690 敵地へ向けて
「……これで決まりだな、誰か、あっちの負けた方を救命してやってくれ、アレは良い生贄になりそうだ」
「じゃあこれで英雄パーティーはフルメンバーってことですよね? もう旅立つことが出来ると、そういうことですね?」
「そうだ、ここからは更なる世直しに出る、最初はそう、君達勇者パーティーと共に犯罪組織の粗悪品ダンゴ生産拠点を潰そう」
「ええ、では早速準備を……と、その前に新たなキジマーの歓迎会をしなくてはなりませんね……」
マッチョ系の候補者を空中でメッタ刺しにし、数万人の応募者の頂点に立った新キジマー。
素早さが高いタイプであり、空中からの奇襲攻撃もかなり得意であるようだ。
とにかくこの男にキジマーの武器、4大英雄武器のひとつである『ポン刀』を授けると同時に、この場に居なかった一般の連中にもこのことを伝えなくてはならない。
ゆえに本日の夜、大々的な宴を催して試験結果の報告、専用武器の授与を執り行う。
前のキジマーのための服喪期間は……もう面倒なのでなかったことにしてしまえば良いのだ……
「それじゃあ、俺達は明日にでもここを出られるよう準備しておきますから、先に戻って荷物をまとめ始めようと思います」
「……うむ、では宴の準備が出来次第使いの者を出そう、それと、我々のこれからの行動についても皆に伝えておかねばならないな」
「それに関しても宴の際に公表しましょう、まぁ、ハ股の奴のこともありますし、どうせここへは戻ってくるんですがね……」
今回の島国でのミッション、その中心に位置付けられているのはあくまで犯罪組織退治なのだが、それ以外にも色々とありすぎて、もはや本当はどれからやるべきなのか、まるでわからなくなってきている始末。
当然メインミッションを優先すべく、まずはということで今回のキジマーオーディションを開催したわけだが思ったよりも早く決定することが出来て良かったと思う。
あとはこのキジマーを仲間として迎え入れ、犬畜生やチンパン野朗と……打ち解けさせる必要はないか、少なくとも現時点でこの男、新キジマーの方が格上である。
と、とりあえず宿泊している部屋へ戻ろう、外で飛行試験の脱落者を回収している仲間達を集め、面接試験が滞りなく終了したことを教えてやらねば……
「あら勇者様、もう終わったのかしら?」
「おうセラ、新キジマーも決まったぞ、で、そのお披露目は今夜だ」
「じゃあ出発はどうするの?」
「明日の朝……はさすがにキツいだろうが、少なくとも英雄パーティーの準備が整った後だ、俺達は先に旅支度を整えて待機しようと思っている、どうだ?」
「まぁ良いんじゃないかしら、出来ればサッサとしていけど、そんなに急かしても意味はなさそうだし、またトイレに行く暇がなくて大変なセリフを吐かれると厄介だわ」
「あぁ、ウ○コ系の話はしばらくご遠慮願いたいものだな、それと、もう部屋に戻りたいから、散っている仲間達を集めようぜ」
「わかったわ、じゃあ私はこっち側に……」
すかさず平坦な、比較的捜索が楽そうな方を選択し、とっとと行ってしまうセラ。
俺は仕方なく山の斜面の、木々に覆われた森の中へと突入して行く、蚊や虻などが実に多そうだ。
と、早速回収し忘れの瀕死野郎が落ちているのだが、この付近を担当している奴は真面目にやっているのか?
