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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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772 勝負の前に

「はわわ~、分断されてて分断されてなくて、でも分断されてて……あっ、ご飯の匂いがしますっ!」


「おう、復活したかカレンは、ルビアは……お~い、現実世界に戻ってこ~いっ!」


「……あへっ、あへへへっ……あ、おはようございますご主人様、夕食の時間ですか?」


「どうやらそのようだ、サッサと起きて、運ばれて来る豪華料理で腹拵えだ」


「んっ……あうっまだ眩暈がします……余計なことを考えたせいですね……」



 旅館のロビーでの出来事、そこからおよそ1時間が経過したのであろう、下から階段を上がってこちらへ向かう音、それが複数と、カレンの指摘した夕飯の匂いが漂ってくる。


 2人が気絶している間に、一度窓の外に出て両隣の部屋の様子を確認したのだが、ミラと、それからジェシカが顔を覗かせ、全てOKだとの合図をしたことを確認したのみ。


 その合図はセラ達も、そして悪魔娘の3人も帰還したということを意味しているもののようだ。

 見渡すとどの部屋にも明かりが灯り、露天風呂側限定で話し声、作戦会議の声が聞こえていた。


 で、現在は外で、廊下側でガチャガチャと鳴っている食器の音……しかしそれを持ってこの部屋に入った者は、間違いなく俺達のように『分断』され、この空間へ誘われてしまうような気がするのだが……と、食事が部屋の前に来たようだ。


 ノックの後にドアを開け、その場で礼をするごく一般的な仲居さん、やはり入室はしない、そう命じられているのであろうが、ここからどう食事を届けるかが見ものだな……



「失礼致します、このお部屋の皆様のお夕食をお持ちしました、ですが当温泉旅館ではスタッフがお客様のお部屋へ入ることを禁じられています……なぜか先週からなんですが……ということでご用意させて頂いたお食事をですね、ここからポーンッ!」


「うおっ⁉ 投げて寄越すんじゃねぇよっ!」


「そう仰いましても、はい次カニ行きますっ! トゲトゲなんでご注意を、それっ!」


「ギャァァァッ! タラバガニの剛速球はやめろっ! てか良い肩してんなマジでっ!」


「はい喋っていないで、次はイクラ! 散弾方式の大筒から魔導発射しますのでそのつもりで、はいっ! ドカーンッ!」


「イクラの散弾⁉」



 その後も凄まじい方法での配膳が続いたのだが、どういうわけかキャッチしたものも崩れず、予想外の所へ飛んだものもキッチリとテーブルの上に、あるべき場所に収まっているではないか、汁物までもだ。


 いや、そんな職人芸よりも気になることがもうひとつ、両隣の部屋でも仲居さんが同じことをしている様子なのである。


 しかしその部屋から聞こえてくるのは、外に居る仲居さんが食材を投げる際の掛け声のみ。

 中でそれを受け取っているはずの仲間の声は……露天風呂側からしか聞こえてこない。


 とりあえず料理が飛んで来るのは収まった……いや、どうせカレンが追加注文するゆえ、再び同じような光景を見ることになるのであろうが。


 だがとにかく、罪人として捕らえてある方の仲居さんには、このような状況につき色々とおかしいであろうということを十分に主張することが可能な程度には、この不思議な現象を体験して頂けたことは間違いない。


 そしてこの仲居さんは比較的賢いらしく、自分が、いやこの部屋に居る全員が今、どのような状態の下にあるのかということを完全に理解した様子。


 そこまで考える頭がある……まぁ通常はあるはずなのだが、その辺の大馬鹿者と比較して賢さが高いのであれば、あんな盗撮豚野郎の以来を受ける前に少し、ほんの少しだけでも考えてみた方がよかったのではないかと思う……


 と、今更そんなことを言っても仕方がないな、仲居さんには後程、豚野郎共の処刑の前座として尻叩きの刑に処してやる旨宣告し、俺達が食事をしている間は静かに、黙ってその補助などするよう命じておく。


 命を取られないと知って安心したのか、仲居さんは通常営業時とさほど変わらないであろう手際で働き始め、魔導固形燃料に火を灯したり、魔導ではなく手動でカニの殻をむいたりし始める。


