782 キモツヨ系
「あ~っ、マジでだりぃ、カスの奴もうダメだし、てかこっからアタシのアッシー君どうすんだよマジで、マジだりぃ~っ」
「……どうするもこうするもない、貴様はこの場で死ぬのだ、このハジキによってドタマをブチ抜かれてなっ!」
「あ~っ、はいはい、死なせて貰うわ、きっとそのうち死なせて貰うわ、だいたい80年後ぐらい? 老衰で死なせて貰うわ」
「お前どんだけ長生きするつもりなんだよその顔面の醜悪さで……」
「うっせぇわ、お前に喋れって言ってないんだよこのタコがっ!」
「タコじゃねぇよ勇者様だよっ! 髪とかフッサフサだかんねっ! タコじゃないからねっ!」
紋々太郎に任せ、おそらく死者2人に何かをするのではないかというのが現状であるが、とにかく敵との口喧嘩だけは継続しておく。
その間にも何かの準備を、死体の脇でしている紋々太郎、いや、もしかしてだが2人を甦らせるとか、そういう類の危険な術式を展開するつもりではなかろうな。
いや、何か『すまないな2人共』みたいなことを呟いているし、これはもうやらかす前兆である。
というか魔法陣のようなものを描き始めたではないか、2人を死後の世界から呼び戻すつもりなのか?
「……よし、これでどうにかなるはずだ、新キジマ―、新サルヤマー、申し訳ないが君達には『新キサルジマー』となって貰うよ、使い捨ての、半日しか持たない術式だがね」
「あの、何をするつもりで?」
「……勇者君、少し離れていてくれ……ハァァァッ! 英雄式シノギ術! 脱カタギの紋!」
「あ、うん、もう何でも良いっす……」
光り輝く新キジマ―と新サルヤマーの死体、俺は呆れている、俺の前と隣では、カレンとマリエルがそれぞれ目を輝かせている、そんなに楽しいのかこの儀式?
で、敵であり、この2人を殺害したゲス野郎は、未だに大切にしていた『投げ銭』が、異世界から来たというだけでそこまで価値のないコインであるという事実にショックを受けている。
あと勘違いブスは鼻を穿っている、しかも鼻くそを喰らいやがったではないか、本当に不潔極まりないブスだが、暇そうにしていられるのも今のうちだと教えてやりたい。
そう思っている間にも2人の死体の輝きは増していき、遂には目を開けていられない程度にまで強く、真っ白に輝き始めた。
これを受けた勘違いブスは、何やらポーズを決めながら、まるでライトを当てられたモデルさながらに、自らの姿が撮影されるのを待っている様子。
誰も撮影などしないし、それが出来るような高級魔導アイテムを、お前のような薄汚い豚に使うようなことは絶対にしないで下さいと注意書きがされているはずだ。
もうそのままポーズを決めていて欲しい、そこで朽ち果て、地面の栄養となった方がこの世界の役に立つと思うのだが……と、ここで紋々太郎の方に動きがあった……
「……うむ、儀式は成功だ、君達、爆発するからさらに離れていたまえ」
「うぃ~っ、てか撮影まだ~っ?」
「……貴様のような豚には話し掛けていない……っと、来るぞ、新キサルジマーの降臨だっ!」
その瞬間、ズバーンッという落雷のような音と共に、これまで地上で光り輝いていた2人の死体が大爆発を起こす。
土煙が舞い、周囲の様子が見えなくなったのだが、その直前の光景によって何が起こったのかはおおよそ見当が付いている。
何かが空高くから降りて来て、それが固めて置かれていた2人の死体に飛び込んだのだ。
そしてその降臨した何かがどんな存在なのか、それは紋々太郎の口から語られた通りなのであろう。
『……我が名は新キサルジマ―、新キジマ―と新サルヤマー、両名の無念を晴らすもの、そこな銭投げのゲス! 許さぬぞっ!』
「あぁぁぁっ! そんな、我のコインがそんな程度のモノだったなんてぇぇぇっ!」
『……すみませんが聞いて頂けますか? あの、おいそこなゲス……おいっ』
「どうして、どうしてこんなことに……」
『・・・・・・・・・・』
降臨して早々、仇敵にガン無視されている新キサルジマ―、実に哀れな奴である……ちなみに見た目はゴリラにキジの羽が生えた感じだ、少しキモいが敵の勘違いブスほどではない。
で、もう完全に相手にして貰えないということを察したのか、新キサルジマーは戦闘開始の構えを取る。
右手にはポン刀、左手にはピンを抜いたパイナップルを持ち、死んだ2人の遺志を継ぐ感じだ。