それとも回収してももう助からないと考え、あえてそのままにしておいたのであろうか……いや、これは治療すれば復帰し、ダンゴ精製塔にそこそこの力を提供する生贄になりそうだぞ……
「うぅ……た、助けて下さい……」
「え~、どうしようかな、正直言って面倒だ、お前のような落ち零れを助けたところで俺には何のメリットもない、あとはわかるな?」
「金……は、持っていない……だがそれとは別の……」
「お前、金すら持っていないのに助けて貰おうとしていたのか? ギブ&テイクって言葉知ってる? ほら、見返りがないとアレなんだよ……と、それとは別の何だ?」
「情報を……実家に伝わる秘伝の情報を……差し上げます……」
なんとこの脱落者、情報を対価として提示してきたではないか、この世界においては珍しいタイプといえよう。
しかしその『秘伝の情報』とやらの信憑性がイマイチだな、ガセネタかも知れないし、それを信じて追求した結果、費用のみ負担する、つまりリターンが一切得られずに終わる可能性がある。
そして俺がその責任を追及しようとこの脱落者を問い詰めるべき頃には、きっともうダンゴ精製塔の周りを踊る骨達に紛れ、どれがどれでどこへ行ったのか、まるで判別が効かない状態となってしまっているはず。
この『秘伝の情報』を信じて救助活動をした瞬間、コイツに手を差し伸べた瞬間から、まずは俺の貴重な労働力という費用の支払が始まる。
信じて負担するか、そんな上手い話はないものとしてスルーしてしまうか、ここはどうしていくべきか……と、そう思った瞬間にはもう無意識に手を差し伸べていた。
やはり『秘伝の情報』によって利益を享受する可能性、それが俺の中で勝っていたということである。
それとまぁ、アレだ、勇者としての慈悲深い、人助けに捧げる正義の心がどうのこうのという面もあるはず……
「あ、ありがとうございます、お陰で死なずに済みました」
「礼は良い、いや礼もしろ、というか死なずに済んだわけでは……いや、何でもない、ちょっと運営側の秘匿事項が漏れ出していたぞ」
「は、はぁ、何だか不穏な感じがしたような気がしなくもないですが、とにかく助かりました」
というわけで仲間を探すのは諦め、このおっさん、仮に脱落者Aとしよう、それに肩を貸して下の、救護所としてルビアを待機させてある場所を目指した。
しかし、何が悲しくてこのクソ暑い中、血と汗に塗れた不潔極まりない野郎を救助しなくてはならないのだ?
ついでにこれで『秘伝の情報』がろくでもないものであったらどうか? コイツだけは生贄から外し、それはもう酷い、極めて残虐な方法で処刑してやらねばならない。
まぁ、何にせよコイツには印を付けておこう、トリアージではないが、『まだ利用価値があるので生贄にしないで』という表示をしておかねば、ザックリな感じで生贄とする者を選ぶ際に、間違えて連れ去られてしまいかねないのである。
「ほらルビア、こいつを頼む、このままだと死ぬが治療すれば持ち堪えるはずだ」
「あら、ご主人様が人助けとは、珍しいこともあるものですね」
「馬鹿を言うな、俺様は勇者様だぞ、常に、というかもう存在していることそのものが人助けなのだっ!」
「凄く自意識過剰な異世界人ですね……とにかくその人をその辺に転がしておいて下さい、後で気が向いたら回復魔法を掛けますから」
「気が向いたらじゃないよ、いや、実はこの脱落者、かくかくしかじかのギョニョゴニョで……」
「ご主人様、それは詐欺ですっ!」
「いや決め付けてんじゃねぇよっ! まぁガセかも知れないがそのときはそのときだ、とにかく優先して治療してやってくれ、あ、あとそっちのハゲ、もう死んでいるから片付けた方が良いぞ、息絶えれば単なるゴミだ」
「あ、本当だ、じゃあご主人様、私は忙しいので後で遊んであげますね」
「うむ、俺は他の皆と一緒に部屋に戻っているからな、落ち着いたら、というかある程度まで片付いたら無理せず戻るんだぞ」
「は~い」
ということで『情報源』を救護所に置き、そのまま宿泊している部屋へと戻った。
結局誰一人としてそこらに散っていた仲間を回収することは出来なかったのだが、それでも一定の成果はあったと自負しておこう……
※※※
「ただいま~っ」
「あ、やっとルビアちゃんが戻って来たわ、これで全員集合よ」
「おつかれルビア……で、その紙の束は何なんだ?」
「これですか? これはさっきご主人様が連れて来たあの変な脱落者の人がくれたんです、何でも実家の秘伝の情報をまとめた資料だとか」
「凄いわルビアちゃんっ! 怪我人に対して凄く親切にして、そんな儲かりそうな情報を開示して貰えるぐらい感謝されるなんてっ!」
「ルビア殿は回復魔法使いの鏡だな。本当に素晴らしいと思う」
