765 黒リンゴを加えて
「おいっ、何なんだよこれはっ? 急に落としやがって、怪我でもしたらどうするってんだ? てかちょっと痛い、マジで怪我をしたぞ、どうしてくれんだっ?」
『・・・・・・・・・・』
「何だって?」
「その程度の事故で怪我をするようなクソ雑魚はこの世界に不要だって」
「舐めてんのかゴラァァァッ!」
「はいはい、そんなことでキレてないで、とにかくコレについての話を聞きましょ」
「全く、覚えていやがれこの樹木めが……」
ちなみにこの巨大樹木、今回は精霊様とのみ話をし、その内容を精霊様が俺達に口伝するという、なんともサボり切った、そして舐め腐った態度で臨むつもりのようだ。
最悪焼き払ってやろうか、それとも対応する相手である精霊様にガン無視させる、袖の下を渡してこちらの味方とし、この忌々しい樹木に対して罰を与えるなどすべきか。
と、それは後に考えるとして、まずは先程落下して俺の頭に直撃した真っ黒なリンゴについて質問を投げ掛けよう。
現時点でわかっているのはコレが、先程まではあのモジャモジャのスネーク集合体であったということのみ。
感じられる力はメデュー様のものと同じであり、どちらかといえば邪悪サイドのものである……
「……ふんふん、とりあえずモジャモジャのままだとキモいし、食べることさえ出来ないだろうからリンゴ化しておいたんだって、糖度も高いらしいわよ」
「誰が食うかよこんなもんっ! メデュー様の頭に乗っかっていたモジャモジャだぞ? いやメデュー様が不潔って言いたいわけじゃないが、そんなモノ食わないからな普通はっ! てかお前にくれてやったんだからあり難く受け取っておけよな……」
「勇者様、そんなヤバそうなブツを人に……植物にあげちゃダメだと思うの」
「そうですよ勇者さん、もしいつの間にかこの木の内部に取り込まれたりして、邪悪なモンスターに変異してしまったら大事で……」
「まぁその際は討伐すれば良いだろうよ、もう白ひげの玉は開放したんだ、この樹木がどうなろうが俺様の知ったことではない」
「……なんと薄情なサルなのでしょうっ⁉ さすがはあの超ウ〇コ里長と同じ顔の男、本当にいっぺん、いや複数回死ぬべきゴミです……だって、そう言っているわよ」
「マジで燃やすぞこの木材めが、俺達の船の修理に使ってやろうか?」
動くことさえ出来ない、地面に根を張った何かの分際で、やたらと自由自在に世界を飛び回る、異世界勇者たるこの俺様に楯突くリンゴの木。
本当に舐めた態度だ、そしてこの真っ黒なリンゴを俺に食わせようと……と、そういえばコレ、何かに似ているような気がしなくもないな。
……そうか、マーサが勝手に採って来て、それで受けた呪いを俺に擦り付けやがったあの『毒リンゴモドキ』とやらか。
こちらの方が黒々として禍々しさを感じるのだが、奴が『モドキ』だとするとこちらがホンモノの毒リンゴ、そんな感じの扱いで良さそうな気がするな。
いや、ということはこの樹木め、そんなものを糖度が高いなどと言って俺に食させようとしていたというのか。
それだけでも最悪だが、一体何の目的があってそのようなことをしたというのだ?
