733 出航のとき
「うぃ~っす、仲間を連れて来たぞ~っ」
『ウェェェェイッ!』
「えらくテンションの高いおっさん共だな、あと血圧とか血糖値も高そうだ、酒臭いし、大丈夫なのか?」
「あぁ、木材選びと伐採、それに伐採したものの運搬に関してはプロフェッショナル、腕に間違いはないはずだ」
「ホントかよ、見ただけで……まぁそれっぽくはあるがな、とにかくテンションが高いのをどうにかするよう言ってくれ」
「まぁ、酔いが醒めれば皆静かになるさ」
今にも踊り出しそうなおっさんの群れ、一部は酒瓶を片手に積み上げた木材の上に登り、わけのわからない踊りを披露して周囲を盛り上げている。
どうやらこの地域が俺達の手によって解放され、ここから先はまた元通り、あの首長でさえ裏切っていた町との取引が可能になるということで、嬉しさ余って酒盛りを始めた……のは昨日か、ずっと飲んでいたのであろう。
まぁこの状況は仕方ないか、これまでは犯罪組織の、つまり鬱陶しくて危険な余所者せいで、まともに商売をすることも、そしてそれで稼いだ金で飲みに行くことも出来なかったわけだ。
自粛自粛と言われてイライラが蓄積され、解除と同時に大騒ぎ、それも1人や2人ではなくほとんどの人間が一斉に……というのはどこの世界でも変わらないのであろう。
「それで、この木材を俺達が拠点にしているあの岬まで運ぶってことだよな?」
「うむ、そういうことになる、ほら、向こうでやっているように木材で筏を作って、それで川を下るんだ」
「……少し良いかね? もちろん川を下るぐらいであれば丸太の筏程度でもどうにかなると思うのだが……岬を目指して航海をするのは少し危険ではないかな?」
「そう、そこなんだよフォン警部補、海岸沿いの安全地帯……まぁそんな所でも安全とは限らないが、そこを行くとなると広い湾をグルっと1周、とてもじゃないが時間が掛かって無理だ」
「……そして、一直線に岬を目指すとなると、惨い海流が走る場所を、どういう天候になるのかさえ分からない状態で、筏で進むことになる……我々は大丈夫だと思うがね、この酔っ払いの方々が心配だよ」
「そ……それは確かに……」
良い協力者を発見、しかも単独でその力を借りる約束を取り付けたことによって、きっと功績のデカ差に舞い上がっていたのであろうフォン警部補。
伐採された木材を用いた筏で、どのようにして危険極まりない、10mおきぐらいに超巨大海洋生物の襲撃を受けるような荒海を突き進むのか、そこについては考えが及ばなかったようだ。
もちろん目の前で酒盛りをしている酔っ払い軍団も、そのようなことは一切考慮していない。
というか単に木材をくれるという約束をしているだけであって、危険な航路でそれを運んでくれるとは言っていないような気もする。
まぁ、正直なところその先も手伝ってくれそうな感じではあるが、この酔っ払いのおっさん共、今この場で適当に煽てる、さらに酒を飲ませるなどすれば、おそらく簡単に『最大限の協力』を約束してくれるはず。
ということで言質を取るため、俺達も座り込んで酒盛りに参加……と、座り込むのはよそう、いつから飲んでいたのかは知らないが、地面には泥酔者と、その口から発射されたと思しきゲ……とにかく汚物が散乱しているではないか……
「まぁとにかくだ、ちょっとこのおっさん達のリーダー格の奴と話をしてみようぜ、そうしないと何も始まらなさそうだぞ」
「だな、えっと、きのう対応してくれたリーダー、というか林業ギルドの頭は……あ、あそこでゴミのように転がっているぞ、ほらそこの、髭モジャモジャのボロ雑巾みたいなのがそうだ」
「あの生きているのか死んでいるのかさえわからない奴か、酒瓶を3本も抱えやがって、一体全体どれだけ飲んだというのだ?」
フォン警部補の指差した方には、まるで『火山の噴火で消滅した古の町、そこから出土した当時の人間の石膏像』としか思えない、薄汚れたおっさんの集合体が転がっていた。
そしてその中でも特に汚らしい、どう考えても飲み過ぎな髭のおっさん、きっとボロ雑巾に擬態することによって犯罪組織の魔の手から逃れてきたのであろうが、とにかくそれがこの場のリーダー、普通に偉い林業ギルドの頭であるとのことだ……そうは見えないがな……
とりあえずコイツを叩き起こして、俺達に協力する、どこまでも付いて行く、ついでに全財産と命を投げ出し、危険な航海に付き合うということを約束させなくてはならない。
