701 鶏頭野郎
『お~いっ! 何か鶏のようなものの群れがこちらに向かっているぞ~っ!』
『一応避難するんだっ! 鶏とはいえあの大群は何かがおかしいっ!』
『誰かっ! 養鶏場のオヤジを呼んでくれっ! 奴等の種族を確認するんだっ!』
俺達が酒を飲みながら会議を始めたところ、突如として騒がしくなった岬の拠点内部。
最初に騒ぎ出したのは先端、中央に位置する施設で見張りを行っていたスタッフと現地人の一団であった。
鶏のような何か? が群れを成してこちらに迫っているということだけはわかったのだが、果たしてどちらから、どの程度の大軍で……と、篝火に照らされて見えた、どうやら海を渡って来たようだな。
まぁ、暗くて群れの全体は良くわからないのだが、辛うじて見えている先頭付近の飛来物は完全に鶏。
しかも通常サイズにしか思えない、しかしどうして庭に居るはずの鶏が集団で飛来するというのか。
もしかしてこの世界の鶏は渡り鳥……と、そんなはずはない、鶏は鶏だし、この世界に来てから何度も、もちろん肉も卵も食べているのだ、転移前の世界の鶏と性質を異にする点はないと断言出来る。
「はい退いた退いたっ! 養鶏城のオヤジ様のお通りだっ! 道を開けてくれっ!」
「大丈夫だ、ここからでも見えるぞ……あれは……足が灰色で比較的大きめの……伝説の鶏、コーチンだね」
「コーチンって伝説なんだ……」
なるほどあの二枚貝の大海神様から始まり、次は岸男の大陸神様、そして同じく『こういう感じの地域』の名物であるコーチンが『大空神様』ということか。
しかしこれまでの2体とは違って、単体の巨大なコーチンが攻めて来るわけではなく、普通のコーチンが、何者かに操られたかのように集団で襲って来ているのだ。
もしかしてこれは敵の、大空神様軍の本隊ではなく、反対側の陸地から異変を察知したため送って寄越した先遣隊、様子見のジャブ、そんな感じなのではないかといったところ。
しかも相手は普通の鶏なのだ、少しデカいのだとはいうが、それでも放っておいて大丈夫であろう。
脅威になりそうなのは空からウ○コを投下してくるという、全ての鳥類に共通した攻撃ぐらいのものである……
『謎の鶏集団が上空に差し掛かりますっ! 総員警戒態勢をっ……ぐぁぁぁっ!』
『卵だっ! 卵爆弾を投下してきたぞっ!』
『なんという濃厚さっ! なんという栄養価だっ!』
『うみゃぁぁぁっ!』
「……何か阿鼻叫喚のようなんだが……どうしようか?」
「勇者様、コーチンの卵はとんでもない高級品ですよ、何せ伝説の鶏なんですから、可能な限り回収しましょう」
「おう、じゃあ頑張ってくれ、俺は屋根下から魚獲り網でも突き出して協力するよ」
上空に差し掛かったコーチンの集団、それらは卵爆弾を投下し、集っていた地域住民やスタッフらにダメージを与えていく。
だがその卵はホンモノの、あの独特な色をしたコーチンの卵、つまり高級品だ。
さらにこの世界ではコーチン自体が伝説の鶏ということもあり、もはや空からワレモノの金塊が降ってきているのと同じ状況。
守銭奴のミラは汚れることを厭わず、外に出て降り注ぐその卵をキャッチしようと試みる、もちろんセラも、そして比較的言うことを聞かせ易いルビアやアイリスなども駆り出して卵集めに勤しむ。
そして他のメンバーのうち約2名、それと用もないのに英雄パーティーのコテージから出て来た役立たずの犬とチンパンジー、それらは卵だけでなく、上空を通過するコーチンそのものにも反応しているようだ……
「ご主人様、あの鶏は食べられるんですか? 美味ですか?」
「あぁ、もちろん肉も食用になるぞ、卵だけじゃなくてな」
「ほう、じゃあリリィちゃんと2人で獲りに行っても良いですか? 漁師の人に網を借りて」
「構わんが、頼むから上空で焼き鳥をしようとするなよ、アレが燃えながら落ちてきたらひとたまりもないからな、拠点は壊滅だ」
「わかりました、なるべくそうしないように頑張りますっ!」
「なるべくじゃなくて確実に頼みたいんだが……」
不安を胸に抱きつつ、飛び去っていくリリィとその上に跨ったカレンを眺める、ちなみに背が低いのでまともに乗る事が出来ないカレン。
セラ辺りに協力して貰うようにしたらどうかと提案したが、そんなことをしている間に得物が、などと叫んで飛んで行ってしまった、落ちないことを祈ろう。
しかし凄い数の鶏、というかコーチンだ、これだけ居ればかなり大規模な養鶏場を経営し、それによって莫大な利益を……おそらく犯罪者共もサイドビジネスとしてそれを考えていたに違いない。
