727 その力
「おいそこのおっさん! お前だよお前! とにかくそいつにはまだ聞きたいことが山ほどあるんだ、今この場で殺すのはさすがにNG行為だぞっ!」
「し、しかし我はこの者によって尊厳を……」
「うんそうだな、色んな尊厳を失ったな、ご自慢のチ……まぁアレも、それからかねてより失いかけていた貴重な尊厳の方もな……と、それはコイツのせいでもあるが」
「あっ、ちょっとご主人様、シーッですシーッ! 私のせいでツルッぱげになったと思われたらどうするんですかっ!」
「いやルビアのせいだろ、てか事実を告げないと、このままあのハゲをユリナのせいにして逃げかねないからなお前は、ハゲだぞハゲ、どうしてくれるんだあのハゲをっ!」
「そうですわよルビアちゃん、あのハゲの責任のほぼ全てがルビアちゃんの所にありますの、あのハゲのっ!」
「クッ、人生最大のピンチですね……まさかあのハゲの責任を取らされるとは、まさかハゲの」
「……あの、あんまりハゲとか言わないで頂けると助かるんですが、我はその……聞いてる?」
ハゲの責任を取らされそうなぐらいで『人生最大のピンチ』であると主張するルビア、これまでどれだけピンチに陥ることがなかったのだという辺りは疑問だ。
だがとりあえずそのことに関してツッコミを入れるのは後として、何だか喋りたがっている様子のハゲ、というか自我を取り戻したおっさんに、発言の機会を与えてやることとしよう。
ただし息が臭そうなので離れたままでだ、さらにはこのおっさんの自分自身というのは、実は一時的に取り戻しているに過ぎないものであるという可能性も捨てきれない。
一定時間の経過や、その他のキッカケによってまたあの凶悪な、パワーに溢れる『串に5本刺さったみたらしダンゴ』の力のほぼ全てを取り込んだ最強のおっさんに戻ってしまわないとは言い切れないのだから……
「そんで、あ、ちょっと待ってくれ、フォン警部補、一応その裏切り者と、それから犯罪組織幹部の首だけで良いからキープしておいてくれ」
「おう、じゃあこのおっさん……いや、師範とか老師とか呼んだ方が良いのか? とにかく対応は勇者殿たちに任せた」
「師範? 老師? まぁ良いや、でだ、おいおっさん、落ち着いたところでまずはお前が何者なのか、どうしてそんなにハゲなのかについて教えてくれないか?」
「……我は……我は一子相伝の超強い拳法の伝承者であったんだ、今からおよそ1,000年前のこの地においてな……で、ハゲなのはそっちのお嬢さんの方が詳しいのだと思うが?」
「わっ、私は知りません、ご主人様がやれって……言ったかも知れないので……」
「見苦しいぞルビア、後でお仕置きしてやるから隅っこで正座して待っておけ」
「へへーっ!」
この後もちょくちょく話しに絡んできて、その度に会話の進行が中断される可能性があってうっとうしいということを踏まえ、ルビアはその場から退避させた。
おっさんはハゲの元凶であることが判明しているルビアを、恨みの篭った眼差しで追いかける。
これはかなりキレているな、まぁ当たり前か、残り僅かであり、その1本1本が強力な武器である髪を失わせた張本人なのだから。
おっさんには後でルビアを痛い目に遭わせているところ、それを見せつけてやることとしよう。
それで満足いかない、さらなる謝罪を求めるというのであれば、もう面倒だからおっさんを殺してしまうべきだな。
で、ルビアが去った後、もう一度おっさんに向き直って話を進める……と、まぁとにかくこのおっさんが何らかの拳法、おそらくはフォン警部補が用いていた拳法の伝承者であるというところまではほぼ確定か……
「それで、我はその拳法の最終奥儀である『チーンBOW』を習得することに成功し、それはもう素晴らしい、この世の春を謳歌していたんだ」
「ほう、具体的にはどんな感じで?」
「まぁそりゃもうモッテモテで、待っていれば食事も出てきたし、セクハラしても嫌われなかったし、なんとウ○コ漏らしたときでさえ、その日の間誰にも指摘されず、皆臭そうな笑顔をこちらに向けていたのだよ」
「おいコラ、当たり前のようにウ○コ漏らしてんじゃねぇよ……いや、しかしその状況からどうやって『パチンコの景品(余り玉向け)』まで転落したってんだ? 漏らし続けて愛想を尽かされたとかか?」
「いや、我の拳法は敗れたのだ、実力では劣ることがなかったはずなのに、まさかの御前試合でタコ負けを……」
「なるほど、相性が悪かったのかな?」
