738 神界での
「お~いっ、戻りましたよ~っ、先に帰ってしまうなんて酷いです勇者よ」
「おうすまんすまん、ちょっとリリィが限界でな、まだ子どもなんだから勘弁してやってくれ、むしろこれでとやかく言うようなら女神の座を降りろ、まるで慈悲深くないってことだからな、なぁリリィ?」
「でもごめんなさ~い」
「……そんなこと言われたら許さざるを得ませんね、いえドラゴンの少女よ、あなたは悪くないのです、悪いのは全てそこなチンパンジーで……というのは冗談でして」
「誰がチンパンジーだオラッ!」
「ぎゃふんっ!」
女神を叩き、物理的にギャフンと言わせてやったことによって満足した俺は、早速浄化作戦の結果を聞き取り調査する……もちろん女神からではなく監視員の精霊様からだ。
というかまぁ、帰って来ている時点で作戦が上手くいったことは明らかであり、女神の奴にボコボコにされたとか、鞭で打ち付けられたとかそういう傷跡が存在しない辺り、作戦は成功裏に終了したということが窺える。
で、問題は謎のお土産、女神が手に持っている、というか抱えている何か……卵のようなものであろうか? 真っ白で、いや、卵いというには少し丸すぎるような気がしなくもないな。
しかも特に何も感じない、本当に球体の石ころのような感じである、どこかのオブジェからこれだけパクって来たのか? だとしたら相当な大馬鹿者だぞ……
「なぁ女神、お前なんだそれ? どこからかっぱらって来たんだよ?」
「かっぱらって……酷い言葉遣いですね、これは盗品ではありませんし、そもそも女神たるこの私がそのようなことをすると思いですか?」
「うむ、普通に思うが、金なくて万引きとかしていそうだからな、で、早くそれが何なのかについて答えろよ、まさかあのおっさんの成分が含まれた何かじゃ……」
「そのようなものでもありませんっ! というかそのようなものであれば素手で触れたり、そもそも持って来たりはしませんっ! これはですね……これは……」
「これは? 何なんだよ、もったいぶらずに早く答えろ、尻を叩くぞっ! オラッ!」
「あいでっ! もう叩いてるじゃないですか……あいたっ! えっと、これはですね……絶対に悪用しない、そもそも私から奪い取ったりしないと約束出来ますか?」
「おう、約束してやる、だから何なのかを教えろ、この雌豚がっ!」
「ひゃんっ! これはですね……あの不浄の者を消し去った際、私が搔き集めたこの世界の力を使いましたよね? それです、その余った部分、というか利用されずに霧散してしまった部分ですね、そのそこら中に散っていたものを再度集め、凝集させたものなのです……もちろん中身が飛び出さないようコーティングしてありますが……」
そう言いながら大事そうに『玉』を抱える女神、腹で卵を温めて孵化させようと試みている小学生のような仕草だが、そんな危険そうなものを自らに密着させるとは良い度胸だ。
しかし、それを持って来て一体どうするつもりなのか、普通に放っておけばさらに拡散し、まぁこの地域というかあの海域というか、そこに存在する力は一時的に少し濃くなってしまうかもだが、そのうちにいい感じに均されると思うのだが。
いや、もしかするとこの女神、この力を何かに用いるために集めたのではなかろうか、今は分厚いカバーに包まれているものの、どうにかしてそれを取り外せば、結構な力が手に入るのではないかと……
「なぁ、その力の塊? っていうのかな、とにかくさ、殻を破って再利用するとどのぐらいのエネルギーが取り出せるんだ?」
「そうですね……えっと、これひとつだと……だいたいですが、この世界で稀に利用されている魔導の『空駆ける船』、あの超大型、『5万人乗り』ぐらいのサイズのものを、およそ『2億年間』休みなく全速力で航行させることが出来る程度だと思います」
「……その玉貰ったぁぁぁっ!」
「うわっ⁉ ちょっと勇者よっ! 奪ってはならないと言ったではないですかっ、あなたもそれで了承しましたよね?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよこの馬鹿がっ! あのしょうもない口約束にはとんでもない錯誤があったんだ、取消しだよ取消し、ということでこの玉は俺様のものだっ! で、どうやって使うのかをサッサと教えろ」
「私はとんでもない悪党を勇者にしてしまったようです……というか勇者よ、そんなものを何に使うつもりなのですか?」
