762 こちらも撃破
「……あの、足が痺れてきたのでそろそろ始めて下さい」
「まだだ、まだ……今だっ! 喰らうが良い、バッタ流変な黒い汁飛ばしっ!」
「クッ、遂にきましたか、誰か明かりを、暗くて見え辛いうえに、もし地面に落ちたものを踏んでしまったら靴が汚れます」
「おう、サリナ明かりを……サリナ? どうしたってんだキョロキョロして……」
「わかりませんか? 石になったように固まる術の反応が移動しています」
「ん? しまった! メデュー様が動いたぞっ! 斜面の向こうだっ!」
ようやく始まったマリエルの戦い、案の定黒い汁を口から出し、それを飛ばしてきたバッタ人族、暗くて見えないうえにかなり汚らしい汁であるようだ。
だが俺やその他の仲間の興味はまた別の場所にある、メデュー様が、自力ではこの場所から逃げ出すことなど出来ないと思われたターゲットが、どういうわけか移動を開始したのである。
何者かがサポートしているのか? それで斜面を容易に、いや宙を舞っているのか? とにかく何者かの助けを借りているはずだが、敵の数が多く、どいつもこいつも似通った強さの雑魚なので班別が出来ない。
これを受けた精霊様が地面を蹴り、そのまま暗い夜の空へと消えて行く、メデュー様の反応が移動して行った方角を目指したようだが……既にその本人がどこに居るのか、皆目見当も付かない状態になっている。
「ダメです、術の反応自体消えました」
「音もしないわね、ぜ~んぜん静かよ」
「……ZZZZZ」
「フフフフッ、メデュー様はそう簡単に捕まえさせませんよ」
「クソッ、迂闊だったな、完全に追い詰めたと思って油断していたぞ、あとルビア、寝るんじゃない、爆乳女、お前は調子に乗るな、ほくそ笑むな、黙って正座しておけ、あともう一度言うがルビアは起きろっ!」
メデュー様がどこに行ってしまったのか、どういう方法でスッとその場を離れたのかはわからないが……良く考えたら雑魚野郎共が手助けして可能になるような逃げ方ではなかったな。
バッタ人族の方はもうマリエルに任せて、こちらはそういうことが出来る、しかしそんなに力を持っていないためあまり目立たない敵キャラについて、この調子付いて笑う爆乳女から聞き出そう……
「はぁぁぁっ! バッタードロップキィィィック!」
「ひゃっ、気持ち悪いので飛ばないで下さいっ! そもそもどうして飛ぶときに『チキチキチキッ』って言うんですかバッタはっ?」
それは俺も気になっていたところだが、今はマリエルとバッタ人族の会話の内容に注意を傾けている暇ではない。
メデュー様が何者と一緒にどこへ行ったのか、それを聞かれるのであろうということは、目の前でサッと顔が青くなった爆乳女にも察することが出来たはずだ。
とりあえずその爆乳女を掴んで持ち上げ、ルビアが勝手に敷いて寝ていたピクニックシートの上に転がしてやる。
ちょうど尻が上を向いたな、まずはボロ切れを取り払い、その辺にある良くしなる枝で打ち据えることとしよう……
「オラッ、痛いかこのクソがっ!」
「ひぎぃぃぃっ! 痛いっ! 痛いぃぃぃっ!」
「これ以上こういう目に遭いたくなかったら話すんだな、メデュー様が誰と、どうやって、どこへ向かって逃げ出したのかをだ」
「わ……わかりません……」
「そんなはずあるかボケッ!」
「ひゃっ、あうっ……本当に、本当にわからないんです、そんな能力、例えば透明化とか、そういうのが出来るような『いろんな人族』はまだ完成を見ていなくて、正直私も少し驚いています」
「じゃあどうしてニヤニヤしていたんだ? あんっ?」
「ひぎゃっ……だって、メデュー様が脱出に成功した、魔の手から逃れたのは確かですから」
「誰が魔の手だっ! じゃあ魔の平手打ちをその尻に喰らえっ!」
「ひぃぃぃっ! ピシャーンッていいましたよピシャーンッて、とにかく、そういう能力を持った仲間は居ません、もしかしたら今覚醒して、モブから中堅にクラスアップした雑魚キャラが居るのかも知れませんがね」
「おう、確かにそうかもなっ!」
「いったぁぁぁっ!」
そのままビシバシと叩き続けたところ、どうやら爆乳女が噓を付いている様子はないと判断することが出来た。
あと何か知っていそうなのはアイツ、マリエルと戦っているバッタ人族の野郎だ。
なお、マリエルは汚したくない武器を手放して寝ぼけ眼のルビアに持たせ、その辺に落ちている木の棒やその他武器になりそうなものを用いて戦っている。