「いや、相性もバッチリだったんだが……『御前試合』というぐらいだから午前中にやるものだとばかり思っていて……まさかナイターだったとは……もう酒飲んじゃってたし」
「どんだけ馬鹿なんだよお前はっ!」
その後、チヤホヤされていたおっさんは完全に人気を失い、元々のショボい中間管理職としてストレスを溜め込む毎日を送っていたのだという。
そしてそのストレスを発散するためにパチンコに通い詰め、財布の中身を全て献上し、最後には自らの魂を賭け、その全てをもって『玉250発』を借りるという暴挙に出てしまったのである。
もちろんそれも全て呑まれ、おっさんの魂はパチンコの機械の中に、そしてボディーはどういうわけか景品として交換所に移送されたのであった……もうダメだコイツ……
「いやはや、筐体に吸収されてしまった魂がね、運良く零れ落ちて景品交換所のボディーの方に戻ったときには勝ったと思ったよ、まるで役モノがギュギュギュギュイーンッとか言いながらレインボーに光ったときの……」
「全く反省していないようだな、このおっさんは放っておくとまたパチンコ屋に通い詰めるぞ、また魂を抜かれて景品にされるぞ絶対、どうにかしないとだ」
「もう無駄ですよ勇者様、これは専門的な治療が必要な次元です、私達には出来ないので放っておきましょう、それに……」
「おいミラ、それにどうした?」
「何かこのおじさん透けてきていませんか? 消えてしまいそうですよ」
「あっ! 本当だ、徐々に薄くなって……緩やかに消滅し始めているのか」
良く見ると確かにそうであった、おっさんの髪は元々薄く、そして全て消滅してしまった、さらにこんな感じゆえ影も薄かったりするのであろうが、今回はまた別のようだ。
おっさんの、その存在自体が消失の危機に瀕している、そうに違いないと思えるような現象が起こっているのが確認できたのであった。
このまま放っておけば……と、また少し薄くなったことからも、おそらくは持ってあと半日、下手に派手な動きを繰り返せば、それこそ1時間や2時間で完全な無へと還ってしまうはず。
しかしそれはこの『おっさん本体』だけの話だ、先程までの自我を失った状態で得た究極の力、それはそっくりそのまま、この場に残ってしまうのである……
「これはちょっと拙いわね、元々1,000年も前の人間、というか人族だもの、本来はとっくに死んでいるはずの時代に蘇っちゃって、どうにも存在が保てていないみたい、このままだと中のエネルギーだけがそのままになって解放されるから、きっと大変なことになるわよ」
「そりゃ拙いな、おいおっさん、消え去る前にボディーの中に取り込んだエネルギーをどうにかしてくれないか?」
「どうにかと言われてもな……ふむ、この力は我のものではないのだが……いや、これを燃焼させればあと1週間ぐらいはこの世に留まることが出来そうだな」
「あぁ、どんな方法でも良いから消費するなり何なりしてくれ、とにかく放出するのだけは勘弁してくれよな」
「うむ、じゃあ残された僅かな時間でちょっとひと勝負を……誰かこの近くにある現代のホールを知らんかね? キンキンジャラジャラする感じの……」
「いきなりパチンコ行こうとしてんじゃねぇよっ! 1週間しか存在出来ないならもっと有意義に時間を使えっ!」
「あとですね、良いですかおじさん? 知っていると思うけどこの地域は犯罪組織に制圧されているんです、パチンコ屋なんてやっていないか、やっていたとしても凶悪なボッタ店ですから」
「そ……そんなっ……夢破れたり、もう一度あの勝利の喜びを、脳汁がドビュッと出る……いや、負けて台パンかましていたことの方が多かったな、今のこの力で、さらに我の拳法をもって台パンなどしたら……」
「世界が消滅してしまうからやめてくれ、良いからもっと他にやるべきことを考えろ、賭け事に走るな」
「う~む、そう言われるとな……」
きっとこのおっさんの頭の中にはもう、勝てもしないギャンブルのこと以外が存在していないのであろう。
最強クラスの拳法を伝承した成功者が、たった一度の敗北で全てを失ってこんな状態に、本当に恐ろしいことだな。
と、ここでその『かわいそうなおっさん』が何かを閃いたような顔をする、ちなみに凄く気持ち悪い。
そしてそのおっさんの閃きとは……どうやら周囲の光景、窓の外に広がる光景を見ているようだが。
……視線の先にあるのは5本の、とんでもないビジュアルゆえモザイク結界が張られた状態のアレ、ダンゴ精製塔らしいな、残された膨大な力で、それをどうにかするつもりなのか?
