705 本拠地へ
「……よし、そろそろ出発しようではないか、準備は良いかね?」
「ええ、あとはこの穴掘ってるウサギだけどうにかすれば、ほらマーサ、もう出発するんだ、早くそこから出ろ」
「え~っ、まだ掘ってる途中なのに……」
腹拵えを終え、適当に砂浜で休憩していた俺達であったが、いよいよ防風林を抜けた先、比較的ゆるやかな傾斜が続く陸地に聳え立つ、5本の粗末な精製塔を目指すことに。
無駄に穴を掘って喜んでいたマーサをそこから引き摺り出し、他のメンバーも準備を終えていることを確認し、歩き出した紋々太郎と新キジマー、フォン警部補の後を追った。
ちなみに馬鹿2匹は足にロープを付けて牽引している、このままだと死んでしまいそうだが、別に死んでしまっても惜しくないというのがこの2匹の唯一の強みだ。
まぁ、また肉食の敵が出現した際には、この2匹のシャブ中野郎をそのまま振り回し、敵の真ん中へ投げ込むことで囮にしてしまおう。
敵の意識ががこいつらに行っている間に、こちらは隙を見て逃走するなり、或いは諸共攻撃して討伐してしまうなりすれば良い。
もう犬畜生もチンパン野朗も仲間ではなく、使用後はそのまま投棄することが可能な、非常に使い勝手の良いアイテムとしての扱いだ。
なお、もちろんのこと帰還後にその件は報告しない、紋々太郎の口から人々に伝えられるのは、『イヌマーとサルヤマーは勇敢に戦い、華々しく散った、名誉の戦死だ』という内容である。
この島国を活動拠点としている、というよりもむしろこの島国からは出ない英雄パーティーにとって、全体的なメンツというのは何よりも大切なものなのだ……
「それで、精製塔は5本あるんですが、それぞれはそこそこ離れていますよね? 最初にどこを攻める感じですか?」
「……そうだね、ここからだと最も近いのがあそこだ、ほら、あのツイストした感じの精製塔だね、まずはあの下を目指そうと思う」
「わかりました、お~い、最初はあそこだってよ、何だか知らんが敵は精製塔を無駄に離して造りやがったからな、面倒だがひとつひとつ、個別に撃破していくしかない」
「というか主殿、見た感じだと全てが等間隔で建てられている感じだぞ、この配置には何か意味があるのかも知れない」
「配置に意味? 何だろう、精霊様、ちょっとひとっ飛びして全体を俯瞰してみてくれないか?」
「イヤよ面倒だし、それに空からとはいえ近付いたら絶対に迎撃されるわよ、さすがに本拠地の、しかもメインの建造物の近くなんだし、上も下も何もかも、必死で見張っているはずだもの」
「確かに、今のところはその敵の見張りから見つかっていないが、ひとたび見られるとイチイチ厄介なことになりそうだしな、精製塔の配置の秘密を探っていくことに関しては保留しようか」
最も近いダンゴ精製塔、船から見た際に俺が一番気になっていた『ツイスト系』のもの、そこまでの距離はここからおよそ5km前後であろう。
どうやらこの地域、かなり海抜が低いエリアが広がっており、その5km先どころか、さらに遠くにある残り4本の精製塔も完全に、というほどではないが見えている状態。
そして遥か彼方にはうっすらと、都市の城壁らしきものも確認出来る、きっとそこがこの地域、帝国の首都なのであろうが、そこへ行くのは5本の精製塔をどうにかした後だ。
まぁ、どうにかと言っても、あのぐらい粗末なモノであれば吹けば飛ぶ、もちろん表現としてではなくて、セラの風魔法を軽くぶつけてやれば、実際に根元から崩壊し、バラバラの骨組みがどこかへ飛んで行くはず。
つまり精製塔を吹き飛ばすのは簡単なことであり、重要なのはその際に、どれだけ多くの敵を巻き込み、それらに絶望と、それから無様な死を遂げさせることが出来るのかということである……
「あっ、ご主人様、敵っぽいのが向こうから来ますよ、足音が凄いです」
「おうカレン、その足音は何人ぐらいだ?」
「え~っと……凄く沢山です、ねぇマーサちゃん」
「そうね、すっごく沢山よ、夥しい数とも言うわ」
マーサは難しい言葉を使って少し得意げである、もちろんその表情からは頭の悪さと教養のなさが滲み出ているのだが。
で、とにかく夥しい数の敵がこちらに向かって進軍しているらしいということだけはわかった。
ちなみにカレンが『敵っぽい』と判断したのは、その集団からは足音だけでなく、むしろ鎧の金属が擦れる音が聞こえてきたためだという。
