728 黒ひげの玉
「何だろう、一体どこを指しているんだろうなこの赤いのは?」
「う~ん、とりあえず向こう、私達が入って来た方のようですね」
「お宝、お宝の匂いがしますっ!」
「お宝目指して探検だーっ!」
「私が一番乗りっ!」
「ウォォォッ! 俺だぁぁぁっ!」
紋々太郎の『ハジキ』から発せられた謎のレーザー光線、その指し示す先に俺達が求めるものがあり、そこは次に向かうべき場所であると、そういうことなのだそうな。
まぁ、かつての英雄がどうのこうので、今目の前に居るおっさんとの御前試合に勝利してどうのこうのはさておき、どうやらこれはこの先の冒険に資する何か、自動ナビゲーター? のようなものを得たと考えて良さそうである。
そしてその指し示す先は紋々太郎が『ハジキ』を動かしても変わらず、ひたすらに扉の向こう、俺達が入ってきた長い階段の先のままだ。
角度的にかなり近い可能性が高いということもあり、そのお宝感に舞い上がったミラを皮切りに、アドベンチャー感を出してテンションが上がった連中が……いや、その中にフォン警部補が、良い大人が紛れ込んでいるのはどういうことなのであろうか……
「……とにかく、この赤い線の先に何かがあるのは確実のようだね、行ってみるとしよう」
「そうっすね、てかもう皆行っちゃってますし、しかしこの城、どういう形をしているんだろうか……おいツンツンメガネ、どうなんだ?」
「はっ、はいぃぃぃっ! シャチホコの形をしていますっ!」
「シャチホコの? まぁ良い、とりあえず行くから2人共立て……ルビアもだっ!」
『はいぃぃぃっ!』
話の進行的にアレであったため、部屋の隅で正座させておいたルビア、それからビビりまくって同じように部屋の隅で、こちらは正座ではなく抱き合って震えていた秘書の2人。
それらを立ち上がらせ、先に階段を降りて行ってしまった一部のメンバーを追う。
どうやら元敵のおっさんも付いて来るようだ、しかも裏切り野郎の襟を掴んで引き摺って来てくれるらしい。
扉の向こうには長い長い階段、今まで居た部屋とは違いそこからは周囲の、町全体の様子を見渡すことは出来ないものの、遥か先に小さな明かり、出口と思しき明かりがあるのが見えている。
英雄武器の指し示す先はまっすぐその出口……ではなく、少し向かって右側へズレているようだ。
といってもほんの僅かだが、出口明かりそのものではなく、近くの壁を指しているように見える。
「……何だかおかしな位置へ向かわなくてはならないのようだが……どうするかね勇者君、一度この城の外へ出てみるかね?」
「そうっすね、全体像がどうなっているのかってのも気になりますし、一旦脱出してみるのも良いでしょう」
ということでそのまま階段を降り、遥か先の出口を目指して進んで行くと、ようやく辿り着いた出入り口は……入ったときの地下へ続く道をそっくりそのまま引き起こしたような感じだな。
ただかなり大きさが変化しているようだ、入ったときには通常の出入り口で、無限沸きのモヒカンがそこに並んでいたのだが、今はその境目の部分のみが異様に拡大し、幅も高さも30m程度の広い穴となっている。
そして何やら氷柱のような尖った鍾乳石のような、いや、これは歯を模しているのか。
周りの壁や天井、床の紋様などを見る限り、これは口の中、もちろんシャチホコののである。
そこからパッと外へ出る……うむ、巨大なシャチホコの口だ、俺達は今、シャチホコの、いやシャチホコ城の口から出て来たということか。
そしてその口の先には、まるでシャチホコの背骨を伝うかのようにして階段が、それこそが今俺達が降りて来たものなのだが、とにかく尻尾の付近まで続いている様子だ……
「見てよ勇者様、あの透明な場所、尻尾の上よ、私達はあそこに居たってことよね」
「……遠いが、確かにそうだな、展望台みたいな感じだぞ、窓の割れ具合からしても間違いないだろうな」
「にしてもでっかいシャチホコ……じゃなくてお城なのね、趣味が悪いというか何というか……」
「間違いない、どうしてこうなった感がハンパじゃないぞ……」
巨大なゴールドのシャチホコ、権力の象徴なのか何なのかはわからないが、なにも城自体をシャチホコ型にしてしまうことはないのに、そう思うのは俺だけであろうか。
で、その巨大なシャチホコの、向かって左側、つまり先程までは右に見えていたシャチホコの右目。
紋々太郎のハジキから放たれた照準が向かう先は、その右目の黒い部分に……玉が埋め込まれているようだな……
「ご主人様! あっちですっ! ほら、このお魚の目玉がお宝なんですっ!」
「なるほど……うむ、そういうことか、あのシャチホコの目玉、アレこそが『黒ひげの玉』ってことなんじゃないのかな?」
「……勇者君、それが正解だと思うよ、早速解放してみようか」
黒く輝くシャチホコの右目、ここへ来たときには当然地下に埋まり、そして出た際にも分厚い壁を、もちろん特殊な素材で構成された城の壁を挟んでいたためわからなかったのだが、良く見るとかなり凄まじい力を放っているようだ。
とりあえずその辺にあった梯子を掛け……と、余裕で届かないではないか、というか高さが20m以上ある。
仕方がないここは台所のGが如く、壁をシャカシャカと登って行く他あるまい、幸いにも手を掛ける場所はふんだんにあるからな。
で、俺と紋々太郎がそうやってシャカシャカ、ついでに精霊様と新キジマーが普通に空を飛んで……いや、この2人に抱えて貰えばどちらもこんなことをしなくて良かったのでは?
