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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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766 ひとまずの行き先

「……うむ、これはどうやら、というか間違いなく正解だね、見て欲しい、ハジキの指し示す先が変更となったよ」


「ほんとうだ、これは……やっぱり来た方に戻るのか、これより北ってことはないんだな」


「しかしご主人様、この地より北には食が、特にこれからの時期に輝く海の幸が多く存在していると聞きます、向かうべきなのではないかと、いえそうしなくてはならないものだと私は存じております」


「おいルビア、何だよその喋り方は?」


「それっぽい人を演じてみました、ダメですか?」


「ダメではないが、何を演じようが見た目がルビアだからな、違和感以外の感情は特に抱かないぞ……で、北の大地へ渡りたいと申すか?」


「その通りにございますっ!」



 ルビア以外も全員がその心持のようだ、即ち紋々太郎の英雄武器であるハジキ、その伝説の武器が指し示す、次に向かうべき場所、これをガン無視して逆に向かうということ。


 それに関して何かペナルティがあるとか、そういう話を聞くことはないからな、大丈夫だとは思うし、むしろそちらへ行かないと決定した場合が大丈夫ではなくなりそうだ。


 北の大地での海の幸、山……というよりも平野の幸か、とにかくそういったものを堪能すべきことは、ここに集まった主要メンバーだけではなく、一般のスタッフ等々も期待していたことなのである。


 もしこれが『作戦遂行を優先することを理由として中止』などと発表した場合、最悪は反乱、最善でも俺の悪口がそこかしこで囁かれる程度の状況を迎えるであろう。


 そうならないためにはやはりこの先へ、北へ向けて空駆ける船を出航させることが最善。

 まぁ、最後に残った『赤ひげの玉』が逃げ出してしまうようなことはないのだから、気軽に、少し寄り道をしつつ向かっても構わないはずだ。


 そもそもこのリンゴの森へ来た際も、白ひげの玉の開放に必要であったとはいえ、結局少し足を延ばして火属性マグロの漁獲が行われる海まで移動した。


 それに途中で『破魔な子』を討伐するというミッションを得て、しかもその付近でウナギを食すために寄り道をしているのであったな。


 となれば少しぐらいは問題がないことが明らかであり、この先『始祖勇者の玉』とは関係のない地に立ち寄ることも、当然に許されようということだ……



「……では進路を北へ、このハジキが指し示す先は……クッションを押し付けて隠しておくことにしようか」


「その感じやめて貰えます? 何かこう、音を出さずに誰か殺すその筋の人みたいなんで……」



 怪しいムーブメントを披露する紋々太郎を見るのは止め、甲板で風に当たりつつリンゴなど齧っておく。

 焼きリンゴにしたり、あとはリンゴパイにしたら美味そうだな、もちろん自分ではどうにもならないので、後でミラかアイリスにでも頼んでみよう。


 そして今はそのリンゴ祭、そして夜になれば甲板ビアガーデンでの酒祭なのだが、目的地である北の大地に到着した際には、これとはまた違った感じの祭を開催することが可能になるはず。


 カニ、いくら、その他諸々、一度も行ったことはないその地なのだが、どういうわけか俺にはそこに何があるのか、何を食すことが出来るのかということが手に取るようにわかる。


 まぁ、これも忘れかけている転移前の世界の知識のうちだ、というかこの島国は似すぎている、俺がかつて住んでいたこの世界ではない国と瓜二つなのだ……



「あ、勇者様、こんな所でリンゴなんか齧って黄昏ていたのね」


「ハードボイルドだろう? これでボトルに入った強い酒でもあると最高なんだがな」


「たぶん酩酊して落下すると思いますよ、そして誰にも気付かれずに置いて行かれると……ですがもちろん最後は回収するので安心して下さい、この先の食材、主に海の幸をたっぷり堪能した後にですけど」


「それまではこの冷たい海に浮かんで待つのね、あ、火属性のマグロを見つけて捕まえればちょっとは温かいかも知れないわよ」


「お前等、適当なことばっかり言いやがってっ、このっ! 2人共尻を抓ってやるっ!」


「いでででっ」

「あたたたっ」



 突如出現して調子に乗るのはセラとミラ、セラの小さい尻と、それからミラのふっくらした肉付きの良い尻をダブルで抓ってお仕置きしてやる。


 と、2人共別に俺からのお仕置きを受けるためにやって来たわけではなかろう……セラはそうなのかも知れないと若干思うのだが、少なくともミラは違う、何か目的があってここへ来たはずだ。


