663 島国の話を聞くために
「お~いっ! ちょっとこの島に降りるぞ~っ! 念のため補給をするんだ~っ!」
「あ、聞こえたみたいね、中の方でバタバタし始めたわ」
俺とセラだけで勝手に決めてしまったのだが、他の皆もどうやら一度陸に降りたかったようだ。
補給をしたいかどうかはさておき、下に見える人の住む小島で変わったものでも食べたかったのであろう。
すぐに高度を落とした空駆ける船は地上の係員らしきおっさんに発見され、港のような場所へと誘導される。
西方新大陸で見たのと同じ格好の係員だ、どうやらここもあの政府が管轄している島らしいな。
ということはアレか、帰り際にあの棍棒首長から貰っておいた推薦状を見せさえすれば、この島に滞在中はそれなりの待遇を受けられるということか。
ちょうど良い、目指している島国と西方新大陸のちょうど中間ぐらいの位置にあるこの小島であれば、間違いなく目的地に関しての有力な情報を得ることが可能。
現地に行ってから『ちなみにここはどんな……』などと執拗に聞くという失礼をブチかますよりも、まずはここで、この小さな島で情報収集をしておくこととしよう……
『は~いっ、こちらに付けて下さ~い、あ、ちょっと技術的に無理でしたら係員が伺いますので少々お待ちを』
「ええ、すみませんね……」
毎度のことながら、狭い場所を指定されての着陸や着水が出来ない、こればかりはプロを乗せていないので仕方ないのだが、実に情けない限りだ。
結局係員の助けを借り、ついでにそこで乗り込んできたうちの1人に西方新大陸政府首長のサインが入った推薦状を見せておいたため、島への上陸はいとも簡単に、しかも優先されて手続きを終えた。
船から降りると早速上級らしい係員の登場、俺達はかなりVIPな待遇を受けることが出来るようだ、食事、そして夜に出される酒の方にも期待したい。
「ようこそいらっしゃいました、首長からの推薦状によると、え~っと……そうですか、あの島国を目指して移動中でしたか、ここへ立ち寄った目的は補給ですかな?」
「それもあるんだが、ちょっと島国に関する情報も聞いておきたい、どうやら俺たちが知っているこの世界のその辺の国とは状況が違うようだからな、まぁそれは西方新大陸も同じだったが」
「わかりました、ではこの島で一番のスウィートルームと、それからシェフを2人、高級感溢れる貴族様専用で、ピッカピカの者と、それからこの国のメインであるワイルドでウェスタンな肉料理を提供する剛毛な者を用意致します」
「うむ、後者はあまり汚らしくない奴で頼む、それと、この島のトップにも会っておきたいからそちらの方もよろしく」
「ええ、すぐに話を通しておきます、それから部屋の方へご案内致しますのでこちらへどうぞ」
なかなかの待遇であり、かつ島のトップとの会談もアッサリと決まってしまった。
俺達の旅でここまでうまくことが運ぶのは珍しいのだが……いや、レアすぎる、何か裏がありそうだ。
というか間違いなくこちらの情報収集だけでは終わらない、何か面倒事を押し付けられる、いや形式上は『依頼される』ことになるのだが、事実上断ることなど不可能なのは明らか。
このいきなりの好待遇はそのための罠でもあるに違いない、念には念を入れて、確実に俺達が首を縦に振るよう仕向けているのだ。
まぁ、それでも立ち寄ってしまったものは仕方がない、ここで『急用を思い出したから帰る』などと告げて立ち去るわけにはいかないし、そんなことをしても裏の事情に気付いていない仲間達から非難されるのは俺である。
ここは騙された感じで普通にトップと会談し、その押し付けられる面倒事をサッサと処理してしまおう。
そうすればその先は何の制約もなく、支払も当然なく、そして気兼ねなくスウィートルームでの好待遇を受けることが出来るのだから……
と、そんなことを考えているうちに送迎のための馬車が船着場にやって来たようだ。
この手際の良さも俺の仮説を裏付ける要因のひとつだな、というか対応がスムーズすぎやしないか?
