714 俺達による突撃の計画
「……で、コイツが情報提供者なのか?」
「え、えぇ、一応そうなんですが……ご不満でしょうか?」
「ご不満も何も、何なんだコイツは……人間なのか? おいお前、そこのとこどうなんだ?」
「人間よ、私はこの町で忍をしている者、通り名は『カマ野郎お珍』、青ひげカマ兄弟の弟よ」
「青ひげ……あっ、そうだそうだ、あの海の家のオーナーのっ! どっかで見たことがあると思っていたんだ、そうかそうか、じゃあ用がないならもう帰れ」
「あらやだ、この人もしかして、アタシの価値をわかってらっしゃらない?」
「おう、現状お前よりはまだ道端に落ちているウ○コの方が役立つと思っているぜ、肥料の元とかになりそうだしな」
「・・・・・・・・・・」
どこかで見たことがあるオカマ野郎、そう思ったのは海の家のオーナー、この島国で最初に発見された始祖勇者の玉、それに管理者の末裔であった『青ひげ』の弟……妹だと主張しないのがまたアレなのだが、とにかくそういうことだ。
で、ツンツンメガネ曰くこれが目的の『情報提供者』なわけだが、天井の板を外して逆さに覗き込むオカマ野郎、しかも名前が『お珍』ときている。
とてもではないが真っ当な、裏づけの取れた情報を提供してくれる諜報員、もとい忍であるとは思えないのだが……まぁ、とりあえずは殺さずに様子を見てみることとしよう……
「……で、帰らないというのなら聞くが、お前はあの変なリポップする奴、獄長について何を教えてくれるつもりでここへ来たんだ? てか話し辛いから降りて来いよマジで」
「申し訳ないけど降りることは叶わないわ、アタシはね、天井裏とお風呂にしか出現することが出来ないのよ……それで、『獄長』に関してならそこそこ、それ以外にも敵や裏切り者についてはかなりボリュームがある情報を提供することが可能よ、一部は会員限定の有料オプションだけど」
「有料の情報とかもあんのかよ……しかも会員って、オカマバーのか?」
「まっ、その辺りはご想像にお任せするわよんっ、ちなみに入会に際しては入会金として金貨10枚、それから月額会費が金貨1枚必要になるのよね、耳を揃えてキッチリお支払頂かないと」
「誰も入会するなんて言ってねぇから……」
得体の知れない、というかそれが何なのかさえ明らかにされていない何かへの入会勧奨。
当然お断りしたし、そうまでして情報が欲しいわけではない、だがこの場では、間違いなくあの獄長を倒す秘策が欲しいのも事実。
ここはキモさに負けて殺してしまうようなことはせず、グッと堪えて有益な話を引き出そう。
もちろん無料の範囲内でだ、こんな奴に金を払えば、それがどんな目的で使われるかさえわからないのだから……
「それで、会員がどうのこうのはもう良い、今はまずあの外に居るおかしな生物、獄長についての質問の答えを早く貰おうか、というかサッサとしないと殺す」
「あらやだ、せっかちさんね、良いわ、それじゃあ教えてあげる、あの獄長のギャランドゥが……」
「きめぇんだよっ! 殺されたくなかったら直ちに奴の弱点を教えろっ!」
「……奴の弱点は『マイクロコア』よ、あの獄長、リポップするときには前回死んだ場所で、何かこう、キモい感じで出現するわよね?」
「あぁそうだな、肉塊がムニムニいって、それが……想像させんじゃねぇよっ! 食事が不味くなったらお前のせいだからなっ! 殺すからなっ!」
「また、すぐそうやって人を殺すのね……それでね、実は獄長、死んだときの消滅がフェイクなの、本当に小さい、塵以下のごく微細な粒がその場に残って、それをコアにして肉体を再構築、不足した分はどこかからエネルギーを集めているわ、おそらく『ダンゴ精製』と同じような感じで……」
「つまり、そのコアさえ撃破してしまえば……ということだな?」
「いえ、マイクロコアの破壊は不可能よ、どうやら西方新大陸の技術で、物凄く硬くて太い……じゃなかった強い、『ウンウンウンチウム合金』を使用しているみたいなのよぉ~」
「またその物質かよ、いい加減この世から消滅してくれ……あ、お前もな」
獄長の弱点は『死亡時に完全には消えず、その場にマイクロコアを遺していること』である、しかしそのマイクロコア自体の破壊は不可能、もちろん凄まじい熱でも、強力無比な打撃をもってしてもだ。
そうなると必要になってくるのはもうひとつ、そのマイクロコアに供給されるエネルギーを断つという作戦。
