684 氷漬けの
「……まぁ、こういう感じだ、犯罪組織に与する敵を殺す、そして生贄とするために捕らえる、ひと通り見て覚えて貰えたのであれば幸いだな」
『うぇ~いっ!』
「なぁ紋々太郎の旦那、俺は今回頑張ったよな? だからそろそろクスリをくれよぉ」
「イヌマー、お前少しは我慢しろ、今は勇者君達と話をしているんだ」
「そうだぞこの犬畜生が! 黙るか死ぬかどっちかにしやがれってんだっ!」
「あんだとゴラァァァッ! やんのかこのド底辺異世界人がぁぁぁっ!」
「上等じゃボケェェェッ!」
「争いって同レベルの者同士でしか生じないのよね……」
シャブで脳が溶け切った犬畜生と喧嘩している間に、手伝いに来てくれていたジャケェ共和国の人々、屋形船の本来の従業員達の作業が終わったようだ。
簀巻きにされ、山積みにされた犯罪組織のゴミ野郎共、こんな連中がこの美しい砂浜を制圧し、本来は利用客が使用するはずの海の家で、利用客のための焼きそばを貪っていたと思うと腹が立って仕方がない。
まぁ、この連中はその報いとして、これから凄まじい呪いに掛けられ骨になってもなお踊り続ける恐怖の儀式の生贄となるのだからいい気味である。
さて、ここでの目的は終えたことだし、今から帰れば少し休憩した後に夕食の時間に……とも思ったのだが、カレンとマーサが両サイドから俺の袖を引っ張っているではないか……
「ご主人様、せっかく水着に着替えたんだから海で泳ぎたいです、暑いし、ちょっとここでクールダウンをする必要があると思うんですよ」
「そうかそうか、カレンは本当に可愛いな、どこかの犬畜生と違って……よし、そういうことなら少し遊んでから帰っても良いかな、紋々太郎さん、この提案についてはどう思う?」
「うむ、君達がそうしたいのなら構わないよ、そもそも屋形船を使う提案がなければ、今頃はまだ手漕ぎの小舟でここへ向かっていた最中だろうからな」
話のわかる英雄である紋々太郎、しかし犬畜生の奴、せっかくもう一度ディスッてやったというのに反応しないな……と思ったらカレンの方をガン見しているではないか。
カレンは珍しく水着、しかもビキニタイプの『動き易い服装』に該当しそうなぐらい小さい水着なのだが、このゴミ野朗がそれを視界に捉える許可など俺はしていない。
早速注意して、というか殺してしまおう……と思いきやもう1匹、フォン警部補がTバックビキニのジェシカを、こちらもガン見しているのを確認した。
これは拙い、このままだと俺の大事な仲間達が薄汚いおっさんの目で汚染されてしまう。
そのうちに紋々太郎も……この男はマリエルをガン見しているな、やはり『英雄』だけあって『王女』に反応するのか?
結局俺の大切な仲間にいやらしい視線を向けていないゴミはチンパンジーのサルヤマーのみ、まぁコイツはヒトですらないのだから当然なのだが、残り3匹からは早急に逃れさせなくてはならないな……
「よし、じゃあそんなに時間もないし、海へ入る者は入って、それ以外は海の家の日陰をちょっとだけ借りて休憩だっ!」
『うぇ~いっ!』
マーサを先頭に、カレン、リリィ、ミラと続いて海へ駆けて行く仲間達、フォン警部補の視線に晒されていたジェシカも、それから普通に馬鹿でテンションが上がったマリエルも海へ行ったため、どうにかその視界からは脱することが出来たようだ。
ちなみに犬畜生の方は、紋々太郎から受け取った明らかな違法薬物に目を奪われ、というかその効果によってガンギマリとなっているため、もはや水着姿のカレンのことは眼中にない、むしろこのまま中毒死してくれると非常に助かる。
で、俺は海へ向かって駆け出さなかった冷静なユリナとサリナ、それから日焼けしたくないだけのルビアと一緒に海の家に入り、とりあえずなかの様子を確認し直す。
メニューの看板がそのままだ、犯罪者共は焼きそばにご執心のようであったが、たこ焼きもあればチャーハンも、もちろんフランクフルトも……やはりどれもお値段が高めだな、この辺りはどんな世界においても同じなのか……
「……ご主人様、この海の家には肝心のかき氷がありませんね、氷魔法使いの人が居なかったんでしょうか?」
「本当だな、でもちょっと待て、あそこにあるカラフルな瓶はかき氷のシロップじゃないのか? メニューにはないけどシロップだけ置いてあるってのもヘンだろ?」
「確かに……ぺろっ……これはっ! ご主人様、これは間違いなくかき氷シロップです」
