692 白ひげの玉は
「よし、まずは話を整理しようか、このままだと何が何だかわからんぞ」
「そうね、私やサル、さらには勇者様でもわかるように説明して欲しいわ」
「何でセラとサルが居て俺がその下みたいな言い方になってんだよ……」
俺達の乗る『勇者船』、酔っ払いの操舵手が何もせずとも操舵輪が微妙な方向の調整を繰り返し、前を行く『英雄船』にピッタリと付いて行っている。
隣にはPOLICEであるフォン警部補とスタッフが乗る同型の船が航行しているのだが、そちらはそのようなことなどなく、普通に誰かが操船しているはずだ。
そしてこの状況をエリナ、精霊様に見せたところ、何と魔導操縦でも心霊現象でもなく、俺達が乗っていることに起因して、船が英雄である紋々太郎に反応するかたちで『導かれている』のだという。
かなり意味がわからない状況なのだが、精霊様が主張するのはとにかくこれが始祖勇者による仕掛けのひとつであるということ。
おそらく当時、4人の髭野郎と共にこの島国で活動した始祖勇者は、魔王は何度でも、新しく供給されるという方法をもって復活すること、そしてそれを倒すべく、自分と同じ勇者が魔王と同じ、即ち自分や俺が居た世界から転移して来ることを悟り、『そのとき』に備えてそれなりの準備をしたに違いないとしている精霊様。
更なる予測では、魔王を討伐することが出来る状態、即ち『勇者が勝つ』状態として最も相応しいのが、この島国において英雄が存在し、さらに俺のような者が勇者として、世界規模で活動している時代である可能性が高いそうだ。
だとすればこの不可思議な現象にも納得がいく、勇者と英雄が同時に存在し、そしてそれが近くに、共に行動している状況になった。
始祖勇者はその状況、というか今のこの激アツな状況をフイにしてしまうことがないよう、このまま俺達が勇者として魔王をどうこうしてしまうことが可能な力、そしてそのための道具や知識を得るよう、それなりの『仕掛け』をしていたに違いない。
この謎の自動追尾船もその始祖勇者による仕掛けのひとつであることは、ほぼ神に近いような存在である精霊様の目から見れば一目瞭然。
まぁ、仕掛けを用意した始祖勇者の頃にも余裕で存在しており、当時の魔王が倒される瞬間さえ、まるで自宅にてテレビでも見るような感覚で眺めていたのであろう精霊様だ。
人族だの魔族だの異世界人だの、そういった低位な存在が勝手にやっていたことによって起こる事象など、別にその仕組みやどうしてそのようなものがあるのかなどについて見破ることは造作もないはず。
ということでこの謎の自動追尾船、魔導ではなくまた別の何か、呪いのようなものによってなされているこの現象の説明は付いた……と、セラが付いてきていない、頭から煙を噴いているではないか。
まさか、今の説明であればきっとサルでもそれなりのことは理解することが可能であったはずだ。
セラめ、自分とサル、そして俺ではなく、俺とサル、そして自分というニュアンスの発言をするべきであったと思うぞ……
「え~っと、え~っと、勇者が、英雄が……同時に? 勇者が英雄に……そんなっ!? 男同士でそんなこと……」
「ちょっとセラさん、大丈夫ですか? ねぇ勇者さん、ちょっとセラさんがさっきからヤバいですよ、もう完全に異世界に旅立ってしまっているような感じなんですけど」
「大丈夫だ、少しだけ脳がオーバーヒートしているだけだからな、ほれ、こうすれば戻って来る、こちょこちょこちょこちょ……」
「あっひぃぃぃっ! はっ!? 私は一体どうしていたというのかしら? 何だか凄まじく凄惨な光景が……ダメッ、吐き気を催すような想像をしちゃってたみたいだわ」
「おうセラ、現実世界におかえり、それで精霊様、俺達はもうこのまま待っているだけで良い、船は勝手に英雄船の後を追ってくれる、そういうことで間違いないんだよな?」
「そうよ、このまま放っておけば大丈夫、本当に魔導オートナビゲーションに近い感じだと思ってくれて良いわ」
「となると……あそこで足の甲に五寸釘刺したまま酒飲んでるゴミ野朗は、もはや本当の意味で処分すべきゴミへと成り下がった、そういうことでもあるな」
「ええ、だからちょっと拷問でもして酔いを醒まさせましょ、まぁ聞くことなんてこれっぽっちもないけど、それから惨たらしく処刑するわ、これまで不快な船旅を提供してくれたことに対して『お礼』をしないと」
