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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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776 温泉街

「……てことだ、おいそこのおっさん、お前がサッサとこのおかしな空間をどうにかしろ、さもないとさらに苦しめて殺すぞ、オラッ!」


「ぐぎぎぎっ……わ、わかりました、すぐに……ですがこのままでは出来ません、せめて俺だけでもここから解放して……ぐへっ」


「どういうことだ?」


「じ、実は解除術式には振り付けがあって、それを正確にやらないと空間がどうにかなって、歪んだとこからボーンッみたいなことになるとかならないとか」


「危なっかしいな、じゃあちゃんとやれよ、もし逃げようとしたら2,000番ぐらいの紙やすりで徐々に削り殺すからな」


「ひぃぃぃっ! わ、わかりましたっ!」



 もう殺されることは確定しているものの、とにかくこれ以上残虐な方法を用いられては敵わないと、必死になって『振り付け』とやらの確認をするおっさん。


 とりあえずそいつ1匹を一時解放し、全てを任せてしまうこととして待機しておく。

 まぁ、空間がボーンッなどということになったらひとたまりもないし、余計なことはしないでおこう。


 しばらくそのままで待っていると、1人で頷きながら確認を終了したらしいおっさん。

 まずは謎のポーズ、片方の膝を曲げて伸脚するような格好、手では謎のマークを作り、腕を胸の前でクロスさせている。


 一体ここから何をしようというのか、そのキメポーズのようなものは本当に必要なのか……



「……はぁぁぁっ! マジカル! ラブリー空間分断キャンセルッ! ハァッ!」


「うわキモッ! 何その踊り、魔法少女の変身ですか? 良い歳してそんなことやっていて恥ずかしくないんですか?」


「うぅっ、あの魔族の女が半笑いでこれをやれと、やらねば空間の分断も、その解除も出来ないと……」


「ぜってぇ騙されてんじゃんお前……」



 くねくねと動く謎の振り付け、そしてあまりにも恥ずかしい解除の呪文、どれを取っても明らかに不要なモノなのだが、どうも先程の呪文の中の『空間分断キャンセル』の部分で何やら魔力反応が起ったような気がしなくもない。


 というか、おそらくそのワードを、しかるべき立場の何者かが発言すればそれで良かったはず。

 それだけがキーワードとなっていたにも拘らず、副魔王の奴はネタで他の部分を追加したのであろう。


 で、頭が悪すぎるここの取締役共はそれを信じ込み、そのうちの1匹が今ここで、言われた通りの恥ずかしい振り付け、ワードを伴う解除術式を展開したのだ。


 で、これでどうなったのかと考えつつ、とりあえず大活躍であった馬鹿豚野郎をもう一度処刑台に固定していく。


 するとどうであろう、直後に廊下の先から何やら足音のようなものが響いてくる、かなりの勢いでこちらへ向かう者があるということだ。


 その足音は……と、どうやら男性のもの、そしてフォン警部補の革靴の音であるのはもう明白だな……そして部屋のドアがバンッと開く……



「……!? おぉっ! 勇者殿達じゃないかっ! 散々探したのにまるで誰も見つからなくてなっ」


「おう、それはこいつらが仕掛けた罠のせいであることが発覚済みだ、よって処刑を開始している、で、どうしてこの場所に俺達が居るとわかったんだ?」


「いやそれには気付いていなかったよ、だがな、突然ピンときたんだ、この部屋に、夜の公園に出没しがちな変質者の出現を感じ取ってな、急いで駆け付けたらこの状況だ、で、容疑者は?」


「……うむ、まぁ、それはきっとコイツのことだが、もう死刑執行待ちなので変態行為については不問にしてやってくれ」


「そうか、それなら仕方ないな、一応魔導書類送検だけしておこう、え~っと、変質者が温泉旅館で変態行為をっと……お、死刑だってよ」


「何だその新たなデバイスは……」



 謎のトランシーバーのようなものを出し、そこから魔力を使って先程の恥ずかしい変態行為について『送検』したらしいフォン警部補。


 意味がわからないがとにかく死刑らしい、死刑に死刑を重ねても意味はないし、おそらく俺達を陥れた罪による死刑の方がより重く、方法も残虐でなくてはならないため、このまま執行を続けても差し支えなさそうだ。


 で、フォン警部補にはひと走り、おそらく空間の分断が終了して姿を現した、つまり合流したのであろう遠征参加者に状況を伝達して貰うこととした。


 ついでに殺られてしまったスタッフの数も確認しておきたいな、確か2人ぐらいは俺とルビアで供養しておいたが、他の忘れ去られたような奴がゾンビや悪霊にでもなったら大変だ。


