781 死して
「おぉっ、何ということじゃ、我等の山が、白桃の森が……ダンゴ精製塔までひとつダメに……」
「うっせぇよジジィ、アタイ達が悪いってんなら詫びを入れてやんよ、おいゲス、殺りなさい」
「あいお嬢様、本日もブスの分際で勘違いが甚だしい、で、この老人を殺せば良いのですな?」
「……待てっ! 無関係の一般人を殺すなどっ」
「もう遅い、秘儀、銭投げっ!」
「ギャァァァッ!」
『だっ……第二副長老ぉぉぉっ!』
「ちなみにこの銭投げ、もったいないので紐付きです、はい回収回収っと」
勘違いブスの攻撃によって破壊された英雄拠点の山林と、それから大切なダンゴ精製塔もひとつダメになってしまったとのことだが、近くで事態を見ており、それを嘆く言葉を発した第二副長老と呼ばれるじいさんが、守銭奴のゲスとかいう奴の攻撃によって殺害された。
吹き飛んだ第二副長老に向かって手を伸ばした現地住民の方々も居たが、その体は一瞬にして蒸発……というかコインを投げ付けられただけでどうしてこのようなことになるのだ。
しかも奴が投げ付けたコイン、この世界にはない穴開きタイプのもの……俺が転移前に住んでいた世界の、良く神社で箱の中に投げ込んでいたあのコインではないか。
鈍く金色に輝くそれが高価値なものだと思っているのであろうが、まさかこの世界の鉄貨の20分の1程度の価値のものだと、あのゲス野郎が知るはずもあるまい。
と、今はそれに、そんなことについて考えている暇ではない、この凶悪なブスゲスカス3人衆に対し、それなりの制裁を与えなくてはならないのだ。
そして同時に、この連中が何の目的でここへ来たのか、本当に単なるチンピラやイベント荒らし的な行為のためにやって来たのか、そうではないのかを判別しなくてはならない。
だがそれは俺が聞くよりも、隣で怒りに震えているこの男、というかビジュアル的にどう見てもカタギとは違う存在である、紋々太郎の口から聞いて貰う方が早そうである……
「……貴様等、何をしにここへ来たのだ?」
「やべっ、姉御、アイツその筋のもんっすよ、ぜってぇ逃げた方が無難っす」
「何言ってんだいこのカスがっ、アタイに勝てる野郎なんて居やしないんだよっ、たとえその筋のもんでも、この地を拠点にしている英雄とかいうやつでもねっ!」
「……黙れ、貴様はこの場で往生せいっ!」
「っと……何だい今の攻撃は……」
普段何を喰らっているのか、ブクブクと肥え太った勘違いブスではあるが、先程の攻撃モーションと違って回避運動は俊敏であった。
シュッと、その化粧塗れの薄汚い顔面を、空気を吸い込むための巨大なブタ鼻をさらに大きく広げながら横に動かし、紋々太郎のハジキから放たれた鉛玉を回避する。
今の突然の攻撃を、しかも超高速で発射される玉を見切ったと、コイツは只者ではないと思っていたが、やはりかなりの心得がある猛者、いやブスのようだな。
そして後ろの2匹、ゲスとカスなのだが、これらもブスほどではないにせよそこそこやるはず。
ゲスは銭投げで戦うのがわかったが、ブスとカスのメイン武器は今のところ不明だ。
ひとまず勇者パーティーと3人になった英雄パーティー、フォン警部補で囲み、これ以上犠牲者が出ないようにしておくこととしよう……
「良いかっ、こいつらは確実にこの場で仕留めるぞ、放っておくと凄まじい被害が出そうだからな」
「ええ、じゃあ私が石ころを投げてやっつけますっ!」
「おっとお嬢ちゃん、ほれ、肉が好きなんだろう? 骨付きのジューシーなものを用意してやったぞっ、ほれっ!」
「やったっ、しかもナイスキャッチ! いただきま~っす!」
「待ってリリィちゃん! それを食べたら……あ~あ」
「ん? あれ? えっと……ZZZ……」
「言わんこっちゃない、カレンちゃんはダメよ貰っちゃ」
「大丈夫です、いつもご主人様が言っていますから、知らない変な人から食べ物を貰っちゃダメだって」
「チッ、姉御、こいつらなかなか対策してますぜ、ぜってぇ逃げた方が無難ですってこれ」
なんと、開始早々敵の、卑怯者を自負しているというカスの罠に嵌まり、まんまと眠らされてしまった。