 で、その2人が持っているのはなんと『北の大地全図(定価:銅貨2枚+税)』、これから向かう先の観光名所、そしてメインコンテンツである名物的な食材が、ひとつたりとも遺漏することなく全て記載されているというスグレモノである。


 そんなマップを2人が持って来たということは、俺達で『北の大地遠征』の探索ルートを選定しようということなのか。


 他に断りを入れないのは申し訳ないとも思うのだが、まぁあくまでも(案)として、ここで決まったものを皆に公表し、その同意を得ることを最終のゴールラインとすれば良いのだ。



「で、ちょっとこっちの風がない場所で見ようぜ、もし飛ばされたら精霊様に頼まないと取りに行けないからな」


「そうね、じゃあマーサちゃんの畑の横にある休憩小屋へ行きましょ」



 この第二空駆ける船の甲板にはビアガーデンの他に、マーサが希望したちいさな野菜畑が設置されている、本当に小さなものだ。


 もちろん野菜は魔法で成長促進、稀に失敗して凶悪なモンスターが発生するのだが、今のところそれによる遠征スタッフの死者はゼロ、行方不明者もたったの3人と、比較的安全性が確保された状態といえる。


 で、今は本人が居らず、代わりに破魔な子のメンバーやメデュー様、爆乳女怪人が、強制労働として野菜の世話をさせられている最中なのだが……鍬を振るう爆乳女怪人の胸部に釘付けとなりそうだ……



「ちょっと勇者様、どこを見ているのかしら? 目玉を刳り貫かれたいのかしら?」


「滅相もございません、ささっ、中に入って作戦を立てましょうぞ、良いルートを考案して皆をアッと言わせましょうぞ、ぶひひひひっ」


「しょうがない異世界人ね……と、テーブルがあるからそこへ広げましょ」



 ということで広がった北の大地全図、うむ、これはまさしく北海……ではない、それは違う世界の話であって、この世界における北の大地と混同するのは法律上問題が生じかねない愚行である。


 で、そんなもう俺には関係のない世界のことは忘れて、今目の前にある重要な事項について考えていくこととしよう。


 まず目に入るのは……温泉があるのか、しかもかなり大きく、場合によってはスタッフも十分に収容することが可能な施設が見つかるかも知れない、そんな感じのものである。


 よし、これは提案をせざるを得ないな、最近は王都の屋敷に帰ることも少なく、またこの島国に来てからほとんど温泉というものに浸かっていない。


 火山が多く、どう考えても『温泉向き』であるはずのこの地でそれはもったいない、ならばここで、休暇も兼ねた北の大地ミッションにて、ゆっくりじっくり温泉を利用しよう。


 ついでにそこで提供される季節の地場産食材をふんだんに用いた料理を堪能してやるのだ……



「おいセラ、温泉だよ温泉、ミラも、どこか良い所がないか探そうぜ」


「そうね……あ、この『下別くだりべつ温泉』ってのはどうかしら?」


「何で下ってんだよ、登れや温泉なら、ウォータースライダーとかでもあんのか?」


「え~っと、下別温泉は異世界に存在するという伝説の有名温泉をパクッ……リスペクトして開業した何か凄い温泉郷です。激狭、ぬるい、土産も食事も見どころも一切ない、しかも温泉じゃなくて温泉の素を使ったニセモノの温泉です。やべぇクスリ(ダウナー系)が大量にブチ込まれているため、こういう名前になりました……『☆マイナス100個、担当者の評価:消えてなくなれっ!』だって」


「ダメじゃん、却下しよう、所詮は異世界のパクリってことだな、次は?」


「次に見つかるのは……この『男女別温泉』かしらね」


「混浴じゃないのは却下だ」



 思っていたよりどうしようもない温泉が多いようで困惑している、その後もセラが挙げた『階級別温泉』、『別売温泉』、『別段の温泉』など、もう『別』が付いていれば何でもアリだと思っている節がありそうな温泉を次々と却下していく。


 本当に良い所が見つからないな、というかどうしてこういう所が前の方の、目立つページに掲載されているのだ?


 いや、『座席別料金温泉』というあからさまなボッタクリ店が見開きページを占めている辺りを見るに、どうやらこの『北の大地全図』の掲載順位は支払ったマネーの量によって決まるのであろう。


 良く見たら先程セラが読んでいた『☆マイナス100個、担当者の評価:消えてなくなれっ!』の部分、二重の取消し線が引かれ、下に『嘘です、最高でした☆』という記載がある……もちろんそこから先の筆跡は異なってくるのだが……


 そのさら下、通常の文書でいうフッターの部分には、何やら滲んだダイイングメッセージのようなモノが……『だまされてはいけない、このひとわるいひと……』だそうだ、担当の方、殺されてしまったのかな?


