778 行方
『おい貴様、人間の言葉を喋ることが出来るのか?』
「何でお前がそれを言うんだよ……」
接敵、それと同時に起こったことは、なんと向こうから、金ピカのゴールデン屋台のおっさんの側から対話を試みてくるという異常事態であった。
しかも『喋ることが出来るのか?』というのはこちらが聞きたくて仕方なかったことだ、向こうから言われるようなアレではないし、むしろコイツは俺やその仲間が『人間の言葉』を理解していないとでも思ったのであろうか。
まぁ、とにかく会話することが可能であると判明しただけでもそこそこの成果であるといえよう。
あとは簡潔に、あまり味方の犠牲者が増えないうちに情報収集を終了し、このゴールデンを殺害する、それが目標だ。
『……で、貴様は一体何をしているのだ? 何者か……については聞くまでもないようだがね』
「だから何でその台詞がそっちから出てくるんだよっ! 普通逆だからね、俺とか、そういう正義の味方側から、お前のような悪の、異形の存在に対して投げ掛けるタイプの言葉だからねっ!」
『異形、貴様、いや貴様等こそ異形、ゴールデンでさえない生物などこの世に存在するものかっ!』
「お前以外ほぼ全員ゴールデンじゃねぇよっ!」
「ヤバいわよ勇者様、コイツ、会話にならないタイプよ」
「あぁ、無駄に疲労したうえでたいした情報も得られない感じが凄まじく漂ってきたぜ、どうする? 直ちに殺すか?」
こういう奴の場合、おそらく『人間の言葉がわかる』というだけであり、そもそも会話が成立しない可能性が極めて高い。
そのままブチ殺してしまうのが得策な気もするが……と、どうやら今の俺達の会話に反応しているようだ、何か喋ろうと、ちょうど良いタイミングを計っている感じがする……
『……直ちに……殺す? この我を、貴様等がか? ゴールデンではない貴様等が我をか? 爆笑ものだな』
「爆笑ものなのはお前のカラーだ、てかさ、何なわけお前と同じ顔の屋台のおっさん、あとその頭の捩じり鉢巻き、純金なの?」
『……貴様には関係のないことだ、教えるはずもなかろう……というか、勇者だからといって調子に乗るな、魔王軍の、我が偉大な上司である副魔王様の威光の前に平伏し、この温泉街制圧及び勇者一行釣り上げ滅殺大作戦の餌食となるが良いっ!』
「ん、あぁそうなのね、おおよそのことはわかったわ、教えてくれてありがとう」
『しっ、しまったぁぁぁっ! ついうっかり魔王軍の重大な秘密をぉぉぉっ!』
「どれだけアホなのかしらね……」
ここにきて初めて出てきた敵の計画名、『温泉街制圧及び勇者一行釣り上げ滅殺大作戦』だそうだが、やたらに長いだけで特に変わり映えしない、イマイチと呼ぶのが妥当な名称だ。
そんな作戦を仕掛けたのはどう考えても魔王軍副魔王、あの女なのであるが、実行しているのはコイツ、ゴールデン屋台のおっさん単体であり、副魔王自身がここへ戻ることはもうなさそうな予感。
つまり、ここでの勝利条件はコイツを殺し、温泉街とその中心となっている温泉旅館を取り戻すこと。
それ以上には期待出来そうにない、今回もまた、副魔王の尻尾を掴むことが出来なかったかたちだ。
まぁ、その分の腹いせとしてこの馬鹿野郎を惨殺することとしよう、放っておいてもスタッフの被害が増え、さらに鬱陶しいノーマル屋台のおっさんが次々に、ゴールデンを守ろうと突撃してくるのみゆえ、行動は早ければ早いほど良い……
「……それじゃ、お前もう不要だから殺すわ、覚悟しやがれこの金ピカ野郎」
『先程も言ったであろう、ノーマルカラーの分際で我を倒そうなど、貴様等に出来るはずがない』
「じゃあ殺ってみるか? オラァァァッ……あれ?」
「後ろよ勇者様、何でそんなのに回避されてんのよ……」
「おかしいな、ちょっと酔っ払っていたり……飲んでないのにな、まぁ良いや、もう一度オラァァァッ……おや?」
スカッと、まるで手応えが得られない俺の攻撃、どういうことだ? 普通に当たっているような感じなのに、しかも残像が出るほど敵の素早さが高いわけではないのに。
気を取り直して3度目、4度目、そして5度目の攻撃、どれもこれも全くヒットする気配がない。
まるで霧で出来た影にでも攻撃しているかの如く、聖棒で突いたゴールデン屋台のおっさんはゆらりとその場から消滅してしまう。
