670 火の魔族の集落
「ふぃ~っ、ごちそうさまでした~っ」
「いやたらふくって感じだな、見ろよこの貝殻の量、砂浜丸ごと食い尽くす勢いだぞ」
「ご主人様、まだ足りないんでお土産も買っていきましょう」
「まだ食べるというのですか……」
そんな台詞を吐きたいと思ったのは俺だけではなく、砂浜でのバーベキューを提供してくれたこの集落の人々も、物知りらしき長老のばあさんを除いてはそうであったはずだ。
こちらとしてはカレンとリリィ、そしてそれ以外にも食えるときに食っておく主義の連中が多く、その腹を満たすことが出来たのは非常にあり難いのだが、少しご迷惑で……
いや、この寂れた漁港だけの集落を俺達のような存在が訪れたことに、そして食事をしていったということに意義があるらしい。
単に立ち寄っただけとはいえここでは世話になり、情報の提供も受けたのだ、もちろんこの後この島国で目立つ活躍をしていく以上、その連中がどこから来てどこに滞在したのかという情報は、伝説などを構築する際非常に重要な要素なのである。
ということで格安の『浜焼き』を堪能した俺達は、追加の支払によって成すお土産としての食材ゲットまでも成し遂げ、ばあさんを始めとする集落の人間に挨拶してその場を離れた。
ここから火の魔族の集落までは徒歩だ、甲板にある密林倉庫に現れた馬鹿共から押収したマシンを使おうとも思ったのだが、危険人物と間違われる可能性も考慮してそれはやめ、また船には馬車が積んであるが、その馬も道中未知の危険な魔物などに襲われる可能性がないとはいえないため却下。
もちろん馬の世話は船に残る動力係や燃料係の30人、そして捕まえてある10人の囚人にやって貰えば良いため特に問題はない。
「さてと、じゃあアスタはフードでも被せて引っ張って行くこととして、おっさん達はフォン警部補が後ろから護ってやってくれ、現着したときに気付いたら何人か減っていた、なんてことになったら目も当てられないからな」
「うむ、じゃあ船から降りるよう伝えに行くよ、君達は先に出発していてくれ」
「わかった、ならばすぐに合流だ、ゆっくり歩いているから」
再び甲板の監視小屋に押し込んであったアスタは精霊様が迎えに行き、適当な布で包んで持って来た。
そのままだと火の魔族の集落に接近した際騒ぎになってしまうため、同族であることを隠す感じに整え、手だけ縛って歩かせる。
もちろんそのアスタには道案内もさせるのだが、念のためもうそこから先がまっすぐだとなった際には後ろに下げよう。
とにかく最初の段階、ファーストコンタクトにて、火の魔族からみて俺達が『同族を誘拐し、その身柄を持って脅しに来たやべぇ奴等』という評価になることだけは避けたい。
もちろんゆっくり話していけば身分はキッチリわかるのだが、当初に感じた不信感というものはなかなか払拭し切ることができないもの。
そのままの状態で近所に巣食っている『おかしな連中』を討伐してやったところで、むしろマッチポンプを疑われてヒソヒソと陰口を叩かれるのがオチだ。
で、そうならないためにはまず、アスタの姿を隠した状態で説明から入り、俺が異世界勇者で周りがその仲間であること、フォン警部補が西方新大陸のPOLICEであること、そしてダンゴ関連のおっさん達をしかるべき場所へ……
など、とにかく俺達の身分と、そしてこの島国でやっていくべき様々なミッションを説明し、理解を得てからアスタのことについて切り出す必要がある。
と、ここまでが作戦なのだが、その問題のアスタによれば、この場所から火の魔族の集落までは徒歩だと1時間程度要するとのこと。
その間におっさん達の送り先について詳細を聞いておこう、実際にどこへ行くべきなのかは本人達も迷う部分もあると思うが、とにかくそこへ行けばどうにかなる、という感じの場所を知っておきたいところだ。
しばらくして追い付いてきたフォン警部補とおっさん軍団、非常にむさくるしい見た目で、出来れば仲間、というか同じ人間の種族だと思われたくない次元なのだが、今はそんなことを思っていてはいけない。
「なぁおっさん達、すまないがちょっと良いか? この島国でダンゴ関連の技術者が集まる場所、というかそこへ行けばおっさん達自身どうにかなるって感じの場所は……」
「あぁ、それならこっからずぅ~っと東の方にあるダンゴ発祥の国へ行くと良いだ、そこならオラ達も受け入れて貰えるだし、あと島国の英雄もそこを拠点にしているだよ」
