755 依頼
「おいやべぇぞっ! 全員退避だっ!」
「いや、もう避けていないのは主殿だけだぞ」
「なんっ……ぬわぁぁぁっ!」
「あ、飛んで行っちゃいました、お~いっ」
突如として放たれた魔法攻撃、前情報にはないそれが到達するまで、俺は必死で仲間達に回避を呼び掛けていた。
もちろん仲間を守るための行動だ、にも拘らず、俺を除いた全員は当たり前のように黙って避けているではないか。
本当に薄情な連中である、いや、敵の攻撃を回避する際には声掛をしないとならないというのは、転移前の世界で学んだことであり、この世界にはいちいち叫ぶ必要がある『RPG』なるものも存在しないのも事実だが。
で、吹っ飛ばされた俺は地味に歩いて戻り、その途中で茂みの中に隠れつつ、つまり安全な場所から笑っていたセラとユリナに拳骨を喰らわせつつ元の場所へ戻ったのであった……
「やれやれ、もう次からはアレだからな、魔法攻撃が来たら各自で判断して回避だからな、もし誰かが気が付いてなくても何も言わないからなっ!」
「そうですか、ちなみに勇者様……」
「何だマリエル、何か問題でもあるのか?」
「いえ、何でもないです、何でもないですけど……後ろ……」
「……勇者君、後ろが大変危険なのだよっ!」
「はっ? 後ろがどうして? あっ、ぬわぁぁぁっ!」
またしても俺が狙われてしまったではないか、しかも反対側を向いている最中にである。
どうにも運が悪いようだが、まぁ次ぐらいには別の所へ敵の攻撃ガが飛ぶのであろう、その際俺様は傍観してやるのだ。
「あっ、また飛んで行っちゃった、ご主人様~っ!」
「カレンちゃん、あんなの放っておいても大丈夫よ、ほら、この気の幹に攻撃するの」
「は~い……でもヘンです、全然攻撃されないですよ」
「……確かにそうね、凄く接近しているのに、ミラちゃん、一度でも攻撃っぽいのあった?」
「いえ、敵意さえ感じないですね、この木、むしろ味方なんじゃないかと思うぐらいの平穏さです」
「やっぱり、でも向こうの方は……」
「ハーッハッハッ! 大勇者様の復活だべろぽっ! ぬわぁぁぁっ!」
「あんな感じなのよね、どういうことなのかしら?」
「馬鹿しか狙われないとかそういうのなのかも知れません、でもそれだと勇者様だけってことはなくて、後ろに隠れているお姉ちゃんとかも積極的に攻撃されているはずで……」
「あそこは射程圏外よ、やっぱり『馬鹿狙い』と見るのが妥当ね」
「ご主人様ばっかり狙われているのが納得いきます、ねぇリリィちゃん、マーサちゃん」
『そう思いま~っす』
知らない所でカレン、リリィ、マーサの『超お馬鹿動物っ子3人衆』にディスられていたとは夢にも思わない俺は、戻ってくる度に敵の魔法攻撃、その他初見の技を喰らって吹っ飛ばされる。
どうやら俺ばかりが狙われるシステムのようだ、本当に、リアルに他の連中は一切攻撃されない。
それはランダムの場合、ここまでの確率で俺だけが攻撃されることはあり得ないし、動きも変えているためそれが起因して狙われているとも考えにくいためである。
そしてその理由は全くの不明、もし『弱さ』によってターゲットが選定されているのだとしたら、どう考えてもフォン警部補、それに新キジマー辺りが狙われるはずだ。
そもそも俺よりも紋々太朗の方が総合戦闘力的には弱いし、ルビアだって直接的な戦闘には向かない、回復魔法使いというのも相俟って、こういう場では非常に狙われ易い存在なのである。
さらに敵が『誰かを喰おうとしている』というのであればまた別、今度は明らかに『美味しい』、肉質の良いジェシカ、または良いモノを食べているお陰で高品質であるマリエルが狙われるはず。
特に目立たず、そこまで弱くもなく美味しくもなさそうな俺が、ここまで執拗に狙われるなど思い当たる節がないのだ……
「こりゃ拙いな、おれはちょっと後ろへ下がる、そうすれば世界は少しだけ平和になるだろうからな」
「うむ、この場では主殿が下がるのが得策だ、狙われる理由がわからない以上そうする他ない……あとは逆に囮とかになるかだな」
「勘弁してくれよな……」
そういった後に、サッと交代しつつ突撃して行ったグループの様子を確認する……既に敵である『最初のリンゴ』の根元に到達しているようだ。
だが未だに派手な攻撃は加えず、何かを捜索しているような感じの動きをしているではないか。