「いやだからそれ以外に何があるんだよ? ぺろってしたかっただけだろう普通に」
「いえ、私には事件の予感がします、むしろこれは事件です、すぐにPOLICEを」
「探偵じゃなくてか? まぁ良いや、お~いっ、フォン警部補~っ!」
海で泳ぐこともせずに、いきなり海の家で事件ごっこを始めてしまったルビア、ちなみにこんなことでPOLICEを呼ぶと怒られるし、最悪逮捕されるので注意が必要だ。
で、暇そうに海岸をウロチョロしていたフォン警部補が、出番の匂いを嗅ぎ付けてやって来る。
海辺を散策する姿はまさに無職のおっさんなのであったが、一応はこれでもPOLICE、しかもそこそこ偉いのだから侮れない。
早速そのフォン警部補に事情、というか事件の概要を説明するルビア、そしてそれに対して真面目に反応しているしょうもないおっさんPOLICE。
俺と、それからどこからともなく取り出したブルーハワイをチューチューしているユリナとサリナの呆れきった視線をよそに、ドM馬鹿奴隷と加齢臭馬鹿POLICEによる大捜査が始まった。
「うむ、まずはこの場所を『消えた海の家かき氷師事件対策本部』としよう、誰かそれっぽい看板を準備してくれ」
「……そのぐらい自分でやったら良いですの」
「ノリの悪い連中だな、だが俺は捜査をするぞ、もしこの事件を解決に導いたらワンチャン『二階級特進』まであるからな」
「それ、殉職してませんか?」
ノリノリのフォン警部補、そして事件を通報したルビアも当然の如くノリノリである。
しかもこの2人、どういうわけかいきなり『海岸線を離れた森』を調べるのだという。
その先に何かがあるとも思えないのだが、とりあえず海に流れ込む沢を伝って小島の、生い茂った木々の方を目指そうとする2人。
もちろんルビアはエッチな水着を着用したままだ、放っておくと拙いな、事件だと思い込んでいたどうでも良い事案に対する熱が冷め、冷静になったフォン警部補がその場で現実を見つめなおしたらどうか?
目の前にはエッチな水着のルビア、きっとPOLICEから犯罪者にクラスチェンジしてしまうことであろう、というか俺であればそうする可能性が高い。
これはどうあっても止めてやらねば、おっさんとはいえここまで一緒に旅をしてきた『仲間のような何か』が、あっという間に討伐対象に変わってしまう……
「全くしょうがない奴等だな、ユリナ、サリナ、ここは任せたぞ、俺はルビアが心配だから付いて行くことにするよ、ほれルビア、そんなサンダルだと危ないからこっちのもうちょっとマシなのを履け」
「あ、は~い、じゃあ捜査班、しゅっぱ~つ!」
「ウォォォッ!」
「ちょっと待てやコラァァァッ!」
駆け出してしまったルビアと変なおっさんPOLICE、この場においては普通、他の仲間達のように海へ向かって駆け出すものだと思うのだが……まぁ常識が通用するような連中でもなし、とりあえず見失わないよう後を追うこととしよう……
※※※
「あっ、ここの斜面、ちょっと地面が抉れていますね、つまり何かが……」
「ふむ、これは間違いなく殺人だぞ、証拠がそう物語っている」
「いや普通にイノシシがわしゃわしゃ泥浴びしただけだろうよ、てかフォン警部補、いつも何もかも自殺で片付けるくせに、どうしていきなり殺人なんだ?」
「わかっていないな勇者殿は、いつもの事件なんてどうせ部署で手柄を山分け、どころか上の方のクズ共が全部持っていくことさえ当たり前なんだ、だがここでは違う、わかるな?」
「つまり、もし事件であったとしたら自分に都合の良い結果になるから、出来ればこれが殺人事件であって欲しい、そういうことだな?」
「その通りだ、やべぇ、マジで100人ぐらい殺されてないかな」
「とんでもねぇPOLICEだ、分限処分じゃ効かねぇぞコイツは……」
ルビアがたいがいなのはいつものことだが、真っ当に生きるPOLICE、文化や経済の発展した西方新大陸の公務員様であらせられるフォン警部補がこのザマとは情けない。
どうせこんなものが事件である可能性は……などと考えたのがフラグであったか、沢の続く先に建物のようなものが見えてきてしまったではないか。
いや、まだアレが事件の起こった、または事件に関係のある施設だと決まったわけではない。
そもそもこの小島は元々人に利用されていたものだ、何か、例えば地下水を汲み上げるポンプ小屋などの可能性もある。
そして幸いにもその存在に気付いたのは俺だけのようで、馬鹿2人は未だに地面の、イノシシが泥浴びした痕跡を入念に探っている最中。
