721 逃亡先は
「美味いっ! 味噌カツ美味い! 味噌田楽も美味い! もう味噌ってだけで何でも美味い!」
「野菜に付けるのも美味しいわね、マーサちゃん、ちょっとキャベツちょうだい」
「はいはいキャベツキャベツ……あった、はいキャベツ、1枚で良いかしら?」
「ありがと、これに味噌をたっぷり塗って……美味しいっ!」
味噌ボスを討伐したことによって、その討伐された本人から、いや神様だから本柱か、とにかく下賜された味噌系の料理、それから塗って食べるべき味噌をその場で、全員で堪能する。
まぁ全員といっても俺達勇者パーティーにフォン警部補、そして紋々太郎で14人、ここへ突入したのは15人であったのだが、新キジマーは色々ありすぎて未だに意識を取り戻さない。
というか、目覚めた際にこの男が『新キジマー』であるのかどうかという点、そこにも注目したいところである。
もしかしたら別の人格が植え付けられているかも知れないし、戻るとしても最初の無口でクールな常態か、それともゴリマッチョ化した後の新キジマーなのか、それさえもわからない。
もっとも、このまま二度と目を覚まさない、、今そこに転がっている新キジマーのボディーは、それこそボディーだけとなった抜け殻であり、本人の意識はもう、どこかに消え去ってしまったということも、可能性としてなくはないのだ。
もし戻ってこなかったら非常に残念なことである、もちろん俺にとっては意外とどうでも良い、というか気にもならないことである。
だが最後のパーティーメンバーを失う紋々太郎にとっては、この後のオーディション、しかも今回は3人全員のものをやらなければならないなど、非常に頭の痛い問題として圧し掛かるに違いない。
ちなみに、今回の戦いで新キジマーは失われてしまったのかも知れないといったところだが、味噌の香りでどうにかなってしまっていたルビアは、降臨した味噌料理を食べさせたところキッチリ戻って来た。
それ以外のメンバーも、敵に最も接近していたカレンとマーサも、特にこれといった後遺症のようなもの、どこかおかしいという点はないようなので一安心だ。
「はぁ~っ、もうお腹一杯よ、皆はまだ食べるんでしょうけど、私はお先にオーダーストップね」
「あ、私もです、最後にこの味噌味のお菓子を頂いたらお終いですね」
「セラもサリナも少食だな、見ろ、マリエルなんてとても王女様とは思えないガッつきっぷりだぞ」
「ふぐっ……だって、お味噌は原則この島国以外では食べられないのですから、特にここの、この地域のものは特別なようですし、これは仕方ないと思って下さい」
「食えるときに食っとけってか、思いの外食い意地が張っているんだな……」
メインよりもデザートではないか、甘味に近いのではないかと思われる品を中心に、ひたすらに食していくマリエル。
食べ方は確かにお上品であり、そこに王女としての最低限の気品は感じられるのだが、それでも食べすぎである。
やはりどのようなご身分であっても、金で買うことの出来ない『限定商品』には弱いということか。
そのまましばらくの間、何も考えることなく料理をガッついていく、これが食べたいと念じれば直ちに召喚される味噌料理、なお、一度『現金が欲しい』と念じてみたのだが、その願いは通じなかったようである……
「……さてと、俺もそろそろギブアップだな、カレン……はまぁ良いとしてだ、ルビアはまだ食べるのか?」
「ええ、ちょっとこのお味噌の乗ったお豆腐のような……あ、焼きナスに掛けても……」
「まぁ何でも良いが、食べすぎて太っても知らないぞ、あまりにもアレだったらジョギングとかさせるからな」
「ひぃぃぃっ! それだけはご勘弁をっ!」
絶対に運動したくないルビアが、味噌料理を手に持ったまま懇願する姿を見て皆で笑い、勝利後の楽しいひとときを過ごす。
この後はここから脱出して、それから何をするべきであったか……いや、もう忘れてしまったな、とりあえず宿泊している方の庁舎へ戻って、それから次の作戦を立てる……と、転がしてあった新キジマーが少し動いたようだな。
