してやるっ!」
『ギャァァァッ! あっ……あげぽっ……』
薄汚いブタである勘違いブスを、その辺にあった棍棒やバット、バールのようなもので殴るなどして殺害した俺達。
さて、ここの留まっていては副魔王の思う壺だ、すぐに出発して、早く『赤ひげの玉』の開放に向かわなくてはならないな……




