729 この地を統べる
「ふぅ~っ、やれやれ、やっと帰って来ることが出来たな」
「全くよ、ここのところ連日戦いばっかり、ちょっと休みたいものだわ」
「というかご主人様、このまま寝てしまいたい……で……す……ブクブク……」
「あ、ルビアが沈んで行ったぞ、誰か引き揚げておいてくれ」
「かわいそうだから早く引っ張ってあげなさいよ……」
一旦宿泊所として利用している庁舎に戻った俺達は、まずはということで風呂へ、そこで疲れ果てたルビアが沈んで行ってしまったというのが現在の状態である。
このままだとかわいそうだという皆の見解を妥当だと判断し、とりあえず湯船の底からサルベージしてやると、ハッと目を覚ましたような顔をするルビア、それはきっと沈んだ瞬間にやるべきモーションだ。
しかし他の仲間達も疲れ果てているな、意味のわからない敵、意味のわからない、そして不潔な戦闘。
というかほとんどが『チーン』だの何だの、とても口に出しては言えない『何か』の話であったような気がしなくもない……
「それで、これから作戦会議なんだが……参加する人は挙手を願いますっ!」
『・・・・・・・・・・』
「参加する人は……挙手を願い……ますっ!」
「無駄よ勇者様、この後夕飯を食べたら確実に眠くなるもの、誰もそこからさらに後の会議なんか参加しないわよ」
「そうだぞ主殿、酒も出ないのに会議などと、それはないと思うぞ」
「確かにな……だが俺1人で行くのは絶対にイヤだ、せめてもう1人、いやセラは確定としてさらにもう1人、追加で出席する者を選出しろっ!」
「ちょっと、どうして私も参加しなきゃなの?」
「何となくだ、もし断るというのであればこうだぞっ、こちょこちょこちょこちょっ」
「あひぃぃぃっ! わ、わかった、出席するわ、出席よっ、ひぃぃぃっ!」
「よろしい、ではもう1人は風呂上りに実施する予定のアレだ、『火照る肌、熱帯夜の尻相撲大会』で決することとしよう、もちろん敗者が会議に参加だ」
「主殿、その謎の大会は何だ? いつ開催が決定したのだ?」
もちろんたった今俺が勝手に企画、独断で実行にGOサインを出したイベントなのだが、とにかくそれに負けた者は会議に参加、それもついでに確定させておいた。
風呂上り、せっかくなので秘書2人に夕食の支度を全て任せ、というか押し付け、俺達は部屋で、風呂上りの軽い運動としての尻相撲大会に興じたのである。
もちろん俺は参加していないが、最後の最後、エキシビジョンマッチにて登場する予定だ。
これは最終敗者と俺が勝負するもので、もし俺が負けるようなことがあれば、その者の会議参加強制は撤回とする旨約束しておいた。
まぁ、もちろん秘策はあるため負けはしないのだがな、で、とにかく尻相撲、参加者はミラ、ルビア、マーサ、マリエル、ジェシカ、ユリナである。
まずはミラとユリナの対決だな、身長的にこの2人は負けの第一候補だ、それからマーサと戦うマリエル、残りの2人はかなり強いはずであるため、そこそこ面白い勝負を見せてくれるであろう。
「はい、じゃあ第1戦、ミラ対ユリナ、開始だっ!」
「いきますっ! 一撃で決めてしまいますよっ!」
「ひゃっ……ととっ、負けませんわよっ!」
「やれやれ、いきなり可愛らしい戦いが始まってしまったな」
「だな、ミラ殿もユリナ様も比較的背が低いからな、しかし実力的には互角……いや、ミラ殿の方が弾力の分上回っているか……」
くだらない余興とも取れる対決を真剣に批評するジェシカさん、顔が真面目そのものなのがその姿をより滑稽なものとしている、そしてそのことに本人が気付いていないのだからなお面白い。
で、ミラとユリナの戦いだが、確かに肉厚の尻を持つミラの方が、セラに次いで痩せ型であるユリナよりは強いように思える。
だがここでユリナはあることに気付いた、純粋な人族であるミラと、上級魔族で悪魔である自分の違いについてだ……
「申し訳ないけどミラちゃん、尻尾カンチョーを喰らいますのっ!」
「はぅぅぅっ! そ、それは反そ……はぅぅぅっ! はうぁぁぁっ!」
「まぁ、尻尾も一応『尻』のうちだからセーフだよな」
「そんなっ!? はうっ、はうっ、はうぅぅぅっ……ふげっ」
「勝ちましたわっ!」
「はい、ユリナの作戦勝ちーっ! じゃあ次、マーサとマリエルな」
倒れたミラはセラが片付け、すぐにマーサとマリエルが入場する……マーサめ、まさか本気でやったりはしないと思うが、一応手加減するように言って……
