707 国の中央の中央
「……しかし、こうやって歩いているだけだと、この町は実に平穏そのものだな……そう思わないかね勇者君?」
「ええ、ここからも辛うじて見えていたであろう精製塔を5本全部ブチ壊して、町の外でも暴れて、挙句の果てに『死体ロード』を築きながらここまで来たっていうのに……」
「こちらが殺しをしなくなった途端に、町をうろついている犯罪者共の興味は全くこちらへ向かなくなった、これはどういうことなのか、誰かわかるかね?」
「あ、何かこう……思考を遮断するような術式が掛かっているんだと思います、例えば危機を危機と感じさせないとか、あと集団の心理を利用してとか、でも魔法じゃなさそうですけど」
俺達は町の中央、官庁街があると思しき方角へ向かって、普通に隊列を組み、武器を抜いた状態で移動しているというのに、時折目に入る連中は特に反応を示さない。
まぁ接近し、こちらが威嚇したりすると襲い掛かってくるのだが、それを殺してしまえばまた平穏が戻る、近くで仲間であるはずの犯罪者が殺されているというのに、他の連中はヒソヒソ話をしたり、少し興味を示す程度で終わってしまうのだ。
まるで向こうからは襲ってこないゲームのNPCなのだが、ここにいる連中は元々血の気の多い、凶悪な犯罪者連中であるはず。
それが何もしてこない、特に俺や紋々太郎、それからフォン警部補の3人が、この町では『収容キャンプ』に入れられているはずの現地人、島国の人族と同じ見た目をしていることがわかるほどに近付いても、チラッと見るのみで終わってしまうのは本当に異常だ。
で、その理由としてサリナ先生が挙げたのが何らかの術式の存在、そういえば最初の方で殺した奴が言っていた、市長的な奴の『宣言』によって、収容されている住民らが犯罪者に手出し出来なくなったという話。
もしかしたらそれと同じような、攻撃性の抑制をしたり、異常を察知し辛くするための何かが、この町全体に張り巡らされているのではなかろうか。
そしてそれを、いやそれをもやっているのが、裏切り者でこの町に『宣言』を出した市長的な奴である可能性は低くない。
俺達はまずそいつと面会し、予想の真偽を確かめると共に、必要とあらば殺す前に術式を解かせる、つまり犯罪者に対する住民の反乱が起こりかねない状態へ持っていくのだ……
「え~っと、ここを曲がると近道ね、ほら、あっちにそれっぽいのが見えてきた」
「本当だ、普通の首都なら王宮とかそういう系のが……と、同じようなのがいくつもあるな、官庁街ってだけあって、色々な行政庁の建物が密集しているんだ」
「主殿、どれがどれだかわからなくなる可能性がある、間違えて関係ない建物に狙いを絞って、大声を張り上げながら突入したら無人、などという恥ずかしいマネはしたくないぞ、絶対にだ」
「あぁ、その前に近くの雑魚キャラでもとっ捕まえて、どの建物が正解なのかを聞き出さないと……と、ここはやけにうるさいな」
「勇者様、しかも警備が凄いというか、犯罪組織の方々も物々しい雰囲気ですよ、これまでのこの町の雰囲気とは少し異なる感じです」
「そうだな、だがマリエルよ、最初に町へ入ったとき、英雄パーティーが揉めたら敵が集まって来ただろう? それと同じで騒ぎが起こると周囲の奴が一定の反応を示す、この町でのトラブルは全てそんな感じで起っているんだと思うぞ」
「なるほど、で、そのトラブルというのは……おそらくアレが原因なのでしょうね……」
「うむ、いくら何でも近すぎるな、路地を挟んで反対側とか、これじゃ揉めてくれと言っているようなものだぞ……」
角を曲がったところで突如として包まれた物々しい空気、その原因となっているのはふたつ、赤の収容キャンプと青の収容キャンプだ。
その両者、もちろん別の主張を支持する、非常に中の悪い派閥の構成員のみを集めた収容キャンプが、なんと路地を挟んで隣同士になって存在しているのであった。
これでは喧嘩が勃発するのは当たり前で、実際に2枚のフェンスと路地を隔てたギリギリのラインには、お互いの収容者が押し寄せ、相手に対して罵詈雑言を投げ掛け、たまには石なども投げている様子。
そしてその雰囲気に影響されたのであろう周囲の犯罪組織構成員共、それらは他の場所と違ってピリピリとした感じを保ち、時折フェンスを乗り越える収容者に対して槍で突いたり首を跳ねたりするなどの制裁、いや処刑を科している。
