673 秘密の
「何コレ? ホントに単なる物置にしか見えないんだけど……」
「ヘンだな、重要な魔導装置だから他のものに偽体させているとかか? 壁に埋めてあるとか、床の下とかかな?」
「いや主殿、部屋自体を隠しておいて、さらにそこまでする必要があるのか疑問だぞ」
「するとこれは……予想はハズレ、ここには何もなくて、ただ単に『本国から偉い奴が視察に来たときに敵襲があった場合に備えての秘密待避所』というイマイチ使い道のない部屋だったってことか……」
「その可能性が高いですの、あ、もちろんそうでない可能性もほんの少しは残っていると思いますわよ」
「うむ、じゃあ気を取り直して捜索だけしようぜ、もしかしたら意外な凄い発見があるかもだからな」
圧倒的企画倒れ感、だがここで考えていたことが間違いであったということを高らかに宣言してしまうと、強ここへ来ようと提案した俺が責任を追及されてしまいかねない。
暑い中歩いて来たのだし、成果が全くの無であったなどという場合には、きっと帰りに遭遇する無人販売での販売物を悉く俺が自腹で、誰かに買い与えてやることになってもおかしくはないのだ。
また、畑の横に設置された無人販売では動物性タンパク質を主として含有した食材に出くわすことはまずない。
ゆえに肉食の2人にもご満足頂けるよう、その辺の森などに俺が単独で入り、自力で『お肉』を獲得して来ない限りは許されることがないであろう。
というか、ミラや精霊様からは多額の賠償金を請求されそうだ、それこそ支払えないぐらいに。
そして期限の利益などは与えられず、支払えないのであればその場で臓器を奪われ、売却されるに違いない。
そのような恐ろしい結果になるのであれば、ここで『捜索』だけはして、何かを見つけることによって、一定の成果はあった感を作出してしまう他俺が助かる道はなさそうだ。
幸いにもこの部屋の中にはかなりの数の収蔵品がある、棚の中に並んでいるのがチラッと見えたが、西方新大陸由来と見られる、投げ付けて使用するタイプの攻撃アイテムもある。
皆にそれぞれそういったものを探させ、成果物の批評をするなどして盛り上がり、俺の失態を可能な限り希釈するのだ……
「よぉ~しっ、じゃあそれぞれ好きに捜索をして、面白いモノを発見したら俺の所へ持って来るように、はい開始!」
「ん? 勇者殿は探さないのか?」
「うむ、俺は監督としてここでゆっくりさせて貰う、どうせ金目のものなんて置いてないだろうしな」
「そういうことか、まぁ、俺も犯罪の証拠以外には興味がないからな、一応は探してみるが、ちょっとこれは期待ハズレ感が凄いぞ……」
などと言いつつも部屋の中を見渡しているフォン警部補、他のメンバーは俺の方便に騙された、またはわかっていてあえて付き合ってくれている感じで捜索を始める。
最初に何かを発見したのはいつも通りカレンとリリィの2人、銀紙に包まれたような感じの何かを持って来て……保存食の類か……
「見て下さいご主人様、これ、『干し肉パック』って書いてありますよ」
「しかも賞味期限が100年後ぐらいです、食べてみても良いですか?」
「構わんが、腹を壊しても自己責任で頼むぞ、一応は綺麗みたいだがあんな連中の持ち物だったんだからな」
「あ、ちょっと私に見せて……大丈夫、これに関してはかなり清潔よ、中には水分がなくてカラカラだけど、外側に人間由来の変な毒とかは見当たらないわ」
「だってよ、安心して食べ……もう食べてんのか……どうだ?」
『パサパサで不味いです……』
「そうなのか? どうしてそんな不味いものを幹部用に取っておいたのか疑問だな」
「まぁこれ、魔導保存食だけど相当に、いや人族じゃこのぐらいしか出来ないわね、魔法が通り易く、より長持ちするようにうま味とか何とか全部抜き切ってから乾燥させてあるもの」
「出汁を取った後の出涸らしみたいな状態か、そりゃそんなもの味付けなしで保存食にしたらこうなるわな……」
カレンやリリィでも美味くないと感じる肉、おそらくとんでもない味、どころか味がない、単なるパサついた筋繊維の塊なのであろう。
で、結局2人共開けた分は全て、持ち込んでいた醤油などを使って食べ切っていたのが偉い。
そしてこの経験から、次回以降は食べ物と見てすぐに開封する、というようなことをしなくなってくれるとあり難いのだがな。
で、次に何かを発見したのはルビア、布に包まれた比較的大きな何かをこちらに持って来る……
