771 再集結に向けて
「オイィィィッ! 見ろよコイツをっ! 一体どうなってやがんだこの温泉旅館はっ?」
「せ、世界を救う方々の中の……雑魚キャラの方ですか、如何されましたか? まさかその者が何か失礼を?」
「いや、今のお前の発言の方が失礼なんだが……いやそれどころじゃねぇよっ! どうなってんだってんだこの盗撮豚野郎はっ?」
「盗撮……ですか? そんなまさかっ、当温泉旅館の従業員がそのようなマネをするはずがございませんっ! きっと何かの間違いで……」
「これが証拠だ、ほれ、この水晶玉、外の露天風呂に隠されていて、俺の仲間が気付いたんだ、そんでもって慌てたコイツが回収しに来やがった、わかるかこの状況? あんっ?」
「こ……これは新発売された最強の盗撮アイテム、『魔導みえみえ君DX』ですな……つまり……」
「商品名とかどうでも良いわ、これでわかっただろう? 犯人も自供しているしなっ!」
そう言って、現在はここの従業員としての身分を保っている盗撮豚野郎を、少し偉いと思しき従業員のおっさんに投げ付けてやる。
どうやら理解してくれたようだ、この豚野郎が犯罪者であり、これから死刑に処されるべきであり、そしてその豚野郎について、旅館側に使用者責任があるということに。
まずはミラから依頼されたミッション、賠償金をふんだくるというところから始めよう。
それは本題ではないのだが、重要といえば重要なことである、ゴタゴタしていて金が入らないのは避けたいからな。
と、その前にだ、探りを入れる意味も込めて他に犯人がいないか、つまりここに転がっている豚野郎、それの単独犯であったのかどうかを調べさせよう。
もし複数人でこんな犯罪をしていたのだとすれば、もちろんそのうちのどいつかは『空間が裂かれて宿泊客が分断されている』ということに気付いている、または最初からそれを知っているという可能性があるからな。
ちょうど奥から騒ぎを察知したジジィが出て来た、かなり上位の、この旅館の支配者層だと考えて良い感じの出で立ちである、コイツも交えて話をするのが得策なのは明らかだ……
「おいっ、事情はこの従業員に説明したんだがな、他に犯人が居ないか、全ての者を調べろ、話はそれからだっ!」
「えっと、お客様は……ふむふむ……なんとっ!? ここここっ、これは大変な失礼をっ! はっ、すぐに全従業員、いえ、夕食の準備に当たっている者を除いた従業員をここへっ!」
「畏まりました、直ちに魔導内線で集めますので……」
最初の奴からコソコソと、耳打ちされるようにして状況を聞いた偉そうなジジィ、ビックリ仰天の反応はごく自然なものであったが、このジジィが『敵』でないと確定したわけではない。
ひとまずこの温泉旅館に居る全従業員が集められるのだが……数的には問題ない、つまり温泉旅館全体を維持するのに足りる人数が、そこかしこからワラワラと集まって来た。
となると従業員に関しては分断されていないということか、もちろんこの1階のロビーに居るためそうなのであって、俺達の部屋へ一緒に入れば状況が変わる、そんな気もするが。
いや、そういえば最初、盗撮豚野郎が慌てて俺達の部屋にやって来た際だ、確か『お客様のお部屋に云々……』ということで、一切室内に上がろうとはしなかったな。
大切な、というか犯罪の証拠となる魔導アイテムがそこにあったにも拘らず、部屋の入口に立った状態で、わざわざ発見者である俺達にそれを返すよう告げる。
その時点ではまだ『何だろうか?』ぐらいの感じであった俺達の様子を、その魔導アイテムで見ていたはずの豚野郎であるから、後でコッソリと忍び込んで回収、というのが普通なのではなかろうか。
しかしそれでも何も知らない様子であるのは明らかであったし……これはこの豚野郎含む従業員が、業務命令によって『客室へは絶対に立ち入らない』ということにされていた可能性が高いな。
もちろんそれはこの事案の裏に居る何者かによって命じられたことであると考えるのが妥当、するとやはり黒幕はこの温泉旅館の上層部か……と、ここで調理スタッフを除く全従業員がロビーへ集まったようだ。
何だ何だとざわめく従業員らに対し、先程の偉そうなジジィが盗撮事件の発生について、そして既にその犯人の1匹が捕らえられていることを説明すると、ざわめきは一気に拡大した……
「静かにっ! これはお客様、しかも世界を救うという使命を帯びた方々に対する重大な侮辱行為ですっ! 他にこの事件に関与している豚野郎ないし雌豚! すぐに名乗り出なさいっ!」
