693 いきなり海戦
「お~い、そろそろ目的の何とかって帝国が見えてくるってよ、海上にも敵が展開している可能性が高いから……って、お前等ちょっと堕落しすぎだろ、毎度のことながら……」
「そんなことよりご主人様、髪がベタベタなので洗って下さい」
「ご飯欲しいですっ! お肉!」
「ねぇ~っ、寝るとき暑いけどさ、何か掛けてないと不安だからタオルケット出して」
「わふぅ~っ、暑いです……」
「ガチでしょうがないな、ルビアはこっち来い、誰かマーサのためにタオルケットを、それからリリィはもう少し我慢しろ、あとカレンは……別に要求じゃなく単なる苦情なのか、まぁ良いや、とにかく敵地に近付いてきたからな、いつでも戦うことが出来るように……聞いてないなおいっ!」
およそ1週間の船旅、最初こそ酔っ払いだのそれが変性した銀の板だの、色々と巻き起こる事件によって退屈しなかったのだが、後半はもう何もなく、ひたすらに暑い夏の海上を移動するだけの単純イベントであった。
もちろんその間にこちらが何かをする、能動的に船を移動させるということはしていない。
操船は完全に『導き』によって成され、俺達の出る幕などまるでなかったのである。
ということでこの堕落っぷり、発言した4人だけでなく、他のメンバーについてももう酷い有様だ。
精霊様などは半分溶けてゲル状になっているし、それをゲルクッションとして利用しているマリエルもどうかと思う。
そして何よりも、皆で消費したと思しきクリームメロンソーダやブルーハワイなど、数々のドリンク類について、そのグラスが全てテーブルの上に放置されているではないか……
「お前等、片付けは頼めばして貰えるんだから、せめてスタッフを呼ぶぐらいのことはしろよな、ほらルビア、起きてこっち来い、タオルも持って来るんだぞ」
「面倒臭いですね、ご主人様、荒い桶、じゃなくて湯船を盛って来て下さいよ」
「無茶を言うんんじゃないっ! ほら来いっ!」
「いてててっ、もっと強く引っ張って下さい……」
とりあえずその場は比較的まともに動いていたアイリスに任せ、髪がベタベタだというルビアを連れて船室を出る。
というか、全員の中で最もスローなはずのアイリスが、現状では最も良く動いているということについて、その異常性を指摘しておくべきであったな。
まぁ、とにかくルビアを洗うこととしよう、精霊様に出して貰い、貯水していた分の真水がかなり余っているし、甲板に出て髪だけでなく全身洗いをしてやるのだ。
もちろん早くしないと、そろそろ敵地突入に向けて動き出すタイミングがきてしまうため、チャッと洗ってチャッと戻るべきではあるが……
「ほらルビア、服を脱いでそこのデカい桶に入るんだ、水を入れてやるからな」
「まぁご主人様、こんな真昼間から服を脱げなんて、凄くエッチなことですよ」
「ふざけてないで早くしなさいっ! このっ! 尻叩きの刑だっ!」
「ひゃんっ! あうぅっ……そんなっ、叩かれて無理矢理脱がされるなんてっ!」
「おいコラ、人聞きの悪いことを言うともう洗ってやらんぞ、どうする?」
「へへーっ! 申し訳ございませんでしたっ!」
「よろしい、では早く脱げ」
思ったより汗ばんでいたルビアの衣服を全て取り去り、洗濯物として篭へ入れておく。
着替えを持って来ていなかったのだが、どうせこの船には仲間と、それから女の子のスタッフしか居ないのだ。
ルビアは素っ裸で帰らせれば良いし、最悪俺も水浴びをして素っ裸で……いや、それではスタッフの女の子にセクハラで訴えられてしまうな、最悪死刑の可能性もある重罪なのだから笑えない。
ということで仕方なく俺は水浴びを諦め、到着までの隙に風呂へでも入っておこうかと考えながら、まずはルビアの髪の毛から洗ってやり、次は……おっぱいを揉み洗いしてやろうではないか。
