679 救国
『おい貴様等! 総統閣下の御前であるぞっ! 早く土下座せぬかっ!』
「ん? 何だこのジジィは、後でちゃんと殺してやるからとりあえず黙れ」
『キサマァァァッ!』
奥の方で大騒ぎしているわけのわからないジジィ、その声が『総統の間』内部に響き渡り、非常にやかましい状態が続いている。
そして正面の玉座に居るのは総統閣下だと目される人物、兵士や役人と思しき他の連中と比べて太りすぎであって、どう考えても残った富を集約したことによって誕生してしまったモンスターだ。
その総統閣下様とうるさいジジィ、それ以外にも何匹かの取り巻きと思しき連中、それが不正によってこの小さな共和国を支配しているゴミの仲間達ということだな……
「……じぃよ、少し静かにせい、そして貴様等、わしはこの共和国の『永世総統閣下』となった『神にも等しい存在』なのだぞ、どうして地に平伏し、わしと比較して自らが塵芥も同然であることを表現せぬのだ?」
『ソウダゾォォォッ! 総統閣下万歳! 総統閣下こそ世界の支配者!』
「おいちょっとジジィうるさい……てかさ、お前この国の総統なんだよな? 選挙で選ばれた」
「いかにもっ! しかし『お前』とは何だ? 不敬罪で死刑に処す」
「あっそ、まぁ死刑になるのはお前とその不快な仲間達だがな、そもそもお前、どうして語尾が『じゃけぇ』じゃないんだよ? 本当にここの国の人間なのか?」
「……何が言いたいのだ貴様は?」
『うるさいぞお前ぇぇぇっ! 殺すぞっ! 総統閣下に対するこれ以上の不敬は許さぬぞぉぉぉっ!』
「だからジジィうるさいってば、誰か黙らせろそのゴミを、で、総統閣下様なんだけどさ、あと他の取り巻きの連中も、俺からすればとてもここの人間には思えないんだよ、なぁセラ?」
「そうよね、だいたいその胸元の赤いバッジは何なわけ? 私てっきりあなた達が『どっかの将軍様の崇拝者』で、海を渡ってやって来た犯罪組織の協力者かと思ったぐらいだわ、というか違うのかしら? 違わないわよね」
『な……なぜそれをぉぉぉっ!』
もう速攻でボロが出た奥のジジィ、総統閣下様も額に冷や汗を浮かべている様子だ、まさか俺達がそのこと、つまり『将軍様バッジ』を付けている連中がどういう属性なのかを知っているとは思わなかったようだ。
そして当然のことながらざわざわとし出す総統の間、『だからあんなに無策であったのか』とか、『それでこの総統に代わった途端、国営放送が何か気合の入ったババァのアレになったのか』など、ここで合点がいった列席者がかなり多い様子。
この馬鹿に対して最初から疑いを抱いていた者、最初は信じていて、総統を決める選挙の際には投票までしたものの、その無能、無策に対しておかしいと感じ始めていた者。
その両者でここに居る人間の大半を占めているはずだ、取り巻きを除く全員がそのいずれか、もしくはこの不正選挙で選ばれたゴミ総統に対し、もっと強い悪感情を抱いていたはず。
もっとも、この大総統閣下様が本当に無能であったのかどうかについては定かでない。
なぜならばこの男、自らが犯罪組織に与し、わざと共和国側を負けさせていたことが確実であるためだ。
まぁ、どこかの将軍様、ジョン総書記とやらに心酔し……ているのかどうかもわからないが、とにかくその肖像画の入ったバッジを胸元に付けているような状態で調子に乗っている以上、有能ではないことが確実なのだが……
「それでどうするよ? そのバッジについてこちらから、いや西方新大陸でPOLICEとして活躍するフォン警部補から、この場に居る全員に対して詳しい説明をしても構わないんだが?」
「どうも~っ、新大陸POLICEのフォンで~っす、階級は警部補なんでよろしくっ」
「クッ……者共! この連中は犯罪組織の構成員だっ! 総統であるこのわしが自ら命じるっ! 全て排除せよっ!」
「……おい、誰も動かないみたいだぞ、てことは支持率0%だと思うんだが大丈夫か? 取り巻きも含めて総辞職した方が無難だぞ」
「ふざけんじゃねぇっ! こうなったらわしらが直接殺してくれよう、言っておくがこのバッジ、将軍様の大変素晴らしい肖像画が描かれたバッジの効果は……」
「うん、もう色々と知っているから説明は省いてくれて構わないよ、で、掛かってくるなら早くしろ、そのバッジ、もぎ取ったらどうなるのかってのをここの連中に見せてやりたいんだ」
「貴様ぁぁぁっ! じぃよ、お前から行けっ! じぃがやられたらお前、その次はお前だっ! どうにかして総統であるわしを守るようにっ!」