これはどういうことだ、どんな仕掛けがあるのだと……いや、後ろから外野の連中が指摘してこない時点で、これがどういう仕組みになっているのかを看破した者はまだ居ないと思われる。
『ハハハハッ、ほら、やはりゴールデンではない貴様に、我へのダメージを通すことなど出来はしないのだ』
「ふざけんじゃねぇよ、ムカつく野郎だな、それっ! この野郎!」
『フンッ、何をしても無駄だ、貴様の刃……物干し竿ではないかそれは……とにかく攻撃など届こうはずもないのだ、このアンポンタンめが』
「野郎、マジでどうなってやがんだ、精霊様、今見ていて何かわかったか?」
「ぜ~んぜんわからないわよ、ミラちゃんにカレンちゃんは?」
『さぁ、ちっともわかりません』
「だって、もう少し1人で頑張りなさい」
「マジか、コイツ超ムカつくんだげべっ! 痛いんですけど何か?」
『よそ見などしているからそういうことになるのだ』
目の前に居るゴールデン屋台のおっさん、それが動いたというか、揺らめいたように見えた次の瞬間、どういうわけか殴られてしまっていた。
きっと素手で攻撃したに違いない、変な菌に感染していると困るし、触れられた場所は後程入念に洗浄しておく必要があるな。
で、今の動きで攻撃が来ているとなると……やはり通常の、こちらから判断出来る位置には居ないようだな、きっと場所がズレて見える術式を使うタイプのつまらない敵だ。
となると視覚には頼れないな、ここは俺の出番ではない……まぁ、カレンにやらてやることとしよう……
「カレン、ちょっと選手交代だ、目じゃなくて耳で聞いて判断するんだ、敵の居場所をな」
「わかりました、でも……」
「でも?」
「横に居る金じゃない敵の人達、騒いで邪魔する気満々です」
「そうなのか?」
『そうだぁぁぁっ! 我はここだぞぉぉぉっ! へいらっしゃいっ!』
「クソかよこいつら……じゃあ音で聞く作戦は中止だ、精霊様、ちょっとどうにかしてくれ」
「そんなこと言ってもね……ミラちゃんは?」
「私ですか、私は……あら、これならイケますね、確実に獲れますよ」
敵を一瞥し、どういうわけか自信満々になってしまったミラ、早速剣を構え、選手交代である旨をモーションにて表明する。
先程までは何もわからないと言っていたにも拘らず、どうしてここにきてやる気を出すに至ったのか。
それは本人にしかわからないのだが、とにかく何か秘策があるということは窺える雰囲気。
しか俺と違ってかなり距離を取って敵と対峙しているのが特徴的だ、短い片手剣で戦うのに、そこまで離れていては何も出来ないと思うのだが……
「おいミラ、大丈夫なのか? 何か投げて戦うのか?」
「いえ、そんなことはありませんではいきますっ!」
『掛かって来るが良い、せっかく温泉街に居るのに節約ばかりであまり金を落とさない感じの少女よ、貴様の攻撃な……ぜ……』
「はい、これでお終いです」
何もない空間に剣を振るったミラ、次の瞬間、その剣のリーチから3m以上は離れた場所に居たゴールデン屋台のおっさんがザクリと斬れる。
これまでのような『霞でも斬ったのか?』という感じではない、正真正銘、ゴールドのボディーがバッサリといかれ、切れ目からは黄金色の血液が流れ出しているではないか。
もちろん『斬られた振り』など、そういう動きではないのは明らか、ゴールデン屋台のおっさんはそのまま倒れ伏し、二度と起き上がることはなかった。
同時に影が薄くなり始めるノーマル屋台のおっさん、無数に居るのだが、それらがまるで幽霊のように、徐々に徐々に透き通って姿を消していく。
少し討伐してみよう……聖棒で突くと、うっすらと、何か布でも突いたかのような感覚の後、薄くなったおっさんが苦しそうな顔をする、そして倒れるモーションを終えるか終えないかぐらいの所で消滅していった。
その場に残されたのは俺達と、敵を撃破したキメポーズのままの、ミラ、そして黄金色の血液をダダ漏れにしながら、ぴくぴくと痙攣しているゴールデン屋台のおっさん。
振り返ると、そこから続いていたのは誰も居なくなった温泉街が半分、残りの半分のうち半分は、俺達の仲間である遠征スタッフの死体の山の中に、主要メンバー達だけが立っている状態の悲惨な地。
そこから先は生存したスタッフらの、歓喜の声を上げているその連中の群れと、同じく大喜びで窓から顔を覗かせる旅館従業員らの居る旅館建物。