 ……しかし料理の方は本当に豪華だな、毒などは入っていないようだし、カニの身もプリップリ、イクラもホタテもそして牡蠣までも、新鮮で食べ応えのあるものばかりだ。



「ご主人様、このおイモを揚げたのが美味しいですよ、ほら、端っこはカリッカリになっていて最高です」


「おいおいルビア、食べ過ぎるんじゃないぞ、太っても知らない……きっと隣ではジェシカが同じことを言われているんだろうな……」


「いえ、たぶんあのメンバーだと誰も何も言わないんじゃないかと……」



 隣の部屋、分断されてしまったうちのひとつに居るジェシカが、きっと北の大地特産のジャガイモを用いたフライドポテトを、まさに鬼神の如く捕食している光景目に浮かぶ。


 マーサもマリエルも、そしてアイリスも何も言わず、一切の指摘をせずにそれを見逃しているのであろう。

 このままでは拙い、ジェシカが樽オバサンになる前に、どうにかして合流してやらねば……



「……よいしょっ、はい、またカニが剥けましたよ、あ、カニを1匹バラす毎に減刑とかしてくれると助かるんですが」


「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ、そのぐらいで減刑とか100年早いわ、そうだな、もし軽くして欲しかったらなにか面白いことをしろ」


「面白いことですか……面白い話、というかこの辺りに伝わる民話でしたらどうにか……」


「あっ、それ聞きたいですっ!」


「何だか知らんが、カレンが聞きたいと言っているんだ、つまらなくてもキレたりはしないでおいてやるから話してみろ」


「は、はい……え~っと、じゃあ海で繋がる紅き食材の話をしましょう、500年位前のお話だそうですが、そういえば異世界勇者とか出るんで、お客様方にはちょうど良いかと思いますよ」


「ほう、じゃあ早速語り出せ、静かに聴いておいてやるからな」


「はい、昔々のそのまた大昔、この地にはまだ恐竜だの怪獣だの、危険な巨大生物が跋扈していました。そんな環境下で暮らしていたおじいさんとおばあさんは、どうにかして最強になろうと、恐竜にも怪獣にも負けない、鋼の肉体を手に入れようと、ときには違法な薬物に手を染め、ときには胡散臭い伝説を信じて悪徳業者に金銭を騙し取られ……」



 黙って聞いておいてやるとは言ったものの、仲居さんが話しているのは明らかに昔話のそれではない。

 どこの民話に違法薬物に手を出したり、変な業者に詐欺られるおじいさんとおばあさんが居るというのだ。


 まぁそれでもカレンやルビアは真面目に聞いている、というか非常に楽しそうなので良いとしよう。

 くだらない話でも、食事中に軽い気持ちで聞く分には妥当である、ということもないとはいえない。


 で、当初予告していた『異世界勇者が登場する』とか、それから『紅き何とやら』の話には一切触れず、仲居さんの話はおじいさんとおばあさんが違法行為を繰り返すだけで進んで行く。


 結局そのままクライマックス付近へ、通常の物語であれば、ここで真面目に暮らしてきたおじいさんとおばあさんが報われるタイミングなのだが……この感じだとそうもいかないであろう。


 まぁ、適当にBGMとして横で聞きつつ、俺はメインである料理の方を堪能する、その方が良さそうだ……



「……外の様子を見に行ったおばあさんは言いました、『じいさん、じいさんっ! 大変だよ、外に憲兵が来ているよっ!』、さぁ大変、このままだと捕まってしまうか、2人共その場で殺戮されてしまいます」


「おっ、カニしゃぶ美味い」


「……家の中で何やらしていたおじいさんは答えます、『ばあさんや、つい今しがたこの通販限定、紅きギンギンの強化薬をキメたばかりだから大丈夫じゃよ、憲兵など捻り潰してくれるわい』、おじいさんは自信満々で外へ出ました」


「うむ、ウニイクラ無限乗せ丼もアリだな、極めて豪勢だ」


「……しかしおじいさんの体はいつも通り、痩せ細って風が吹いただけで折れそうな、弱い弱いおじいさんのまま、一体何が『ギンギン』なのでしょうか? おばあさんは良く見ました、そして気付きました、『じいさんや、そのギンギン何とかはアレじゃないのかね、ほれ、ギンギンになるのはボディー全部じゃなくて……』、そう、おじいさんのボディーのうちギンギンになっていたのは、どこかからぶら下がった、普段は粗末な○○だけだったのです」


「・・・・・・・・・・」



 うっかりまともに聞いてしまった、やはりそういう流れに、とても子どもに読んで聞かせるような物語ではない方向に進んで行くのだなと、ある種感心さえしてしまったのが悔しい。


 で、そのストーリーの中では、これから『○○だけがギンギン』の状態となったおじいさんと、違法薬物使用等の通報を受けて攻め込んできた憲兵とのバトルが繰り広げられるわけだが……正直もう昔話ではないな、現代のこの世界でも頻繁に起こっている事案である。