受け取り、当たり前のように齧った肉には眠り薬が入っていたのだ、精霊様の忠告は一歩間に合わなかったかたちである。
だがカレンは普段の言いつけを守り、このようなおかしな輩から食べ物を貰うことなどしない。
まぁカスが手に持った肉には少し反応しているのだが、それでも必死に我慢出来ているのが現状。
リリィはルビアと、それから戦闘に参加するつもりが更々ない様子の、ほぼ野次馬状態のエリナが運んで退場させる、後で再教育を施す必要があるな、リリィは当然だが、エリナの奴もだ。
で、カス野朗のカスな作戦がもう通用しないということがわかった途端に、カス野朗はスッと後ろへ下がり、ブスとゲスを盾にする感じで身を守る。
どこまでも卑劣な奴だな、だが先程銭投げのニッケルコインを回収していたゲスは守銭奴、そしてこのカスは本当のカス野朗だと考えると、最初の自己紹介が概ね宣言通りであることは信じて良さそうだな。
となると残ったこの勘違いブスは……やはり単なる勘違いブスなのであろう、スマホを与えたら速攻でその薄汚い顔面の自撮りを始めそうな雰囲気である……
「それでブスお前、本気で何しに来たんだ? せっかく集めた俺達の仲間候補を皆殺しにしやがって」
「はぁっ? 何でアンタにそんなこと答えなきゃなんねぇんだよ、アタシはただ金が欲しいだけなんだよ、早く貢げやオラァァァッ!」
「誰が貴様のようなブスに貢ぐかってんだよボケ」
「じゃあ死ねっ! 今すぐ死ねっ! おいカス! 隠れてないであの粋がった馬鹿を殺ってやんなっ!」
「ででででっ、でも姉御、アイツ、何か武器みたいなの持ってるし……って物干し竿じゃんっ! 余裕じゃんコイツ、ヒャッハーッ!」
「馬鹿め、これは聖棒だ」
「アチョォォォッ……おっ? おぉっ? オヒョォォォッ!」
「なっ? カスは腹に鉄板を仕込んでいたはずなのに……どうして貫かれてんだよっ!」
ブタのような鼻をヒクヒクさせながら驚く勘違いブス、というかコイツは本当にヒトなのか? ヒトとブタのハーフなのか? それとも純粋なブタなのか?
まぁ、とにかくこれで1匹は始末が完了した、痛みと死の恐怖でどうにかなってしまっている表情のカス、名前を与えられるほどのキャラなのに、ほとんど台詞がないままこんな状態になってしまった卑怯者のカス。
かわいそうなどとは微塵も思わない、こんな勘違いブスに付き従い、卑劣な手段でリリィを眠らせた後、俺の手持ち武器が単なる物干し竿だと思い込んで攻撃を仕掛けてきた大馬鹿者なのだから。
というかこの島国においては、まぁ西方新大陸などでもそうであったが、魔王軍と無関係、または関係があったとしても遠いゆえ、俺の存在とその武器の凄さを理解していない馬鹿が多いな。
単なる物干し竿に見えて、この聖棒は俺が女神から聖剣の代わりとして……そういえば女神の奴はどこへ行ったのだ? 12天使も含めて、北の大地の温泉旅館に入ってから姿を見ていないような気がするぞ。
と、そんなことよりも残り2匹の始末が先決だな、まだ余裕で生きてはいるものの、まともに行動することが出来なくなったカスを投げ捨て、後でじっくり処刑してやると告げたうえで蹴飛ばして退かす。
フグギュッ、だの何だのと、カエルでも潰したかのような音を立てて飛んで行ったカスは、そのまま現地の人々によって押さえ付けられたようだ……
「チッ、あんたらよくもアタイの部下を、カスとはいえ卑劣な手段で結構稼いで、全部アタイに貢いでくれてたってのに」
「だから何でお前みたいなブスに貢ぐ馬鹿が居るんだよ、世の中おかしくないか?」
「黙れっ! おいゲスッ! コイツじゃなくて弱い奴から選んで虐殺しなっ!」
「畏まりましたお嬢様、といってもこの馬鹿そうな野郎よりも弱そうなのは……そこかっ! 銭投げっ!」
「……避けるのだ新キジマーよ……新キジマーよっ!」
「か……かはっ……」
「はい回収回収っと、もったいないですからね……おや、血がこんなに、もったいないことですね、そして次です、銭投げっ!」
「ウホォォォッ! がはっ!」
「……新サルヤマーッ!」
「いかんっ! 次はフォン警部補が狙われるぞっ! だれかガードして……フォン警部補?」
「すまん勇者殿、もう……そこのブスに……」
