751 超リンゴ
「……まぁ、そういうことなんだよ、やってくれるな?」
「ふふんっ、私に任せなさいっ! きっとすっごいことになるわよ、たぶん絶対、間違いないかも知れないと思うわっ、そんな気がしなくもないのっ」
「ねぇ、ホントに大丈夫なのかしら……」
「おっ、何だセラ、ビビッてんのか?」
「うぇ~いっ、ビビッてんのか~っ、あ、ねぇねぇ、この変な力の玉も使っちゃいましょ、凄く強いリンゴになると思うの」
「良いじゃねぇか、もう何もかもアリだ、好きにしようぜっ!」
ノリノリなのは俺とマーサ、あとカレン、リリィ、ついでにルビア辺りもなぜか、これから何が起こるのかは特に理解していないようだが無駄にノッている。
ということで持ち出したのは、女神が『破魔松』の力を封じた際に回収したエネルギーの玉。
本来は空駆ける船のサブ動力にするはずのものだが、この際なので使ってしまおう、これでリンゴを超強化してやろうという魂胆だ。
早速それを持ち出した俺とマーサは、勢い良く飛び出して先程の場所、紋々太郎やフォン警部補、それからリンゴの里の人々が待つ『里長の祠』の前へと戻る。
これから『里長』として崇め奉られている単なるリンゴに対し、マーサがいつもニンジンを急成長させるために用いている魔法を全力でぶつけるのだ。
通常、少しやりすぎただけでも失敗し、ニンジンに足が生え、凶暴化して暴れだすマーサのニンジン魔法。
それを全魔力を用いて、しかも異常なまでの力を内包する女神の玉のサポートを得て発動させればどうなるか。
きっと素晴らしい、誰もが褒め称えるような結果を迎えるに違いない、もちろん褒められ度は術者のマーサが1、立案者である紋々太郎に1、そして計画を実行に移したこの俺様に対しての998、合計1,000である。
「……戻ったのかね勇者君……その玉は、まさか女神様のそれをこの儀式に?」
「そうなんすよ、やべぇっしょマジで」
「……至極やべぇと思うが……本気でやろうとしているのであれば止めはしない、それはこの世界に降り立った勇者としての重要な決断、つまり女神様の下した決定に準ずるものであるからね」
「そうっしょ、じゃあマーサ、ガツンッとかましてくれ、ガツンッとな」
「わかったわっ! じゃあこの変な玉をセット……何だか力の放出感が微妙ね……この変な玉をバキッとカチ割って、それから私の魔力をドバドバッと、そしたらリンゴ様にガツーンッ!」
「マーサちゃん、もう何しているのか以前に何を言っているのかわからないわよ……」
「大丈夫よっ! 最後にこの凝縮したダークマター的な何かを蜜リンゴの蜜の部分にグググッと押し込んで、それから……あら?」
「ん? どうしたんだマーサ、何か上手くいかない部分でもあったか?」
「……う~ん、たぶん大惨事ねこれは、ちょっと大きくなっちゃうかも、あと……めっちゃ強いのに仕上がるかもっ! とにかく逃げてっ!」
「やっぱりそうなったじゃないのっ! ほら勇者様、立って逃げるわよっ! 他の人達もっ!」
自分だけは脱兎の如く、いやリアル脱兎で逃げ出したマーサ、もうその姿はまるで見えない。
まぁ、一応周囲に警告だけしたことを評価しておこう、後でお仕置きなのは確定だが。
で、祭壇のような場所に設置され、つい今の今までマーサが弄り回していたリンゴは……奴め、こちらからは死角になって見えないのを良いことに、端の方を少し齧ってあるではないか。
そしてそのマーサが齧った場所から、どういうわけか魔力を発するのではなく取り込んでいる様子のリンゴ、いや里長。
横に無造作に置かれた女神の玉から、その無限大とも取れる強大な力を吸収している。
と、ここで面倒になったのか、『力の移し替え』をやめて自ら動き、女神の玉を直接取り込みに行ったではないか。
ちょうど齧られた部分が口の形に変化し、モゾモゾと動くリンゴ里長……本来はここで止める、破壊してでもどうにかすべきなのだが、そのあまりのキモさに紋々太郎でさえも動くことが出来ない。
リンゴ里長はゆっくりであるが着実に女神の玉へ、そしてついには横並びとなり、その口を大きく開けてバクッと、本来はそうやって食べられるはずの自分が、まさかの食べる側に回って……気持ち悪いどころの騒ぎではないなこれは……
「……喰らっているね、あの玉を齧る際にも、ムシャムシャと不快な音がするのは驚きだよ」