「……外に出たおじいさんは言いました、『FUCK、こんなに膨れ上がった○○じゃあ戦えないぜ、だがわしの力があれば憲兵如き、物の数にも入らぬわ』、○○がギンギンになった副作用でしょうか、おじいさんのハートもまたギンギンとなっていたのです。対する憲兵、違法薬物の捜査に来たのに、突如現れた禍々しい変質者にタジタジとなってしまいました」


「食欲の失せるお話だな……」


「……おじいさんの隣でおばあさんが言いました、『勝てる、このギンギンじいさんなら勝てるやも知れぬぞっ!』しかしそれがおばあさんの最後の言葉でした。横から、突如として貫かれたおばあさんのどてっ腹、さらには首がポンッと飛びます。それをやったのはそう、異世界勇者が女神様より賜るものとされる聖剣でした」


「お、やっと勇者が登場するのか」


「……出現した異世界勇者、おばあさんの死体をさらに損壊しつつこう言いました、『やぁやぁ我こそは、女神によって戦国の世から送られし、そして魔王を倒し、この世界に平穏をもたらした、異世界勇者と申す者であるっ! 貴様、そのギンギンは魔の者だな、成敗してくれようっ!』、それにおじいさんはこう答えます、『貴様、よくもばあさんを殺ってくれたなっ! まぁ良い、そのシワシワのババァはちょうど不用だったからな、わしは意図せずしてこのギンギンを手に入れた、このギンギンの○○さえあれば、もっと若いお姉ちゃんをゲットして……』、おじいさんは最低な野郎でした」



 さらにわけのわからない方向へ進んで行った物語であるが、ここでようやく異世界勇者も、そして紅き何とやらというワードも登場した。


 あとはそれが何かに、少なくとも俺達の冒険に関連する情報へと繋がっていくのかどうかがミソなのだが……ここは黙って聞いておくこととしよう……



「おじいさんのギンギンになった○○は紅く染まり、その紅は空の色をも染めんばかりの燃えるような発色、正真正銘の紅でした。しかしそんなおじいさんの『紅きギンギンの○○』を見た勇者は鼻で笑います、『おい貴様、その紅きギンギンはクスリを使って手にしたものだな?』、おじいさんはそうだと答えました。すると勇者は高笑いをしてこう言いました、『フハハハッ! どうせ違法な雑誌の裏に掲載されていたやべぇクスリを購入したのであろうが、その発色の良すぎる紅、それは合成着色料だ。本来、つまり自然の素材である赤リンゴ、火属性のマグロ、さらにはこの北の大地で獲れるカニやエビ、イクラなどを吸収した紅ではそうはならないのだっ!』、なんと、おじいさんの紅きギンギンは紛い物だったのです」


「ご主人様、何だか聞いたことのある食べ物が出てきましたよ」


「おう、赤リンゴに火属性のマグロか……それにこっちで獲れるカニやエビ、イクラ……紅い食材ばかりだな、サーモンはないのか?」



 その後、仲居さんが語ってくれるお話はエンディングを迎える、おじいさんは異世界勇者、おそらくまおう討伐後、この島国へ渡っていた始祖勇者のことなのであろうが、それによって惨殺される。


 ここで幕を閉じるのが物語の本編なのだが、このまま終わりではやり切れないな、単に力を求めて違法行為を繰り返したおじいさんとおばあさんが成敗されただけだ。


 となると少しは後日談などが……と、存在しているようだ、仲居さんの語りはまだまだ続くらしい……



「……最後に、おじいさんとおばあさんの死体を焼き払いながら異世界勇者が言いました、『未来の勇者よ、我が残した4つの玉、そのうち燃えるような紅を有する玉がある、そこには赤リンゴを中心に、天然素材のみで構成された供物を捧げよ、それにより開放された玉はより大きな力を発揮するはずだ、以上!』、ちょっと、何を言いたいのかわかりませんが、これはおそらく勇者が、邪悪なおじいさんとおばあさん、そして魔王を討伐したその男が、後世に伝えたかったことなのでしょう」


「魔王とおじいさんとおばあさん、同列なのかよ……」


「……これでこのお話はお終いお終い、このお話は『北の大地自治区商工課』が制作、名産を島国全土へ、『北の大地総合食材市場』、やべぇクスリではなく天然素材で鍛えよう、『北の大地オーガニック筋肉ジム』、他ご覧のスポンサーの提供でお送りしました」


