667 移動中に
「セラ、ここから先の行程はどんな感じだ?」
「そうね、島国の領域に入るまで……ここからだと2日半ぐらいだわ、そこから半日で陸地に着くから、およそ3日と考えておけば良いわ」
「領海に入ってから半日か、さぞかし凄い海洋国家なんだろうな……」
今回の遠征の終着点となるであろう島国を目指す俺達、もちろんそこでは戦いが待っているのであろうが、あと3日、空駆ける船で航行している間ぐらいは平和に過ごしたい。
それに、小国がいくつも連なって国家を形成している状態であるというその国の、どの辺りに降り立つのが最も良いのかについての情報がなかった。
ここはせっかく生け捕りにした火の魔族であるアスタに話を聞いて、最も安全かつこちらのメリットになりそうな地域を選択、そちらに向かう方針で船を進めよう。
で、そのアスタはというと、カレンとマーサが『神様』として崇めている魔導装置の設置の際に一緒に改装して貰った船室のひとつ、座敷牢風の部屋に閉じ込めてある。
もちろんその部屋には『神様』が存在しない、つまりどこからも涼しい風が吹き込まないのだ。
そこへ俺が行くのは癪だ、なぜならばもう、俺もこの世界に転移して以来の涼しさ、その虜となってしまっているのだから……
「さてと、ちょっとこの間ゲットした『島国全図』を貸してくれ、上陸予定場所について意見を受けてくるから」
「はいこれ、いってらっしゃい、言っておくけど私はあんな暑い場所へは行かないわよ」
「行くんじゃない、連れて来るんだ、もちろんあの子を連れて来るとここが狭くなるからな、別の『神様設置部屋』で尋問することにするよ」
「燃料がもったいないわね……」
既にその魔導装置の喰らう燃料について承知した様子のセラ、さすがは風魔法使いで、しかも元貧乏姉妹の姉だけはある。
そう、この涼しい風を出す魔導装置の欠点は、少なくとも他の日常魔導装置、魔道具と比較して倍以上の魔力を費やさないと稼働しないという点なのだ。
もちろん風と水の魔力を蓄積した魔石、というかカートリッジがあるため、常にセラが何かしていないとならないわけではないのだが、それでも他と同様、一定の間隔で魔力を充填しに行かなくてはならない、しかもクソ暑い外にある室外機の所へである。
まぁ、正直なところもっと高度を上げれば普通に涼しいのだが、そうすると今度は船を動かしている30人の女の子魔法使い達に負担が掛かってしまう。
ゆえにこのぐらい、地上とほぼ気温が変わらないぐらいの低空で、涼しい風の出る魔導装置をガンガンに作動させながら目的地を目指すのがベストということなのだ。
「まぁとにかく行って来る、カレン、マーサ、あまり送風口の下に居るなよ、馬鹿なのに風邪を引いたなんて言ったら笑われるぞ」
『あ~い、わかりました~』
「ダメだなこりゃ……」
で、俺はその魔導装置、いや神様が恩恵を与えてくれている涼しい部屋を出て、灼熱の廊下という名の高ランクダンジョンを抜け、焦熱の座敷牢というボス部屋を目指す。
着いた先はどうも元々の暑さだけではない、火の魔族であるアスタ自身が微妙に熱を持っているため、その分他の場所よりも若干暑いのだ。
そしてこれには他の座敷牢の住人、つまり密林倉庫から始まり、砂漠の集積所、大草原の集積所と回って集めてきた10人の犯罪組織構成員達も堪らない様子。
もちろん罰は与えるべきだが、相手が相手、つまり可愛い女の子だけにこれは間違いである。
とりあえず、その中でたった1人涼しい顔をしているアスタと、他の10人を別室に分ける必要があるな……
「おい、ちょっと全員出てくれ、アスタはこっち、尋問の時間だ」
「へ? え? そんなこと言って処刑じゃないですよね? 命までは取りませんよね?」
「大丈夫だ、とにかく出てくれ、他の10人も、水浴びもさせてやるしもっと涼しい場所へ移動してやる」
『は~い、それは本当に助かりま~す』
ということで元々牢の中で縛られていたアスタ以外を数珠繋ぎにして移動を開始する。
そして良いところに居た、暑い方が得意で走り回っているリリィと、それに付き添う精霊様に10人の方を引き渡す。
本来であればこの子達が素っ裸になって行水する瞬間を、それはもうまじまじと眺めるところなのだが、この蒸し暑さの中でそんなことを考える余裕はない、とにかく涼しい部屋で、アスタから話を聞くのだ。