『仰せのままにっ! キェェェッ!』
「自分は戦わないのかよ……」
飛び掛るジジィ、しかも夏バテ気味でフラフラの、現状最も弱そうに見えるカレンをピンポイントで狙う辺りが本当に雑魚キャラムーブである。
だがカレンが弱そうに見えるのはそのヨレヨレ感とサイズ感によるものであり、実際には勇者パーティーの中でもかなり上位に位置しているということをこのジジィは知らない。
止まったままのカレンと宙を舞うジジィが交錯した瞬間、おそらく周囲に居た人間はただお互いの位置が入れ替わった、ジジィがカレンの横を通過しただけに見えたはず。
だが実際にはその0.3秒程度の間にカレンの爪武器を用いた攻撃、もちろん一撃ではなく複数回の斬り付け攻撃が炸裂していたのであった。
トッと、その場で音がしたような気がしなくもないが、次の瞬間には着地したジジィ……しばらくして全身に赤い筋が走る、そして血を噴出しながらバラバラに、細切れになって崩れ落ちる……
「ひぃぃぃっ! じ……じぃが一瞬で……そんな…・・・バッジの効果に加えてダンゴまで使っていたというのに……」
『何だってっ!? どうして総統閣下がダンゴをっ?』
『ダンゴを使って強化しているのは英雄パーティーか犯罪組織の連中か、どっちかだけじゃけぇにっ!』
『じゃあやっぱり総統閣下は……犯罪組織の構成員! いぅて最初からそこそこ怪しかったけぇの……』
『異世界勇者だっていう兄ちゃん、それからPOLICEのおっさんが正しかったんじゃけ、薄々感付いてはいたが総統閣下は悪者じゃけぇっ!』
「……こ、こうなったら逃げる他ないっ! おいお前等! わしがちゃんと逃げ切るまで時間を稼ぐんだっ!」
「待って下せぇよお頭! 俺達だって死にたくはねぇっ!」
「黙れ! 貴様等のような『雑魚同志』なんぞ国へ帰ればいくらでも補給出来るんだっ! えっと、確かあの女幹部の組事務所に西の方への転移装置が……って良く見たらお前等が連れてんのその女幹部じゃねぇかっ!」
「ご明察、ちなみに転移先にも将軍様バッジを付けた連中が居たんだがな、もう全部死刑に処したから安心してくれ、あとお前もこれで終わりだ、フォン警部補、逮捕と処刑を頼む、取り巻きもまとめてな」
『ひぃぃぃっ!』
あっという間に片付いてしまったジャケェ共和国の総統閣下……ではなくその地位を不正占拠によって簒奪した大陸系人族、将軍様であるジョン総書記崇拝者のゴミ共。
最初にカレンがブチ殺したジジィ以外は全て生け捕り、もちろん親玉の総統閣下はフォン警部補が取り押さえ、その取り巻きも逃げる前に近くの役人や雑兵共によって捕縛された。
「でだ、ここの連中にもキッチリ見ておいて貰いたいんだが、この赤いバッジ、これを付けている奴は大陸側から渡って来たやべぇ連中の仲間だ」
「……確かに総統閣下……だったゴミ野朗とその取り巻きは全員が付けているようじゃけぇ、これが目印になるってことけぇの」
「そうだ、とにかくコレ、『貼るタイプ』のダンゴで、効果こそ薄いが多少は身体強化されているから気を付けてくれ……で、コイツで良いや、このバッジを奪われるとだな……」
「やっ、止めてくれっ、お願いだまだ死にたくねぇ……ひっ、ギョォォォッ! カペペペペ……ペペ……ペ……」
「おぉっ! グズグズに溶けて死んだっ! これなら俺達でも倒せそうじゃけぇっ!」
「その通りだ、このバッジを付けていたら原則全て敵、もちろん味方に変装させているような場合を除いてな、そしてこのバッジさえどうにかしてしまえばこの連中は死ぬ……じゃあ次はソイツで、代表者を出してこの方法を実践してみてくれ、そして不正総統閣下はどうする?」
「コイツは火炙りの刑に処すけぇ、その前に生き残っておる全国民に通達じゃけ、総統閣下は犯罪組織の構成員で、わざと負けていたから偉大なる共和国軍はこんなに押し込まれてんだって」
「うむ、ここから巻き返して城を取り戻すんだ、そこまでは俺達も手伝うから、その後の移動、つまり俺達がダンゴ発症の地へ赴く際の手助け……あと牡蠣食べ放題を頼む」
総統閣下が不正野朗であることを見抜いてやったことにより、こちらの要求はほぼ全てが通る感じであった、まぁ当然至極である。
だがそれはたったひとつの要求を除いてだ、そう、尻のアナリストなどと自称するこのハゲは、特に価値のない無能であるとみなされ、受入を拒否されてしまったのであった。