「結局自治体のPR物語じゃねぇかっ!」



 この物語が創られた理由はわかったのだが、そこに始祖勇者が関与し、いつか俺達がそれを聞くであろうと仮定した仕込みをしていたというのは用意に想像出来る。


 というわけで俺達が最後に向かう『赤ひげの玉』、その開放のために必要なのは、おそらく地理的にその玉の所在地から最も遠いと思われるこの北の大地、そして手前の森や海峡でゲットしたリンゴと火属性のマグロであるということだ。


 さて、これにて赤ひげの玉の情報を確保することが出来、冒険が一歩前へ進んだのだが……それよりも何よりも、現状をどうにかしないと話し自体が進まないということを忘れてはならない。



「うん、お話は面白かったです、あとこのカニとエビの盛り合わせをおかわりです」


「私はこの揚げたおイモを……あ、はい、食べすぎですね、もっとヘルシーなのにします……」


「まぁ、俺も何か食べて……と、もう運ばれて来たぞ、何が欲しいかは言ったものの、まだ注文はしていないんだがな……」



 黙っていても、というほどではないが、明確に注文をしなくとも運ばれて来る、実際に俺達が欲した料理。

 これはどこかで見ている、聞いている奴が居るということか? いや、だとしたら既に露天風呂の接続も対策をされているはずだ。


 しかし監視している以外にここであったことを外に漏らすことは……と、外で別のスタッフが待機して、聞き耳を立てているようだ、ほとんど音がしない、カレンでも食事に集中していれば気付かない次元の強者である。


 おそらく奴がこの部屋に張り付いたのはつい先程、料理が運ばれて来たタイミングであろう。


 だが奴が『注文を把握するため』に送り込まれたのか、それとも『怪しい、分断の仕掛けに気付いているであろう俺達の監視』のために送られて来たのかについては不明である。


 向こうから仕掛けてくる様子はないのだが、それでも何かを報告される可能性が高いゆえ、あまり目立った行動はしない方が良さそうだ。


 しかしこの後、全員で下の階へ行って処刑を見物ということになっているとはいえ、それが揃わない、つまり合流することが出来なかった場合の動きについて、どうにかして露天風呂経由で話し合っておかなくてはならない。


 聞き耳を立てている盗聴豚野郎を、事故を装うなどしてブチ殺すわけにもいかないし、これは困ったな……いや、ここは一計を案じよう、ちょうど牡蠣の汁を溢して汚れたカレン、それを綺麗にするという名目でだ。


 料理と共にやって来た仲居さん軍団が、前回同様ホイホイッとそれを投げ付け、見事にテーブルの上に着地させる。

 というか活きの良いイセエビを投げると活け造りになってテーブルの上に来るのだが……一体どういう技術なのだ?


 と、そんなことに感心しているような暇ではない、今のうちに事情を伝え、この後の処刑イベントを少しだけ遅らせ頂かなくては……



「えっと、かくかくしかじかで、ほれ、こんなに汚しやがって、だから先に風呂で綺麗にしてから下へ向かうことにする、フロントにも、それから他の部屋にもだが、処刑開始をおよそ30分程度遅らせる旨伝えておいてくれ」


「畏まりました、ではデザートのメロンをどうぞ、ハァッ!」


「……いつ斬ったというのだ」



 最後ということで、まるで砲丸投げの如きモーションをする仲居さんの1人より、丸ごと投げ付けられた高級そうなメロン。


 それがきちんと切り分けられ、竹の楊枝まで突き刺さった状態でテーブルへ、音もたてずに着地した。

 これで料理の提供はお終いか、あとは聞き耳を立てている奴が……帰って行った、やはり注文を受けるための奴であったようだな。


 しかしカレンがまだ喋るなというジェスチャーをしている、他に何か怪しい所があるのか……



『ちょっと静かにしていて下さい……やっぱり、帰ったように見せかけて戻って来ていますよ』


『なるほど、じゃああまりデカい声では話せないな、だがとりあえず風呂へ行くぞ、そこでは大き目の音を立てて、誤魔化しつつ他の部屋の仲間に気付かせるんだ』



 これでひとまず作戦は決定、この後どう動いていくのかについては、一旦露天風呂にて集合した状態で話し合う、というかジェスチャーでやり取りすることとしよう。


 もし良い案が出なければ、そのまま露天風呂経由で集結し、敵がどういう意図でこういうことをしているのかに関わらず、正面突破で皆殺しにしてしまうのだ。


 そうすれば一応は勝利する、だがやはり、どうしてなのかという点、そして可能であれば黒幕など、この仕掛けを立案した張本人を突き止め、殺してやりたいところだ……

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