しばらくすると俺にもその敵らしき存在が確認出来るようになった、数は……500程度か。
ちょうど俺達が向かっているダンゴ精製塔の方角から来ているようだが、今のところは小さな丘に阻まれて姿が見えない。
だが相手はこちらに気付いているようだ、隊列を組み、そのまま突撃してくるのではないかという感じの動きをしているのは確実。
これは単なる行軍ではなく、俺達が大切なダンゴ精製塔へ向かっていることを知ったうえで、迎撃部隊として出陣したものであろう。
「……勇者君、いちいち戦闘をするのが面倒だと思わないかね?」
「そうっすね、出来れば避けたい……それか一気に突破したいですね」
「……うむ、このまま突っ込んでみるというのはどうかね? 敵を押し潰して、まぁ死なない奴も居るかも知れないが、通過するのは早くなりそうだ」
「まぁ、その辺りは任せますよ」
「では行こうではないか……ウォォォォッ!」
突如走り出した紋々太郎、ロープの先に付いた犬畜生を、そして続く新キジマーが同じくチンパン野朗を、まるでモーニングスターか何かの如く振り回しながら、まだ姿すら見えない敵集団を目指す。
他のメンバーは一瞬ドン引きしたものの、まずはフォン警部補が、その次に俺が走り出すと、その後ろに続くかたちで全員が走り出した。
素早さが高く、突っ込むのにも適しているミラが俺を、さらには紋々太郎さえも追い抜き、先頭に立って突撃をかます勢いだ。
20秒もしないうちに見えてきた敵の塊は……重装歩兵的な何かのようだ、こちらの突撃を見て停止し、そのまま受け止める姿勢を見せている……
「このまま突っ切りますっ! 真ん中に穴を空けるのでそこからっ!」
「……わかったよ片手剣のお嬢ちゃん、野郎共! カチコミじゃぁぁぁっ!」
「野郎共って、野郎4人しか居ないんだよな……」
「フォン警部補、この振り回されている物体らも含めたら一応6ですぞ」
「あ、それも含めるんだ、へぇ~」
ミラに続いてノリノリで突っ込んだのはも紋々太郎と新キジマーだけであった、あとはもう、何というか付いて行っただけだ。
だが敵の重装歩兵的な連中は、そもそもミラの突入によって総崩れ、デカい盾を持っている癖に、ミラが左手にちょこんと装備した小さな盾、それをぶつけられた衝撃で吹っ飛んでいる。
で、その総崩れの中へ入って行く英雄パーティー、2人は気合十分で、2匹の方は瀕死の状態で振り回され、叩き付けられ、或いはパイナップルごと爆破されつつだが、とにかく全員が敵陣の仲へ突入したことだけは確かだ。
そして叩き潰され、爆発し、さらにはポン刀で斬られたりハジキで撃たれたりと、みるみるうちに数を減らしていく敵兵共。
どうして犯罪者の分際でそのような装備を、まるで正義の軍隊のようなスタイルで居られるのかはわからないが、兜が吹っ飛んだその下から出てくる頭はモヒカンが大半、結局はチンピラの雑魚キャラを着飾らせただけのゴミ軍団であったのだ。
「なぁ、俺達全く必要とされてないよな、今回の戦い」
「まぁ、ミラが1人で頑張ったからそれで良いんじゃないの? しかし暑いのに良く走るわよね」
「全くだ……と、もう通過出来そうだな、すまないがセラは周りの、邪魔になりそうな敵を吹き飛ばしてくれ、まるで埃でも払うかの如くな」
「ええ、とりあえず歩き易いようにはしておくわ」
……良く考えたら突撃などせず、最初から魔法で丸ごと吹っ飛ばしてしまえば楽ではなかったか、そのように考えてしまう俺はまだまだなのであろうか。
とにかくガッツリ物理で戦った、やる気ある組の活躍、いや大活躍によって、ツイスト精製塔を守っていたと思しき敵の主力は壊滅。
ゴールキーパーにしては前へ出すぎな気がしなくもないため、おそらく直前でまた何かと戦うことにはなりそうだが、とにかくここから先には敵の影もないようだ。
あとはゆっくりのんびり、適当に歩いて目的地を目指すこととしようということに決まった……
※※※
「待てっ! 止まれっ! ここからは俺が相手だっ!」
「お前なんぞ相手になるかってんだこのボケ、死ねっ」
「ヒギョォォォッ! グペポッ……」
「ひぃぃぃっ! も、もうダメだっ、退避だっ、退避……はげろっぱっ……」
ダンゴ精製塔のほぼ真下まで近づいたところ、かなり高い柵で周囲を囲まれていること、柵の中には精製塔だけでなく、その周りに小屋がいくつかあること、そして周囲を30匹程度の雑魚キャラが守り、中にはおそらく敵幹部が居るということがわかった。