これまでにも何度か見学してきたダンゴ精製、それと同じ原理でコアにエネルギーを供給しているのであれば、それはどこかで生贄を捧げているということ。
その生贄の儀式が執り行われることがないようにする、即ち儀式の間だとかそういう系の場所をどうこうしてしまえばこちらの勝利、そういうことになるのはもう明らかである。
「じゃあ勇者様、早速その儀式を止めに行きましょう、早くどうにかしないともう今日は眠たいです」
「ご主人様、私はもう寝ます、あとルビアちゃんはもう寝てます」
「……そうだな、ちょっと遅くなってしまったし、ミラもカレンも寝ていて良いぞ、で、おいカマ野郎、その儀式はどこで執り行われているんだ? 5秒以内に回答しない場合はお前を殺す」
「儀式ね、そういえば……そうだわ、確か国全体を支配する首長のための庁舎、そこの地下には刑場があって、犯罪組織の制圧時に何だか改装されたとかって情報が……」
「マジか、それはちょっと要チェックだな、おいツンツンメガネ、お前何か聞いていないか?」
「いえ、その……業務に関することを直接的には……いたっ、お尻痛いっ! ごめんなさい、話します、話しますからぶたないでっ!」
「よろしい、だがな、最初から素直に答えれば痛い思いをしなくて済んだんだぞ、それを忘れることなかれ」
「は、はいぃぃぃっ!」
で、ツンツンメガネが答えたところによると、やはりもうひとつの豪華な庁舎、その地下にあった刑場は最近、というかその皇帝的な首長が裏切って、犯罪組織に与するようになってからすぐに改装されたのだそうな。
しかもその改装後、やたらにその刑場が使用されることが増えたような気がしなくもないと、それはツンツンメガネも、そしてこの町の首長であるボールカッターの命で、敵方であるその庁舎を調べていたカマ野郎も感じていたとのこと。
ついでに言うと、どういうわけかその刑場と、生贄のために集められた現地住民のための『中央キャンプ』、即ち獄長を擁するあの収容所が、地下のトンネルで接続されたという事実も2人は把握しているようだ。
これはもう何かあると考えて差し支えないな、もちろんそれが獄長に力を与えるものなのかどうかという点について確定ではないのだが、そこで『生贄の儀式』が執り行われ、発生した、本来はダンゴ精製に用いる力を獄長へ、ということが成されている可能性は非常に高い。
この件は早速紋々太郎達正面玄関を守るグループに報告、手の空いている者で移動し、もうひとつの豪華な庁舎内にある刑場を破壊する作戦を提案すべきだ。
特に、これから本格的な夜も迎える時間帯である今日、このタイミングを逃すことなく、確実に成功させるという強い気持ちで、眠いなどと考えることなく行動していかなくてはならない。
ということで再び正面玄関上の廊下へ、色々とありすぎた本日の、本当に最後のミッションとしてその作戦を提案する……
「……勇者君、今日はボールカッターの討伐、外での食糧調達、そしてここでの民衆による突入阻止と定期的な獄長の処分、皆でここまでやって、さらに別の建物へ侵入、施設内部の儀式に使われているであろう刑場を破壊、さらに脱出まですると……これは夜の帳などよりも遥かにブラックな労働環境だね」
「ええまぁ、ボールカッターの討伐を本来業務と捉えた場合、これはもう残業に次ぐ残業、36協定も尻尾を巻いて逃げ出すような超絶ブラック労働です、そうっすよね? だがしかしここが正念場、この地域を、島国を救うための最も重要な最後の一手としてですね……」
「……その『最も重要な最後の一手』がもう一度、さらに何度も、遂には毎日のように必要になってしまう未来が見えるのだが……まぁ良い、現状あの獄長を止めるにはそれしか方法がないからね、勇者君、君がメンバーを募って行ってくれたまえ」
「ではお任せを、で、メンバーなんだが……おいジェシカ、フォン警部補、どうしてそっぽを向くのだ、このちゃんとした大人共がっ!」
自分は確実に選抜される、それをわかっていた2人は俺と目を合わせようとせず、ジェシカは民衆への呼び掛けの声を張り上げ、フォン警部補は獄長のリポップ監視に集中する。
だがその程度のことでこの作戦から、目の下にクマが出来るような劣悪な労働から逃れることは出来ない、当然に参加が決定しているのだ。
まずはこの2人、あとは……リリィは床に転がって寝ているし、マリエルはこの場に必要、他にも魔法攻撃が出来るメンバーは残さなくてはならないな。