この地域から伝説であって実に希少なコーチンを掻き集め、大空神様である、どう考えても巨大なコーチンであろうボスキャラに支配させ、卵や肉を獲得、どうにかして西方新大陸にでも売ろうと考えているのであろう。
結局その掻き集めたコーチンを、こんなタイミングで攻撃用に使ってしまい、今まさにカレンの投げた投網によってかなりの数が絡め取られている、そしてこの後それが俺達の食卓に上がることを考えると、まぁそのサイドビジネス作戦は失敗に終わらせることに成功したと考えて良さそうだ。
と、そこで上空のコーチン軍団が通過し切り、再び晴れた夜空が顔を見せる……結局死者はゼロ、重傷者もほとんど居ないであろう戦闘後の状況。
確かに割れまくった卵で拠点全体を汚されてしまってはいるのだが、それは腐ってしまう前に掃除すれば良いのだし、特にこれといった問題が生じるようには思えない
むしろ食糧を投下してくれたこと、さらにはコーチン自体が獲物となってくれたことにより、どちらかというと俺達が潤っているような気がしなくもないのだが……
「見て下さいご主人様、鶏がこんなに獲れましたっ!」
「おうおう、凄いじゃないかカレン、リリィ、全部で500kgぐらいあるぞ」
『しかも聞いて下さいっ、1羽だけゴールドの奴が混じってたんですっ……あれ? 確かこの辺に入っていたような……居なくなっちゃったのかな?』
「ゴールドの鶏がか? もしかしてそれ、群れのボス、いやコーチン軍団の指揮官とかなんじゃないのか? ちょっと根詰めて探した方が良いかもだぞ」
カレンが持っている網の中にも、リリィがドンッと地面に置いた網の中にも、今リリィが言っていたようなゴールドの鶏は見当たらない。
しかし逃げ出すようなタイミングはなかったはずだ、もちろんテレポートなどというトンデモスキルを拾得している凄い鶏でない限りはだが。
ということで人を集めて捜索、ついでに網の中の鶏を締めつつ金色に輝く高級そうな鶏を探していく。
勇者パーティーも英雄パーティーも、それにスタッフや現地人も、総出で網の中から鶏を引き出し、確認する。
だがなかなか見つからない、もしかして敵軍の将を取り逃したのでは? そんな焦りが見えてきたところで、網のひとつを確認していたスタッフから悲鳴が上がった……
「ぎゃぁぁぁっ! や……やらっ……」
「大変だっ! 1人殺られたっ!」
「いや、いくら何でもコーチンに殺られんなよ……って、そいつゴールドじゃねぇかっ!」
『ふんっ、バレてしまったようだな、同胞の抜けた羽を纏い、この姿を隠していたというのに』
「コーチンの分際で喋ってんじゃねぇぇぇっ!」
『コーチンだと? 少し違うな、いや元はそうであったのだが、我が名は皇朕、利益に目の眩んだ、そして我をこのような姿にした人族共からは大空神様などと呼ばれている』
「お前が大空神様? 何が『大』だよ、もっとデカいのかと思いきや普通の鶏じゃねぇか、調子乗ってっとアレだぞ、トサカ毟んぞコラ」
『フハハハッ! 確かにこのサイズではそう思われるのも仕方ないな、だがどうしてこんなに小さいのか、それはわかるな?』
「わかるわけねぇだろこの鶏野郎! きめぇから喋ってんじゃねぇっつってんだよゴラァァァッ!」
『おっと、気の短い奴め、我はな、同胞に紛れてこの地へ侵入、そしてその紛れていた同胞達が貴様等に喰われている間に、サイズを元に戻してこの地を頂こうと思っていたのだっ! あの西方新大陸から来た連中との盟約に従ってなっ!』
「なっ、なんてこった……」
叫びと共に光り輝いた鶏野郎、もちろん放った光の色はゴールドであった。
いやそんなことはどうでも良い、というかそもそも鶏の分際で喋って光ることが問題なのだ。
で、その光景に見とれている間に、鶏野郎のサイズはグングンと……なんと、ドラゴン状態のリリィよりもふた周りほどデカいバケモノになってしまったではないか……
『どうだっ! これが我が本性、大空神様と呼ばれるだけはあるだろうっ!』
「だ……ダメだっ! 逃げろぉぉぉっ!」
『ひぃぃぃっ! もうお終いだぁぁぁっ!』
「……どうやら混乱を引き起こすことが狙いのようだね、勇者君、この巨大な鶏はやはり強いのかね?」
「強いとは思いますが……おいお前、ちょっと飛んでみろ」
『フンッ、何を人族によるカツアゲのようなことを言っているのだ』
