716 一時帰還
『フハハハッ! 貴様には我の居場所が掴めない、そう、絶対にだっ!』
「そうか、出て来るつもりがないのか、つまりお前は卑劣な臆病者のゴミムシ野郎って認識で良いんだな?」
『いやそうではない、我は貴様のような下等生物の挑発に乗らない、賢い選択の出来る優秀な指導者という認識でお願いしたい』
「知るかボケ、とにかくこの刑場はボッコボコにしてやるから、オラァァァッ!」
『フハハハッ、ちょっと、そんなに壊さないでくれると助かるのだぞ』
「うるせぇっ!」
姿を現そうとしない卑怯者、かつ裏切り者でもあるその敵、この帝国の皇帝的ポジションとして選出され、きっとやりたい放題、不正し放題であったのは明らかな野郎の、大切な刑場、いや儀式場を完膚なきまでに破壊していく。
磔台の後ろに輝いていた光の粒は、既に掻き消されてひとつも残っていない状態、おそらく宿舎に利用している方の庁舎では、獄長がリポップしなくなったことで、こちらの作戦が概ね成功裏に進んでいることを認識しているはずだ。
で、本来の目的であった刑場の破壊を終え、これ以上ここからエネルギーだの何だのを獲得することが出来なくなったのは良かった。
だが追加的な目標として突如現れた敵、ボールカッターの野朗に続く、もう1匹の裏切り者、その討伐はどうやらこの場では叶わないようだな。
まぁ、せっかくなので少し情報の収集をしてから戻ろう、これが本日最後のミッションだ……
「……それで、お前等のやっている世界規模のプロジェクトとか、ダンゴがどうのこうのとか、それは一体何なんだ? 少なくともアレだぞ、お前等が造っていたあのゴミみたいな精製塔、それらは全部俺達の大活躍によって破壊されたんだぞ」
『フンッ、あんなものは西方新大陸のサル共の、節穴のような目を誤魔化すための玩具に過ぎぬわ』
「というと……お前等、つまりこの国の皇帝側は、ちゃんとした精製塔その他究極のダンゴを、そしてそれを用いた最強戦士を創り出す準備が整っていると、そういうことか?」
『そうだ、我が1人でこの国を動かして、それを成し遂げるのは難しかった、犠牲者の数が凄まじいことになるでな、だが良いタイミングで奴等が侵入して来たこと、そして国が制圧されてしまったことに対する責任をもう1匹の、町の首長に押し付けることが出来て……と、どうやら我も話しすぎになってしまいそうだな……』
「おいっ、そこまで喋っておいて何だよ? 続きを話しやがれっ!」
『フハハハッ! 続きは有料だし、あとこの刑場ぐらい、他に代わりとなる施設はいくらでもある、破壊され、あの獄長だか何だかというのがもう使えなくなってしまったのは痛手だがな、ということでさらばだっ、ハーッハッハッハッ!』
「待ちやがれこのスカポンタンッ! おいっ! もしもーっし!」
元々念話のようなものであったのか、とにかく気配がしなかった裏切り者の声は消え、もはやコンタクトが取れない状態となってしまった。
だが話を聞く限りでわかったこと、奴は侵略者である西方新大陸の犯罪組織に迎合し、利益を供与しているわけではない、そう見えるのは表面上そのようにしているからだ。
そしておそらく、奴の真の狙いは単なるこの地域の奪還ではなく、単独での制圧なのであろう。
民主的な統治とはかけ離れた独裁、自分以外の全ての権利者を消し去り、この地域を自分の都合の良い世界に作り変えるつもりだ。
それに際しては最終的な犯罪組織の排除だけでなく、これまで対立し、諍いばかり起こしていた市長的ポジションの首長、つまりボールカッターを廃してしまうつもりであろう。
自分が帝国の、唯一無二の支配者となることを目標としているに違いないこの野郎は、最終的には確実な討伐、遺体や遺灰が神格化されたりせぬよう、徹底的にこの世から消し去る必要があるな……
と、ひとまず本来の目的だけは達したことだし、というかそろそろ夜中と言って良い時間帯である。
獄長への対応を終えた仲間達も、そろそろ交代で休憩したりしていることであろう、俺達も戻って体を休めるべきだ。
「おいジェシカ、一応は終わったぞ、起き上がって帰る準備をしろっ」
「ん……んんっ!? 主殿、どうして『カマ野郎お珍』の首が……」
「天井から落ちて来たんだよ、何かな、この庁舎を支配している首長、即ち裏切り野郎の声が聞こえてな、それは奴からのプレゼント……とはちょっと違うのか、とにかく最初にゴトッて、ホラーだったぜマジで」
