736 消滅作戦開始
「……と、まぁそういうことなんだよ、どうだ、やってくれるか? まぁ無理とは言わせんがな、で、とりあえずお前も飲め、今夜はパーリィだからな」
「その危機的状況とここで酒盛りをしている状況が全く一致しないのですが……せめてもっと甘いお酒を出して下さい、そのイモ臭いのじゃなくて」
「贅沢な奴め、ちなみに飲んだらもう後戻り出来ないからな、直ちに『おっさんの処理』に着手して貰うぞ」
「直ちにって、ちょっと、日が出てからに……」
「ん? まぁそれもそうだな、じゃあとりあえず座れよ、そこの地面に正座だ」
「あの……勇者よ、私は女神であって……」
「うるせぇボケ、早く『おすわり』しやがれってんだこの無能馬鹿が」
渋々といった感じで地面に正座した女神を上から見下ろして悦に入る、そう、俺様の方が圧倒的に立場が上なのだ、この世界を統べる女神を支配する勇者様、まさに最強、最大の存在なのである。
当然後ろで偉そうにしている精霊様、先程までは『女神の馬鹿に頭を下げる必要があるかも……』などと腑抜けたことを言っていたのだが、この状況では態度が一変するのも当然。
あとは無駄に信心深いマリエルやジェシカに、この無様な女神がここに正座させられている、俺と精霊様に虐げられているということを知られないようにすれば万事OKだ。
見つかるときっとうるさいし、最悪女神を高級な玉座に俺と精霊様が正座させられるという、全く逆の立場を強要されかねないからな。
そのような不当が成されぬよう、比較的コッソリと、この場で『立場が上の俺様』を堪能するのだ。
さて、ここからは俺達の要求を、この理解力の低い馬鹿に対し、もっと詳細に伝えていく時間である……
「良いか女神? お前のような低能のクズのためにもっと深く説明してやるがな、俺達と敵対しているおっさんはアレだ、何かこう、もうアレなんだ、デェ~ンッみたいな感じでさ、とにかくすっげぇんだよ、わかるか?」
「いえ、ちょっと何言っているのかサッパリ……」
「だからお前はダメなんだよっ! 1を聞いて10を知るというがな、お前は今100を聞いて0.1もわかってねぇ、馬鹿なんだよ根本的にっ!」
「本当に理解力の低い女神ね、やっぱり私とその地位を交代しなさい、禅譲よ禅譲!」
「そんなぁ~っ……今のはさすがにちょっと……」
俺様の懇切丁寧な説明によっても、今海で起こっているおっさん関連の事案についての具体的状況を把握することの出来ない女神。
もちろん『ウ○コ漏らした』だの、『海面が茶色くなって』だの、この食事が並ぶ席で発言するわけにもいかず、基本的にボカしつつ説明したのは事実だが……それにしても身振り手振りなどを読解してわかって頂きたいところ。
まぁ、こういう奴にはもう現地の状況を見せるしかないであろうな、それでも理解出来ないのであればもう、おっさんのウ○コ水溶液で洗顔した方が良いレベルの馬鹿ということだ、もう救いようがない。
現状、もちろん俺達の乗った『筏』を追跡していたおっさんは元の位置へ、ウ○コ塗れとなった自分の生息海域へと戻っているはずだ。
そして場合によってはさらに漏らし、どんどん海洋汚染を進めている、周囲の海域がみるみる茶色になり、富栄養化の極みとなっているに違いない。
俺達が呼び出したのはそれを止めるための女神なのだ、いくら馬鹿だからとはいえ女神は女神、その仕事を確実に完遂しなくてはならないことぐらい、さすがに理解していることであろう。
「えっと、とにかくですね、明日の朝、日が昇ってから問題の海域へ連れて行って下さい、どういう状況なのかはその場で判断しますから」
「いや待てよ、そんなことしなくてもさ、お前今から一度神界へ戻ったらどうだ? そこから俯瞰して見たら早いだろうよ、いつも偉そうに下界を眺めている感じでさ」
「それが……その、今神界で、というか私のあの部屋、勇者は来たことがありますよね、最初に」
「あぁ、あるにはあるが、真っ暗だったからな、電気止められてたんだっけか?」
「ええそのときは、ですが今ですね、その部屋でもっと、それどころではない問題が、というか事件が発生していまして……」
「まさか、遂に水道まで止められたってのか?」
「いえ、水道はまだです……もう3ヶ月払っていませんが、そういうライフラインの危機とかじゃなくてですね……何というか、とにかくスパイが紛れ込んでいる可能性があるんですよ」
「スパイが? それってアレじゃないのかしら、神界水道局からの刺客で……」
「違いますからっ! たった3ヶ月で水道は止められませんからっ! あの、スパイは確実にスパイ、それも魔界からの者である可能性が非常に高いんですっ!」
なるほど、女神が最初に言っていた何とやらはこれのことであったか、神界に、それもこの女神sのものの所へ送り込まれたスパイ。
いや、それがホンモノのスパイであったとしてだ、この馬鹿から何を探り取ろうというのだ?
