687 その下
「……えっと、ちなみにどっちが『お宝』なんですかね? まさかオカマのおっさんそのものが……なんてことはないよな、さすがに」
『始祖勇者の遺せしこの玉である、これは瘴気を避け、魔を祓う特別な玉、かつて始祖勇者と同時に存在した4人の髭野郎の末裔、それらがこの島国の4つの聖地にて、代々同じものを管理しているものなり』
「4人の髭野郎? ってことは青ひげはそのうちの1人で……」
『そうだ、だが我が子孫であるこの者、今はもう、玉の復活によりて髭の力を失えり、単なるカマ野郎なり』
「あっそう、で、俺はどうしたら良いのですか?」
『残りの髭野郎、即ち赤ひげ、白ひげ、黒ひげの末裔を探すべし、そして4つの玉全ての封印を解き、魔即領域を統べる邪悪な4つの玉の力を相殺すべし』
「……いえ、ちょっと他にやることあるんで、また今度にして貰っても良いですか?」
『ど、どうぞお好きなタイミングで……』
青ひげではなくなり、単なるオカマと化していた海の家のオーナー……いや、これはオーナーではなく、オーナーにその先祖が憑依したものなのか。
とにかく残り3つの『お宝』、というかこの白く輝く神聖な玉の封印を解き、魔族領域を維持している東西南北4つの玉への対抗とすべし、そういうことが言いたいのであろう。
だがイマイチ要領が掴めない、この青ひげご先祖はどうして俺にそのようなことを頼むのか? 俺が勇者だから? いやコイツにその事実を伝えた覚えはないし、教えもせず知っていたとしたら気持ち悪い限りだ。
ということでもう少し話を聞いてみよう、このままでは何もわからないアピールをして、詳細な話をさせるのが得策であるはず……
「あの、最後にちょっと良いですか?」
『どうした? 聞いておきたいことがあるのであれば今のうち……と、そうもいかぬようだ、我が子孫が目を覚ましてしまうゆえ、この体を返却せねばならぬ』
「え? ちょっ、まだ全然理解していないというか、そもそもお前何? って辺りからもう……」
『え~、それらに関しては我がかつて編纂した書物と、始祖勇者様が用意して下さったこの玉の取説があるゆえ、こちらを参考にされたし、以上、さらばであるっ!』
「オイコラッ! あっ、もう消えやがったっ! 何だよこの汚ったねぇ本は? こんなもんでケツを拭いたら逆に汚れそうだぜ」
光が収まり、元青ひげのオカマ野郎から先祖の魂だか何だかが抜けたのが確認出来た。
結局この汚らしい2冊、片方は普通の取説だが、もう片方の『フンコロガシでも秒でわかる島国の宝』に関してはタイトルだけでもう不快極まりない。
と、光に目をやられて転がっていたフォン警部補が、そして先祖の霊なのか何なのかに憑依されていたオカマも復活の兆しを見せ始める。
先に立ち上がったのはフォン警部補だ、オカマ野郎はまだフラフラ、これまでその存在のメインを張っていた青ひげが完全に失われた分、体のバランスを取ることが出来ないのかも知れない。
まぁ、だからといってこんなキモいおっさんに肩を貸してやることなど出来はしないのだが。
とりあえず声を掛け、先に出ているということだけ告げて外へ出よう、この玉の存在も皆に伝えないとだしな。
「おいフォン警部補、あんたはもう歩けるだろう? 外で仲間に状況を説明するから、俺は先に行っているからな」
「お、おう、わかった、もう少し視界がクリアになったら行くよ」
「あ、ついでに元青ひげも連れて来てくれ、もしかしたら憑依されていた間の記憶がないかもだし、本人にも色々と説明する必要が出てくるかもだ」
「わかった、こちらは任せておけ」
ということでおっさんをおっさんに押し付け、俺は軽い足取りで事件現場、地下から『お宝』である聖なる玉が出現した避難施設を後にする。
外で待っていた仲間には『お宝』が『島国の宝』であり、数は4つ、そしてその効果はやはりこの島国を人族でも住むことが出来る、瘴気のない領域に保つためのことであると伝えた。
もちろん青ひげが青ひげの力を封印の解除のために使い切り、青ひげではなくなって単なるオカマ、海の家のオーナーへとクラスチェンジしたこともついでに報告。
残る3つの髭野郎、即ち先程聞いた赤ひげ、白ひげ、黒ひげについてだが……これは後程、宿泊している部屋で『フンコロガシでも秒で…/・』と、それから取説も用いて再度確認しよう。
「それで、勇者様以外の2人はどうなったわけ? 死んではいないのよね?」