で、移動した先は別の『神様』が降臨なさっている部屋、というかもうあの涼しくもない女神は廃して、この魔導装置を崇め奉る宗教を始めようか? もちろん逆らう者は火炙り、信仰を蔑ろにした者には末代まで差別対象として蔑まれる罰を与える。
などと邪教徒めいたことを考えるのはさすがに止め、ひとまずアスタを椅子に座らせ、俺は反対側のソファに腰掛けた。
しかしこの魔族、見れば見るほどに可愛らしいな、真っ赤な髪の毛、これから何をされるのかと不安げな表情、なるべく俺と目を合わせようとしないところもGOODだ。
というか、他のメンバーは全員あの部屋、つまり俺達が寝泊まりしている船室から出て来ないはず。
まさか俺のアスタに対する尋問を監視するため、灼熱の廊下ダンジョンに挑んでまでここへ来るとは思えないのだ。
つまり、今の俺はやりたい放題ということなのである、まぁ、廊下に居るリリィと精霊様に気を付けさえすればという条件付きではあるが、少なくとも大騒ぎして遊んでいるのだ、接近すればその存在を察知することが出来るし、あの2人についてはもう脅威とは言えない。
「え~っとだな、まずはどうしようか……」
「ひぃぃぃっ! あまり強烈な鞭とかで叩くのはやめて下さいっ!」
「強烈な鞭か、それも良いな……」
「あうぅ、墓穴を掘りました、どうかそれだけはご勘弁をっ!」
「それだけは……つまりそれ以外ならどんなことをされても良いと?」
「いえっ、そうじゃなくてですねっ! あの、その、出来れば死んでしまうような拷問とかそういうのはちょっとご容赦をという意味でして、本当にお願いしますっ!」
「よろしい、ではまずパンツ見せ……じゃなかった質問があるんだ、それに答えてくれ」
「質問ですか? パンツじゃなくて、ちなみにパンツの色は燃えるような赤です」
「……言っちゃったよこの子」
危うく尋問もしないでエッチな命令をしそうになってしまったのだが、ここはグッと堪えて必要な情報を、島国のどこに向かうべきなのかという話を聞く。
どうやらいくつかの島が連なっている様子の島国で、その南側にある比較的大きな島、つい先程まで滞在していたあの島のような火山がある場所へ行けば、アスタ達火の魔族の集落があるとのこと。
ちなみにそこは火山灰のお陰で実に肥沃な大地、それを利用した農業が古来より盛んなのだが、もっと良い暮らしがしたいと、田舎での農業がイヤだと思ってその故郷を飛び出したアスタ。
結局上手くいかず、比較的人口の多い村で悪党堕ちした結果が現在の状態、つまり俺達のような正義の味方の案内係として、そして罰を受ける囚人として縛られ、尋問されているのだ、因果応報である。
ということで少しエッチなお仕置きをしてやっても……と、リリィと精霊様の足音が近い、ここは我慢して、もう少し尋問を続けることとしよう……
「それで、さっき教えてくれた場所の近くに上陸するために必要なことは何かあるか? いきなり攻撃されても敵わないし、そもそも領海に入った後が長いんだろう? その辺りも実に不安なんだよ、俺は最強の勇者様だし仲間も俺ほどではないがそこそこなんだが、船自体はそうでもないからな」
「あ、最強だったんですね、知りませんし予想だにしませんでした、というかたぶん余裕のウソですよね……」
「ほう、相当に鞭で打たれたいと見えるな、ちょっと待っていろ、とびっきりに痛いトゲトゲの付いたのを持って来てやる」
「ひぃぃぃっ! どうかお許し下さい最強の勇者様!」
「よろしい、で、島国への接近ルートは?」
「そうですね、ここに海上を見張る灯台の小島がありますから、まずはそこへ近付いて、あ、もちろん敵意がない感じをムンムンに醸し出しながらです、それから誰かが降りて行って、正義の味方であることを伝えればもう大丈夫だと思います」
「うむ、意外と簡単なんだな、西方新大陸へ入る際には結構な手続きとか何とかが必要だったんだが」
「まぁ、島国は小さいですし、いろんな国の集合体ですから、ひとつにまとまって何かをするってことも少ないですからね、逆に入る場所によっては凄く厳しかったりすると思いますよ」
「なるほどそういうことか……わかった、じゃあこのマップにこれからの航行ルートを記入してくれ、縄は解いてやるが……どうせこんな場所で逃げ出したりはしないか……」
ということでアスタ自身にこれからどう飛ぶべきなのか、そこを目指すとしてどのぐらい移動時間にズレが生じるのかなどを教えさせた。
