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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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768 誰も居ない

「よしルビア、腹が一杯ならなにかゲーム系の屋台に立ち寄ろうか?」


「そうですね、カレンちゃんは……もうどこかへ走って行ったようですし……追わなくて良いんですか?」


「いや大丈夫だ、おそらくあそこのジャンボ串焼き肉の屋台に張り付いているはず、奴の行動など手に取るようにわかるのだよ」


「あら、まぁでもそんな感じですね、じゃあ私達は……」



 勝手に走って行ったカレンを追跡することはせず、腹八分目を軽く超えた状態の俺とルビアは2人で歩く。

 ゲーム系とはいっても、金魚すくいをしたところでどうしようもない、というか旅行者ばかりの温泉街でそんなものを出すな。


 で、見渡す限りで発見可能なゲーム系屋台は……と、射的屋らしきものがあるな、そこへ行ってみよう。


 その屋台を指差してやると、ルビアもウンウンと頷いてそこへ行くことに同意する。

 てっきり『射的で撃つよりは鞭で打たれる方が~』、などとつまらないことを言うかと思ったのだが、今回はそうでもないらしい。


 まぁ、さすがのルビアもそこまでアホではないか、こんな場でそのようなことを言ってもどうしようもないことぐらいは……



「あっ、言うのを忘れていました、私、射的で撃つよりは鞭で打たれる方が好きです」


「結局そういうこと言うのかいっ! 全く、宿に帰ったら望み通りに引っ叩いてやる、覚悟しておけ」


「へへーっ、ありがたき幸せっ!」


「おいっ! ちょっ、こんな場所で土下座するんじゃないっ! めっちゃ見られてんぞっ!」



 くだらないことを言った挙句に路上土下座まで披露してしまったルビア、周囲の観光客はヒソヒソと話をしながらこちらを見ている……俺は『女の子に土下座を強要する悪い奴』として扱われているのであろうな……


 とにかく、そんなルビアを引っ張り起こして手を牽き、先程発見した射的ゲームの屋台へと向かう。

 テントに記載のあった店名は……『滅殺! 君が狙撃犯!』だそうだ、極めてセンスのないネーミングである。



「へいらっしゃいっ! 俺の名前は『狙撃屋プリンチップ』、なんと、世界を救う方々だね、フリーパスでお受けしているよ」


「いやお前の名前とかどうでも良いわ、で、これはどうやって遊んだら良いんだ? 景品は? ちょっと普通の射的屋台には見えないんだが……」


「射的のターゲットになる商品が見えませんね、衝立の後ろに隠れてしまって」


「おうよっ、実はそれがこの射的ゲームの醍醐味なんだ、ブチ抜いてみるまで何が当たるかわかりませんってな。あ、ちなみに攻撃魔法の類が使えないってんなら、こっちで用意する殺傷力の極めて高い魔法の飛び道具なんかも用意するぜ、それならこんな衝立なんぞ一撃で粉々だっ!」


「それさ、その後ろにあるゲットすべき景品まで粉々になるんじゃ……」


「おうよっ、それなら心配ないぜ、衝立の後ろの景品は、別にちょっとぐらい粉々になっても大丈夫なモノだからな、箱に入っているし、そのはこもブッ壊れても大丈夫だ」


「粉々になっても大丈夫なもの……何だろうな? で、どうするルビア、やってみるか?」


「ええ、どちらかというと景品よりもストレス発散という感じですが、来てしまったからにはワンゲームキメていきましょう」


「おうよっ、じゃあそっちに置いてある中から武器を選択してくれ、オススメは魔力を弾丸に変化させる筒だな、魔力が少ない場合にはそっちの弓でも使うと良い」



 景品が全く見えない状態の射的ゲーム、ちなみに衝立の向こうでガタガタと音がしたような気がしなくもないのだが、何か生きた状態での食材でも入っているのか?


 いや、それだと粉々になっても大丈夫だという説明と辻褄が合わなくなる、となると素材か、金やプラチナの鉱石でも入っていると非常に嬉しいのだが……まぁ、それはさすがに期待しすぎだな。


 とりあえず無料で何かが貰える可能性があるというのは良いことだ、俺は魔力が少ないので弓を、ルビアは店主であるプリンチップがオススメしていた筒を選択し、それぞれ衝立しか見えていない屋台の奥を睨む。


 もう一度ガタッという音が聞こえたような気がするが……いや、景品が生きた食材である可能性は先程の脳内検討で消滅したのだ。


 きっと裏にも誰かが居て、景品の準備だの何だのをしているに違いない、決してウシやブタが入った木箱で、景品としてそれをゲットしつつ屠畜まで完了してしまう類のものではないはず。