敵は完全に消滅した、ゴールデン屋台のおっさんはまだ辛うじて生きているが、魔力や何やらはほぼ全てが傷口から溢れ出て霧散し、さらには傷によるダメージで動くことさえ出来ない状況。
放っておいてもいずれは死ぬし、死ななかったとしてもこの場から移動することが叶わず、そのうち虫けら等に分解されたり、或いはその辺の旅人等に暴行されたりして果てるに違いない。
その前に聞くべきことを聞き出し、俺達を小馬鹿にしてくれたことに対する罰を与えておかねば。
死に様もこのような綺麗なモノではなく、もっとこう、命乞いを繰り返し、涙鼻水と涎に塗れながら、ついでにウ〇コでも漏らしながら死に晒すべきだ。
「しかしミラちゃん、どうして敵の場所があんなに正確にわかったわけ?」
「凄いですよ、もし音があっても足音とかで誤魔化されたらわからなかったですし、臭い……はイカ焼きの臭いで全然だし、どうやったんですか?」
「カレンちゃんは半分正解、私が辿ったのは臭い、でも食べ物とかじゃなくて『金目のものの臭い』なの、わかるかしら?」
「わかる奴が居るとは思えないんだが、とにかくコイツの、というかコイツの表面のゴールドから発せられる換金価値に反応したってことだな?」
「そんなところです、この魔族、かなり昔に戦った……何でしたっけ? 変な塩の結晶みたいな魔将です、アレと同じで、ホンモノの金だと思うんですよ、刺した感じも確かに純金でした」
「あ、居たよなそんなの、塩やねんだかシオヤネンだったな、態度が冷たい、塩対応の奴、それと同じだったのか……とはいえ今敵の皮膚を削り取るのはどうかと思うぞ」
『ギギギギッ……い、痛いでは……ないか……』
ゴールデンだし、その表皮がゴールドであるのは良くわかった、だがビジュアルが『屋台のおっさん』であって、通常のおっさんと色以外に変化がないモノ、それの皮膚をナイフで削って持ち帰ろうとは思わない、たとえそれが純金でもだ。
だがミラのその行為は一定の効果を発揮している、もちろん金銭的価値の追求と、それからおっさんに対する拷問というふたつの側面についてである。
純金の、金属としては比較的柔らかい皮膚をべりべりと剥がされ、その度に苦悶の表情を見せ、呻き声を上げるゴールデン屋台のおっさん。
それでもミラはお構いなしに、全く顔色を変えることなく、淡々と『作業』に当たっている……いや、ヘラヘラしながらやられるよりもこちらの方がよほど恐ろしそうだな……
『やめてくれ……もうお願いだからやめてくれ……せめて殺してからに……』
「だそうです勇者様、殺してあげますか?」
「ダメに決まってんだろそんなもん、ちょっとこのまま引き摺って行くぞ、こんな所で、しかも自分で作業するよりも、後で誰かにやらせた方が良いだろう?」
「確かに、見えている部分は良いんですが、主に中央の部分などどうするべきか悩んでいたところです、まさか私自ら、丹念に剥ぎ取っていくわけにもいきませんし……というか汚いのでその部分の、金の部分の金は要らないかもです……」
「確かに、金とはいえ金だからな、ジメジメした場所を好む菌が繁殖していないとも限らない、とにかくコイツを持って凱旋すんぞ」
『うぇ~いっ!』
ということで、半分まで皮を剝いだゴールデン屋台のおっさんを引き摺り、俺達は元来た道を戻ったのであった……
※※※
「……で、これが敵の親玉だったわけね? どうして皮膚がこんなにベロベロなのかしら? しかも金だし」
「その辺は色々あってな、まぁ生きているわけだし、拷問と処刑待ちの一団の末席にでも加えてやろうぜ」
『も……もう、許してくれ……』
「うっせぇよこの敗北者がっ! ざまぁみやがれ、調子に乗ったことを後悔するんだなこの雑魚ゴミ野郎! ギャハハハッ!」
「ちなみにご主人様は負けていました」
「おいカレン! 余計なことを言うんじゃないよっ!」
せっかく気分良くゴミ野朗を馬鹿にしていたというのに、カレンが余計なことを口走ったせいで残念な人の残念な粋がりであることが皆にバレてしまったではないか。
と、まぁそんなことはサッサと忘れて、とりあえずこの野郎をどう始末していくか、これ以上どんな情報を引き出すべきなのかについて考えておこう。
……そういえば副魔王の飛び去った方角が南であることはわかっているものの、次はどこへ向かったのかについての情報は得られていない。
このゴミクズゴールデン豚野郎には主にそれを聞いていくこととしよう、表面の金を剥がしつつ、それによって苦痛も味わわせつつだ。