早速警備をしていた雑魚キャラを適当に惨殺し、それを見せ付けることによって戦意を削いでいく。
逃げ出す者、その場でへたり込む者など様々であったが、どうやら絶対に敵わないということだけは全員把握してくれたようだ。
ということで普通に柵の中へ、すぐに荷物をまとめて反対側から逃げ出そうと試みる、敵幹部らしきジジィを発見し、それに威嚇を加えて足を止めさせる。
「ま……待ってくれ、貴様等が何者なのかは知らないが、わしはこの『ちょっと重要な秘密の塔』を管理するために派遣された、この地域の『ちょっと偉い人』なんじゃ、見逃してくれればいいことがあるぞい」
「な~にが『ちょっと』だよこのクソジジィが、しかもこの地域って、お前西方新大陸の人間だろう? 『K&KK(カニ&クリームコロッケ)』とかいう人種差別集団の仲間だろう? そんでこれ、ダンゴ精製塔だろう? ちょっと粗末だけどな」
「ひぃぃぃっ!? 何でそんなに知っておるんじゃぁぁぁっ!」
どうやらこのクソジジィ、幹部ではあるもののあまり最新情報を知らないようだ。
まぁずっとここに駐在していたのであれば、英雄と勇者がこの地域に攻め込み、既に半島エリアが制圧されていることがまだ伝わっていないのかも知れないが。
で、そのクソジジィが命乞いのために勝手に喋り続ける話を聞いていくと、どうやら5本の精製塔にはそれぞれこういった感じの駐留部隊と管理者としての犯罪組織幹部が居るらしい。
どうして精製塔が等間隔で並んでいるのかはその幹部共も知らないらしいが、それを知っている、即ちこの地域を制圧した馬鹿共のトップはやはり、あの見えていた城壁の中の待ちに滞在しているとのこと。
「それで、元々この地域に住んでいた人間はどうしたんだ? まさか殺したんじゃねぇよな?」
「だ……ダンゴ精製のための生贄として使ったのは兵士みたいな力のある奴等だけじゃ、他の、普通の市民はメインの町にまとめて押し込んである、収容施設まで造っての」
「そうか、で、もちろんその現地人の中にもお前らに協力している奴等が居るんだよな? というか2人の首長が争っているそうじゃないか、そのどちらだ?」
「ど……どちらもじゃ、2人共『影でコッソリ』というかたちでわしらに協力しておるのじゃ……」
ここでとんでもない事実が発覚した、この地域を犯罪組織に持っていかれる主な原因であろう2人の首長の諍い、俺達の予想ではそのどちらかが敵に便宜を図っているのであろうという感じであった。
だが協力者はその両者、お互いが『奴は侵略者に与している』と罵り合いつつも、それぞれがテーブルの下で犯罪者共とガッチリ手を組み、利益の供与を受けているというのだ。
しかも滑稽なことに、お互い相手が犯罪組織と繋がっているということを知らず、もしこの地域のみならず、島国全体がその連中のものとなった場合、自分だけがそれに協力した功績を称えられ、この地域の単独支配者にして貰えると考えているらしい。
「……うむ、どうしようもない馬鹿共が居て、それが原因でこのような事態になっている、そういうことだな」
「みたいですね、どうせクズみたいな権力者ではあると思っていましたが、まさか両方が別個に敵と繋がっているとは思いませんでしたよ、はっきり言ってゴミですね」
「これは間違いなく殺す、いや人々の前に引き出して処刑せねばならないな……」
「それで、これからどうしようってわけ? まぁこのジジィはブチ殺すしこの精製塔も破壊するとして、他の塔へ行っても全く同じ結果、同じ情報しか得られなさそうよ」
「そうだな、精霊様、今度こそひとっ飛びで殺ってきてくれよ、精製塔も、それからそこに居る連中もな」
「ええ、それじゃあ殺ってきます」
「はい、殺ってらっしゃ~い」
適当な挨拶の後飛び去って行く精霊様、しばらくすると近くのダンゴ精製塔が、そしてまたしばらく後に次が、という感じに進み、すぐに残り4本の精製塔は倒壊、粉微塵になって姿を消した。
もちろん下に居た犯罪組織の兵員も、それから管理を任されている幹部クラスの奴も、悉く無様な死に方をして、今頃は三途の川の渡し賃を納付しているところであろう。
跡形もなくなったダンゴ精製塔が建っていた辺りをもう一度巡回し、敵の生き残りが居ないかを確認した精霊様。
すぐにそれを終え、ついでに敵の本拠地にもなっている都市の様子を、遥か上空から眺めて確認している。
