717 再攻撃準備
「あら勇者様、もう起きたんですか? いつもならもっと、場合によっては昼ぐらいまで豚のように眠っているところだと思うんですが」
「おいミラ、何だ豚のようにって、そんなに豚なのか俺は?」
「ええそうです、まぁ冗談はさておき、豚のえ……朝食をどうぞ」
「ねぇ豚の餌って言いかけたよね? 人間の食べ物を頂けると大変嬉しいんだが?」
まぁ冗談はさておき……さておき、未だに寝ているのはいつも通りのルビアとマーサに精霊様、それから意外と疲れていたのであろうセラも、起きているような寝ているようなといった感じだ。
まぁセラに関しては朝食に付いてくるコーヒーのような飲み物を、10倍ぐらいに濃縮してやれば飛び起きるに違いない。
残りの3人、特に精霊様は自然に起きるのを待つ以外にないが、今日は最初から『昼行動開始』と決めているため余裕だ。
しかし、外に集まっている群衆の数が昨日より多く、いや多いどころか倍以上に膨れ上がっていないか?
昨日のうちはまだ正面玄関付近のみであったが、窓から見た限り、既に庁舎の建物を包囲し始めているではないか。
さらにその民衆はどこからともなく集まり続け、ついでにそれを追って来たと思しき犯罪組織の構成員を引き連れ、戦い、殺されながらも庁舎の周りを目指している。
なお、1対1や複数対1の状況では、粗悪品とはいえさすがにダンゴを使用して、身体強化を成している犯罪者には勝てない現地住民達。
だがこの庁舎の周りにはその仲間が、ボールカッターによる『宣言』の軛から解き放たれた大量の雑魚民間人が味方し、追って来た少人数の犯罪者共を、寄って集ってボコボコに、そして殺害するという方法で生存を獲得している。
つまり、民衆は集まれば集まるほどに力を増していくのだ、現在は庁舎を取り囲んで抗議し、追われる仲間達を犯罪組織の構成員から守り抜き、集団に加えるという程度の力しかない。
だがこれがさらに勢いを増したらどうか? おそらく紋々太郎やフォン警部補、調整中の新キジマーが3人で当たっても防ぎ切れないような大集団へと成長したらどうなるのか。
その結果はもう見えている、入口やその他窓などを突破し、庁舎内に雪崩れ込んだ民衆を止めるためには、もはや武力を行使する他なく、それによって犠牲になる者も数多く出てきてしまうのである。
そしてこの状況はおそらく反対側の庁舎でも同じ、向こうは数が多いとはいえ、というか無限沸きとの情報なのだが、とにかく守っているのが敵の雑魚ばかり。
もちろん守りが敵ゆえに、入口を突破しての侵入を試みた民衆は全て、その場で容赦なく殺害されるはず。
これは放っておけば今日中にかなりの犠牲者が出るな、こちらにせよ向こうにせよ、対処を急がねばなるまい……
「あらっ、また別の大集団がこちらへ向かっていますね、呼び掛けも通用しませんし大変です……」
「本当だ、どこかの収容キャンプが丸ごとって感じだな、しかしマリエルがとやかく言ってもダメなのか、普通なら本能で言うことを聞きそうなものなんだけどな」
「ええ、私の『高貴パワー』が通用しないとは思いませんでした、魔族ならともかく、この地域の人間は人族なわけですから、やはり何かこう、あの裏切って討伐させて頂いた首長の方に心酔し切っているというか、そんな雰囲気ですね」
「そうか……いや、だとするとさ、逆にこっちへ集っている奴は向こうの首長へは凄い嫌悪感を抱いていて、向こうの連中はこっちの、ボールカッターの奴に対して……」
「おそらくそうなるでしょうね、あの群れの中に反対側の首長の方を放り込めば……何だか凄いことになりそうです、肉片どころか髪の毛1本さえ残さずこの世から消え去るとか、そういう状況になりそうですね」
「なるほど、そうなるとあの民衆、使いようによっては戦力になるし、邪魔なのであれば遠ざけてしまうことも可能ってことだよな……引き合う側の首長と、反発する首長を上手く使ってだ……」
赤がボールカッターの野郎を信奉する民衆、青がもう一方の、あの声だけでの出演となった首長を信奉する民衆である。
その赤と青を、お互いの首長を上手く動かすことによってコントロールし、意のままに操ってしまうことは出来ないものか。
現状、ボールカッターの方はこちらの手中に、もちろん信者には見せられないようなとんでもない姿なのだが、とにかくそのコントロール権限はこちらにあり、好きに出来る状況。
まずはこれを用いて、どうにかこちらの庁舎側にいる民衆を動かすことが……そうだ、奴は向こう側、もう一方の首長の手先によってやられたことにしよう。
これは嘘などではなく、そもそも2匹の裏切り者が敵対していたからこそこういう状況になったわけで、もし最初からお互いが仲良くしていれば、いや、どちらかの首長が存在していなければ、ボールカッターは今も平和に、もちろん不正塗れでこの町を統治していたはず。
