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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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734 おっさん再び

『出たぞ~っ! 何かすっげぇのが出たぞ~っ!』

『見たこともないバケモノじゃぁぁぁっ!』

『逃げろっ! 逃げないと喰われるぞっ!』

『大丈夫だっ! この最強の筏を信じるんだっ!』


「……何だろうな? 超巨大なクジラの背中……にしては毛が生えているんだよな、微妙に」


「そういう種類なのかも知れないぞ、とはいえちょっとブヨブヨしているような気がしなくもないな」


「……元から海洋生物であったというのであれば、ここまで肌がふやけてしまったりしないだろうね、しかもこの毛、どこかで見たことがあるようなないようなという感じだよ」



 謎の生物、もちろん超巨大であり、現状で見えている部分だけでもおよそ100m四方、ほとんど『小島』と言った感じのモノに、無駄に長い、白と黒……まぁほぼ白なのだが、そんなまだら模様の毛が生えているような感じである。


 もちろんそれを受けた船内、いや筏内のおっさん達は大パニックに陥っている。

 いくら屈強な野郎共とはいえ、戦闘が主体だとか趣味だとか、そういう連中ではないのだから仕方ない。


 ということでこの謎の生物とは俺達、戦闘員であって依頼者でもある俺、紋々太郎、フォン警部補、新キジマ―の4人が当たることになるのだが、強さ的にまともに渡り合えるのは俺と紋々太郎、いや、俺だけの可能性もないとは言えないな。



「……見たまえ勇者君、やはりこのまませり上がってくるようだぞ」


「ええ、この感じだと下に足が付いていますね、すまないっ! ここの水深がどのぐらいか、そっちでわからないかっ?」


『ここは水深300mから400m前後だっ! すっげぇ深いのだけは確かだぞっ!』

『あぁっ⁉ 魔導ソナーに巨大な反応が……この水深を……立っているだとっ?』


「やはりそうか、もしかしたらこれ、とんでもないサイズのバケモノだぞ、全長500mとかあるんじゃないのか?」


「しかも『立っている』ってことはアレか、人型の何かってことなんだよな……つまり今見えているのは……」


「……あぁ、間違いない、ハゲだ」



 せり上がって来たのが何か、それはハゲである、非常に密度の低い毛の生えた物体は、超絶巨大なおっさんの頭であった、そういうことだ。


 ズズズズッと音を立てながら立ち上がった巨大なおっさん、身の丈は500mほどあろうか、とにかくそこそこの水深があるこの海域で、海底に足を付いた状態でなお見上げる高さ。


 そして何よりも着目すべきは、そのおっさんの顔が……顔が、というか全体像でわかる、アレではないか……



「……古の格闘家よ、なぜこのような姿で我々の前に現れたというのだ」


「いや、もう完全にアレっしょ、あの抜いた髪から生じた小さいおじさん、それ以外には考えられない気が……」


「仕方ない、ここは再び俺の拳法の出番か」


「やめておけフォン警部補、コイツは拳法が通じるような相手じゃないぞ、人じゃなくて怪獣だからな」


「……あぁ、間違いない、ハゲの怪獣だ」



 古のおっさん、およそ1,000年前、午前中に開催されると思っていたら実は夜間であった御前試合で敗北してその権威が失墜、荒れ果て、パチンコでタコ負けした結果自我を奪われ景品にされ、裏切り野郎に支配されて俺達と戦ったおっさん。


 そして大変希少であった自らの髪の毛を抜き去り、それを『小さいおじさん』に変化させて撒き散らしたのもこのおっさんである。


 本体はこの世に残した未練について満足を得、それによって消滅していったはず。

 それなのに『小さい』というわけでもない、むしろこの巨大な『おじさん』はどこでどのように生成されたというのだ?



『ウォォォォッ! カミガ、カミガスクナイ……』


「すっげぇデカい声で喋りやがるっ!」


「しかしこれは一体どういうことだ? 古のおっさんは消えたし、髪から出来た分身も全部焼き払って処分したはずだろうっ?」


「……おそらくだが以前の、我々と戦闘する前の抜け毛ではなかろうか、抜け落ち、川を下って海に至ったのだ、今の我々のようにな、そこで養分を吸収してここまで巨大化したのだ」


「いや巨大化しすぎだろうよ、何でこんなに……」



 このままここに居れば相当にヤバいことになるのは確実である、この巨大なおっさんが少しでも動けば、それによって生じる波というか水流で、こんな『筏』などひとたまりもない。