もちろん『宣言』が出されている以上、住民らは警戒をしている犯罪組織構成員に対して攻撃することが出来ず、仲間が殺されても全く文句を垂れることもなく、ひたすらに相手、つまり反対側の収容キャンプの連中に対してのみ怒りをぶつけている状態。
「ご主人様、あの人達、何か『帰れぇぇぇっ!』とか叫んでるんですけど、閉じ込められているのにどこへ帰るんですか?」
「さぁな? もう長いことああやって罵り合っているから、罵倒する言葉が枯渇しているんじゃないか?」
「そうなんですね、あ、次は『証拠もって来いやぁぁぁっ!』とか言ってます、閉じ込められているから無理だと思うんですけど?」
「意味がわからんけど面白そうだな、なぁ、ちょっと近付いて様子を見ないか? 英雄パーティーには先に行って……」
「いや、我々も見に行こうではないか、彼らは元々この地域の住民なわけだし、その声を聞くというのも英雄の仕事だからね」
「ええ、じゃあちょっと行ってみましょうか」
ということで収容キャンプ目指して移動、近付くとそこの連中が何を言っているのかハッキリわかるようになったのだが、およそ会話が成立しているとは思えない状況。
もはや単に罵声を浴びせることだけが目的の、ストレス発散のような行為なのであろう。
間違いなくお互いに議論は交わせていないし、相手の言っていることはほぼ耳に入ってもいないはずだ。
そんな収容所の間の路地に近付くと……やはり犯罪組織の連中、というか警備をしている犯罪兵が接近して来たではないか。
何だか向こうが『正義の憲兵』であり、こちらが悪いことをして、取り締まられる側のように錯覚してしまうのだが、本来の立場は見た目と逆であることにご留意願いたい……
「おい貴様等! このっ、どこから脱走しやがったんだっ!? しかも何で幹部クラスに献上するような女をそんなに連れて……え? ちょっとま……なんで武装しているんだっ!?」
「それはね、お前を殺すためだよ、ということで死ね」
「ぎょぇぇぇっ!」
「あ、そっちのあんたも死になさい」
「ほぎょぉぉぉっ!」
近寄って来る犯罪兵共を次々に殺害し、そのまま収容キャンプの間の路地へと入る。
だが収容者達はこちらに気付くことさえせず、ひたすらに喧嘩を続けるのみであった。
声を掛けてみても、フェンスをガンガン叩いてみても、全く反応が得られないのは悲しいこと。
ここの連中にとって俺達は完全に空気だ、居ても居なくても同じ、英雄でも勇者でもない。
と、収容者達から話を聞くのを諦め、ここを立ち去って本来の目的地である町の中央へ向かうのは非常に簡単なことなのだが、それだと何か負けたような気がするな。
仕方ない、ここは奥の手を使おう、ちょっとエッチな感じを出して、それをもって連中の意識をこちらに向けさせるのだ。
たとえ相手との罵り合い以外は眼中にない状態であったとしても、こちらからそれ以上に魅力的な何かを提供してやることにより、きっと『鞍替え』させることが出来るはず……
「ということでルビア、マーサ、マリエル、ジェシカの4人だな、サッサと脱いでこれに着替えろ、あ、こっちで見えないようにな」
「主殿、これはごく普通のビキニアーマーではないか、魔法の効果も掛かっていないし、全く防御力がない、初心者すら手を付けないような粗悪品だぞ」
「構わないさ、別に戦うわけじゃないんだから、今指名した4人がこれを着て路地を練り歩けば、必ず収容者達の注意をだな……と、何だかんだ言いながらもう着替えたのか、うむ、非常にエッチな感じで良いぞ」
「ご主人様、このビキニアーマー、後ろがTバックじゃないんですけど?」
「それに胸当ての面積も大きすぎるぞ、これでは完全に隠れてしまうではないか」
「当たり前だ、お前等のおっぱいとか尻を見たり触ったり、揉んだり叩いたりすることが出来るのは俺だけ、特にこの意味のわからんモブキャラ共に対して、あまり過剰なサービスをしてやる必要はないんだ、わかったらサッサと行け、さもないとこうだっ!」
「きゃいんっ! ご主人様、もっとぶって下さいっ!」
「後でな、ほら早く行けっ!」
「はいぃぃぃっ!」
ということで収容者達の間にエッチ4人衆を派遣し、ついでにティッシュ配りなどもさせてみる、もちろん渡す際には胸をギュッと寄せる感じで、上目遣いで差し出すのだ。
で、そのお陰で徐々に静かになる収容者達……であったのだが、今度はどちらの方がティッシュを多く貰ったのか、どちら側の収容者に4人が多く話し掛けてくれたのかなど、くだらない理由で喧嘩が勃発する。
