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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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702 移動中の出来事

「え~っと、こっちがニンニク多めで~、こっちがニンニクなし、あ、それとマーサちゃんにははい、大葉をみりん醤油漬けにした何か美味しいやつです~」


「ありがとうアイリス、徹夜で作業は大変だっただろう、この後の護衛はエリナと、それから残るスタッフの連中がやってくれるから、アイリスは安心して寝ていてくれて構わないからな」


「は~い、いってらっしゃ~い」



 戦いへ赴くのは2隻の船、英雄船と勇者船、それからそれぞれの船に大量に積み込まれた、昨晩から漬け込んである鶏肉、これをから揚げにしつつ進軍するのだ。


 もちろん揺れる船上、そしていつ始まるかわからない敵との戦闘、そのような中で揚げ物をするのはかなり危険であることは重々承知である。


 だがここでから揚げを調理しなかった場合、おそらくは一生涯後悔し、今後は絶望の人生を送ることになるのは明白。

 自分達の未来のためにも、多大なるリスクを冒してでも船上での揚げ物に取り掛からないといけない、そういう状況なのだ。



「ちょっと、油が汚れる前に私用の海苔天を揚げてよね、あとほら、まだ何もしてない大葉を貰って来たから、こっちも天ぷらにしてくれると助かるわ」


「マーサ、そういうのはミラに頼んでくれ、いや別に俺が調理してやっても良いがな、出来上がったものは命が吹き込まれていようが僅かな刺激で大爆発を起こす物質に変性していようが、必ず最後まで、責任をもって食べて貰うからな」


「そ、それなら良いわ、うん、ちょっとミラちゃんにお願いしてくる、さすがに世界を滅ぼしかねない新種の人工生命体とか、そんなの食べたら体に悪そうだもの」


「その通り、わかったのなら俺に調理させようとせず、ちゃんと『料理』を作ることが出来る人間に任せることだな」


「勇者様、そんなこと言っていて情けなくならないのかしら?」


「おいセラ、イカ焼きがどうのこうのと言って革靴の残骸を精製してくるのよりは随分マシだと思うぞ、自覚がある分はな」


「残骸って、アレはちゃんとしたイカだったのよ、ちょっと焦げちゃったけど」


「そうか、この世界では靴箱でイカが釣れるんだな、ぜひ今度やり方を教えて頂きたい」


「むきぃぃぃっ! 勇者様の馬鹿! このっ、このっ!」


「ギョェェェェッ!」



 船に乗り込んで早々、というかまだ敵地へ向けて出航すらしていない段階で、ほんの少しだけじゃれ合っていたつもりのセラに半殺しにされてしまった。


 直ちにルビアの回復を受け、やり過ぎであるとのことで皆から咎められ、正座させられたセラを『うぇ~い、元気してるぅ~?』のポーズでからかいつつ、出航の準備が完了するのを待つ。


 その間にミラが慎重にから揚げを調理している厨房から、これはもうから揚げでしかないというような、非常にそそる匂いが漂ってくる。


 どうやら陸に残るスタッフ達が出航の準備に手間取っている隙を用い、ここでその重要な調理を済ませてしまおうという魂胆のようだ。


 匂いに釣られて集まっている狼獣人やドラゴンといった謎生物を掻き分けて近くに寄ると、これもまたそそる、カラカラチリチリと泡立つ表面の衣、きつね色のそれからはニンニクの香りがふわっと……



「やべぇ、これはもう耐えられないな、ちょっと早いとは思うが昼食にしないか?」


「ええ、この先で危険を冒すよりはその方が良いと思いますよ、出航したらかなり揺れますし、おそらく今の時点でもう油を溢して火事になっていたかと……」


「それはヤバかったな、というかこのままだと英雄船の方は後で火災を……まぁ精霊様が水を掛ければ大丈夫か、向こうもこのリスクは十分把握しているはずだし、特に注意するなど野暮ったいことはしなくても良かろう」


「結局そういうところは私任せなのね……まぁ、でも船の消火ぐらいは別にやってあげるわ、火だけじゃなくて変な犬畜生とかも消すかもだけど」


「おう、その辺は頼んだよ、じゃあセラもそろそろ許してやって、食堂に集まってから揚げパーティーと洒落込もうぜっ!」


『うぇ~いっ!』



 ニンニクの効いたから揚げ、原則この島国でしか存在を認められていない醤油を前面に押し出した味付けのから揚げ、どちらを取っても実に美味であり、毎日胃もたれするまで貪り食いたいと思わせるほどの逸品であった。


 なお、ここに用意されているのはまだ半分だけ、残りの半分はそのまま保存しておき、夕食時に刻んだものを出汁で煮て卵とじにするのだという、から揚げ親子丼とはまた良い響きだ……