せっかくこんな場所まで、こんな何の役にも立たないゴミを連れて来てやったというのに……いや、これはここの、共和国の人々が悪いのではない、このハゲが無能だから悪いのだ。
本来は、というか通常程度の能力を有していれば、その経験を生かして今後も犯罪組織と戦うための分析官として残って欲しいと思われる、引退しようとしても留意されるはず。
それが返そうと思ったら拒否されるなど、レンタルビデオを返そうと思ったらもうゴミなので捨てておいて下さいと言われるに等しい、いやそれ以上のことではないか。
まぁ、とにかくこのハゲがもうジャケェ共和国にとって必要のないモノであるということはわかった。
そしてもちろん俺達にとっても必要ではない、むしろ視界に入ると不快だし邪魔ですらある。
ならばここで処分してしまおう、いや処分費用を支払うことさえしたくないな……この不正総統と一緒に焼却して貰うこととしよう……
「ふ~む、わしももう必要ないというのであればここで引退じゃけぇ、早速本業である尻のアナリストとして……まずはそっちのウサギ魔族のプリケツをっ!」
「イヤッ! ちょっと何すんのよこの妖怪はっ! 離れてっ! 臭いから10m以内に近寄らないでってば!」
「そうだぞこの無能ハゲ、で、すまないがこの不用品、そっちで殺しておいてくれないか? 金にならないというのであればもう生かしておく義理はないからな」
「わかったけぇ、おい元分析官殿、残念ながらあんたはもう死刑じゃけぇ、この税金ドロボーがっ!」
「へ? どうしてわしが殺される流れになっとるんじゃけ?」
「いやそれはもうアレだろ、自分の胸に手を当てて何とやらだ、ほれ、サッサと処刑されに行けよ、本当に目障りなんだよお前みたいな無能馬鹿は、てか俺の仲間の尻を勝手にアナライズしようとした罪もあるんだからな、せいぜい苦しんで死んでくれよっ!」
「そっ、そんなぁぁぁっ! イヤじゃけぇぇぇっ!」
こうして目障りなハゲ野朗は処断され、同時に不正総統に対する処刑も、生き残っていた共和国の住民を集めた集会の場で執り行われた。
やはりそうであったかというような反応の者が大半であり、中には選挙の際におかしいことを訴え、その後迫害されていたような連中も居たようだ。
だがこれにて始末完了、ここからは反転攻勢の時間である、そう、もちろん俺達も手伝って大々的に、その作戦は翌日から始まることに決まった……
※※※
「……と、いうことですけぇ、今我々は海沿いに追い詰められた状態、そして拠点であった城はここ、そこまでどういうルートを辿って攻め上って行くのかということが重要ですけぇ」
「うむ、まぁもうアレだ、正面突破で良いと思うぞ、なんてったって俺達が味方に付いているんだからな」
「しかし、確かに昨日見た感じでは相当な力を持っているとお見受けしましたけぇ、とはいってもさすがに……」
「いや、正直言って楽勝だ、もし頼まれればここから狙ってあのチラッと見えている目的の城、その周囲一帯を完全に更地に変えることぐらい造作もないからな……あ、ちなみにやるのは俺じゃなくて仲間な、俺は接近しないと戦えないから」
「勇者様は接近しても戦わない……いえ、何でもありませんことよ、ちょっとした王女ギャグで、でも9割方真実……いててててっ!」
翌日、不正総統一派の薄汚い死体を片付けた後、総統の間であった場所にて作戦会議をする。
共和国軍の人間はまだ犯罪組織如きにビビッているようだ、情けない限りであるが、この状況では仕方ないのか。
で、その作戦会議で話を聞く限りでは、おそらく俺か、それ以外でも勇者パーティーの仲間の大半、まぁルビアやサリナでは少し厳しいかも知れないが、誰かが単騎で突入しても、その日のうちには戦闘を終えられる程度の規模で戦をしているようだ。
これならもう『勝つだけ』であれば楽勝、あとはどれだけ犯罪組織のゴミ野朗共を取り逃がさず、確実に息の根を止めるかということが問題となる。
ここを、ジャケェ共和国だけを救ったとしても、逃げ延びた犯罪者はどこかでまた悪事を働くのだ。
そう、それは現在共和国軍拠点の牢屋で預かって貰っているアスタのように、島国の国家群の外にまで影響を及ぼしかねない。
そのような事態に陥り、俺達の与り知らぬ場所で誰かが迷惑を被り、命を奪われることを避けるためにも、この地域に蔓延る犯罪者は角刈りであれ将軍様バッジ装備者であれ、ネズミ1匹逃さない勢いで掃討していかなくてはならないのである。