そしてそれを止めるのは、貴賓溢れるオーラを放ち、まさに人の上に立つために生まれてきたと思わせるようなキラキラを纏ったマリエルの役目。
この王女が収容キャンプの間の路地、そのど真ん中に立って派手な動きをした瞬間、ざわざわと騒いでいたモブキャラの群衆が、両サイド揃ってスッと静かになる……
「島国の民よっ! どうしてあなた達は同じ国の者同士で無駄に争うのですかっ? 今は外敵、そう、西方新大陸からやって来た犯罪組織と戦うべきときなのはわかっているはずですっ! それなのに……もしかして馬鹿なんですか?」
『それは青組が悪いんだっ! そっちのボスが犯罪組織に迎合して、無抵抗で平和がどうのこうのとっ!』
『迎合しているのはお前等のボスだがっ! だいたいでら安全都市だがや宣言とやらもお前等のボスが出したものだがやっ!』
『あえてそうしたに決まっとるだろうにっ! うちのボスは本来でら主戦派なんだっ! きっと俺達のような一般市民が殺されんよう、そして裏切り者である青組のボスが、隙を見せるまで待つためにそうしたんだがっ!』
『嘘だっ! 証拠を見せてみんっ!』
また始まった大騒ぎ、もちろんすぐに会話は成立しなくなったのだが、おそらくこの感じだと、どれだけ真っ当に議論を重ねても堂々巡り、解決には至らないであろう。
となるとここでまとめ役を買って出ているマリエルがすべきことはたったひとつ、両陣営に真実を、お互いのボスが、いずれも裏切り者であることを伝えてやることだ……
「少しお黙りなさいっ! 良いですか? まずは赤組……確かこの町の首長の支持者達ですね? あなた達のボスは裏切り者、犯罪組織に協力して利益を得ていますっ!」
『それ見たことかっ! それが真実なんだっ! お前等は裏切られているんだっ!』
『嘘だっ! この女は嘘を言っているんだっ! 皆聞くんじゃないっ!』
「はい静かにっ! それで、今度は青組の方々、こちらはこの小さな帝国全体の首長を務めている者の支持者でしたね? あなた方のボスも裏切りものですっ!」
『それ見たことかっ! それが真実なんだっ! お前等は裏切られているんだっ!』
『嘘だっ! この女は嘘を言っているんだっ! 皆聞くんじゃないっ!』
「……何か反応が面白いですね」
赤組のボスが裏切り者であることを指摘した場合と、青組のボスが裏切り者であることを指摘した場合、そのどちらに対しても全く同じ反応が、その言葉の発信されるサイドだけを変えて帰ってきた。
つまり、この連中はどちらも自分達に都合の良い情報のみを真実だと思い込み、それに反する情報は嘘だと決め付けてシャットアウトしているということ。
これは転移前の世界にも良く存在していた、『絶対にインターネットに触れてはいけない人種』というやつだ、適当に流れて来た、自分が『これは良いっ!』と思う情報だけを信じて何かをやらかす、そういう人間の典型である。
しかしこの町の、いやもっと別の場所から集められているわけだからこの地域全体か、とにかく人々はこんな連中ばかりなのか? いや、そんなはずはあるまい。
こういうダメな連中というのは数多くいるように見えて、実際には単に声が大きいだけのごく少数。
悪目立ちするだけであってそれがマジョリティというわけではない、この世界でもそうであるはずだ。
だとしたら一体どうしてこんな……いや、これは犯罪組織側があえてここに、両陣営の急進派のような連中をピックアップして掻き集め、わざわざ争わせているに違いない。
そしてその証拠に、何かの術式の気配を感じ取ったらしいサリナが、後ろからチョイチョイと俺の服の裾を引っ張っているではないか……
「ご主人様、たぶんこの収容キャンプ? ですか? これ、中に居る人族のヘイト感情を掻き集めて、それをエネルギーとして何かに用いるタイプの巨大魔導施設です、間違いありません」
「あ~、やっぱそういう感じか、となると喧嘩さえやめさせれば、どこにどう作用するかわからないものの敵にマイナス効果を与えることが出来る、そうだな?」
「ええ、そういうことになると思います……この状況で争いをやめさせること自体が大変そうではありますけど……」
「まぁそこは頑張るさ、ということです紋々太郎さん、何か手立てを」
「……そうだね、では……おいテメェらぁぁぁっ! ちょっと静かにせんかいゴラァァァッ! 次何か喋った奴コンクリ詰めにして海沈めんぞぉぉぉっ!」