「めっっちゃきめぇ、おいセラ、ちょっと魔法で殺れないのか? このままだとマジで危険なモンスターが誕生するぞ」
「もう手遅れよ、リンゴ自体かなり膨らんできているし、今ここで一撃入れたら女神様の玉の方が爆発とか起こしそうだし」
「クソッ、あの古のおっさんと同じような感じなのか、つくづく呪われてんなあれ以来……」
「まぁ、今回は勇者様とマーサちゃんの責任で……っと、食べ終わったみたい、リンゴが膨張していくわ」
『おぉぉぉっ! 我等が里長様が、里長様がこんなに巨大にっ!』
『こんなことは初めてじゃっ! 里長様が動いておるぞっ!』
『ヘヘーッ! さぁぁぁとおささまぁぁぁっ!』
このリンゴの危険性について理解している俺達と、それを全く察することが出来ないため、膨張し、動き出したリンゴ里長の姿を見て大喜びする里の人々。
おそらくだが、このまま放っておいたらリンゴは膨張を続け、人を超える大きさとなり、さらには俊敏な移動手段やその他昨日を獲得するであろう。
そしてその稼動に際してのエネルギーは膨大となり、もちろん女神の玉から得た力を単に消費していくだけでは満足しないはず。
きっと喰らうに違いない、エネルギー源となる人々を、そして木々に実った糖度の高いリンゴ、ついこの間までは自らもその仲間であった甘いリンゴをだ。
最悪里の人々はどうなっても構わない、ここはリンゴを、この地域の主要産業であり、俺達のお土産としてもそこそこ相応しいものであるリンゴを守ることを最優先としよう……
「ちょっ、勇者様、私が他の子を集めて来るから、もしその間に暴れだしたりしたらお願いね」
「おう、傍若無人な振る舞いを黙って見過ごすことなど……もちろんあるな、キモいから触りたくない」
「そんなこと言ったって……ほら、たぶんアレ勇者様の方見ているわよ……」
「ゲッ、こっち来んじゃねぇっ! この天然果実めがっ! 切り刻んで楊枝でブッ刺して食ってやるっ!」
『なぁぁぁっ! いくら女神様より偉い勇者様とはいえそれはぁぁぁっ!』
『そうじゃっ、里長様はまだ時期ではないっ! もう少し熟れてから捌かねばならぬのじゃっ!』
「そんなこと言ってっとお前等が捌かれて、そして喰われるんだがな……」
セラは走り去り、その間を任されたのは俺と紋々太郎、フォン警部補、あとは未だにテンション高めな一部のパーティーメンバーのみである。
しかしカレンもリリィも、肉食であるがゆえに『リンゴそのもの』には興味がなく、もし攻撃を加えるとしても単に破壊するだけであろう。
そうなれば里の人々からは『里長様を殺害しておいて食べることさえしないのか』という非難を受けるのは確実、これは避けねばなるまい。
ということで、とりあえず攻撃を加えずに他の仲間の到着を待つ、きっと精霊様辺りが解決してくれるはずだし、もしダメならまた女神にやらせれば良いのだ。
目の前で膨張していくリンゴを眺めつつ、そんなことを考えていると……セラが他の仲間を連れて、そして縛り上げられたマーサを引き摺って戻って来た。
「勇者様、様子はどう?」
「どうって、もう人間の半分ぐらいにはなって……口だけじゃなくて目みたいのも形成され始めてんぞ、アレだ、カボチャのランタンのリンゴ版みたいになっているようだ」
「もうどうしようもないわね、でも当初の目的であった意思の疎通ってのは……」
「どうだかな、それは俺にもわからないし、この馬鹿ウサギが逃げ出したってことは、相当に厳しい状態ってことだろう、なぁ馬鹿ウサギ」
「ひぃぃぃっ! 痛い痛いっ、失敗したのは謝るから許してよ~っ!」
地面に転がしてあるマーサの尻尾をガシッと掴むと良い反応、だがそんなものを堪能している暇ではない。
その一瞬だけ目を離した隙に、リンゴ里長はさらに膨張、そして目と口と鼻と、そして耳までもがハッキリと現れているではないか。
この状態となってはもう手遅れであろう、今攻撃を加え、完全に破壊したとしても、その後何らかの形でこのリンゴ里長の意思は残り、最悪誰かが憑依されるかも知れない。
もちろんそれに際しての反動、つまり溢れ出した膨大な力の爆発は起こり、この広大なリンゴ農園のどれほどが失われるかもわからない状況。
まぁ、リンゴ里長の破壊は住民らが止めたものだ、これ以上どうなろうと俺には責任がないし、リンゴ里長が今このような状態となっていることに関しても、俺の責任というのは一切存在しないはず。