「ん、まぁそうだな、オカマオーナーの方の顎の毛根以外はだいたい生存しているぞ、ちなみにそのうち2人で来ると思うから、俺達は先に海辺へ戻ろうぜ」
「しかし勇者様、この小島の『お宝』が弱体化しているのではないかという推測、そちらはどうなったんでしょうか?」
「あ、やべっ、そのことを完全に忘れていたぞ……」
そういえばそんな話もあった、というかそれがなければこの『お宝』の確認さえしなかった可能性があるほどだ。
この小島の『お宝』の効果が弱まったことにより、大陸側の人族が住める地域が縮減している。
もちろんそのまま瘴気のエリア、魔族領域に飲まれれば、その地域の人族は悉くハゲと化す。
で、住む場所を減らされたそちら側の連中、つまり将軍様を崇拝するゴミ共が困窮し、島国の方へと押し寄せ、しかも犯罪組織と業務提携をしているケースが多いという、実に最悪な状況になりつつあるのだ。
ここはもう一度あの施設に戻り、あの玉に傷が、いや瑕がないかなどの確認をした方が良さそうだな。
もしかするとすぐに発見出来ないような、むしろ内部的なものかも知れないし、せめて精霊様を連れて行こう。
「と、まぁそういうことだ、ほら行くぞ精霊様」
「ちょっと待ちなさいよ、あのおっさん2体が待ち構える、しかもたぶんさっきの力の放出で氷が溶けて、これから一気に腐り始める死体があるあの建物に入るって言うの? 冗談じゃないわよ」
「む、確かにそれも一理あるな……よし、フォン警部補に頼んで不浄なものを全部運び出させよう」
本当にPOLICE使いが荒い異世界人だ、というようなことを言われてしまいそうなのは、本人がこの場に居た場合に限る。
すぐに施設の前に戻り、ようやく脱出しようと試み、ヨレヨレ乗体のままの元青ひげのオカマオーナーを担いでいたフォン警部補に追加発注し、氷が溶けてグュジュッとなった犯罪者共の死体も運搬させた。
それが終わるまで待機していた俺と精霊様なのだが、どうやら精霊様には『玉に瑕』に関して何かが見え始めている様子。
先程から施設建物の横を通過する沢の、ほぼ源流に等しい部分に手を突っ込んで何かを感じ取っている……
「おい精霊様、水に手なんか突っ込んで、それで何かわかるのか?」
「ええ、やっぱりそうよ、さっきまでこの沢の水に瘴気避けの効果があったんだけど、今はないわ」
「ん? どういうこと?」
「それは私にもわからない、何か意味があってそうなっているってことぐらいしかね」
「ふ~ん、あ、フォン警部補の作業が終わったみたいだぞ、おう、ご苦労であった、次もよろしく頼む」
「何だその上から降り注ぐような労いの言葉は? 本当に舐め腐った異世界人だな……」
などと言いながらもキチンと死体を搬出、汚れた部分の雑巾掛けまでしておいてくれたフォン警部補。
今回の事件に関してはひたすら真面目である、なにせ既に指名手配犯の首をひとつゲットしているのだから。
まぁ、やはり公僕はこうでなくてはいけない、後にこの世を統べるであろう異世界勇者様たるこの俺様の手足、いやそんなに大層なものではないが、せめて足の小指の先ぐらいにはなって頂きたいところだな。
で、綺麗になった施設内に精霊様と2人で足を踏み入れる……玉があるのは奥の部屋、昨日かき氷を食べた場所ではなく、お姉さん達が犯罪者の死体を隠していた場所だ。
その部屋の床、中央ががせり上がるかたちで出現したらしい玉の台座、特に何の変哲もなく、何も感じない……むしろ玉そのものから放たれる聖なるパワーが異常すぎるな……
「どうだ? パッと見でわかるような傷もないし、玉や台座に内部的な瑕疵があるようにも思えないんだが……」
「うん、この玉の調子が悪いとかそういうのじゃないわ、問題はこの下の空間だと思う」
「というと……どういうことだ?」
「今までこの玉は床下にあったの、だからその床下に、この玉の力と干渉するような何かもあったはずよ、きっとそのせいなの」
「で、その何かに干渉されて漏れ出した聖なる力が、地下水に染み出して流れていたってのか」
「そう、魔族の子達が沢を遡るほどに調子悪くなったり、あと沢が流れ込む海岸沿いでも異変を感じていたのはそのせいね」
「そういうことか……いやどういうことなのかサッパリだが……とりあえずここの床、ブチ抜いてみようぜ、ちょっと100tのハンマーを貸してくれ」
