703 粗末な精製塔
「よしっ、そっちの畜生共は英雄船の甲板にでも転がしておこう、目を覚まして暴れ出したりすると厄介だからな、あと純粋に顔を見たくない者も多いだろうし」
「てかこのまま海に捨てちゃわない? 英雄船の爆発もあのチンパンジーのせいなんだし、いくら必要な人材だとしても目に余るわよ」
「まぁそう言うなセラ、他の皆も不満だろうが、今のところはあの畜生共を殺さないと決まった、今回の遠征のリーダーである紋々太郎がそう決めたんだからな」
「う~ん、まぁそれならちょっとだけ我慢してあげるわ、ちょっとだけだけどね」
全く遠征軍全体の『副長的ポジション』であり、かつ自分の率いる部隊、即ち勇者パーティーをまとめなくてはならないという立場は大変なものである。
英雄船の爆発炎上、そのまさかの原因を作出した犬畜生とチンパン野朗、いやイヌマーとサルヤマーと呼称しておくべきか、とにかく英雄パーティーの『あと2匹』の方である奴等の行動は、セラの言ったように目に余る、いやそれどころではない蛮行の極みだ。
今現在、このタイミングだけでなく、これまでの『やらかし』でも十分万死に値するゴミ共なのだが、英雄パーティーと勇者パーティーの共闘という、この島国に残すべき伝説のためには、これらを下手に始末することが出来ないのである……
「……うむ、すまないが英雄船の方はもうダメなようだ、我等2人、それからフォン警部補殿はこちらに残っても構わないかね?」
「ええもちろん、あの生きる価値のない薄汚いゴミ共を、この後どう処断していくかについて話に華を咲かせましょう」
「そうだね、こちらとしては自爆させる、燃えながら敵船に突入させる、凶暴な敵が現れた際に釣るための餌にするなどが相応しいと考えているが、どうかね?」
「なるほど、奴等がどうしようもないゴミで、普通に処刑されたとなると対外的には拙いですからね、ここは華々しく、世界平和のために自己犠牲の精神で散っていったと、そう一般大衆に思わせるような死なせ方を選択せねばならないということですな」
「それについてわかってくれるかね、我々にはメンツというものがかなり重要でね、勇者パーティーと違って見た目はあまり評価されないメンバーばかりであることがその原因のひとつなのだが」
「見た目か……確かにその点ではウチの右に出る組織はないですね、で、まぁ個人的には奴等に火を点けて敵船や敵陣に投げ込むのが最も効率的かと、苦しんで死ぬし、自分達が捨てられたことも、さすがの奴等でも認識出来るはずです」
「あと敵に対してこちらのクレイジーさをアピールする良いきっかけにもなるわね、そんなにすぐには死なない程度に火を点けるのはこの水の大精霊様に任せなさい」
「……水の精霊様なのに火を扱って大丈夫なのかね?」
紋々太郎の素朴な疑問はさておき、これで2隻あったこちら側の船が実質1隻、いや1.5隻という感じになってしまった。
もちろん次に会敵した際にはボロボロの英雄船が狙われ、あっという間に撃沈されてしまうのであろうが、その次はもう、俺達の乗る勇者船が狙われるのが確実。
敵の本拠地への上陸を果たすまでにあと何度攻撃を受けるのかわからないが、このままだと本当に最後まで持たない可能性がある。
船を失って泳いで上陸、というのは正義の味方としてさすがに情けなさすぎるし、ここはどうにかして切り抜けなくてはならないな……
「そうだ精霊様、この船さ、今からでもステルス艦に出来ないか?」
「私じゃ無理よ、せいぜい周囲の水を盛り上げたりして姿を隠すぐらいのことしか出来ないわ、そういうのはサリナちゃんね」
「そうか、じゃあジェシカ、次はサリナを呼び出して来てくれ」
「……何だか私が使い走りのようになっているのだが?」
「ようにではない、使い走りなんだ、ほら行けっ、尻を引っ叩くぞっ!」
「いひゃんっ、す、すぐに行って来るから、戻ったらもう一度、いやもう100度叩いてくれ」
「馬鹿なこと言ってないで早く行けっ! ほらっ!」
「あうっ、いやんっ!」
叩かれて喜んでいる変態を送り出し、長時間回復魔法を使って疲れ果てていたルビアをあえて四つん這いにさせ、椅子にしてしばし休憩する。
その光景には新キジマーもドン引きしていたのだが、フォン警部補などはもう俺達がそうであることを知っているため特にツッコミはない、ちなみに紋々太郎は出会ってからこれまで、一度も表情を作ったことがないような気がする。