「そうじゃ、しかもそこへ行くまでには『1年中食べられる伝説の牡蠣』を養殖している国があるでの、そこへ立ち寄ればわしのようなジジィでも元気100倍、若々しく漲るってもんじゃよ」
「なるほどな、どういう地域なのかだいたい想像が付くし、そこまでの往き道も何となくわかってしまうぞ……」
とにかくおっさん達はその『ダンゴ発祥の地』にして『英雄の拠点』へ連れて行けば良いということ。
そこでは色々とミッションをコンプリート出来そうだ、もちろん犯罪者のダンゴ生産拠点についてはまだわからないが。
そこで会話を終え、しばらく風呂に入っていないため劇的に臭いおっさんの集団とは少し離れた場所を歩いて行く。
風下になって臭いが来ないよう注意しつつ、太陽が燦々と照り付け、さらに火山灰が雪のように降り注ぐ灼熱の大地を進む……俺もそのうち臭くってしまいそうだ、早くどこかに到着して風呂に入りたい……
「あ、そろそろ見えてきますよ、あの角を曲がった先に案内標識があります、いや実に懐かしい故郷……こういう状況じゃなく帰ることが出来たらもっと……」
「残念ながら凱旋帰郷は叶わなかったな、まぁ、あんなことをやっていたにも拘らず生きて帰って来ることが出来たんだからそれで良しとしろよ」
「そ、そうですね……絶対長老とかに叱られるやつだ」
犯罪者として捕まり、そのまま舞い戻ったアスタがこの先にある集落でどのような扱いを受けるのか、それについては知る由もないが、自業自得であるためかわいそうなどとは思わない。
まぁ、もちろんアスタについてはこの後も、少なくとも島国での冒険を全て滞りなく終えるまでは連れ回す予定なのだが、それに関する長老? だか何だかの許可も取っておかねばならないし、その際に少しだけ、ほんの少しだけ罰に手心を加えてやるよう頼んでおくとするか。
そしてすぐにやって来た曲がり角、そこへ入ると、小さな山のような森のような、とにかく古い祠のようなものがある小さな地面の盛り上がりに隠れていた看板と、その先に辛うじて見える集落らしき建造物群。
小山の中の祠はどうやら火の精霊様、もちろんアスタが化けていたニセモノではなく、ホンモノのそれを祭るためのものであるようだ。
その周りの木々には大量のセミが沸き、如何にも『夏のド田舎』感を醸し出している。
近くに虫取り網を持ったガキが走り回っていたとしても何ら不思議ではない、そんな光景。
本当にここの出身であるアスタだけでなく、どういうわけか異世界から転移して来た俺までもが懐かしいと感じるようなこの場所。
やはりこの島国の形成に、遥か昔ではあるものの俺と同じ世界から来た異世界人、伝説の始祖勇者が関与しているという話は古い言い伝えなどではなくガチのようだ……
「ご主人様、もう目の前ですよっ! お腹が空いたのでちょっと急ぎましょうっ!」
「待てリリィ、暑いんだから元気良く走って行くんじゃない、お前が1人で行ってもトラブルになるだけだからな、『何か知らんけどいきなりドラゴンが襲来した』をか大惨事の序章だぞマジで」
「確かに笑い事じゃ済まなくなる可能性が高いわね、リリィちゃん、今回は大人しく後ろに隠れていなさい、ほら、干し肉あげるから」
「はーいっ!」
この島国の住人はドラゴンを普通に、その辺に存在するものとして知っている感はある。
だがそのドラゴンが突如、アポなしで集落を訪れたらどう思うか? しかも腹が減ったなどと宣っているのだ。
きっと警戒されてしまうに違いない、いや、生贄を差し出されて処理に困るというパターンも考えられなくはない。
そしてそのような事態になるのであれば、せっかくアスタを隠して接近した意味も消え去ってしまう。
ここはあくまで慎重に、可能な限り相手側に不信感を抱かせない接近の方法を取るべきだ。
ということでおっさんの集団とフォン警部補を前に出し、フォン警部補には警察手帳的な何かを額に貼り付けさせておいた、これで完璧である。
「お、勇者殿、向こうも気付いたみたいで誰か出て来たぞ……赤い髪……アスタ受刑者と似通っているということはあの者も火の魔族ということだな」
「受刑者って、裁判すら受けさせて貰ってないんですが? で、あの方は確かに火の魔族ですよ、私の実家の3軒先、『芋づるキラーのテツ』さんです」
「何なんだよその微妙な二つ名は……」