「ええ……あら? ごめん、今日はハンマー、100tどころか10tのものさえ持っていなかったわ」
「おいおい、精霊様もあろう者が、夏バテなんじゃないか?」
「そうかも、でも困ったわね、この床を拳で、なんて野蛮なことはしたくないし……」
こういう作業は本来カレンかマーサの仕事である、だがカレンは元々暑さで、そしてマーサは先程まで漏れ出していたこの玉の効果でやられがちであり、ダークマターの摂取で元に戻ったとはいえ病み上がり。
そんな2人に『とりあえず床をぶち抜けっ、その拳でっ!』などという肉体労働を命じることは出来ないため、これは非常に困った事態なのである。
100tのハンマーを忘れて来たのは精霊様とはいえ、常日頃からそんなものをポケットの中に忍ばせていること事態、常識では考えられないことなのだ。
ゆえにここで精霊様を責めることは出来ない、というかまず、どうやってそんな重量物を、巨大なものをポケットに入れているのか? そこに不正がないのか? という点に関して問い詰めるのが通常先である。
で、俺も床をぶち抜くなどというアツい行為を、この暑い中でやってのける自信はない。
人間なのだから道具に、文明の利器に……そういえば俺も『氷上ワカサギ釣りのゴリゴリするやつ(特大)』を持って来ていない、精霊様のことなど言えた義理ではないな……
「う~ん、あ、そうだ、このクソ暑い夏にしてパワーのあり余っている仲間、1人居るじゃないか」
「居るけど、やりすぎたりしないかしら?」
「大丈夫だ、適当にお仕置きをチラつかせて脅しておけばどうにかなる」
ということで呼び出したのはリリィ、どうやら沢で大ウナギを追い掛けてどこかへ行ってしまっていたようだが、そのウナギをどうにか捕まえた状態のまま、ジェシカに捕まって連れ戻されたようだ、手がヌルヌル極まりない。
「ということでリリィ、床にパンチするんだ、極丁寧にな、ムチャクチャしたらお尻ペンペンだぞ、良いな?」
「ひぃぃぃっ! お尻ペンペンはイヤですっ! わかりました、そぉ~っと、そぉ~っと……えいやっ!」
「うむ、実にナイスな威力調整だ」
「ヒビが入っただけでした……もう一発、ていっ!」
ボゴンッという音と共に抜ける床の一部、床自体はかなり分厚いのだが、その下は空洞になっており、元々はそこに島国の宝のひとつである『青ひげの玉』が封印されていたことが窺える。
で、そこから流れ出す空気が非常に嫌な感じで、これではこの聖なる力を持つ玉と干渉し合っても……と、リリィの様子がおかしいではないか……
「ちょっとリリィちゃん、どうしたのかしら?」
「ひっ、ひぃぃぃっ……」
「何かビビッてね? 珍しいなリリィが怯えるなんて、確かに気味の悪い力が流れているようだが、そこまで濃いものでもないと思うんだが?」
「そうよね、もしも~っし、リリィちゃ~ん?」
「あの……あっ、これ、魔竜の力ですよ……絶対に……」
『魔竜の?』
俺にとっては聞き慣れない言葉、そして精霊様にとっては……知ってはいるものの、こんな所でどうしてその言葉が、といったことを考えていそうな驚き顔である。
魔竜、ということはドラゴンであるリリィの仲間、いや単なる『竜』ではなく、『魔』を冠しているのだからアレか、結構邪悪な何かといったところか。
それに対してかなり怯えている様子のリリィも気になるが、どうして唐突にそんなものが登場したのかということに関しても非常に気になること。
だがここで考えてもわからないし、そもそもリリィにもそれがわからないから怯えている節があるに違いない。
一旦ここを出て、この玉がもう何かの干渉を受けているわけではないこと、そしてこれまで干渉していたその何かが、とんでもなくヤバそうな何かであることを皆に伝えないとだ。
この件についてはまた話し合い、情報交換会を開催せざるを得ないな、この島国で現に起こっていることなのだし、この島国のジジババ、そして英雄である紋々太郎に聞いて見るのが一番早いはずだ……
「うむ、ということで精霊様、このヤバいオーラが出ている穴は埋めるぞ」
「そうね、せっかくこの玉がその干渉から逃れたというのに、その安置ルームにそれが漏れ出していたら意味がないわ、あ、はい『左官セット』」
「よっしゃっ! 捏ね繰り回していくぜっ!」
精霊様が取り出した左官セットと、良い感じのセメントのようなものを用い、先程リリィが空けた床の穴を丁寧に塞いでいく。