「うむ、この顔面を有する生首が落下してくるなど、私であったら漏らしながら失神していたぞ、いやはや、最初から気絶していて良かった……それで、その裏切り者の首はどこに?」
「それは残念ながら取得出来ていない、というか姿さえ見せなかったんだ、まぁアレだ、声だけの出演ってやつだな」
「なんと、出て来るつもりがなかったのだな、つまり奴は卑劣な臆病者のゴミムシ野郎という認識で……」
「ついでに言っておくがその反応はもう俺がやっておいたからな、とにかく帰るぞ、今日は色々とやりすぎて疲れたからサッサと寝るんだ」
「うむ、実に着替え、というか服を脱ぐことの多い1日だった、帰って布団に潜り込もう」
ジェシカも帰る気になったようだ、とはいえ俺達2人だけで脱出してしまうわけにもいかない。
まだ無限沸きの雑魚キャラどもと戦っているフォン警部補と新キジマー、この2人の救出が必要なのである。
念のためお珍の首を回収し、破壊し尽くした刑場を出た俺達は、先程通った道を戻るかたちで階段を上がって地上へ出る。
最初に出会ったのはフォン警部補、初期位置よりもかなり押し込まれてはいるが、当たり前のように素手で雑魚の討伐を続けている、まるでRPGのレベル上げの如くだ。
「お~い、お待たせ~っ、元気に戦ってんじゃん」
「……勇者殿か、作戦はどうなった? 刑場とやらは破壊……その気持ち悪い顔の首は……ナビゲーターのカマ野郎なのか?」
「そうだ、残念ながら敵のボスが登場してな、ナビゲーターのカマ野郎は不快なお土産にジョブチェンジしてしまったよ、で、刑場は破壊したからもう帰ろうぜ」
「わかった、じゃあ1分だけ待ってくれ、この雑魚をあと100匹ぐらい殺せばレベルが上がるような気がするんだ」
「やっぱレベル上げなのかこれは……」
そこから1分と13秒後、無事にレベルアップし、ひと回り強く逞しい漢となったフォン警部補は、血塗れの拳をその辺のカーテンで拭いながら俺とジェシカのパーティーに合流した。
次は新キジマーだ、確か侵入してすぐの場所で無限沸きの敵に囲まれ、その場で対処するということで残ったのであったな。
ということで廊下を戻り、最初の突入地点を目指す、近付くと聞こえてくる戦闘の音……こちらはかなり余裕のある戦いを演じているようだ。
ちなみに、フォン警部補と新キジマーであれば、現状どちらが強いのかというとかなり微妙なところである。
だが4大英雄武器であるポン刀を与えられた新キジマーの方が、今回素手で戦うこととなったフォン警部補よりも、雑魚敵への対処という点ではかなり有利なのである。
となるとより多くの敵を討伐した新キジマーの方が、フォン警部補と比較して強さと逞しさを増して……と、何やら巨大な筋肉の塊が……背中に羽を有して……
「なぁ主殿、アレは、あのゴリラのような生物はもしかして……」
「……新キジマーだろうな、レベルが上がりすぎてあのような形状になってしまったんだ」
「おうおう、あの状態で空なんか飛べるのかよ? ムリだよな? 弱くなってないか逆に?」
「そんな気がしなくもない……」
選抜試験において、ゴリラ系の候補者を破ったことによって優勝、新たな『キジマー』となる資格を得た素早さ系の新キジマーであったのだが、その姿形はここに来て一変してしまった。
もはやゴリラ系どころの騒ぎではない、これは筋肉だ、筋肉に申し訳程度の羽を取り付けた意味不明な何かではないか。
というか人間の言葉が通じるのか? もしかしたら闇の筋肉に支配され、既に自我を失っているとか、そういう感じの設定になっている可能性さえある。
そして、そういう設定となってしまった奴はというと、得てして『再会した仲間に突然襲い掛かる』という傾向があるのは言うまでもない。
これは危険と判断してスルーすべきか、それともこの場で楽に……いや、せっかく選抜試験まで執り行い、そしてまともな性格を持った優秀な奴を選び出すことに成功したのだ、この男をここで捨てるのは非常にもったいないことなのである……
「よし、どうにか意思の疎通を図ろう、暴れ狂っているが、もしかしたらこちらを認識してくれる……くれたらラッキーだよね」
「もう野獣みたいな目してるもんな、ありゃ狂気に支配されているぜ、POLICEとしてそういう犯罪者には何度も遭遇してきたからな」
「プロのフォン警部補殿がそう言うのであれば間違いないな、主殿、早速話し掛けてみてくれ、いつも通りフレンドリーに」