 そう自分に言い聞かせ、弓を引き絞って衝立のちょうど真ん中辺り、おそらく後ろの木箱の上部に当たるはずの位置に狙いを定める。


 ルビアも同じ考えのようだな、狙っている高さは同じ、だが俺の弓と違って姿勢が自由である分、目の前の台から身を乗り出して狙うことが出来るのは有利だな……



「よしルビア、どっちが先に最初の景品をゲット出来るか勝負しようぜ」


「良いですね、私が勝ったら奴隷の癖に生意気だという理由でお仕置きして下さい、そして私が負けたら敗者に対する罰としてお仕置きして下さい」


「それだとルビアがお仕置きされる結末以外なくなるのだが……まぁ良い、どっちに転んでもお仕置きしてやっる、お尻ペンペンの刑だな」


「まぁ嬉しいっ! なんて言っている間に最初の一撃ですっ!」


「あっ、ずるいぞコラッ! 俺も負けてられねぇぜっ!」



 ほぼ同時に発射されたルビアの魔力弾と俺の矢、ちなみに矢の方にも不思議な力が乗り、威力が増幅されているような感じである。


 発射された直後には衝立を粉砕、そしてその後ろにあった木箱も破壊し、というか上半分を木っ端微塵に弾き飛ばしてしまった俺とルビアの初撃。


 これはヒットということで良いのであろうが、はてさて何が獲得されているのか、それが気がかりなところなのだ、今は木箱の下半分に隠れて見えないのだが、きっと店主が取り出してくれるはず


 ……いや、取り出す以前にだ、どう考えても赤い何かが流れ出ているではないか、木箱の残った部分、そこに隠れているモノは、やはり何らかの食材にして生きている何かであったということか?



「はいっ! 大当たり~っ! なかなかやるじゃねぇか2人共、すぐに景品をとりだしてやるからなっ!」


「やった……というよりも殺った気がしてならないんだが……その景品、具体的には何なんだよ……」


「景品かいっ? はい、まず異世界勇者のお兄ちゃんにはこちら、ちょっと頭が潰れちまったがね、人間だよ」


「マジで人間じゃねぇかぁぁぁっ!?」


「おうよっ、それから回復魔法使いのお姉ちゃん、こっちは威力がありすぎて上半分がなくなっちまったがね、ほれ、人間だよ」


「あら~っ、もう蘇生出来ませんねコレ……というかご主人様、この服装は……その……」


「いやいやいやいや、この際もう服装とかどうでも良いだろ? 何で射的ゲームの的が人間で、しかも殺傷兵器で攻撃するルールなんだよっ? そりゃもう異常でおかしくて、この犠牲者が誰なのかなんて……ってこの服装、遠征軍のスタッフじゃねぇかぁぁぁっ!」


「そうなんですよ、何か知らないうちに仲間をブチ殺してしまったみたいなんです」


「おいプリンチップ! テメェコラ何考えてんだぁぁぁっ……って、居ねぇじゃん……」



 俺がキレている間に姿を消してしまった店主のプリンチップ、どこへ逃げたのか? いやそう遠くへは行っていないはず、行っていないはずなのだがこれでは探しようがない。


 立ち並ぶ屋台で店番をしているおっさんが、悉く同じ顔、同じ体型、同じ雰囲気の、まるでハンコでも打ったかのようなキャラなのである。


 つまり、俺達を騙して仲間であるスタッフを殺害させた、というかそもそもウロウロしていたスタッフを誘拐し、こんな所で『死に確の景品』として扱っていたあの野朗が、どこかに紛れていてもまるでわからないということだ。


 そしてどういうわけか、この場で他殺にて人死にが出ているという状況にも拘らず、隣や正面の屋台は完全に平穏無事、周囲の無関係な観光客もそれに気付いていないような振る舞いをしている。


 いや、これはリアルに気付いていない感じだな、おそらく魔法か何かでこの光景を隠蔽し、少し離れた場所からは、単にカップルが射的の屋台で騒いでいるだけにしか見えないようになっているのだ。