だがバッタ人族はバッタベースだけあって外骨格、いくらマリエルの攻撃力をもってしても、そもそも硬度が低すぎる武器が破損するだけで、ほぼほぼダメージを与えることが出来ていないようだ。
で、そのダメージを受けていないバッタ人族だが、当然マリエルに攻撃をヒットさせるなどというミラクルが起こったりはせず、また、がむしゃらに攻め続けたことによってかなり疲労しているように見える。
というか肩で息をしているな、いやどこが肩なのかわからないし、そもそもバッタなので腹の方にある気門から呼吸するのが通常だと思うのだが……とにかく顔を見ればわかる、敵は普通に体力の限界だ……
「はぁっ、はぁっ……喰らえっ、飛行アタック! チキチキチキチキッ!」
「また飛んで来るんですか、もう見飽きて……どうしたんですか勇者様?」
「あぁすまんなマリエル、お忙しいところ申し訳ないが、この『ちょっと硬めの棍棒(使い捨てタイプ)』を貸してやるから、これで殺さない程度に勝負を決めてくれ」
「あら、ちょうど良い感じの硬さですね、良かったです、意外と硬いものも落ちてはいるんですが、それで攻撃してバッタ汁が出たりすると困るなと思っていたところで……この棍棒があれば……それっ!」
「いでぇぇぇっ! 腕が、腕が捥げる……」
「おっと強く叩き過ぎました、見て下さい勇者様、ほらあの傷口を、変な色の汁がじんわり出ていて、なんと気持ちの悪いことか」
「見せんなよそんなもん、とにかく頼んだぞ」
「わかりました、軽く、かる~く……行きますっ!」
「なっ? 速すぎてどの複眼でも捉えられないっ!」
人間の顔なのだが、どうやら眼球については昆虫の方を採用していたらしいバッタ人族。
ちなみバッタなので単眼も付いていると思うのだが……どうせ『ケツの穴』とかそういう所に存在しているのであろう、馬鹿だからな。
で、軽くステップを踏んだマリエルの連続攻撃、俺達の目には完全に捉えられているし、むしろスピードをかなり抑えているように思えるのだが、雑魚キャラ目線では目にも留まらぬ速さらしい。
で、もちろんその場でボッコボコにされたバッタ人族、口から黒い汁を滲ませながら、フラフラとその場を行き来し、やがてバッタリと倒れてしまった。
「うぇ~い、マリエル、ナイスボコボコだったぞっ」
「いえいえこの程度、このちょっと硬い棍棒があったお陰です、あ、もう捨ててしまっても良いですか? 変な菌とか付いていそうなので」
「いや待て、コイツはここからさらにボコる必要があるんだ、何か重要なことを知っている可能性が高いからな」
「ひっ、ひぎぃぃぃっ……やめ……やめてくれ……チキチキ……」
「何がチキチキだオラァァァッ!」
「グェェェッ!」
バッタ人族の人間的な部分、つまり他よりも柔らかい部分を中心に、外骨格が薄い腹部なども狙ってボコボコにしていく。
この棍棒はなかなか良い感じだな、処刑には物足りないが、こういうおかしな野郎を拷問するのにはもってこいの逸品である。
今度王都に帰ったときには買い溜めでもしておこう、その辺のチンピラやケチな犯罪者、飛び込み営業を仕掛けてくる迷惑なセールスマンなどを半殺しにする際に利用するのだ。
で、棍棒の話はどうでも良いとして、この薄汚いバッタ野郎には聞いておかなくてはならないことがあったのだな……
「おいテメェ、これから惨たらしく死ぬのは確定だが、それはわかっているんだよな?」
「勘弁してくれ、我はただチキチキ言いながら飛ぶだけの善良なバッタだ、断じてヒトではない」
「ヒトだろうがそうじゃなかろうが関係ないんだよ、お前、メデュー様をどうやって、どこへ逃がした?」
「わからない、そういう仲間は居なかったはずなのに、どうにかして自力でお逃げになったのだ、あの気弱なメデュー様が、あぁ、メデュー様の成長した姿、一度で良いからこの目で……」
「感動的なエンドにすり替えてんじゃねぇっ!」
「ぶちゅっ……め……メデュー様……」
「汚ったねぇ汁ばっかり出しやがって、サリナ、すまないがちょっと火を点けておいてくれ、バッタの生命力はそこそこだからな、どれだけ苦しんで死ぬか見ものだぞ」
「わかりました、で、これからどうしましょう?」
「それなんだよな……と、精霊様が戻ってくる感じだ、ちょっとそれを待とうか」