まぁ良い、気を取り直して『黒ひげの玉』に向かい、その様子を確認することとしよう……
「……ふぅっ、ようやく辿り着いたね、どれどれ、一体どうすれば解放することが出来るのかを探ろうか」
「えっと、あ、下に何か書いてあります、注意書きか説明書きみたいですが……えっと、『始祖勇者、英雄関係者各位』だと、間違いなく俺達向けのものですよこれ」
「……そのようだね、では内容を……なになに……『告、黒ひげの玉を解放する場合には、以下の手順に従って操作して下さい』と、まだ続きがあるようだね」
「その下は……『1,管理者の末裔にパンチ、顔面であることが望ましい』だって、精霊様、ちょっと船に戻ってパンチして来てくれ」
「わかったわ、10分で殺ってくる」
「いや殺すなよ、でもとりあえず頼んだぞ」
精霊様が飛び去ってからおよそ5分後、まだ戻って来る気配はないものの、壁の説明書きに記された『1,』の内容が光り輝く。
どうやら現地で精霊様が事を成したようだ、それに対して反応し、まずは『手順1』のクリアが確認されたということだ、では次だな……
「……手順の2つ目は……ふむ、反対側にあるコスパの悪い『無限沸き装置』を破壊するとな」
「無限沸き装置、そんな所にあったってのか、それで見つからなかったんだな」
「……そういうことのようだね、キジマー、すぐに破壊を」
「ハッ! 畏まりましたっ!」
飛んで行ったキジマー、しばらくすると衝撃音と、それから壁の文字が光るのが確認出来た。
これで『2,』までクリアだ、この調子で行けば簡単に黒ひげの玉を解放することが可能であろう。
で、無限沸き装置の全損と同時に、先程から定期的に溢れ、セラやユリナに秒殺されていたモヒカンの群れが、現状沸いている分全て、その場に倒れ伏し、苦しみながら溶け出した。
こうなると他の場所、たとえば第二の庁舎から沸いてきていたモヒカンも、同じように溶けて死んでいるに違いない。
懸念すべき事項がひとつ減ったのは良いことだが、あの無限沸き装置、どこの何者が、どうやって造り出したものなのか、それを知っておくべきであったかも知れない……ということはまた今度考えよう。
今はこの『黒ひげの玉』を解放する作業を進めるのだ、実質この地での最後のミッションとなるのだからな……
「え~っと、じゃあ次は……『3,誰でも良いから2kg痩せること』って何じゃこりゃぁぁぁっ! おいっ、ちょっと誰かそこで2kg痩せてくれ、これがミッションみたいなんだっ!」
「無茶を言うな主殿、2kg痩せるというのはな、非常に困難な旅路であって、そう易々と成し遂げられるものではないのだぞ」
「そうですよご主人様、というか一番痩せられる、消費が大きいのはご主人様じゃないですか? ちょっとそこで2kg痩せて下さいよ、試しに」
「・・・・・・・・・・」
どういうわけかルビア、ジェシカ辺りの反感を買ってしまったようだ、2kgといえば、転移前の世界では大量飲酒して脱水症状を起こしかねない状態になればどうにかといったところであったか。
だがそんな状況にない今、直ちに2kgというのは確かに無理があるかも知れないな……となると何か『削る』ことによって、実質痩せたかのような感じを出すべきであろう。
そしてそのことには下に居るメンバーの何人か、そして古のおっさんも気付いたようだ。
おっさんがスッと動き出し、2本の枝を拾い上げた後、地面に転がしてあった裏切り野郎のところへと向かう……
「我の恨みを晴らす、そのときがきたようだな、ハァァァッ! 秘儀! 賃取り箸!」
「ギャァァァッ! 賃取り……橋じゃねぇのかぁぁぁっ!?」
「げぇぇぇっ!? 枝を箸みたいにして賃を取りやがったっ!」
「……と、今ので『3,』もクリアすることが出来たようだね、文字が点灯しているよ」
「すげぇな、ってか『賃』を取っただけで2kg痩せるって、どんだけ巨大な『賃』だったんだよマジで……」
裏切り野郎の『賃』がどうとかはさておき、とにかく無理をすることなく、誰の健康も害されることなく『誰でも良いから2kg痩せる』というミッションをクリアすることが出来た。