「う~ん、まぁ色々と動力だよ、ほら、これから俺達はこの島国の『とうほぐ地方』って場所に向かうんだ、その途中にある『やべぇリアス式海岸』みたいなのをどうにかしてクリアする必要があってだな、それで……」
この玉は仮に『力の玉』とでも呼称しておこう、良く見たら『始祖勇者の玉』に似ていなくもないが、もしかするとあの『玉』も元々は女神がどうこうしてああいう感じのモノが出来上がったのかも知れないな。
で、その大事な力の玉の用途についてうるさく聞かれた俺は、自らの責務である下界の監視を怠っているしょうもない女神のために、ここ最近の俺達の冒険、そしてこれからの冒険について話をしてやる。
もちろん見られていなかったのを良いことに話は盛り盛り、というかこれ単体で全ての冒険が完結しそうなほどにまで壮大なストーリーとなってしまった。
結局最後に主人公である俺が最大の敵と相打ちになり、物凄くカッコイイ感じで散っていく辺りでウソバレし、本当に経験したことまで創作だとされるなど、逆効果となってしまったのだが……
まぁ、そんな話はもうどうでも良い、これから向かう地域と、それからその良くわからないやべぇリアス式海岸について、女神は存在を知っていたようだ。
なるほど確かにあそこはヤバい、通常の船では太刀打ち出来ない可能性が高いということになり、仕方なしで『力の玉』を俺に譲渡……貸すだけだと言い張っているのだが、普通に考えて返すわけがなかろう……
「と、まぁそういうことでだ、この玉があれば『第二の空駆ける船』を建造することが可能になる……というかまぁアレだな、普通に造船して、それが飛ぶほどの力を得られるってだけだ」
「ご主人様、じゃあ今までのものよりもっと大きいのにしましょう、木とか一杯あるし、造ってくれる人も一杯居ますから」
「そうだな、出来れば『展望デッキでリリィが待機出来るぐらい』のサイズのものにしたい、他に要望は……はいマーサ、てかお前いつからそこに居たんだ?」
「えっとっ、甲板の半分を畑にしたいですっ! 中で食べるお野菜ぐらいは自分達で作るようにしないとよ、旅も時間が掛かりそうだし」
「うむ、じゃあマーサの案は一応採用とする、半分はダメだけどな、他には……はいカレン」
「甲板の残り半分には『食べられる魔物』を……」
「はい却下、そんなとんでもないモノ乗せられません、スタッフの方が食べられてしまいます」
「そんなぁ~っ! じゃあお肉が生えてくる畑もっ」
「ダメ! てかそんな都合の良いものありませんっ!」
「女神様、ご主人様がケチです、勇者なのに」
「わかりました、後で仕返し……は自分でして下さい、この者は極めて危険なので」
「女神さまはヘタレでした……」
要求が通らなくて拗ねるカレンと馬鹿な女神の茶番はともかく、造船に取り掛かる前に他の参加者にも要望を聞いておかなくてはならない。
いくらこの最強の動力源たる『力の玉』を獲得したのが俺の実力であるとはいえ、それでも船は共同で使用することになるのだ。
まぁ比較的数が多いスタッフの生き残り連中には我慢して貰うか、嫌なら泳いで付いて来て貰えば良いのだが、紋々太郎とフォン警部補に関しえはまた別である。
ということで2人に話を聞きに行ったところ、紋々太郎、そして新キジマ―の2人は鍛錬場が欲しいなどと堅苦しいことを言い出したので、かわいそうな奴等だなと思いながらも了承しておいた。
そしてフォン警部補……甲板にビアガーデンを設置しろなどと要求してきやがったではないか。
もちろんOKだ、それどころかナイスアイディアであると褒め称えたいところである。
マーサが魔力を込めて急成長させた野菜、まぁたまに足が生えて逃げ出すのだが、それを、そのしっかり成功したものを収穫し、ピクルスにしたり、それから冷やしトマトを……夢は広がるばかりだ。
「よし、じゃあこの『船上ビアガーデン作戦』は絶対に曲げられないものとして、新造船の主要機能として推し通そう」
「おう、頼んだぞ、そういうのがないともうこの任務には耐えられそうにない、敵は気持ち悪いし、帰って昇進するにしてもきっと警部止まりだ、警視にはなれんだろうからな」
「殉職しない限りは……いや何でもない、とにかくビアガーデンだ、これと魔王討伐、どちらを諦めるのか天秤に掛けなくてはならない勢いで推してくる」
