680 目的地
「美味しいっ! これは本当に美味しいですっ!」
「おうっ、せっかくの食べ放題なんだからじゃんじゃん食べるんだっ、特にカレンは夏バテ気味だったからな、牡蠣から海の栄養をたっぷり頂くんだぞっ!」
「わふっ! この近くの海に居るの全部食べますっ!」
犯罪組織、そして不正選挙でその地位を簒奪していた将軍様親派のゴミ総統からジャケェ共和国を救った日の夜、俺達は約束通り、そこの住民達から『1年中食べられる牡蠣』の食べ放題サービスを受けていた。
もちろん完全草食系ウサギ女子であるマーサのためのサラダプレート、フルーツ盛りも大量に用意されている。
そのフルーツ盛りから拝借したレモンを湯気の立つ焼き牡蠣に絞りつつ、時折酒を煽ってその場の贅沢を堪能しているのだ。
しかもここは陸地ではなく、なんと屋形船で移動しながらの大宴会なのだから都合が良い、このまま牡蠣を喰らい、酒を飲んでいさえすれば、明日の昼前には目的地、ジャケェ共和国の隣にあるダンゴ発祥の地に到着するという最高の状態。
「さてさて皆さん、牡蠣殻はこのバケツの中へお願いしますよ、一応集めていますけぇ」
「ん? 牡蠣殻は肥料にでもするのか?」
「それもあるんですが、その前に少し使い道がありまして、ほら、犯罪組織もガチで皆殺しにしたわけではなくて、利用価値もない分際で投降して来たゴミが多かったでしょう? それをこの鋭い牡蠣殻のプールで泳がせるんですよ」
「そりゃ良い、血塗れになりながら必死で泳いでいる犯罪者の図とか実に滑稽だぞ、50m泳がせて、一番速かった奴には褒美として傷口に塩を擦り込んでやれ、きっと嬉しさで飛び跳ねるぞ」
「ギャハハハッ! それは良いかも知れませぬけぇ、もし皆さんが帰りにもここへ寄るようでしたら、ぜひその方法で処刑する不正総統の信者など見ていかれると良いと思いますじゃけぇ」
「うむ、楽しみにしておこう」
バケツの中にどんどん溜まっていく牡蠣殻、カレンやリリィは当然だが、いかにも牡蠣を食っていそうなおっさんであるフォン警部補のガッつきぶりもなかなか見ものだ。
あと着目すべきはアイリスか、黙々と、本当に凄まじいスピードで焼き牡蠣の殻をオープンしている。
さて、こちらは酒も回ってきたことだし、そろそろペースを下げて話をするフェーズに移行しよう。
内容はもちろん、これから移動する先にあるダンゴ発祥の地、『キビキビ何ちゃら』という感じのニュアンスの国についてだ……
「……これから向かう国ですか? そうじゃけぇ、いぅてダンゴ、それもホンモノの、しっかりしたダンゴを作っている国じゃけぇの」
「ホンモノのダンゴ? あの西方新大陸の犯罪者とかそういう連中が使っていたのはニセモノだったのか?」
「じゃけぇ、その辺りはあそこで酒飲んどる精製技術者の方が詳しいと思うけぇ、とにかくホンモノのダンゴは強い、そしてそう簡単には作り出せない代物ですけぇの、ちゃんと儀式を執り行って、大量の生贄を捧げてやっとひとつかふたつ、その程度の生産量であって……」
「なるほどな、じゃあその分効果も大きくて……それであのキジマーの奴、同じダンゴ強化人間でもその辺の犯罪者とは一線を画す存在だったのか」
ここで新たに明らかとなったダンゴの秘密、いや、ここまでにダンゴ技術者のおっさん達に聞いていれば容易に発覚したようなことである。
だがあの風呂にも入っていなさそうな、汚い拉致被害者であったおっさん軍団に近付き、言葉を交わすのはさすがに気が引けるため、今に至るまでそういう話はしていない、必要最小限でしかコンタクトを取ってこなかったのだ。
しかしホンモノのダンゴか、なかなかに凄まじいものであることは明らかだが、その希少さ、プレミアムさもかなりのものなのであろう。
しかもそこから先の話を聞く限りでは、やはりこのダンゴ技術者のおっさん達が居ない限り、最終的な祈りを捧げない限りはそれが手に入らないそうだ。
となるとおっさん達の重要性、攫ってまで犯罪組織に渡すだけの価値というのを改めて思い知らされるな、あそこで海賊船的な空駆ける船に乗った連中かに遭遇し、このおっさん軍団の一部を救助しなければそれを知ることさえ出来なかった。
きっとそうなればこの重要な危険因子をそのまま素通りさせ、気付かない所で敵のパワーアップが進行、取り返しの付かない結果になっていたに違いない。