「……よし、我は決めたぞ、まずこのエネルギーを用いて、あの忌々しい塔をすべて破壊してやろうぞ、それから大勝利に向かって突き進むのだ、全くあのような『遠隔操作のための施設』を隠すでもなく、この地を制圧した犯罪組織というのはこれほどまでに厚顔無恥な連中だというのか」
「いや、言っておくがあの塔はパチンコの遠隔操作に使う施設じゃ……ふぐっ、ごっ……」
「勇者様は余計なこと言わなくて良いの、せっかく勘違いしているみたいだし、それにちょうどあの塔をどうするべきか、どう処理していくのかが決まっていなかったんだし、ちょうど良いじゃないの」
指摘をしようとしたことは間違いではないのだが、ここは黙っておくべきだと判断したセラによって止められてしまった。
まずは一番近いと思しきモザイクの塊、そのモザイクの向こう側にあるとんでもない形状をしたダンゴ精製塔に狙いを定めたおっさん。
軽く助走を付け、そのまま透明な壁をブチ抜くようにして、走り幅跳びの要領で飛び出して行く。
粉砕される壁というか窓というか、そして凄まじい勢いで飛んで行くおっさん、方向も角度もバッチリだ。
すぐにモザイクの向こうへ消えるおっさんと、その直後にグラッと傾くダンゴ精製塔の影。
おっさんはそのまま跳躍して次の精製塔へ、それを倒すとさらにその次へ……あっという間に5本全てを倒壊させてしまったではないか。
「お……終わりだ、もう『串に5本刺さったみたらしダンゴ』も、世界征服の野望も潰えた……」
「おい裏切り野郎、勝手に喋ってんじゃねぇよこのゴミが、お前にはな、これから苦しんで、しかも人々の怨嗟の声を一身に浴びながら地獄に落とされるという悲劇的な最後が待ってんだ、気を確かに持ちやがれこのゴミ! クソゴミ!」
「そ、そんなぁ~っ……」
すっかりその存在を忘れていた裏切り野郎、コイツさえ居なければあんなおっさんがこの世に復活することもなかったし、そもそもとんでもないビジュアルのダンゴ精製塔が5本も、などということはなかったはずだ。
やっていたことも何もかも、間違いなくボールカッターの奴よりも凶悪なのだが、とにかく2匹並べて死刑を執行すべきなのは確かである。
もちろんそのためには2匹それぞれの信者連中、現状ではこの裏切り野郎が居た庁舎の周りに、顎を砕いて神輿に搭載したボールカッターと共に集っている連中をどうにかする必要があるのだが。
まぁそれに関してはどうにかなるし、最悪武力で脅して黙らせる、それでも黙らない奴は、この島国の英雄である紋々太郎には申し訳ないが、主に顔面がキモいなど、パッと見で気に食わない奴を2匹か3匹程度抽出し、惨殺してそれを脅しとすれば良いであろう。
と、ここで最後のダンゴ精製塔に蹴りを入れ、5本全てを倒壊させることに成功したおっさんが、正確なコースでこちらに戻って来るのが確認出来た。
そのままどこかへ行ってしまえば良いのに、内部に残った残りのエネルギーを、安全に消費してくれるのであればどこで何をしていても……いや、ボッタ店のパチンコ屋に行くのは避けて欲しいが、それ以外なら勝手にしていてくれて構わないというのに……
「ハッ! シュタッ! うむ、良い感じに馴染んできたようだ、現役時代と比べても遜色ない、スマートな着地で帰還することが出来たよ」
「どうでも良いけど今のでかなりエネルギーを使ったようだな、この分だとあと3日も存在出来ないんじゃないか?」
「そうかも知れない、だが我はこの男、国を裏切って敵に与し、さらには我をこんな風にしてしまう元凶となった男の最後を見なくてはならない、ここからは可能な限りセーブして、処刑を眺めつつ消え去ることとしよう」
「おう、好きにしてくれ、じゃあな、キモいから二度と俺様の前に出現するんじゃねぇぞ」
「……勇者君、少し待って、いや待たせてくれないかね、そのおっさんには少し聞きたいことがあるのだよ」
後ろで何かをしていた、というかカレンとリリィに余計なことを教え続けていた紋々太郎が、いつの間にか新キジマーと共に前へ、そして何かおっさんに用があるようなことを言い出す。
なお、余計なことを教わっていた2人はというと、後ろで精霊様を相手に『カチコミごっこ』をしているようだ、さすがにやめさせた方が良さそうだな……で、紋々太郎の方は……
「……御仁よ、あなたが敗北した御前試合の相手だが、もしかしたらこのような武器を用いていなかったかね?」