もう1人か2人ぐらい必要だと思うのだが……部屋に戻ってマーサか精霊様を……マーサはもう寝ているに違いないし、精霊様はレベルが高すぎて言うことを聞かない。
どうしようか、このまま3人の『大人メンバー』で敵地へと向かうか? それとも誰か他に……居るではないか、空を飛ぶことが出来るものの、この遠距離での迎撃においてはあまり役に立っていない男が……
「紋々太郎さん、申し訳ないですけど、新キジマーの奴をお借りしても良いっすかね?」
「あぁ、本人が良ければ構わないよ」
「ありがとうございます……ということだ、新キジマー、ここからは俺の作戦に同行して貰うぞ」
「うっす、殺ってやりますんでご期待をっ」
ということでやる気のないジェシカとフォン警部補、そして少々やる気がありすぎる気がしなくもない新キジマー、そして俺の4人でもうひとつの庁舎への侵入、そして刑場、というか儀式場の破壊作戦へ向かうこととした。
一旦部屋に戻り、起きていた精霊様と、かろうじて目を覚ましたマーサの2人に出発する旨を伝える。
なお、天井から顔を覗かせたカマ野郎が、仲間になりたそうな髭面でこちらを見ているようなのだが……
「ねぇ~っ、今回はアタシも一緒に行くわよ、案内も出来るし、それなりに戦闘もこなすことが出来るわ、だからパーティーに入れてちょうだい」
「イヤに決まってんだろ気持ち悪い、その顔面でどうして俺達と一緒に行動させて貰えると思ったんだ? むしろ殺されてねぇだけでも感謝してくれよな」
「大丈夫よ、アタシは天井伝いに移動するから、あんた達の迷惑にはならないし、誰かに見られても仲間だと思われることはないわよ」
「だと良いんだが……まぁ付いて来るのは構わないがな、とにかくその薄汚ねぇ面をこっちに向けんじゃねぇぞ、見ているだけでゲロが噴出しそうだ」
「不潔ねぇ……とにかく付いて行くから、うっかり敵と間違って攻撃しないように注意してねんっ」
うっかり敵と間違うまでもなく、その存在を確かに認めた状態で、このカマ野郎だとわかって攻撃、殺害してやりたいところだが、こんな奴に余計な力を使っている暇はない。
今はとにかく作戦の成功、そして早めに帰って布団に入り、翌朝のスッキリとした目覚めを得るために邁進すべきときなのだ。
「じゃあ行って来るから、精霊様、寝る前にはその2人をキッチリ縛り上げとけよ、あ、マーサは無理に起きていないで良いぞ、昼間はあんな状態だったんだし、相当に疲れているだろう」
「私、あの部屋で何してたかイマイチ覚えてないのよね……」
「というかそれは私もよ、気付いたらパンツをロストしていたわ、どこ行ったのかしら?」
「さぁな? じゃ、俺達はもう出るぞ、いってきまーっす」
『いってらっしゃ~い』
なお、精霊様のパンツは俺が受領していたため、未だに俺のバッグの中に入っている状態だ。
しかしここでいきなり、しかも相手がそのことを覚えていない状態で返却した場合、余計なトラブルを招きかねない。
それゆえここは黙っておき、この作戦から帰還した際、寝ている精霊様の枕元に、まるでクリスマスプレゼントかの如く置いておくこととしよう。
ということで俺達出撃チームの4人、と、カマ野郎1人は滞在している庁舎を出発、もうひとつの、ここと張り合うかのように豪華な、もう1人の裏切り者のホームである庁舎を目指した……
※※※
「……何だろうあの人集りは? 現地の住民? 向こうに負けず劣らずといった感じのすげぇ数だな」
「主殿、もしかしてあの人々は青の方のチーム、つまり皇帝的ポジションにある裏切り者の熱心な支持者なんじゃないのか?」
「あ、確かにそうだな、俺達が使っている方の庁舎にもあれだけ殺到していたんだ、対になっているということは、こっちもそれと同じ状況であるのが当然なんだよな……」
先程まで向こうの庁舎、そこの正面玄関上の廊下から見えていた光景、それとほぼ同一のものが、今は目の前、これから向かう先の光景として広がっているのであった。
そしてジェシカの指摘通り、この集まりはこちらの、もう1人の裏切り者を支持する連中によるもの。
まぁ、言われなければどちらがどちらと、それを分類することの出来ないような似通った連中だ。
こちらでも本人に会わせろと主張しているのだが、それに対応しているのが犯罪組織の構成員であるということが、俺達の使っている方とは状況を異にしているポイント。