いや、しかしこのまま沢を遡られたらいずれはあの建物も目に入ってしまいそうだな。
更に面倒なことになりそうだし、このまま進むと最悪帰りが遅くなってしまいかねない。
となればどうにかしてこの2人の意識を別の方向へ、沢の上流とは無関係の方へ向かせる必要があるということだ……
「なぁ2人共、俺の予想なんだがな、この先へ行っても何もない気がするぞ」
「ご主人様、それはどうしてですか? 何か根拠があって言っているのであれば『ドM探偵』であるこの私に説明を」
「ルビアお前探偵だったのか、で、そうだな……いや、例えばさ、探偵とかPOLICEとか、やっぱり目立って歩き易いこのルート、つまり沢伝いに捜索を進めるだろ? だとしたらそれを見越した犯人はだな、もっとこう、アレだ、わかりにくいルートで死体を……」
「しかし勇者殿、犯人も死体を引き摺っている以上、やはり進み易いルートを進むと考えるのが妥当だぞ、それに事件現場はほら、ここなんだよ」
「いや、だからそれイノシシの……」
「それにご主人様、さっきから態度がちょっとおかしいですね、いつも一緒に居る私にはわかりますよ……っと、もしかしてご主人様がこの事件の犯人ではっ!?」
「そんなわけあるかぁぁぁっ!」
馬鹿ここに極まれり、今日どころか常日頃、ほぼ片時も離れることがない俺にアリバイがないとでも思ったのかこのドM探偵は?
しかし今のが決定打となり、俺の思惑とは裏腹にこのまま沢を遡ることが決まってしまった。
リアルに帰りたい、いやむしろルビアを引き摺って帰り、フォン警部補だけこの小島に残して忘れ去りたい。
そしてすぐに発見される例の建物、2人は俺がその存在に気付いていたことを知らないため、それ見たことかというドヤ顔をしているのが非常に鬱陶しい限りだ。
で、その調子に乗った2人は当然の如く、何の警戒心も抱かずに建物へと近付いて行く。
仕方ないので俺もそのまま……なんということでしょう、建物の壁に、海の家から持ち去られたと思しき『かき氷始めました』の札がぶら下がっているではないか……
「やっぱり事件でした、ご主人様、犯人はあの建物に潜伏しているはずですよ、倒してかき氷の仇をっ!」
「えっと、殺されたのはかき氷そのものなのかな?」
「勇者殿、状況証拠的にもうそれ以外考えられないぞ、犯人はかき氷を殺害して、これ見よがしにあの札を、まるで見せしめのようにあそこへ吊るしたんだ」
「・・・・・・・・・・」
2人共暑さでどうにかなってしまったのではなかろうか? いやそうに違いない。
まぁ、これが殺人事件なのか、被害者はかき氷なのかはともかく、あの建物に何かあることだけは確定か。
早く戻らないと海で遊び飽きた仲間達を待たせてしまうことになりそうだし、ここは適当に話を合わせ、事件の早期解決に協力してやることとしよう。
それでこの2人が満足して、居もしない犯人についてアツく語ると共に、迷宮入りした事件としてしばらく話のネタになるぐらいが落としどころ、きっとそうに違いない。
ということで中へ入ってみようと、あえて俺から提案してみると、2人もようやく俺がこの事件の重大性に気が付いたか、というような顔をしてそれに賛同する。
建物の入り口には鍵が掛かっており、仕方ないので破壊して中へ……暗いが、どう考えても人の気配があるではないか。
その気配は俺達の突入を知ると移動し、どうやら奥の部屋へと繋がる扉の前に移動した模様。
とりあえず普通の来客を装って、かき氷を食べに来た体で探りを入れていこう……
「失礼しま~っす、誰か居ませんか~っ? かき氷があるって書いてあったんですが~っ」
『は~い、今行きますねっ、ちょっとっ、お客さん? だったみたいよ』
『本当に? 実は私達を追って来た犯罪者の……』
『シッ、聞こえたらどうするのよ外の人にっ、とにかくここは私に任せて』
中から漏れ聞こえるのは女性らしき声、それが3人分、どうやら俺達が犯罪組織の構成員であることを疑っているようだが、感じからして彼女らがその類の人間とは思えない。
そして出て来たお姉さん、美人でスタイルが良く……氷魔法使いだ、そしてチラリと見えた残りの2人も若い氷魔法使いのお姉さん。
どうやら本当にかき氷を提供してくれそうだな、怪しまれぬよう、とりあえず3人でテーブルへ。
俺がイチゴ、ルビアがレモン、フォン警部補はメロンを注文したが、どうやら味のフレーバーはないらしい……