「何それっ? その明らかに犠牲になる系の役回り俺なのっ!? それってアレじゃん、笑顔で肩叩いたままスパスパッと殺られるやつじゃんっ!」
「仕方ないだろう、まぁ主殿であれば大丈夫だ、女神様の加護か何かわからんが、とにかく製麺機に掛けられても死なないんだからな」
「……クソッこれで俺が死んだら世界を滅亡させたのはお前等ってことになるからな、覚えとけよっ!」
仕方ないので俺が、この異世界勇者様たる俺様が、我を失ったかのように暴れ狂う筋肉キジマーの下へと向かう。
近付くと凄い殺気を感じる、もはや敵を討つ、そのことしか頭にないという感じだな。
まぁ、とにかく話し掛けてみよう、なるべく笑顔で、普通の感じで、さも『一緒に下校しようぜ』と誘う物語の脇役のようにだ……
「よう新キジマー、目的達したから帰ろうぜっ」
『ヌォォォッ! ザンサツ! ザンサツ! ザンサツ!』
「うおっ!? 危ないな、勇者様に対していきなり斬り掛かるとは何事だっ」
『ユ……ウシャ? ユウシャ、そうだ、我は新キジマー、英雄パーティーの一因にして空を飛ぶ者……ハッ、このままでは飛べぬではないか……』
「そうだ、だから帰ってちょっとシェイプアップしろ、話はそれからだ」
『う……うむ、そうせざるを得ぬと心得た……』
サイズ感だけでなく、性格や口調まで変化してしまっているような気がしなくもないのだが……まぁ、ひとまずは正気に戻ったということで良しとしておこう。
この後どうするのかについては紋々太郎の判断によるところだが、たった数十分、いや1時間は経過していたかも知れないが、とにかくその短時間でここまで変化、というか違う生物へと変貌してしまったのだ。
おそらくどうにかすれば、比較的簡単に元に戻るのではないかと思うのだが……まぁ、ダンゴを3倍喰わせてみるとか、逆に量を減らして力を抑制するとか、そういった感じで対処していけば何か変化がありそうだ。
ということでこの新キジマ―の巨大ゴリマッチョ化の件は一時保留し、宿舎としている方の庁舎へ戻ってから、話のデキる、賢いPOLICEであるフォン警部補が、詳しく紋々太郎に説明するということでひとまず決着した。
その新キジマ―は巨大すぎて窓につっかえ、無理やり押し出したところ案の定飛ぶことが出来ず、地面に叩き付けられて凄まじい音を放った。
だが防御力は極端に向上しているらしく、たいしたダメージも負っていない様子、だがこちらでも正面に殺到していた青チーム、先程声だけの出演を頂いた裏切り者の信者が集っており、キジマ―の落下音をその連中に聞かれてしまった模様。
当然民衆を抑え込んでいた無限沸きのモブ共もそれに気付いてしまったため、俺達4人はコソコソと、巨大な筋肉の塊を隠しながらその場を立ち去ったのであった……
※※※
「……それで、キジマ―は凄まじいことになってしまったと、かなりレベルアップしているようだが、ステ振りの方向性を間違えているのは言うまでもないね」
「ステ振りって……と、まぁとにかく詳しい事情はこちら、フォン警部補から聞いて下さい、で、俺の仲間は?」
「……うむ、先程から獄長がリポップしないことが確認されてね、君達が作戦に成功したゆえだという判断をしたのだよ、だからもう戻って休んでくれということで、つい先程帰したところだ、肌に気を遣うお嬢さん方に夜更かしはさせられないからね」
「あ、それはありがとうございます、ということでここからはフォン警部補が一緒に頑張りますんで、そして俺は寝ますんで、何卒よろしくお願い致します」
「え、勇者殿は帰るのかよっ! もうちょっと頑張った方が……」
「あのなフォン警部補、あの状態の新キジマ―に単騎で突っ込んだんだ、しかも笑顔でな、ゆえに俺はこれから帰って寝るだけの、その権利を主張するに足りる働きをしたんだ、ということであばよ、おやすみなさいませ」
「・・・・・・・・・・」
体良くその場を離脱し、ジェシカと2人で使用している部屋へと戻る、セラとユリナ、サリナはまだ起きているようだ、一緒に戻ったマリエルと、それに元々部屋に居た他のメンバーは完全に就寝している様子。
当然起きているメンバーも寝る準備をしているのだが、俺とジェシカが部屋に入ったところでそれを中断、敵地であったことなどを聞いてくる……
「……へぇ~っ、じゃあその光の粒をどうこうしたら、獄長のストックがなくなったってことなのね」