 まぁ、とにかくそちらはフォン警部補に任せよう、俺達はここで、次なる質問を豚野郎共に投げ掛けていこう……



「おいお前、さっきのラブリー何とか、声だけで良いからもう一度やってみろよ」


「……ラブリー、マジカル……その、何というかもう勘弁して下さい」


「はぁぁぁっ? 調子乗ってんじゃねぇよゴラァァァッ!」


「ギャァァァッ! アヅイィィィッ!」


「全く、おい、そっちのハゲ、同じ目に遭いたくなかったら答えろ、お前等に今回の話を持ちかけた女、まぁ副魔王のことだな、奴はどこへ行きやがったんだ?」


「知りませんっ、依頼をして、それから後で費用と報酬を持って来ると告げて、普通に帰って行きましたから……」


「だからどっちへ帰ったかぐらい答えろやっ! このボケェェェッ!」


「なぁぁぁっ! アヅイィィィッ!」


「で、どの方角へどういう交通手段で帰って行ったんだ副魔王は?」


「そそそそっ、そんなことを言われましても」

「我々はお見送りなどしていませんし」

「そうですとも、あの凶悪な女がどちらへ帰って行ったのかなど……」


「あ~っ、もう結構だ、これでも喰らっていろ」


『アヅイィィィッ!』



 まるで役に立たないゴミクズ豚野郎共、適当に熱湯を掛け、大火傷をさせておく。

 しかしこのままでは黒幕である副魔王、その足取りを追えないではないか。


 いつもいつも、いやらしい仕掛けだけを残して逃げ出しやがって、今度と言う今度はとっ捕まえて、素っ裸にして鞭でビシバシ、その後は拘束してさらにビシバシ、以降、寝ても醒めても鞭でビシバシされる人生を過ごさせねば。


 しかし今回もそれが無理であったとしたら、もう八つ当たりを喰らわせる相手がこの豚野郎共ぐらいしか居ないではないか。


 やはり全員一度完全に回復させて、さらなる責め苦を……と、それが時間の無駄だから短縮モードで処刑しているのであったな、もっと別の八つ当たり先を確保せねば。


 そう思ってもうひとつ、こちらは処刑などせずに楽しめる対象なのだが、先程まで気を失っていた仲居さんの方を確認すると、何といつのまにか起きているではないか。


 しかも何か言いたげな、今にも挙手して発言の許可を求めそうな表情をしている、このままこの豚野郎共の相手をしていても不快になるだけだし、しばらくこちらの相手をしてやることとしよう……



「おい仲居さん、何か言いたいことがあるのであれば言って構わないぞ、くだらない内容の場合には別途尻叩きを追加するがな」


「え、その、それでも良いので、というかおそらく今お求めの情報だと思うのですが……」


「ほう、何だと言うんだね一体?」


「その……副魔王でしたっけ? 商談に来られていた魔族の女性の方、最後に私がお見送りを致しましたものでして……」


「ほう、ほうほう、で、どういう交通手段でどっちへ行った?」


「飛んで行かれました、ヒュッて、南の方へ向けてですが」


「南か……となるとどうなんだ?」


「勇者様、ここから南ということであれば、まだ副魔王がこの島国に居る可能性は十分にあるわ、大陸側に帰るのには西、逆周りの場合には東へ行くはずだもの」



 副魔王はまだ島国に、そう主張するセラであるが、それがもし正解だとしたら、この後もう一度、いや一度だけとは限らない、二度三度と副魔王の攻撃を受けることになりそうだ。


 そしてもちろん奴も狙ってくるであろう、俺達が最後の玉である『赤ひげの玉』を開放する瞬間。

 その直前、または直後にて最大の仕掛けをしてくるのは用意に想像出来てしまう。


 だがやはり今回やその他ここまでにあった、まるで悪戯の如き仕掛けのように、意味不明な場所での意味不明な妨害をしてくることにより、俺達の足を止めて最後の仕掛けを創るための時間を稼ぐ。


 もし副魔王の奴がそのようなことを考えているのであれば、逆に俺達の側は素早く、無用な寄り道などせずに最終目的地を目指すべきであろう。


 いや、そうすべきである可能性は極めて高いな、副魔王の奴もまさかこのような仕掛けで俺達を倒すことが出来るなどとは思っていないはずだし、こんなものはもう時間稼ぎであると考えるのが妥当だ。



「よし、今のところ副魔王のことについては保留としよう、また必ず何かしてくるはずだからな」


「そうね、そしたら今は……この温泉旅館と温泉街のお片付けね」


「そういうことだ、おい豚野郎共、ここでもう少し静かにしていろ、温泉街を片付けて、その後でお前等の処刑を再開してやる、それまではせいぜい恐怖の時間でも味わうんだな」