「うむ、では早速作業に取り掛かるとしよう……」
なにはともあれこの酔っ払い操舵手は不要、そのように結論付けることが可能な何かが起こっているということだけは確認することが出来た。
早速酒を取り上げ、五寸釘からブチッと足を引き抜いてやったものの、今のような酩酊状態ではまず酒の方を気にし、どうにかして奪い返そうと試みている。
やはりこのままでは処刑に向かないな、現状ではこのクソ酔っ払い、斬っても焼いても抉っても、まるで恐怖を感じないまま勝手に息絶えてしまうことであろう。
ではまずどうするべきか、酔いを醒ますためには……うむ、やはり水だな、そして大量の水は精霊様に頼んでもいいのだが、幸いにもここは海上。
水なら船べりから外へ出さえすればいくらでもある状況だ、もちろん塩水だが、飲酒によってミネラルを失っているこの酔っ払いにはちょうど良い塩辛さであるに違いない。
ということで善は急げだ、エリナが回収した酒瓶に向けて必死に手を伸ばし、そちらに這いずっていくという習性を利用し、その薄汚い服や肌、髪……はあまり残っていないのだが、とにかく手を触れることなく外へ連れ出すことに成功した。
もちろんその間も船は進み、前を行く英雄船をキッチリと捉えるかたちで航行を続けている。
そして無駄に揺れることもない、後ろを這っているこの馬鹿さえ居なければ、最初から普通に快適な船旅であったはずなのだ……
「よし、この空いた檻を使おう、アスタは向こうで三角木馬を堪能しているからな、これはもう使うことがない、こっちの酔っ払い馬鹿と同じでな」
「ちょっとあんた、この檻はそれなりに役立っていたじゃないの、それをこんなゴミクズと一緒にするなんて、いくら同じ『不用品』であったとしても失礼よ、謝りなさい」
「おう、さーせん、ということで早速このゴミを中に入れて、あの辺から吊るして海にディップしようぜ」
ちょうど良い場所に荷物の搬入、搬出を行うためのクレーンのようなものが見受けられる。
外へ向かって延びた棒にはロープがセットされ、先端には滑車が付いているではないか、これは使えそうだ。
で、早速ゴミの酔っ払いを、檻の中に酒を投げ込むという方法で捕獲、閉じ込める。
あとはロープで檻ごと吊るし、海に浸しては揚げ、また浸しては揚げを繰り返すのみ。
いくら酒を飲んでいるとはいえ、このような強い刺激を受け続ければ徐々に覚醒して……と、かなり時間が掛かりそうだな……
「キャハハハッ! 檻に入れられたまま海に沈められるってどんな気持ちなのかしらね? 酔っ払いじゃなかったらもう絶望で泣き出しているんじゃないかしら、本当に気分が良いわ」
「なぁ精霊様、現状楽しんでおられるのは精霊様だけだぞ、甲板は暑いし、俺達はちょっと船室に戻っていても良いか?」
「え? 別に良いわよ、じゃあコイツが完全に覚醒して、自分がこれから惨殺されるって事実を認識したところで呼びに行くわね」
「頼んだ、じゃあ精霊様も暑さで蒸発したりしないように、十分に気を付けて作業するんだぞ」
「はいは~いっ、さて、お洗濯の続きをしなくちゃ」
何度も海に浸され、その度に呼吸を奪われてしまう酔っ払いゴミ野朗、上がってきたときには必ずと言って良いほどに咳き込み、荒い息をしている。
まぁ自業自得なわけだし、そもそも薄汚いおっさんに対してかわいそうだなどと考えるものは居ないであろう。
そして最終的にはこの程度の恐怖など、まだ生易しかったことを噛み締めつつ地獄に落ちるという、悲惨で残酷な最期を迎えるところまではもう確定しているのだ。
去り際、隣を航行しているフォン警部補らが乗った船の甲板に人が出て、どういうわけか操舵手を水責めに処しているこちらを見て驚いていた。
誰かが操船スキルに目覚めたのか、勇者ののる船だけあって、女神のご加護か何かをゲットしたのか。
そういう話をしているのがチラホラと聞こえてきたのだが、実は『勇者と英雄の力の関係』によってこの現象が成り立っていることなど、この場で遠くから説明したところで理解を得られないであろう。
とにかく俺とセラ、エリナの3人は直射日光を浴びることのない船室へと戻り、精霊様からの報告を待つこととした……
※※※
「ちょっとちょっとっ! 大変なことになったわよっ!」
「どうしたんだ精霊様? もしかしてあの酔っ払い、ロープが切れるなどして流されたとかか? だとしたらもう探すことは不可能だ、沈んでしまったろうから諦めろ」