 で、こうであるということは即ち、この『全図』による紹介はあてにならないどころか真逆であるということ、それはもう間違いない。


 ならば反対に、温泉コーナーの後ろの方のページにひっそりと記載された、どう考えても人気のなさそうな場所を探っていくのがベストの選択肢であるようだな……



「セラ、もっと後半のページだ、ほら、1つのページを16等分して小さく表示されている温泉、間違いなくその中に優良物件があるぞ」


「小さいわね、でもちゃんと説明は書いてあるわ、どれも米粒みたいな字だけど」


「えっと、あ、お姉ちゃん、これなんかどうかしら? ほら、最大5,000名様まで収容可能、空駆ける船も駐艇出来ます、夕食付、周辺食べ歩きフリーパス付で……1人金貨1枚だけど、『世界を救う使命を帯びた方限定、99%OFFキャンペーン中!』だって」


「世界を救う使命を帯びた方って、もう私たち以外に存在しないじゃないの、どれだけ都合が良いのよ……」


「ちょっと怪しいな、誘っているというか……でも本当にこれが大マジの話だったとしたら凄く魅力的なんだよな……」



 通常は金貨1枚、それも1人当たりにつき、1,00名程度の大部隊でそこを利用するとなるとかなりの金額、いや、一生遊んで暮らせる金額である。


 それがなんと今だけ99%OFF、しかもどう考えても俺達専用の、期間どころか対象まで限定した大出血キャンペーン中とのこと。


 これを好機とみるか、はたまた敵が仕掛けた罠に過ぎないと見るか、ここは深く考えてみる必要があるな。


 まずこんな露骨な罠を仕掛けるような馬鹿が居るのか? という疑問に関してだが、この世界に限って言えば余裕で居る、というかむしろそういう輩の方が多いというのが現状だ。


 では逆に、大マジでこんな謎の、俺達にとって都合が良いキャンペーンを開催している馬鹿が居るという可能性は? についてだが、それも十分にあり得る、俺やその仲間達にとって極めて都合の良い世界であるというのが既知の事実。


 つまりどちらの可能性も十分にある、罠かも知れないし罠ではなくリアルキャンペーンなのかも知れない。

 これを判断することは容易ではないな……やはりこの件をもって、他の仲間達とも話をしてみるべきか……



「うむ、じゃあこの温泉は一応候補に加えておいて、ミラ、適当に付箋でも貼っておいてくれ、で、あとは食べるもの探しだな……」


「勇者様、それも今見ていた温泉の近くがメジャーらしいわよ、ほらカニといくら、牡蠣にホタテにその他諸々、蒸かしたジャガイモなんてのもあるみたいよ」


「なるほど、つまりどうあっても『目一杯楽しむため』にはその地へ行かねばならぬ、そういう感じなんだな?」


「まぁ、そういうことになってきそうね、どうする?」


「私は行ってみるべきかと思いますよ、お得なのは大好きですし、もし罠であったとしたら滅ぼせば良いだけです」


「ミラ、お前精霊様みたいなこと言うようになってきたな……まぁ良いや、じゃあこの件は紋々太郎さんやフォン警部補の所へ持って行って、そこで出た意見も参考にして行くか否かを決めることとしよう」


『うぇ~い』



 とはいえ、もう空駆ける船は北の大地へ向けて出航してしまっている、つまり行き先の選定は早めにしておかねばならないということなのだ。


 となるとやはり、どうなのかということなのだが、紋々太郎もフォン警部補も、俺がセラミラの2人と一緒に調べた情報で、かつその罠かも知れない温泉を目指してみるということに賛同した。


 というかむしろ、2人共がそこへ行った方が良いのではないかという見解を示したのである。


 紋々太郎は島国の平和のため、そこに蔓延っている可能性がある悪を討伐しておかねば、そしてフォン警部補はいつも通り、西方新大陸から移動して来た指名手配犯が居るのではないかということによってそう考えたようだ。


 しかしこれで行き先は決まったようだな、あとは乗組員全員にそのことを発表して、常に気を抜かないようになどということを口やかましく言う……いや、俺が言うのは嫌なので誰かに言って貰うだけである……



 ※※※



「え~っ、ということで間もなく到着なのですが、はい、あちらに湯けむりが見えていますね、あそこが目的地です……ですが、今回は少し怪しい感じのアレなので、どこで敵が狙っているのかわからないとかそういう次元のものなんで、皆さん注意して行動して頂けたらなと思います」