『そ、そんなぁ~っ』



 ということで豚野郎共は放置、旅館の従業員に諸々の説明をして、見張りやその他死なない程度の暴行等をさせておくこととしよう……



 ※※※



「……え~っ、ということでした、この温泉旅館の役員共は全部豚野郎です、皆さんの手でこの世から立ち去らせましょう」


『ウォォォッ!』


「よし、これで処刑とかその後始末とかはこの連中に任せられそうだな、俺達はその分、早めにこの地を発つことが出来そうだぞ」



 取締役豚野郎共の背任、さらにはこの温泉旅館全体を用いて、お客様であり世界を救う救世主でもある俺達に対して犯罪行為を仕掛けていたこと、並びにもうこの付近の温泉街全体を制圧するつもりであったことなどを、従業員一同を集めたうえで発表してやる。


 もちろん巻き起こる凄まじい怒り、元々給料が安かったのであろう、そして役員豚野郎共の態度もかなりムカつくものであったはず。


 その豚野郎共が犯罪者であり、しかもその凶悪な犯罪の片棒を、何も知らない従業員に担がせていたともなればどうか。


 全員殺る気満々、今すぐにでも暴れ出し、滅多打ちにしそうな勢いなのだが……まずやるべきはそれではないのだ。


 最初に、この先にある温泉街で今も跋扈している敵、同じ顔をした屋台のおっさん共を蹂躙するという仕事が待っている、そしてその仕事の遂行上、旅館従業員らの協力は不可欠なのである。


 こちらの遠征スタッフも集合している……かなり数が減っているようだが、やはり殺害されてしまったか……いや、とにかく今居る連中だけでも動いてくれればそれで良い……



「え~っと、これからの予定なんですが、温泉旅館の従業員である皆さんには『観光客の避難誘導』をして頂きたいと思いま~っす」


『どうして避難誘導をする必要があるんでしょうか?』

『確かに、悪い役員は全部捕まえたんだろうに、まだ他に悪人が?』


「そうなんです、実はですね、温泉街の方がかくかくしかじかで、今営業している屋台のおっさんは全部敵なんですっ!」


『やっぱりそうなのかっ! おかしいと思ったんだよ』

『温泉街の住民が温泉旅行に招待されて、しかも店主が居ないはずの屋台が営業しているんですもの』

『それもこの役員共の仕業だったのか、クソめっ!』


「はいそういうことです、というか、その明らかにおかしな状況に対して、誰も疑義を呈することをしなかったのはちょっとアレで……まぁそれは良いです、で、避難誘導が済んだらですね、今度は遠征スタッフの皆さんの出番となりますっ!」


『ウォォォッ!』


「え~っと、皆さんの仲間はそのおっさん共に殺されました、今隣に居ない仲間、同郷者、戦友、皆あの貼り付いたような笑顔の、同じ顔をしたおっさん共の餌食になってしまいました、許せますか?」


『皆殺しだぁぁぁっ!』


「はいそういうことです、というか、最初に殺されまくっていたときに誰か1人でも、どうにかして脱出して通報しろよと……まぁそれは良いです、とにかく皆さん、これからは反撃の時間ですっ!」


『ウォォォッ!』



 その後も旅館従業員と遠征スタッフを煽るだけ煽り、やる気を出させたうえで行動に移る準備を始める。

 ちなみに紋々太郎と新キジマ―にはフォン警部補から説明が通っているようだ、全てを理解している様子が窺えた。


 で、ここからの攻撃なのだが……まずは避難誘導に当たる旅館従業員、彼等があのおっさん共に殺されたりしないよう、俺達が護衛をすることとしよう……



 ※※※



『みなさ~んっ! これは訓練ではありませんっ! この温泉街は敵に占拠されてしまいました~っ!』


『何言ってんだこの仲居さん? 血迷ったのか?』

『てかよ、おっぱい大きいじゃんか、ちょっと揉ませろっ!』


「……おい貴様等、何をしているんだね? 少し事務所へ来て貰おうか」


『ひぃぃぃっ! どうしてこんな所にその筋のもんが……げべっ』



 遠くの方で紋々太郎が誰か殺したような……避難誘導の女性従業員に絡んでいたチンピラ観光客の一団か。

 まぁ、今のは落ちていたゴミを拾ってゴミ箱(地獄)へ送付してやったようなものであって、特に気にする事象ではない。


 問題となるのはここから、間違いなく敵である屋台のおっさん共がこれに反応するのだ。

 その際には戦闘になるし、広範囲をカバーしないとまた死者が、今度は完全に死ぬ理由のない旅館従業員の中から出てしまうことになる。


 それはさすがに拙いので、俺達も、そして先程ちょっとした環境美化を済ませた紋々太郎も、そしてフォン警部補らも温泉街に散っている状況。


 広いエリアなのでほとんどが個別、直接戦闘の難しいサリナはユリナと一緒に、そして戦闘員でないアイリスは旅館の中に居るのだが、他は何かあっても自分で対処することが要求されるのだ。