つまり、そのボールカッターが俺達によって討伐される結果となったのは、『元を辿れば』向こう側の首長のせいであり、奴によってやられた、という内容の説明を民衆向けにしても、それは虚偽の発言ではないのだ。
さらにあのカマ野郎お珍、こちらは本当に向こうの手によって殺害されたのだからより使えそうである。
支持者向けには知らされていないと思うが、あの男……オカマも一応はボールカッターの部下なのだから。
で、その内容としてはだが、ボールカッターの雇った正義の諜報員が、敵の謀略によって殺られてしまった、なんとおいたわしや、という感じでアピールしてしまおう。
ついでにこちら側で『救出』することに成功した清楚系秘書、彼女にはここで何があったのか、敵側の首長がいかに悪い裏切り者なのかをスピーチさせるのだ……
「……と、いう感じでいきたいんだが、どうだろうか?」
「まぁ良いんじゃないですか? 他と相談してどうかってとこもありますが」
「そうか、じゃあセラが完全に目覚めたらこのことを伝えに行くとするか、おいセラ、この『30倍濃縮コーヒー原液』を飲むんだ、シャキッとするぞ」
「ん~っ……んっ!? んんんんっ! ちょっとっ! 何よこのダークマターはっ!?」
「お、起きたじゃねぇか、おはようございますお嬢様、とんでもねぇコーヒーをブチ込まれた気分はどうだ?」
「苦いわねぇ、もう今日は1日、何を食べても味がしなさそうよ、この朝食も……」
「あ、じゃあお肉は私が食べてあげます」
「ほら、勇者様のせいでリリィちゃんにお肉を取られたじゃないのっ」
「俺のせいかよっ? まぁ良いじゃないか、今日は仲良く肉なしサンドウィッチでも食べて落ち着こうぜ」
俺のサンドウィッチからは既に肉が引き抜かれている、その代わりとしてカレンの皿に乗った、見ているだけで胃にもたれそうなシロモノのボリュームが、ほんの僅かだけアップしているのであった。
パンに野菜を挟んだだけの質素な食事を終え、俺も比較的濃縮されたコーヒーを飲み干し、2人で部屋を出て紋々太郎とフォン警部補の所へ向かう。
正面玄関上の廊下へ出ると、まるでどこかの国の大統領就任演説でも始まるかのような状況、そう思えるほどに分厚く、そして密集してこの庁舎を取り囲んだ民衆の姿が見える。
「おはざ~っす、どんな感じっすか~っ?」
「……おう、勇者君かね、いやはや状況は悪いよ、民衆は勢いを増す一方だし、牽制も殺す気がない、むしろ当てる気すらないのがバレてきたようでね、あまり効果がなくなってきた」
「まぁそうなりますよね、フォン警部補は……もう燃え尽きたのか……」
「zzz……ふがっ……ゴッ……ガッ……zzz……」
「あ、睡眠時無呼吸症候群だっ!」
「……それで、わざわざ2人でここへ来たということは、今日も何やら作戦がある、そういうことだね?」
「その通りですっ! 実はですねっ! 今日はですねっ! ああでこうでこうで、かっくかっくしっかじっかのむにょ~ん……みたいな感じで、どうです?」
「なるほど、それならあのカマ野郎、海の家のオーナーのご兄弟だったか、彼も報われるはずだ」
「じゃあ早速詳細を詰めていきましょう、まずはボールカッターを高級そうな神輿にでも乗せて、あと余計なことを口走らないように顎でも砕いて……」
「……そうだね、神輿であればこの庁舎内にもあるはずだ、さすがにどんな地域でも神々を祀ることはしているだろうし、どんなものかはわからないがね」
「ええ、じゃあとりあえずそれを探してきます」
「うむ、我々はまだここを守っているから、そちらはよろしく頼む」
ということでセラと2人、に使用と思ったのだが、もう少し人員が必要だということで一度部屋へと戻る。
ここでようやく起床した様子のマーサと、興味津々のカレン、リリィを連れ、5人で『神輿探し』へと出発した……
※※※
「へぇ~っ、庁舎だけあって地下倉庫には色々なものがあるな」
「でもやっぱり食べ物はないです……」
「そりゃ仕方ないな、ここでは元々結構な数の人間が働いていて、犯罪組織が侵略してきたときに皆こういう場所へ隠れたり、場合によっては逃げ出したんだから、保存食は全部持っていったか消費したさ」
「ねぇ~っ、カビ臭いから早く見つけて外に出よう、ねっ、ちょっとジメジメしてるしここはイヤッ」
「わかったわかった、マーサのためにもサッサと……こらリリィ、勝手にどこかへ行くなっ、全くしょうがないな……」
余計な人員は連れて来なければ良かった、そう思ってももう遅いのであるが、とにかく神輿を探しつつ、食べ物を探すカレンとリリィがどこかへ行ってしまわぬよう監視しつつ、文句を垂れるマーサを引っ張りながら地下の倉庫やその他の場所を捜索していく。
だがなかなか発見することが出来ない、というかそもそも市の庁舎に祭事に使うような神輿があるのか? そういうのは自治会とか、もっと小さな単位の人の集まりが管理しているものではないのか?