「まさかストック制だったとは思いませんでしたわ、まぁコア以外がなくなったところから無限に復活していたので、その力がどういうふうに供給されているのかは疑問でしたの」
「とにかくやっつけることが出来て良かったです、良かったですけど……もっと面倒な敵が出現している感はちょっと……」
「それなんだよ、究極のダンゴとか、それから世界規模のプロジェクトがどうとか、あの裏切り者が犯罪組織まで良いように使って何を考えているのか、そこが気になるんだよな……」
一応、俺達はこの地域にあったあの粗末なダンゴ精製塔、それを目に見えただけ、5本すべてを破壊し尽くしているのだ。
もちろん『アレ』が現状での限界、造り上げるための知識だけ盗み出し、ノウハウが足りなかった馬鹿共の典型をやってのけたようにしか見えなかったのだが……どうもそうではなさそうな感じである。
あの粗末なモノが限界だと思っていた、今も思っているのは侵略者である西方新大陸の犯罪組織、ダンゴの力を用いて世界をどうこうしようと企んでいる悪い奴等サイドのみ。
それに迎合し、協力しているかに見える裏切り者が、実はその次元ではない、とんでもない知識と技術力を獲得し、いやその部下に獲得させ、何やら壮大な、本人の言う世界規模の何とやらの計画を温めているはほぼ確実なのだ……
「それじゃ、今日はもう寝るとしてだな、明日は朝から……ってのはちょっと無理があると思うんだが、昼ぐらいから行動開始ってことでどうだ?」
「う~ん、そうね、正面玄関の前に集まっている人達への対処をどうするかなんだけど、出来ればこっちは向こうの庁舎の方へ行って、その裏切り者をどうにか見つけ出したいわよね」
「あぁ、どう考えても奴が黒幕って感じだからな、それに関しては紋々太郎の理解も得られるだろうし、最悪俺達だけで移動して、みたいなことも提案してみようか」
本来俺達が倒すべきであったのは、この地域を侵略し、調子に乗って粗末なダンゴ精製塔を造り出し、さらにはわけのわからない収容キャンプに民衆を詰め込んでいるという、とんでもない悪事を働いている西方新大陸の犯罪者共なのだ。
しかしここであの裏切り者、2匹確認されたその裏切り者の片割れである、皇帝的ポジションの馬鹿野郎が大変に危険であることを知ってしまったのである。
本来は『中ボス』としての討伐対象であったのだが、ここでその敵キャラとしての格がグイグイと上昇したのはもう言うまでもない。
ここで話し合った内容は、明日目覚めたら確実に他の仲間達にも、そして未だに、おそらくは徹夜で民衆の侵入防止に尽力するのであろう紋々太郎とフォン警部補にも伝えよう。
ということで布団に入る、既に眠っているカレンとルビアを少し動かし、その間に潜り込むようにして、良い感じにフィットする場所を探して自分のポジションを決めた。
安定し、目を瞑るとすぐに意識が遠のく……今日は色々と話が先へ進んだな、収容キャンプでは赤と青の喧嘩をやめさせ、結果としてそれがボールカッターの持っていた『ヤクザ石』への力の供給を止めることとなったのだ。
さらにはそのボールカッターも討伐、奴は鬱陶しかった犬畜生とチンパン野朗も、様々な意味で戦闘不能にしてくれた『実は良い奴』なのだが、今は爆珍した状態で奴等と同じ物置に保管してある。
そして最後に行った向こうの庁舎では、ボールカッター討伐後の食糧調達で遭遇し、何度でも、いくら死んでもリポップするという謎生物、獄長の再生を止めるべく、元々設置されていた刑場を改装した儀式場を破壊。
そこで声のみ聞こえた、この地域の犯罪組織に与する裏切り者、そしてその連中を超える規模の悪事を画策しているその野郎の存在と危険性を認識したところで、一旦終了と相成ったのだ。
明日以降にやるべきことはほぼ決まっている、目覚めたら早速、こちらの作戦の提案と行動の開始を……と、いつの間にか空が青く、セミの鳴き声が響き渡っているではないか。
隣にはルビアが寝ているのだが、カレンは既に居なくなっている様子、そして、朝食らしき良い匂いが漂ってきている。
ムクッと起き上がると、既にほとんどの仲間達が動き出していた、良く聞くと外に響くのはセミの声だけではなく、群がった夥しい数の人間の叫び声もかなり混じっている感じ。
とにかく起床して、今日やるべきことをひとつずつ始めていくこととしよう……