もちろんムカつくことはムカつくし、もしこの樹木が人間であったとしても友達にはなれなさそうなのだが、だからといってそこまでされる謂れはない。
俺達はこの『最初のリンゴ』の要請によって、まぁ取引ではあったのだが、とにかく動いてそのピンチを解消した存在である。
で、そのメンバー中の主要人物であり、そもそもこの世界において右に出る者は居ないと自負している偉さのこの俺様に、わざわざそういう悪戯を仕掛けるのは少しおかしいではないか。
これには何か理由がありそうだな、とにかく聞いてみることとしよう……
「なぁおい樹木、この真っ黒なリンゴを喰らうとどうなるんだ? 死ぬほど苦しむが耐えれば強くなったりとか、そういうファンタジー的な展開が待ち受けているのか?」
「……別に、普通にお腹を壊すだけだそうよ、人族や魔族、異世界人が食べたりしたらね」
「じゃあ何なんだよ一体?」
「えっと……ふむふむ、これを食べさせる対象には既に会ったことがあるはずだって、しかもついこの間、この場所で……」
「ほう、となるとアイツか、ちょっと精霊様……が居なくなるとアレだな、紋々太郎さん、新キジマ―を使っても大丈夫っすか?」
「……構わないよ、新キジマ―、すまないがリンゴの里へ行って、超リンゴ里長を連れて来てくれないか」
「御意!」
「アイツ、もう『御意!』しか喋らなくなったな……」
紋々太郎の手足に徹し、台詞の少なくなってしまった新キジマ―、彼のピークはオーディションのときであったということは、もう誰もが疑うことなき事実、今は役目を終えてフェードアウトしている段階だ。
で、そんな新キジマ―はどうでも良いとして、飛び去ったそれが連れて来る予定の例のアイツ、当初は俺達を、というか俺をくだらない理由で殺そうとまでしやがった超リンゴ里長の方が重要である。
しばらく待つと戻って来た新キジマ―、それにぶら下げられるようにして運ばれているのは、先日里へ帰してやったばかりの超リンゴ里長。
かなり不安げな表情だ、俺達に呼び出された時点で何かをされることが確定なのだが、その内容が全く知れないことに恐怖しているらしい……
「……新キジマ―よ、ご苦労だった」
「御意!」
「何か他に喋れよな……まぁ良いや、おい超リンゴ里長、数日ぶりに感動の再会だな」
「ひぃっ! 貴様、今日はどうしたというのですか? あ、貴様は人間の言葉が……えっと辛うじて喋ることは出来たんでしたね、とてもそうには見えないのですが、で、その頭の機能では数秒前のことはさすがに忘れてしまったと思うので、改めてもう一度聞くこととしますが、今回は何用でしょうか?」
「また俺のことをディスる、全くどいつもこいつもしょうがないな」
「仕方ないだろう主殿、十中八九どころか全部について真実なのだから、甘んじて受け入れるべきだな……プププッ」
「必殺、おっぱい殺しっ!」
「ひぎぃぃぃっ! はっ、破裂する……」
ジェシカに制裁を加えていると、超リンゴ里長はさらにビビり倒し、かなり後ろの方へと移動してしまった、今は目が合う度に威嚇してくる。
こちらを見て、これから何をされるのかと警戒しているようだが安心して欲しい、今回はたいしたことはしないのだ。
このわけのわからない真っ黒なリンゴを、その体内に取り込ませるだけの優しい実験に付き合って貰うだけなのだから。
ということで超リンゴ里長を捕まえ、先程降って来たモジャモジャスネークパンチパーマ由来の真っ黒なリンゴを見せ付ける。
嫌なオーラを放っているのに気が付いたのか、手を振り解いて逃げようとする超リンゴ里長、コイツのベースは元々あまり良い力ではなかったと思うのだが、このリンゴが放つのはそれでも忌避するような禍々しい力なのか……
「ちょっとっ、そのようなモノを私に……やめてっ、しまって下さいっ!」
「オラオラッ! 観念して口に咥えろっ! もう抵抗しても無駄なんだよ実際、だいたいお前さ、単なるリンゴから進化したときもわけわからんモノ取り込んでたじゃん、それは良くてこれはダメなの? ダブルスタンダードなの? そんな考え方で恥ずかしいと思わないの? どうなの? ん?」
「恥ずかしくも何ともないですからっ! ちょっと、マジで、貴様のような者がっ!」
「貴様のような者が何だって?」
「あ、え~っと……」
「隙ありっ!」
「はがっ……もごごっ……んっ……食べちゃった……」
「どうだ? ちょっと食レポしてみろよ」
「えっと、仄かに苦くてその中にリンゴのものとは違う酸っぱさと、危険なほどに香る闇の力が我に呪いを……って、猛毒じゃないですかこれっ! いや食べちゃったけど、気にせず飲み込んじゃったけどっ!」
「そうか、じゃあ残りもいっとけ、オラオラッ!」
「はがぁぁぁっ! んむっ……んんっ」
押さえ付けた超リンゴ里長に、真っ黒なリンゴをガンガン喰らわせる……今のところ形態の変化等は見受けられないな、このまま全部飲み込ませて、それが体に馴染むのを待つとしよう。