基本的に何もしていない、無為な時間を過ごし、時折オネショしているだけのこの馬鹿者から得られるものなど……
いや、まさか俺の弱点を探っているのか、この俺様の、女神とは違って有能で最強、そして強くて可愛い仲間にも恵まれたこの異世界勇者様たる俺様の弱点を、比較的御し易い女神を通じて探ろうとしているのではないか。
だとするとそこそこに危険だ、こちらで、つまり下界のこの海域で生じている問題は女神の『特殊な力』をもってしか解決出来そうにないのと同時に、神界で生じている問題には俺の、神をも恐れぬ勇者様の力が必要なのだ。
「うむ、事情はわかった、じゃあ交換条件として、俺達の困り事をまず解決して貰う、それが終わり次第そっちの些事を解決に導いてやる、これで成立だな?」
「ええ、そうして頂けるのでしたら……」
「おいおい、こういう場合は頭を地面に擦り付けて、『ありがとうございます大勇者様』とでも言っておくべきところだろうに、どんだけ失礼な女神なんだよお前は?」
「へ……へへーっ、ありがとうございます大勇者様……」
「よろしい、ついでにおっぱいを揉ませて頂くとしよう、というか揉んでやるから感謝するが良い」
「へへーっ……えっ? ちょっ、やめなさい勇者よっ! こんな下界の者共が多く居る場所でそのような行為にっ! あzつ、ちょっとホントにっ!」
ずっと正座させられ、足が痺れてしまった様子の女神、その腕を引っ張って引き起こし、おっぱいに手を掛けるのは容易いことであった。
さらに抱き寄せ、今度は尻でも鷲掴みにしてやろう、そう思ったのだが……少し厄介なことになってしまったようだな、こちらへ向かう、慌てた様子の足音が2つ、背後からだ。
「ちょっと勇者様、何をしているんですかっ!?」
「やっぱり女神様を、光ったのはご降臨あそばされたからで、こら主殿!」
「やべぇっ、面倒な連中に見つかったぞ、精霊様、ここは一時撤退としよう」
「そうね、じゃあ女神、明日は頑張りなさいよ、あんたのせいでこの地域の海がダメになったら承知しないんだから」
「はれぇ~っ……はっ、た……助かったようです、ようですが……また向こうから変質者がっ!」
『女神様~っ! お怪我はございませんでしょうか~っ!』
「ひぃぃぃっ! よっ、寄らないで下さいっ!」
「そんなこと仰らずに、ささ、足をお舐めしますね~っ」
「お召し物が土で汚れているようです、というか何ですかこの粗末な布キレは? すぐにお着替え致しましょう、ほら向こうでっ」
「ひぇぇぇぇっ!」
俺と精霊様は難なく退避することに成功し、しばらくの間女神の悲鳴をBGMに酒を飲んだ。
狂信者共の宴はかなりの長い間続き、そろそろ女神の、というか明日女神がこなさなくてはならないミッションが心配になってきた。
ということで止めに入ろうかと思ったところで、やって来た紋々太郎からそろそろ食材が枯渇するため、宴は終了であることを告げられる。
さすが大人、こんな意味不明な場所に女神が降臨し、しかも変な奴等……まぁ俺の仲間のマリエルとジェシカなのだが、とにかくそんな奴等に舐め回されているという状況にも動じない。
ついでということで、紋々太郎には明日の『女神を使った超巨大なおっさん消滅作戦』について詳しく伝えておく。
朝になったら念のためフォン警部補にも教えておこう、現地へ向かうのは最小限の人数にする予定だが、知っている人間が多いのは別に問題なかろう。
「じゃあそういうことで、明日俺達はあの海域へ、とにかくおっさんの消滅だけでも試してみますんで」
「……うむ、この世界を統べる神が味方してくれるのだ、髪のないおっさんを消し去るなど、いくら巨大といえども造作もないことであろう」
「だと良いんすけどね……」
海鮮バーベキューの片付けが続く中、俺はセラと協力して仲間を、主に眠りこけている連中を回収して回る。
とにかくこのまま布団に入って、明日の作戦に備えることとしよう、あと作戦の要である女神にはキッチリ休むように言っておこう……
※※※
「はいっ! 作戦部隊の皆さん! おはようございますっ! えっとね、いよいよですね、決戦のときがですね、迫ってですね、えっとですね……」
「勇者よ、喋る内容を決めていないのでしたら黙っておいて結構ですよ、知能が低いんですから無理はなさらずに」
「何だとコラァァァッ! このクソ女神! 貴様の頭の中にはこのおっぱいと同じ脂肪が詰まってんだろぉがっ! このっ! 揉んでやるっ!」
「ひぎぃぃぃっ!? やっ、やめなさい勇者よっ!」
「はいそこうるさい、ちょっと黙りなさい、良い? 作戦に参加するメンバーはこれだけ、ちょっとまともに飛ぶことすら出来ないのが居るから、リリィちゃんはよろしくお願いね」
『はーいっ!』
飛ぶことすら出来ないのとは俺のことか? 一応参加するセラは風魔法の力で無理矢理飛ぶことが出来るし、リリィに乗らなくては空さえ支配出来ないのはもしかしてこの俺様だけなのか?