あとはこのマップをセラ辺りに見せて、具体的な計画を練っていくこととしよう。
と、そこで近付いていた足音が部屋の前で止まる、そうか、行水させていた他の10人を精霊様が連れて来たのだな。
「入るわよ~、あ、お楽しみ中じゃなかったのね、で、この子達は元の牢屋に戻しておいて良いかしら?」
「おう、そうしてくれ、だがアスタが居るとまた熱が籠るからな……そうだな、アスタは別室に押し込むことにしよう、リリィ、精霊様、ついでになってしまって悪いんだが、この新たな航路が記されたマップをセラに届けておいてくれ、俺はアスタを押し込めておく場所を探すから」
「了解よ、じゃあセラちゃんにはあんたがその子にエッチなことしてたって報告しておくわね」
「してねぇよまだっ!」
「あ、あの、その……『まだ』って言葉が非常に引っ掛かるんですが……大丈夫ですよねこの人?」
「さぁ、まぁ実際のところかなり怪しいと思うわよ、変質者だし、自称最強の異世界勇者だし」
「ひぃぃぃ……」
本当に余計なことを言う精霊様だ、だがその程度のことは別に構わない、なぜならばここから先、部屋に戻った精霊様はもう俺に対して何の干渉も出来ないのだから。
ということでアスタをもう一度縄で、しかも今度はエッチな感じで縛り上げる。
チラッと見えたパンツは本当に燃えるような赤であった、うむ、布面積も少なくてなかなかだな。
で、その真っ赤なパンツのアスタを連れて廊下に出たのだが、やはり灼熱で長居はしたくない。
といっても『神様』を設置した部屋を、それを不要としている者に使わせるのもアレだし、どこか良い場所は……そうだ、甲板に出よう。
ついこの間、セラと夜間の見張りをするために設置した監視小屋、そこなら誰も居ないし、火の魔族であるアスタの放つ熱が他社の迷惑になってしまうようなこともない。
早速手に持った縄の端を引っ張り、小さく悲鳴を上げるアスタを伴って甲板に出て……出たところで気付いてしまった、何やら海賊船のような雰囲気の、俺達のものよりも巨大な空駆ける船に追尾されているではないか……
「え~っと、何だか先日までの私よりも遥かに悪行を重ねている感じの船が追って来ているんですが……どうするんですか、アレ?」
「どうするってもな、精霊様達は部屋に戻ったし、というか部屋に籠っている連中があんな雑魚キャラのために出て来てくれるとは思えないんだよな、セラなんか絶対に『そんなの勇者様が始末しておいてよね』で終わる気がする」
「つまり自分で討伐なさるということですね、最強ではないにしても自称最強ですし、私の服を一瞬で剥ぎ取るような強さをお持ちなのですから楽勝ですよね?」
「いや、俺には飛び道具がないんだよ、ほら、この聖棒しか使えないんだ」
「それを投げ付けたら良いじゃないですかっ! そんな汚い棒切れ、2本で銅貨1枚のに買い替えて……」
「そういうわけにもいかない、これは俺達勇者パーティーの中でも非常に強力な武器で、これを馬鹿にするような奴には……こうだっ!」
「ひぎぃぃぃっ! なっ、何ですかこの棒は……」
アスタの露出した太ももに聖棒で軽く触れてやると、その『対魔族効果』によって電撃のようなものが走り、非常に大きなダメージを与える。
当然驚いた様子のアスタだが、次いで現れた感情は恐怖のようで、可能な限り俺を挟んで聖棒の反対側に居ようと試みるようになってしまった。
しかし聖棒の凄さを知らしめたところで、肝心の海賊船的な何かが迫っているという問題は解消していない。
好きに乗り込ませておいて討伐するという手もあるが、それだと船の甲板やその他、色々と破壊されてしまいそうだ。
そうなると今のうちにどうにか……と、そうだ、アスタを使おう……
「おいアスタ、お前の実力を見せつけるときがきたぞ、使えるんだろ、火魔法?」
「もちろん使えますが、私なんか別にたいしたことなくて、というか、たいしたことがあればあんなケチな犯罪なんてしてませんからね、普通に、いえちょっとリッチな感じで暮らしていたはずです」
「でもあの海賊船的なの、中身はどうせ人族だぞ、船を燃やすだけで良いんだ、それぐらいなら出来るだろうし、もし奴等の討伐に成功した場合、それなりに待遇を改善してやるしお仕置きも軽くしてやる、どうだ?」
「……そ、それならちょっとやってみます、ただし失敗しても死んでしまいそうな感じの鞭でビシバシとかはナシでお願いします」