だがこれは不安の種、最初の2つに関してはまだわからなくもなかったのだが、もしかするとここからミッションがエスカレートする、ムチャクチャな要求をしてくることの前触れなのかも知れない。
そう思ってしまったのが悪かったのか、次の『4,』を読み上げようとした紋々太郎の表情が硬くなる……なお、目が泳いでいるかどうかなどは、グラサンを掛けているので一切わからないのだが……
「……こ、これは困ったことになったよ、次のミッションは『仲間を1人、生贄に捧げる』というものだ、つまり仲間が失われる、それも自分らの手によってということだ」
「仲間を……となるとやはりフォン警部補を生贄にするしかないかもっすね、或いはあの古のおっさん、奴も一応仲間ということにして……いや待てよ、紋々太郎さん、もしかするともしかするかも知れませんよこれはっ!」
「……というと、何か大切な仲間を失うことなく、このミッションをクリアすることが出来る方法があるというのかね?」
「ええ、やってみなくちゃわかりませんが、あ、ちょうど精霊様が戻って来たんで、ちょっとお願いしてみましょうか」
黒ひげの末裔をブン殴りに行っていた精霊様が戻る、右の拳にベッタリと付着した赤い汁が、相当な強度で殴り、最悪殺してしまったかも知れないことを物語る。
で、その精霊様に対し、俺達が宿舎として利用させて頂いている方の庁舎、その倉庫に転がしてある2匹の馬鹿を持って来るようお願いし、ついでに手も洗っておくようにと忠告しておく。
面倒臭そうに、いや面倒臭いと口ずさみながら、再びチョロチョロと飛んで行った精霊様。
しばらくそのまま待機していると、両手に馬鹿をぶら下げた状態で戻って来たのであった……
「……なるほど、イヌマーとサルヤマー、確かに仲間のような存在ではあるのだが……既に戦力外として登録抹消された仲間で大丈夫なのかね?」
「ええ、そこがちょっとわからないところなんですが……あと一応は『元英雄パーティーメンバー』なんで、紋々太郎さんの気分的にどうなのかと……」
「……いや、それは一向に構わないよ、まぁ試してみるべきということだね、とりあえずイヌマーの方をDEATH!」
「ひょげぇぇぇっ! も……紋々太郎の……ダンナ……そりゃ、ねぇ……ぜ……」
「……喋っていないで早く死ね、貴様のような役立たずはもう不要だからね、死ねないというのであればもう一度、DEATH!」
「ぶちゅぅぅぅっ……」
「マジで容赦ないっすね……」
紋々太郎の手刀によって腹に大穴が空き、さらにハジキでドタマをブチ抜かれた犬畜生。
襟を持っていた精霊様が手を離すと、そのまま自然落下して地面に、ビターンッという音と共に広がる血溜まりの中へと沈んだ。
これで『仲間を生贄にする』というミッションは一応クリアした、いや、クリアしたはずなのだが、文字のほうはどうなっているのかというと……
「点滅してますね、どういうことなんだろう?」
「……おそらくだが、生贄にしたゴミが『仲間』としてあまりにも至らない部分が多かった、そうに違いない、半人前だから点いたり消えたり、このような状態になっているのだと思うよ」
「ふむ、そういうことですか、ならばこっちのチンパン野朗を……」
「DEATH!」
『ウギィィィッ!? ギ……ギギギギッ……ギッ……』
何の躊躇もなくチンパン野朗をも殺害した紋々太郎、こちらも精霊様が手を離したところ、落下先の地面でベシャッとなってその薄汚い死体から汁を飛ばした。
これで『半人前』を2匹、つまり1匹、いや1人分の『仲間』を生贄に捧げたということになるはず。
点滅する文字をじっと見つめる……点灯した、これで『4,』もクリアしたということだ。
そして次は『5,何か面白いことやれ』であったのだが、ここはフォン警部補と古のおっさんがフル○ンになり、踊り狂ったことによって余裕のクリア。
何が面白いと感じるのかの基準が小学生並みのような気がしなくもないのだが、この黒ひげの玉やその管理を任された黒ひげの祖先、その残した魔導文書とは一期一会なので、別にその感性がどうであっても構わない。
