731 統べた
「はいはいっ! ちょっと退いた退いたっ!」
『うわっ、何だ貴様等はっ!?』
『まさか我等の神聖なる集会を邪魔しに来たのかっ!』
『神輿だっ! 首長様の神輿を出してこいつらを追い払えっ!』
『ウォォォッ! 首長様万歳! 赤組万歳!』
「チッ、鬱陶しい連中だな、殺して良い?」
「ダメよ勇者様、今は計画のために我慢して、代わりにほら、あっちで遠巻きに眺めている西方新大陸の犯罪者を殺しましょ」
「お、ちょうど良い所にストレス発散用の儚い命があるじゃねぇか、ちょっと殺ってきます」
「殺ってらっしゃ~い」
赤組、つまりこの町の首長である、いやついこの間までそうであった裏切り者のボールカッター。
それを信奉する群衆の中に突入し、神輿に乗せられた本体を回収する作業に当たっていた俺達。
もう1匹の裏切り者の身柄は既に確保してあるゆえ、あとはこちらをどうにか手中に納めれば、全ての権限を偽の指導者様であるミラへと移行させる、その茶番に必要な『物』が揃うのだ。
しかしあまり歓迎されないのはわかっていたが、ただ割り入っただけでここまで悪感情を向けられるとは思いもしなかったな。
どうも『非暴力限定』で集会を許可している、もちろんその許可はボールカッターやもう1匹の馬鹿、その名において出したものだが、とにかく群集からは暴れられないイライラが、凄まじいストレスの蓄積が窺える状況。
これは本当に僅かな刺激でも暴発するな、そうなったらもう民を守るなどと間の抜けたことを言っている暇ではなくなってしまう。
島国全体の英雄という、最大限に振り切った正義キャラである紋々太郎には申し訳ないが、やはり全部とは言わずとも、この中の一部をあの世行きにしてしまう必要が出てきてしまうのだ。
そうならないためにも俺は、現状に対してここに集まっている群集とほぼ同程度のイライラが蓄積し、今にも適当な奴を殴り殺してしまいそうな俺はそこから外れ、自由意志で行動することに決めたのである。
ストレス発散のターゲットとなるのは西方新大陸の犯罪者、その残党のゴミカスモブ野郎共だ。
既に統率を失い、さらに集まった群衆に対してどうこうすることも出来ず、ただただ遠巻きに見守っているだけの情けない大馬鹿野郎共、本当に情けない連中だな。
そしてその状態であったとしても、これ以降、世界の平和に対して全く脅威にならない存在に成り下がっていたとしても、その連中が元々は『悪い奴等』であったことに変わりはない。
つまり自由にブチ殺してしまっても一向に構わない、いや有限であるリソースがこんな奴等のために咲かれることがなくなる分、世界にとって凄くプラスになる。
ということで俺は殺す、ひたすら追い回し、命乞いを鼻で笑い、泣き叫ぶ姿を見て悦に入りながら、情け容赦ない一撃を……もちろん急所は外し、なるべく苦しんで死ぬような一撃を加え、高笑いと共に次へ向かうことをひたすらに繰り返していく。
「ヒャッハーッ! 死ねっ、死ね死ね死ね死ねぇぇぇぃっ!」
『ギョェェェェッ!』
『かっ、勘弁してくれっ!』
『俺には妻と娘が居なくて……ぼべっ……』
『む……無念……』
「ふんっ、畏れ入ったかってんだこのゴミクズ共が、生まれてきたことを後悔しやがれ、さて、次の死刑被執行者は……お前だっ!」
『ひぃぃぃっ!』
本当に雑魚な野郎共だ、逃げ惑い、そして死んでいく、そんな連中を追い掛け回しながら殺していくうちに、どうやら先程の場所、ボールカッターの信者である赤組が集結しているエリアへと戻って来てしまったようだな。
念のため無関係の一般市民……でもないか、やかましく騒ぎ立てるものの、殺してはいけないと定められている連中を巻き込まぬよう、犯罪組織の構成員をピンポイントで狙い、殺していく。
そんな俺の姿は群衆のどこからでも認識することが可能なようだ、比較的注目が集まり、これで他のメンバーによる『ブツ(ボールカッター本体)』の回収作戦が捗るはず。
そう思いながら作戦を継続していると、散々目立ったせいか、ここで思わぬプラスの副産物が生じたようだ……
『誰だあの戦士はっ?』
『犯罪組織、西方新大陸の連中を皆殺しにしているぞっ!』
『首長様だ、きっとこの町の首長様が召喚した使い捨ての兵員なのだっ!』
『ウォォォッ! 首長様万歳! 赤組万歳!』
『何を言うか貴様等! あの戦士は青組の、我等の首長様が召喚したものだっ!』
『そうだっ! そんな所でボロボロになって転がっているゴミに何が出来るってんだっ!』