目を覚ますというのか、それとも新鮮な刺身がピクピク反応するようなものであって、それが新キジマーの中身があるということを示唆するものではなかったり……おっと、また動いた、これは意識を取り戻しそうな予感だ。
「紋々太郎さん、新キジマーの奴、やっぱり生きている、というか中に人格的なものが入っている状態みたいっすよ、どうします?」
「……うむ、まずは目を覚ましてからだね、中身がどんなモノなのか、いくつか質問してから判断するべきであろうから」
「そうですか、じゃあとりあえず起きるのを待ちましょう、もうすぐだと思うし……」
完全に目を覚ます方向で動き出した新キジマー、一瞬目が開いてはまた閉じということを何度か繰り返した後、ハッと覚醒したような表情になった。
そしてそのままムクッと起き上がり、周囲を見渡す……果たしてコレが俺達の知っている新キジマー、もちろんゴリマッチョ化して変貌した性格のものも加えて、そのどちらかであるという確証はまだ存在しない。
万が一ということもある、念のため聖棒を構え、いざとなれば直ちに『討伐』することが可能な姿勢を取る。
それは他の仲間もそうしている、危険があるのかないのか、それを見極めるのはこれからだ……
「……お前、キジマーなのか?」
「……そう……であるはずなのですが、何やら長い夢を見ていたような気がしてならないのです」
「ちょっと待て、それはいつからだ?」
「え~っ……そうだ、刑場を改装して造った儀式場を破壊すべく、敵の庁舎に乗り込んで、そこで無限沸きのモブを食い止めるために……うっ……ダメだ、そこから先が思い出せない……」
「……ということは、あのゴリマッチョキジマーとなる前の状態に巻き戻されたということだね」
「だとおもいます、まぁ何にせよ良かった、これで面倒なオーデションは2つで済むってことで」
「……そうだね、まぁ次は優秀でまともに使える、シャブ中でないイヌマーとサルヤマーを選抜する必要があるがね」
食事を続けているメンバーを除き、皆で良かった良かったと言い合ってその復活を祝う。
とりあえずその新キジマーにも味噌料理をということになり、今しばらくこの食事会は続きそうだ。
ちなみに、一応はこの食べ放題にも時間制限があるようで、最初に、料理より先に出現していたテーブルと椅子が若干薄くなってきているような気がしなくもない。
これが完全に消失した際には、俺達の想いももう天には、というかこの地域全体に拡散していった味噌神様へは届かなくなり、味噌料理が召喚されることもなくなってしまうのであろう。
それを知ってか知らずか、今食事を始めたばかりの新キジマーは凄まじい勢いで味噌料理をガッつく。
今度は『超デブキジマー』になって、再び『飛べぬ』などということにならなければ良いのだが……
と、その新キジマー、食べながらふと怪訝な表情になり、しばらく考え込んだ後に、突如何かを思い出したような顔をする。
「……今思い出したのですが、ここでのミッションは全て滞りなく終わった、そういう認識で良いのですか?」
「あぁ、滞りなくってわけじゃないけど、とにかく味噌のボスキャラを倒して、それで得た報酬が今食べている味噌料理なんだ」
「というと、この庁舎を支配していた裏切り者も討伐したということですか? 殺害した? それとも死刑の宣告だけして捕らえてあるのですか?」
「……あっ……あぁぁぁっ!? やべぇっ! 奴の存在をすっかり忘れていたぜっ! これは超やべぇぞっ!」
「……勇者君、これはかなり拙いことだね、味噌の誘惑に負けて、誰一人としてあの裏切り者のことを覚えていないとは」
「全くっすよ、この味噌料理は罠だったんだっ! 巧妙に仕掛けられた、俺達をここに足止めするためのトラップだったんだぁぁぁっ!」
「まぁたぶん違うと思うわよ、私達が勝手に嵌まっただけだと思うの、でも大丈夫、ここって結構高いんでしょ? 敵はこの先に……そういえば裏口があるんだったわね……」
「おう、もうぜってぇ逃げ出しただろあの臆病者めっ!」