もちろんこの場にいる酔っ払い全部についてだ、俺達が『とうほぐ地方』へ向かうのは、この世界の存亡を懸けてのことなのだから、それに協力しないという非国民、いや非世界市民など居ようはずもないのだから……
「おいおっさんっ! 異世界勇者様のお出ましだぞっ! ついでに島国の英雄様もだっ! 起きやがれこのっ、このっ!」
「……ん? オェェェッ! おごっ……ぺっ! あ……頭が割れるように痛い……酒をっ!」
「酒じゃねぇよ水だろ、ほれ、これと、それから二日酔いに効く何か怪しいクスリを服用しろ」
「お……おぅ、誰だか知らんが助かったぜ……で、俺達は何で酒なんか飲んでたんだっけか?」
「ダメだコイツは、必要最低限の記憶まで時空の彼方に置いて来たみたいだな」
ということで怪しいクスリの効果によってシャキッとした林業ギルドの頭に、これまでのいきさつ、そしてどうしてこの酔っ払い祭が開催されているのかについての詳細を、順を追って話しておく。
どうやら昨日フォン警部補と出会って、ここにストックされている大量の木材を供出することを約束した……そこまではどうにか思い出したようだ。
そして再び酒を煽り始める頭、これまでのストーリーと一緒に、この地域が犯罪組織の手から開放されたことも思い出したため、それで再び舞い上がってしまったのである。
このまま放っておけばまた同じことをリピート、つまりこれから明日の今頃まで酒を飲み続け、俺が怪しいクスリを与えて復活させると、そこからまた舞い上がって……
それはとんでもないことだ、一切先に進まない、無限ループの世界に嵌まってしまったかわいそうな異世界人となってしまうではないか。
しかも普通にループしているわけではなく、時は進み、歳を取り、毎日腹が減ってウ○コもしたくなるという、単に人生の貴重な時間を無駄にするだけのループなのだから性質が悪い。
慌てて酒を没収し、まだ後ろの酔っ払い共が大騒ぎをしている中、俺、いや見た目の威圧感がハンパではない紋々太郎を中心に、頭の説得を進めていく……
「……ということなんだ、どうかね? 報酬はあまり出せないと思うが、少なくとも後世には名を残すことになる」
「後世に名って言ったってな……俺達はただ働いて、終わったら酒を飲んで面白おかしく暮らしたいだけなんだ、世界を救うための危険ってのはちょっとな……」
「意識が低いっ! 低すぎるぞお前等! もっとこう……アレだっ、高い志を持ってだな……」
「何だこの小僧は? 異世界勇者? ほぇ~、まぁどうでも良いや、飲もうぜっ!」
「よしきたっ! うぇ~いっ……じゃねぇよっ! ちょっと話を聞けっつってんだろっ!」
危うく流されてしまうところであったのだが、どうにか堪えて話を進める。
あまり乗り気ではない頭をその気にさせるには……やはり酒と豪華な食事をチラつかせるのが一番か。
人は誰しも『インセンティブ』がないと動かないわけだが、それは通常金銭で足りるもの、しかしここの連中は本当に職人気質で、どこかの世界の『宵越しの銭は持たない主義』の連中のような感じ。
もっとも、『カネよりメシ』タイプの者は俺の仲間にも複数居るわけで、もしかすると良い大人であり、資本主義の仕組みにどっぷりと浸かってしまった……
と、この世界ではそうでもないのだが、とにかくスレたおっさんである紋々太郎やフォン警部補、それからあまり喋らない新キジマーよりも、この場の交渉においてはフレッシュな俺の方が役に立ちそうだ。
で、そこからは頭に対し、俺や仲間の大食い、大酒呑み連中が普段どんな食生活をしているのかとか、王都という大都市では世界各地から集められた凄い酒がとか、とにかく楽しい食事の話をひたすらに繰り返し、頭の興味を惹いていく。
そしてやはりこの話題、特に王都の広場にて、イベントで盛り上がりながらの大量飲酒についてご興味がおありのようだ。
もう一押し、ここで頑張っておけば、この次の冒険が恐ろしく楽になる、自分達で木製の筏を操り、わけのわからない大海原を往くなどということをしなくても良くなるのだから、正念場と見て踏ん張るべきである……
「……よしわかったっ! じゃあ全部は無理だけども、少なくとも材木の運搬に成功したら、その場で出せる限りのご馳走を、あと酒も時間無制限飲み放題ってことで良いんだな?」
「あぁもちろんだ、異世界勇者に二言はないって、昔からよく聞いているだろう?」