「いや、そこまでじゃないんだが……あとたとえ妄想の中であったとしても、俺を殉職させようとするのはやめてくれ、何だかフラグになりそうだ……」
「おう、フラグはビールで洗い流すんだよ、じゃあまた後程!」
その後も他の仲間達から話を聞き、特に俺達は優遇される感じで船内の用途を決めていく。
戦闘員全員が集まる大会議室、そしてパーティーやチームごとに滞在する居室。
さらには2人1組の寝室まで用意され、他の連中が酒を飲んで騒いでいても、寝たい者はそこでゆっくり安眠すればよいということに決まる。
あとはもう、木材の扱いに慣れた林業ギルドのおっさんや、現地で募った船関係に強い人々、それからスタッフの皆様方にお任せしてしまえば良い。
ということで俺達は船の完成まで待機……と、そういえば女神の奴だ、神界で何かトラブルがあったとのことだが、心優しい俺様がその話を聞いてやることとしよう……
※※※
「おい女神、ちょっと良いか?」
「どうしたのですか勇者よ、私に用があるというのであれば、まずは地に平伏して祈りを……」
「そういうことなら特に用はない、じゃあな」
「あっ、ちょっと待ちなさい勇者よっ! 冗談です冗談! お待ちを……その、土下座しますからっ!」
「よろしい、全くわざわざこの俺様が出向いてやったというのに、いきなりつまらない冗談をかますとは、本当に不届きな低級女神だな」
「へへーっ! 申し訳ございませんでしたっ! あと私、結構上級な神様でして……えっと、そんなこと聞いてないって? へへーっ! すみませんでしたぁぁぁっ! してご用件とはっ?」
地面に頭を擦り付け、より高い身分であるこの俺様に対しての敬意を表する低俗な神。
知能は低いが、一応は調子に乗ったことを詫びるだけの感性を持ち合わせているようだ、きっと天才の俺様と出会って成長したに違いない。
で、おそらくこの感じだとアレだな、コイツは自分で言っていたことを忘れているようだ。
そう、神界で生じているというトラブルのこと、それによってしばらく下界の様子を窺うことが出来なかったというのに、先程の浄化作戦で良い気になり、都合の悪いことは完全に忘却してしまったということ。
まぁ、この件が終わって神界へ戻ればすぐに思い出し、絶望に打ちひしがれるのであろうが……というかそもそもコイツはいつまでここに滞在しているつもりなのだ?
神界でのトラブルについて忘れ、もう俺達に用がないと思っているのであれば、普通に考えてこんな所に留まっている理由はない……もしかしてコイツ、暇だから誰かに構って欲しいのではなかろうか……
「でだ、お前さ、昨日自分で言っておいて忘れていることってないか?」
「何を言うのですか、勇者よ、女神たるこの私が何かを忘却するなど、間違ってもあってはならないことで……ことで……あれ? そういえば何か……」
「お前やっぱすげぇ馬鹿なんだな、ほらアレだよ、神界でトラブルがどうのこうのと……」
「神界でトラブル……あっ……あぁぁぁっ⁉ たっ、助けて下さい勇者よっ! もう私には解決の糸口が見えなくてっ、お願いですっ、どうかお願いしますぅぅぅっ!」
「すげぇ必死だな、ちょっとかわいそうになってきたからもう頭上げろよ、マジでさ」
「へへーっ! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
まだ手伝ってやるなどとは一言も言っていないのだが、女神の奴は飛び上がり、俺に擦り寄って、しかもおっぱいをギューッと押し付けて感謝の意を表明している。
まぁここまでするのであれば、そして今後も俺様に対して下手に出るというのであれば、今回の件を手伝ってやることを前向きに検討することを検討してやっても良いかも知れないのではないかと思う。
もちろんどうするかは内容次第だ、確か神界水道局から派遣されたスパイがどうのこうの……いや、その内容は俺も忘れてしまったな、とにかくもう一度神界でのトラブルについて詳しい話を聞くべきだな……
「……ということなんです、この危機的状況がおわかりですか?」
「なるほど、つまり『何度数えても1人多い』と、こりゃアレだな、単なる心霊現象だな、怖くないなら気にしなくて良いと思うぞ、どうせショボい悪霊か何かだ」
「神界にそんなモノ居るはずがないでしょうっ! そもそも『1人多い』のは天使なんですよっ、私が最近ちょっとリッチになったので雇い入れた12人の天使がっ、なんと13人居るんですよっ!」