「それに比べてそのルビアちゃんのご主人様は……」
「おいちょっと待てお前等! それは俺のお陰、俺の功績なの、事情はアレだ、ほら、そいつは俺が助けたようなものだからな」
「勇者様、いくらルビアちゃんが身分的に奴隷だとしても、急に出て来て手柄を横取りするのはどうかと……」
「……もう良いです、はい、もう良いですって、ルビアすご~いっ!」
手柄を横取りされたのは俺だということを誰も、もちろん横取りした本人であるルビアでさえも知らない。
しかし先程はハッキリと『それは詐欺ですっ!』などと言い切った分際で、情報を得られる段階になったらそれが何らかの有力情報であると信じ、ちゃっかりと受け取って帰って来る辺りが実にルビアらしいと言えばらしい。
で、早速その資料を開いてみようということになり、かなり古ぼけ、長い間保存されていたことが一目でわかる表紙の紙を捲る。
どうやら奴の先祖が手書きで、長い時間を掛けて編纂した様子が窺える資料と、それから後の代の誰かが追加したと思しき資料を合綴したもののようだ。
それゆえかなり分厚くなっているのかと、良くここまで長期保存し、受け継いできたものだと感心しつつ、そのレベルのものなのだからかなりのお宝、その他凄い何かを得られる情報なのであろうと期待する。
まぁ、代々受け継いできたこの資料も、そしてその中身までも、全てがここで俺達勇者パーティーに引き継がれるのことになるのだ、きっとお宝も幸せであろう。
「え~っと、あ、見てこれ、ここに『始祖勇者』って文字があるわよ、その周りの文章は……黒ひげの一族! 聖なる玉!」
「うわっ、またその『お宝』なのかよ、期待して損したぜ、はい解散」
「ちょっと待って下さいですのご主人様、どうせこの玉、というか黒ひげの一族とかも、最終的には探さなくてはならなかったんですのよ」
「それに勇者様、この資料をルビアちゃんに渡した人が『黒ひげ』だったとして、ダンゴ精製の生贄にされたら拙くないですか?」
「あ、確かにそうだな、よし、この件は夜の宴で伝えておこう、しかしこの資料を提供した奴は本当に運が良いな」
「そうね、ルビアちゃんの慈悲深い治療を受けられて、しかもしばらく死ななくて済むなんて、おそらく人生最高のラッキーだったと思うわ」
「まぁ、これから生贄にされることなんて、本人は全くもって知らないんだけどな……」
哀れな生贄達の中に含まれていた『黒ひげ』の一族の者、やはり先程無意識に手を差し伸べたのは、俺の研ぎ澄まされた第六感がそうさせたのであろう。
結果として手柄はルビアのところへ行ってしまったのだが、それでもキッカケを、島国におけるこれからの活動を捗らせることになるべき情報を手に出来たのは大きい。
その後もしばらく資料を読みつつ時間を潰す、そして夕刻、空が暗くなり始めた頃にスタッフが部屋を訪れ、本日の宴の準備が整った旨が伝えられる。
腹も減ったし、そろそろ涼しくなってきたため食欲もそれなりだ、すぐに移動して、すぐに食べられるよう準備を整えよう。
1人でサッサと行こうとするリリィを引き留め、コロコロしながら手を伸ばし、運んでくれアピールをしてきたカレンを小脇に抱え、全員が動き出したことを確認しつつ部屋を出た……
※※※
「……なるほど、最終脱落者の一族が、あの海の家オーナーの一族と同じく玉を、始祖勇者の遺したあの球を管理している黒ひげということだな」
「そうなんですよ、場所はえ~っと、地図でいうとこの辺りですかね」
「ここはっ⁉」
「ここは……どうされました?」
宴会場では紋々太郎と席が近かった俺達、新キジマ―のお披露目などそっちのけで移動し、先程の資料から得られた黒ひげ一族に関する情報を共有する。
しかし黒ひげがどうのこうの、始祖勇者の玉がどうのこうのではなく、資料にあった一族の住まう場所を示した瞬間、紋々太郎は強烈な反応を見せた……
「……これはね、この場所は島国の中でも比較的大きな独立国家、『シャチホコリア=エビフリャー二重帝国』なのだよ」
「いやもう何すかそれ? どう考えてもまともなアレじゃないっすよね?」
「……何にでも味噌を塗りたくる人々の住まう場所だ、とんかつ、おでんはもちろん、武器や防具にも、そしてヘアースタイルを整える際にも味噌を使っているらしい」
「ヤバい奴等じゃないですか、ベッタベタですからそれっ! で、その何とか帝国について驚くべき様なことが?」
「実はこのシャチホコリア=エビフリャー二重帝国、敵の粗悪品ダンゴ生産拠点となっているのではないかという疑い、いやそうであると確実視されている場所なのだ」
「なんとっ⁉」
紋々太郎曰く、その何とやらという帝国には2人の皇帝、1人は全体を支配する感じで君臨し、もう1人はその中心街、つまり最も発展したエリアを重点的に支配する感じで君臨しているとのこと。