「……なぁ精霊様、この状況なんだが、どう思うか率直に頼む」
「そうねぇ……あの馬鹿棍棒野郎、きっと推薦状に何か余計なことを書いてあったんだわ、この島で何か問題が生じているのは知っていて、私達に協力を依頼するよう書いたとか」
「なるほどな、結局面倒なことになるのは変わらなさそうだが、とにかくチョイチョイッと片付けてしまおう、どうせ俺たちの戦闘力に依存した何かに従事させられるのは確実だからな」
「ええ、ここの連中が驚くぐらいの戦果を出して、夜に出される酒のランクを上げさせましょ」
適当に分乗した馬車で一緒になった精霊様とそんな話をする、窓の外に広がっているのは完全な南国リゾートの光景……島の中心には火山があるのか、まさかアレが噴火しそうだからどうにかしてくれというのではなかろうな……
馬車は商店街のような土産物ストリートのような、何とも言えない雰囲気の通りを抜け、おそらくは町の中心近くであろう大きな広場へと到着した。
俺達が宿泊するのは立派な建物のホテル、しかも5階建ての最上階の角部屋らしい。
早速中へ案内され、部屋のドアを開けて室内に……広い、そしてなんと涼しいではないか……
「わふぅ~っ! なんかすっごく快適ですっ!」
「私も涼しい方が好きっ! 見てよ、あの壁にある変な魔導装置から冷たい風が出ているんだわ」
「はい、あちらは当ホテル自慢の『魔導コンディショナー』になります、常夏の島ですので、ああいったものがあると喜ばれるVIPの方が多くいらっしゃいまして」
「すげぇな、最新のハイテク技術……って言ってもこれも魔導なんだよな……」
「ええ、下に居る水魔法使いと風魔法使いが低賃金でめっちゃ頑張っております、まぁ、その賃金ももったいないので適当にちょろまかして……と、お客様にお伝えするようなないようではございませんね。それで、すぐに島のトップの者との面会のため、この島の公共施設へと向かう馬車が参ります、代表者を2名お選び頂いてもよろしいでしょうか」
「お、おう、構わないぞ、馬車が来たらまた呼んでくれ、あとその2人以外にも誰か外出するかもだからよろしく」
「畏まりました、ではしばしお待ち下さい」
明らかに『善良でない人間』の係員が出て行き、代表としてはいつも通り俺とセラが向かうこともすぐに決まる。
カレンとマーサは比較的暑がりのため、エアコン的な魔導装置の前から動こうとしないが、あまり当たりすぎると体に良くないとだけは伝えておいた。
というかこの2人、明らかにこれと同じものが欲しいと言い張る感じだな、仕組みは良くわからないが、帰ったら王都の研究所にでも頼んでみよう。
どうせこれから暑くなってくるのだし、馬車の中などは地獄だからな、出来れば俺もこういう『文明の利器』にあやかりたいところである。
「さてと、セラ、一応言っておくがな、ここの首長は確実に俺たちに対して何か要求を突き付けてくるからな、適当にハイハイ言わないよう気を付けるんだぞ」
「あらそうなのね、じゃあ緊張感を持って会談に臨むことにするわ」
「うむ、その緊張感とやらを保つことが出来るようにノーパンで行くと良い、パンツを俺に寄越せ」
「さすがに知らない土地でそこまでの変態行為は出来ないわよ……」
あわよくばこの場でパンツゲット、と思ったのだがセラもそこまで馬鹿ではなかったようだ。
ノーパン作戦は失敗してしまったため、馬車の中ででもまた別のことを考えることとしよう。
うむ、逆に『パンチラ作戦』というのもアリかも知れないな、貧乳のセラだが見た目は凄まじく良い、そんなセラのパンツがチラチラ見えていたら……というかそれ、首長が女であった場合は逆効果だ……
「で、俺達以外は誰か町へ出てみたりしないのか? 買い物とか色々と出来そうだし、夕食前の腹ごなしにもなるぞ」
「涼しい方が良いのでパスします」
「私も~っ、ずっとここに住みたいぐらいだわ、せめて秋になるまでぐらい」
「ZZZZZZ……」
暑がりのカレンとマーサはパス、ルビアは既に寝てしまっている、そしてその寝ているルビアを枕にしてさらに寝ているミラ、マリエル、ジェシカの3人、途轍もなくはしたない格好だ。
ユリナとサリナも眠そうにしているし、あとは……リリィと精霊様だけは出かける準備が完了しているではないか。
しかも2人共バールのようなものを装備して明らかに戦闘態勢だ、この知らない土地でいきなり何をするつもりなのだ?