『ギョェェェッ! い、痛いっ……もう勘弁してくれ、今後はくじに当たりも入れるし、型抜きも公正な審判を下すから……』
「今更遅いんだよこのクソがっ! てかもうその次元の話じゃねぇだろ普通に考えてっ!」
『じゃ、じゃあ何を教えれば……』
「副魔王の奴の行き先だよ、今度はどこへ逃げやがったんだあいつはっ?」
『それは教えられぬ、死してもなお教えられぬわ』
「ってんじゃねぇよオラァァァッ! サッサと吐きやがれこのインチキ野郎!」
『ギョエェェェッ!』
圧倒的に優位な立場に立っている俺達、そこから見下ろすようにしてこの馬鹿野郎をいじめ倒す、なんとも気分の良いことであろうか。
さらにこのゴールデン屋台のおっさんだけではなく、やはり普段は偉そうにしていたはずの旅館役員、これも意のままに殴る蹴る、少しでもムカつけば痛め付けることが出来るという、非常に面白い立場だ。
で、そんな上位者気分を堪能するのもそこそこにして、本題である『副魔王の行方』について探らなくては。
そのままゴールデンの豚野郎に対し、とても口に出しては言えないような、転移前の世界であれば一撃でR18指定が入る、というか発表が差し止めになる次元の行為を繰り返していく。
5分後、なかなか良い感じに血塗れ、いや黄金の汁塗れになったゴールデン屋台のおっさんに対し、ここでようやく目的の質問をもう一度ぶつける……
「で、どうなんだよオラッ!」
『グベッ……副魔王様は……南の地へ、始祖勇者の玉を厳重に封印し、二度と開放されないための儀式をするために……』
「……おい、もしかしてそれは『赤ひげの玉』のことか?」
『確かそのような名前で……我はこの地にて、浮かれて遊んでいる馬鹿な勇者と英雄を、命を捨てて足止めを……対勇者専用ドーピングまでしたのに……』
「なんてこった……こりゃ結構やべぇかもだぞ……」
ゴールデンの言う『対勇者ドーピング』というのはおそらく、俺達勇者パーティーのメンバーにだけ向けられていたあの般若の面のような怒りの表情のことなのであろう。
だからどうしたというレベルの『ドーピング』ではあったのだが、ほんの僅かでも、1分1秒でも長く俺達をこの地へ足止めしようと、そして勝つつもりもなかったのであろうと、そういう意図が窺える話だ。
そしてその時間稼ぎはまんまと成功、これまで何度も仕掛けを用意し、俺達の進行を止めていた副魔王だが、ようやくその目的がわかったのである……
「それで、その『赤ひげの玉の厳重な封印』ってのにはどのぐらいの時間を要するんだ? そのぐらいのことは聞いているのだろう?」
『確か……1ヶ月、場合によってはそれ以上を要するゆえ、この地で勇者やその一行を分断、さらに仲間を減らして……それから……』
「チッ、どんだけ鬱陶しい作戦だよ、迷惑ばっかり掛けやがって」
「でも勇者様、私達がここへ来てから1ヶ月、そういうことよね?」
「だろうな、だとすると時間的には余裕だ、分断作戦に穴があったのがラッキーだったな」
もし万が一である、あの露天風呂での空間の接続、さらには盗撮豚野郎共の卑劣な犯行がなかったとしたらどうなっていたか、考えるだけで恐ろしいことだ。
俺達はそれぞれの部屋ごとに、どうして仲間の姿が、さらにスタッフの姿までも消失してしまったのか、それがわからず右往左往、もしかすると1ヶ月経過してもまだ理由が判明せず、分断された空間で困り果てていたことであろう。
副魔王の奴は良い作戦を思い付いたのであろうが、それを仕掛けるべく依頼した連中が馬鹿で助かった。
そしてこれだけ早く俺達がその仕掛けから脱するというのは、副魔王にとって完全に想定外の出来事であるに違いない。
となればここからは速攻だ、すぐに南の地へ、『赤ひげの玉』が存在する地へと向かうのだ。
そうすれば副魔王の奴も、驚愕の表情と共にフリーズ、全ての計画が頓挫し、俺達の手に堕ちるのは……そこまではないかも知れないな……
「よしっ、じゃあとにかくこいつらの処刑だ、大切な(モブの)仲間を失わせやがって、とんでもない目に遭わせてやるぞっ!」
『ひぃぃぃっ!』
意地汚い旅館の役員共、そしてゴールデン屋台のおっさんを外に連行し、アッツアツの温泉を冷めないように処置したうえで大量に集める。
ここからはもう惨殺の時間だ、世界を救う旅をしているご一行様の邪魔立てをしたこと、地獄で後悔するが良い……