当然群集の方も直接的な攻撃を加え、抑え込む側も武力をもって制圧しようと試みている。
だが物の投擲対放水、といったいかにも『体制VS反体制』という感じではなく、無法者同士が争っている雰囲気。
お互いに火炎瓶を投げ合い、直撃した者やその周りの者が炎上して死亡、火はすぐに近くの者が消し止める、それをやり合っているような、とんでもなくカオスな状態である。
「勇者殿、これは普通に入って行くとか、あと宅配装いや出前持ち装いで侵入することは出来なさそうだぞ、どうする?」
「う~む……そうだ、新キジマーが空を飛べる、そして幸いにも長いロープがある、これを使ってどこかから、ロープ伝いに上階へ侵入出来るようにしよう」
「それであれば……あの横の建物からは如何でしょう? あそこからあの窓までロープで繋いで……」
「レンジャーみたいに渡るのか、いけそうだな、よし、その作戦にしよう」
「主殿、1本だけ張ったロープを渡るというのか? 私はちょっと……その、擦れるから恥ずかしいというか……」
「おいジェシカ、跨いで渡ろうとか考えてんじゃないよな? そういう責めじゃないから、普通にレンジャー部隊っぽく渡る感じを想像しろ」
「……なるほど、それなら大丈夫そうだ、いや鈍臭い主殿が落下したりしないか心配だがな、フフッ」
「何だその舐め腐った顔は、先程まで自分がとんでもない想像をしていたことについて恥ずかしいとか、穴があったら入りたいとか思うところだぞ普通……」
と、こんな所でふざけていても仕方がない、早速宙を舞い、持参していた長いロープを建物と建物の間に張っていく新キジマー。
この男を連れて来て良かった、さもなくば俺達は、目立たない場所の壁をヤモリかの如く登ることになっていたであろう、勇者として実にダサく、格好の悪い侵入方法だ。
で、張られたロープを伝い、目的の庁舎の窓へ……最初に渡ったフォン警部補が速攻で敵に見つかってしまったではないか、最後の1人である俺が行ったときには、既に大量の敵が窓際に群がっていた……
「クソッ、フォン警部補を最初に行かせたのは拙かったな、きっと加齢臭を嗅ぎ付けられたんだっ!」
「えっ、俺そんな臭い?」
「あぁ、枕とかシャツとか、きっと凄まじいことになっていると思うぞ、で、ここからどうする? 自分の武器を持ち込んでいるのは新キジマーだけか……」
聖棒は置いて来たし、ジェシカも侵入作戦のためには不要ということで、粗末な短剣以外は装備していない。
唯一新キジマーだけが『ポン刀』を持参しており、現状では雑魚敵の殲滅に最も適している。
つまりここは新キジマーを残して、残りの3人はこの雑魚共を振り切って目的の場所を目指すのが最善。
まぁ殺られはしないだろう……そう考えたところで例の1匹、伝説の5人目が天井裏から、通気口の蓋を開けて顔を出した……
「みんなっ、ほらこっちよっ! ここからはアタシが度々出現して案内してあげるわんっ」
「度々出現しなくて良いから適切な案内をしてくれ、さもないと殺す」
「あらやだこんなときにまで、じゃあこっちよ、その敵は雑魚だし、無限沸きだから放って……はおけなさそうね……」
「……ここはお任せをっ! 皆さんは早く地下へっ!」
「おう、ということで新キジマーにこの場を任せる、一応言っておくが死ぬ前に離脱しろよ、そこまで強い敵の出現はないと思うがな」
「うっす、それでは……ウォォォリャァァァッ!」
気合十分で敵に立ち向かう新キジマー、その気持ちの篭った一撃で、その場に居た雑魚敵の全てを、斬撃とそこから生じるソニックブームで殲滅する。
だが無限沸きの敵だ、しばらくすれば次の一団が出現してしまうのは確実、雑魚共が居ない、俺達が先へ行くのを見られていないこのタイミングで、サッサと先へ進むこととしよう。
「こっち、こっちよんっ!」
「わかったから顔を出すなっ! 何で通気口の蓋毎に出現してんだっ!」
「というか、いや俺の見間違いかも知れないが、さっき2人同時に出現していなかったか?」
「私もそう思うぞ、だがあの男……カマは忍び、増えたり減ったりということはお手の物なのであろう」
「このまま最後の1匹からさらに減って、ゼロになってくれると助かるんだがな……」
3人になってしまった突撃部隊、カマ野郎お珍の案内の元、生贄の儀式が行われているはずである地下の刑場を目指した……