「おいちょっとリリィ、精霊様、お前等犯罪だけは勘弁してくれよな、怒られるのは俺なんだぞきっと」
「馬鹿ね、逆よ逆、さっき馬車の中からチラッと見えたの、こういう島に逃げ込んでいる指名手配犯とか賞金首とかは多いみたいなのよね」
「だから今から2人で退治しに行くんですっ! やっつけて憲兵とかPOLICEみたいな人に渡して、お小遣いをゲットするんですよっ!」
「なるほどそういうことか、じゃあ2人共、誤って無関係の善良な市民を殺害したりしないようにだけは気を付けるんだぞ、あとアレだ、指名手配犯が見つからなかったらその辺の裏路地に居るチンピラでも殺すと良い、財布を奪って町も浄化出来て一石二鳥だからな」
「わかったわ、じゃあバウンティーハンター隊、出動よっ!」
「おーっ!」
テンション高めで部屋を出え行ってしまったリリィと精霊様、まぁ精霊様が居るのだし問題を起こしたりは……いや、余計に不安だな……
と、そこで部屋のドアがノックされ、迎えの馬車が来たことが伝えられる。
既に準備を済ませてあった俺とセラは部屋を出て、ホテルの外に停められていた高級な感じの馬車に乗り込んだ……
※※※
「ようこそこの島へ、私がこの島のトップ……といっても中央から派遣されたしがない役人なのですがね、とにかく皆様を歓迎致します」
「どうもどうも、こちら勇者です、どうもどうも、グヘヘヘ……」
「ちょっと勇者様、失礼だから変なとこばっかり見ないのっ!」
主張殿は美人巨乳メガネお姉さんであった、あのジェシカすら凌駕するダイナマイトおっぱいである。
セラのパンチラ作戦など考えなくて良かった、後ろに控えているおっさんには一定の効果がありそうだが、それでもこのお姉さんに幻滅されるのは嫌だ。
それに、セラとこのお姉さんを比較してしまったらもう……と、よこでセラが棍棒を振り上げているではないか、殺される前に余計なことを考えるのを中止しておかなくては……
「あ、それでですね、俺達がここへ寄ったのは補給だけではなくて、これから向かう島国について少し情報をということで、少しお話を伺えないでしょうか?」
「ええ、聞き及んでおりますし、もちろんお話しする準備も整っておりますよ、ですが……」
「ですが?」
「世の中にはギブアンドテイクという言葉が存在しているのはご存知かと思いますが、今回我々島の人間は皆様に対して手厚い歓迎を致しておりますし、この短時間で皆様が欲する情報をもうこれでもかというぐらい収集して、こうして突然の会談にも応じているわけです」
「ふむふむ、つまりは見返りとして俺達に何かして欲しいと、そういうことですかな?」
「ズバリその通りでございます」
やはりきやがったか、というか俺達がその突然の要求に全く驚かないことを、この巨乳お姉さんは察していたかのような態度だ。
もしかすると俺や精霊様は裏に隠れた要求に『気付いた』のではなく『気付かされた』のかも知れないな。
おそらくはこの巨乳お姉さん、おっぱいだけでなく頭の方にも栄養が行っている優秀な役人だ。
そうでなくてはこの若さでこんな金を稼ぎそうな観光地の島の首長など任されるはずがない。
極めて短い今回の滞在では、その天才っぷりの片鱗ぐらいしかお目にかかることは出来ないであろうが、少なくとも余計なことを言うとつけこまれて余計に過大な要求をされると考えた方が良さそうである。
「……で、その俺たちにやって欲しいことというのは? 具体的に聞いてみてその依頼を受けるかどうか判断しますから」
「はい、実はこの島の中心部には巨大な活火山がありまして……」
「ありましたね、ちなみに噴火しそうだからどうにかしてくれってのは一応人間である俺達には無理です、女神の連絡先をお伝えしますのでそちらにどうぞ」
「いえ、さすがにそこまでは……ですが彼女の機嫌を損ねるとそういう事態になるかも知れませんね」
「彼女、というのはどういう?」
「最近この島の火山の火口にですね、その、何というか……『火の精霊様』だと主張するお方が住み着いてしまいまして……供物だの生贄だのと非常にしつこくてこちらも難儀しているのです。それでどうか彼女との交渉を、聞くところによると皆様方の仲間には水の精霊様が含まれているとかいないとか、もし同じ精霊様とご一緒されているのであれば、その、火の精霊様にも顔が利くというか何というか……」
「なるほど、そういうことでしたか、確かに精霊様はウチのパーティーメンバーですが、ちょっと帰って本人に確認を……と、まだ町で暴れ回っている頃だろうな、夕方には可否を返答致しますのでお待ち下さい」
