696 岬へ
「勇者様、そろそろ船を岸に着けるそうよ」
「そうか、じゃあ準備して甲板に出るよ、と、その前に朝食はどうしよう、何か準備した方が良いかな?」
「今日はミラも準備で忙しかったし、アイリスちゃんも同じだったの、だから私とルビアちゃんで協力して作ったのよ」
「おいセラ、何を作ったんだ? 毒殺用のやべぇクスリか?」
「じゃなくて朝食よっ! はい、私手作りの朝食、メインはイカの甘辛焼きよ、ちょっと焦げちゃったけど」
「その手に持っているのは革靴の残骸じゃなかったのか……」
食べたには食べたが、やはり真っ黒な物体は革靴、または革のバッグといったところであった。
この後は上陸ポイントで船を降り、必要とあらば戦闘をこなしていく予定なのだが……とりあえず腹を壊さないことだけを祈っておこう。
で、甲板に出ると周囲は朝焼けに染まった海、本来なら釣りでもしていたいような時間であり、通常漁船なども忙しなく行き交っているようなチャンスタイムでもある。
しかし地域丸ごと犯罪組織に制圧されてしまっている現状では、遊漁船も漁師の漁船のいずれも姿はなく、ただただ波立つ海が広がっているのみであった。
早くこの半島を取り戻し、最低限ここだけには人が戻って来るようにしてやりたい、既に目の前まで迫った上陸ポイントの付近には、完全に荒れ果ててはいるものの畑のようなものも見える。
ここは本来地域の食料を供給する重要な半島であったに違いない、さらに近づいて見えたのは、荒れ果てた畑に並ぶ枯れ果てたキャベツのような野菜。
植えた後、収穫を待たずして犯罪組織に追われ、農家の皆さんは泣く泣く畑を、そして家屋敷も捨てて逃げ出したのであろう。
そしてきっとこの状況は、この地域にある他の人里も同じ、犯罪組織によって蹂躙され、家財を失った人々が、どこか付近の安全地帯に隠れているのはもう間違いない、いすれにせよ悲惨な状況だ。
西方新大陸から来た犯罪者連中、そしてそれに迎合しているような馬鹿野郎共には必ず、その報いとして無様な死を遂げさせる必要がある。
と、ここで並走していた英雄船から、紋々太郎が1人でこちら、勇者船へと飛び移って来た……
「……君達、上陸の準備は整っているかね」
『大丈夫で~っす』
「うむ、それでだが、目の前に見えているあの砂浜に船を付けた後、出撃が決まっている16人で一斉に降りる、その際は我等英雄パーティーが先頭になるゆえ、君達、それからPOLICEの彼はその後ろを付いて来て貰うことになるが、構わないかね?」
「OKですよ、別に後ろに居たら手柄がなくなるわけでもないし、正直あの犬畜生とチンパン野郎は率先して戦って、出来れば戦死してくれると嬉しいですから」
「そうだな、皆そう思っているし、新キジマ―もそろそろ奴等のクズっぷりに気付いてきたようだ、ご期待に沿えるよう善処するよ」
「ええ、勝って戻ったら奴等の戦死を報告して、あとオーディションもまた手伝いましょう、今度は真っ当な犬とサルを、可能であれば人間の言葉を解する奴を……」
上陸までの短い間であったが、紋々太郎と会話を交わし、その後の行動予定について聞くことも出来た。
しばらくするとズズズッという音、海岸線には少し遠いが、船の底が砂浜に接触したようだ。
他の仲間はさすがに濡れたくないということで、船べりから縄梯子を降ろし、まずは俺自身がそれを降りてみる……足元の水深は150㎝程度、かなり深く、カレンやリリィ、サリナ辺りは泳がないと沈んでしまう。
逆に背が高く、十分に顔を出すことが出来るのは俺とマーサ、次点でルビアとジェシカも顔が出る。
ということでこの4人が頭の上に全員の荷物を乗せ、岸まで運搬する方法を取るべき……
「勇者様、小舟を降ろすのでちょっと手伝って下さい」
「そんなのあるなら先に言えよな……」
「いえ、結局誰かが下でずぶ濡れになって受け止めないとなので……あ、別に大丈夫でした、やっぱり少し後ろに避けていて下さい、普通に舟を降ろしますから」
「なぁミラよ、俺が降りた意味は?」
「特にありませんでしたね、一応謝罪しておきますが、こういったこともあるものだと思って諦めてくれると幸いです」
「・・・・・・・・・・」
3本のロープでキッチリ吊るされ、安定した姿勢のまま着水する小舟の様子を眺める。
きっと救命用なのであろう、小舟といっても比較的大きく、10人程度は乗ることが出来そうな感じ。