 で、そんなから揚げが山積みになった皿、その山をどんどん崩すようにして平らげていき、やがてちょうど俺の反対側に座っているユリナの頭がチラチラと見え出した頃、ガタンッという衝撃と共に船が出航したのを感じる。


 一応俺だけが席を立ち、外の景色が動き出したこと、桟橋に居るスタッフや現地住民達は、まさか俺達が船室の中でから揚げに夢中だとは思っていないようで、こちらに向かって必死で手を振っているようだ。


 まぁ、ここまでから揚げのことしか考えていなかったのだが、そろそろ真面目に敵地攻略のことも考えることとしよう、ちょうど腹も一杯になってきたところだしな……



「お~い、やっぱり出航していたみたいだ、まだ食べていても良いと思うが、満足した奴から甲板に出て、敵の接近がないかを見張る感じで頼む」


「あ、それなら私はそろそろ……姉様はまだ……」


「私もこれ以上食べると太りそうなので良いにしておきますの、ねぇジェシカ」


「ギクッ……そ、そうですね……実は私もこのぐらいにしておいた方が良いのかなと思っていたところでして……」


「ジェシカ、その両手に持ったから揚げを食べてからそういうセリフを吐くんだ、そのまま言ってもまるで説得力がないぞ」


「すまない主殿、ではユリナ様とサリナ様はこのままごゆっくり、私と主殿で見張りをしますから」


「あ、俺も見張りに出ることは確定しているんだな……」



 他のメンバーはまだ食べ足りない様子の者、食べ飽きてはいるものの、もはや動くことさえままならず、とても見張りなど出来かねる者など様々である。


 ということで、仕方なしに俺とジェシカの2人で見張りに……と、セラも出て来た、さすがにこの体型では食欲の限界が早いようだな、子ども体型なのに大食いなカレンとは大違いだ。


 で、早速3人で甲板へ出て風に当たる……ちなみにから揚げと対になる存在として知られている酒を、どうしても我慢することが出来なくて飲んでしまったのがこの3人と、未だに中で堂々と泡を啜っているルビア、精霊様の5人であった。


 まぁ、とにかくから揚げに関してはもう良いにしよう、思い出すと胃もたれが促進されそうだ。

 ここからは敵との遭遇に備えた見張りに全力を……しまった、まだ午前中だというのに眠くなってきたではないか……



「あ、ちょっと勇者様、寝たらダメでしょっ」


「無理だ、この睡眠欲には逆らえない、ほら、ジェシカだってちょっと眠そうだろうに」


「……う……うむ、寝ないから安心……してくれ……ふぁ~っ」


「全く、2人共緊張感がないわね、こんなんじゃいつ敵が出て来ても対応出来ないわよ、ほら、そろそろ半島の先端を越えるの、ここからは内海だから敵の領域、というかこの間二枚貝に襲われたエリアももうすぐなのよ」


「セラ殿は元気だな、少しで良いからそのパワーを分けて欲しい……ふぁ~っ」


「おいジェシカ、それじゃあギブアンドテイクの原則が崩れてしまうぞ、こういうのは双務契約が基本だ、セラが元気を分け与える代わりに、ジェシカからはその豊かなおっぺけぽっ!」


「勇者様、それ以上言うと砕くわよ」


「も……もう砕けました……」



 またしてもふざけていてダメージを負ってしまったのだが、一応今は戦闘前、厳戒態勢のはずなのである、本来であればこんなことをしている余裕はない。


 だがそれについてあまり緊張感がないのは、やはり前を行く紋々太郎の英雄船にて、しっかり見張りがなされていることを確認済みであるからだ。


 常に新キジマ―が船首に立ち、全方位を監視、もし不自然な点があればすぐに飛び立ち、周囲をグルっと1周して安全を確認しているような状態なのだから。


 その新キジマ―の活躍を……と、今は居ないようだ、どこかを飛んでいる様子もないし、休憩時間にでも入ったのであろうな。


 仕方ない、この間だけ俺様の千里眼(自称)を用いて索敵をしてやることとするか。

 俺様の力であれば、迫り来る敵などもう活動を開始した瞬間に発見して、向こうがこちらに気付く頃にはもう海の藻屑に……



「zzz……ん? あっ、主殿、ちょっとアレを見てくれないかっ!」


「おうジェシカ、何だよ急に? アレって……俺には水平線しか見えないぞ、だいいち敵が外海側から来るとは思えないんだがな」


「いや、その水平線に少し何か……やっぱり船だ、敵船らしき船が30席程度こちらへ向かっているぞ」


「……いえ、あの感じは英雄船の方を目指しているわね、狙いは向こうよっ!」


「ぜんっぜん、なんっにも見えないんだが……蜃気楼とかじゃなくて?」


「主殿はどれだけ目が悪いんだ……とにかく英雄船の紋々太郎殿達にこのことを伝えなくては」



 伝えなくては、そうは言うものの、実際にこの船をコントロールしているのは俺達ではない。

 半島を目指していた時もそうであったのだが、とにかく全て始祖勇者の導きによって動いており、そこにこちらの何かが介入する余地はない。


 そのため敵を発見したからといって、そしてその敵がこちらではなく、前を行く英雄船をターゲットに選定していることが確実だとしても、何かをどうこうする力はこちらにはないのであって……