全く今回は、というかいつもだが、偶然のラッキーに助けられることが非常に多いな。
もちろんそれは俺様の、異世界勇者様としての日頃の行いが極めてよろしいことに起因しているのだが……
「まぁ、とにかくアレだな、明日現地に着いてみてから色々と見て回るよ、ジャケェ共和国の人は俺達についての説明をよろしく頼む、あとキジマーに呼ばれて来た異世界勇者一行だってことだけはしっかり伝えておいてくれ」
「わかったけぇ、任せておくと良いけぇの」
「うむ、では俺は牡蠣食べ放題の方に戻らせて頂こう、ミラ、そっちの方はもう焼けているんじゃないのか?」
「待って下さい、この牡蠣は一応加熱用なんで、まだひっくり返して3分ぐらい焼かないと危険です」
「そうか、まぁ焼いて食べるなら絶対に加熱用の牡蠣の方が良いというからな」
「ええ、生食用と加熱用の牡蠣は育成している海域が違うとかそういう理由ですから、もちろん栄養の多い海域で育てた加熱用の牡蠣の方が味はギッシリで、良く生食用の方が新鮮だからそちらが、という勘違いをしている人が居るようですが、それは誤りだという話を聞きますね」
「あぁ、俺がこの世界に転移して来る前に聞いていた話とほぼ同一だから間違いないだろう、と、そんな話をしている間にこっちが焼けたかな……」
「主殿、鉄板で焼くのも良いが、向こうの方に『菓子の缶に入れて蒸したもの』があるぞ、そちらもなかなかだった」
「そうか、じゃあちょっとレモンでも絞って……いやポン酢にしようか、それとも味付けナシでそのまま……」
こうして真夏だというのに、岩牡蠣ではなく真牡蠣を提供してくれる、しかも風情ある屋形船での宴会は続き、いつの間にか酔って寝てしまっていた俺達。
翌朝目覚め、ふと窓の外を見ると風景は一変していた、かなりの数の小島があったジャケェ共和国のそれではなくなり、ここがもう目的地の近く、ダンゴ発祥の地のすぐ近くまで来ている、そんな予感がした。
と、外に出ていたセラが手招きをしている、陸地の方で何かを発見したようだな。
どうせ到着までは暇だし、少し風に当たる名目で俺もそちらに行ってみることとしよう……
※※※
「見てよ勇者様! ほらあっちの、陸地の真ん中ぐらい、物見櫓みたいな高い塔があるわよっ!」
「本当だ、しかも1、2……10本以上あるな、山の陰で見えていないのも合わせるともっとか? しかし何に使うんだろうか?」
「わかんないけど、もしかしたら犯罪組織の悪い奴が侵入するのを見張ってるんじゃないかしら、特にダンゴ発祥の地っていうなら狙われてそうだし」
「かもな、でも一応アレだ、知っていそうな人間に確認しておこうぜ、フォン警部補、ちょっと良いかっ?」
目的地らしき地域の、その陸地にあった高い物見櫓の集団、まるで田舎の山の中腹に立ち並んだ送電塔のようだ。
もちろんそんなものは転移前の世界でのみの話であって、この異世界ではまた別の目的のために作られたものであることが確実。
そしてそれは特に秩序立って並んでいるわけではなく、むしろ見張りに使うという予測さえどうかと思うほどの統一性のなさ、そしておかしな場所に立っている。
可能性が高いのはダンゴ関連施設だ、その製造の場所を守るためのものなのか、それともその製造工程において直接的に関与するものなのか、それを知っている可能性が高いのは、同行しているダンゴ技術者のおっさん達。
で、その少し不快な見た目の連中と話をするため、仲介役というか間に挟む緩衝材というか、おっさん軍団と同じ『おっさん属性』であるフォン警部補を利用することに決めた。
すぐに屋形船の物置に行ったフォン警部補は、やることもなく無駄な時間を過ごしていたおっさん軍団の1人を呼び出し、陸地に見える物見櫓風の建造物について質問してみる……
「ん~、目が悪いので良くは見えないが……おぉっ、アレは『ダンゴ精製塔』じゃね、わしらはあの上に立って儀式の最終段階を執り行うんじゃよ、下では儀式用の踊りが行われておってな、それはもうかなりの数の人命が失われる儀式で……いや、これは実際に行って見てみるのが早いじゃろう、あの塔も、そっちの塔もまだ稼働中みたいじゃし、もしかするとダンゴ精製の瞬間も見られるかもじゃよ」
「いやいや、ダンゴの精製ってそんなにアレなのか? 何人も人が死んだりするものなのか?」
「そりゃの、ダンゴというのはそもそもかなりの力を凝縮した、『やべぇクスリの頂点に位置するモノ』なのじゃ、もっとも死ぬのは生贄として捧げられる死刑囚のみじゃがな」