とはいえ敵の大半が本来は共和国軍の拠点であった城に、ひしめき合うようなかたちで滞在しているのだという。
その数はおよそ1万……通常であればそこそこ多いように感じるはずだが、これまでにもっと大規模な戦闘を経験してきた俺達にとってはもう『ちょっとした紛争』レベルの戦闘規模なのである……
「さてと、じゃあこの城攻略は俺達に任せてくれ、というかセラ、リリィ、2人に丸投げして構わないよな? なるべく城の建物が再利用可能な感じでどうにかしてくれ」
「わかったわ、骨組みぐらいは残しておくようにする」
「あとは全部燃やしちゃいましょうっ!」
「うむ、それから逃げ出そうとしている、というかこの地域を離脱しようと試みる犯罪者は精霊様が、その他町中は俺達が2人1組ぐらいで散って掃討作戦を敢行するぞっ!」
『うぇ~いっ!』
「じゃあもう作戦とかどうでも良いから出発だっ!」
『ヒャッハーッ!』
本当に大丈夫なのか? そう言いたげな表情でこちらを見てくる共和国の人間達。
だが本当に大丈夫である、それだけは確信しているし、同時に俺達の異常なまでの強さを、この島国の人間に見せ付けるチャンスだとさえ思っている始末。
セラとリリィの航空火力コンビは直ちに飛び立ち、その強そうな姿に一同騒然……していないではないか、いや、この島国の連中はドラゴンに対してさほど反応しないのであった、普通に手を振って見送っている。
精霊様が当たり前のように浮き、飛び立ったのには少し驚いていた者も居たようだが、基本的には別種族、人でも魔でもない連中への耐性が高いことが窺える人々だ。
次いで俺達も出発、最後になってしまったが、地上から徒歩で出て行く姿は非常に地味。
俺はユリナと2人チーム、他はミラとサリナ、ルビアとジェシカ、マーサとマリエル、バテバテのカレンは留守番だ。
まぁ、もしこの隙に本拠地であるこの場所を敵が急襲したとしても、カレンも一応戦ってくれるはずだし、エリナも、そしてフォン警部補もそこそこに戦うことが出来る。
特に問題なく事は運ぶはずだし、そもそも町の掃討、それぞれのタッグの担当エリアにそこまで時間が掛かるとは思えない。
「さてご主人様、早めに行って早めに帰りますの、暑いし、あまり外に居たくはありませんわ」
「賛成だ、チャチャッとお片付けしてここへ戻ろう、フォン警部補、一応国際指名手配犯とか賞金首のリストをくれ」
「おう、これを持って行くと良い、『バウンティハンタースターターキット』に付属する結構詳しい犯罪者リストだ」
「何なんだそのスターターキットは……」
賞金首はどうでも良いが、とにかく急かすユリナに引っ張られて出発、町中に点在している犯罪組織の組事務所、元々は真面目に事業を営んでいる者の事務所であったはずだが、それを敵が制圧したものをどんどん襲撃、中身のゴミを掃除していく。
もちろん『見目麗しい女性構成員』は捕縛、死にたくなかったら指定の場所へ行って自首しろと告げ、手だけ縛って解放してやる。
他の場所でも同じような感じで事を進めているはずだし、この島国に拠点を作る際の『従業員』はもうこの地域だけで集まってしまいそうな感じだな……
「さてご主人様、そろそろ戻りますの、もうこの辺りは十分だと思いますわよ」
「うむ、敵らしき反応もないし逃げ出すネズミ野朗も見当たらないもんな、というか100匹ずつ、合計で200匹ぐらいは殺したかな?」
「私が180匹、ご主人様が20匹ぐらい倒しましたの」
「お、おう、ちょっと成果を分けてくれると助かるぞ、いやマジで……」
結局ユリナにはルビアなどへのご褒美用に携帯していたクッキーをひと袋丸々献上し、俺があまり戦っていなかったことについては他言無用とした。
そのまま共和国の陣営に戻るのだが、遠くに見える城の周りではまだリリィが飛び回り、轟々と燃え盛る炎はセラの放った竜巻によってさらに勢いを増している。
もう本当に皆殺しだ、炎の壁に阻まれ、絶対に逃れることが出来ない犯罪者共は、その包囲陣の中だけで逃げ惑い、行き場を失っては焼き殺されるということを繰り返しているのだ。
一方の共和国軍本陣からは炎ではなく歓声が上がっている、ようやくの勝利と終戦を迎えることが確実なため、そして俺達を称えるためでもありそうだな。
とにかくこれで『ジャケェ共和国』については任務完了、次はいよいよダンゴ発祥の地、そして英雄パーティーが拠点としている地へ向けた旅発ちだ……