などと疑念を抱きながら捜索を続けると、文句ばかりであったマーサが何かに反応し、その長い耳をピンッと立てる。
良いモノを見つけたのか、カレンと違って食べ物を求めているわけではないため、この反応には少し期待出来るのだが……
「ねぇこっちっ! こっちから風が流れて来るのっ、きっとどこかに繋がっているわよっ!」
「そうか……この地下空間もほとんど探したわけだし、もし何かあるとしたらそっちかもな、どうする、行ってみるか?」
『うぇ~いっ!』
全会一致でそちらへ行ってみることが決まり、急に元気を取り戻し、やる気満々組に配置換えされたマーサの先導で歩く。
広い地下のホールをしばらく歩くと、確かにどこからともなく涼しい風が……見えている扉とその奥の部屋については全て調べたはずだが、他に何か風の吹き込むような隙間でもあるのか?
そう思いながらも、1人でズンズン進んで行くマーサを追っていると、何もないように見える場所ではたと立ち止まったではないか、そしてキョロキョロと周りを見渡している。
「どうしたマーサ、何か……と、風が下から? いやこの隙間からだ、きっと床板の下に空間があるんだな……」
「そうなのよ、でも下に何かあるとしたら壊すのもアレじゃない、だからどこかに仕掛けを動かす何かがないかなって思って」
「それならコレじゃないですかっ! ポチッ!」
「あっ、こらリリィ! また勝手に変なボタンをっ! うわっ!? 何か動き出したぞっ!」
「ちょっとっ、開いているじゃないの、勇者様、マーサちゃん、動かないと落ちるわよっ」
「あ、そうかっ、よいしょっと」
「あ~れ~っ!」
「何で勇者様は落ちてんのよ……」
いつもの如く、壁にあったボタンを勝手に、何の断りもなしに押下してしまったリリィ、もはや『押したら何が起こるのか、誰が犠牲になるのか』ということを楽しんでいるようにしか思えないのだが……まぁ無邪気なだけで特に悪気はないはずだ。
で、セラの忠告を得てひょいっとその場を退いたマーサに対し、反応が遅れた俺はそのまま、床の開いた場所にあった地下空間へ落下してしまった。
いや、思ったよりも浅いな、落下距離は1mもなかったような気が……違う、地下空間の床に叩き付けられたのではなく、そこにあった建物のような何かの屋根に……これは間違いなく目的の神輿である……
「でかしたぞマーサ! 神輿だ、神輿が発見されたんだっ!」
「やった、私の超絶センスのお陰ねっ、じゃあリリィちゃん、2番のボタンを押し良いわよ」
「え? 2番がどうしたって?」
「はーいっ! ポチッと……」
「だぁぁぁっ! 回転しながらせり上がってんじゃねぇかっ! おぇぇぇっ!」
突如始まった高速回転と、それからエレベーターで上に上がるような感覚、間違いなく神輿が床下の空間からせり上がっているのだが、どう考えても『上に人が乗っていること』を想定した動きではない。
しばらくその感覚に耐え、グデングデンになった頃には神輿の動きが止まる、下を見ると豪華な装飾、そして頑丈そうな車輪……動力は魔導式のようだが、引っ張るための綱もしっかりセットされているではないか。
これにボールカッターの奴を乗せて、その支持者、もう1匹の裏切り者にそれをやられたとして怒り狂う支持者に牽かせる……そのままもう一方の庁舎へ突撃させたらどうなるのか、もう考えるまでもないな。
そしてそれによって生じる問題は一つ、敵対している民衆同士がぶつかり合うことへの不安だ。
あの収容キャンプのフェンスを隔てた状態でもかなりの喧嘩であったのだ、直接ぶつかり合えば、確実に大量の死者が出る暴動となる。
もちろん俺達は、勇者パーティーとしてはそれでも一向に構わないのだが、やはりこの島国の英雄であり、民草を守る正義の味方である紋々太郎はそれを許容しないはず。
となると何か、もっと安全に配慮した作戦を……そうだ、喧嘩神輿にでも……いや、それでは無用な死人が出るのは変わらないか、アレはしっかり管理された状況でやらないと危険極まりないからな……
「う~む、どうするよこれ? カレン、何か良い作戦はないか?」