「いや、全く聞かねぇがな、とにかくそういうことならそれで良いさ、飲もうぜっ!」
「イヨッシャァァァッ! うぇ~いっ……じゃねぇからっ! さっきからどうしてそう飲みたがる、飲ませたがるってんだ、アレだぞほら、ハラスメントって言うんだぞそういうのはっ!」
「何じゃそりゃ? ギャハハハッーッ!」
「・・・・・・・・・・」
再び酒を煽り始めた頭、これをどうにか引き止め、まずは……そうだな、そもそも川を下り、海を往くための堅固な筏を組み上げなくてはならない。
もちろんどんな荒波にも耐え得る、そしてここに居るだけの人間が全て乗り込むことが可能なもの。
ついでに言うと水と食糧もそこそこ積んでおかないと、目的地へ到着するまで1日では足りないかもだからな……
その辺りも考慮して頭に、そして怪しいクスリを無理矢理に服用させ、気付けをした林業ギルドの皆様方にも、どういうモノをどういう行程で作成していくべきなのか尋ねていく。
ここからは俺も紋々太郎も、フォン警部補も役立たずな一般人だ、誰も筏で遭難して海に投げ出されたことがないし、そもそも筏を組んでどうのこうのという経験がない。
川下り限定とはいえ、それなりの知識を持った連中によってのみ、作戦の成功へ向かう順当な道を歩むことが出来るのだ……
「……う~む、海の上で筏か……筏……そうだな、真ん中に穴を空けて、下を篭にするんだ、そこへ魚を放流して生簀としよう」
「海上釣堀じゃねぇんだよっ! そういう筏じゃなくてだ、何かこう……アレだ、遭難者的な感じのっ」
「おぉそうかそうか、しかし食糧は積み込むよりも他の方法で運搬した方が良くてな、仕方ない、鮎釣り用の舟でも引っ張ってだな、こういう感じに……」
「おいおっさん、ちょっと釣りから離れたらどうだ?」
その後も完全にどこかの川でやっている鵜飼いシステム、外に面してフリースタイルで釣りをする、トイレ付きの筏など、とにかく発想の誤りが何度か続いた。
しかし食糧を別枠で浮かべ、それを引っ張るというのは良い案のような気もするな。
もっともそこから何かの匂いのようなものが海中に漏れ、とんでもないバケモノをおびき寄せる餌とならなければの話だが。
うむ、とにかく食糧の梱包は厳重にしよう、何かあってから、筏事まとめて襲われて、筏がバラバラにされてしまってからでは遅いのだから……
ということでこちらからも意見を出しつつ、『厳しい航海に耐え得る』をコンセプトに筏作りを進めていく。
もちろん可能な限り大量の木材を、形を変えることなく使っていくのが目標となる。
この筏は航海に用いて、岬の先端へ到着するためだけのものではなく、そこから先、俺達が『とうほぐ地方』へ向かうための巨大艦船を構成する重要なパーツとなるのだから……
『お~いっ! そっちはちょっと上げ気味にしてくれっ! じゃねぇと波を被って沈むぞっ!』
『サイドも厚くしろっ! しかも品質の悪い木を外だっ! バケモノに破壊されても惜しくねぇのをなっ!』
『馬鹿野郎! こんなサイズじゃ何か出たとき丸呑みにされっぞ! もっとでっかく、夢は大きくだっ!』
設計図的なものは完成し、取り掛かった実際の筏の作成、しかし話を聞いている限り、この海にはとんでもないバケモノが居るようだな……一片が10m以上の筏で『丸呑みされる』とは畏れ入る。
おかしなクスリの効果で職人の顔を取り戻したおっさん達は手際良く筏の作成を進め、俺達がボーっとしている間にもどんどん木材が消費され、代わりに巨大な何か、もはや建造物とも呼べるものが組み上がっていく。
ほとんどの木材、特に使い物にならない、腐りかけたようなもの以外については切ったり削ったりすることなくだ。
しばらくすると作業が終わり、そこにあったのは……間違いなく『史上最強最大』と呼ぶことが出来る筏であった……これはもはや筏ではない、船と呼んで差し支えないであろう……
※※※
「どうだっ、これが最新鋭、俺達、島国林業ギルド会連合会中部大帝国支部の総力を結集した『筏』だっ!」
「おぉっ! 何だか本当にちょっとカクカクしただけの船じゃねぇかっ! 丸太のマストに丸太のオールまで……甲板の斜めになったのは何だ?」
「あぁ、アレは主砲だよ」
「主砲? 意味がわからん、『筏』じゃなかったのか? 木とロープだけで造った主砲に何の意味が……」
「お~い、ちょっと発射してくれっ!」
『主砲発射!』
「・・・・・・・・・・」