「フォン警部補ぉぉぉっ!」
「ひゃはははっ! アタイも箔が付きそうだねぇ、POLICE殺しなんてそこそこの重罪ってもんよ、たとえこの国のじゃなくて、西方新大陸……かね? まぁどっかのお巡りだったとしてもね」
「このクソブスめがっ!」
一気に3人、弱い方から順に狙われてしまった俺達の仲間、フォン警部補は勘違いブスの予想に反してまだ助かりそうだが、新キジマーと、それから仲間になったばかりの新サルヤマーはもうダメかも知れない。
まずはトリアージ、眠らされたリリィを運んだ後にすぐ戻って来たルビアに3人を見せると、やはり迷わずフォン警部補の所へ駆け寄った。
傷が最も浅く、肩口から腰にかけてバッサリ斬られている程度のフォン警部補を優先したということは、完全に急所を貫かれ、もう呼吸さえしていない『新』の2人はもう……そういうことなのであろう。
これはかなりの痛手だ、フォン警部補の傷が完全に癒えたところで、立ち上がったものの動こうとしない、これ以上治療を行わないルビアを見て、その場の誰もが状況を察したはずである……
「あ~っ、これやべぇ~っ、これ本気マジやべぇわ~っ、アタシPOLICE殺しミスったわ~っ、やべぇ~……まぁどうでも良いか」
「お嬢様、ちょっとムカついておられますな、いつも気持ちの悪い顔面がいつになくとんでもねぇことになっておられますよ、ほらアヒル口とかしない、凄まじい勘違いブスですからねそれ」
「……新キジマー、任命してしばらく、良くやってくれた、新サルヤマー、昨日の今日でこんなことに……許さないぞ貴様、その筋のもんの恐ろしさ、身を持って知るが良いっ!」
このとき、精霊様には2人の、つまり新キジマーと新サルヤマーの2人が、魂となって神界へと向かって行く姿が見えていたのだという。
オーディションにて優秀な成績を残し、大抜擢された新キジマー、かれは影が薄いながらも時々頑張り、俺達の冒険に貢献してくれたのは言うまでもない。
そして新サルヤマーであるが……彼に関しては残念であったという他あるまい、意味不明に融合して誕生し、翌日にしてもう死んでしまうしまうとは情けない、いやかわいそうだ。
で、そんな仲間の死を見てショックを受け、怒りに震えている俺達をよそに、ヘラヘラと笑いながらガムをくちゃくちゃと噛んでいるブスにゲス。
この2匹をこんな所で逃すわけにはいかない、まずは部下であるゲスの方だ、主にコイツが攻撃してくるのであろうから、まず先に討伐、いや処分してやることとしよう。
「あ~っ、じゃあここは帰るかぁ、もう金目のモノとか全然ねぇし、アタシもうだりぃし、じゃあゲス、こいつら皆殺しにしてよ、まずは……そっちのちょっとおっぱいナイスな美少女から、顔面とかも可愛くてムカつくしな」
「承知しました、ではそこの短剣を持った巨乳美少女、覚悟しろっ! 銭投げっ……っと、回収回収……おや?」
「……既に受領しました、いかなる理由があっても変換致しません」
「そっ、そんなっ……我の異世界高級コインがっ!?」
ゲス野郎の唯一の技であると思しき『銭投げ』、異世界、というか俺が転移して来る前に居た世界において、良く神社の賽銭箱に投げ込まれていた金色のコイン、それには紐が付けられ、攻撃終了後はキッチリ回収される仕組みであった。
だがそんなもの、こちらの巨乳美少女ことミラには一切通用しない、一度キャッチした貨幣価値のあるものを逃さない習性があるミラは、余裕の表情でその受領した金銭を……おや、様子がおかしような……
「うっ……うぅっ……」
「ちょっとどうしたのミラ? あんた、何か変なものでも食べた?」
「ち……違うのお姉ちゃん、これ、このコイン……たいした価値が……ないのっ! ガクッ」
「ミラ! あんた……ダメね、ショックで失神しているわ、前に魔導自販機の下に落ちているのが銀貨だと思って、必死になってカジノのゴミコインを回収したときと同じ症状よ……」
「うむ、まぁ5円玉だからな……」
異世界のものとはいえ、所詮貨幣価値としては鉄貨の20分の1のもの、それを自らのカロリーを消費し、無理矢理にゲットしてしまったミラはショックで倒れた、何を考えているんだ一体?