というか、この新キサルジマーは、新キジマ―と新サルヤマーの記憶を留めているのか? 大変お忙しいところを申し訳ないが、少し聞いてみることとしよう。
「もしもし新キサルジマーさん、お前、新キジマ―と新サルヤマーのどっちがベースなの? 両方? 生前のこと覚えている?」
『我は両名の記憶を留め、そして遺志を継いでおります、殺された瞬間も、そして新キジマ―としては最近影が薄くなってきてヤバいかもな~、ということを感じていたというのも、そして新サルヤマーとして、もっとエッチな本の断片が欲しかったな~、ということを感じていたというのも、全て鮮明に覚えております』
「それはそれは、実に悲しい記憶ばかりのようだな……」
やはり2人の記憶を保持しているらしい新キサルジマー、だが紋々太郎も言っていたように、コイツがこの世界に顕現していられる時間はおよそ半日である。
それまでにどうにか、自分を、いや自分達を殺したこの憎きゲス野郎を始末しなくてはならない。
この男、というかゴリラがここに居る理由はそれであり、そのためだけに蘇った存在なのだから……
「……新キサルジマー、あまり時間はない、そのままで居れば半日は持つが、怒りを表明したり、実際に攻撃したりすれば、君の消滅はどんどん早まっていく」
『なるほど、かつて出会った古の格闘家、あのハゲと同じ仕組みなのですね』
「……残念ながらそうだ、あんなモノと同じにしてしまったのは非常に申し訳ないがね」
『いえ、自らの仇を討つチャンスを頂けて光栄です、ではあの仇敵を……参りますっ、ウォォォッ!』
飛び掛かるようにしてゲス野郎へ突っ込んでいく新キサルジマー、対するゲス野郎の方は、未だに頭を抱えて絶望している。
あと勘違いブスはオシャレなポーチから菓子を取り出してムシャムシャと喰らっている、鼻を穿った手で鷲掴みにしてだ。
そしてその光景を目にした俺は、直後に新キサルジマーとゲス野郎が接触する瞬間を……見ることがなかった。
ゲス野郎の手前、およそ1mの所で、新キサルジマーが跳ね返されて地面に叩き付けられたのだ。
これはバリアか? 防御魔法の類なのか? いや、単なる魔法であれば、今の新キサルジマ―による突進でヒビぐらい入っているはず、つまり防御魔法ではない。
となると考え得るのは……全てを寄せ付けない絶対的な防御、これがゲス野郎のパーソナルスペースであるということだ。
新キサルジマ―はこれ以上的に接近することが出来ない、もし近付こうものなら、また跳ね返されて吹っ飛ばされるのは自分なのである……
『貴様、どうしてそのような間合いを……』
「うぅっ……は? 何だね貴様は、先程殺したキジとゴリラに似ているような……まぁ良い、近付かないでくれたまえ、今はそっとしておいて欲しいのでな」
『そっとしておいて欲しい? あれだけのことをやっておいてかぁぁぁっ……ふげぼっ!』
「あ~っ、何度やっても無駄っしょ、そいつきめぇからさ、そういう状態になっちゃうともう誰も寄せ付けないんすわ、だいたい半日ぐらいはそのままだし」
「……半……日? 半日だと? それでは新キサルジマ―に残された時間が、おいブスッ! どうにかするのだっ!」
「はっ? そんなこと言われても知らんし、金くれんならちょっとは頑張ってやる可能性もあるけどさ、あ、でももう帰りてぇんだよな、今日は化粧のノリとか悪いし、金も貢がない男共に構っている暇じゃないし」
「……貴様ぁぁぁっ!」
「おっと、不意打ちでも当たんない攻撃だし、そんな正面から撃ってヒットするわけないっしょ、ま、当たったとしても別にダメージとか喰らわないし、鼻の穴で止めてやるしそんなもん」
「……クソッこのままでは新キサルジマーの存在意義が」
大幅に狂っていく予定、既に新キサルジマーの力によってゲス野郎をこの世から消し去り、今は勘違いブスを寄って集ってボコボコにしているはずのタイミングであるのに、その第一段階さえ達成していない。
いや、達成が不可能になる見込みなのだ、このままでは時間切れエンド、ショック受けたゲス野郎がようやく復調する頃に、新キサルジマ―は寂しく、何も成し遂げることなく消えていくこととなるのだ。
さすがにそれはかわいそうだな、いや、ビジュアル的には同情などしたくない気持ち悪さ、ゴリラにキジの羽が生えたバケモノなのだが、それでもこのままではあんまりである。