 とりあえず退避しないとならないのだが、おっさん達は腰が抜けてしまったようで動くことが出来ないらしい。

 となればここは俺が聖棒を使って……と、巨大なおっさんの様子がおかしいではないか……



『ウグッ……ヌォォォォォッ! ヘ……ヘガデル……』


「屁だとぉぉぉっ!?」


「……これはいけないね、キジマー、どうにかして筏を動かしてくれ、このままではきっと全滅だよ」


「わ、わかりました……これをっ!」



 本来は目的地である岬の拠点へ到着した後、この『筏』を一時係留しておくために用意してあったロープ。

 とっさにそれを掴んだ新キジマーは、空を舞い、グイッと引っ張って前へ移動する。


 その力によって『筏』が動いた直後、凄まじい海面の盛り上がりと共に轟音が鳴り響く。

 まるで水中核実験でもしたかの如くだな、いや、汚染の度合いはそれ以上ではないのか。


 さらにその場から離れるべく、新キジマーは必死で『筏』を引っ張り続ける。

 少なくとも広がったあのガス、おっさんの撒き散らした大量の屁が届かない位置まで動かなくては……



「……とんだ海洋汚染だね、というか動きが止まっている……屁の反動を受けたのか?」


「い……いえ、違いますよ、断じて違う……あの動きは……」


「……あの動きは?」


「どう考えても『実が出ちゃった』やつじゃないですかっ!」


「……なっ……それではこの海域はどうなって」


「諦めましょう、奴の『実』が溶け出したとしたら、それこそ全滅、後で精霊様をここへ呼んで儀式なり何なりしない限り、この湾自体が死の海となり、人の歴史からは消え去ることになる」


「クソッ、せっかく犯罪組織から解放した地域だってのに、今度はあの古のおっさんの遺した何かがこんなことを……と、まずはこれをどうにか討伐しないとだな、『実が出ちゃって海洋汚染』など、POLICEとしてはとても看過出来ない状況だ」



 息巻くフォン警部補だが、討伐の前にこちらがやられてしまいそうな状況である、ということをキッチリ認識して欲しいものだ。


 超巨大なおっさんの本体が動かないということに関しては特にメリットを感じる余地がない。

 そもそも出現してしまっている時点で相当なレベルの厄介事であり、本当に鬱陶しい事態なのである。


 そして大気中では迫り来るおっさんの屁、そして水中を徐々に蝕みつつあるおっさんの実、そのダブル攻撃は今、確実に俺達の乗る『筏』を捉えようとしているのだから。



『あぁっ! 海面が茶色くなってっ!』

『クソッ! 俺達の故郷の海はもうお終いだっ!』

『せめてもう一度、あの煌くヌーディストビーチに行きたかったなぁ』

『なぁに、海だけじゃなくてもう俺達もお終いさ、ハハッ』


「おいちょっと待ってその『煌くヌーディストビーチ』について詳しくっ……じゃねぇや、正気に戻った者だけでも良いから、せめて魔導航行システムを再起動するなり魔力を送るなり、とにかくこの場から離れるのを手伝ってくれ」


『ウォォォッ! そうだっ、とりあえず逃げるぞぉぉぉっ!』


「いや、そんな気合十分にならなくても良いから、情けなく敗走するだけだからねマジで」



 叫びながら、筏に搭載された魔導航行システムとやらに力を送り込むおっさん達。

 その筋肉だらけのボディーに秘められた魔力を、惜しむことなく捧げている様子だ。


 一方の巨大なおっさん、茶色くなった周りの海面を絶望の表情で眺めている……そういえばオリジナルも過去にウ○コを漏らしたようなことを言っていたな、本当に汚い野郎である。


 で、十分に距離を取ることに成功し、一応はここまで『茶色』が来るまでに相当の時間を要するであろうと判断した場所で『筏』を停止させた。


 さて、飛び道具といえば紋々太郎の『ハジキ』、そして死んだチンパン野朗から没収した『パイナップル』ぐらいしか持ち合わせていないメンバーなのだが、おっさんからの距離はおよそ1km、どちらの武器も完全に射程圏外だ。