「えっと、皆さんはどこから来たのかわかりませんが……この島の今の状況、わかりますよね? 私が働いていた海の家なんですけど、ちょっと悪い人に盗られちゃいまして……今はシロップが辛うじて持ち出した砂糖水だけで……」
「なるほど、お姉さん方は犯罪組織の連中から逃げてここへ辿り着いたと、そういうことですね?」
「ええ、そうなんです、元々この場所は海の家の所有で、突然の嵐なんかのときに従業員が避難する場所だったんです」
「ほう、良く犯罪組織に見つからずに……いえね、私、実は西方新大陸のPOLICEでしてね、今日はこの島国の英雄パーティーと一緒に悪人退治のためにこの小島を訪れていたんですよ、で、もう全部捕まえた後なんです」
「そうだったんですね、じゃあ私達もやっとここを出て、皆さんや英雄パーティーと一緒に本土に戻ることが……」
「いえ、ですがここで殺人事件の痕跡を発見してしまいまして、残念ですが帰るのはその解決後になりそうです、申し訳ない」
「……⁉ さ……つじん事件……ですか? えっと、その、あのっ」
「おや、何か心当たりがありそうな感じですね? 事件を目撃したとか、そういうことがあれば遠慮なく言って下さい」
「い、いえっ、怖いな~とか思っただけでして……アハハッ、早く解決しませんかね……」
フォン警部補が殺人事件の妄想を持ち出した途端、なぜかやたらと焦り始めるかき氷のお姉さん。
これは一体どういうことだ? 手も震えているし、もしかしたらこのお姉さんは全く関係のない所で事件を起こし、逃亡している犯人ではないのか?
と、それを疑ったのかどうかはわからないが、やはりフォン警部補もこのお姉さんの怪しさには気付いたようだ。
この不自然な態度を全く気にも留めていないのはルビアのみ、何だか知らんが確実に探偵に向いていない奴だな。
おや、ここでフォン警部補が動くようだ、まぁここからはPOLICEの領域であるゆえ、俺はルビアと一緒に砂糖水のかき氷でも堪能しておくこととしよう……
「すみません、一応事件の捜査になるものですから、念のためこの建物の中も改めさせて下さい、もしかしたらお姉さん方が逃げ込む前、殺人犯がここに何か……おそらく死体を隠した、その可能性が極めて高いんです」
「え? でも、ほら、その……かき氷用の機材とか大事なものもありますし……捜索はまた今度にして頂けると……」
「それはちょっと無理ですね、そもそもこの建物には死体が隠されている可能性があるんです、そんな所で食品関連の営業を続けるなど、POLICEではなくともこの島国のお役所が許さないのでは? もっとも、死体を氷漬けにしてあるから腐ったりはしない、というのであれば話は別ですがね」
「ひっ、ひぃぃぃっ! ごめんなさいっ! 私達が殺りましたぁぁぁっ!」
なんと、フォン警部補との会話で我慢の限界に達したかき氷お姉さんが自白してしまったではないか。
いや、本当に殺人事件が起こっていたというのか? 何のためにこんな所で人殺しを?
とにかく、もう観念した様子のかき氷お姉さんと、両手を挙げて降参のポーズを取りながら奥の部屋から出て来た残りの2人。
事件を解決に導いてしまい、ノリノリとなったフォン警部補と、冷静な様子でかき氷を食べつつ、内心はウッハウハなのであろうルビア。
もうどういう状況なのか真剣にわからなくなってきた、マジで俺だけならコッソリ帰ったとしてもバレないよな? マジで帰って良いかな?
「そrで、仏さんはどこに隠したんです? もう諦めたのでしたら案内した方が無難ですよ」
「ひぃぃぃっ、こ、こっち、奥の部屋の壁に、氷漬けにして……」
「そうですか、では早速見せて貰いましょう、その場所へ案内してくれますね?」
「は、はい……」
ガックリと項垂れ、全てを諦めた様子で俺達を死体の場所へと案内するかき氷お姉さんとその仲間2人。
はたして誰を、どんな人物を殺害してしまったのか……と思いきや、壁から出て来た氷漬けの死体は、もう間違いなく犯罪組織の構成員である。
確か昨年、王都でもかき氷店のお姉さんがチンピラを返り討ちにしていたような気がするな、氷魔法使いは元々能力が高く、普通の人族よりは強いというのもあるのかも知れないが、とにかくこれは『殺人事件』ではなく『正当な討伐行為』である可能性が浮上した。
しかし死体となったこの構成員は一体何者なのだ? どうしてこの島で、あの親分的な雑魚とは別にこんな所で殺されていたというのだ……