「いえロストしちゃったわけじゃないのよ、進化しちゃったのっ!」
「……いや、もう全くもって意味がわからないんだが?」
「とにかく見に来ればわかるわよっ! ほら早くっ!」
「わかったわかった、じゃあ他に来るのは……なんとリリィだけとは情けない……」
まぁ、時間帯的にもちょうど日が高いのだし、あのアッツアツの甲板に出たいと思う者はそうそう居ないはず。
仕方ないので興奮気味の精霊様、興味津々のリリィと3人で部屋を出て、先程おっさん入りの檻を吊るしていたクレーンへと向かう。
ロープの先には檻もしっかり付いているし、その中にはあの酔っ払いが……何か違うではないか。
白銀に輝くおっさん、髪が薄い分その頭の輝きは凄まじく、まるで太刀魚でも水揚げしたかのような輝きっぷりだ。
しかも完全に酔いが醒めた様子で、檻の中で座禅を組んでいる、さらには悟りを啓いたような顔。
酔っ払い状態でもムカついたが、この状態はなお一層のこと頭にくる、真剣に殺してやりたい。
「それで精霊様、何がどうなってこんな風に超進化してしまったんだ? 何か進化素材でも投与したのか、それとも一定レベル到達で勝手にこうなったのか……」
「う~ん、どうも前者に近い……というか、進化素材じゃなくてキッカケ、酔いが醒めるというこのおっさんにとって稀有な状況を作り出してしまったことによって超進化しちゃったんだと思うわ」
「なるほどな、確かに最初に見たときからずっと、延々と酒を飲んでいたもんな、おそらくそれ以前もそうだったんだろう」
「ええ、きっと数年、いや十数年ぶりに酔いが醒めてしまったのよ……」
人族にして十数年、ずっと酔い続けていたのだとしたらまともではない、というかさまざまな病気に罹患し、最後は黄色く、腹も膨らんで死亡してしまうはずだ。
その『苦行』を耐え抜き、晴れて本人の意思とは関係なく素面になった今の状態。
これは悟りを啓き、見た目から超進化してしまってもおかしくはない状況である。
しかし、コイツは現状で会話することが可能なのか? 少し話し掛けてみる必要がありそうだな……
「おいおっさん! 聞こえてんなら返事しやがれっ! せっかく進化したところ悪いがな、役に立たなさそうであればこのままブチ殺さなくてはならんのだ、おいっ!」
『……あぁ、久しぶりに表に出て、そして人の言葉を聞いた、この子孫の朽ち果てそうな体を使ってな』
「子孫の? するとお前は……」
『我が名は白ひげ、かつて始祖勇者と共に行動し、この島国の4ヵ所に玉を祀った4人の髭野郎の1人である、そして、この産廃……いや廃人としておこう、一応人の形を保っているのでな、これが我が子孫である』
「子孫がそんなゴミクズで残念だったな……」
この現象には精霊様も多少驚いているようだ、まさかこのおっさんの光り輝く姿が超進化ではなく、『まっとうな髭野郎であった』コイツの先祖による憑依であったとは。
もちろん通常の状態では憑依など出来ず、素面に戻ったからこそ可能であったわけであって、精霊様の執り行っていた拷問めいた行為には一定の意味があったのだ。
そして、その素面に戻ったタイミングが俺達勇者パーティーの乗り込む船の中の出来事であったことが……偶然ではないな、おそらくはこれも始祖勇者による導きのひとつである。
俺達が当初予定されていたヤバそうな操舵手のチェンジを要求したこと、そしてスタッフは女の子で、と頼んでいたにも拘らず、この薄汚い、酒臭いおっさんがチームに含まれていたことなど、全てが何らかの『導き』によって生じたことなのであろう。
こちらが好むと好まざると、この先も島国に滞在し続ける限り、この不思議な導きは起こり、そして俺達はその規定路線から外れることなく、その進む道を矯正され続けていくに違いない。
その規定路線が安全かつ清潔、忌避すべきものでないことを祈るが……それはおよそ500年も前の勇者が考えたものであるから、もしかしたら現代的な、俺や仲間達のセンスとは合わない可能性もあることを認識しておこう……
『では当代の異世界勇者よ、我は白ひげとしての責務を果たす、このもう使えない子孫の体を全て捧げ、白銀に輝く髭マップを授けようぞ、ではさらばだっ!』
「え、ちょっとっ、あっ! クソッ、一方的に喋って勝手に逝きやがったぞ、これだから髭野郎は……」
「ご主人様、何か光る板が落ちてますよ、貰って良いですか?」