だがこの2人が最近、本当にくだらない理由で対立、完全に連携が絶たれてしまったのである。
くだらない理由というのがどういう理由なのかは聞かなかったが、どうせこの世界のことだ、本当にくだらないものだな。
で、その隙に乗じ、犯罪組織が侵入……あとはもうわかり切ったことだ、情報は入っていないものの、現時点でこの帝国全体が敵の手に落ちている可能性さえあるという。
そして比較的広く、西方新大陸に渡るための海にも程近い、しかも港がゴリゴリに整備され尽くしたその帝国の領土は、敵の犯罪組織がダンゴを精製し、それを運び出すのにうってつけの地。
他にもそうなっている、つまり敵に制圧され、拠点として使用されている可能性のある土地はいくつかあるようだが、どう考えてもここが激アツ、他がどうであれ間違いなく『やられている』と判断しているそうだ。
「う~む、これはなかなか大変そうだな、始祖勇者の玉と、それから敵拠点壊滅作戦が同じ場所でか」
「勇者様、きっと同時にやるのは無理よ、まずは敵の方からどうにかして、安全を確保してから始祖勇者のタマタマの方を考えるべきだわ」
「そうだな、セラ殿の言う通りだ、勇者のタマタマは後回しだな」
「ご主人様、勇者のタマタマって何ですか?」
「おいコラ、徐々に改変するんじゃないよ、リリィが変な言葉を覚えてしまったじゃないか」
どうでも良いが皆の意見はごもっともである、まずは安全確保、次いでタマタマの確保といくべきであろう。
もちろん敵の規模はわからないが、戦って倒せないような相手ではないはず、気合を入れて速攻で皆殺しだ。
その後、席に戻って宴を、主に酒と料理を楽しみ、時折挑発しにやって来る犬畜生とチンパン野郎を撃退しつつ夜を過ごす。
きっと今夜が移動前の最後の夜になるはずだ、食べるだけ食べてキッチリ栄養を付け、明日以降の大移動に備えるべきであろう。
前回、つまり火の魔族の集落からここへ移動した際には、大変に都合の良い魔導アイテムである転移装置を利用させて頂いたのだが、今回はそのようなものもなく、ひたすら船で移動することが会議で決まっている。
敵地である何ちゃら帝国まではおよそ1週間の船旅、そして敵組織がダンゴの運び出しに港を使用している可能性が高い以上、そのまま船を接近させるわけにはいかない。
まぁ、その辺りは現地の状況を踏まえて考えることとして、まずは移動、目的地を目指すことが先決だ……
『はいっ! それでは本日のメインイベント、新キジマ―様の紹介を終わりますっ! これからのご活躍にご期待下さいっ!』
『ウォォォッ!』
「あら、これで今夜も終わりみたいね、まだ飲み足りないからこの樽を貰っていきましょ、と、英雄がこっち来てるわよ」
「本当だ、何か伝達事項かな? どうも~っ」
「……勇者君、先程伝え忘れたんだが、遠征に使う船の方はもうチャーターしてあってな、『勇者船』と『英雄船』、それからフォン警部補も含む『POLICE&スタッフ船』、その3隻でシャチホコリア=エビフリャー二重帝国を目指すことにしている、構わないかな?」
「ええ、大丈夫です……操舵手さえちゃんと居てくれればですが……」
「その辺りは専用の奴隷を用いるので安心してくれ、君達の船はを任されたのは確か……うむ、酒を飲んでとんでもない海難事故を起こして本来は死刑になるはずだったが、次こそはしっかりやるという約束で奴隷堕ちに留まった元大型船の船長だよ」
「いや、逆に全然安心出来ないんでけど……」
俺達の乗る船の準備はもうほぼ終わり、あとは明日の朝に新鮮な食料、それから保存の効く食糧、さらにはデザートになる食糧……とにかく大食いパーティーメンバーのための大量の食糧を積み込むだけだそうな。
もちろんそのヤバそうな総舵手にはチェンジを、ちゃんとした『可愛い女の子のスタッフ』への変更を依頼しておいたのだが、それが通るとは限らないのが不安の種であった。
だが翌日、昼食後に船の様子を見に行った際に、明らかに俺達の乗る船、つまり『勇者船』に、女の子が数人乗り込んでいくのを確認する。
これはナイスだと、ぜひお近づきになりたいと考え、荷物のまとめもそこそこに船へ乗り込む……と、確かに女の子は数人居るのだが、酒臭いおっさんが1人紛れ込んでいるではないか……
「あぁ、意外と早かったじゃないか勇者君、お望み通りの女子と、それから『まだ』海難事故を起こしていない優秀な総舵手だよ」
「うぃ~っ……あんっ? 誰だよオメェッ! オイッ! コラ酒寄越せオラッ!」
「・・・・・・・・・・」
そろそろ皆もここへやって来る、そしたらすぐに出航、決戦の地へと向かうわけだが……なかなかハードな航海になりそうなのはもう言うまでもない……