集落の入り口、小さなゲートが申し訳程度に設置された場所に出て来たのはおっさん魔族。
アスタと同じ燃えるような赤の髪色で、髭も、そして着ているシャツまで赤というのだから気合が入っている。
そのままゲートに近づいて行くと、おっさんは目を凝らしてフォン警部補の方を見ていることが確認出来た。
どうやら額に貼り付けさせておいた身分証を見ているのであろう、ちなみに瞬間接着剤で貼ったので相当のことがない限りは取れないはずだ。
確認を終えると自ら前に出てこちらに接近してくる……どうやら敵意はなく、しっかりした身分の集団だということを把握したらしい……
「え~っと、西方新大陸の……POLICEの方でしょうか? 初めてお会いするのですが、少々変わった身分の証明方法をなさるのですな……」
「ええ、俺は西方新大陸のPOLICEで犯罪組織を専門にブチ殺していく部署のフォン警部補だ、こうやって額に身分証を貼り付けると自分では確認することが出来ないだろう? その状態で所属と階級、氏名をスラスラいうことが可能であるということ、それこそが身分の証明において大切なことなんだ」
「なるほど、それは凄いシステムですな、さすがは西方新大陸、大変に進んだ国家です」
自分の悲惨な状況を誤魔化すために適当なことを言い出すフォン警部補、この誤った身分の証明方法が島国で、『舶来のやり方』として広まってしまったらどうするつもりなのか?
と、さすがに芋づるキラーのテツも、接着剤でべったりと貼り付けられたその身分証にはドン引きしているようだ。
いくら凄い方法だと感じたからとはいえ、これを真似したり、周囲に推奨するようなことはないはず。
これにてこの島国に変な身分証明が広がり、後にそれが間違いであったと判明した際に、『勘違いでそれを広めた馬鹿共は勇者一行である』という伝説が残ることなく済んだのである。
で、『テツ』は俺達を集落の中へ入れてくれるようだ、もちろんこのクソ暑いのにフードを被せられ、しかも縛られているアスタのことは気になった様子。
だがその状態でもPOLICEの仲間と一緒に居る以上、単なる被逮捕者であると認識したらしく、特にツッコミはなかった。
集落の中へ入った俺達は、リヤカー一杯に積み込まれたナスやキュウリ、トマトなどの夏野菜に対してしきりに反応するマーサを引っ張るようにして先へ進み、長老が待つという一番大きな、といっても木造の古臭い建物へと入る。
待っていたのはじいさんなのかばあさんなのかわからないレベルの年寄り……確認したところばあさんのようだ、御年2,351歳、上級魔族としてはこのぐらい生きるのが普通なのであろうが、俺の感覚からすれば長生きし過ぎといえよう。
「良くいらっしゃいました西方のPOLICEとその仲間の方々、野菜ばかりの集落ですが、火を通すと甘みが出るものも多い、ぜひ召し上がっていって下され」
「ありがとうございます、それで我々はかくかくしかじかで、あれがあれでこうでこうで……」
「ほう、そちらの方々は異世界勇者パーティー⁉ 懐かしい響きです、確か500年程前でしたかの……と、それ以外にも耳寄りな情報が? フム、フムフム……な、なんとっ⁉」
火の魔族の長老に対し、これまでのいきさつ、こちらの目的、それにこの集落の出身であるアスタを逮捕して今現在連れていることや、付近に住み着いた『おかしな連中』の討伐を請け負うことなどを伝えていくフォン警部補。
長老の反応を見る限りではなかなか筋の通った説明のようだが、あまり聞いていない俺からすればかくかくと言っているようにしか聞こえない。
そのままボーッと部屋の隅に張ったクモの巣を眺めていると、どうやらフォン警部補の説明が終わり、俺が何か話をすべき番が回ってきていたようだ。
横に座ったセラに小突かれ、何かを話さなくてはと思った瞬間に口を突いて出たのは、『野菜が美味しそうですね』というありきたりな一言、これはもうアレだ、早速にしてまともなコメントが出来ない馬鹿だと思われてしまったな……
「え~、では後ろのフードを被ったのがアスタじゃと、そういうことですな?」
「そうです、精霊様、ちょっとフードを取ってやってくれ」
「はいはい、ほらどうぞ、どこからどう見ても火の魔族、しかもこの子にここまで案内して貰ったから、ニセモノってことはないわよ」
「まぁ、『火の精霊様』としては真っ赤なニセモノだったんだがな」