 というかあの状況では近付くことさえ出来ない、もしジャンプして接近したとしても、最終的にはおっさんの脂ぎった、毛の少ない頭に着地せざるを得なくなる。


 当然おっさんは頭に蚊でも止まったかの如く叩き落とそうとするはずだし、それでうっかり落下した先はホンモノの地獄だ。


 海面は茶色に染まり、言い方は悪いのだが、明らかにおっさんの『ウ○コ水溶液』であると確認出来る状況。

 そんな所に生身の人間として落下したらどうなるか? あっという間に中毒死、さらに分解されて肥料にされてしまいそうでもある。


 ということで直接の攻撃はNG、ここはどうにかして間接的に、もちろん手でも物でも一切触れることのない方法で攻撃しなくてはならない。


 それが無理ならこのまま逃げて……というか逃げよう、それ以外に方法はないし、現状最も有効と考えられるのが『逃げ』であるのだ……



「……勇者君、もうこれは無理だ、このまま逃げようか」


「ええ、俺もそう思っていたところっす、ちょっとどう考えても……って感じですよねこれは……フォン警部補はどう思う?」


「俺は戦うと言いたいところだが……これは無理だな」


「よしきたっ、サッサとトンズラだっ! このまま筏を動かしてくれ~っ!」


『ウォォォッ! 全速前進!』



 さらに気合が入る味方のおっさん軍団、そしてこちらが逃げると悟ったようで、屈辱に耐えながら追跡を始める敵の巨大なおっさん。


 いや、あの表情は屈辱に耐えているようでそうではない、『ウ○コを漏らした』という最悪の現実を認識したうえで、その責任をこちらに転嫁しようと、つまりお前等のせいだと怒り狂う直前の表情だ。


 勝手に出現して、屁をこいてウ○コまで漏らして、そうなってしまったことについての怒りを、俺達の大切な『筏』を虫けらの如く叩き潰すことで解消しようというのである。


 これはとんでもないおっさんだ、あの古のおっさんのオリジナルも相当に気持ち悪い奴であったのだが、この巨大化した分体はそれよりもさらに厄介な存在のようだな。



「ほら逃げろ逃げろっ! 追い付かれたら今度こそお終いだぞっ!」


『ウォォォッ! パワー全開じゃぁぁぁっ!』


「しかし勇者殿……どうしてあの古のおっさんはあそこまで巨大化してしまったってんだ? 元々はオリジナルから抜け落ちた単なる毛の1本だろう?」


「さぁ? ふやけたんじゃないのか、普通に」


「もうふやけたとかそういうレベルの話じゃないと思うんだよな」



 POLICEとして何か事件の臭いでも感じ取ったのか、フォン警部補は首を傾げて何かを考えている。

 しかし良く考えればその指摘は尤もである、髪の毛1本があそこまで巨大化するなど、通常は考えにくいことなのだ。


 ということはどこかにこの巨大化のキッカケが……とりあえずこれを『古のおっさん巨大化事件』としておくが、その事件を解決に導き、ついでにこのおっさん自体もどうにかしてしまうための手掛かりがあるに違いない。


 しかしそれが何なのか、まぁおそらくはあの犯罪組織の連中、或いは裏切り野郎のどちらかがやらかした、何かを海に流していたことによって生じたものであろうが、正体を掴むのはまた今度だ。


 今はとにかく逃げて逃げて、後程強力な遠隔攻撃が使える仲間と一緒に戦い、そして精霊様の力でこの『薄汚れちまった海』を浄化させる、そこまでしてようやくミッションコンプリートである。