「見て下さいご主人様、鳥篭を見つけました、中身はカラッポです」
「そうか……いや、ここは地下だからな、フォン警部補、もしかするとここから地下道でどこかに繋がっているかもだぞ、火山も近いし、そこを通って移動する際にはカナリアを使うんじゃないか?」
「む、その可能性はあるな、じゃなきゃこんな所に鳥篭なんかが置いてあるのは不自然だぞ」
主に炭鉱などだが、どこに毒ガスが沸いているのかわからない状況においてはカナリアがその探知のために使われることが良くある。
いやさすがに転移前の世界では昔の、人間が動物に対してオラオラしていた頃の話だが、この世界では今でもそういうことをしていてもおかしくはない。
となるとこの火山付近の地下道で、そういうヤバいガスを探知するためのカナリアを持ち込んで、視察などでここへ来ていた敵幹部の、地下からの脱出におけるルート安全を確保するために使われる可能性がある。
そしてそういうことならば、この地下室のどこかに隠し扉があって、そこが脱出ルートになっている可能性が高い。
もしかすると通信装置もその隠し扉の向こうに……と考えると少し希望が出てきたではないか、この捜索は失敗ではないかも知れない……
「うむ、じゃあルビア、その鳥篭は片付けて来い、要らないだろう?」
「う~ん、使い道はなさそうですね、でもご主人様、もしこの中に入れられたカナリアは……」
「毒ガスがあれば死んでしまうだろうな、カナリアを使って人間の安全を確保するんだから」
「じゃあ破壊しておきます、罪のないカナリアが犠牲になるのは許せないので」
「……もうここで使われることはないと思うんだが……まぁこれ以上説明するのも面倒だから好きにしろ」
鳥篭をメチャクチャに破壊するルビア、素手で、しかも雑巾でも絞るようにして捻り潰している。
表情には出ていないがかなりの怒りがあったのだ、それがパワーとなって滲み出ている状態か。
……それで、その鳥篭とカナリアの一件の後、フォン警部補は犯罪の証拠から隠し扉へと捜索対象をシフトしたものの、他のメンバーは相変わらず思い思いの場所を探している。
セラとミラは本棚を、ユリナとサリナ、それに付き添いのジェシカは薬品棚のような場所を、そして精霊様は工事用のドリルを使って無駄に床を掘っている、せめて水の能力を使え。
そして今度は、一番何かありそうな戸棚を調べていたマーサとマリエルが何かを発見した……また鳥篭か? いや今度は四角いな……
「何コレ? 小さいお家の……模型?」
「マーサちゃん、これはドールハウスよ、小さいお人形を入れて遊ぶの」
「あぁ、暗黒博士みたいなお人形ね」
「いえ、あのハゲがこのハウスの中に居たら通報されるでしょう、普通に……しかしなぜこんな所にドールハウスが?」
「マリエル、そこは察してやるんだ、ここの連中、カナリアだけでなく『小人さん』まで毒ガスの検知に使おうとしていたに違いない、とんでもねぇ連中だぜ」
「まさかっ!? 小人さんをドールハウスに閉じ込めて毒ガスの中に……本当に恐ろしいことをしますね……」
「だな、そういう連中は皆殺しにしないとならないぞ」
正直なところ、本当にドールハウスの中に小人さんを……などとは思っていなかったのだが、マーサもマリエルもガチでその話を信じてしまったようなのでもう後戻り出来ない。
とりあえずここの連中……はもう死に絶えたのだが、こういう犯罪組織に与する連中が、カナリアや小人さんが基本的に有するはずの生存権を侵害するクズであるということで上手くまとめておいた。
しかし発見されるものに統一性がないな、引き篭もるための保存食、地下道からの脱出用? と思しき鳥篭、そしてここで普通におままごとでもするのではないかという感じのドールハウス。
一体何がしたいというのだここの製作者は? まぁ、ここに隠れるべき敵幹部が、良い歳こいたおそらくハゲデブの分際で、ドールハウスを使ってハァハァ言いながら遊ぶ変態であることは確実か。
その正体こそわからないものの、どうせ雑魚なのだからどうでも良い、問題はこんな『成果物』として相応しくないモノばかり発見されていても、俺の立案した捜索が失敗であることは覆らない、どころか微動だにしないのである。
このままでは拙いのでどうにかしないと、いや誰かがどうにかしてくれないと……と、次に動きがあったのは薬品棚を漁っていたユリナ、サリナ、ジェシカのチームだ……