「あ~、わかったわかった、そのうち1人がニセモノか、或いは俺の言うように悪霊の類ってことだよな?」
「だから悪霊などでは……間違いなく強い力を持った、それこそ私にも見破ることの出来ない高い偽装能力を持った敵です」
「うむ……いや待てよ、お前が看破出来ないその偽装だの変装だの、それを俺が見破れることなんてあるのか? 言っておくが変な力はあのおかしなの以外に持ち合わせていないぞ」
「えい、きっとあなたなら大丈夫です、見破るとかじゃなくてもう無理矢理、こじ付けで犯人を決めて暴行して、敵に行き当たるまでそれを繰り返して……」
「ほう、そういうやり方で良いなら任せておけ、で、俺が神界に行くのか、それともそいつらをこっちに連れて来るのか、どっちなんだ?」
「それは……どうしましょうね?」
そこからは女神と共に色々と考えていく、女神的には『俺だけが神界に来る』というのであれば、まぁバレない限りギリギリセーフ(バレたらモロアウト)だとのことだが、果たしてそれで良いものか。
俺だけが神界へ行く場合、この役に立たない馬鹿はもう使い物にならないため、少なくとも俺が単独でその偽天使探しをしなくてはならないことになる。
敵が幻術だの何だのを使うような輩であれば、おそらくはサリナの力が必要になるわけだし、それに精霊様の協力は絶対にあった方が良い。
ちなみに精霊様、本来は神界へ行くことぐらい不通に叶う身分のはずなのだが、大昔に酔っ払って暴れたことが数えきれないほどあり、現在神界の大部分において出禁となっているそうだ。
こうなってしまってはもう仕方がない、俺も本当は神界で色々と、主にこんな奴よりはもっと女神らしい女神を探して連絡先を交換するなどしたかったところだが、まぁ諦めるしかあるまい。
ということで女神には、その問題となっている天使の連中をここへ、この岬の拠点へと呼び出すように言っておいた。
というかまぁ、この世界を統べる女神とその補佐役たる天使が、こんな場所に一堂に会することになるとは……念のため現地民やスタッフにはナイショにしておこう、騒ぎや祭りになったら大変だからな。
「じゃあそういうことで、時間的には……今夜なんてどうだ? 造船はまだまだ1週間ぐらい必要なみたいだし、今日からその天使らをじっくり観察して、可能な限り出発までに敵を見つけるようにするってことで」
「ありがとうございますっ! では早速今夜、夜更けぐらいでよろしいでしょうか?」
「あぁ、あまり遅いとアレだが……ところでひとつ質問だ、良いか?」
「何でしょうか?」
「いやさ、お前最近ちょっとリッチになって、それで天使を雇ったんだろ?」
「ええ、そうですが……それが何か?」
「富くじでも当たったのか? それとも違法賭博か? どうやって従業員を雇い入れるほどにまで儲けたってんだ」
「あっ……と、それは……えっと、実はこの世界での冒険もそこそこ進捗しているということでですね、本来は全ての異世界勇者に対して毎日のように与えられる『幸運の報酬』、これがあなたにもちょっとだけ出たんですよ……通常の、他の異世界で真面目に頑張っている勇者に与えられるものの5万分の1だけですが……」
「ふむふむ、で?」
「ええ、どうせあなたのような者には不要だと思って、勝手に使い込んでおきました、競馬で」
「キサマァァァッ!」
「ひぃぃぃっ! おっ、お許しをぉぉぉっ!」
「ダメだっ! そこで尻を出して四つん這いになれっ!」
「はいぃぃぃっ!」
何の報酬だか知らないし、どうせ俺が貰えるようなものだ、この女神にとってはたいしたものではないのは明らかである。
だがそんなものでも、ほんのちっぽけなものであったとしても、俺は自分が受けるはずであった利益を奪った者に容赦しない。
鉄貨が落ちているのを俺が見つけたのに、それを先に拾ったような奴は確実に息の根を止めるほどだ。
そして従業員を雇い入れることが可能なぐらいの利益を得ることが出来る、何かアイテムのようなものか? とにかくそれを横領したこの馬鹿を許すことは到底出来ない。
まぁ天使がどうのこうのという事件だか事故だか、それとも単なる勘違いなのかわからない事案については手伝ってやるが、その報酬はキッチリ、俺から奪った分も倍にして上乗せして貰おう。
その日の夜、散々鞭で打たれてボロボロのままの女神は一度神界へ、問題の天使とやらを連れて、おそらく俺達が夕食を終える頃に戻って来るに違いない……