「……おっと、俺にも見えてきたぞ、明らかにこっちを回避して、英雄船の方を目指している感じだな」


「でしょう? こっちの方が凄く近いのに、どうしてそうするのかしら?」


「きっと敵側には私達よりも良く見えている何者かが居るんだ、それで、こちらに比べて英雄船がリペアだらけ、ボロボロになったものを応急処置しただけの状態で航行していることを看破しているんだ」


「そいつはやべぇな、だがどうやって……と、この船の『導き』も状況に気付いたみたいだな、ちょっと英雄船側に舵を切ったぞ」



 しかし何というか、この船の動きは『甲板に出た俺達の会話内容』に左右されている、とまではいかないが、一定の影響を受けているような気がしなくもない。


 徐々に近付いてくる英雄船、甲板に人の気配はなく、先程まで行われていた見張りはちょうど最悪のタイミングで成されていないようだ。


 俺達の乗る船が早いか、それとも接近する敵船団が英雄船を射程に収めるのが早いか。

 いや、ギリギリで俺達の方が早い、このまま行けば間に割り込み、最初から満身創痍である英雄船への攻撃を阻止することが出来るはず。



「良い感じだぞっ! このまま、ブァーッといってガーッと間に入るんだ、ジェシカ、ちょっとユリナと精霊様を呼んで来てくれ、リリィは……まだ食い意地の方が強いだろうから置いて来て構わん」


「わかった、すぐに……⁉」


「……はぁっ⁉ おいっ、何か知らんが爆発したぞっ!」



 英雄船が敵の射程圏内に入るのはまだまだ先、おそらくジェシカがユリナと精霊様を呼んで来てもまだ余裕が、場合によってはから揚げよりもこちらに興味を示したリリィがひょっこり顔を出すぐらいの時間があったのだ。


 だがその予想とは裏腹に、突如として英雄船が爆発、船室部分から火の手が上がったのである。

 いや、あの感じは攻撃を受けたのではなく、内部に何かが仕掛けられていたと見るのが妥当か。


 そもそも敵の攻撃など、そこまでの射程を持っている可能性はまずない、海上につき位置関係の把握は難しいが、現時点でその敵船団がセラの射程にすら入っていないことを考えれば、まずもって敵船からの攻撃が英雄船に届いたなどとは思えない。


 となるとやはり英雄船側、その内部に何かが仕掛けられていた、そして敵が襲来したこのタイミングでそれが発動する、そう仕組まれていたと考えるのが妥当だ……



「クソッ、整備をしていたスタッフや現地住民の中に裏切り者が居たんだ、ほぼ確実になっ」


「そうね、アレはあのチンパンジーが弄っていた英雄武器、パイナップルだっけ? あの爆発規模をかなり上回っているわね」


「うむ、どちらかというと中で油壷爆弾が炸裂した感じだな、とにかく私はユリナ様と精霊様を呼んで来る、すまないがその間の追加対応はセラ殿に頼みたい」


「わかったわ、ジェシカちゃんとにかく精霊様だけは早くした方が良いわ、このままだと英雄船、燃えて炭になっちゃうかも」



 炎上する英雄船の中から人が、もちろん人というのは紋々太郎と新キジマ―であり、残りの2つは含まないのだが、そのどちらもが出て来る気配がない。


 中で消火活動を続けているのか、それとも爆発でダメージを負ってしまったのか、心配ではあるが、まずは敵船団を殲滅して安全を確保するのが先決だ。


 すぐに戻ったジェシカが手を牽いていたユリナ、そしてその後ろから面倒臭そうに登場した精霊様に事情を説明、というよりも現況を見せ付け、ユリナは敵船の攻撃に、精霊様は英雄船の救助にと仕事を割り振る。