そそらくは『白ひげの玉』を探しているのであろう、そのまま攻撃すると破壊してしまう可能性があるためだ。
で、俺が後ろに下がると『最初のリンゴ』からの攻撃はピタリと止んだ、やはり狙われていたか、それは事実なのだが……その理由側からないことにはどうしようもない。
とりあえずセラとユリナに挟まれ、サリナによって背後から監視されている超リンゴ里長、この子に色々と事情を聞いてみることとしよう……
「おいっ、何で俺だけ攻撃されたんだ? 他の仲間だけで行けばあんなに平穏無事って感じなのに?」
「それは……もう理解しているはずだと思っていたけど、貴様があの忌まわしい……これ以上言うのは……」
「まさか、超ウ○コ里長に似ているからって話か?」
「ええ、何と言ってもその顔、その正確、一挙手一投足全てそっくりで、今からでも『ウ○コしてぇ……』とか言い出すんじゃないかとヒヤヒヤで」
「で、そのせいでさっきまで俺だけが『最初のリンゴ』から攻撃されていて、お前はその光景を見てニヤニヤしていたってことだな?」
「そういうことにな……ひぎぃぃぃっ! どうして叩かれたのかわからないっ! だってそんなの少し考えればわかることだし、通常の知能を有していれば、もし万が一他のことに気が行っていて最初は気付かなかったとしても、二回目以降の攻撃を受けるなんてあり得ないことで、そん馬鹿な貴様のことなど鼻で笑ってやるのがベストなんじゃないかという判断で……ダメ?」
「ダメに決まってんだろぉぉぉっ! お仕置きっ! お仕置きっ! お仕置きぃぃぃっ!」
「ひゃぁぁぁっ! おっ、お許しをぉぉぉっ!」
全くどうしようもない超リンゴ里長だ、確かに先程襲われていたのは悪意を持ったチンピラ共、俺達はそれとはまるで違う、正義を志す最高の慈善団体なのだ。
ただし、その中で俺だけは、1,000年も前にこの地でやらかし、『最初のリンゴ』の怒りを買い、かつての里を滅亡させる原因を作出した男、超ウ○コ里長にそっくりである。
不名誉だが顔が似ているとかそういうのはどうしようもない、それはそれで受け入れて、俺だけが近付かないようにすれば良かったのだ。
そうすれば今現在のように、全く攻撃を受けることなく仲間が、そしてもちろん先行していた突撃組が、『最初のリンゴ』のその太い幹に接触することが出来るのだから……
「……と、精霊様が何か交渉めいたことを始めたみたいですわ」
「ファーストコンタクトってやつか、余計なことを言って怒らせないと良いんだがな」
「ご主人様ではないのでそれは大丈夫だと思いますの、あと、おそらく立場的にはあの木よりも精霊様の方が上かと」
「え? そうなの?」
「だって考えても見て下さいですの、ここに居る『超リンゴ里長』は、『最初のリンゴ』から生じた存在であるがゆえそれに頭が上がらない」
「ふむふむ、で?」
「そう考えたところ、『最初のリンゴ』も、この世界に水を供給している感じを醸し出す、というか水を自在に操って洪水も旱魃も起こすことが出来る精霊様、それに対して偉そうには出来ないと思いますわ」
「なるほど、そういう感じで『力関係』が働くと予想するのか、確かに精霊様であればこの森全体を干上がらせる、または押し流すことぐらい余裕だからな」
そのように最強な精霊様、そして頭脳の方も実は最強であるため、『最初のリンゴ』との交渉も、1人で上手く進めているようだ。
そしてしばらくの後、突撃して行った部隊の中からカレンのみが戻り、まずは前の方に居た迎撃部隊、といってももう戦闘は起こっていないのだが、それらに何やら説明をして先へ進ませる。
で、それとほぼ同時にこちらにも手招き、どうやら出てきても良いということのようだ。
精霊様が交渉を終え、『最初のリンゴ』に接近しても確実に大丈夫な状況であることの確認が取れたのであろう。
ガサガサと茂みから出た俺達は、前を行く仲間達を追うようにして、小走りで森の中を駆けて行く。
攻撃を受けることのない、安心安全の移動というのは実に良いもので……あるのだが、何か飛んで来たのだが……
「勇者様、避けないと危ないわよっ!」
「ん? 鳥か何かが……って攻撃魔法じゃねぇかっ! ぬわぁぁぁっ!」
「飛んで行っちゃった、まぁすぐ戻って来るでしょう、先に行っているわよ~っ!」
またしても俺だけが攻撃されてしまったではないか、もう近付いても安全なのではなかったのか?