で、すぐにサリナの手を引いたジェシカが戻って来た、その報告によると、船内に居る他のメンバーはあらかた食事を終え、横になったりしてグダグダしているのだという。
遠距離攻撃の手段がなく、海戦ではイマイチ役に立たないメンバー達とはいえ、俺達がここで戦っているというのに良いご身分だ。
後で何らかの埋め合わせをして貰おう、なんといっても同じく近接戦闘しか出来ないこの俺様が、最初から最後まで甲板に出て戦っているのだから、せめてその分ぐらいの労働は全員しなくてはならないはず。
まぁいつも調理をしてくれるミラは良いとして、あとリリィはまだ子どもだから免除、カレンとマーサは暑さに弱いからな、それも勘弁してやろう、あとマリエルは王女なので致し方なしといったところか。
……で、ここに居るのは俺とセラ、ルビア、ユリナ、サリナ、ジェシカに精霊様……おかしい、全員揃ってしまったではないか、もしかしてこれで、この状況で一向に構わないということなのであろうか、実におかしなことだ。
「それで、呼ばれてやって来た私は何をすれば良いんですか?」
「おう、すまんなサリナ、ちょっと幻術をキメて隠蔽してくれると助かる、この船だけにな」
「隣の……何かとんでもない状態になっている船は良いんですか? まとめてやると結構お得なんですが」
「いや、お得なのは気になるがこっちだけで良い、もう敵には俺達が湾内に侵入したことが伝わっているようだし、居るけどこっちだけ、英雄船だけで勇者船はどっか行った感じを出したいんだよ」
「そうでしたか、じゃあ英雄さん達もそれで……」
「……うむ、ここはそちらで判断してくれて構わない、勇者船なのだからな」
ということで存在を隠蔽するのは勇者船のみ、もちろん自力で航行することが困難な状態の英雄船は、勇者船が曳航するかたちでしか移動出来ないためそうしている。
だがパッと見は英雄船のみが、そのボロボロの情けない姿に変わり、甲板にシャブ中の犬畜生とチンパン野朗が転がった状態の船のみが、独自に航行しているように感じられるのがサリナの幻術の凄いところ。
ちなみに英雄船を曳航する際にも、どういうわけか始祖勇者の導きが働いているようで、俺達が何もせずとも船は進んで行く。
そのまま湾奥へ移動し、拠点としている岬の先端が霞の向こうへ消えた頃、遂に敵の本拠地、この何とやらという帝国の首都が見えてきた。
……と、そこでやはり敵さんのお迎えのようだ、前方および右舷側からやって来た、それぞれが100隻を超える敵船の群れ。
相変わらず突然出現するのだが、敵も船の姿を隠蔽している以上それは仕方のないこと。
近付けばわかるのだし、攻撃の射程は有能な魔法使いが居る分こちらの方が長い。
不意打ちされない限りは極めて楽な戦いである、そう、敵が突拍子もない行動を取らなければの話だが……
「ねぇ、あの先頭の船、何か変なの付いてない? ほら、物見櫓がこっちに向かって倒れたみたいな……」
「何じゃそりゃ? まぁ艦橋っぽいの造ったけどコケたとかそんな感じじゃないのか、知らんけど」
「……いや、アレはダンゴ精製塔と同じ造りだね、確かに倒れてはいるが、先端部分に人が乗れそうな台が設置されている、おそらくはあの倒れっぷりで正解なのだろう」
「つまり、こっちに向けて何かを発射してくる装置であると、そういうことですかね?」
「だと思う、ダンゴ精製塔と同じ形ということは、おそらくあの先端に生贄のエネルギーを集めて、それを凝縮させたものを……(どうのこうの)……ということでかなり射程は長いと思う、気を付けた方が良い」
「あっ、言ってる傍から動き出したわよっ! 何か狙いを定めているみたいっ!」
セラが指差したのは正面側に展開している敵船団の方、確かに先頭の船で何かが動いているように見える、砲台……というよりもクレーンに近いようなビジュアルだな。
そしてそのクレーンモドキがこちらを狙っているのは明らか、放物線状に何かを発射するのではなく、まっすぐに飛ばす感じで攻撃をしてくるようだ、発射物は相当な威力を持つ、または物質ではなくエネルギーの塊などといったものか。
で、そんなこんなで狙われてはいるのだが、そもそも敵からはこちら、勇者船の存在は認識出来ていない状態なのである。
つまり、敵が狙っているのは英雄船の方であり、俺達はとばっちりだけ喰らわないように気を付けていれば良い。