メデュー様が離れて行った方角へ飛び去っていたものの、どうやら何かの報告のために戻って来た様子の精霊様。
何かを抱えてゆっくり飛んでいるようなのだが……ターゲットを捕まえたわけではないようだな。
とにかく精霊様が完全に帰還するのを待とう、その間はこのバッタ人間と、それから手近な所に居る名もなきモブでも殺害して時間を潰そう……
※※※
「ギャァァァッ! アヅイッ、アヅイッ……チキチキチキチキッ!」
「さすがはバッタ人族、良く燃えるんだな外骨格は」
「ご主人様、そんなことしている間に精霊様が戻りますよ」
「お、やっとご帰還か、どうしてそんなにゆっくり……てか何そのモジャモジャ?」
「何って、良く見なさい、これ、メデュー様って呼ばれてた子のモリモリアフロスネークの部分よ」
「……げぇぇぇっ! マジで全部ヘビじゃねぇかっ⁉ しかしそんなモノがどういう理由で?」
「わからないの、とにかく敵の気配をもう一度見つけて、それを追ったらこれがフワフワと……」
確かにそのモジャモジャから感じるのはメデュー様の気配、もちろん今は得意の石のようになる術式を使ってはいないのだが、サリナはその残滓を感じ取ったように顔をしかめている。
しかしどうしてこの頭の部分、明るいうちに少し上側から見た、顔が見えなくなる程度に巨大な絡み合ったヘビのボール、それが単体で浮遊しているというのだ?
そもそもこんなモノを平気で持って来る精霊様のメンタルも少しアレだと思うのだが、今はその問題よりも、コイツの正体を判明させることが先決。
生憎バッタ人族の野郎はもうほぼ息がない……いや、ギリギリで回復させることが可能か? とりあえずルビアにやらせてみよう、ダメならまた爆乳女をシバくのだ……
「おいルビア! また寝てんのかっ! ちょっと、こっちのバッタ野郎を治療してみてくれ」
「ん? ん~っ……あ、このヒトまだ生きていたんですね」
「ヒトじゃねぇだろどう考えても、ほら、回復魔法を使って、あと髪がボサボサになってんぞ」
「ふぁ~い」
やる気の無い感じで焼け焦げたバッタのボディーを回復していくルビア、その間に俺は乱れ切った髪の毛に櫛を入れておく、本当にだらしない奴だ。
で、バッタの方はというと……元々意識はあったのだが、やはりその昆虫並みの生命力を活かし、どうにか喋ることが可能な状態にまで復帰したようである。
もちろん引き千切れた手足やその他燃え尽きてしまったパーツは元には戻らないのだが、話し掛けて返答を得られる程度にまで本体の機能が回復していればそれで上等。
とりあえずこの『メデュー様の頭の部分のみ』の存在について質問を投げ掛けよう……
「よし、おつかれルビア、また休憩しても良いが……寝るなよ、で、バッタ野郎、どうやら死ぬのが少し先になったな、長生きすることが出来て大変に良かったではないか、おい喜べっ!」
「ぐぇぇぇっ! も……もう焼かれたく……ない」
「うるせぇよボケ、お前は今までそうやって言ってきた善良な人々をどれだけ……」
「組織へ入った直後に改造を受けて、成功後はずっと施設内に居たので今回が実戦初投入です」
「あっそう、じゃあ何もしてないんだ、まぁだからといって何だって話だけどな、で、これはどういうことだ? ウチの仲間がコレだけ見つけて来たんだが?」
「……あっ……あぁぁぁぁっ!? メデュー様……メデュー様がそのようなお姿に……これは、おいたわしや……貴様等許さんぞっ! バッターミラクル最終伝説ボディーアタァァァァック!」
「きめぇんだよボケ!」
「ギャァァァッ!」
「全く、どうやらこいつは何も知らないようだ、サリナ、また火でも点けておいてくれ、生のままだと臭くて敵わん」
バッタ人族の野郎は再び火炙りの刑に処し、そのまま明かりに照らされている爆乳女の顔を見る……全力で首を横に振った、コイツもこの件については知らないようだ。
となるとこれは部下ではなく本人、メデュー様の本体の方が何かをしたと考えるのが妥当か、それも他の連中に知られていない、秘密の固有能力を使ったということである。
いや待て、爆乳女もこの炎上中のバッタ人族も、どちらも『メデュー様が脱出した』というところまでは認識していた、それは俺達も同じであったな。
つまりこの場の全員がメデュー様だと感じていたのは、こちらのモジャモジャスネークボールの方であって、こちらがその本体なのではないか?