「ほう、どのような……こっ、これはっ! 長いリーチを活かした攻撃で牽制され、我が全く近付くことの出来なかった『刀』ではないかっ! どうしてこんな所に……」
「……これは、この武器は現在の世界で『ポン刀』と呼ばれている、4大英雄武器のひとつだ、そしてこちらがまた別のもの、わかるかね?」
「これは『ハジキ』ではないかっ! もしや『ドス』に『パイナップル』も?」
「……うむ、その4つを合わせて『英雄武器』としている、しかしやはりそうか、1,000年前、御前試合にてこの男を破ったのは英雄の系譜、いわば始祖英雄といった感じの者だ」
「いや待て、『ドス』と『ポン刀』はまだギリギリでわからなくもないがな、残りの2つは1,000年前にあっちゃダメなやつだぞ、どっちも、確実にな」
まぁ、正直なところ4つの英雄武器、その全てにおいて1,000年前に存在してはいけないものなのだが、刃物である2つに関しては『似たようなもの』の可能性があるとして妥協した。
だがハジキとパイナップルに関しては完全にアウトだ、そのしばらく後のおよそ500年前、どこかの足軽であった始祖勇者がこの地に降り立った際であっても、その2うに関しては『火縄銃』と『てつはう』ぐらいのモノであったに違いないし、それを『魔導』にて再現することなどもってのほかであったはず。
にも拘らずこのおっさんはその存在を、そしてそれがヤク……ではなく英雄武器シリーズとしてセットで存在していたことを認識している。
コイツは本当に1,000年前の武道家なのか? 本当は100年前、おそらくはハジキもパイナップルも存在していたであろう世代の人間ではないのか?
いや、だとしたら辻褄が合わないことがひとつ、フォン警部補の知っていた『チーンBOW』を有する拳法は1,000年前に失われ、おそらくはその最後の伝承者がこのおっさんということに……
「いや~、何だかおかしすぎて混乱してきたぞ、俺の常識と、それから転移前の世界についての歴史観が、この世界でその世界とリンクしている部分においてマッチしないというか……」
「……これは仕方ないことだと思うよ、勇者君、君はまだ若いからね、どうにも納得がいかないことがあって、それを受け入れられないのも良くわかる、だがね、『まぁそういうモノなんだ』として普通にスルーすることも大切なのだよ」
「なるほど、そういうものだから仕方ない……ってなるかぁぁぁっ!」
「フッ、勇者殿はまだまだ若造だな」
「主殿、そんなんではこの先、どころか今日明日中ぐらいでさえやっていけるかどうかわからないぞ、ププッ」
何笑ってんだよお前等、そう言いかけた俺の動きは、直後の紋々太郎による比較的大きいモーションによって掻き消された。
紋々太郎は自らのハジキと新キジマーのポン刀、それにもはや使用することができなくなった馬鹿共、つまり犬畜生とチンパン野朗から回収してあった残りの2つも加え、全ての英雄武器を床に敷いた布の上に並べる。
これから何をしようというのか……と、その動きに対して反応したのは1,000年前のおっさん、とりあえず古のおっさんとしておくが、何やら儀式めいたことが始まる予感だ……
「では1,000年前、御前試合の場で果たすことの出来なかった儀式を……」
「一体何を始めるんだ? おっさんが……凄い力をっ!?」
「送っているみたいね、拳法の伝承者としての力を、今持っているダンゴから得た力じゃなくて、このおっさんが持っていた本来の力だわ」
「紋々太郎さん、これはどういうことで?」
「……うむ。英雄の伝承の中にだね、ひとつだけ勝利した戦いの対価、とある国の御前試合にて、倒した相手の力を受け継ぐことの出来なかった戦いがあるというものでね、ひょっとしてその戦いとは、この男と始祖英雄との戦いであったのではないかと」
「それで、力を受け継ぐとどうなるってんですか?」
「……あぁ、それは……これを見て欲しい、『ハジキ』から出た赤い線が指し示すもの、それが次に目指すべきものであると、それを知るための新機能が得られるとのことだ」
「単なる照準じゃねぇかっ! しかも明後日の方向を……でもすぐ近くを指しているみたいだな……」
何だか良くわからない展開なのだが、とにかくハジキの先端から出たレーザーポインターのようなもの、それはどうやら、この何ちゃらシャチホコ城の出入り口の方を指し示しているような気がしなくもない……