そうすれば敵の攻撃がどんなものなのかを知ることが出来ると同時に、英雄船に取り残されている2匹がブッ飛ぶ様子を、指を差して笑いながら眺めることが出来るのだ。
「おっ、何か知らんが先端が光始めたぞ、やはりエネルギーの塊を発射してくる感じだな」
「でも威力はたいしたことないわね、どうする? ちょっと移動すれば英雄船の方も避けられそうだけど」
「そこはアレだ、ほら、やっぱり動き出した、始祖勇者のお導き通りに事が運ぶから、こっちでとやかく考える必要はないと思うぞ」
「どうかしらね、やっぱり私達が考えたことは少し酌んでくれてるような気がしなくもないわよ」
「まぁ、それも一理あるが……っと、発射してきた、何だろう? ユリナのレーザー火魔法と似たような感じのものだな」
「でもコレ魔法じゃありませんわね、やっぱり何人か生贄、というか犠牲にして攻撃に変換しているんですわ」
バーンッという音と共に水面を割った敵の攻撃、光線のようなものは紫色で、何となく邪悪な感じのする実態のないエネルギーの塊。
そして確かにユリナの攻撃と比較した場合にはたいしたことがなく、この程度のものは別にどうということないというのがこちらの感想である。
おそらく英雄船に直撃したとしても、沈みはするものの木っ端微塵というわけにはいかなかったであろうその攻撃は、特に気にせず……と、紋々太郎はそうでもないようだ、というかかなりビビッているではないか。
新キジマ―も同様に、今の攻撃に対してかなりの衝撃を受けている様子が窺える表情。
一体あのゴミ光線の何がそんなに驚きだというのだ? その2人以外は本当に何とも思っていないのだが……
「……勇者君、これはかなり拙いことだと思うよ」
「どうしてですか? 威力はイマイチですし、あの砲台みたいなのを破壊してしまえば脅威度は全くのゼロですよ」
「しかしだね、あの技術は我々が持っているダンゴの精製技術と全く同じものなんだ、粗悪品ではない、ホンモノのダンゴを精製する次元のな」
「というと……どういうことですか?」
「つまり、敵は既にしっかりしたダンゴ、我々が使っているような高品質なモノの精製に成功している可能性が高いということだ、しかも余剰分の精製装置や生贄を、あんなどうでも良さげな攻撃に回す程度には材料等が豊かである、そう考えることも出来ないかね?」
「む、言われてみればそうですね、この地域は敵のダンゴ生産拠点、そして今敵の手元にあるダンゴは、俺達が今まで西方新大陸で見てきたような、1日3回は接種しないと全身がグズグズに崩れて死ぬような粗悪品じゃないと……いや、しかしそれでもですね……」
紋々太郎の懸念はわからなくもないのだが、それでもこれまでにこの地域で出現した敵キャラ共は、少なくともその『ちゃんとしたダンゴ』を用いている様子がなかった。
というかあの3人娘が『黄泉式』で尻から出したというダンゴを有り難がって喰らっていたような連中にしか出くわしていない。
そうなってくると、敵が地域全体の兵員に行き渡らせるだけの『ちゃんとしたダンゴ』の生産を出来ていない、量産が間に合っていないのではないか、そう考えられるということを紋々太郎に伝えてみる。
しかしそれでも納得がいかない様子だ、紋々太郎の予想では、その精製された『ちゃんとしたダンゴ』に関しては、そっくりそのまま西方新大陸に送られ、この島国内で用いられることがないのではないかとのこと。
その辺りがどうなのか、この場で話し合って看破することは難しいか……よし、今対面している敵船の中身、おそらく正面と右側の先頭の船に搭乗しているであろう指揮官を生け捕りにして、そいつから話を聞いてみることとしよう……
「セラ、ユリナ、今から普通に敵を殲滅するが、先頭のあの変なダンゴ精製塔モドキが付いた船だけは殺らないでくれ、ちょっと拷問してやりたい連中が居るはずだからな」
「わかったわ、後ろから狙うのってちょっと大変だけど、頑張ってどうにかなるようにする」
「おう、その辺は頑張ってくれや、で、精霊様は逆にその先頭の船に乗り込んで、何か親玉っぽいビジュアルの奴を攫って来てくれ、あ、直に触ると汚いかもだから、倉庫からズタ袋でも持って行くと良い」
「ええ、そうするわ、じゃあすぐに作戦開始ね、ちなみにセラちゃん、ユリナちゃんも、うっかりでも私に攻撃を当てたら怖いペナルティがあるわよ」
『は~い』