「だから飛んでみろって、跳んでみろじゃなくて飛んでみろ、空をな」
『な……なぜ貴様のような雑魚キャラ然とした顔立ちのゴミ異世界人の指示に従わねばならぬのだ、我は大空神様だぞ、わかるな?』
「おう、凄く良くわかるぜ、お前、そのサイズになるともう飛べないんだろう」
『そそそそっ、そんなことはないぞっ! 何といっても我はアレだ、ほら大空神様なのだっ! フハハハハッ!』
明らかにキョドる大空神様、というかデカいコーチン、久しぶりに用いた俺の特殊なチート能力によって、もはやコイツに飛行能力が残っていないことはもう把握済みだ。
まぁ、だからといってコイツが弱いというわけではなく、今現在逃げ惑っている現地住民や連れて来たスタッフなどが相手であれば、100人程度を秒で粉微塵にする程度の力は持ち合わせている。
そしてその力はフォン警部補や犬畜生、チンパン野朗と同程度か少し上、さらに新キジマーよりは僅かに下で、英雄である紋々太郎と比較した場合、おそらく1分も持たずにブチ殺されるレベルの強さ。
つまり、俺達勇者パーティーのメンバーのうち、誰か1人にでも目を付けられればコイツは終わり。
直接戦闘が苦手な部類のルビアやサリナであったとしても、まず間違いなくワンパンで胴体に風穴を空ける、または頭部を消滅させることぐらいは可能なはず。
ということでもはや何も心配は要らない、むしろ如何にして『食べられる部分を残すのか』という点に注意を払って戦うべきところなのだが、既に臨戦態勢に入ったカレンとリリィが居る。
そして巨大コーチンの肉の売却によってどのぐらいの利益を得ることが出来るのか、そう考えて目を輝かせているミラと精霊様によって目を付けられてしまっている状態。
現状、もはやこのコーチン馬鹿野郎には逃げる以外の選択肢がなく、もし逃げ出したところで、あっという間に捕まり、食肉処理されてしまうのがオチなのである……
『いや、本来は飛ぶところを見せ付けて、我は凄く……ととっ、しまった、3歩、3歩進んでしまった……えっと、何でここに来たんだっけ? てか我は何者ぞ?』
「飛べないうえに鳥頭なのかよ、リアル3歩で全て忘れてんじゃねぇ」
『え? お宅さん達どちら? 人族のようだけど、我に何か用でも……ふげろぱっ! え? あれ? 真っ暗で……』
きっとこれまで、ケージのような場所に入れられて身動きが取れず、絶対に『3歩』歩くことが出来ないようにされていたのであろう。
ゆえにこの鳥頭にして自分が何者か忘れることもなく、しかも雑魚キャラの分際で大空神様などと言われて良い気になっていたと。
全くとんでもない鶏野郎なのだが、我慢出来ず、離している最中に飛び掛ったカレンの一撃で首を弾き飛ばされ、その存在を伝説の『首なし鶏』へと変えた大空神様。
頭が悪すぎて、というか頭を失って、自分に何が起こっているのか全く理解出来ていないようだ。
あとはもう血抜きして肉を……いや、良く考えたら先程まで会話していた相手を食卓に上げたくないな、それがまともな人間の感性であろう……
『く、クソッ、何が起こって、我は何者で……ハッ、こんな感じが以前にも……そうだっ、頭のおかしい人族が、アニマルウェルフェアがどうのこうのと言って、それでケージから出した我を3歩……全てを忘却してしまうのはあの時以来、そしてそれをやらかしたのはそう、西方新大陸から渡って来た犯罪組織の連中だっ! 我はっ、我はぁぁぁっ!』
「……おかしくなっちゃいました、ご主人様、どうしますかコレ?」
「う~む、まぁアレだ、何かかわいそうだから止めを刺してやれ、コイツも人間の、西方新大陸から来たわけのわからない連中によって色々とやられた被害者のようだからな」
「わかりました、じゃああとは美味しく頂きます、えいやっ!」
『ほげっ……わ、我の鶏胸肉が……』
大空神様は絶命し、その直後より血抜きを施され、解体されて巨大な鶏肉と相成った。
本当にかわいそうな奴だ、西方新大陸から来た、危険な思想を持つ連中によってこういう感じにされたのであろう。
きっとその連中は『肌が白いことを優等であると考えている』連中であり、自分達が他の動物を趣味でどうこうするのは当たり前、だが有色人種が同じようなことを、食べるためであってもすることは絶対にNGだと考えている輩だ。
転移前の世界にもそういう連中が一定数居たこと、そしてそういう考えに迎合しない人間を、あたかも犯罪者のように扱うことで自分達が優位な立場からものを言い、さもそれが当たり前であるかのように振舞っていたことなど、仲間に話してやりながらその他のコーチンを解体していく。