「ほう、死刑囚で賄えるのであれば特に問題はないな、毎月村から1人、会議で決定した生贄を差し出すダークサイドの儀式じゃなくて良かったぜ」
一時的に沸いてきた不安に関しては払拭されたものの、やはりダンゴの精製というのがどういう儀式なのか、そしてこれから上陸するダンゴ発祥の地がどういう場所なのかは非常に気になるところ。
やはりこれまで異世界で経験してきた他の文化とは少し異なるのがこの島国であり、しかもその中でさらに小国に別れ、また独特のやり方をしているのだから予想が付き辛い。
しかも今回はそのダンゴ精製だけでなく、俺達勇者パーティーと対を成す存在にも思える『英雄パーティー』という存在もある。
これはなかなかどうして大変な活動になりそうだな、少なくともこの島国でやるべき様々なこと、その主要な部分がこの地に集約されているということはもう疑う余地がない。
少し気合を入れていかなくれてはならないな、などと考えている間に陸地は近付き、俺達の乗る屋形船は何十人かの人々が出迎える木製の桟橋に到着。
既にもっと足の速い船で先触れをしていたのであろう、特に何かがどうこうということなく、接岸してすぐに船を降りることが出来たのであった……
※※※
「ようこそおいで下さいました、伝説である始祖勇者様の意思を継ぐ異世界勇者様とそのお仲間の方々、それにジャケェ共和国の皆さん」
「うむ、我こそが異世界勇者である、つい昨日もたった1日の間に、犯罪組織の卑劣な支配からこの方々の故郷であるジャケェ共和国を救った者だ」
「勇者様、毎回の如く秒で調子に乗るのやめた方が良いわよ、後で実力がバレて恥ずかしい思いをするのは勇者様なんだから」
「わかってないなセラは、まず第一印象で威厳を示しておくんだ、そしてそのイメージがガッツリ定着してしまえば、後からちょっとぐらいやらかしたところで余裕だ、もうどうということはない」
「本当に悪役の方が向いている異世界人ね……」
とにかく俺はこの地で変わる、これまで行く先々で仲間ばかりが注目を集め、俺など単なるオマケ、勇者としてそこに居るだけの存在に過ぎなかった異世界ライフを変える、そう、島国デビューするのだ。
ということでまずは『凄い、偉い、カッコイイ勇者様』という印象をここの人々にも植え付ける。
当然セラが嘲笑してくるし、ミラやジェシカは俺とその辺のゴミの判別がイマイチ付かないという目で見てくるが気にしない。
戦いの話を盛りに盛って、この俺様の素晴らしさが伝説となり、その始祖勇者様だか何だかのしょぼくれた伝説を上書きしてしまうのが当面の目的だな……
「いやはやしかし、あのジャケェ共和国をお救いになられるとは、隣に居ながら何も出来ずにお恥ずかしい限りですが、てっきりこのまま犯罪組織に制圧されてしまうものかと」
「うむ、ジャケェ共和国は不正で総統に成り上がった馬鹿と、それから犯罪組織の攻勢によってもはや斜陽国家だったからな、もし俺様が来なかったらそのままサンセットを迎えていたであろう、この世界で起こる良いことは全て俺様のお陰だと心得よ」
「おぉっ! さすがは異世界勇者様だっ! 根拠のない自信に満ち溢れていらっしゃるっ!」
……何だか地味にいつも通りという感じになってしまいそうな、そんな方向性で話が流れている雰囲気なのだが……気のせいだということでスルーしておこう、ここでの俺は尊敬される異世界勇者様であり、その地位は絶対に揺るがないのだから。
と、俺がそんな話をしている間に、フォン警部補はお荷物……ではなく邪魔者……でもなかったか、救助したダンゴ技術者のおっさんを引き渡す算段を整えていたようだ。
これでようやく身軽になると同時に、せっかくなのでダンゴを精製する儀式を見て行ったらどうかとの誘いも受けることが出来、すぐに行くと答えて準備を始める。
儀式が行われるのはやはり山の中腹、先程海から見えていた塔のある辺りらしい。
一緒に行くのはその塔が気になっていたセラと、それから暇で仕方ないリリィと付き添いの精霊様。
他のメンバーは風通しの良い、涼しい室内で待機しているとのこと、俺達がダンゴ精製儀式の見学から戻る頃には昼食となるため、ひたすらにグダグダしてそれを待つようだ。