「ってことだっ! まぁこれから徹底的な捜索もさせるからな、もし黙っていて後で事件への関与が発覚した場合、ここに転がっている豚野郎よりもさらに悲惨な最期を遂げることになるからなっ!」
『おっ、俺は知らないぞっ』
『私もですっ、仲居としてそのようなことはしませんっ!』
『俺もだっ、客室の露天風呂に魔導アイテムなんてっ』
「……おいちょっと待てコラ、お前さ、どうして誰も何も言っていない『露天風呂に魔導アイテム』のことを知っているんだ?」
「ご主人様、この人はたぶん悪い人です、さっき犯人の人が来たときと同じ臭いがします、絶対同じ場所に居ましたよ」
「そっ、そのっ、俺はちょっと伝聞でその話を……」
「うるさい、誰かそいつの荷物を……もう調べ始めているか、どうだ?」
「出ましたっ! 水晶球が付いた『魔導みえみえ君DX』ですっ! しかも受信側はひとつに対して送信側が10セットもっ! 全ての風呂を盗撮する勢いですよこれはっ!」
「ひっ、ひぃぃぃっ! お許しをぉぉぉっ!」
まずは1匹確定、直ちに取り押さえられたその盗撮豚野郎2号は、その辺にあったロープでグルグル巻きにされ、ボロボロの状態で転がっている1号の隣に並ぶ。
そこからは完全に『全員一律の荷物検査』となるのだが……早速出たようだ、もはや体調不良で休ませた方が良いのではないかという次元で顔が青く、冷や汗をかいていた若い奴が盗撮豚野郎3号である。
ちなみにその豚野郎3号が持っていたのは受ける側、つまり魔力を流すことによって、盗撮された映像を見ることが出来る、しかも録画可能というハイテク、いやハイ魔導テクなデバイスといえよう。
その3号を軽く痛め付けて事情を聞くと、どうやらこちらは客側、つまり1号と2号がゲットしたお宝映像を、金を払って購入する側の豚野郎であったようだ。
だからといって許されるわけではないが、1号と2号に比べて比較的罪が軽いため、処刑方法も比較的軽い、八つ裂きなどで勘弁してやることとしよう。
で、他には……うむ、超美人の仲居さんが1人、3号と同じように青い顔をして冷や汗をかいているようだな、もしかしたらコイツも協力者か?
「おい仲居さん、ちょっと顔色が悪いようだが、何か困っている、というか隠しているようなことがあるんじゃないか?」
「……い、いえ、私はその……その、何でもありませんっ」
「嘘だぁぁぁっ! 俺はその女に魔導アイテムのセットを依頼したんだっ! 内容には触れなかったが、金貨を受け取って実際にやったのはそいつだっ! その女が全部悪いんだっ!」
「うるせぇ黙れ豚野郎2号! 余計なこと喋ってっとそっちの1号みたいに顎を砕いてシケモクを詰め込むぞっ!」
「ひぃぃぃっ!」
「それで仲居さん、豚野郎2号の言っていたことは真実か?」
「……も~っしわけありませんでしたぁぁぁっ! やはり私がやったのは悪いことだったんですね、そもそも禁を破ってお客様の部屋に入って、そしたら罰が当たったのか、今もそうなんですが、もっと沢山居たはずのお客様が……むぐっ」
「とりあえず確保だ、お前には後で聞きたいことが山ほどある、ちょっとそこで正座しておけ、喋るなよ、良いな?」
「むっ、むぐっ」
危ないところであったのは明らか、そこそこの金額で豚野郎からの依頼を受け、実行犯にされた仲居さんは、どうやら俺達と同じ、分断された世界に居るようだ。
で、この場で余計なことを喋らせるわけにもいかないため、適当にその辺で正座させておく。
まぁ、この仲居さんは美人だし死刑に処すべき人材ではない、情報を吐かせる際に軽く引っ叩くぐらいで勘弁してやろう。
人生終わった感丸出しで正座した仲居さんはルビアに見張らせ、俺は残りの連中の手荷物等の検査を引き続き確認しておく。
で、それ以上は何も出なかった、盗撮豚野郎は1号と2号が主犯で、最初の客は3号、そしてこれからまだ売り込み予定であったようだ。
被害が拡大しなくて良かったと思う反面、もう少し犯人の数が多ければ、それぞれの分としてそこそこの賠償金を得ることが出来たのにと、何というか残念な気持ちにもなった。
「んで、悪い奴は豚野郎が3匹、それから若干悪い仲居さんが1人、合計4人分だ、このオトシマエ、どう付けてくれるんだこの温泉旅館は?」
「は、はぁ、面目次第もございませんで、賠償の方は……」
「お前じゃ話にならん、もっと上の奴を呼んで来い、可能であればこの旅館のオーナーをなっ!」
「へへーっ、畏まりましたっ!」