『あれは我等の首長様の兵であるっ!』
『ウォォォッ! 首長様万歳! 青組万歳!』
何だか知らないが人気が出てしまったようだ、赤青どちらの陣営も、暴れ狂い、犯罪者共の命を削除し続ける俺の姿を見て、それが自分達の首長様が遣わしたものだと主張している。
まぁ、残念ながらあんなゴミ共に遣わされた覚えはないし、本当に俺をこの世界に放り込んだ女神からも、俺様が遣われているというイメージではない。
俺様は異世界勇者様として、頭の悪い、自分では何も出来ない低能な女神から土下座依頼され、やれやれという感じでこの世界を救いに来てやっている、他の何にも代えがたい、無双の存在であることをこの連中には教えてやりたいところ。
だがこの俺様の大人気を、どうやら『カリスマ的正統性を持った指導者様』の爆誕のために利用する、そんな感じの動きを仲間がしているため、邪魔せぬようしばらく黙っておくこととしよう。
群衆を掻き分け、ちょうど赤組と青組の中間地点にある、庁舎のために設置されたものとみられるお立ち台。
そこに秘書2人とマリエル、それから『ファラオ風指導者様』の恰好をさせられたミラ、ついでにそのミラの傍に控える『巨乳召使い』感を出し切ったルビアとジェシカもついでに上がる。
そこで何をするつもりなのか? 一応喋るのは秘書2人のようだが……まぁ、とりあえず作戦はあるようだし、ここは壇上の仲間達に任せてしまおう……
『聞きなさい愚民共よっ! 我等は首長、いや元首長であった今はゴミである何かの、それぞれの秘書をしていた者! 愚民共! 麗しの我等を忘れた、顔を覚えていないとは言わせないっ! ところで聞けっ! 静かになさい、静粛にっ! ほらそこうるさいっ!』
『おぉっ、あの2人はまさしくっ!』
『この間は首長様を救出なさって……あのようなお姿ではあるが……』
『しかし首長様が元首長様とは?』
『何か言っていることがおかしいぞ、ニセモノではないのか?』
『いや、あの美人2人に匹敵する秘書が他に居るはずもない』
『そうだ、あの2人はホンモノだっ! 我等が首長様の秘書と、憎き敵の秘書だっ!』
『黙れ! 敵なのはお前等だろうこの裏切り者めっ!』
『何だとゴラァァァッ!』
ここで再び巻き起こるカオスな口喧嘩、お互いのチームがお互いに同じようなことを言い合い、もはやどちらが何を言っているのかさえ認識することが出来ない次元である。
まぁもちろん自分達も、というかその発言が自分達のものなのか敵のものなのかわからないまま、とにかく反発したり、同意したりして騒いでいるのではないかと思う。
いやしかし、この地において、この町の官庁街付近においてだけでもこの騒動、これと全く同じ騒動が何回目なのだという話だ。
こんな状況で良く国が持っていたなと思うと同時に、これでは西方新大陸からはるばるやって来た犯罪組織が目を着ける、そして容易に制圧してしまうのも無理はないなと、そう思えてくるのであった。
で、大騒ぎに対して秘書2人、さらに壇上の仲間達は沈黙、もちろん紋々太郎と新キジマ―、フォン警部補が下で張っているため、そこへ群衆が殺到するようなことはない。
……これが通常の警官隊などであった場合、おそらく檀上はもう人間で揉みくちゃとなっているであろうな……間違いなく『紋々太郎の見た目が怖い、近寄り難い』というのが効果を発揮しているのだと、そう考えて差し支えなさそうだ。
そしてその状況のまましばらく、騒いでいた赤青両チームは、徐々に疲れを見せて声のトーンが減衰し始める。
2人はタイミングを計っているのであろう、一瞬でも全くの無に、スッと静かになるタイミングを。
未だに情けなく逃げ惑っている犯罪者共を追い回しながら、俺もチラチラとそちらを確認する。
そこから3分程度か、遂に静かになる瞬間が、スピーチを始めるべきときが訪れたのであった……
『はいっ、今皆さんが静かになるまで5分以上掛かりました、ゴミですね、これが本当の災害であればもう皆さんアレです、地割れの下でブチュッとなってますよマジで……それでですっ! 聞きなさいこの愚民共! 今この地を統べているのは何者か? 知っているでしょう? まさか知らないんですかっ?』
『我等が首長様だっ!』
『いや我等のっ!』
『てか犯罪組織の何かじゃね?』
『馬鹿! それはもう首長様が倒してくれたんだよっ! 我等のなっ!』
『そうだぞ馬鹿! それからお前も馬鹿だっ! 倒したのは我等の……』