「ふふんっ、いくらマリエルちゃんが相手だからって、ぜぇ~ったいに手を抜いたりしないんだからっ!」
「ちょっとマーサちゃん、さすがに『ガチお尻アタック』は……ここ室内だし、ね?」
「問答無用! ハァァァッ!」
「ぎゃいんっ!」
「あ~あ、飛んで行っちゃった……ご主人様、ちょっとカレンちゃんと一緒にマリエルちゃんを拾いに行って来ます」
「おう、頼んだぞリリィ、カレンも」
『ラジャーッ!』
やりすぎたマーサはテヘペロしているが、実際、というか相手が通常の人間であればそれどころではない。
マリエルは壁を3枚ほどブチ抜き、そのまま外壁も突破して野外へ、どこか遠くへと飛び去ってしまったのであった。
まぁ、マリエルはこれ以上踏んだり蹴ったりにするとかわいそうなので、ひとまず会議への参加強制はなし、つまり敗北可能性はナシとしておこう。
同時に力加減がわからないマーサも危険ゆえ、この試合は没収、この次に執り行われるルビアとジェシカの試合の敗者と……もうミラの会議参加が確定したようなものだなこれは……
「さてジェシカちゃん、私達の番のようですよ、いつもは負け越していますが、今日はさっきちょっと寝たのでコンディションも良いはず、負けたりはしませんからっ!」
「フッ、ルビア殿、その余裕もすぐに消え去り、残されるのは絶望と、転倒した後に下から眺める私の尻と下乳、その屈辱の光景のみだ、覚悟しておくが良い」
「フフフッ、その言葉、そっくりそのまま返してあげますよ、じゃあいきましょうか、決戦の地へ……」
「いやお前等、何か凄い戦いに臨む2人みたいになっているようだがな、これ余興の尻相撲大会だからな、わかってんのかその辺のところ? あの……もしも~っし……」
「ダメねこの2人、もう自分達のワールドに入り込んでしまっているわ、究極のお尻ワールドよ」
「何そのワールド? 俺も入りたいんだがどうすれば良い?」
「ならまずは水の台精霊様の祠に金貨10枚を捧げて……」
「チッ、単なる詐欺じゃねぇか」
「バレてしまったようね、もう少しで金貨10枚が……ぷぴっ……」
「手に入ったのは吹っ飛んだルビアの体当たりだったようだな、人を騙して金を取ろうとするからそうなるんだ、この性悪精霊めが」
知らない間に勝負が始まり、そして一瞬で決着していたようだ、もちろん最強の尻相撲横綱であるジェシカの勝利。
威勢の良いことを言っておいてアッサリ敗北したルビアは、吹っ飛ばされて精霊様に直撃、今は罰として関節をキメられている。
その後、そのルビアがミラと戦い、会議への参加を強制される者を確定させたのだが……こちらはもう言うまでもなくルビアの勝ち、上から押さえ込むような攻撃に、ミラは手も足も……いや、尻も出ずに敗北したのであった……
「クッ、何だか知らないけど連敗してしまいました、でもこのあとのエキシビジョンマッチで勇者様に勝利すれば、罰ゲーム的なアレは回避することが出来るんですよね?」
「おいコラ、神聖なる作戦会議を『罰ゲーム的なアレ』とは酷いな、そういう奴はこの後の戦いでボッコボコにしてやる、まずは尻を出して土俵に上がれ」
「あ、え? エキシビジョンマッチはお尻丸出しなんですか?」
「当たり前だ、そしてミラ、お前は尻丸出しにて尻相撲、対する俺は前を向いて手押し相撲の異種格闘技線だ、ちなみに俺は平手打ちが得意だからな、覚悟しておけよ」
「それは『マッチ』ではなく『処刑』なのでは……まぁ良いです、負ける気がしませんから」
「どうしてこの状況で勝てそうな気になってんだか……」
普通に土俵入りしてくるミラ、仕方ないので俺も、適当に縄で囲った円の中に入った……か石の合図を待たず、目の前に突き出されたミラの尻がヒュッと動き、先制攻撃を仕掛けてくる……
と、これはなかなかのフェイントであったが、前が、というか敵の攻撃が見えている俺は、そんなものなど難なく回避、バランスを崩すこともなかった。
しかもここからは攻撃し放題だ、まさか尻相撲と手押し相撲の対決になるとはというのもあるかと思うが、この恐ろしさをミラは未だ認識していない。
ひとまず『手押し』をすべく、目の前の尻に向かって平手を振り下ろしていく……
「オラァァァッ! 喰らえやぁぁぁっ!」
「ひぎぃぃぃっ! 痛いっ! 痛いですってば勇者様!」
「オラオラオラッ! どうした? 勝てそうなんじゃなかったのか?」