いや、そうなると空を飛べる精霊様と、それからもう1人か2人は乗ることが出来ず、泳いでいこうということになりはしないであろうか。
幸いにもフォン警部補は既に英雄船に乗り込んでおり、スタートはそちらからとなる。
だがそれでもこの小舟の大きさではスペースが足りない、何か言われる前に乗り込んでしまおう、オールさえ握ればこちらのもの……
オールがないではないか、後から降ろす予定なのか、それとも単に積載するのを忘れたのか。
とにかくオールなしでは岸へ向かって進むことなど出来ない、一体どうするというのだ。
そして俺の様子を船べりから眺めていたミラも、オールがなく、普通に航行不能な状態であることには気付いたようで、すぐに中へ戻って確認をする。
当然その間俺は放置されたのだが……もうどうにか手で漕いで先に上陸ポイントへ向かいたい、他のメンバーにはのんびり、泳いでくるように言い残して……と、ミラが戻って来た……
「すみません勇者様、どうやらオールの方は積み忘れのようです、後で責任者を処刑しましょう」
「おう、それでどうするつもりなんだ?」
「とりあえず全員降りますから、勇者様はもう一度海に入って、後ろから船を手で押して下さい」
「え、ちょっと待って何言ってんの?」
「別に良いんじゃないですか? もうずぶ濡れなんだし、勇者様以外は全員無傷ですから」
「……そうか、じゃあそういうことでサッサと降りて来るんだな」
「わかりました、すぐに行きます」
率先して降りて来る生意気なミラのパンツを下から眺めつつ、この件に関してどのような刑を科すべきなのかと考える。
降りて来たところをカンチョー……では一撃で終わってしまうな、もっと『懲役』的な、出来れば俺と同じ目に遭うようなとんでもない懲罰が必要だ。
となるとやるべきはひとつ、『濡れていない』から船を押す係を俺に押し付けるのであって、『濡れている』状態になればその者はこちら側、舟幽霊サイドの人間となる。
まぁ、柄杓はないし水を掛けてもどうということはない、ここはもっとダイナミックに、何も知らずに降りて来たところを一気にずぶ濡れにしてやろう……
「っと、着地成功です、凄いですよ勇者様、この小舟、結構安定しま……」
「オラァァァッ! 勇者道連れアタァァァック!」
「ひぃぃぃっ! わっぷっ、何するんですかっ! もうっ、落ちちゃって……ずぶ濡れに……しまったぁぁぁっ!」
「フハハハッ! おいミラ、ようこそ舟幽霊の世界へ、小舟を押すにはちょっと身長が足りないようだがな、頑張ってバタ足でもして推進力をゲットしてくれよな」
「まさか、まさか勇者様如きにしてやられるとは……」
「ついでに調子に乗った罰だっ! 水中尻抓りの刑を喰らえっ!」
「いったぁぁぁっ! ごめんなさいっ、もうしませんから……あっ、次はお姉ちゃんが降りて来るみたいです、ここは一時休戦して何か攻撃を仕掛けましょう」
「おうっ、パンツだけを狙って水を掛けてやろうぜ、で、おもらしがどうこう言って馬鹿にするんだ」
「それでいきましょうっ!」
結局ミラとは休戦ではなく終戦と和解をし、共通のターゲットであるセラに対する攻撃を……おや、梯子を降りているはずのセラが消えたではないか。
そしてそのセラの代わりに、俺とミラの頭には100tのハンマーが……クソッ、予めサリナに依頼し、幻術を使っていたようだ。
ミラとほぼ同時にピヨピヨ状態から覚醒したときには、セラはもう既に小舟の上に座っており、ニヤニヤしながらこちらを眺めていた。
そしてその後ろには他の仲間達の姿、精霊様も含めた10人がキッチリ乗り込み、多少喫水が下がった状態の小舟があり、あとはもう俺とミラが後ろから押すのを待つのみのようである……
「ほら、勇者様、ミラ、早く後ろから押しなさい」
「いや、というかセラが風魔法を使って推進させるか、精霊様が水中で水を出してその水圧で、みたいな感じの方が効率的じゃないのか? まぁ今更感は凄くあるがな」
「ダメよ、上陸してすぐに大規模な戦闘になる可能性があるんだから、私達の力は少しでも温存しておかないとなの」
「いや、この半島にある全ての敵拠点を壊滅させても半分は余りそうなんだが……まぁ良いや、とにかく出発だ、おいミラ、ちゃんとバタ足しないと承知しないからな」
「わかっています、勇者様もちゃんと押して下さいね、ほらせーのっ!」
『・・・・・・・・・・』