『静かになさいっ! 愚民共の信じる首長だの何だの、そんなものはもう罷免されましたっ! これから身分の剥奪式、さらに処刑される、生ける屍なんですよっ! そっちの神輿に乗っているゴミも、こっちのゴミも!』
『あぁっ⁉ 我等が首長様がっ!』
『我等の首長様もっ! クソッ、神輿からどこへ連れて行くのだっ?』
『はい静粛にっ! この2匹がゴミとなったことについてはまた後程! そして先程より戦っている戦士、犯罪組織の残党を、これでもかというぐらい残虐な手法をもって殺害し続けているそこの戦士ですっ! これは誰が遣わしたものですかっ?』
『ウチの首長様だっ!』
『いや我等のっ!』
『そんなわけはないでしょうっ! この……何というか……ほら、あの部分が削除された状態のこの裏切り者共にそのようなことが出来るはずないっ! そうでしょうっ?』
『あぁぁぁっ! 本当だ! 首長様の首長様がお隠れにっ!』
『我等赤組の首長様に至っては当初より……しかも喋ることさえ出来ず……戦士の召喚は無理か……』
再びざわざわとし出す群衆、というか今この場で犯罪者皆殺しゲームをしている俺を、顎を砕かれてずっと神輿に乗せられたままのボールカッターや、それから壇上で半ば気絶しているもう1匹の馬鹿が召喚出来るとでも思っていたのであろうか?
しかしここで『そんなことは無理である』という空気が、赤青どちらの陣営とを問わず一気に広がったのも事実。
薄々勘付いていた一部の者が徐々に広めるよりも、こうやって一気にその事実が知れ渡った方が効果が大きいようだ。
で、再び静かになるまで、群衆が大活躍の俺様の存在を、そしてその召喚を、自らの信奉している首長がしたわけではなく、別の何かによってもたらされた祝福であると、完全に現実を受け止めるまでの待機期間。
やはり徐々に『そういうことである』という考えが浸透してきたようだ、未だに強硬派が居て、ボールカッターだのもう片方だのが全知全能であって、たとえ声を、そして大事なモノを失ったとて、何でもかんでも全てやってのけると主張しているが、その声も次第に消えて行った……
『……愚民共! もうおわかりでしょうがっ! そこの戦士はこのゴミような元首長、全てを失った情けない連中によって召喚されたものではありませんっ! では誰がっ? それはこのお方! 単独でこの町を、そしてこの国を統べるっ! 我等が新指導者様なのですっ! 指導者様、どうぞっ!』
『我に金銭を捧げよっ! さすれば所得倍増将来安泰、すべて国民は札束風呂に漬かりながら大酒飲んでヒャッハーな権利を有するものとなるでしょうっ!』
『ウォォォォォッッ! なんてエッチなお嬢さんだぁぁぁっ!』
『こっ、これは新指導者様に相応しいぞっ!』
『決めたっ! 俺はこっちの指導者様に乗り換えるっ!』
『俺もだぁぁぁっ! もうアレだ、ボールカッター応援Tシャツなんぞこうしてっ、オラッ!』
『この首長様ブロマイドなんぞ、もうケツを拭く紙にもなりゃしねぇ……』
『新首長様、大指導者様万歳! 味噌万歳! エビフリャー万歳!』
会場、というか単なる野外の公共の場なのだが、その場は凄まじい熱気に包まれた。
エッチなファラオ風の恰好をしたミラの登場と、それから全く意味不明な宣言によってだ。
しかしこれまで上手くいかなかった、どれだけ説得しようとも、群衆がこちらに靡かなかったのはどうしてであろうか。
それを考えることは、もしかしたら今後の冒険と人々の統治……まぁ当然この俺様が世界を、神界までもを統べることになるのだが、そのときのために資する有用な研究となるような気がしなくもない。
ともあれ、これで『この地を統べる』という最後のミッションはどうにかなりそうな予感だな。
早速飛び立った新キジマ―が、おそらくはシャチホコ城の右目、黒ひげの玉を確認しに行ったはず。
俺も皆の所へ戻って合流しよう、作戦はこれで終わりではなく、裏切り者の罪状を告発したうえでの残虐処刑、そしてこれ以降、新指導者様であるミラが全くこの地に顔を出さないことに関して、良い感じの理由を創作しなくてはならないのだから……
※※※
「やれやれ、何だか知らないが凄く上手くいってしまったな、こんなんでホントに良いのか?」
「まぁ、良いんじゃないかしら? あ、とりあえず今から支持固めのためのティッシュ配りするから、勇者様も……」
「俺はパスだ、そもそも俺からティッシュなんぞ受け取っても嬉しくないだろうからな、ほらカレン、なんと今回は2倍のティッシュを配布させてやる、あり難いと思え」