「ジェシカ、ちょっと肩車して、一番上は私も姉さまも届かないの」
「わかりました、ですがサリナ様、私の頭に変な薬品を溢したりとかはしないように……」
「ジェシカ、そういうのがフラグになってしまうのだといつも言っていますの、黙っておいた方が良いですわよ」
「は、はぁ……じゃあサリナ様、上げますからね……よいしょっ」
「あ、届いた……姉さまこれはやっぱりそうみたい、ジェシカ、降ろして構わないわ」
何かを発見したユリナとサリナ、元々はその(偽皇女の頃の)世話係であるジェシカを使い、かなり高い位置にあった薬瓶のようなものを手に取ったのはサリナ。
もしかすると中身はやべぇクスリで、俺ではなくフォン警部補が探し求めている『犯罪の証拠』の類のアイテムなのかも知れない。
だがそれでも良い、この場を捜索したことによる実績となるものであれば全てウェルカムだ。
ウェルカムなのだが……どうしてユリナは悪そうな顔をしてそれをこちらに持って来るのか……フォン警部補のところへ行けよな……
「ご主人様、これを見て下さいですの、『馬鹿に付けるクスリ(医薬部外品)』を発見しましたの、ささ、グイッと一献」
「一献って、付けるんじゃなくて飲むのか? てか大丈夫なのかそれは? そしてなぜ俺に勧める? セラとかカレンとか、あとルビアとかマーサとかマリエルとか、クスリを付けるべき馬鹿ならより取り見取りなんだが……」
「そこはご主人様が頭ひとつ抜けて馬……いえ、ちょっと注いだ分量が多くて体の大きい人でないと、ちなみに『どうしようもない馬鹿の場合は塗らずに飲んで下さい』と書いてありますの、ということでさぁ一献」
「はいご主人様、こちらがご注文の馬鹿に付けるクスリになります、どうぞ」
「一献どころか大ジョッキなみなみ注がれてるじゃねぇかっ!? ねぇ大丈夫なのコレ? 死んだりしない?」
「大丈夫……だと思いますの……」
「何だその間はっ!? 臨床試験とかちゃんとしたやつだよね? マジでシャレにならんぞっ!」
「良いから早く飲んで下さい、ちなみにこれが最初の臨床試験です」
「おわっぷっ……んぐっ……く……クソがっ……」
飛び掛ってきたサリナ、そして後ろから押さえ付けるユリナとジェシカ、鬼畜である。
その3人の実力行使によって、あっという間に大ジョッキの中のおかしな色をした薬品を飲まされてしまった俺、今のところは変化が……いや、目の前の景色がおかしい。
何というかこう、徐々に周りが巨大化してきているような、そしてしゃがみ込んだユリナとサリナのパンツが丸見えで天井が遠くて、あと床のタイルが1枚で半畳ぐらいの大きさに……
「……どうしたんだお前等? 何かデカくなってね?」
「いえ、ご主人様が小さくなっただけです、30cmぐらいしかありませんよ」
「はっ? へっ? ほっ? なぁぁぁっ!? おいコラ、元に戻せ俺をっ! ふざけんじゃねぇよまじでファックなクスリだなっ! ほらっ! 早く解毒剤とか出さねぇと後で酷いぞっ!」
「あらら、言葉遣いすら汚いままですの、やっぱり『粋がっているだけの雑魚系馬鹿』には効果がありませんのね」
「え~っと、副作用は『ちょっと怒りっぽくなる』と、このぐらいで良いですかね、ということでご主人様、ご協力ありがとうございました、それでは」
「それでは、じゃねぇぇぇっ! どうすんだよコレ? 元に戻るの? いつ?」
「サイズの話ですの? そのうちに戻ると思いますわ、まぁそれまでは蹴飛ばすと困るのでどこかに登っていて下さいですの」
「しょうがないな、ほらジェシカ、肩に乗せてくれ」
明らかに今のクスリが影響し、全長が30cm前後の珍獣になってしまった俺は、とりあえずジェシカの肩に乗せられ、蹴られたり踏まれたりしないよう、そのまま元に戻るのを待つことに決めた。
しかしこの極小化してしまうという効果が『副作用』として認定されないのは異常だ。
きっと医学界の闇の部分が関与してそういうマイナスの部分を隠蔽するための工作がされている。
そしてそのまま5分程度、まだ元rには戻らない……と、どういうわけか手が光っているではないか。
「なぁ、さっきからちょっと光り始めたんだが」
「主殿、一旦降りるんだ、こういうパターンで光っているのはもう元に戻るときのエフェクトで間違いないだろう」
「あぁ、ようやく元のサイズに……点滅して……光らなくなったぞ……」