慌ててその先の部屋へ繋がる扉を破壊し、中を覗き込むも既に手遅れ、豪華な部屋には大きさがあって持ち出すことが出来ないような調度品は残されていたものの、金庫も空なら机の引き出しも空、金目のモノは一切残されていなかった。
いや、空き巣や強盗がメインの目的ではないのだからそれは別に良い、そんなものはサブだ。
肝心なのはここに居た、つい先程までは居たはずの裏切り者、そいつの『命』なのである。
ツンツンメガネが言っていたように、部屋にはやはり裏口らしき扉が設置されており、そこの鍵が開いている、つまりそこからの逃走を図ったということ。
やられた、もう一歩で目的を達することが出来たというのに、おそらくはこの地域での戦いにおいて、最大の敵である裏切り者が、扉一枚隔てた先に存在していたというのに。
これは確実にアレだな、味噌神様の責任だな、もちろん誰かしらが気付いていれば、というのはあったが、それに気付かないような、全てを忘れさせてしまうような美味さを俺達の前に差し出した味噌神様が全て悪い。
というわけで俺も俺の仲間も、そして紋々太郎もフォン警部補も、当然自我を失っていた新キジマーも、今回の失態についての責任を追及されることはなくなったのだが、だからといって敵を取り逃したままであるという事実は消えないのだ。
どうにかしなくては、奴が『世界規模の何とやら』を本格始動させる前に止めなくては、もちろん奴自身の息の根も止めなくては、そうしないと枕を高くして寝ることが出来ないではないか……
「それで勇者様、これからどうするつもりなの? まだ遠くへは行っていないと思うけど、それでもねぇ……」
「うむ、今から速攻で追いかけるっていうのは間違いだな、どう考えても土地勘のある奴の方が有利だ」
「じゃあご主人様、敵が逃げて行きそうな場所を絞って、そこを襲撃するって感じで如何ですの?」
「他にやりようはないよな、紋々太郎さん、そんな感じでどうっすか? フォン警部補も」
「……そうだね、一度戻って作戦を立て直す、というか行くべき場所を絞るべきだと思うよ」
「俺もそんな感じで良いと思うぞ、というか勇者殿、今からでは動くことなど出来まい、全員食べ過ぎでな……」
確かに食べ過ぎ感は否めない、というかほんの少しだけで良いので食休み、いや布団に潜り込んでガッツリ寝てしまいたいところだ。
もちろんそういうわけにもいかないのだが、ひとまずは宿泊している方の庁舎へ戻ることとしよう。
外の様子も心配ではあるし、ここに留まり続ける理由はもう何ひとつとしてないのだから。
で、大変不本意ではあるのだが、敵が逃げ出したと思しき裏口からその場を脱出することに決まり、それとほぼ同時に味噌料理食べ放題ボーナスも終了を迎えた。
高級なテーブル野ソファなどの調度品を持ち出そうとして、狭い通路に引っ掛けてしまったミラに拳骨を喰らわせつつ、まっすぐに階段を降りて庁舎から脱出、相変わらず群衆に取り囲まれている外へ出ることに成功する。
……というか行きもこちらから来れば良かったのでは? まぁ良い、今はそういうことを考えないようにしておくこととしよう。
とにかく戻って、作戦会議をして次の戦い、別の場所の攻略に備えなくては……
※※※
「……それで、この区画内であの裏切り者が逃げて行く、その最も可能性が高い施設はどれかね?」
「えっと……そうですね、この『エンパイアシャチホコ城』へ行く可能性が高いです」
「ええ、間違いありませんね、そもそもこの地域を制圧している西方新大陸の犯罪組織、その最上層部はほとんどここに居るはずですから」
「またわけのわからん名前の施設が出てきたな、エンパイアシャチ……何だって?」
「エンパイアシャチホコ城です、強いんですよ」
「強い? デカいとかじゃなくてか……もう意味がわからんぞ」
清楚秘書もツンツンメガネも、2人が2人共そのエンパイアシャチホコ城が怪しいと指摘しつつ、それがどんなモノ、まぁ建造物であるのは確かだが、とにかく何なのかについて言及してくれない。
仕方ない、またツンツンメガネを引っ叩いて……と、そういえばアレだな、そんなものが近くにあればすぐにわかる、というかもう目視で確認出来ているはずだが?