『うぇ~いっ!』


「なおですね、途中で一緒に行動していた方が何者かに殺害されたよとか、襲撃を受けたもののギリギリで生存したよ、みたいな方はですね、直ちにお近くの強キャラのところまでお伝え下さい。ええ、そういうのは雑魚キャラである皆さんの中だけで抱え込まないように、どう考えてもこちらの案件になってきますからね、以上です」


『うぇ~いっ!』


「あっ、伝え忘れましたけど、温泉郷に入るための銅貨1枚、これは各自の負担となりますのでお忘れなきよう。もしですね、そんな大金持ち合わせていないという方が居りましたらですね、温泉の排水を川とかに流すパイプ、その辺りもちょっと汚くはありますが、温かくもあると思いますので、是非適当に浸かって疲れを癒し、寂しく野宿して頂けたらなと思います。はい、今度こそ以上ですので降りる準備をお願いします」


『うぇ~い……えぇぇぇっ⁉』



 諸々の説明等は結局ミラにやらせ、無慈悲な感じで各自による自腹での温泉旅とすることに成功した。

 これは遠征資金がかなり浮いたな、余った分はちょろまかして懐へINしてしまおう、きっと大儲けだ。


 で、湯けむりの上がる温泉の上空に到達した俺達の空駆ける船は、徐々に高度を下げて着陸の態勢に入る。

 どうやら下から迎えが出ているようだ、誘導され、そちらにむかうと巨大な広場、きっと駐艇場だな。


 そして今のうちに下の人々、温泉のスタッフらしき連中の様子を確認しておくこととしよう。

 どこか怪しいところはないか、無駄に刃物を持っていたり、髪形がチンピラ風であったりなどしないかなどだ。


 ……と、今のところそういう奴は見受けられないし、これといった敵意のようなものも感じたりはしない。


 出て来ている温泉の従業員らしき者も、全てがこの島国の出身者であると、パッと見でそうわかる見た目をしているし、これは大マジであのイベントを打っていたというパターンか?



「見て下さいご主人様、あっちの方に道がずぅ~っと続いていますよ、両脇にテントが一杯あります」


「アレは温泉街だよ、祭の縁日とかあるじゃんか、まぁそれが日常的にあるみたいなのに近いかな、とにかくそんな感じのものを想像しておけば良い」


「なるほど、つまり何か食べるものがあると、そういうことですね」


「そういうことです、だがカレン、メインは温泉宿で出る夕食とかだからな、温泉街の食べ歩きはサブだ、そこを忘れることのないよう気を付けたまえ」


「わふっ、わかりましたっ!」


「よろしい、ではそろそろ出口へ向かおうか……と、着陸したようだな……」



 空駆ける船はズシッという感覚と共に地面に接した、すぐに駆け寄ってくる温泉の従業員ら、ニッコニコの顔で、まさにお客様は神様といった感じの対応をしてくれそうなおっさんである。


 というか、このお客様方の中には神様、というか女神様も存在しているという事実があるのだが、それについてはなるべくバレないように、騒ぎを起こさないように努めさせよう。


 で、その駆け寄って来たおっさんは、こちらをキョロキョロと見渡した後に……やはりマリエルの所へ行って深く頭を下げた後そのすぐ近くに居たフォン警部補に声を掛けるようだ。


 この遠征軍の中で最高級の身分を有しているマリエル、それを見抜くのはこういう商売の者にとって容易いことのようだな。


 そしてその高級な身分の者に付き従い、雑用をこなす普通の人として、やはり最もお似合いなのがフォン警部補、実際にPOLICEの真ん中辺りの階級という、もっともそれらしいポジションを有しているのだが……



「え~っと、およそ1,000名様でしょうか? ようこそおいで下さいました、世界を救う方々」


「あ、えっと、勇者殿、どうすれば良い?」


「そこで俺に振るのかよ?」


「おやっ、これは大変な失礼を致しました、経理用の召使いはそちらの方でしたか、いやいや本当に失礼」


「召使いって、本当に失礼なおっさんだな……」



 とにかく中へ入れてくれと伝え、すぐに各自の料金を支払って温泉があると思しき建物の中へ、ゾロゾロと列を成して入って行く。


 いや、そういえばどうして俺達が『世界を救う方々』であって、キャンペーンの対象であることがわかっていたのだ? どこかから情報を得たのであれば別だな、だとしてもその情報をどこから仕入れたのかが疑問である……

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