「クソッ、どこへ行きやがったプリンチップの奴! ルビア、とりあえず付近を捜索するぞ、全く敵意を持っていない感じだったからかなりキツいと思うがな」


「それよりもご主人様、この2人のスタッフさんはどうしましょう?」


「っと、そうだったそうだった、とりあえず供養しておこうぜ、ナムナムへにょへにょうにょうにょ……ラーメン……」


「チーン……うん、成仏したと思います、完璧な供養でしたね」


「あぁ、じゃあ早速敵を探して……と、カレンじゃないか、こっちへ走って来るぞ」


「かなり急いでいる様子ですが……まさか別の場所でも……」



 人混みを掻き分け、というか無関係の他人を若干吹き飛ばしつつ走る小さな影、それがカレンであるということ破、かなり遠くから見ていても容易に判断することが可能だ。


 で、その遠くから走って来たカレンが俺達の姿を見つけ、凄まじい勢いで地面を削りつつ急停止、一切のオーバーランをすることなくピタッと、俺とルビアの間に収まった。



「大変ですっ! 大変なんですっ!」


「どうしたんだカレン、こっちもこんな感じで結構大変なんだが?」


「あっ、やっぱり死んでた、向こうの屋台でもスタッフの人が殺られていましたっ! 串に刺されて焼かれて、10人ぐらいっ!」


「串焼きにされてたのかよ……いや、ここと同じで接近しないとわからない仕掛けが施されているんだろうな、で、そこの店主は仕留めたのか?」


「ビックリしている間に逃げられちゃいました、残念です」


「そうか、こっちと似たり寄ったりな感じだな、そして他にもスタッフ殺しの屋台がありそうだ」


「ちょっと宿に戻りつつ覗き込んだりしてみましょう、案外そういうところが多いかもです」


「だな、あと戻ったらスタッフの点呼だ、何人殺られたのかも把握しておかないとだからな」



 楽しい温泉街での食べ歩きが一転、殺害されたスタッフとそれをやった犯人捜しとなってしまった。

 とりあえず温泉旅館に向けて早足で戻りつつ、怪しい店のみをピックアップして確認していくこととしよう……



 ※※※



「見つけたっ! 1人死んでいて1人は半殺しにされていますよっ!」


「カレン! 行けっ!」


「わぅぅぅぅっ!」


「ギャァァァッ! まさか逃げ切れないなんて……思っても……みませんでしたよ……」



 温泉旅館を目指しつつ、10程度の屋台を覗き込んだところで発見した『スタッフ殺し』の店主。

 先程のプリンチップと同じ見た目なのだが、どうやらその個体とはまた別の奴であったようだ、死んだ際の喋り方が微妙に違ったような気がする。


 で、その店主を殺害したことによって、半殺し状態であったスタッフの1人を辛うじて救出することに成功した。


 リンゴ飴用に溶かした砂糖を、アッツアツのまま全身にブッカケされていたようだ。

 救出したは良いが、このままでは普通に死んでしまう、ルビアに治療させないと。



「ルビア、砂糖を剥がすのは後だ、まずは回復魔法を」


「わかりました、回復して……べりっと剥がすっ!」


「いでぇぇぇっ!」


「で、また回復すると、これ、もう拷問に近いですね」


「やめてくれぇぇぇっ!」



 やめてくれ、剥がさないでくれ、そう喚き散らす要救助スタッフであるが、そうしないことには助からないのだから仕方がない。


 とりあえず皮膚に貼り付いた砂糖を剥がし終え、そして全身の回復まで終えたところで、気を失わないようルビアの持っていたヤバそうなクスリも飲ませておく。


 と、おかしな色の液体を飲んだところで途端にシャキッとしたスタッフ、どうやら話を聞くことが出来そうだ、まずはどうしてこうなったのかを聞いていきたい。



「おいっ、お前遠征軍のスタッフだよな? どうしてあんな奴に捕まっていたんだ?」


「き……急に捕まった、屋台でリンゴ飴でも買おうと思って立ち寄ったんです、そしたら屋台のおっさんが、次はお前がこうなる番だとか言って、俺達をリンゴ飴に……」


「で、もう1人のスタッフは溶けた砂糖に焼かれつつ、息も出来なくなって死亡したと、恐ろしいことだな……で、そうなった理由に心当たりはあるか?」


「全くありません、ちゃんと代金も払ったし、そもそも俺達5人の前に居たウザいカップルは普通に買い物をして、普通に帰って行ったのに、どうして俺達だけが」


「やっぱり狙い撃ちのようだな……いや5人と言ったか? 死体はひとつ、あとはお前だろう? 残りの3人はどこへ行ったんだ?」


「5人全員でリンゴ飴にされて……その先は覚えていません」



 さすがに残りの3人がどこへ行ってしまったのかという情報まで生えることが出来なかったのだが、とにかく俺達遠征軍のスタッフが狙われて、残虐な方法で殺害されているということだけは把握した。


 しかしこれはどういうことだ? 俺達が世界を救うためにやって来た勇者と英雄の連合軍であること、それを予め知っている、全く同じ見た目をした屋台のおっさん共。


 その全てが敵なのか、それともおっさんの中に同じ見た目を模した敵が、一部だけ紛れ込んでいるのかもわからない。

 というかこの件に関して、現在俺達が宿泊している温泉旅館がグルなのか否かさえ定かではないのだ。


 これはもう俺達だけでは何も考えることが出来ないな、俺も天才ではあるがそこまで賢さが高いわけではないし、残りの2人は知能の低さに定評があるお馬鹿&単なるドMの雌豚である。


 ここは早めに帰還し、精霊様などの賢い連中にこの話を通して、一体何が起こっているのかということを推測して貰う方が……いや、そもそも他の仲間達はどうしているのだ?