いや、人間は一応『飛べない』ということになっているのだ、そもそもこのオペレーションに参加するのは女神、俺、セラにリリィ、そして精霊様である。
……人間として存在しているのは俺とセラだけではないか、神にドラゴンに精霊、良く考えたら俺はとんでもない連中と行動を共にして……と、良く考えれば俺も『人族』ではなく『異世界人』というジャンルであったな。
で、セラはご自慢の風魔法で飛ぶことをせず、俺と2人でリリィに乗り込んでの出陣だ。
もちろん精霊様と、それから女神の奴も生意気に飛行しやがる、うっかりおっさんのウ○コの中に落ちれば良いのに……
「それじゃあ出発するわよ、目的のエリアまでは……え~っと、ここで合っているのね、まぁ全速力で向かえば1分といったところかしら」
「ちょっと待て精霊様、さすがに速すぎだ、セラの風防がバリンッてなってたぶん俺が死ぬぞ」
「大丈夫よ、じゃあリリィちゃん、ちゃんと付いて来てね、ほら行くわよそこの女神! 言っておくけど足を引っ張ったらタダじゃおかないわよ、覚悟しておきなさいっ!」
「あの……そのそも私の力を借りないとその『おっさん』とかいうのを消滅させることが出来ないって話じゃ……その私が足を引っ張るなどということはないと……」
「黙りなさいっ! つべこべ言ってないで早く行くのっ! このウスノロ女神!」
女神に対して非常に辛辣な言葉を投げ掛ける精霊様、まぁいつものことだし問題はないし、女神に対する態度は俺も似たようなものだしな。
それで、本当に問題となるのはここから、果たして女神や精霊様、リリィの全速全開のスピード飛行に、『人間』であるセラの防御が耐えられるのかという点なのである……
「勇者様、振り落とされないようにしっかり掴まっていてよね、てか落ちたら探すのが面倒だし、ちゃんと夜までには泳いで帰って来てね」
「それはさすがにキツいんだが? まぁ良いや、なるようになるだろうからサッサと行こう……っと、ギャァァァッ!」
凄まじい勢いで飛び出した精霊様と、それに続く女神、よそ見をしていて一歩出遅れてしまったリリィは、それをさらに上回るとんでもない初速で飛び立つ。
セラの風魔法による防御は辛うじて間に合ったようだが、とっさのことであり、その内側に巻き込んだ風が渦を巻いて俺を空高くへと舞い上げたのであった。
そのまま吹っ飛び、気付いて戻ったリリィによってキャッチされる俺……だから言ったのだ、この空の旅は通常の人間に耐えられるものではないと。
などと考えている間にリリィはそれを進み、今度はバンッと、予告もない急停止をかます。
これも前に居たセラには予測出来ていたようだ、今度は前方に飛ばされた俺が落水せずに済んだのは、途中で精霊様がキャッチしてくれたためであった。
眼下に広がるのは美しい……いや、全く美しくない海面、茶色どころか微妙に黒くさえ見える、そしてこれ以上高度を下げれば、間違いなくとんでもない臭いで殺される。
「あちゃ~っ、これは凄まじい負のオーラ……というか負の汚物ですね……で、ターゲットというのは?」
「そのうちに出現するさ、セラ、ちょっと攻撃を仕掛けてやってくれ」
「わかったわ、てかあんな不潔な海に魔法を撃ち込むのは気が進まないけど……とにかく汚水が跳ねないように……それっ!」
セラの魔法はバシャッと海面を割り、良い感じの深さまで到達したように思える、そしてそれに呼応するようにして、一度は元に戻った茶色の海面がゴゴゴゴッと盛り上がる。
やはりここへ戻っていたか、というか『ウ○コ水溶液』の中に再び、顔が完全に浸かるまで入り込むとは。
元々正気ではないし、サイズ以外にも人間としてまともな部分がないとは思っていたが、ここまではさすがに予想外だ。
もしかしてアレか? 自分で召喚したウ○コの中に浸かると髪が生えるとか、そうい都市伝説を信じていて、せっかくだから試してみようとかいう魂胆か?