「じゃあ他の連中は解散して構わないぞ、悪い奴はもう発見し尽くしたからな」
念のため一般の従業員、もちろん盗撮班ではないと確認が取れ、ゾロゾロと仕事へ戻る連中に関して、何か怪しい動きをしていないかということだけ確認しておく。
……大丈夫なようだ、誰もが普通に、そもそも盗撮があったという事実に驚いた感じで帰って行ったため、特に怪しいところはない。
で、その従業員らと入れ替わりにやって来たのは先程の偉そうなジジィ、そしてもっと偉そうな、金ピカの成金風ジジィである……コイツがこの温泉旅館のオーナーであることはもう、特に言及する必要もなく察しが付くな……
「こっこの度は誠に申し訳ないっ! せっかく『世界を救う旅をされている方々』がこの北の大地へ来られるとの情報を得て、目一杯まで準備させて頂いたのですが、まさかこのようなクズ共が……」
「謝罪は良い、その態度はマネーで示すんだ、まず豚野郎が1匹につき金貨10枚、つまり30枚だな、仲居さんは……減給10%を3か月間にして、その差額分をこちらに寄越せ、良いな?」
「へへーっ! すぐに当該金額をご用意させて頂きますっ……で、そのゴミ共の処分なのですが……」
「それなんだがな、被害に遭ったのはおそらく俺の仲間全員だ、だから全員でこの豚野郎3匹の処刑に立ち会いたい、出来るよなそのぐらいのこと?」
「全員というと……他のお部屋に宿泊されているお客様もということでしょうか?」
「そうだ、俺達は勇者パーティー、3階の部屋で、非戦闘員の2人も含めた合計14人で、4つの部屋を使わせて貰っている、その4つの部屋全てのメンバーが被害者なんだ、わかるな? 全員が集まることが出来て、なおかつ3匹の処刑に適した場所を提供するんだよ」
「えっ、あっ、まぁ……それはその……」
「じゃあその豚3匹の処刑は夕食後だ、あまり凄惨な光景を見て食欲がなくなると困るからな、で、仲居さんはちょっとこっちでお仕置きしておくから、部屋に連れて帰る、準備の方は頼んだぞ」
「はっ、あの……畏まりました……」
ここにきてようやく出現した、明らかに怪しいムーブを披露してくれるキャラクター。
オーナーは俺達を分断した敵、或いはそれに関して何かを知っている敵の協力者なのであろう。
とにかく何も知らない振りをしつつ、パーティー全員が集まることの出来る、集まるのが自然である状況へと誘導しておく。
これで『皆さんがお集まりになれるような広い部屋はない』などと主張されたらもう確定だ。
露天風呂側の繋がりから全員で集合し、一気に攻め込んでこのオーナーをブチ殺してしまおう。
その際には無関係の、善良な旅館上層部も巻き添えになるとは思うが、それに関してはもう、別の取締役の悪事を暴くことが出来なかった、つまり業務の遂行に至らない部分があったということで、諦めて巻き添え死して頂く他ない。
怪しいながらもヘコヘコと謝罪するオーナーから、賠償金として金貨30枚とオマケのはした金、仲居さんの減給分なのであろうが、それを受け取り、部屋へ戻ると告げておく。
もちろん実行犯であった仲居さんを連れてだが、今は非常に機嫌が悪いため、夕食の支度が整った際以外には部屋へ来ることのないようにと、そう告げることも予防的にしておいた。
これであと1時間程度、夕食の準備が整うまではフリータイムだ、部屋へ戻り、まずはこの仲居さんから事情を聞こう、この子はきっと俺達と同じ状況にあるのだから……
※※※
「たいっへんに申し訳ございませんでしたーっ! どんな質問にもお答えしますし、何かをしろと言われれば必ずやります、やりますのでっ、どうか命だけはお許しをぉぉぉっ!」
「よろしい、ではちょっとそこで待つように、あ、最初に聞いておきたいんだが、おっぱい何カップ?」
「へへーっ、A寄りのBにございますですっ」
「……うむ、嘘などは付いていないようだな」
まずは仲居さんがAカップ寄りのBカップであることを、包み隠さず俺に告げたのを確認し、ある程度その回答に信頼が置けるということを担保しておく。
そして両隣の部屋の様子を……相変わらずミラは1人だけだな、全員揃っているのは俺の部屋と逆隣の部屋、悪魔チームはまだ誰も戻っていないのか……
と、窓から露天風呂へ出て他の部屋の様子を確認していると、隣でミラがこちらを見ている。
受取った賠償金を袋ごと投げ込んでやると、直ちにそれを回収、中身を確認した後にグッと親指を立てて笑顔を作った。