それも終わったようだ、こちらに向かって飛んでくる精霊様だが、イマイチ浮かないような表情をしているように見えなくもない……
「ただいま、とりあえず敵の方は殺ってきたわ、精製塔とやらも木っ端微塵にしてやったし、でも……」
「でもどうした? 覗き込んでいた町の方で何か不都合があったようだが?」
「ええ、アレだと皆殺しに出来ないのよ、敵と、それから元々そことかこの地域の他の場所に住んでいた人族かしら? とにかく悪くなさそうなのが収容されている場所がゴチャゴチャだったのよね」
「なるほど、敵からの攻撃がやりにくくなるよう、あえてそんな感じの配置にしたのかも知れないな」
「そうよね、どういうわけかこの地域、コソコソしたり卑怯な作戦に出る敵が多いわ」
「う~む、確かにそんな感じだな、やけに隠蔽しようとしたり、そんな感じで『人間の盾』を使ったり……もしかしたら裏切り者の現地住民が関わっている、というか首長がおかしな入れ知恵をしているのかもな……」
通常では考えられない話だが、この地域の首長は2人、というか全体と主要都市で範囲は違うのだが、とにかくどちらもが住民を裏切っていることは事実。
もはや敵に迎合し、便宜を図ってやるだけでなく、積極的な関与によってその行動をより効率的なものへと変えている可能性さえあるのだ。
だが相手が俺達であったということは、その首長共にとっても、そして犯罪組織の構成員連中にとっても不運なことであったな。
いや、それが定めであり当然の報いなのだが、『人間の盾』など用意しようとも完全に無駄。
余裕でスルーして敵のみをブチ殺し、簡単に両名を死刑台に送ることが出来るのだから……
「……うむ、ではこのままあの城壁がある町を目指そう、かなり時間は掛かると思うがね」
「ちょっと、どころかかなり暑いですけどね、皆、まだ歩けるか? 無理な者は挙手!」
カレンとマーサは予想通り、ついでにルビアとジェシカの手が挙がった、2人共肉が多くて、まぁ主に胸部と臀部なのだが、そのせいで他の仲間よりも暑いのであろう。
だがここへ留まるわけにもいかず、そもそも遮蔽物がないため、こんな所に居れば余計に暑いばかり。
ということで少しずつ、ゆっくり移動することに決め、皆でダラダラと歩き出した。
そういえば犬畜生とチンパン野郎、先程からピクリとも動かないまま引き摺られているのだが……一応生存してはいるようだ、微かにだが生命の息吹を感じる。
「……おっと、そうだった、回復魔法使いのお嬢さん、そろそろこの2つの物体を元の状態に戻してはくれんかね?」
「え? あ、はい大丈夫ですけど……ソレとソレ、まだ使うんですか?」
「うむ、今回の戦いで役目を終えることは確定なんだがね、それでも最後、肉弾戦で、前に立たせて使うのにはちょうど良い、君達でも矢で射られたりしたら少しは痛いだろう? それをこの2つに肩代わりさせるんだ」
「えっと、じゃあご主人様、魔法を使っても良いですか?」
「おう、構わんぞ、というかルビアの判断で色々とやってくれて差し支えない……なんて言っても無駄だよな……」
「あ、は~い、じゃあ回復しますね、汚いし臭そうなので少し離して置いて下さい」
犬畜生とチンパン野郎を回復してやるルビア、途中で一瞬だけ意識を取り戻した犬畜生からは、きっと自分に対して回復魔法を送ってくれるルビアが、もう女神か何かのように見えていたのは間違いない。
ガバッと起き上がって抱き付こうとし、そのまま紋々太郎に蹴飛ばされて再び意識を失った犬畜生。
もしルビアに触れでもしていたら、この場で焼却処分にしていたところだが……まぁ良い、逆に生き残ってくれた方が殺し甲斐があるというものだ。
こうして2つのゴミを元の姿に戻し、後ろからどついて歩かせつつ、俺達は敵の本拠地、そして裏切り者の首長2匹が蔓延る町の城壁へと辿り着いた。
高い壁に設けられた門の前には見張り、それもなかなかの重装備の、西方新大陸の人間だな。
それなりの重装備で、『拳銃のようなもの』、もちろん紋々太郎の英雄武器であるハジキほどではないが、飛び道具で武装している。
しかもその数は……とにかく膨大だ、まだこちらが敵であることには気付いていないものの、誰かが近付いていることは把握しているらしい動きだ。
まずは奴等を制圧して、数匹残して話を聞いてみることとしよう、町へ入った際のマナーなども覚えておく必要があるからな……