そうだ、きっと悪いのは女神の奴だ、きっと俺やマーサが何を計画していたか、何か凄い力で良い感じに把握していた……把握していたということにしておこう、それなのに止めに入らなかったというのはとんでもなく重大な過失である。
当然実行犯であるマーサも少しは悪いが、反省している姿が可愛らしいので微罪で済ませてやっても良い。
それ以外には特に関与している者も見当たらないし、今回の件はほぼほぼ女神の奴が単独で責任を負うこととなりそうな感じだな……
「さてと、全員揃ったところで……どうしようか? まずはマーサ、解決策はあるのかないのかどっちだ?」
「もちろんひとつもないわよっ!」
「偉そうに宣言するなっ! このっ、カンチョーを喰らえっ」
「はうっ、はうぁっ! ごめんなさ~い」
「で、精霊様はどうだ? 何かわかることがあるか?」
「う~ん、これは……放っておいた方が良いわよ、しばらくはね」
「何を言うかこのっ! カンチョーッ!」
「はうっ! いやそうじゃなくてよ、これ、ほら手と足が生えてきて……立ち上がったわ」
「ゲッ! マジか早く止めないと大変なことにっ! って……あれ? 身の部分が微妙に細くなって……顔が上に移動して……これはっ!?」
なんと、徐々に形態を変化させていたリンゴ里長が立ち上がり、人の形を成し始めたではないか。
生えてきた手足は、当初こそ多少赤みがかっていたものの、今ではすっかり人間のもの。
そしてカボチャのランタン紛いであった顔も、徐々に人間のそれに近付いていき、身の細くなった部分は胴体に、そして表面が赤いワンピースのように変化して……まさかの女の子タイプへと変化している。
女神の玉から吸収した力もかなり安定してきたようだ、ここからは形状だけでなく、身に着けている装飾品や髪の毛、その他諸々のものが形成されていく、赤い縁のメガネも、リンゴの装飾がなされた髪留めもだ。
さらに人の形に近づいていくリンゴ里長、かなり細身の、まるでリンゴしか食べていないのではないかという雰囲気のメガネ美少女、それが最終形態であることは容易に想像出来た……
『おぉぉぉっ! 里長様が美少女にっ!』
『やはり美少女であったかっ! 里長様は単なるリンゴじゃなくて、きっと美少女だと思っていたぞっ!』
『里長様ぁぁぁっ! 麗しき里長様ぁぁぁっ!』
「……本当にお嬢さんになってしまったようだね、ところで勇者君、やは君の方を見ているような気がするのだが、どう思うかね?」
「ええ、見てるってか……バッチリ目が合ってますね、もしかして俺のこと好きなんじゃないか? 俺に食べて欲しいってことか? なぁ……リンゴ里長……様?」
「……別にそういうわけではないの、貴様の下心とかそういったものが凄すぎて、感心していたところだったの」
「喋りやがった、しかも微妙にディスってきやがるとは……で、お前はそもそも何者なんだ?」
「私はリンゴの精、そんなの当たり前でしょう? 見てわからないなんてことはないはずなのに……あ、ちなみにね、代々ここに飾られ、熟れていったリンゴから出た様々な成分がこの祠に染み込んで、それが先程力を得たことによって具現化、ちょっと齧られた当代のリンゴの傷口から~以下略~」
「そういうことか、つまりお前は……」
「これでもまだ質問? 本当に頭が悪いんだね貴様は、でもそんな貴様のためにハッキリ言ってあげる、私はこの地で代々崇められてきたリンゴ、里長よね、それら全ての集合体、いうなれば『超リンゴ里長』よね」
『うぉぉぉっ! 超リンゴ里長様万歳!』
「ちなみに不死だから、この世界が滅亡してもなおこの地に留まり、新たなリンゴ農園の管理者が誕生するのを待つことになるわ」
『ヨッシャァァァッ! これでこの地は安泰だっ!』
『さすがは超リンゴ里長様!』
大盛り上がりの民衆、それはそうだ、これまで『里長的な者の代替物』として適当に飾り、熟れたら普通に食していたリンゴが、このような、少し態度が悪いものの見目麗しい美少女へと変化したのだから。
そしてこの超リンゴ里長、長らく引き継いだこの里の長としてのリンゴ全ての体験を有しているため、この地についてかなりの知識を有しているようだ。
そうなれば『白ひげの玉』についても知っている可能性は高い、この性格だとタダで教えてくれることはなかろうが、少し要求を聞けば、おそらくわかる範囲で答えてくれるはず……
「なぁ超リンゴ里長様、ちょっと良いか?」