「よかろう、では早速頼む、縄はもう一度解いてやるからな」
既に横に並びそうな勢いの海賊船的何か、もし俺もあの涼しい船室に引き籠っていたら、これに気付くのは襲撃が始まってから、何かを破壊されたり燃やされたりの被害を受けてからであったろう。
これはきっと神の試練だ、いや、神といってもあの女神の奴ではない、涼しい風の出る、真っ当で慈悲深い神様が、それに依存しすぎると大変だということで与えたものだ。
そして偶然ではあるが、地獄のような廊下に出て『修行』をしていた俺だけが、堕落した船室の連中と違うということを見せることが出来、試練によって生じるはずであった被害をなくすチャンスを得たのである。
などとわけのわからないことを考えているところで、キッチリ横並びになった巨大海賊船的空駆ける船の中では、モヒカンや髭野郎のようないかにもな感じの雑魚野郎共が動き出す。
こちらに梯子を掛けて乗り移るつもりらしい、そして俺とアスタの方を見て、ナイフをペロペロするなどの雑魚キャラ然とした行動を取っているようだ、実に馬鹿馬鹿しいことである。
そしてその海賊的な連中に掌を向けたアスタ、なるほど、ユリナなどは尻尾から魔法を出していたが、やはり魔族というのは杖なしで魔法を発動することが可能なのだな、まぁ、上級魔族だけなのかも知れないが……
「い、いきますっ! えいやぁぁぁっ!」
『あんぎゃぁぁぁっ!』
『アヅイ……アヅイヨォォォ……』
「ほう、なかなかの威力じゃないか、見ろよあの燃えている連中の情けない顔、って、もう黒焦げでどこが顔だったのかもわからんがな、ギャハハハッ!」
「ああいう目に遭わされる対象が自分でなくて本当に良かったです、あぁ、本当に恐ろしい人に捕まってしまいました」
「ん? 何か言いたかったらもっと大きい声で言えよ、阿鼻叫喚の音がうるさすぎて聞こえないぞ」
「いえ、な~んでもございませんっ!」
アスタが何かを言っていたようだが、それよりも見ておくべきは目の前、次々と焼け死んでいく賊共だ。
火は敵の船内まで回っていないものの、ほとんどの乗組員が外へ出ていた状況での攻撃、そこに居た連中は無様に死んでいく他ない。
そしておそらく全力で放ったアスタの火魔法、ユリナが最小限まで威力を絞った同じ魔法の100分の1程度は力がある、普通からすればかなり強力な魔法だ。
と、そこで轟音に気付いた精霊様がひょっこりと甲板に顔を出す、リリィと、それから途中で合流したのであろうフォン警部補も一緒であった。
涼しい船室の連中は……気付いていても出て来ないつもりだな、特にカレンとマーサ、あの2人なら確実に今の音が聞こえているはずだが、その両名が最も『神様』に心酔しており、あの部屋に引き籠っているのだから質が悪い。
「ちょっと、何よこの状況は? 何で隣にでっかい海賊船みたいなのが居るわけ? 何でそれが燃えて、チンピラみたいなのが大量に焼け死んでいる最中なわけ?」
「ん、まぁ色々とあってな、精霊様、敵はあらかた死んだみたいだから水を掛けてくれ、生き残ったのも放っておけば死ぬだろうし、ちょっと乗り込んでお宝でも奪おうぜ」
「うん、まぁ状況がイマイチ呑み込めないけど、とにかく消火するわ」
その後、敵船の捜索をフォン警部補が買って出たため、今度はこちらから梯子を掛け、俺達の船と接続してやる。
どうせ強敵は残っていないし、生き残りはきっと動力係、それから中でブルッている雑魚中の雑魚ぐらい。
フォン警部補を1人で向かわせても特に問題が生じることはないであろう、というかこの男、指名手配犯リストまで持ち出してやる気満々である。
「よし、じゃあ俺は向こうの船の様子を見てくるから、このまま接続しておいてくれ」
「うむ、何かあったらすぐに伝えに来て欲しい、お宝とか、金目のものとかな」
「わかった、さてと、評価アップに貢献しそうな犯罪者は居ないかな? 冬のボーナスが楽しみになるような大物が居て欲しいところだが……」
そう言って涎を垂らしながら海賊船的な船に渡って行ったフォン警部補、とりあえずお約束としてはしごを外してしまおうかとも思ったのだが、マジでシャレにならない事態に陥りそうなのでやめておく。
甲板の俺達はそのまま待機して……と、なぜもう出て来たのだ? しかも何やら手招きしているではないか……一体フォン警部補は船の中で何を見つけたというのだ……