「ひぃっ! 痛いっ! あうっ! ひゃぁぁぁっ!」
パシーンッ! ピシーンッ! っと、平手を喰らう度にかなり良い音が鳴り響くミラの尻、それでもつんのめったり、バランスを崩して転倒しないのは素晴らしいな。
もっとも、転倒するなり一歩踏み出すなりして、ミラが自らの敗北を確定させる動きを取らない限り、この尻叩き攻撃は無限に続いてしまうのである。
もちろん食事の準備が出来たから、そろそろ他の連中との会議に向かわなくてはならないから、そして真夜中になり、さすがに寝ないとヤバいからなど、その程度の理由でこの戦いが中断されることはない。
「ひぎっ、いたっ、もうっ……ダメッ!」
「ヒャーッハッハッハッ! 日頃の恨み! 日頃の恨みぃぃぃっ!」
「いやぁぁぁっ! まっ、参りました、降参です……ガクッ……」
「ヒャッハーッ! 遂に巨悪ミラを討伐したぞっ! 者共、勇者様たるこの俺様を称えるが良いっ!」
「何やってんですかご主人様? マリエルちゃん、回収して来ましたよ」
「お、そうかそうか、じゃあその辺に置いておいてくれ、そろそろ食事の時間だからな」
倒したミラは再びセラによって回収された、結局勝者であるこの俺様を称える殊勝な心がけの者は誰一人として存在しなかったわけだが、まぁ別に良いであろう。
その後すぐに夕食が運ばれて来たため、尻相撲大会はそこでお開きということで終了した、まぁ余興なので優勝者を決めたりはしない、敗者の存在が大切なのだ。
食後、逃げようとしたセラと尻を擦っていたミラを引っ張り、3人で会議が催される高級な部屋へと向かった……
※※※
「……え~、では作戦なのだが……どうやってこの地を統べるのかが唯一にしてとても大きな問題だね」
「ごく短時間で、対立し合う民衆を纏め上げるなど、ちょっとPOLICEの領分じゃないんだよな、制圧ならお手の物なんだが、放水とか……死んだら自殺で処理すれば良いし……」
「おいおい、フォン警部補はダメだ、この男に任せておくと死人が止まらないぞ、閻魔大王とかからクレームがきそうだ」
「では我が、残された時間を全て費やして人々に教えを、美しかった1,000年前のこの地についての講義を……」
「うるせぇハゲ、何でお前が参加してんだよ? その面見てっと目が腐りそうだ、コンクリにでも詰まって海にダイブしておけ、めっちゃ深いとこ教えてやるからよ」
「常々思った居たことだが、本当に酷いことを言う異世界人だな……」
「だからうるせぇって言ってんだろこのハゲ、黙ってないと殺すぞ」
「・・・・・・・・・・」
とりあえず鬱陶しいハゲ野郎を黙らせ、どのようにしてこの地を、特に2匹の裏切り者を信奉するような連中が多く、ほぼそれで埋め尽くされているこの町を統治していくのかについて、率直な意見を出し合う。
そもそも眠いし面倒なので早くしたいのだが、眠いし面倒なのでまともな意見も出ないし、眠いし面倒なのでこの場で寝てしまいそうなぐらいだ。
ということで意見といってもいくつか、まずは恐怖で支配してどうのこうの、それから真剣に語り掛けることによってどうのこうの、さらにはカリスマ的正統性を持った何者かが颯爽と出現してどうのこうの、そのぐらいのことである。
もちろんひとつ目は紋々太郎があまり良い顔をしないし、ふたつ目は普通に面倒なので却下だ。
となると最後の選択肢だけになるのだが……誰がカリスマ的正統性を有している、天才的な指導者たり得るというのかという点が問題となるな。
そういう奴なら1人知っているにはいるのだが、奴の『王女様パワー』でもこのの住民にはいまひとつ。
いや、効いてはいたが、やはりあの2匹のそれぞれの信者における支持率の高さを打ち崩すことは出来なかった。
では他に誰が居るというのか、もちろんこの場に居る中で、俺と紋々太郎、新キジマーにフォン警部補、その辺の『野郎共』には若干、いや大幅に荷が勝ってしまいそうな役回りだ。
なお、この場で無視した古のおっさんであるが、こんな奴はもう人々の指導者どころか、チンパンジーの群れすら統べることの出来ないクソ雑魚、存在自体が無価値のゴミであるゆえ言及しなかっただけ。
つまり、そのメンバーを除いた中から『カリスマ的正統性を有するすげぇ奴』を発掘する必要があるのだが……果たしてどのような方法を取るべきなのか……