 ちょうどそこでセラが攻撃を開始、まだかなり遠いが、それでも敵船団の戦闘をにあった船2隻を大破させたようだ……



「私も攻撃を開始しますの、ご主人様、ちょっと射角をアレしたいので肩車して欲しいですわ」


「わかった、ほらっ、これでどうだ?」


「良い感じですの、じゃあこのまま撃ち込んで……」



 セラとユリナの攻撃は続く、その間ジェシカが精霊様の向かった英雄船の確認を続けていたのだが、ここでどうやら動きがあったようだ、ジェシカの様子でそれを察した俺も、ユリナがやり辛くならない程度に視線をそちらへ向ける。


 辛うじて延焼を免れた甲板の先端、そこには軽傷の紋々太郎とフォン警部補、そこそこのダメージを負った新キジマ―、それからとんでもない大ダメージを負った犬畜生、チンパン野郎の姿があった。


 犬畜生とチンパン野郎はかなりの大やけどだ、きっと油壷爆弾か何かが炸裂した際、偶然近くに居たのであろう、ざまぁみやがれ畜生共が。


 で、精霊様の活躍によって英雄船の火災が鎮火、その英雄船に俺達の勇者船が横付け、さらにセラとユリナによる敵船団の殲滅がほぼ同時に成し遂げられる。


 こちらでは再び船内に走ったジェシカが、現状で唯一の回復魔法使いであるルビアの手を牽いて戻った……



「え~っと、まずはどうしたら良いですかね? え~っと……」


「ルビア、まずはキジマ―の方から治療してやってくれ、その次は軽傷の2人だ」


「残りの2人、というか2匹はどうしますか?」


「それは紋々太郎さんに聞いてくれ」


「……その2匹は……とんでもないことをやらかした死ぬべき輩ではあるが、今は治療して欲しい、あとで確実に殺す」



 一体英雄船で何があったのか、それを聞くのはまず全員の、もちろん念のため治療してやる犬畜生とチンパン野郎の処理が終わった後だ。


 既にユリナとジェシカが船同士に橋渡しをして向こうへ渡り、原因となった時限爆弾? の調査を開始しているのだが、損傷が激しいため難航しているらしい。


 で、キジマ―、紋々太郎、フォン警部補の順で治療が終わったのだが、どうも残りの畜生共に関してはダメージが大きく、ルビアの力をもってしても再生に10分以上必要なようだ。


 まぁ、さすがにほぼ黒焦げではそれも仕方なしか、以前俺がペラペラに押し伸ばされ、しかも製麺までされてしまった際に15分を要したことを考えれば、その程度の時間が必要になってもおかしくはないのだ。


 しかしそうなるとそんな連中、おそらく何の情報源にもならないようなゴミ共が元に戻るのを待つというのも時間の無駄である。


 ここは回復した3人から話を聞き、英雄船に仕掛けられていた爆発物の正体を模索し、犯人逮捕に繋げることとしよう……



「それで、何がどうなってあんな突然に爆発炎上したんですか? 凄まじい威力でしたよ」


「……油だ、油が爆弾になったんだ」


「というと……やはり船内に油壷爆弾が仕掛けられていて、それが何らかのきっかけで炸裂したと、そういうことですね?」


「いや勇者殿、油壷爆弾ではなく油だ、俺達はノリノリでから揚げを揚げていたんだが、興奮しすぎたそこの2匹、主にチンパンジーの方なんだが……」


「……野郎、アッツアツの油の中に、あろうことかパイナップルを投げ込みやがったんだっ!」


「……えっと、じゃあ敵の策略とか、スタッフの中にスパイが居て仕掛けをとか、そういうことは?」


「一切ないと思う、全てこの英雄パーティーの2匹が、違法なシャブでラリッたせいで引き起こされたことだ、というか敵? もう敵が出現するような位置に来ているのか?」


「い、いや、もう何というか……ほら、30隻程度の敵船団を殲滅したところだ……」



 どうやら紋々太郎に新キジマ―、それにフォン警部補も、今の今まで敵船団の、その残骸の存在に気付いていなかったようである。


 まぁ自船があの状況では無理もないが、とにかく俺達が早めにから揚げを食べ終わって、甲板に出なかったとしたら非常に危険な状況であった。


 もしかしたら勇者船も、敵の攻撃によって調理の油が飛び散り、火災を起こしていたかも知れない。


 そうならなかったのはやはり俺様の日頃の行いが良いからなのだが、まぁ皆の食い意地が張っていて、早くから揚げパーティーをしたかったということもその要因のひとつとして挙げておこう。


 しかしから揚げの魅力、そしてそれに心奪われた際の危険、なかなかのものだな。

 調理の際には油を使う以上、安全に配慮し、少なくともパイナップルを持ったシャブ中だけは近付けないよう心掛けなくてはならない。


 まぁ、そんなことはどうでも良いとして、もうから揚げにも満足したことだし、このまま英雄船を曳航しつつ湾内を目指そう……

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