どうにかして最後に活躍の場を設けてやらねば、勘違いブスと戦わせるか? いや、秒殺されるに違いない、ではゲス野郎のパーソナルスペースを、俺や仲間達のサポートによって……
それもアリかと思ったのだが、この絶対防御の壁を打ち破ることが出来るのか、立ち直ることの出来ないゲス野郎の心を晴れやかにしてやることが可能なのか、もしかしたら俺達にも無理かも知れない。
元来、勇者パーティーというのは力技でゴリ押しが常なのだ、こういう状況において、ショックで自分の殻の中に閉じ籠った者を引っ張り出すことなど、まず出来はしない芸当なのだ。
仕方ない、ここはもう諦めて貰うか、それともダメ元で勘違いブスの相手となって頂くしかないな。
ブスババァと羽ゴリラ野郎、なかなかお似合いなような気もするが、実力的には比較にならないのではあるが……
「なぁ新キサルジマー、このままじゃ埒が明かないぞ、あのブスの方に一撃かまして男を揚げるんだ、念のため紋々太郎さんには断ってな」
『わ、わかりました……紋々太郎様、良いのですかそれで? せっかく降臨させて頂き、チャンスを得たというのに、本来の目的を達することさえ出来ずに……』
「……これはもう致し方ないね、先程の動きのせいでかなり残り時間が減ってしまった、当初は半日の予定だったのだが、実際新キサルジマーのボディーを維持することが出来るのはあとせいぜい15分といったところであろうからね」
「短縮されすぎだろぉぉぉっ!」
半日まで見て降臨させたものの、先程のいくつかのモーションだけでその大半を消費し、実際には1時間も持たないという結果となってしまった新キサルジマー。
ターゲットが予想外の動きをしてしまったのは仕方ないのだが、だからといって安定感がなさすぎだ。
とまぁ、そんなことを言っていても何かが変わるわけでもないし、どのみちこのままでは何も成し遂げることが出来ないのではあるが……
『ではターゲットを変更して参ります、目標! 勘違いブスの鼻の穴! ウォォォッ!』
「いやこっち来んなし変態ゴリラ、きめぇし邪魔なんだよっ」
『それは貴様もだぁぁぁっ! 死ねぇぇぇぃっ!』
「チッ、ホントムカつくわぁ~っ、何が『死ねぇぇぇぃっ!』だよマジで、ど気持ち悪いんだけど、お前が死ねよ、ほれっ」
『ギャァァァッ! がっ、がががっ……皆さん、これまでありがとうございましたと新キジマーが、早々にすみませんと新サルヤマーが、それぞれ……申して……おります……』
「……遺言終わった? じゃあ上半分も消滅させっから、バイバ~イッ」
『ギョベェェェッ!』
俺達は事態を黙って見守ること以外何も出来なかった、いや、実力的にそうなのではないが、漢である新キサルジマーの最初で最後の戦いに、水を差してはならないと考えたためである。
あと、空気を読まずに効率だけを求めて水を差す、それをしそうな女の筆頭であるミラは、未だ気絶したままセラに抱えられ、時折うなされている状態なので安心だ。
まぁ、安心といっても既に漢の戦いは終結、漢そのものであった新キサルジマーの、ほんの1時間程度であった人生も終結している。
地面に残ったのは小さなクレーターと、そこに新キサルジマーが確かに存在していたという凹みだけ。
新キサルジマーは本当に、無慈悲に、何の躊躇もなく力を振るった勘違いブスによって、この世から塵ひとつ残さず消滅させられたのだ……
「……残念であった、新キジマー、新サルヤマー、そして融合体の新キサルジマーよ、君達のことは次の補充メンバーが決まるまで忘れないよ」
「結構忘れ去るの早いっすね、いや、サッパリしていて良いと思いますよ、ハイ」
案外にドライな紋々太郎はさておき、新キサルジマーを殺し、そろそろ飽きたと言わんばかりに帰路に就こうとする勘違いブスを、どうにかしてこの場に留めなくてはならない。
だが紋々太郎の力では新キサルジマーの二の舞となるのは明らか、ここは俺達が出張って、この薄汚いブスを、そして未だに立ち直らないゲスを取り囲むべきか。
とはいえゲスの方は動こうとしないし、どちらかといえばブスの方を、単体で抑えに行くという感じだな。
だがさすがにあの洗っていなさそうな汚い肌に、直接触れるようなことは出来ないぞ。
そもそも臭そうだし外敵から身を守るため、或いは獲物を捕らえるために、あえてそのような感じにしているのではないかと思ってしまう次元の汚らしさだ。