「……うむ、ではこうしよう、勇者パーティーの女性陣の中から『この地を統べる者』を選び出す、そしてその選出方法は……何かゲームでもして負けた者を……というのはどうかね?」
「ゲームというとまぁ、例えば?」
「……例えば……尻相撲だね」
「結局そうなるのかいっ!」
「……何だね、勇者パーティーの女性陣は尻相撲が嫌いなのかね?」
「いえ、そういうわけではなくて、もうさっきやったんですよそれ、で、このミラが敗者となって、罰ゲームとしてこの眠たくて仕方ない会議に……てか寝てますねコレ」
「ちょっとミラ、ちゃんと起きてなさい……ミラ! もうっ、一度寝ると朝まで起きないのよねこの子……」
ミラが起きないのは仕方ない、なぜならばまだ16歳だか17歳だか、そしてこの会議が行われている現在の時刻はおよそ深夜0時。
転移前の世界の16歳、17歳であれば、おそらく大半が原動機の付いた何かに跨ってでブイブイいわせている時間なのだが、このファンタジー世界にはあまり夜の娯楽がなく、あってもガチの大人向けなのだ。
ゆえにミラのような年齢では比較的早く寝て、色々な部分がボインボインと成長して……そうか、2つ違いのこのミラの姉、コイツは夜更かしばかりしているからこんなにペタッとしたボディー……を眺めていたら考えを読まれたらしい、殴られた。
まぁそれはともかく、既に『規定のゲーム』を実行し、その敗者として確定しているミラ(就寝中)に皆の視線が集まっている。
これはもう逃れられないタイプのアレだ、きっとミラは、目を覚ました瞬間に自分が『良くわからん大様的な何か』になっていることに気付くのであろう……
「それで、具体的にこのミラをどうやって『カリスマ的正統性を有する指導者様』に仕立て上げるってんですか? もう見るからにその辺の相当に可愛い巨乳のガキなんですけど……」
「いや勇者殿『相当に可愛い巨乳のガキ』はその辺には居ないぞ、少なくとも人間の上位3%には入っているはずだぞその子は」
「まぁそうだろうな、3%どころか上位0.01%ぐらいだろうよ、なぁセラ、で、それは置いておいてだ、このまま着飾らせて『これが新たな首長様だっ! ウォォォッ!』的なことをやるのか?」
「……いや、それだと少し弱いね、やはり誰かこの国の人間によって新たな『統べる者』の発表があって、それからあの裏切り者共の権限を、どちらも綺麗サッパリ剥奪するだけの証拠を揃えなくてはだ」
「権限をですか……『大事なアレ』ならどっちも既に『剥奪済み』なんですがね……」
実につまらない冗談はさておき、とにかく協力を得られそうな現地人、つまり捕らえてある秘書2人のことなのだが、その2人に、それぞれが付いていた首長2匹の『権限剥奪』と、『ゴミとして処理する旨』を発表させるのが望ましいとの判断が下った。
そして新たな『権利者』として、適当に着飾らせたミラを……まぁアレだ、伝説の巫女ぐらいのノリで発表してそれを人々に承認させる。
もちろん反発は予想されるが、そこは『巫女の不思議な力』を見せ付けることによって、絶対に逆らわない方が良いとか、あとは一生付いていくべきだと思わせることによって徐々に力を獲得させるのだ。
そしてそのための犠牲となるのはもうわかりきったことなのだが、親玉を裏切り野郎の暴走によってサラッと失い、路頭に迷っている状態の犯罪者共。
西方新大陸からここへ攻めて来て、そして制圧して粋がっていた、自分達が支配者だと思い込んでいた馬鹿共、後ろ盾を失ってそうではなく、単なる鬱陶しい余所者へとなり果てた犯罪者共を使うのである。
捕らえては死刑を宣告し、その場で裁いて、いや捌いていく、もちろん集団で攻撃してくることもあろうが、そこは『首長様の兵』である俺達が、圧倒的な実力を見せつけてやれば良いのだ。
あとはこれまで信者を率いて来た2匹の裏切り者、その2匹が何をやらかしたのかについて、これまでのようにヤジが飛ぶような状況ではなく、皆が静まり返り、話を良く聞いてくれるような状況で公表すべき。
それさえ公になり、それが真実であるとの判定を人々の大半から受けることさえ出来れば、少なくとも『やっぱり首長様が~』というような輩の発生と、その方向に流れる空気の読めない馬鹿の誕生も抑止することが出来るはず。
そこまで決まればあとはどう実行していくのか、具体的なことを決めるのみだ……まずはミラをどういう感じで『カリスマ的正統性を有する指導者』の感じに持っていくか、それを考えることとしよう……