「ふぅっ、ふぅっ、やれやれ、やっと見えてきましたぞ、アレがダンゴ精製塔です、周りに提灯などの飾り付けをしてあって、それから踊りがなされているものが使用中ですよ」
「ダンゴ精製塔って……単なる盆踊り会場じゃねぇかっ!」
「勇者様、盆踊りって何よもしかして勇者様の居た世界だとあんなに恐ろしい踊りが日常だったってこと?」
「凄いわね、生命力どころか肉体を構成していた物質に至るまで、何もかもあの精製塔に吸収されたのよきっと」
「何を言っているんだセラも精霊様も、盆踊りってのはそんな危険なものじゃ……」
「でもご主人様、踊っている人、皆ホネッホネですよ、全員もう死んでます」
「へ? はっ? うわっ!? マジでそんなことがあるなんて、おいっ、何だよこれっ?」
「これですか、これはダンゴを精製するために死刑囚を集め、死しても、骨となり果ててもなお踊り続ける、精製塔に力を送り続ける呪いを掛けたものです……どうやら名称だけはご存知のようでしたが、これが、これこそがダンゴ精製のための『Born踊り』なのじゃっ!」
「Born踊りっ!? なんと恐ろしい闇の儀式なんだ……」
見たところBorn踊りをさせられているのは20名……いや20体程度の骨、どのぐらい長い間こうして踊っていたのであろうか、所々崩れかけ、しかしそれでもなお踊りを止めない。
と、この塔の踊りはもう完成間近らしいな、先程引き渡したダンゴ精製技術者のおっさん達のうち、高齢のベテランと思しき5人がモブキャラの村人Aや村人Bに支えられつつ、精製塔の上を目指している。
というかおっさん達はかなりおかしな格好だ、まるで陰陽師と坊さんのハイブリッドのような……きっと俺のような転移者の伝えた文化が、どこかで間違って伝承されてこうなったに違いない……
「え~、ではいよいよですね、ダンゴ技術者達によってこの儀式のクライマックスである『本精製』が執り行われますゆえ、どうかご静粛にその様子を見守ってやって下さい」
「だってよリリィ、ちょっと静かにしておくんだぞ」
「はーいっ!」
「むっ、始まりますじゃ!」
精製塔の天辺にたどり着いたダンゴ技術者の5人、モブ村人達が捌けた後、それぞれが5角形、いや五芒星の頂点となるようにポジションを取り、祈りを捧げ始めた。
『……ダンゴの力よ、生贄の肉と魂は捧げし、残滓たる骨、その髄までしゃぶり尽くせよ、そしてその力を我が手にっ! オンメケメケペッペケペーッ!』
「何だこれマジで……」
精製塔は光り輝き、その周囲で踊らされていた骨達はボロボロと崩れてその光の中へと消えていく。
残ったのは精製塔と、塔の天辺で杯のようなものを掲げているダンゴ技術者達のみであった。
すぐにモブ村人達が塔を上がって行き、なかなか足腰にキている様子の技術者達を回収する。
持っていた杯は一番高齢と思しき技術者が、まるで卒業証書の入ったトレーの如く頭の上に掲げつつ、ゆっくりとこちらへ運んで来た……
「精製が完了致しました、『ダンゴ3つ』にございますっ!」
「おぉっ! なかなかの大成果じゃ、およそ3ヶ月、生贄を取り替えつつ50人の死刑囚を投入しただけのことはあるわいっ!」
「え、その規模の投資で3個って……かなりコスパ悪くないか?」
「いえいえそんなことはございませぬ、皆さんはこれまで犯罪者が使っていた粗悪品のダンゴ、低品質なコピー商品であるそれしか見てこなかったはずですが、ホンモノの精製にはこのぐらいのコストが必要なのです」
「なるほど、その分効果の方は絶大なんだな、でもさ、それだけ時間を掛けて3つだと、さすがに足りなくならないか?」
「そうですな、この品質でも使用者の方には2週間に1つ、大事を取って1週間に1つぐらい摂取して欲しいところなのですが、やはり不足気味でして、このままだと弱い方からダンゴ強化戦士を切り捨てていかなくてはならない状況になりますな……」
初めて見たダンゴの、もちろん西方新大陸の密林倉庫や砂漠、大草原の集積所で見た大量の『コピーダンゴ』ではなくホンモノの製造工程。
良くわからないのだが、この品質のものを求めて犯罪組織がダンゴ技術者を攫い、西方新大陸にて儀式を、犯罪組織のためのダンゴ精製儀式をやろうとしているのは本当に危険だ、どうにかしなくてはならない。
ということで見学を終え、仲間達の待つ海沿いの待機所へと向かう、これから昼食、そしてそこではこの地を拠点にしている英雄についての詳しい話を聞くことが出来そうだ……