むしろ下に付いていた気弱な女性、そちらの方が『サブ』のボディーであり、このモジャモジャと分離した今は普通の人族かそれに順ずるものなのでは……
「なぁ精霊様、やっぱりコイツがメデュー様、そう思わないか?」
「う~ん、確かに術を使うのはこっちの方よね、でも意識はここにはないわ……となるとこの魔力発動体と分離した、本人の意識を持った方がまだこの中に紛れている可能性がある、そういうことになるわね」
「だな、じゃあ探してみよう、サリナ、あとルビアも寝てないで明かりを持て、マーサとマリエルは引き続きその辺のモブを減らす作業を頼む、捜索開始だっ!」
『うぇ~い』
暗闇の中に無数の敵、その姿が見える都度殺害していたのはマーサとマリエル、そしてこちらはバッタ人族の拷問と処刑を担当していたのだが、ここで動きを切り替える。
俺と精霊様が先頭に立ち、明かりを持った2人と共に敵陣、真っ暗闇の中へ突入していく。
見えるのはススッと避け、照らされぬよう必死で逃げるモブキャラの姿、当然見つけ次第殺害だ。
そしてその中からあのメデュー様の体部分を、モジャモジャに阻まれて顔が見えなかった、女性タイプのボディーを捜す。
……モヒカン野朗、違う、スキンヘッド、惜しいが違う、メデュー様は筋肉ムキムキのおっさんではない、こんな場所には似つかわしくない少女、違う、頭のモジャモジャがなくなったということはハゲであるはずだ。
いや、しかしなかなか可愛い子だな、このモブ変質者共に誘拐された善良な現地人か? 違うな、明らかに西方新大陸の人間である。
何なのであろうかこの子は? そう考え込んでしまったところ、明かりをサッと地面に置いたサリナが駆け寄り、その女の子にデーンッと圧し掛かったではないか……まるで幼稚園児が中学生にじゃれ付いているかのようだ……
「ご主人様! この子、この子がメデュー様ですっ!」
「何言ってんだサリナ、髪の毛様のモジャモジャがなくなったってことはだな、今本体はスキンヘッドなわけで」
「何ですかその謎な先入観は……とにかく、あなたがメデュー様ですよねっ?」
「く……苦しいです、逃げないから離して……」
「ダメですっ! どっちなのか先に答えて下さい、メデュー様なのかそうじゃないのかっ!」
「わっ、わたしがメデューですっ!」
「マジかよ、じゃあスキンヘッドじゃなかったんだ、あのモジャモジャを失ったのに?」
「ご主人様、少しスキンヘッドから離れて下さい……」
状況が上手く飲み込めないのは俺とルビア、この子には綺麗な長い金髪がある、ではあの真っ黒なヘビのモジャモジャはどのようにして接続されていたのであろうか、謎は深まるばかりだ。
で、そんなことは気にしない様子のサリナと精霊様の2人は、自らがメデュー様だと主張した美少女を引き起こし、手際良く拘束していく。
あっという間に縛られ、身動きが取れなくなったメデュー様を精霊様が抱え、運んで行って爆乳女の横に転がす……
「あぁっ!? メデュー様! メデュー様の体が……どうしてこのようなことに……」
「落ち着きなさい爆乳女怪人よ、あのモジャモジャスネークは元々脱着式だったのです、意識は私、そして術はあのモジャモジャが担っていました」
「なんとっ!? ではあの頭の部分だけのものもメデュー様で、こちらのメデュー様もメデュー様で……増えたっ!」
「何が増えたんだよ、てかお前やっぱり『怪人』だったんじゃねぇか」
「それでメデュー様、この暗闇の中にお前以外の女の子が居るのか居ないのか、それだけハッキリしろ」
「女の子……ですか? 部下の方々の中にはそういった属性のキャラは居りません、皆さん臭いおじさんばかりで……」
「お~いっ、マーサ、マリエル、もう皆殺しにして良いぞ~っ……精霊様も行ってサポートしてやってくれ」
ということでこれにてターゲットの捕縛が完了、メデュー様はその部下である縛乳女、いや爆乳女怪人と共にこちらの手に堕ちた。
あとはこいつらの兵器である『鉄火巻き』なのだが……先程の爆発はそれが引き起こしたものなのか、誰かが『鉄火巻き』を保管している倉庫に辿り着き、破壊した可能性があるな。
そうなればこれにてミッションコンプリートなのだが、あとは残った雑魚キャラを殲滅、または降伏させて死刑の宣告をし、おそらく施設内に囚われている現地住民にその執行を任せれば良いであろう。
最後にこの地を救った正義の味方ご一行様として手厚いもてなしを受け、その後は『最初のリンゴ』に対して結果の報告だ。
報告が終わればあとはもう『白ひげの玉』の開放をしてしまうだけ、それでこの地でのストーリーは完結となる……