「はい頭終わり、ちょっと起き上がってくれ、おっぱいの下に汗をかいている可能性が高いからな、手を突っ込んで丹念に洗ってやるぞ」
「あら、やっぱりエッチなことをするつもりですね、大歓迎ですが……と、何でしょう?」
「ん? 何か飛んで来て……」
「矢ですっ! ハァァァッ! おっぱい白刃取りっ!」
「おっぱいで挟んで矢を止めただとっ!?」
「ふぅっ、真剣であれば余裕だったんですが、矢ともなるとかなり気を使いますね、鏃が小さすぎて上手く挟めない可能性もありますから」
「うん、まぁどうであれ凄いと思うぞ、てか普通に手で止めろよな……しかしこの矢はどこから来たんだ? 俺達がエッチなことをしていたから、嫉妬した他の船の奴が攻撃してきたのか?」
そう思ってルビアと2人、辺りを見渡す、フォン警部補達の乗ったスタッフ船は、どうやら急加速して前へ出る様子。
また、前を行っている英雄船は横向きになり、遭遇した敵と交戦している様子だ。
特に変わったことはない……いや、交戦しているのはどうなのだ? というか今もまさに流れ矢が飛んで来て、今度はルビアが尻で挟んで止めているではないか。
間違いない、これは敵襲というやつだ、しかも敵船の数は見えるだけで10以上、それが英雄船とスタッフ船、さらにはこちらに近付いているものもあるという状態。
先程まで隣に居たスタッフ船から到着間近の報告を受けた俺が船室に戻り、ダラダラしている仲間達の相手をしている一瞬の隙に、何と大規模な戦闘に発展してしまっていたのである……
「なぁルビア、この状況はどういう状況だと思う? どうしたら良いか率直に答えてくれ」
「そうですね、お尻で矢をキャッチするのにはもう少し修行が必要みたいです、見えないので上手くタイミングが合わなくて、ちょっとだけカンチョーされて……また来たっ、はうぁっ!」
「何やってんだよ……てかこれは流れ矢なんかじゃないぞ、確実にこっちを狙った矢だろう、いやルビアじゃなくて狙いは……あっちか」
今まで見えてはいなかったのだが、俺達の船の側面からも5隻の敵船らしきものが接近していた。
地形的には湾の入り口のようなところ、きっと中へ誘い込み、逃げ場をなくしたうえで殲滅するつもりなのであろう。
そしてそのうち先頭の船からは大量の矢が飛んで来ている、今のところはあまり届いていないようだが、届いたものの大半が、甲板に設置された見慣れない動物のオブジェに……いや、元々は三角木馬であった何かだ。
今や『三角ハリネズミ』と化しているそのオブジェなのだが、1ヵ所だけ矢が突き刺さっていない状態の場所がある、そう、真ん中に座らされているアスタの部分、そこだけはさすがに、というか自分の身だけはしっかり守り切っているらしい。
だがかなり辛そうにしているな、このまま放っておいても大丈夫ではあろうが、この俺様の慈悲深さをアピールするために救助してやることとしよう……
「お~い、アスタは大丈夫か~?」
「大丈夫じゃありませんってばっ! あんな人族の矢でも当たると結構痛いんです、早く助けて下さいっ!」
「え? お前もしかしてあんな威力の矢でダメージ貰ってんのか? だっせぇ」
「ダサくてもクソザコでも、もう何でも良いですから助けて下さいっ! もう魔力で止めるのも限界でっ、あいたっ! きゃっ! ひぃぃぃっ!」
「仕方のない奴め、ルビア、ちょっと矢を払っていてくれ、おっぱいとか尻とかじゃなく、手で効率よく落とすんだぞ」
「あら残念、それじゃ練習になりませんね」
「尻を鍛えたいなら後で俺の張り手をくれてやる、今は面倒だから我慢してくれ」
「は~い」
ということでルビアが敵船から飛んで来る矢を打ち払い、俺はルビアが撃ち漏らしたものを払いながら、三角木馬に騎乗した状態のアスタを救出する。
やはり敵の狙いは三角木馬のみであったようだ、アスタを取り除いても、敵はそのまま三角木馬を攻撃し続けている……古代の超兵器か何かと勘違いしているのか?