あまり上手とはいえないが、それでも魔竜? の禍々しい力が漏れ出さない程度には穴を埋めることが出来た、ここはもうこのままとして、一旦沢を下ってビーチへ戻ろう。
まだ恐がっている様子のリリィの手を引き、避難施設を出て仲間と合流、事情を説明しつつ徒歩にて海を目指した……
※※※
「……ふむ、魔竜ときたか……それはきっとこの島国に伝わる伝説の竜、『ハ股の大蛇』だな」
「いやいや何すかその大蛇は? 八岐じゃなくてハ股? どうせろくでもねぇ奴っしょ絶対」
「うむ、我もそう思うのだが、そういえば先日話したク○薙ぎの剣、それも本来はもっと別の名前で、その『ハ股の大蛇』がケツからひり出したという伝承もあったにはあったな」
「やべぇな、これは完全にやべぇ予感しかしないな、どうせ戦うことになるんだよこういうのとは……」
「何にせよそれはアレだ、この小島の地下に龍脈のようなものが走っているということ、これは大蛇の復活が近いやも知れぬ」
近い『やも知れぬ』ではなく間違いなく『近い』、というかもう『決戦の日まで○○日』というテロップが下に表示されていてもおかしくはない状況である。
もちろん可能であればそんな戦いは、わけのわからない、正体も掴めない大蛇との戦いは避けたいし、避けられなかったとしてもこの島国の人々にお任せして、俺達は知らぬ存ぜぬで通したいところ……いや、そうもいかないか……
「ご主人様、さっきのあの力は超ヤバいです、もう近付くだけでゾワゾワツて感じがして……」
「そうか、やっぱりヤバい奴なのは確定か」
「うん、だから絶対にやっつけないと、たぶんこのままにして王都に戻っても私寝れません」
「え? そんなにか?」
「しかも毎日おねしょします……」
「相当に重症だな、わかった、じゃあリリィの意見を取り入れて、何かわけのわからん大蛇が復活した際には戦おう」
『うぇ~いっ!』
となると問題は本来のミッション、この島国において西方新大陸の犯罪組織が有するダンゴ生産拠点の壊滅作戦、そちらをサッサと終わらせてやる必要がある。
この離れ小島の復旧作業の後は本土に戻って捕らえある馬鹿共をダンゴ精製の生贄にするための儀式、及びそれに伴う宴が待っている。
そこで事情を説明しつつ、これからのスケジュール、もちろん俺達ではなく協力してくれるはずの紋々太郎達英雄パーティーのだが、その予定をダンゴ生産拠点壊滅のため、最も効率の良いものへと組み替えて貰う必要がありそうだ。
英雄パーティーはそのお供キャラとして唯一まともであったキジマーを失い、今は英雄である紋々太郎本人と、残りの2匹は犬畜生にチンパンジーである、つまり早急に人員の補充をする必要がある状況。
まずはそれ、そして既に目星が付けられているといういくつかのダンゴ生産拠点、その場所の把握と効率的な討伐ルートの選定。
そして何よりも、この島国全体をグルッと回って『正義執行のための歴訪』をするための足が必要だ。
馬車ではいけない山地、崖地などもあるはずだし、空飛ぶ船を取りに行くのも時間がもったいない。
「勇者様、そろそろ昼食の時間だそうですよ、お弁当を配布しているので受け取りに行ってきます」
「おうミラ、じゃあそっちは頼んだ、午後は……しばらく作業を続ければ終わりそうだな」
「ええ、こちらの班は昼食後ちょっとだけ作業して、最後に皆で焼きそばパーティーをやって締めるそうです、ちなみに海の家の奢りだとか」
「そりゃ期待出来そうだな、あ、一応アレだ、肉食でも大丈夫なようにイカ焼きと、草食でもいけるように野菜オンリーのものを用意するよう伝えておいてくれ」
「わかりました、ではこちらからはアイリスちゃんと……サボってばかりのエリナちゃんを調理班として派遣しましょう」
「おう、あの悪魔、もう完全にニート状態だからな、好きに使うよう言っておいてくれ」
ということで昼食を取り、午後の作業は俺達も海の家、そして離れ小島全体の復興に当たることとした。
犯罪組織に制圧されていただけあり、そこかしこにポイ捨てされたゴミ、汚物、『総括』された仲間の死体がゴロゴロしている。
それらを片付け、最後にはボロボロになっていた海の家そのもののリペアを手伝い、どうにか本日の作業が全て完了した。
あとは焼きそばを喰らい、とんでもないものを発見してしまったこの離れ小島から一時脱出するのみだ。
その後のことはもう、夜の宴の際に有力者のジジババを集めて説明してやる他ない……