「ダメだリリィ、使い終わった後、清潔そうならくれてやる、仮にもあの酔っ払い野郎の薄汚い垢だらけの体の変形物なんだからな」
「そ、それはあんまり欲しくないです……」
先祖である白ひげの言葉通り、銀色に輝く四角のプレートに変えられてしまった酔っ払い野郎。
サイズ的には良く建物の前で見る『定礎』と書かれた板ぐらい、つまりそこそこ大きくて重い。
とりあえず檻ごと回収し、中の板を取り出したのだが、リリィはそれが汚いかどうかが非常に気になる様子であり、精霊様は酔っ払いを『処刑』出来なかったことについて憤慨、檻を蹴飛ばして破壊している。
つまり銀の板をまともに見ているのは俺だけだ、どうやら古地図のようであるが、どこがどこなのかイマイチわからない、地域名は……『とうほぐ地方』か、聞いたこともない、とはいえないものの聞いたことはない。
「とりあえず触ってもヌメヌメしたりとかないし、これを持って船室に帰ろう、精霊様はどうする?」
「私は……っと、ストレス発散のためにあの火の魔族の子を鞭でシバいておくわ、わざわざ三角木馬に乗っているぐらいだし、きっとそういうプレイが好きなんだと思うし、だから先に戻っていて良いわよ」
「アスタ、ご愁傷様……と、じゃあほどほどにしておいてやれよ、気が済んだら戻って来てくれ」
「わかったわ、じゃあまた後でね」
アスタの犠牲によって、精霊様の怒りはどうにか収まりそうであるが、多少は申し訳ないと思っている。
俺とリリィは清潔であることが確認された銀のプレートを2人で持ち、皆の待つ船室へと戻った……
※※※
「たっだいま~っ! ほれリリィ、とりあえずここに置くぞ」
「ほいさっ! はいさっ!」
「ちょっと勇者様!? あの酔っ払いのおっさんをどう加工したらそういう状態になるというんですか? もう素材そのものが変性していますよね?」
「おう、ちょっとかくかくしかじかでな、産業革命の波が訪れたとかそういうわけじゃないんだ」
「まぁ、使用後の換金価値が発生したようなので咎めはしませんが……」
ミラはこの状況について何を咎めようというのであろうか? 基本的に俺達が何もしない、何も出来ていない間に、500年前の白ひげは自分の子孫をこのような形に作り変えてしまったのだから。
で、とりあえず船室内のテーブルの上にあった『島国全図』と、この銀のプレートを比較して、『とうほぐ地方』とやらがどの辺りなのか……と、まぁそれについては調べるまでもない、東北方面であることは確かだ。
問題はその『とうほぐ地方』へ至るまでにどういうルートを通るべきなのか、そしてその場所の安全性はどうかということ。
少なくとも勇者の玉(白ひげバージョン)が祀られていることが明らかとなっている以上、この先確実にその場所を訪れなくてはならないのだから……
「え~っと、今目指しているのがこの『シャチホコリア=エビフリャー二重帝国』だから、その次、そのまま東に行くと鰻茶国……大仏大根連合共和国……と、その間には温泉とか湖とか、色々な観光地があるみたいね」
「そこは要チェックだな、ミッションは重要だが、たまには息抜きなども必要だ」
「そうね、じゃあ赤で印をしておきましょう、で、その先が……大都会、東の果て大帝都だそうよ、ちょっとヤバそうね」
「うむ、何だかトラブルに巻き込まれそうな雰囲気だ」
「あ、でもここ私のお兄ちゃんがいっつも行っている所よ、何だかの聖地だかがどうのこうので」
「マーサの……あのキモブタウサギがか? だとすると比較的安全だろうな、もし町中であんなのがチョロチョロしていたら、俺なら間違いなくカツアゲするからな、ついでに殴って殺してストレス発散だ」
地図上ではその後、さらにいくつかの領域、小国家を通過し、ようやくその『とうほぐ地方』という場所へ到着する感じであった。
もちろんどこに敵の巣窟があるのかどこに危険が潜んでいるのかという情報については、島国の地理に明るくない俺達にわかるはずもない。
とりあえず次の何ちゃら帝国に上陸した際、紋々太郎や島国側のスタッフ、あと到着前にはアスタに色々と聞いてみるのもアリか。
とにかくまずは次のターゲット、敵のダンゴ生産拠点である可能性が極めて高いその帝国に上陸、そこを片付けた後、勇者の玉についての作戦を開始していくこととしよう。
残りの船旅は余計なことをせず、体力を温存しておくべきだな……