で、それはともかくだ、このままだと船そのものが矢ダルマになり、さらに横っ腹への衝突などされてダメになってしまう。
やはり戦わざるを得ないのか、面倒だが、船室に戻って他のメンバーを集合させよう。
すぐに動き出してくれるとは思わないが、とにかく戦闘が始まったことだけ伝えなくてはならない。
「じゃあルビア、ちょっとしばらくの間敵への対応をしていてくれ」
「対応と言われましても……回復してあげることぐらいしか出来ないんですが……」
「……確かに、じゃあ仕方ない、アスタの拘束を解いて良いから自由に使ってくれ、召喚獣みたいにな」
「誰が召喚獣ですかっ! いやまぁ戦いはしますけど、これもう2回目ですからね、前もこんなグダグダな感じで敵に襲われて、私が攻撃しましたよね?」
「すまないが古いこと、そしてこちらにとってメリットがないことはすぐに忘れてしまうんだ、そんなことあったっけ?」
「もう良いです、私、これが初めてのお手伝いということで結構です」
「よろしい、ではよろしく頼む」
ということでルビアとアスタにその場を任せ、他の連中を叩き起こすべく船室へと戻った……
※※※
「ねぇ~っ、タオルケット持って来るのにどんだけ時間が掛かるのよ……ってか持って来てないじゃないのっ!」
「いやそれどころじゃねぇから、いやしかもタオルケットは誰かに盛って来させるように言ったよな? で、敵襲だから、何か敵っぽい船に弓射られてっから」
「そんなのとっくにわかってるわよ、音で」
「わふっ、私も聞こえてました、でも暑いので外には……」
「シャキッとしてくれよな……いやカレンとマーサはさすがにちょっとアレか、とりあえずセラにリリィとユリナ、サリナ、あと精霊様も溶けてないで応戦してくれ」
『あい~っ……』
やる気があるのはリリィだけのようだ、もちろんやる気がなくとも強制連行なのだが、精霊様は腕らしき部分を掴んだ瞬間にそれがボソッと外れ、何となくヤバそうな状態になってしまったため、そっと元に戻してその場に放置した。
ということで戦闘に当たるのは俺とリリィのセット、そしてセラとユリナの固定砲台、さらにサリナが幻術を使い、こちらが攻撃をしているようには見えない感じに装うという完璧な作戦だ。
外に出ると、既に先頭の敵船はアスタの火魔法によって炎上、犯罪組織の構成員らしき人間が、火達磨になりながら海へ飛び込んでいる。
しかしさらに敵兵力が増大しているようで、こちらに迫っている艦船の数は10を超えていた。
ちなみにこちらの旗艦である英雄船にはもう大量の敵がアリの如く集っており、それに近付いてしまったスタッフ船も巻き込まれている様子。
もちろん紋々太郎率いる英雄パーティーは奮戦しているのだが、フォン警部補を除くと戦える者がほとんど居ないスタッフ船はかなり苦戦している、というかもう撃沈される寸前のようだ。
こちらの敵も片付けなくてはならないが、どう考えても今出て来た仲間が全員でこちらに当たるのはおかしい。
オーバーキルどころか、おそらく誰かが単体で戦ったとしても敵の殲滅までそう時間は掛からないはず。
となればやるべきはひとつ、俺とリリィは空から英雄船とスタッフ船の援護に当たるのだ。
そしてセラとユリナは早めにこちらを片付け、それが終わり次第遠距離射撃で遠くの敵を、今現在集結しつつある船団を叩く作戦とした。
「何だかリリィと一緒に飛ぶの、凄く久しぶりな気がするな」
「最近は私とばっかり組んでたから、リリィちゃん、勇者様に合わせて飛んであげるのよ、普通に飛んだら振り落としちゃうから」
『わかりました~っ』
「ホントか? ホントに言うこと聞けるか?」
『大丈夫です、その証拠にほら、お手とかしちゃいますからっ!』
「ふぎょぉぉぉっ! ぷ……プチッといくからやめてくれ……」
危うくリリィに踏み潰されそうになったのだが、ひとまずは背中に乗せて貰い、まずは紋々太郎達の英雄船が敵と交戦しているエリアを指し示して離陸させる。
なお、通常甲板にドラゴンが現れれば敵は大騒ぎ、ドラゴンが状態異常に弱いことを考え、一斉に毒矢を浴びせてくるはずだ。
だが既にサリナの幻術が効果を発揮しており、おそらく敵側の船からは俺達が、何だか良くわからない動きをしているな、ぐらいのぼんやりしたことしか認識出来ていないらしい。
その隙に自分達の戦闘エリアを離れ、少し湾の奥側になる英雄船の戦闘エリアへと移動する。
途中で振り返ると、既にユリナの魔法によって敵船全てのマストが炎上し、それらの航行能力は完全に失われたようであった。
そして見えてくる目的の戦闘エリア、ここは幻術の範囲外、念のためリリィには高度を取らせ、攻撃時のみ太陽の中から急降下するという作戦を指示しておく。
「……拙いな、スタッフ船の方はもう復元出来そうにないぞ、助けたとしてもこのまま沈没するな」
『じゃあどうします? 一緒に焼いちゃいます?』