ということですぐに作戦開始、正面の敵は攻撃第二波の準備を、右側の敵は最初の攻撃の準備を始めていたようだが、こちらにとって特に問題が生じるものではない。
そのまま飛び去った精霊様と、遠距離魔法攻撃を放つ2人によって、2方向の敵船団はあっという間に壊滅、その大半が海の藻屑と消えた。
今現在、精霊様が持ち帰ったズタ袋が甲板には5つ、全てモゾモゾと動いているのだが、中身は楽しいプレゼントなどではなく、どうせ薄汚いおっさんがそれぞれ1匹か2匹ずつ入っているのであろう。
だがこのまま放っておいても仕方がない、袋を開けて、中の汚いブツを拷問することとしよう……
※※※
「オラァァァッ! 死ねやこのボケナスがぁぁぁっ!」
「ギョェェェェッ!」
「ちょっと勇者様、何も聞かずに殺そうとしないでよね」
「そうだぞ主殿、ちゃんと情報を引き出してから締めるんだ」
「全く、つい昨日までは美味いコーチンを締めていたのに、どうして今日はこんな汚いおっさんを締めなきゃならんのだ」
「勇者様はコーチンも全然締められてなかったと思うんだけど……」
「余計なこと言うの禁止! で、お前だよお前、そこのおっさん、あのダンゴ精製塔は何なんだ? どうしてあんなしょぼくれた兵器に、あんな凄いモノを用いる余裕があるってんだ?」
「そ……それは……」
捕まえて来たおっさんら、こいつらは主に2方面から攻め寄せた敵船団の上層部だそうで、明らかに身形の良いのをピックアップして精霊様が捕獲したものなのだが、とにかく適当に殴って話を聞く。
で、どうやらあのダンゴ精製塔、攫った島国の技術者から盗んだ、というよりも強奪した情報を用いて作成したは良いものの、小さすぎるため別の用途に流用したものであるとのこと。
そして本格的なものは、これから向かう敵地の、海沿い地帯に5つ設置されているのだそうな。
だがそれらは現時点で未稼働であると主張するおっさん共、示し合わせた様子もなく口々にそう答えている。
せっかく造った『正式の』ダンゴ精製塔をどうして未稼働のまま放っておくのか? 捕まえた技術者も居るはずだし、制圧地域の現地民を人質にしているのであれば、それこそ生贄にも事欠かないはずであろうに……
「で、何が足りなくてダンゴ精製塔が稼働出来ないってんだ? あんっ?」
「上手く動かないんだっ! 生贄も捧げているし、ダンゴ何とかっていう技術者だって殺すと脅して儀式をさせているっ! 一体何が悪いのかわからないんだよっ!」
「だが精製塔はあの船にあったものように兵器にもなる、本来はダンゴを得るべく造り出した巨大な塔を傾けさえすれば、それも同じことだ」
「そうだっ! 岸に近付いてみろっ、それを使ってこんなぼろ船なんぞ木っ端微塵にしてくれるわっ! フハハハッ!」
「うっせぇよ、笑ってないで死ねっ!」
「ギョォォォォッ!」
「ひぃぃぃっ! いきなりこ、殺すなんてっ……」
「お前等もすぐに同じ目に遭わせてやるから安心しろ、ちなみに俺達のこのぼろ船が木っ端微塵になると言ったな? 見えてさえいないのに、しかも回避楽勝なのにどうやってそんなことするつもりなんだ?」
「しかもさ、まだ今のところは精製塔を傾けたりしてないんでしょ? 私達が接近したのを把握して、それから決断して作業して……その前にあんた達の本拠地を蹂躙し尽くす自信があるわよ」
「そ、そんな……ひぃぃぃっ! 死にたくないっ、死にたくないっ、アハッ、アハハハハッ、ヒョォォォッ、ぶひっ……」
「壊れやがったか、情けないゴミ野郎だよホントに」
雑魚共は惨殺処分し、そのまま船を進める……陸地に精製塔らしきものが5本聳え立っているのが見えてきた。
かなり大きいのだが、大気の影響か、凄く歪んでいるように見えなくもない、いや、実際に歪んでいるのではなかろうか。
というか、もう何だか倒れそうな予感、もちろん充填されたエネルギーで攻撃するために、あえてこちらに向けてくるというわけではなく、自然に倒壊してしまいそうな状態なのだ。
もしかすると、本当にもしかするとなのだが……島国の知識で『ちゃんとしたダンゴ精製塔』に辿り着いたのは良いが、それを造り上げるだけの技術力がなかった。
或いは純粋に、欲張って巨大なものを設計した結果、能力のキャパをオーバーしていたのか。
いずれにせよ、ひとつだけ確実に言えることがある、あの精製塔は大変粗末なモノであるということだ……