「えっと、このお神輿、木で出来ていて真ん中にお部屋がありますよね?」
「うんうん、それをどうする?」
「そこにお肉とかお魚、ゆで卵とかを入れて、下から煙で燻して燻製を作りましょう」
「ほう、どうやらカレンに聞いた俺が馬鹿だったようだな、次は……いや、ここに居るメンバーじゃ絶対にダメだ、戻ってから考えようか」
『うぇ~いっ!』
ということで地上へと戻り、紋々太郎に神輿の発見を報告、そのまま部屋へ移動して作戦会議をしていく。
意見を出すのはユリナとサリナ、それからジェシカが中心、ミラは神輿の装飾に使われている金銀が誰の所有になるのかに気が行っているし、精霊様に至ってはまだ起きてこない。
結果、ほぼ上記の3人で作戦を決め、俺達はカマ野郎お珍の首を準備したり、ボールカッターを迎えに行き
顎を砕いて喉を潰し、二度と声を発することが出来ないようにするなど、着々と準備を進める。
そして作戦も決まり、俺達は神輿と、それから必要なモノや人と共に、民衆の殺到する正面玄関前へと集合したのであった……
※※※
「よしっ、じゃあ出るぞっ! マリエル、他の皆もよろしく頼むぞっ!」
『うぇ~いっ!』
「それでは行きます……扉を開けて下さいっ!」
横に控えさせたルビアとジェシカが扉を開く、バーンッという音と共に、その向こう側に集っていた民衆の目線が、一斉に扉へ、そして神輿の方へと向けられる。
一瞬静まり返った後、徐々に落ち着きを取り戻して来たボールカッターの信者達。
前列の方、より信心深いというか、強く支持しているグループからは、その信仰の対象が、無残な姿で神輿の上に寝かされているということが確認出来たはずだ……
『……うわぁぁぁっ! 首長様が、首長様があのようなお姿にっ!』
『おいたわしやっ! なんと珍から鮮血がっ!』
『あれではもう……いや、これ以上は言うまい……』
『一体誰がこのようなことをっ⁉ まさか貴様等がっ!』
『そうだっ! こいつらは俺達が首長様を助けに行くのを邪魔していた奴等だっ!』
『ウォォォォッ! 首長様を返せぇぇぇっ!』
まぁ、案の定大騒ぎになってしまったわけだが、こちらには作戦があり、その要となるのがマリエル、ボールカッターの奴を寝かせた台座のすぐ横に立った、どこかの大国のお姫様だ。
「静まりなさいっ! 民衆よ、静まりなさいっ! ここに寝かされているのは確かにあなた方の信ずる者、だがこの者をこのような姿にしたのは誰か? それはわかりきったことではありませんかっ?」
『お前等だぁぁぁっ!』
「あら? 本当にそうお思いですか? もっとこう、本来的な敵対者が居たはずでは?」
『……まさかっ! あの帝国全体を統べるとか言って調子に乗っていた……奴がっ?』
『そうだ、きっとそうに違いないっ!』
『野郎、信者共々ブッ殺してやるぜっ!』
「おわかりのようですね、ですが私は、いえこちらの彼女、皆さんの大切な首長様の秘書をされていた方です、この方が、同じ仲間で、敵に殺されてしまったかわいそうなカマ野郎の首を持って、皆さんにお伝えしなくてはならないことがあると言っております、どうぞ」
「え……えっと……皆さん、首長様はこの町に、でら安全都市だがや宣言? とかいう良くわからない何かを出して、皆さんの班逆の心を抑え込んでいました……しかしそれはなぜなのか、どうして首長様がそのようなことをしたのか、皆さんで考えて下さい、わかりますか?」
『わかりませんっ!』
「……即答ですね、実は我らが首長様はですね、その……非暴力を愛する正義の使徒? でして……えっと、だから今回もですね、敵を殺すのではなく、このまま平和裏に、首長様がこのようなお姿にされてしまったことをアピールするためにですね、『デモ行進』というかたちで……」
もはややり方は決まっている、このままボールカッターを乗せた神輿を牽き、もうひとつの庁舎へと突撃をかますのだ。
だがそこでは無用な暴力をしない、させない、許さない、デモ隊同士の口喧嘩という方式で混乱を起こし、俺達がそこへ攻め入るのを邪魔させない、むしろ敵を惹き付けてサポートするような感じに持っていく作戦である……