「……後で何か買って下さい、もちろん食べられるもので」
そう簡単には騙されなかったカレン、しまったな、リリィにティッシュ配りを、俺の分のノルマを押し付けるべきであったか。
まぁ良い、それでも何か買ってやるのと引き換えに、カレンは俺が配るはずであったポケットティッシュを全部持ち、大群衆の中へ繰り出していったのだから。
ついでに暇を持て余しているマーサとユリナ、サリナにも宣伝をさせよう、マーサはともかく、ユリナとサリナは非常に重要だ。
なんといっても悪魔、今回の新指導者様は『悪魔でさえ支持する』最強の指導者様であることを、集まり盛り上がる愚民共に知らしめることが出来るのだから。
まぁ、その悪魔も支持する新首長様は、正直なところここに集っているしょうもないおっさん共の半分、いや3分の1程度しか生きていないような、しかも守銭奴の小娘なのだが……
『よろしくおねがいしま~っす! お肉党で~っす!』
『お肉お酒党ですっ! よろしく~っ!』
『悪魔とウサギの会に清き一票を……え? 天使の方が好きと、死んで下さいですの』
「おいおい、何か奴等、勝手に政党を結成して選挙活動を始めたぞ、大丈夫なのか?」
「そもそも選挙活動でああいう価値のあるモノを配るのは違反なんだが……POLICEとして看過出来ないぞ」
「……まぁ、遊びの選挙だから良いんじゃないかな? どうせ『首長様』はもう決まってしまっているわけだし」
「そういうことにしておくか……と、そんな遊び半分の軽微な違反を裁いている暇ではないな、早速あの裏切り者共の処刑、とその前に犯罪組織の残党の、ちょっと指名手配気味の奴の居場所も拷問で聞き出さないとだな」
「その辺りはPOLICEであるフォン警部補に任せた、助手として精霊様を貸してやろう、こっちは……と、新キジマ―の奴が戻って来たな……」
シャチホコ城の右目となっている始祖勇者の玉、その4つのうちの黒ひげの玉を見に行っていた新キジマ―が舞い戻った。
どうやら最後のミッションである『15,この地を統べる』というのはクリアすることが出来ていたらしい。
というか、ここに集まった、どうしようもない馬鹿を指示していた連中のみしか統べていないような気がするのだが?
まぁアレか、このようにエッチで巨乳で可愛らしい『カリスマ的正統性を持った指導者』の登場に対し、文句を言うような連中はここに居る分だけで全部であったということか。
このノリを、この地域の他の町村でやれば、そこに居る人々は瞬時に土下座、ゴテゴテの装飾を施された『金のファラオ様的存在』であるミラが、全てにおいて優先される『指導者様』だと認識してくれるのであろう。
「え~っと、これで『青ひげの玉』、『黒ひげの玉』の解放に成功したってことで良いんだな? となるとあとは2つということか……赤ひげと白ひげだっけ?」
「……そうだね、うち『白ひげの玉』についてはもう場所が大まかにわかっている、『とうほぐ地方』に存在しているということがね」
「そうでしたそうでした、じゃあ次はその『白ひげの玉』をどうこうすべく、一路東へ北へ、そんな感じの旅になるのか……結構遠いっすよね、その『とうほぐ地方』ってのは?」
「……船で向かえば1週間程度だね、途中少し難所があるから、今の船では到着が難しいかも知れないがね」
「難所? というと……」
「……うむ、船で航行していると、突然後ろからデコボコの岸が迫ってくるという、伝説の『リアルリヤリトルリアス式海岸リターンズ®』という場所を通過しなくてはならないのだよ」
「ちょっと何言ってんのかわからなくて……」
紋々太郎の説明によると、とにかく危険な、岸が能動的に迫ってくるタイプの暗礁地帯を通過しないと、その『とうほぐ地方』へ駒を進めることは出来ないのだという。
そのためには今ある船の大改修のみならず、長旅の準備、そして敵と遭遇した際、連れている非戦闘員がどうこうならないような作戦も必要だ。
まぁ、裏切り野郎共の処刑と、そrからその他諸々の後片付け、その辺りをすべて終えない限りはこの地を離れることが出来ないのだし、移動についてはこれからゆっくり考えていくこととしよう。
とにかくこの地でのミッション、犯罪組織のダンゴ生産拠点……と、まぁどう考えてもここがメインとは思えない状況ではあったのだが、とにかくそれの壊滅と、黒ひげの玉の解放、その2つについては終えることが出来たのである……