「はい、では良い返事をお待ちしております」
おそらく精霊様はOKしてくれるのであろう、だがあえてここでは答えず、ホテルに戻って『検討した感』を出しておこう。
その方が『話し合いの結果、この町のために危険な任務を引き受けた』という印象になり易く、また今の話にこの賢そうな巨乳お姉さんの罠が仕掛けられていたりしないか、落ち着いて冷静に検証することが可能になる。
ということで俺とセラは巨乳お姉さんの執務室を出て再び馬車に乗り、皆の待っているホテルへと戻った。
リリィと精霊様はやはりまだ居ないようだ、1時間程度で戻らなかったら捜しに行くこととしよう。
ついでに今居る仲間達だけにでも会談の内容を伝えておくべきだな、幸いにもユリナが起きているし、話の中に不審な点がなかったかだけ確認して貰うのだ。
あとはまぁ、精霊様が戻り次第了解を得て、明日にはその火の精霊様だとか言う奴が住み着いた火山の火口を目指せば良い……
※※※
「たっだいま~っ! お肉とか色々、たっくさん買って来ました~っ!」
「見なさい、結構大きいマフィアの事務所を襲撃して皆殺しにしたの、表彰までされちゃったわ」
「おうおかえり2人共、で、精霊様にはちょっと頼みたいことがあるんだが、荷物を置いたら聞いてくれ」
酒樽だの肉塊だの、そしていい感じに甘そうなトウモロコシだの、2人はマフィア退治で受け取った報奨金をほとんど食べ物に費やしてしまったようだ、まぁ、補給はこれで良しとしておこう。
それで肝心要、先程巨乳おっぱいお姉さんから受けた依頼の内容について精霊様に話をしておく。
火の精霊様とやらのこと、それが火山の火口に住み着いて島を困らせていることなどについてだ。
「……というわけなんだ、悪いが精霊様、明日を目途に交渉の方をお願い出来るか?」
「交渉って、そんなニセモノの精霊相手に?」
「ニセモノ? どうしてニセモノだってわかるんだよ? ホンモノがフラッとやって来ているかも知れないだろ」
「あのね、火の精霊は確かに私よりアグレッシブだけど、基本的にこんな所まで来たりはしないわ、王国がある大陸の中にちゃんと自分の社があるんだし、そもそも精霊の側から人間に要求を、しかも何の願いも叶えずに一方的にするなんてことあり得ないわ、禁止なのよそういうの」
「そうなのか、じゃあ火口にいる火の精霊様ってのは?」
「きっと火とか熱に耐性がある魔族が悪戯しているんでしょう、待って、一応火の精霊に確認するから……あ、もしもしおつかれ~、ちょっと聞きたいんだけど……うん、あ、やっぱりそうなのね、わかった、それだけよ、じゃあまた500年後の定時総会で、はいは~い……やっぱニセモノだったわ、普通に自分の社に居るって」
「おう、てか何だよ今の技術は、念話とか余裕で超えた未知の術式だろ……」
まさかの『もしもし』で火の精霊様の現況を確認したウチの精霊様、そしてこれにより、島の火山の火口に住み着いたそれがニセモノであるということが確定した。
となればやるべきは交渉ではなく討伐、今回は戦わなくて済むと思ったのだが、やはりそう上手くはいかないものだな。
しかも巨乳お姉さんはその偽の精霊様のことを『彼女』と呼んでいたからな、魔族であったにしても美しい女性である可能性が高い。
まぁ、もちろんわけのわからない醜悪なバケモノ野郎が勝手に造った何かなのかも知れないが、そうであるということが確実に判明するまでは、殺してしまわぬよう慎重に戦わなくてはならないという制約が掛かる。
魔族如きであれば絶対に負けはしないが、これはなかなか面倒な戦いを強いられそうだ。
とはいえ『相手が精霊ではなかったのでやりません』では通らない、というか通してくれないであろう。
仕方ない、夕方にはやって来るであろう巨乳お姉さんの使者に伝えて、一緒に食事でもしながら話がしたいと伝えて貰おう。
そこで今回の件が『交渉』ではなく『討伐』に該当すること、そしてそうなる以上は島国の情報だけでなく、更なる見返りを要求するということも伝えておくのだ。
まぁ、ギブアンドテイクだと最初に言い出したのは巨乳お姉さんなわけだし、そもそもこの島を困らせる存在が『危険な敵』であったのだから応じざるを得ないはず。
ということで夕方までのんびりと、涼しい室内で待機しておく、もちろん豪勢な夕食に期待しつつだ。
そしてそこからおよそ2時間後、ようやくやって来た使者に話をして巨乳お姉さんをここへ呼ぶようにと指示しておく。
これで万事完了だ、あとは食事でもしながら、ゆっくりと今回のミッションの危険性をお伝えしてやろう……