その音に反応したのか、後ろからマリエルが顔を出してくる、ちょうど良いので2人に対し、1階のロビーで起こったことをそのまま伝えておく。
夕食までには全員帰還するはずだ、何かトラブルがあったとしても、その時間であれば他の仲間が部屋へ戻っている可能性が高いと、そう考えるのが妥当だからである。
で、その後に執り行われる盗撮豚野郎共の処刑において、ジェシカが提案した通り『パーティー全員の同席』を求めたこと、そして実行犯の仲居さんを連行しており、どうやらそれが俺達と同じ、分断された側の人間であることも伝えておいた……
「……ということだ、俺達3人は今からその仲居さんに話を聞こうと思う、内容は後で伝えるから、どちらの部屋もいましばらく待機していてくれ」
「わかりました」
「了解です、伝えておきますね」
ミラとマリエルが引っ込んだ後、室内で未だに土下座を続けている仲居さんに近付き、まずは面を上げよと偉そうに命令しておく。
ガバッと、焦ったように起き上がった仲居さんはやはり美人である、何というか和風で、しかも黒髪に和装のような格好をしているのが、なんとも懐かしいどこかの世界の仲居さんらしくて良い。
で、その美しい見た目の本人は、汚い金で買収され、どう考えても犯罪であろうというブツを、客室に備え付けの露天風呂にまで侵入して設置したのだ、小悪党である。
「……で、仲居さんはきっとこの部屋に入って、というかこの部屋を経由して露天風呂に入ったんだな?」
「仰る通りにございますっ! ここから入ってお風呂に出て、あの……頼まれたアイテムを部屋ごとの境界線の近くにセットしました……」
「そうかそうか、そのせいで俺の仲間が素っ裸を、あのわけのわからん連中に見られたということだな、これは許せない、本当に許せない、なぁルビア、どうしたら良いと思う?」
「お尻ペンペンですね、100叩きの刑にした方が良いと思います」
「とのお達しだ、最大の被害者からな、ということで刑を執行するっ!」
「はぁ……えっ? ひぃぃぃっ! 痛いっ! 痛いですっ!」
「まだまだこんなもんじゃ済まさないぞっ! 許して欲しかったら反省して、あとはひとつ、最も重要な質問に答えるんだ」
「重要な……ひゃっ、質問……いてっ、ですか?」
「そうだ、ぶっちゃけ仲居さん、お前、この部屋に入ってから何かおかしくなったそれを感じていて、さっきの捜査の場でその発言をしようと思っただろう?」
「あ、はい、ええそうです……実はお客様の数が突然減ってしまったというか……あの、お隣の部屋などまるで誰も来ていないかのような……」
やはりそうであったようだ、仲居さんは犯行のために『この俺達の使用する部屋』に入り、そこから露天風呂で魔導アイテムをセット、再びここを通って廊下へでたのである。
するとどうだろう? 俺達とは普通にこうして会話が出来ている状態なのだが、他の部屋の連中、もちろん1階のこの場所に居るスタッフ群を除いてのことだが、姿かたちどころか存在すらなかったかのような感じになってしまっているのだ。
「うむ、じゃあ仲居さんが口が堅くて、このことを誰にも、特に旅館の上層部には話さないと信じて教えてやろう」
「何を……でしょうか?」
「実は俺達、というかここに居ない、消えてしまった連中も含めてだな、割り当てられた部屋に入ったが最後、別の次元の空間に分断されてしまっているんだ」
「えっ? えぇぇぇっ⁉ あ、で、でも他の従業員とは普通に会話出来て、居るのもわかっていたし……」
「そう、そこなんだよ問題は、もし本格的に違う空間へと飛ばされたのであればだ、その他の従業員と対話することさえ出来ない、それはそう思うよな?」
「え、えぇ、まぁそうでしょうが」
「だが俺達にはあの従業員が、つまり客室へ立ち入ってはいない連中のことだな、それが全員見えるわけだし、向こうからも認識されているのは明らかだ。」
「ということはつまり……分断されている同士では存在を認識出来なくて、分断されていない人は、その分断された人々の全てとコンタクトを取ることが出来ると、そういうことでしょうか?」
ここで分断されているだの分断されていないだの、コンタクトを取ることが出来るだの出来ないだのに付いて来られなくなったカレンとルビアが目を回して倒れる。
だがそういうことだ、分断されていない人間と、分断されている人間でも会うことが出来る露天風呂。
その辺りを踏まえて動くことで、この状況からの脱出を図ることが可能になるかも知れないな……