「……飛び出して行ったと思ったら悪評を聞くし、それが英雄パーティーに討伐された後どうなったかと思えば、まさか他国にまで渡ってPOLICEにご迷惑を、しかも我々が大切にする火の精霊様を騙るとは」
「ご、ごめんなさいでした……」
「今更謝っても遅いのじゃよ、誰か、アスタを牢屋敷へ、お前は勇者様方の案内係を仰せつかっているということじゃし、処分はすぐに終えるものとするが、そこそこは痛い目に遭うと覚悟しておくのじゃ」
「へへーっ! 承りましてございますっ!」
アスタは連行され、さらにおっさん軍団はこの席には不要ということで退席、俺達がここに滞在する間、宿泊施設のようなものを仮設して待って貰うことに決まり、そちらに案内されたようだ。
ここからは問題となっている『おかしな連中』の討伐に関する話し合いである。
まずは敵の具体的な情報を得るところから、それがないと戦いようがない。
で、長老の情報によると、敵となるその連中は人族であるものの、どうやらこの島国が土着シャーマンの力で瘴気を払っているのに影響された大陸側の一部地域、本来はそこに暮らしていたコミュニティの者だという。
おそらくは元々この島国へ渡っていた人族の連中が、何らかの理由で追放されるなどして大陸側へ移動。
そこに住み着いて静かに暮らしていたのであろう、それがどうして今になってこちらへ戻ってきたというのか?
「実は大陸側ですな、その一部、島国の影響を受けている『人族も住める地』というのが急速に減っているのじゃという話を聞きます、奴等は大陸側の人族の中でも弱い部類で、それで居場所がなくなってこちらへ戻ったのじゃと、そう推測しているところでして……」
「なるほど、住む所がなくなってきて追い出され、先祖が追放されたはずのこの島国へ舞い戻ったと」
「山の動物が人里に出て来るのよりも遥かに性質が悪いわね、人間なわけだし、ちょっとやそっとの脅しじゃ居なくなったりしないわ」
「だな、となるとやはり……攻め込んで皆殺しだな、それがベストな選択肢だ」
「そうよね、武装してあの港付近の人達を脅していたっていう証言もあるし、ここでも畑の野菜を盗まれたという事実があるのよね?」
「もちろんです、最後はいつじゃったか……先週ですな、2人組の男が夜中畑に侵入して色々とリヤカーに積んでいるところが目撃されましての、畑の敷地を出たところで捕らえて、リンチして焼き殺して……そういえば死体を畑に磔にしておきましたの」
被害に遭って困ってはいるものの、さすがは上級魔族だけあって直接の戦闘では負けたりしない。
それならば自分達で攻め込んで、という手も考えられるのだが、相手が人族であるというのがそれのネックだ。
もしそんなことをして、『泥棒と自警団』という立場関係ではなく、『人族と魔族』として争っていると周りに誤解されたら敵わない。
ただでさえ魔王軍が人族の地に侵攻しているのだから、せっかく人と魔が共存しているこの島国では、そういった無用なトラブルの種を蒔きたくないと考えるのが妥当である。
だが俺達がそれをするのであれば事情は大きく変わる、人族の地から派遣された異世界人の勇者率いる一行と、同じく人族の地から犯罪組織撲滅のために派遣されたPOLICE。
その両者が今回の作戦に当たっている限り、この火の魔族の集落が心配しているような事態にはならない。
むしろ異世界勇者がこちらに味方するということで、今回の争いに関しての正当性を主張することが可能な要因のひとつにもなり得るのだ。
「よし、それじゃあ明日から早速その連中の討伐に掛かりましょう、で、今日俺達はどこへ宿泊すれば……あの漁港の人々からはこの集落が良いと聞いていたのですが……」
「ええ、宿泊する場所はありますじゃ、しかしおもてなしのための食材を今から調達しに行きますゆえ、夕食の時間が少し遅くなってしまうやも知れませぬが、よろしいでしょうかの?」
「いえ、食材でしたら先程漁港の方でたんまりと買い込んでおきました、これを使って、それから野菜と一緒に集落の方々と会食でもどうかと」
「ありがとうごぜぇますじゃ、ではすぐに準備をさせますゆえ、それと宿舎の方にも案内致しますじゃ」
こうして火の魔族の集落への滞在が決まった俺達、敵である馬鹿共は明日のうちにチャチャッと退治してしまい、この島国における初の戦果を挙げてやることとしよう……