この件については精霊様から改めて説明を受ける必要が……と、その精霊様がこちらへ来るようだ。
特に慌てているという様子もなく、どちらかというと馬鹿にしたような笑みを浮かべつつ飛んで来る精霊様。
馬鹿にしたような、というか馬鹿にして居ることが確定だ、もう今にも噴き出しそうではないか。
そして手に持っているのは何だ? リンゴのようだがかなり巨大で、人の頭の数倍程度はある謎の赤い玉……ボウリングではないし、一体何のつもりなのだ?
「お~い、精霊様~っ、何か近付こうとしたらまた攻撃されたんだけど?」
「プッ、ごめんごめん、こうなるとは予想もしなかったわ、プププッ」
「笑ってんじゃねぇよ、で、どういうことなんだ?」
「いやそれがね、一度は『全員近付いても大丈夫』って言った、というか喋らないけどそう念じてきたのよあの木が、でもあんたが近付いたら『やっぱ生理的に受け付けない、キモいからやめてっ!』だって、それでとっさに攻撃したみたいだから、とりあえずはいコレ」
「チッ、鬱陶しい野郎、いや木だな、てか何だよコレ?」
「リンゴの被り物、もう接近されたら次からも冷静で居られないってことだし、とりあえずコレを被って顔を隠すなり、あとは死ぬなり何なりして対策してってことらしいわ」
「死ねってか、奴め、確実に木材にしてやるっ! 覚悟しやがれってんだよ植物の分際でっ!」
「リンゴ被りながらそんなこと言っても強そうに見えないわよ……」
とにかく指示通りにリンゴの被り物を装備し、前が見えないため精霊様に手を引いて貰って先へ進む。
今度は攻撃されないようだ、奴め、そんなに俺の顔が嫌いなのか、そしてそんなに『超ウ○コ里長』に似ているというのか。
まぁ、それはもうどうでも良い、とにかく接近に成功した俺は、リンゴの被り物の前の部分に2つ、指突で穴を空けて目が見えるように改造する。
見上げるほどの巨大な木の幹、刳り貫いたら中に城が建造出来そうなぐらいの太さだ。
そして既にその幹が一部刳り貫かれ、中にはそう、目的としている『白ひげの玉』らしきものが鎮座していることが確認出来たのであった。
アレさえ開放すれば任務完了、あとは先程まで居た里に戻って、リンゴやそれを使った料理を振舞われ、お土産もたっぷり購入してこの地を去るのみだ……
※※※
「お~いっ、おまもぷっ……っと、何だよセラは?」
「勇者様が喋るとまた攻撃されるわよ、少し静かにしておいた方が良いわ」
「確かにそうだな、じゃあ精霊様、俺達にも奴の声が聞こえるようにしてくれ」
『その必要はありません、というかいちいち喋ることによってしか意思の疎通を図ることが出来ないなど、人族や魔族というのはどうしてこうも格の低い生物であるのでしょうか』
「……頭にキンキンくるぜ、念話とかそういうやつか?」
『だから黙れと言っているでしょうこの超ウ○コ里長モドキがっ! 何なのですかあなたは? そういう顔の生物はこの世から消え去ったはずなのにっ! どこで生き延びて再び我が前に現れたというのですかっ!?』
「いや、その……まぁ異世界から……」
『異世界、それはもう消滅した方が良い世界ですね、あなたのような自然の敵が跋扈しているのでしょう? あぁっ、想像するだけで吐き気が……ボェェェェッ!』
嘔吐しやがった『最初のリンゴ』、しかも吐いたのは普通の、何の変哲もない樹液である、ここにきてまさかのリンゴ汁ではないようだ、ツッコミを入れようと身構えたのに、それさえさせてくれない空気の読めなさ。
まぁ、とりあえず俺は黙っておくこととしよう、これ以上のトラブルはさすがに身が持たない、それどころかいくらダメージを受けようとも、これについて誰もかわいそうだとか、寄付をしてでも助けるべきだとか思ってくれることがないのである。
ひたすらに失笑を買い、そして笑うのに飽きた仲間達からは笑みも消え、最終的に残るのはダメージと、顰蹙を買うだけの残念な馬鹿、それだけなのだ。
ということで交渉の続き、その太い幹の中に鎮座している『白ひげの玉』を、どうにか操作させて貰えないかということのお願いを進める。
もちろん精霊様はそんなに優しくはない、『お願い』するのは本当に最初だけであり、それで上手くいかないようであれば、そこから先は『強要』ということになるのだが……