「おい、どうするよ皆、新キサルジマー、というか新キジマーと新サルヤマーの仇討ち、この役目が実質俺達に回ってきたかたちだぞ」
「う~ん、どうすると言われてもな、主殿、まずは体勢を立て直そう、ミラ殿とリリィ殿が抜けた分の隙間を埋めなくては」
「だな、あとセラもミラの介抱でアウトだし、ちょっと色々考えて戦わないと拙そうだ、取り逃がすことに繋がりかねないからな」
「てかさ~っ、何喋ってんのお前等? 帰りたいからそこ退けっつてんだよ、聞こえねぇのかこのアホ共、ほれっ、退いた退いたっ、勘違いブス様のお通りですよっ」
『うっせぇお前は黙ってろっ!』
顎と腹の肉をタポタポいわせながら、勝手に帰ろうとしやがる勘違いブス、性根から表面まで完全に腐りきっているのはもう修正のしようがないな。
というか、綺麗に洗ったところで勘違いブスは勘違いブスだ、こんな奴、存在していることにつきこの世界に一切のメリットがないのは明白。
つまり惨殺するのは確定なのだが、可能であればコイツが、そして部下の2匹も、明らかにモブで雑魚で登場と同時に処分される系の存在の癖に、ここまでの力を有しているのかについて知りたく思う。
ゆえに、親玉であり、全てを知っているこの勘違いブスを、一撃で殺してしまうようなことは避けたいのだが……そもそもどうやったら死なせることが出来るのやらという疑問もあるが……とにかく逃げられる前に攻撃だけしておこう。
「カレン、ジェシカ、退路を断っておいてくれっ、攻撃は俺とマリエル、両サイドからいくぞっ」
「わかりましたっでは攻撃用意……行きますっ!」
「オラァァァッ!」
「はいボヨ~ンッ、残念だけど効きませ~んっ」
「何だコイツ? 聖棒も、マリエルの槍も跳ね返すのかよ、肉でか?」
「いえ勇者様、肉もそうですが、肌に蓄積した汚れが分厚い垢の層となって、まるで金属を折り畳んで鍛えた鎧のように……」
「……汚ったねぇ」
「汚ねぇとか言うなや乙女に向かってっ、てかアンタさ、マジで調子乗ってっとこうだよ、それボリボリボリボリ……はいっ」
「ツーンッと臭ったぁぁぁっ!」
背中に手を突っ込んで掻き毟り、その際に使用した指を俺の方に差し出した勘違いブス。
臭い、臭すぎる、そして不潔極まりない最低最悪の攻撃であるのは言うまでもない。
凄まじい周期を放つその指は、俺の鼻腔に大ダメージを与えた後、近くに居たカレン、そしてサトウキビを齧っていたマーサを失神させるほどの威力を発揮した。
俺はもうダメだ、目を回してひっくり返ったカレンとマーサを引き摺り、一旦戦線を離脱せざるを得ない。
これで前衛中衛はジェシカ、マリエルの2人のみという構図となってしまった、あとは後衛に、魔法でどうにかして貰う他ないか……
「ユリナ……臭っさ、息すると臭っさ!」
「ちょっとご主人様、それだと私が臭いみたいになっていますわよっ、それで、燃やして良いんですの?」
「致し方ない、聞きたいことは山ほどあるが、とにかく討伐だけしてくれっ!」
「はいですのっ! それっ!」
「あ~っ、悪魔が何かやって……火魔法? 魔法……ギャァァァッ!」
「不潔な分脂とか凄くて良く燃えますのね」
「ヒギィィィッ! アヅイッ、アヅイィィィッ!」
かなり威力を絞ったユリナの火魔法、だがそれはこの不潔極まりない勘違いブスにとってはかなりの脅威であったようだ。
あっという間に燃え上がり、もはや炎の柱と化してしまった勘違いブス、悶絶しながら転げ周り、どうにかその炎を消火しようと試みるのだが、ここでユリナが2発目を追加、さらに強烈な炎上を見せる。
……しかしこのブス、なかなか死なないではないか、というか、どう考えてもこのままで死亡するとは思えないダメージの入り方だ。
そしてその死なない理由については、どうやら先程倒した、その後も辛うじて生きているカス野朗が説明してくれるらしい……
「……あ、姉御は……普段から人に迷惑を掛けているのだ、無免許飲酒で馬車に乗ったり、公共の場でゴミをポイ捨てしまくったり……そしてその行為を当たり前のように自慢している」
「何だそれ? そんなの炎上するだけだろうが……あっ!」
「そう、姉御はそれでも平気なのだ、つまり……炎上耐性がある……」
そういう理由でこれだけ燃えてもダメージが少ないというのか……いや、意味がわからないのだが。
とにかくこのままではこのブスを討伐し切ることが出来ない、今のうちに何か、新しくて有効な策を見つけ出さなくては……