 ルビアは大丈夫であろうか、セラやリリィはサボっていないか、などなど気になってしまうことは多々あるのだが、とにかく俺は俺の持ち場をしっかり見張ることとしよう。


 叫びながら動き回っている旅館の従業員に黙って従う観光客、何だ何だと言いながらも、その従った観光客の後に続く観光客、そして文句を言ったりしながら胸ぐらを掴んで……こういう奴は脅してしまっても良さそうだな。


 で、そのような感じで見張りを続け、かなりの割合の客が避難誘導に従っている中……出た、たこ焼きをひっくり返すためのピックを持ったおっさんが、まるで暗殺者の如く屋台から飛び出したのである。



「危ないっ! ふんっ!」


「ギャァァァッ! 焼けた鉄板に……顔……面……じゅぅぅぅっ……」


『おいっ! 何か騒がしくなったぞっ!』

『見てっ! たこ焼き屋のおっさんが凶器を持って』

『でも殺されているぞっ! 顔面を鉄板焼きにされて』

『戦じゃっ、戦が起こっておるのじゃっ』

『にっ、逃げろぉぉぉっ!』



 何だか良くわからないが、パニックになった観光客らは一斉に逃げ出した、そういえばもう例の分断空間はキャンセルされ、屋台の中で行われている犯罪行為が、通常の観光客からも見えるようになっているのか。


 で、逃げ惑う観光客は旅館従業員が落ち着かせ、並ばせて、『押さない、走らない、喋らない』を徹底させつつうまく誘導していく、どうやらこの地域では災害時の基本行動についての教育が出来ているようだ。


 その従業員のうちの1人、少し上位に位置すると思しきメガネの女性がこちらに近付いて来る。

 大声を出しての誘導には参加していなかったようだが、どこかで何かをしていたのであろうか……



「すみません、一応何ですが、観光客の方は当温泉旅館の中庭、それから近隣の小さな旅館や民宿に収容して頂くということで、今速攻で全部回って交渉して来ました」


「そうか、じゃあそのまま連れて行ってくれ、誰も居なくなったのが確認出来次第、こちら側の攻撃に……おっと、これでも喰らっておけ、ふんっ!」


「ギャァァァッ! 冷やしキュウリの串が全身150カ所にっ!」



 ここでまたしても襲い掛かった屋台のおっさん、今度は冷やしキュウリ屋であったのだが、これは余っていた串をとっさに掴み、超高速で全身をハリネズミ状態にしてやることによって撃退した。


 その後も逃げる観光客や旅館従業員に襲い掛かる屋台のおっさん、型抜き屋は目玉を刳り貫き、綿あめ屋は粉砕したうえで遠心分離機のような魔導機械にIN、クレープ屋は折り畳み、全部その辺に居たカラーひよこの餌にしてくれた。


 なお、くじ引き屋台は当たりが入っていないのが確実にわかったため、普通に通報したところ、持ち場を勝手に離れたフォン警部補が逮捕、処刑していた。


 と、ここでセラがこちらにやって来る、しかも屋台から奪ったのであろうベビーカステラをつまみながらだ、サボっているのか?



「おいセラ、何しに来たんだよ? 勝手に持ち場を離れる奴はお仕置きだぞ」


「だって、もう避難が完了して暇になったんだもの、屋台のおっさんが逃げ出さないように風の壁でエリア全体を囲んだし」


「何だと? どうしてそんなに早いんだ?」


「えっとね、ここが遅すぎるだけなの、皆避難誘導自体をサポートしてチャチャッと終わらせたのよ、勇者様以外の全員が……」


「あ、そうでしたか……」



 いきなり無能を露呈してしまった俺だが、その場はセラの手伝いを得て作業ペースを上げ、どうにか乗り切ることが出来た。


 そして俺が担当していたエリアもついでに、セラの風魔法で脱出が困難な程度に囲んでおく。

 良く見ると水の壁や炎の壁など、屋台のおっさんを1匹も逃さない策はそこかしこで打たれているではないか。


 で、俺が温泉旅館に戻ったところで全員が集合、次は殲滅作戦に移行する段階となる。

 だがもちろん屋台自体は破壊出来ない、何も知らずに温泉旅行へ行っている温泉街の人々の所有物であるためだ。


 ということで細心の注意を払うようにとの説明をして、いざスタッフらを温泉街へと放つ。

 俺達もそれに続いてスタートし、ここにこの温泉街での最終決戦が幕を開けた……

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