いや、さすがのおっさんでもそこまでではないはず、そこまで発毛、育毛に固執しては……何だかしきりに頭を確認しているような気がしなくもないのだが……
『……ヌォォォッ! ハエテ、ハエテイナイ……ウ○コ、ガマンシタノニ……ハエテナイィィィッ!』
「やべぇなコイツ……完全にやべぇな……」
「うわっ、話には聞いていたけど、こんなにでっかいバケモノだったのね」
『あのキモいおじさんと同じ顔です、めっちゃキモいです……』
「勇者よ、もしかしてこれを消滅させろなどとは……言いませんよねさすがに?」
「いや、これを消滅させろ、無理ならこの海に、不潔極まりない茶色の海にお前を突き落とす」
「えぇ~っ、ちょっとかなり骨が折れますよ~」
文句を垂れる女神、だが出来ないというわけではない様子だ、それであれば余計なことを言っていないでサッサとして欲しいものだが、さすがに準備等時間を要するか?
と、ここでおっさんは上空の俺達を発見したようだ、リリィがデカすぎて気付いたのか、それとも頭上、というか頭皮の様子を気にしすぎて、それで偶然空が目に入ったのかはわからない。
とにかく先程セラが放った魔法を受け、そしてそれが俺達のはなったものだということを辛うじて理解している様子の超巨大なおっさん。
そこまでの、髪が生えていないことを確認した際の絶望の表情は一変、怒りに満ちた表情となり、こちらを睨み付けて……いや、何かピキーンッと電撃でも走ったような顔へ……これはまさかの……
「おい皆! ちょっと離れろっ! 離れるんだっ! とんでもねぇ攻撃が来るぞっ!」
「えっ!? なになにっ? ちょっとブルブルしてるし……とにかく逃げましょっ!」
『ウゥゥゥッ……マタ……ヘ……デルゥゥゥッ!』
前回の遭遇に続き、ここでもいきなりの『水中核実験』攻撃を繰り出すおっさん、巨大なガスの塊が水面を爆発させ、もう色が見えるような状態の濃厚なそれは上昇を始める。
おそらくだがおっさんの上空は危険だ、きっと成層圏まで汚染されてしまうに違いない。
そして前回同様、屁をこいた直後に何かに気付いてしまった様子のおっさん……やはりそういうことか……
『マ……マタミガデタァァァッ!』
「はっ? 何? 何なのよあのおっさんっ? オナラしたと思ったら突然叫んで……」
「マカダミアがどうのこうのと……いえ、少し違った発音であったような気もしますが?」
「クソッ、また海洋汚染を、なんてこった……」
「勇者様、ちょっとどういうことか説明してよっ」
「見ていればわかるさ……ほら、海面がより一層茶色く染まって……地獄だ、奴はまたウ○コを漏らしやがったんだ、屁をこくつもりでな」
「なっ、なんとおぞましい……」
さらに広がってしまった海洋汚染、これには女神もビックリ、そして同時に怒りに震えているようだ。
この不潔で不快な存在が、仮にも自分の管理する世界に存在しているなど、あってはならないことなのである。
精霊様の方は予想通りだと、やはりこれは危険であったのだという顔をしているな、女神に頼んだのは正解であったなと感じているようにも読み取れる表情。
「……状況はわかりました、全力でいきます、いきますが少し時間を下さい、準備が整うまでまで目立ってしまう私から、敵の目を逸らす役割を皆さんにはお願い致しますっ!」
「わかった、じゃあリリィ、あの臭っせぇおっさんに攻撃されないよう、ちょっと距離を取りつつ周りを飛び回るんだ」
『わかりましたーっ』
「セラは防御な、リリィがヤバいかもと思ったときには直ちにフォローするんだ、あと精霊様はごく遠距離から挑発を、ただし臭いと汚物の飛沫に気を付けろよ」
『うぇ~いっ!』
こうして女神中心のおっさん消滅作戦が開始された、かなり高い場所で、この世界に存在する全てのものからエネルギーを集め、それを自らに取り込んでいく女神。
これは女神、この世界の統治者の権能あってこその行為だ、さすがの精霊様でもここまでは出来ないはず。
そしてその集めた力が、必ずやおっさんを、いや古のおっさんの置き土産を、この世から消し去ってくれることを祈るばかりだ……