『良い? あんたがここで、この森を長らく守ってきたのは知っているけど、その真ん中に埋まっている玉がないと世界が終わるの、もちろんこの森もね、だから無条件でその全ての権限を委譲しなさい、それから今実っているリンゴも全部こちらに寄越しなさい』
『あの、水の精霊様、それで……その玉を操作させて、今実っている大切なリンゴ、これをすべて差し上げたことに対する見返りは……』
『見返り? そんなものを期待しているようではダメね、というかむしろ私と話をしているこの行為、これこそが見返りよ、あんたみたいな矮小な存在とマンツーマンで話ししてあげるなんて、これは本当に稀な行為ね、それともこれ以上何か求めようって? どうなのさ?』
『え~っと、出来れば安全の確保をお願いしたいのですが、ここだけでなく、かなり先へ逃げて行った敵の討伐をお願いするとか……』
『かなり先へ逃げて行った敵? 何よそれは、それがどういった脅威なわけ?』
『それがですね、最初はこの地を荒らして、リンゴの生る木をダンゴの木に変えるなどとわけのわからないことを言っていた馬鹿共で、大半は殺害して、二度と復活せぬよう呪いの地へ放り込んでおいたのですが、その生き残りです……あの、私の高さからだと見えるのですが、何か海の方で再び力を蓄えて反撃の準備をしている様子でして……』
その後に『最初のリンゴ』がした話しによると、どうやらここから逃げ出した西方新大陸の犯罪組織の連中は、まず先程のように周囲をウロつき、時折発見されて処分されるような頭の悪い馬鹿が一部。
そして残りの連中は、この森を抜けた先にある海峡に集結、そこで何やら不穏な動きをしているのだというのだ。
連中は船を造り、その船で海へ出てマグロを漁獲……と、ここまで聞くと真面目に漁をして生計を立てているだけのように思えるのだが、実際にはそうでもないらしい。
犯罪組織の構成員共が漁獲しているマグロは普通のマグロではないようなのだ、もちろん食べることが出来、大トロ中トロその他諸々、食用部分の美味さは通常のものと変わらない、実に価値のあるマグロ。
だが通常と異なり、魚介類の分際で『火属性』を有しているというのがそのマグロの特徴だとのこと。
何のためにその火属性のマグロを漁獲しているのか、それは考えるまでもない、そのマグロを用いてこの森に逆襲を仕掛けるためだ。
食べ終わったマグロの骨等に残った火の魔力、それを掻き集めることによって何かの兵器に変え、それを用いて森を、このリンゴの森と『最初のリンゴ』、さらにはあの里までをも焼き払うつもりなのはもう明らか。
そうなる前に攻撃を仕掛けたい『最初のリンゴ』なのだが、どうにも攻撃の射程が短く、連中にそのエリアを悟られ、回避されるようではもうどうしようもない。
最悪自分だけが生き残り、さらに数千年の、気が遠くなるような月日を用いて森を再生紙テイクということも考えたのだが、やはりそれよりは、今ここに出現した俺達を利用してどうにか出来ないか、そう考えたとのことである……
『とにかく、奴等の造り出すマグロ系炎の決戦兵器、仮に鉄火巻きとでも呼んでおきましょう、それを破壊し、ついでに全部の息の根を止めて下さい、そうすればこの良くわからない、何か変な勇者だか何だかが置いて行った変な玉は好きにして頂いて構いません』
『わかったわ、じゃあその鉄火巻き、私達が全て喰らい尽くしてあげる、それで交渉成立ね』
『ええ、それと出来ればもう一度、あの超ウ○コ里長モドキに鉄槌を……』
『お前調子に乗ってっとマジで焼き払うぞ、夜中とかに放火してな』
『ほら、やはり性格も、それに喋り方も、何から何まであの大馬鹿者と一致して……どれだけ攻撃しても死なないというのは相違点ですが、これをサンドバッグにしたらどれだけ気分が良いことか』
『わかったわ、じゃあコレもあとで貸してあげる』
「ちょっ、精霊様?」
「というのは冗談よ、さて、北の方の海だったわね、空駆ける船に乗って急襲しましょ」
「まぁ良いや、じゃあとりあえず行こうぜ」
『うぇ~いっ!』
ということで転進、ここからは一路海を、火属性のレアなマグロが漁獲出来る海峡を目指しての航行である。
一応許してやった『超リンゴ里長』をリンゴの里に戻し、そして待機していた他の仲間達と合流し、船に乗り込む。
目的地はそう遠くないようだ、高度を上げると、遥か北にはその海らしきものが見えている。
サッサと敵を殲滅しよう、というかその鉄火巻きという兵器は何なのだ? 凄く美味そうではあるが……