きっとそのまま黙っていればミラが勝手に進んでくれると、そして逆にミラは、バタ足している感だけ出せば俺が勝手に進んでくれると、お互いにそう思っていたようだ。
静まり返る早朝の水面は美しく、薄汚かった2人の心を洗い流すのにはちょうど良い水質であった……
※※※
「やれやれ、やっと到着ですよ、このままバタ足を続けたら足がムッキムキになってしまうところでした」
「ならねぇよこのぐらいで、さて、最後の岸へ上がって舟を引き揚げるぞ、ミラももう足が付くだろう」
「ええ、むしろ途中からは普通に立って押した方が良いぐらいでしたね、流れでバタ足を続けましたが」
ということで今度は小舟の前に出て、2人で懸命に引っ張ることによってズルズルと、白い波打ち際へそれを誘導する。
フォン警部補も含めて5人しか乗っていない英雄パーティーの方は、既に上陸を終えて荷物を降ろしているようだ。
まぁ、向こうの小舟には文明の利器であるオールが積載されていたゆえ、俺達ほど苦労することなく上陸を果たしたのは確実なのだが……
「よいしょっ、よっこいしょっ!」
「ふぅっ、もうここからは歩いて欲しいですね、さぁ、皆降りて波打ち際を走りなさいっ!」
「良くやったわ、必死でバタ足していたミラには、私から個人的に『優』を与えることにするわね」
「別にお姉ちゃんから『優』を貰っても嬉しくないわ、『秀』ならまた別だけど」
「あらそう、あ、ちなみに勇者様には『可』ね」
「何で俺は地味に成績悪いんだよ?」
「まぁ、正直言ってバタ足の方が凄く頑張っている感があったのよね、勇者様は歩いていただけだし」
「そうですのよご主人様、『不可』じゃなかっただけあり難いと思うことですわ」
「お前等、後で絶対にお仕置きしてやるからな、覚悟しておけよ」
調子に乗るセラやユリナはともかく、まずは先行して上陸していた他のメンバーと合流する。
既に紋々太郎と新キジマーが索敵を行っているのだが、犬畜生とチンパン野朗は変なクスリをキメてサボっている、殺してやりたい。
で、そんなゴミクズフンコロガシ共はさておき、フォン警部補が濡れないように大事に持って来ていた巨大な周辺マップを広げ、現在位置と目的地の確認をする。
正面には防風林のようなものがあり、そこからまっすぐに山というか丘というか、とにかく高くなった場所へと上がっていくことが出来る地形だ。
そこから向かって左に進めば、高さを保った状態で半島の先端、俺達が最初に制圧すべき岬へと到達することが可能。
そこまでまっすぐ、何事もなく進んでいった場合にはおよそ半日、敵との遭遇に注意しつつ、ゆっくり進めば1日、そして実際に会敵し、大規模な戦闘に発展してしまった場合はさらに時間を要するといった感じ。
可能であれば、戦闘が勃発するのは目的地付近でのみ、絶対に避けられないその戦いオンリーにして貰いたいのだが、そうも言ってはいられないか……
「主殿、紋々太郎殿達が戻って来たぞ、どうやらこの周辺に敵の影はなかったようだ」
「そうか、カレン、マーサ、一応確認しておくが、付近に怪しい臭いとか音とか、そういうのはないな?」
「音はないですけど、臭いは海のが強すぎてわかんないです、風向きも後ろからですし」
「私も音は感じないわね……あ、でもワカメの匂いがするわ、美味しそう……」
「ふむ、俺の索敵のも反応はないし、とりあえずこの近辺は大丈夫そうだな、船本体の隠蔽作業も始まっているし、俺達はこの小舟を隠してから出発だな」
戻って来た紋々太郎に対し、こちらからも特に異常は見られなかったこと、ただし、念のため防風林の中に乗ってきた小舟を隠すべきであることを告げ、その同意を得て作業を始める。
ミラと2人で、その上に10人が乗った状態では引き摺るのにもかなり力を入れなくてはならない小舟であったが、誰も乗っていない状態で、今度は6人で担いだところ、これがまた非常に軽いものであるということがわかった。
万が一のときには盾として後ろにでも隠れようと思っていたのだが、これではきっとあっという間にダメになってしまうであろう。
まぁ、上陸地点付近に敵が居なかったのだからもうその必要もないのだが、とりあえず帰りもこれに乗る必要があるのだ、扱いは慎重に、破壊してしまわないように注意すべきだな。
「……よし、では勇者君、行動を開始しようか、空からの索敵はキジマーが、君達は地上の敵を探してくれると非常に助かる」