 俺達の乗った『筏』は超高速で進み、それに応じて超巨大なおっさんもズイズイと、健康のためプールにて歩行運動をしているビール腹のおっさんかの如く進んで来ている状況。


 ……若干敵の方が速いか、このままだといずれ追い付かれ、あの汚い水の中にあった汚い手で攻撃してくる、そしてそれをまともに喰らうことになってしまう。


 そうなったら林業ギルドの皆様方、それからフォン警部補と新キジマー辺りも殺られてしまうであろうな。

 俺と紋々太郎はさすがに死なないであろうが、死んだ方がマシなレベルの屈辱、というか汚辱を味わうこととなる。


 そうならないためには全力で逃げて・・・…いや、それが通用しないのだ、ならばここでもうひとつ、何か手を打つべき……そうだな……



「お~いっ! この付近にもっと水深のあるエリアはないかっ? 出来れば深海と呼べる次元の場所だっ!」


『あるぞぉぉぉっ! こっちだっ! こっちに行けば深海魚の獲れるエリアのはず、親戚がそういう系の漁師だから知っているんだっ!』


「ナイス! そっちへ向かえ、あのおっさん、今は歩いているようだが、泳いで追って来ないということはアレだ、もしかしたらカナヅチなのかも知れないっ!」


『わかったぁぁぁっ! 野郎共! 気合の方向転換だっ!』


『ウォォォッ! ついでに主砲も発射だぁぁぁっ!』



 どういう意味があるのかは知らないが、明後日の方角へ向かって主砲を発射しつつ、『筏』は水深があるというエリアへと舵を切る。


 何も知らないおっさんは普通に追い掛けて来る、というかここでももう沈んでしまいそうだ。

 この期に及んで泳がないということは、少なくとも泳ぐよりも歩いた方が速い、泳ぐのが非常に遅いことを意味しているはず。


 そのまましばらく逃げたところで、遂におっさんの口が海中へ……水を飲んだようだ、しょっぱそうな顔をしているのだが、ざまぁみやがれという言葉をお贈りしておこう。



『よしっ! この辺りから一気に深くなるぞっ!』


「そうかそうか、さぁどうなる……っと、足を踏み外しやがったっ! そのまま沈んでしまえこのバケモノめがっ!」


「……全く泳ぐことが出来ない……というわけではないようだね、溺れそうだが、一応浮くことは出来ている感じだ」


「フンッ、ライフジャケット未着用が仇になったかたちだな、これだからきちんとルールを守って楽しいマリンスポーツをだな……」


「フォン警部補、あのおっさんはマリンスポーツとかじゃなくてここに生息していただけだ、あとライジャケどころか服すら着用していない可能性が非常に高い、どうする、今から1人で戻って逮捕するか?」


「いや、それはやめておく、ああいうのは現場で殺害するというのが西方新大陸POLICEのマニュアルでね、まぁ今回はそれさえも叶わなかったんだがな」



 海面でアップアップしているおっさんを眺めつつ、俺達の乗った『筏』はそこから離れていく。

 遠くを見れば、先程よりもさらに広がった茶色い海面、そして屁の効果か、空を行く海鳥が昏倒し次々に落下して行っているではないか。


 これは凄まじい被害になりそうだ、きっとあの茶色い海面には死んでしまった魚が大量に浮き、今後それが腐ってさらなる汚染となるであろう。


 ひょっとしたら赤潮の原因になるかも知れない、そうなればこの地域の食糧生産がヤバくなるし、もし汚染が岬の拠点まで広がったらどうなるか、きっと俺達が滞在中に食すべきものまで危うくなってしまう、そんな気がしてならない。


 まぁ、とにかくこの件は早めに精霊様の耳へ入れておかなくてはならないな、少し迂回するかたちとなってしまったが、これから全速で航行していけば、おそらく向こうのチームと同じぐらいには目的地へ到着出来るはずだ……



 ※※※



『お~いっ! 岬が見えてきたぞ~っ! 起きてくれ~っ!』


「ん……やかましいな……と思ったら到着か、全く最悪の夜だったぜ」


「いや、勇者殿はいつもが恵まれすぎているだけだと思うぞ……」



 海上を進む『筏』の上での宿泊、もちろん一晩きりなのだが、それでも不快で不愉快で限界であった。

 なんといってもこの『筏』、中にはおっさん共と俺以外存在していないのだ、つまり地獄である。


 この世界において本来、俺に与えられた睡眠というのはもっと質の高いものであったはず。

 カレンのモフモフ感とルビアのモチモチ感に挟まれ、少し動けば他の女の子達にも触れることが可能な、そんな状況でなくてはならないのだ。


 それが何だこの地獄の空間は? 右を見ても左を見てもおっさんおっさんおっさん。

 ついでに上だとか斜めだとかにも、ハンモックに転がったおっさんが、やかましいいびきを立てているのだ。


 船室……ではなく筏室の中は酒とヤニと、それからおっさんそのものの臭いが充満し、ここにいることはもはやそれだけで拷問として成り立ち得るものであると言えよう。


 で、ようやくその地獄から開放されるときが……と、ちょうど向こうの船も到着するようだ、つまり『勇者船』に乗って岬を目指していた『新指導者様チーム』との合流を果たすのである。


 合流したらまずは何をしようか、セラに悪戯でもして、ルビアの尻を引っ叩いて、それからカレン辺りを抱っこして……と、その前に伝えなくてはならないことがあったな、忘れたい記憶だが、決して忘れてはならない事件がひとつ……



「おっ、向こうの船で手を振っているぞ、お~いっ!」


「さすがにこっちが俺達だと気付いたようだな、まぁこんな凄い『筏』、一般人がその辺でゲット出来るモノではないからな」



 こちらも手を振り返すと、何だかとても嬉しくなってきてしまったのは自分でも良くわかる。

 この地獄の船旅、いや筏旅の話を酒のつまみに……は出来そうにないな、不潔すぎて食欲がなくなってしまう。


 とにかく早く仲間達と合流、そしてしばらく会うことさえ出来ていなかったアイリスとエリナとも再会し、新たな冒険へ向けた準備をするのだ。


 そしてその前に、あの超巨大な古のおっさんをどうにか、さらにおっさんが汚してしまった海も、これまたどうにかしないとならないのである。


 まぁ、とにかくやれることをやる、それだけだ……

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