どういう原理なのかは知らないが、甲板でおっさんの1人がレバーを引くと、中央の丸太がそのまま発射され、かなりの距離を飛行して……空中で大爆発を起こしたではないか。
これは丸太だ、というかこの『筏』自体にそれ以外のものが使われていないというのに、相当な火魔法の使い手でも紛れ込んでいるのか? いや、だとしても単なる木材をそんな感じのモノに変えてしまうことなど……まさか技術、このおっさん達の高い技術でこそ成せる業なのか……
「あ、それからこっちの機能を見てくれ、お~い、トランスフォームだっ!」
『ラジャーッ! 周囲安全確認、トランスフォーム開始!』
「トランスフォームって……戦闘形態になるのか、戦えそうもないがな……」
今度はガシャガシャと変形し、巨大木製ロボ……というかアレだ、カンフーの修業とかで使う『木人椿
』の超巨大版、そんな感じのスタイルに変形してしまった、もちろん素材は全て木である。
しかしこの形態では『受け』しか出来ないのではなかろうか? まぁ良い、どうせ何かが出現した際に戦闘をやらさせるのは俺か紋々太郎、それに新キジマ―だ。
というか、可能であればこの『筏』が、主砲だの戦闘形態だのを使わなくて良い、安全な航海によって目的地へと到着することを祈るばかり。
早速進水式をしているおっさん達の盛り上がりとは裏腹に、俺達は実に不安な面持ちでその様子を見守っていた……
「さてと、これに曳航する食料BOXを繋げて、あとはアレだ、いざというときのダミーだな」
「ダミー? こっちには食料が入っていないのか?」
「そうだ、代わりに腐ったバナナとか色々入っていてな、バケモノが出現したら臭いを出してこっちに喰い付かせる、そしたらドカンッてわけだ、もちろん餌以外はすべて木製さ」
「だからどういう原理なんだよ……」
何が何だかわかったものではないのだが、とにかくこの凄い船、ではなく筏に乗り込めば、今すぐにでも出航し、岬の拠点を目指すことが可能となったのだ。
俺達がここへ到着してからおよそ3時間、非常に早い出航準備の完了である。
もしかすると俺達の方が、分離した『新指導者様チーム』よりも先に目的地へ到着するかもな。
まぁ、そんなことなどなく、基本的に途中でトラブル、それも本来であれば致命的なものに遭遇し、いくらかの足止めをされることは想像に難くない。
となればすぐにでも出航だ、『筏』に乗り込み、まずはその安定感を……素晴らしいではないか。
まるで固定された桟橋のように、揺れず、そして足元も頑丈、本当に筏なのかと疑いたくなるのは元からだが、とにかく凄い品質だ。
「よし、じゃあ航路を策定して……これがちょっと面倒臭そうなんだよな、誰かそういうのが得意な者は……」
「いや何言ってんだあんたは、こんなもん『魔導航行システム搭載』に決まってんだろ、ほれ見てみろ、対空、対潜迎撃システムも全て木材で造ったんだ」
「めっちゃハイテクじゃねぇかぁぁぁっ⁉」
ソナーが付いている、そして良く見たら艦橋の上にはレーダーのようなものも搭載されている、全て小さめの丸太をそのまま使った木製なのだが、これがまたしっかり機能しているようだ……と、真下に魚群がある、青物かも知れないな。
と、そんなものを眺めている間に、『筏』は出航して徐々に岸から離れていく。
唯一木で出来ていない……まぁ木綿ではあるようだが、とにかく帆が風を掴み、自動ではなく魔導にて舵が切られる。
「……思っていたよりもスピードが出るようだね」
「ええ、これなら海のバケモノも追い付けないかもだし、意外と安全に目的地まで……」
「こらこら勇者殿、そういう死亡フラグを口にすると、あまり良いことがないというのは知っているだろうに」
「おっとすまんすまん、うっかり口が滑って……と、手遅れのようだな、ちょっとヤバめな感じだぞ……」
岸からかなり距離を取り、もう座礁の心配がないエリアに入ったのを確認したうえで高速航行を始めた『筏』。
だがそれからすぐ、引き波が立っていたその後方の海面の様子が明らかにおかしくなる。
ズズズッという感じで盛り上がってきた水面からは、間違いなく何か生物が、意思を持ち、俺達と敵対するつもりが満々の何者かが出現することが確実。
固唾を飲んでその様子を見守っていると、遂に出現したその巨大な姿……毛むくじゃら? いや、毛むくじゃらであったものの、その毛がすでに薄くなった何かのようだ……