『・・・・・・・・・・』
あっという間に騒ぐ民衆を押さえ込んだ紋々太郎、さすがは英雄だ、今のところはこの島国だけ、そして主に本拠地の付近だけで有名なようだが、これはもう世界全体に進出した方が良いレベルの強さだ。
まぁそうなると見かけ通り『広域指定』になってしまうのだが、別に悪いことをしているわけではなく、正義のためにあえてこのスタイルで居るのだから仕方ない。
で、一応両収容キャンプ内にある布を全て供出させ、フェンスにそれを掛けておくことでお互いの姿が見えないように、そして追加でそこにセラの雷魔法を流し、触ったらどころか近付くだけで感電死する、恐怖のフェンスに仕立て上げておいた。
これなら誰一人として近付くまい、そして近付いても声を発する前に死ぬため、そのヘイトの気持ちが反対側の収容キャンプへ伝わることもあるまい。
エネルギー源であるヘイト感情を失った敵の何かがどうなるのかについては、まだわからないのでこれから探っていかなくてはならないのだが……
「……さて、ここは片付いたことだし、そろそろ本来の目的を果たしに行こうか」
「そうっすね、じゃあ道は……もうすぐ近くなのか……」
その路地を抜けた先はもう、官庁街と思しき豪華な建物が立ち並ぶ区画であった、一体どれだけ民衆から搾取すればこうなるのか、とにかく金がふんだんに遣い込まれた感じのする施設が無数に立ち並んでいる。
そしてやはり、現時点ではどれがどの行政施設なのかまるで見当が付かない状態、おそらくはこのエリアを制圧している犯罪者組織の上層部が……居やがった、護衛らしき連中を5匹も引き連れてのうのうと歩いているではないか。
ということでその犯罪者、グラサンのバーコードハゲのクソデブで、偉そうに葉巻を咥えたクソ野朗の案内を受けるとしよう、ついでに身に着けている金目のモノは全て没収しよう。
「精霊様、もう面倒だからあの護衛の連中、ここから狙撃して全部行動不能にしてくれないか?」
「わかったわ、ほいほいっと……どう? 全部膝から下を切断してやったわ」
「よろしい、あとは俺達があのクソデブと交渉するから、その間はあいつらを惨殺するなどして遊んでいて構わないぞ」
遠くで悶絶する5匹の護衛犯罪者、のた打ち回る姿と、そして呻き声もバッチリ聞こえてくる距離だ。
一方のクソデブ、突然護衛がやられたことに驚愕し、足が竦んで動くことさえ出来ない様子。
それをすぐに英雄パーティーの2人とフォン警部補、そして俺が取り囲み、尋問を始める体勢に入った。
クソデブは囲まれた時点で全てを察した様子、クソみたいな顔にお似合いのブツを漏らしつつ、泣きながら無駄に両手を挙げる。
その周囲では同時に、精霊様による護衛の『殺処分』が始まる、皮を剥ぎ、押し潰し……これ以上は見ていても良いことがないな、キモいだけだし、これも夕食が不味くなる原因だ。
そんなモブキャラが命を刈り取られるどうでも良い瞬間など無視して、こちらのクソデブの脳内情報を引き出す作業に移ろう……
「おいデブ、お前に質問だ、ここは元々この町の官庁街、当然2匹のゴミ首長も、それからお前等の親玉もここに滞在しているはずだが、どうだ?」
「そ……そうれす……うっ、おぇぇぇっ」
「吐いてんじゃねぇよ汚ったねぇな、ウ○コも漏らしやがって、で、侵入者の俺達にはどれがどの建物だかわからないんだ、詳細な地図を用意しろ、あ、それがお前の人生最後の仕事だからな、気合入れて完遂しろよ」
「はっ、はひぃぃぃっ!」
紋々太郎によってハジキで脅され、情けない返事をする幹部犯罪者、懐から周辺マップと財布を取り出し、マップはフォン警部補に、財布は紋々太郎に手渡した。
もちろん俺は何も受け取らない、こんな脂ぎった臭そうなデブ野郎の所持品など、徹底的に消毒しない限り触れることが出来ないのだ。
「……うむ、この地図によると……市の庁舎はアレだ、あの競い合うようにして立っている一際豪華な建物だね」
「となると、もう一方の競争しているっぽいのが国全体を統括する行政庁の庁舎か……」
ツインタワーならぬツイン宮殿、これでもかというぐらい搾取した感がモリモリのその建物2つのうちの片方。
国ごと、そして町ごと制圧されたとはいえ、おそらくはその長、裏切り者の2匹の首長はそこに残っているはずだ。
まずはこれから『市の庁舎』へ行って、謎の宣言を出したゴミ市長の方をブチ殺すのが俺達の作戦である……