既に大半を食べ終えた超リンゴ里長だが、残った部分も、もちろん芯までキッチリ食べるつもりのようだ。
別にそこまでは強要していないのだが、そうしないと何をされるかわからないという恐怖から、自主的にそうすべきだと判断してのことに違いない。
そして最後のひと口、真っ黒の禍々しいリンゴは、丸ごと全て超リンゴ里長の腹の中……いや、臓器が人間のそれと同じとは限らないのだが、とにかく体内に取り込まれたことだけは確かである。
で、目立った変化は……髪の毛がプリン頭になってきたな、黒い部分が伸びてきているようだ。
先端側の色が薄い部分については、根元の黒い部分が伸びるにつれて消滅しているらしく、長さは変わらない。
それから瞳の色も黒に、そして変化があるのかどうかはわからない、その黒さのせいなのかも知れないが、肌の方は白、というよりも蒼白になってきたような気がしなくもないな。
と、ここで装備しているワンピース風の衣装やリンゴを模した髪留めなど、身の回りのアイテムも次々真っ黒に変化していく。
最後には黒いオーラをバッと放ち、これで変身が完了したようだ……うむ、雰囲気は変わったものの、ベースはこれまでの超リンゴ里長で変わりないようだ。
「……おい、大丈夫か? 俺のことがわかるか? 人格が変わったりとかそういうことはないか?」
「大丈夫です、記憶もハッキリしていますし、貴様がどうしようもないゴミで、古の超ウ……これ以上は恥ずかしくて言えません」
「どうやら元のままであるようだな、凶暴なバケモノに変異したとかじゃなくて安心したぞ」
「それで、この子は何でこんな姿になったのかしらね? 『最初のリンゴ』も曖昧な答えしか返さない、というか返せないみたいだし」
「……しかしおそらくはこの先、この黒くなった超リンゴ里長が必要となる、存在していなくては先へ進めない状況が生じるだろうね、それは島国の英雄として保証するよ」
「俺もそう思うっすね、これまでの経験上、何かこういうイベントが起こると後から、といってもすぐに回収する感じなんで」
「え~、ということは私は……」
「荷物として持って行くことにするよ、だが里の連中には断っておかないとな、里長を連れ去るんだから、新しい『リンゴ里長』をあの祠だか社だかに設置するように言っておかないとだ」
ということでこの件、真っ黒に染まったリンゴ、元はメデュー様の頭に乗っていたモジャモジャスネークボンバーパンチパーマであったのだが、それの最終形態として出現したそれについての話は終わりだ。
一旦空駆ける船に戻り、ついでに里の連中に『超リンゴ里長』を連れて行くので新たな『リンゴ里長』を用意するように言っておこう。
それからこの先の旅で使い切れない程度には大量のリンゴを確保しておくのだ、倉庫は冷凍になった火属性のマグロで一杯だが、リンゴであれば甲板に置いておいても大丈夫に違いない。
「……では勇者君、そろそろこの場は良いかね?」
「そうっすね、おしっ、じゃあ戻るぞ、そして移動開始のための準備だっ!」
『うぇ~いっ!』
その場を離れた俺達は、やるべきことをすべて終えてから船の甲板に、主要メンバー全員で集まる。
この先の行動を決めてから動き出さなくては、もちろんどこへ向かうべきなのかも含めて情報を共有しておきたい……
※※※
「え~っ、ということでだ、勇者殿、どうしてしがないPOLICEである俺が司会進行役なんだ?」
「最も暇そうに見えたからだ、最近台詞も少ないようだしな」
「いや、暇を持て余しつつ喋ってばかりいる勇者殿の方が適任だと思うがな……でだ、え~っと、まずはここまでの情報を整理しておこうということだな……」
これまでこの地で起こったこと、まずはリンゴの森の発見、そして超リンゴ里長の出現から『最初のリンゴ』による襲撃とそれとの契約。
その契約によって訪れたさらに北の海沿い、ここではマグロを、世にも珍しい火属性を有するマグロを求めて、そしてその力によって『最初のリンゴ』を滅ぼそうと画策していたメデュー様率いる犯罪組織の一団と戦闘、これを殲滅した。
で、そこでゲットしたのは火属性のマグロだけではなく、メデュー様本体と爆乳女怪人、ついでにメデュー様から分離した、モジャモジャのヘビが絡み合ったようなパンチパーマ。
で、そのパンチパーマが、契約の履行、即ち白ひげの玉の開放のために再度訪れた『最初のリンゴ』の下で、不思議な力によって真っ黒な、邪悪リンゴに変化したのであった。
「……それで、今に至るというわけだ、最終的にこの『超ブラックリンゴ里長』さんが仲間に加わった」
『うぇ~いっ!』
「う……うぇ~い……」
「イマイチノリの悪い奴だな、そんなにブラックなんだからもっとロックな感じでうぇ~いしろよな」
「ちょっと何を言っているのかわかりません、貴様はやはり知能が低いのですね、極めて、他の追随を許さない大馬鹿のようです」