その後『6,可愛い子がスカートで逆立ちすべし』だの『7,もう普通におっぱい見せて』だの、明らかにこの文書を遺した黒ひげの願望によって採用されたと思しきミッションを、下で待機している仲間達がどんどんクリアしていく。
なお、フォン警部補はわかっていたため、誰かのパンツやおっぱいが露出される瞬間を見ないようにしていたのだが、つい先程参加し、単に一緒に来ているだけである古のおっさんはそんなことはしなかった模様。
精霊様によって目潰しをされ、眼球が崩壊して視界を奪われている、もちろん絶賛再生中だ。
まぁ、再生にもエネルギーを使うわけだしこの世界に存在し続けることが可能な時間が少し減ったようだな。
で、そうこうしているうちにミッションは進み、文字の書かれたプレートも、ほとんどの部分が光を放っている状態へと変化していた……
「……さて、これが最後のミッションだね、え~っ……『15,大衆を治め、この地を統べよ』だそうだ」
「いきなりめっちゃ壮大なのきたぁぁぁっ!」
突然そのようなことを言われても困ってしまうではないか、というか無理じゃないのか?
現状この地は犯罪組織に制圧され……その親玉は首だけとなってフォン警部補の荷物に収納されているが、それ以外にも問題となる点が多すぎる。
まずこの2匹の裏切り首長、特にこの町の中ではこいつらとその信者の分断が凄く、どちらの信者も相手の話には耳を傾けない。
もちろんどちらも裏切り者で、卑怯者で、さらに色々と大事なモノを失って息も絶え絶えなのだが。
その影響力は衰えることなく、特に熱狂的な信者が例の庁舎に集っているのは変わらない。
この状況でそれらを『統べる』というのは非常に困難だ、もしこの2匹による直接の『お声』があれば……いや、ボールカッターの馬鹿の方は顎を砕いてしまったな、回復魔法でどうなるかわからないが、失敗すればもう二度と喋ることが出来ないはずだ。
それにこちら、もう1匹の裏切り野郎ももうダメだ、先程『賃取り』されてしまった際の傷口があまりにも大きく、意識は混濁して消失しかけ、立ち上がったり、話したりすることなど到底不可能な状態だ……
「……まぁしょうがないな、お~いルビア! ちょっとそこのゴミに回復魔法をっ!」
「あ、はーいっ」
「さて、ちょっと降りて作戦を立てましょうか、このままじゃ、というかこれ以降かなり頑張らないと、最後のミッションを攻略することが出来なさそうですからね」
「……うむ、ではそうしよう、ついでに食事をすべき時間だし、一度宿泊している庁舎へ戻ろうではないか」
「あぁ、もうそんな時間ですね、良く見たらバリバリ夕方だし、じゃあちょっと戻りましょうか」
ということでシャカシャカと壁を降り、下の仲間と合流して事情を説明した。
腹が減ったというのは皆思っていたことであり、正直始祖勇者の何とか、黒ひげのどうとかは無視して帰りたかったそうな。
ちなみに、ここまでクリアしてきたミッションに関しては、玉の横にあった『ここまでの進行をセーブする』というボタンを押しておいたため、よほどのことがない限りは大丈夫なはずだ。
「じゃあ、帰って夕飯を済ませたら、庁舎の中のどこかに集合して作戦会議って感じで良いわね?」
「いや、先に風呂にも入っておこう、ほら、フォン警部補と古のおっさんの戦い、アレはかなりの『飛沫』が飛び散ったはずだ、良く見るとそれが服に付いていたり……」
「ひぃぃぃっ! ちょっと勇者様! 恐いこと言わないでしょっ!」
「なぁに、洗えば落ちるから大丈夫だって、あの『小さいおじさん』が人に感染して増殖するタイプじゃなければの話だがな」
「不安すぎるわね……」
ということで食事の前に風呂へ入ることになった俺達、戦いは終わったがまだまだこれからであることがわかってしまった以上、ここで気を抜いてしまうわけにはいかない。
とりあえずこの後の会議で話し合うべき内容を、今のうちに仲間内でまとめておくこととしよう……