そういえばこの地域に来た際の最初の敵、『大海神様』も同じような感じであったな。
奴は二枚貝を改造したものであったが、それをやった奴の考え方はこの巨大コーチンを改造した奴と同じであった、または同一人物がやったものであることに疑いの余地はない。
またこの地域の犯罪組織、その構成員共を惨殺する理由が増えてしまったな、土地を奪うだけでなく、ここでかねてより食されてきたものに手をつけるとは……
「……ふぅっ、こっちは解体終わり、私は50羽やったわね、養鶏場の人とか、あとどっかの農学部の先生は100羽以上やったみたいだけど、勇者様はどう?」
「うむ、1羽目がなかなか手強くてな、コイツはすげぇ、他の鶏とは防御力が段違いだぞ、ほら、まだ活きていやがる」
「下手すぎるだけじゃないの……私に貸して、ほらこうやって……こうでこうで……はい終わりっ」
「ほう、その鶏はセラが弱点属性だったようだな、俺はもっと別の、俺が弱点属性の奴に手を付ければ良かったと今になって思っている次第で、決して実力が伴わなかったわけではなくてだな、これをもって俺が……」
「本当にしょうがない異世界人ね……あ、でもこれでこっちから対岸に渡って攻め込むか、それとも向こうから攻めて来るのを待つのかって話はなくなったわね」
「そうだな、どういうわけかこんなにも早く敵さんが来てくれて、しかもそこそこの雑魚だったわけだからな」
「でもそうなるとアレよね、これからどうするべきか、もう一度話し合いをしなくちゃならないわよね」
「うむ、とはいえもう残っている敵は本拠地、名古……じゃねぇや、湾奥の方の、おそらくは大都市がある地域だけだ」
「次はそこへ攻め込む、もうこの地域だとそれしか選択しがないってことね……」
既に大海神様、大陸神様、大空神様の討伐を終えたことになる俺達遠征チーム、残るは何ちゃら大権現が守っているのであろう湾奥の都心部、この帝国、確かエビフリャーがどうとか言っていたが、その中心に巣食う敵とその協力者の討伐のみ。
そして追加的に、ここへ来る直前で発覚した『黒ひげ』の一族によって守られている始祖勇者の玉、それの解放を終え、土産物と土産話(結果報告)を持って帰るまでが今回の遠征だ。
もちろんこの後は『白ひげ』にまつわる地域である『とうほぐ地方』にも行かなくてはならず、そのまま英雄のベースであるあの桃の地域へと戻るわけにはいかないのだが、とにかくここでのメインミッションは優先して片付けなくてはならない。
そのごコテージへ戻ると、今度は酒だけでなく鶏肉を持った紋々太郎、キジマー、フォン警部補の3人がやって来る。
飲み直しながら作戦会議の仕切り直しをしようとのことだ、鶏肉は……カレンの要望で山盛りチキンステーキへと変化した……
「……では勇者君、やはり速攻で仕掛ける、そういう作戦でいきたいのかね?」
「ええ、海を挟んで反対側の相手にこちらの動きがバレていたということは、少なくとも本隊にも同じ情報が伝わっているということですから」
「確かに勇者殿の言う通りだな、敵はもう迎撃、並びに進撃の準備を始めているはずだ、俺達がここでこうして鶏肉を頬張っている間にもな」
「……しかしだね、せっかく鶏肉が手に入ったんだ、これを醤油やニンニクに漬けて、から揚げパーティーを決行するまではここを離れたくない、そう考える者も多いとは思うのだが」
「そこですよね問題は、せっかくの鶏肉、しかも伝説のコーチンときた、これをから揚げにする前に出立というのはかなり無理があると……いや、こうなったら漬けたものを持ち出すしかないですね、船上で、しかもいつ戦闘が起こるかもわからない状況で油を使うのにはかなりのリスクが伴いますが、それでも他に方法がない、速やかな進軍とから揚げ、その両立のためにはそうするしかないんです」
「……そのようだな、ではこれからスタッフらに命じ、鶏肉の漬け込みを、そして明日の朝には持ち出せるよう、さらに揚げ物に十分な油も手に入るよう取り計らっておこう」
「ええ、よろしくお願いします」
非常に難しい判断ではあったものの、思い切りと酒に酔った勢いでどうにか前に進むという決定をする事が出来た。
この地域の犯罪組織、ダンゴ生産拠点となっているであろう湾奥の地での戦いまで、もうあと一歩というところまできたのだ……