「もうこのリンゴの人達嫌いだよ俺は……」
リンゴの分際でリンゴを齧りながら適当な受け答えをしてくる超リンゴ里長、これであればメデュー様や爆乳女怪人の方がまだ話し易い気がする。
しかしこの超リンゴ里長、いや超ブラックリンゴ里長か……面倒だから『黒リンゴ』ということにしておくが、このままだと結局何のためにこうなってしまったのか、それが判明しないままの出発になりそうだな。
一応議題として提出してみようか、フォン警部補による諸々の状況説明と、ミラが担当する予定のスタッフへの当該事項の伝達、さらにあの海沿いのマグロ基地で募集した際、数人が手を挙げた新たな臨時スタッフへの対応についての話が終わった後にだ。
フォン警部補の話は、無駄にやる気のある、会議を長引かせることが趣味なのではないかと思われるジェシカを始めとした真面目軍団によって長引き、その間俺は無限なのではないかと思える時間を無為に過ごしていた。
と、ここでどうやら全てが終わったようだ、全てといっても会議の導入部分のみなのだが……
「……ということだな、じゃあ、何か話し合うべき内容を……勇者殿が手を挙げるとは珍しい」
「ご主人様、雨合羽をどうぞ、どうせ拳大の雹が降ると思うので無意味ですが」
「あと落雷にも注意が必要ね、地割れが起こったら飛べば良いけど」
「俺を何だと思っているんだルビアに精霊様は……とにかくだ、この『黒リンゴ』が黒くなった意味について話し合おうぜ、そこで出た答えがきっと正解になるからな」
「……そうだね、むしろそれは重要だよ、なぜならばこの状況だからだ」
「これは……『黒リンゴ』が次の行き先ってことっすかね」
「あの、この赤いのは何なんですか? 何かちょっと武器で狙われているみたいでイヤなんですが……」
なんと、紋々太郎のハジキから延びる照準、つまり俺達がこの先どこへ行くべきなのか、何をすべきなのかということを指し示すナビなのだが、それがすぐそこ、黒リンゴの方に向いているのであった。
つまり次の行き先は黒リンゴの腹の中……ということではなく、この黒リンゴに関して何かを成す、または判明させることが次のミッションであるということ。
そしておそらくは『どうしてこうなったのか?』について解き明かす、納得のいく説明を付すことが課題なのであろう、それは全員がそう感じたはずであり、これからやるべきことはもう確定した……
「え~、じゃあここからはフォン警部補に代わりまして、異世界勇者様たるこの俺様がですね、司会進行役として……」
「遊んできま~っす!」
「はいリリィは遊びにいってら……じゃねぇよっ! 逃げるなっ、コラッ!」
これまでは真面目に座り、真面目に話を聞いている振りをしていたリリィであったのだが、既に我慢の限界を迎えていたらしい。
司会の交代という会議のターニングポイントにおいて行動を起こし、スッと立ち上がって逃げ出した……まぁ、どうせたいした意見も出さないし、お子様は好きに遊ばせておくこととしよう。
で、残ったメンバーでまずは黒リンゴをテーブルの真ん中に座らせ、隅々まで観察していく……
「う~む、主殿、やはりこの黒髪は主殿とそう変わらないな、この島国の人間はだいたいそうであるようだが……」
「そりゃそういう系統の人間だからな、しかしこの女は人間じゃなくてリンゴだ、そこを前提に考えないと判断を誤ってしまうぞ」
「確かに、ではリンゴを……結構種類があるな、赤リンゴ、青りんご、白いのは……白リンゴなのか、ナシじゃなくて」
「まぁ良いさ、色違いで3色か、全部テーブルの上に置いておこうぜ」
これでリンゴが3色に黒リンゴ(人型)を加えて4色となったのであるが、ここから何かヒントを……ヒントを? もう答えが出ているような気がするのだが?
俺達がこの島国全体を回って開放しているのは始祖勇者が残した4つの玉、具体的には『青ひげの玉』、『白ひげの玉』、『黒ひげの玉』、そして未だ発見に至っていない『赤ひげの玉』である。
で、この場にあるリンゴが4色、青りんご、白リンゴ、赤リンゴ、ついでに人型の黒リンゴ……もうそこに何も関連がないと主張できる者は居ないであろう、確定的にこれが答えだ。
「……なるほどな、コイツが『黒リンゴ』に変化したのはこういうことだったのか」
「すると勇者様、最後の赤ひげの玉は、赤リンゴを何らかのかたちで使うということなんでしょうか?」
「うむ、或いは全ての玉にリンゴの効果を付与する儀式があるのかも知れないな」
「それはどうしてそう思うのですか?」
「良いかマリエル? 今回ゲットした『赤』はリンゴだけじゃない、火属性のマグロも赤であって、さらにそれとリンゴに関する伝説もあるんだ」
つまり、この島国のどこかにある『赤ひげの玉』それを開放する際に用いるのは『火属性のマグロ』、そして4つの玉全てに対し、黒リンゴを加えて4色となったリンゴ、その力で何かをすることになりそうである……