「わかりました、じゃあカレン、マーサ、涼しい時間だけでも頑張って前を歩くんだぞ、昼間になったらちょっと休憩させてやる」
『はーい』
「それから、岬さえ制圧してしまえばもうそこを避暑地に出来る、風通しの良い日陰も作ることが可能だし、余裕があれば海へ入ることだって、だからここはキッチリ頑張って、サッサとその『涼しくなる権利』を獲得しよう」
『うぇ~いっ!』
ということで砂浜を抜け、防風林も抜けて半島の中央、比較的高くなったポジションを目指す。
あとはその尾根沿いに岬を目指すだけだ、木はそこそこあるものの歩けないほどではなく、しばらく行けば遠くを見渡せる場所も見つかるはず……
※※※
「ひぃっ、ひぃっ、暑っついわねぇ~っ」
「わふぅ~、もう歩けないです……」
「……うむ、こちらももうイヌマーがダメなようだ、あの少し開けた場所まで出たら休憩としよう」
「ええ、食事も取りたいですし、ちゃんとした給水もしましょう、とにかくもうちょっと……いや、これは拙いな……」
俺だけでなく、上空の新キジマーも何かを発見したようだ、カレンとマーサはもう使えないが、これで2つのポイントにおいて何かの反応があったということ、つまりほぼ確実に敵が居る。
しかも厄介なことに、その敵らしき、遭遇すればすぐに襲ってくるであろう人間の集団も、俺達が目指している少し開けた場所へと向かっているのが濃厚な動き。
数は……30程度か、かなり小規模な集団だが、明らかに悪意を持って何かをしている、そうでなくては俺の索敵に反応しないはずだし、目視したのであろう新キジマーももっと別の反応をするはずだ。
「どうしますか? このまま進んで戦うか、それとも敵が先にあの場所へ入るのを待つか」
「……うむ、敵の正体がわからない以上、念のため後者を取るべきだな、下手にこちらから行っても良いことはなさそうだ」
「わかりました、聞いたな皆、ちょっとここで待機だ、しばらくしたら敵さんが……見えてきたぞ、モヒカンにスキンヘッドだぞ」
「トゲトゲの付いた革ジャンを着ていますね、しかも下は裸とか……」
「あぁ、完全に悪い奴等だな、しかも結構な雑魚、正義の味方に殺されるために生まれて来たような連中だ」
雑魚キャラも雑魚キャラ、そんな連中が先頭を勤める集団などゴミクズ以下、だが先に敵がエリアに入るのを待つと決めた以上、下手に動くことはせずその瞬間を待つ。
と、続々と上がってきた雑魚キャラ共が、どういうわけかその開けた場所の、地面に草すら生えていないエリアに集り始めた。
そこに何かがあるのか? いや、あるというよりも埋まっているようだ、モヒカンの雑魚が1匹、足元にあった出っ張り、というかスイッチになっているようなのだが、とにかく足でガンッとそれを押し込んだ……
「何か出て来ましたよ、ゴゴゴッて……箱かな、車輪が付いてます……ご主人様、何ですかアレは?」
「箱に車輪? 大八車とかそっち系じゃないのか? いやでもそんなものを地中に隠すのはどう考えても馬鹿だよな、何か別の……」
「あっ、出てきた所の先、良く見たら何か線みたいなのが2本続いてますよっ!」
「線みたいなのが2本……リリィ、もしかしてその車輪付きの箱はその線の上に乗っている感じか?」
「そうです、線の上をゴロゴロいくみたいな」
「トロッコだな、てことは奴等、アレで何かを運ぶつもりだな……さて、何だかわかりませんが、特に危険はないようなのでそろそろ殺りませんか?」
「……そうだな、トロッコがあるというのであれば積荷も見ておきたい、ここは魔法ではなく、前衛のみで攻略してくれないか?」
「わかりました、じゃあ俺とミラと、ジェシカは行けそうか?」
「うむ、まだ大丈夫だ」
「じゃあジェシカに、それからマリエルだな、あ、そっちのシャブやってる犬畜生は邪魔だし要らないんで置いていきます」
ということで選抜メンバーの4人、俺とミラはまだびしょ濡れのままだが、戦えないことはないため前に出ることとした。
隠れていた茂みから飛び出し、常日頃からヒャッハーしていそうな連中に、逆ヒャッハーを仕掛けるが如く飛び掛る。
数匹をまとめてブチ殺しながら見たトロッコ、確かにトロッコであったのだが、その中身は海岸で拾ったと思しき二枚貝や海藻、それに海老などが無造作に放り込まれていた。
おそらくこれは犯罪組織連中の食糧、そしてこのトロッコ、というかそのための線路が続く先は、十中八九敵の本拠地であろう、しかもここから見て岬側のようだ……