「何だ? 今の感じで元に戻らないのはおかしいだろう? 主殿、途中で進化キャンセルとか連打したか?」
「しねぇよ絶対に……」
少し離れた場所ではサリナがノートに、『副作用2:時折無駄に光る』と記入しているようだ、この現象も副作用として認定されたらしい。
その後もおよそ2分から5分おき程度に、光ったり点滅したり、色違いで光ったりしながら、結局元に戻らないということを繰り返す。
そろそろ俺も周りで見ている仲間も、そしてこうなった元凶であるユリナとサリナも飽きてきた頃、ようやくそれらしき、これまでとは違う光り方が確認された……
「おっ、今度は何か光方が強いぞ、しかも青……黄色……緑まではさっき確認したが、そこからさらに赤へ変化してきやがった」
「これはいけるかも知れませんわね、赤く光るということはかなりアツいと思いますわよ」
「そうだな、ここから一気に……おぉっ! 何だか知らんが頭の上に光る魚群がっ!」
「アツいですよっ! ご主人様、これは激アツですよっ……あら、消えちゃった……」
「またかよっ!? てかガセリーチ引っ張りすぎだろっ!」
一向に戻らない俺のサイズ、そろそろ光るのにも慣れてきたうえ、仲間もこの俺のサイズ感を把握してきた。
もうこのまま活動を開始しても踏まれたりすることはないはずだ、ということで俺も何かしておこう。
ジェシカの肩から降り、その小ささを活かして狭い場所や、それから何かの下の隙間などを重点的に探っていく。
もちろんそれで何かが見つかるとは思えないし、万が一『G』が居たとしたらそれはもう、今の俺にとっては『恐怖の超巨大G』なわけであって、遭遇した際には皆の前での情けない悲鳴は避けられない。
戸棚の中、下、棚と棚の間、色々な隙間を探してみてわかったことは、意外とそういう場所に何かが落ちているということ。
まぁそれもコインなどであればわかるのだが、隙間の奥に立て掛けてあるドールハウスのものかと思われるような小さな箒、そして小さな椅子が置いてあるような場所もあった。
これは何かのヒントなのか? この部屋には秘密があって、それを紐解くための鍵となる……と、壁に固定されたクローゼット的な場所の奥に、通気口ではないかと思うような小さな窓……いや、これまたドールハウスに使いそうなドアが付いているのが気になるな……
「お~い、ちょっと誰か来てくれ、おかしなモノを発見したぞ」
「はいはい、トカゲでも居たのかしら? 言っておくけど勇者様が小さいだけであって、そこに居るのは新種の巨大トカゲとかじゃないわよ」
「そうじゃない、というか生物を発見したんじゃなくてだ、通気口らしき空間に繋がっている場所にドアが設置されてんだよ、ミニチュアのな」
「あら本当ね、ここを使う予定だった幹部とか何とか、よっぽどお人形さん遊びに心酔している変質者だったのね」
「あぁ、その可能性もあるが、このドア、実はちゃんと開くんだよ、しかも中に小さい階段まで付いて、その先にまたドアがあって……まるでダクトを使ったアリの巣みたいな構造だぞ、お人形遊びにしてはちょっとやりすぎだ」
クローゼットの中のドア、それは間違いなくこの施設に元々張り巡らされていたであろう通気口に繋がっていた。
元々かなりイカれた世界だが、これはその中でも最上級におかしい、どこの馬鹿が通気口、というかダクトの中にドールハウスを、無骨な要塞のように設置するというのだ、しかも今の俺ぐらいのサイズでないと入り込むことが出来ない場所に。
もしかするとマーサとマリエルが発見したあのドールハウス、本当に小人さんが住んでいて、普段は誰も入って来ることのないこの場所を隠れ家にしていたとかか?
いや、だとしたらこの『建築当初から設置されていました』感が出ている通気口内のドア群、まるで通気口を廊下とし、そこにアパートの部屋が並んでいる状態にはならないはずだ。
ということはつまり……犯罪組織の中に小人さんが居たとでもいうのか? そしてここの連中と、ここの連中の本国やそれと提携している西方新大陸の犯罪組織、その間を繋いでいたのが小人さんということなのか?
これは考えてもわかりそうにないな、今の状態ではもしかしたら危険が生じるかも知れないが、この中に入って行くことが出来るのは現状俺だけ。
先へ進んでみるしかない、そして通気口の中のドア、それを片っ端から開けて中を確認するしかなさそうだな……