「いや、それはやべぇだろさすがに、一応味方が乗っているんだからな、で、どうしようもないから俺達は英雄船の先、そうだな……延焼しないよう少し離れた場所の船から一気に、通過しながら焼いていこうか」
『はーいっ!』
「ちなみにいつも通り一撃離脱な、俺はセラじゃないから、風の力で下からの攻撃を跳ね返したり出来ないからな」
『わかってますっ! じゃあこの辺りからいきましょうっ!』
「ぬぉぉぉっ! わかってんならもっとスピードを……ダメだ……視界が真っ赤に……」
先頭の英雄船に対して大量に集っている敵船団、一体この狭い湾のどこにそんな数が隠れていたのか、そしてこれらの乗組員が『敵組織のほんの一部』であったとしたら、全体ではどれだけの数になっているというのか。
それを考えつつ戦おうと思ったところ、全く何の考えも持たないリリィのデタラメな速度による急降下が始まり、頭に血が上ってそれどころではなくなってしまった。
だが辛うじて保った意識の中で、まっすぐ下へ向かっていたのが角度を変えて並行に、そして今度は凄まじい勢いで敵船団の上を通過していることが感じ取れる。
真っ赤になった目の前はようやく元に戻ったものの、下を見れば引き続き真っ赤、今度は頭に血が上ってそのような色になったのではなく、紅蓮の炎が敵船団を焼き尽くしている光景が視界一杯に広がっていることによる赤だ。
『ぷはっ! ご主人様、もうこれで一杯です、もう息が続かないですよ、これからどうしますか? もう一度高く飛んでやり直します?』
「いや、これで十分なはずだ、風向き的にも敵船団は後ろに向かって燃え広がるからな」
『風向き……そっち側なんですか?』
「うむ、もし反対側なら敵が真っ先に炎で攻撃していたさ、今は海側から湿った空気が流れ込んで……(どうのこうの)……ってことなんだ、だから敵は火を使わず、地味に弓で攻撃していたんだ」
『へぇ~、あ、良くわかんないけど確かに燃え広がってますね、これなら敵もコゲッコゲですっ!』
「そういうことだ、あとは……うむ、周囲に散っている船にはセラとユリナが攻撃を始めたみたいだな、俺達はある程度近付かないと攻撃出来ないし、そうなるとやはりリスクが伴う、ここはセラ達に任せて戻ろう」
『はーいっ!』
去り際には紋々太郎に手を振り、それなりに余裕のある反応を貰って戦闘エリアを離脱する。
自分達の船、勇者船へと戻った頃には、既にその戦闘エリアでの戦いは終結、生き残った敵も無様に海を漂っている状態であった。
始祖勇者と英雄の『導き』によって勝手に操船されている俺達の船、どうやら戦闘においてもそれは継続しているらしく、セラとユリナ、そしていつの間にか合流し、ノリノリで敵船に穴を空けている精霊様が攻撃し易いポジションを保っている。
そんな俺達、というか遠距離攻撃班の加勢により、ほぼ拮抗していた英雄船と敵船団の戦いは徐々に優劣が、もちろん英雄船が優勢となるかたちで戦局が動いていく。
とはいえ英雄船も満身創痍の状態だ、マストは傾き、帆はほとんど破れ、甲板には無数の矢が突き刺さっている状態。
しかも矢の偏りによって船自体が傾き、修理をしない限りはとても沖へ出られないような感じだ。
そしてもうひとつ、スタッフ船に関しては……終わりだ、完全に横倒しになり、もはや右舷が水に浸かる寸前、乗組員は脱出を始めているが、死亡したり、動くことが出来ずにこのまま沈んでいく運命の者も多いはず、ご愁傷様でした。
「さて、このまま行けばこっちの勝利で終わるんだが……何というかいきなり大被害だな」
「そうですね、でも敵の被害の方が多いのは確かですよ、今海に浮かんでいる敵も、どうせ全員処刑するなりサメの餌にするなりといったところですもんね」
「そうなんだが、敵の元々の数自体が知れないからな、こっちの損耗率が10%だったとしても、敵はあれだけの兵員と船を失って1%未満の損失、みたいなことだってあるわけだし」
「むぅ~、そうなると厄介ですね、姉さま、船はもう良いから陸地の方を、建物が見えているのを狙って……」
「コラッ! 余計なことするなよ、もしかしたら生き残った善良な市民が巻き添えを喰らうかもだからな、特に今回は英雄パーティーと合同なんだ、この島国が拠点になっている連中のメンツを失わせるわけには行かない」
いきなり全てを灰燼に帰す攻撃を、しかも敵船団ではなく陸地へ放とうとするユリナ、それを教唆するサリナをどうにか制止し、ひとまずは残りの敵、英雄船に襲い掛かる船を叩くことを継続させた。
それからしばらく、というか1時間以上は攻撃を続けていたか、そろそろセラ辺りが魔力枯渇で限界を迎えるのではないかというタイミングで、突如として敵船が一斉に反転、陸へ向かって一目散に逃げ出したのを確認する。
海戦の部はこれで終わりなのか? それとも退避せざるを得ない、ユリナが放つようなとんでもない攻撃を仕掛けるつもりなのか? これは見極めが必要そうだ……