「どうしたこの馬鹿? 貴様のような馬鹿が気安く話し掛けて良い存在じゃないんだけどホントは、一応聞いてあげるわね、何かしら?」
「すげぇムカつくんだが……まぁ良いや、500年ぐらい前の話なんだけどさ、この地域に現れた始祖勇者が『白ひげの玉』ってのをこの辺りに隠したり、祀ったりしなかったか?」
「あら、やっぱり馬鹿は過去ばかりに拘るって感じかな? どうでも良いけどこんな馬鹿、で、もちろん色々と知っているし、その始祖勇者ってのも相当昔、もう何代前の私なのか忘れたけど、とにかく有り難がって拝んで行ったわね」
「ほう、じゃあその情報をこちらに……」
「ダメに決まってるでしょっ! 大昔の話とはいえ個人情報、貴様のような馬鹿にそんなこと教えたら、きっと明日には世界中の近所のおばさんの知るところになるもの」
「何だよ世界中の近所のおばさんって、まぁ想像はし易いがな……」
その後も交渉を続けてみるものの、超リンゴ里長は首を縦に振ることがない、断固としてだ。
こちらから提示したのは土壌改善だの肥料だの、リンゴの育成に欠かせない貴重なものばかりだというのにである。
ちなみに俺以外のメンバーも、もちろんこの島国の地方英雄である紋々太郎までもが頼み込むも、超リンゴ里長は全くもって靡くことがない。
どうにも頑固な奴だ、嚙み付いたら歯ぐきから血が出そうなぐらいには高い防御力を持っている。
こうなったらもう物理的な手段に出るか? いや、この美少女(型の何か)はかなりの強さ。
当然であるが、こんな所で戦闘になれば被害は甚大、超リンゴ里長自体は大切なリンゴの森を破壊しないように、注意して戦うのであろうが、俺達の側はそうも言っていられないからな。
しかしだからといってこの取り付く島もないような状態では……そうだ、こちらから何かを選択して提供するのではなく、逆に要望を聞いてみることとしよう。
それでダメならもう諦めて、コイツに吸収されてしまった女神の玉の分の料金をキッチリ請求し、普通にリンゴとその加工品を購入してこの地を去るのだ。
目的である『白ひげの玉』については、少し大変かも知れないが、時間を掛けて自力で探せば良いのである……
「なぁ超リンゴ里長様、何をくれてやれば、やってやれば俺達が欲する情報を提供してくれるんだ?」
「つまりはこちらから供給を出せってこと?」
「そういうことだ、まぁこちらに可能なものに限定されるのであって、場合によってはこの場で即答出来ないものもある」
「例えば?」
「例えばだな……うむ、例えばここにフォン警部補が居るだろう? これがおっさん臭いから殺せとなった場合、ちょっと微妙なお願いとして、一応持ち帰って前向きに検討することになる」
「いや即答で断れや、なんで俺が殺されることについて前向きに検討されんだよっ」
「……と、まぁそんなところなんだが、どうだ?」
「いや無視すんなってっ!」
「そうね、じゃあさ、近頃このリンゴの森に侵入して、何か悪事を働いている……のかどうかはわからないけど、とにかく『おかしな外部者』が居るの、それを皆殺しにして」
「おかしな外部者……どんな奴等だ?」
「どんな奴等って言われても、私はまだ『リンゴ形態』からこの姿になったばかりなの、あまり遠くのエリアのことを見たわけじゃないからわからない、もちろんリンゴの木を通して感じ取ってはいるけどね。だから貴様のような馬鹿のために場所を教えてあげることも出来るし、その連中の所へ案内してあげることだって出来る」
「そうか、何だかわからんんが、それを引き受ければ情報をくれるということだな?」
「まぁ、その後私に……と、それは些細なことね、今伝えなくとも良いこと、じゃあ引き受けてくれるのであればこの契約書にサインを」
「ほいほいっ、はいサイン完了!」
「ちょっと主殿! そんな契約の内容も読まずに……もう手遅れか……」
「まぁ大丈夫だろうよ、その敵っぽい連中を殺すだけなんだからな、チャチャッと終わらせてサッと情報を得て、シャキッと『白ひげの玉』を開放してしまおうぜっ!」
超リンゴ里長との契約に際し、ジェシカだけでなくミラやユリナなどがギョッとした顔をしていた。
こいつらは本当に心配症だ、たかが討伐以来ごときでそこまで気を付けることなどないというのに。
ということでこれから、せっかく人型となった超リンゴ里長と共に、この広大なリンゴの森のどこかに侵入したという謎の外敵、それを滅ぼしに行くのだ……