まぁ、そういう重要な施設ゆえ、間違いなくこの町の中心部である官庁街に存在しているはず、それなのにそんな『城』には全く見覚えがないのだ。
これは一体どういうことであるのか、と、それに関してもツンツンメガネから聞き出せば良いか。
tりあえず鞭で打つためにツンツンメガネを素っ裸に……いや、ここではやめておこう。
一応、紋々太郎やフォン警部補から見えないところで、つまりこの会議が散会した後に、宿泊している部屋に戻ってから拷問するべきだ。
それだと俺がツンツンメガネの素っ裸を見ることにはならないかって? そんなのは今更だ、むしろ勇者様であるこの俺様に素っ裸を見られるというのは大変喜ばしいことであり、こちら側から金銭を要求しても良いぐらいなのである。
「とまぁそういうことで、そのエンパイアシャチホコ城とやらを次のターゲットに選定する、それで良いっすかね?」
「……うむ、我々は構わないよ、もはやそこ以外に狙うべき場所はあるまい」
「それに、そういう場所の方が指名手配犯とかが多そうだからな、乱獲タイムで昇進確定だぜっ!」
「お、おう、とりあえずフォン警部補、二階級特進だけはするなよ、新キジマーが殺られかけたばかりなんだから、一応は死なないように気を付けて行動しないと」
あまり話を聞いている様子はないフォン警部補だが、こういう奴はそう簡単に死んだりしないはず。
ひとまず翌朝から、再び秘書2人の案内によって『エンパイアシャチホコ城』を目指すということだけを決定し、その日の活動は終了とした。
あとは早めの夕食を取って、風呂にも入って、それからツンツンメガネに苛烈な拷問を加えて、満足いく情報を得た後に寝るのみだ……意外とやることがあるな……
※※※
「痛いっ! 痛いっ! もうやめて下さいっ! 何か聞きたいことがあるのならお答えしますからっ!」
「じゃああと100叩きで良いにしてやる、それから質問タイムに移行しよう」
「意味がわかりませんっ!」
正座させたツンツンメガネに対し、後ろから鞭でビシバシと打ち据えていくのだが、慣れてしまったのか前回よりもかなり余裕がある様子。
このまま文句を言わせておくと、調子付いて普段から反抗的な態度を取るようになるかも知れない。
仕方ないこうなったらもっと恥ずかしい格好にして、さらに痛い鞭で引っ叩いてやるしかないな。
いや、それよりももっと効果的なものがあった、確か折り畳み式の三角木馬がどこかに……あった、どうしてそんなものがあるのかは知らないが、部屋の隅に立て掛けられている……
「おい、立つんだツンツンメガネ」
「ふっ、鞭打ちはようやく終わりですか?」
「鞭打ちはな、セラ、ちょっとそっちの折り畳み三角木馬を取ってくれ」
「ひぃぃぃっ!? そ、そんなものを使われたら……」
「使われたらどうなる? と、まぁ三角木馬か、それかお尻ペンペン、どっちが良いか選ばせてやろう」
「いえ、どっちも普通にイヤなんでもう許して下さい、お願いします」
真顔でそんなことを言われると困ってしまうのだが、とにかくこれ以上叩くのはかわいそうになってきた頃合でもある。
仕方ない、更なる拷問はその辺に転がっているルビアやジェシカにでも喰らわせるとして、ツンツンメガネからは情報を引き出すこととしよう。
まずは……エンパイアシャチホコ城についてだな、『デカい』とかではなく『強い』というのは一体どういうことなのかについてだ……
「……えっと、エンパイアシャチホコ城には物凄い魔導迎撃システムがあってですね、確かあの犯罪者達が攻めて来たときも、そのシステムによって2万人以上が焼き殺されたとか」
「ほう、火魔法系の何かなのかな? しかしアレだろ、その魔導迎撃システム? ってのはさ、今は奴等のために稼動しているってことなんだろ?」
「まぁ、そういうことになりますね、近付くだけで結構危ないです、侵入なんてもうそれはそれはおっそろしいことになると思うんで、注意して下さい」
「ふ~ん、まぁ良いや、どうせたいした脅威じゃないだろうからな、で、もうひとつなんだが……」
なぜ城が『強い』のかについては何となく理解することが出来たのだが、肝心なのはもうひとつ、一体どこにそんな城が存在しているのかということだ。
もしかしたらインビジブルになるような魔法が掛けられていたり、それから魔王城ではないが、空に浮かんでいるなどということもないとは言えない。
で、それに関する質問に対しては、2人共なぜか答えをためらった、そしてそのまま下を向いてしまったのだが……どうやら清楚系の方が先に口を割るつもりのようだ……
「……えっと、城はこのすぐ近くなんですけど、公園なんです」
「公園が城だと?」
「そうなんです、その状態でも出入り口はあって、頑張れば入ることが出来るんですけど、本来の姿はこう……聳え立っているというか何というか……」
「意味がわからん、とにかく公園の……地下に城があるのか?」
「そうです、今はそうなっているはずです、見えていないんで」
ここにきてまた曖昧な情報、どこがどうなって地下に城など造るのか? というかそれを『城』というべきなのか?
しかも地下にあるというのに、『聳え立っている』とはどういうことなのか? これはもう、何を聞いても仕方がなさそうだ、実際に行って、そこで確かめてみる他ないであろう……