「おいカレン、かなり向こうまで行っていたと思うんだが、誰かに会ったりしなかったか? 他の部屋のメンバーな?」


「見ていませんよ、来ている感じもしないですし、まだ温泉旅館に居るんじゃないでしょうか?」


「そうか、じゃあ尚更サッサと戻って、そのついでにその辺をうろついているスタッフにも注意喚起をしておかないとな」


「でもご主人様、スタッフの人……何だか少ないように思えませんか? 殺されたりしている人を除くと数人しか見ていないような気が……」


「あっ、そういえばそんな気がしなくもないな、どういうことなんだよ一体?」



 総勢でおよそ1,000名の遠征軍スタッフ、そのうちの大半が既に温泉街へと繰り出しているはずの時間であり、それこそかなり目立っていないとおかしい状況である。


 なのに見かけたスタッフは数名、もちろん服装などで通常の観光客とは見分けが付くし、雰囲気などでもそうであるとの判断が可能となっているにも拘らずだ。


 もちろん温泉に浸かりながら見ていた旅館の正面玄関、そこから結構な数のスタッフが出て行ったのを確認しているのだし、本当はまだほとんどが旅館に居ましたなどということはあり得ない。


 となると彼等はどこへ行ってしまったというのか、とりあえず唯一の証言者であるこの男に聞いてみることとしよう……



「おい、最後にひとつ質問させてくれ、5人で温泉街へ出たんだよな? 他は? 仲間は見なかったか?」


「それが、俺達は5人のグループで主に焼きそばとかを買い漁って、それを帰った後に部屋で、皆で食べる予定だったんですよ、だから部屋の仲間とはそこで分離して……なので誰も見ていないです」


「部屋の仲間は見ていないのか、じゃあ他の部屋の連中は? 知っている奴には遭遇しなかったのか?」


「そういえば……マジで1人も見ていないですね……」


「そんなことってあるのか? カレン、ルビア、これは明らかにおかしいぞ、ちょっと警戒しつつ戻った方が良さそうだ」


「ええ、絶対にそうですね、ということで3人で手を繋いで行きましょう、逸れたら本当に合流出来なさそうですから」


「よし、俺が真ん中な、あ、このスタッフはどうする?」


「残念ですが1人で戻って貰いましょう、何かちょっと脂っぽい感じなので手を繋ぎたくないですし、もしご主人様と手を繋いだらかなりキモいですから」


「うむ、それもそうだな、すまないが1人で帰ってくれ、途中で殺られたりしたらドンマイな」


「そ、そんなぁ~っ!」



 カレン、ルビアと手を繋いで歩き出す、途中までシッカリと付いて来ていたスタッフのおっさんは、あるところで振り返るとその姿が見えなくなっていた。


 そういえば小さな悲鳴のような声が聞こえたような、そんな気がしなくもないのだが、まぁそうであったとしたらもう生きてはいまい。


 せっかく助けてやったというのに、再び敵の手に堕ちて命を無駄に散らしてしまうとは……まぁ、そんな無能なスタッフはもう必要ないし、勝手に死んでくれて結構だな。


 この件に関して問題となるのはまた別のこと、やはりそこかしこに敵が居て、俺達や一般の遠征軍スタッフをどうこうしようと狙っているということだ……



「本当に誰にも会いませんね、スタッフの人も全然です」


「あぁ、だがそろそろ旅館のロビーが見えて……誰も居ないか、従業員らしいのは普通にウロウロしているみたいだがな」


「とりあえず部屋に戻りましょう、そしたら他の部屋にも声を掛けてみましょう」


「だな、早いとこ戻ってこの話を共有しないとだ」



 そこからは少し駆け足気味に、観光客で溢れる温泉街を出て旅館へと戻る、ロビーにも、それから階段から自分達の部屋に至るまで、全くもっておかしな点はなかった。


 だが温泉街の終点まで行って、そして同じ道でこの宿まで戻って来たのだ、この間に他の仲間と遭遇していないのは明らかにおかしい。


 まずは隣、セラ、ミラ、リリィ、精霊様の部屋へ行ってみるべきか、もしかしたらまだミラが試食コーナーから戻らず、観光に出られていない可能性があるからな……

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