で、その『投げ銭』のタネ、つまり唯一の攻撃手段である『5円玉』を失ったゲス野郎はというと……こちらもショックを受けているではないか……
「そ……そんな、我の大切なコインが奪われたうえ……そこまで価値のないものだとぉぉぉっ!?」
「何言ってんのアンタ、ちょっと落ち着いて……オイッ」
「そんなっ、そんなはずはないっ! 我の慧眼は真、それは本当に価値のある、純金製のコインなのだぁぁぁっ!」
「なわけねぇだろ、重さでわかれよな普通……」
「Nooooo! FUCK! こうなったら皆殺しじゃぁぁぁっ!」
「やっべ、キレやがった、おいマーサ、どうにかしろ」
「面倒臭い……なんて言ってられないわね、掛かってきなさいっ! この2人の仇を討ってあげるっ!」
やる気満々のマーサ、元々は敵として出現し、王都の人々、もちろん兵員だけだが、それをあっという間に大量虐殺した魔王軍の幹部であったのだが、本来は優しい心の持ち主である。
そのマーサが、志半ばにしてこんな意味不明の敵の手に堕ちた一応の仲間のために、持ち得る全ての力、現在では単独で、5秒以内にこの島国全体を壊滅に追い込むことが可能ではないかと思われる強大な力を振るう構え。
もちろんその気迫に臆するブスと、キレまくって前の見えないゲス、はてさてここでどう対応するのか、余裕を持って眺めるのは状況的にアレだが、見ものであることには違いない……
「いくわよっ! はぁぁぁっ!」
「はいちょっと待って、待ちなよそこのウサちゃん、これあげるから、ちょっと大人しくしろって」
「何よこのブス! 竹なんて……竹じゃないの? 何コレ?」
「サトウキビの煮たやつ、この間ちょっとさ、アレなんよ、この島国の南の沖にある縄で張り巡らされた島国、そこ襲ったときに畑で略奪しまくったんだってば、サトウキビ、欲しい?」
「サトウキビ……の煮たやつ……欲しいっ、ちょうだいっ!」
「それじゃ、ほれっ!」
「やんっ、投げないでよっ!」
「お~い、マーサ、どこ行くんだ~っ? ダメだなコレも……」
今度はマーサが『モノ』に釣られてしまったではないか、まぁ南方特産のサトウキビ、その茹でたやつの魅力にウサギが敵うはずもなく、あっという間にマーサの姿は見えなくなってしまった。
本当に姑息な手を使うブスゲスカスだ……いや、カスについてはもう戦闘に参加することが出来ない状態か。
それでもとにかくこのブスとゲスに関しては、鬱陶しい手を使ってくる分かなりの強敵である。
そして、一瞬のうちに優秀なスタッフ候補を『消滅』させたり、仲間であった新キジマーや、仲間となるはずであった新サルヤマーを屠る力の持ち主。
これを討伐し、その裏に隠れているかも知れない目的や、その他諸々の情報を引き出すのは至難の業だ。
まずはブチ殺すこと、ここはそれを念頭に置いて、全力で攻撃を仕掛けていくべき場面なのであろうな……
「グォォォッ! 殺すっ! 我に価値のないコインを掴ませた者、全て殺すっ!」
「あいあい、ちょっと落ち着けってこの馬鹿、ゲスッ! 私みたいな勘違い乙女を守ってこその守銭奴だろうが、もっと全力で、冷静に命を張って貢げやこのボケがっ!」
「だからさ、何でお前のようなブスに…・・・この件はもう飽きたな、殺すぞお前、覚悟しやがれこのブスッ!」
「は~いっ、ブスって言う方がブスなんです~っ! わかってんのかこのゴミムシ、イケメン以外全部消えろやこのゴミムシッ!」
「クソが……おいカレン、マリエル、ジェシカ、殺さないよう慎重に仕留めるぞ、このブスはキッチリ、苦しませて処刑しないと気が済まない」
『うぇ~いっ!』
調子に乗るブス、勘違いも甚だしいが、最大の勘違いは自分が生きてこの場を離れることが出来ると思い込んでいることであろう。
そうはさせない、仲間である新キジマーを、そして仲間となるべきであった新サルヤマーをこのような姿にしてしまった罪、必ずや償わせなければならない。
そして、このブスにタイマンで勝利することが出来ないことを悟り、悶々としている紋々太郎……少し面白い言い回しだと思った俺はきっと笑いのセンスがないのだが、とにかくかなりの怒りを秘めているのが見て取れる。
ここは紋々太郎に華を持たせてやるべきか、せっかく一時帰還した拠点にて、最近つるんでいた仲間と、新たに加えた仲間と、そして現地の人間である第二何とやらを殺害された恨み、きっと晴らしておきたいはず。
その紋々太郎が握る英雄武器であるハジキに、このくだらない勝負の決着を任せよう、近接系の仲間3人はサポートだそれが最高のかたちでのこの場の収拾方法だ……
「紋々太郎さん、コレ、いけるっすか?」
「……あぁ、今はもう我の中の任侠が爆発しそうだよ」
「意味わかんないっす、でも任せるっす」
「……わかった、ここは我が『極める道』をいこう、それがこの死んでしまった2人への弔いとなる」
そう告げた紋々太郎は2人の、新キジマーと新サルヤマーの死体へと近付く、祈りを捧げるのか、いやそういう感じではないのは俺にもわかる。
まさか、もしかするとこの2人に、死んでしまった仲間に直接復讐の機会を与えるのではなかろうな……




